今日は二月三日、立春の前日、節分の日。
新たな年を迎えるにあたり、邪気、魔物を払ってしまおうという伝統行事だ。
鬼は外 福は内♪
弱虫鬼さん あっちいけ
怒り鬼さん あっちいけ
投げた大豆が おめめに当る
鬼は あわてて 逃げてゆく♪
「楽しそうな歌ね、ラブ。節分の歌なの?」
今日はとっても楽しい日なんだよ~って朝から張り切ってる。
ラブの笑顔と可愛い歌声を聴いていると、せつなも自然と顔がほころんでくる。
「うん! 小さい頃、よくおかあさんが歌ってくれたんだ」
厚紙、クレヨン、はさみ、輪ゴム。
「こういうのってさ、自分で作るのが楽しいんだよね」
なあに? とせつなが覗き込んだ。
ふうん、豆まきに使うのね。
「さあ、せつなっ。鬼の面作るよ」
「でも、鬼の顔なんてわからないわ」
学校の図書館で見たような。
懸命に思い出そうとしてるせつなにラブが笑いかける。
「恐そうな顔に角つけたらそれでいいよ。怒った美希たんとか」
「ぶっ、聞いたら怒るわよ、ラブ」
思わずせつなが吹き出した。
あんな綺麗で優しい鬼ならずっと内に居て欲しいと思う。
もしかしたら鬼も本当は優しいのかもしれない。
そんな風に思いながらクレヨンを滑らせた。
「あ~せつなの鬼かわいい、全然恐くないよ?」
「なによ、ラブの鬼こそ福笑いみたいで笑わせるつもり~?」
少しむっとしてせつなは言い返す。
もちろん本気で怒ってるわけじゃない。
ラブの鬼もアンバランスだけど愛嬌があってとても可愛かった。
可愛いってのが鬼の面として正しいのかどうかはわからないけど……。
「ただいま~」
圭太郎が仕事から帰ってきた。
いつもよりだいぶ早い。
二人が楽しみにしてるのを知っているからだろう。
「おかえり~、おとうさんっ!」
「おかえりなさい、おとうさん」
パタパタ、コロコロと玄関に飛び出していくラブとせつな。
早く!早く!って圭太郎の手をそれぞれ引っ張って居間に連行した。
「待った待った! せめて着替えはさせてくれないかい」
苦情を言う圭太郎。でも表情はとても嬉しそうで。
あゆみは手際よく着替えを持ってきて、背広を脱がせていた。
「じゃあ、そろそろ豆まきしようよっ」
「よし、僕が鬼になろう」
圭太郎が意味も無く腕をまくって張り切った。
「よ~しって、あれ? せつな。どうかした?」
せつなが四角い升と福豆を持ったまま、困った顔をしている。
「おとうさんに豆をぶつけて追い出すんでしょ、できないわ」
豆まきのやり方を聞いていなかったわけではない。
でも、いざ、おとうさんを相手に豆を持つと、投げつける気にならなかった。
「いや、今はおとうさんじゃなくて鬼だし」
「それでも、嫌……」
そっぽを向いてしまうせつな。
「う~ん、じゃああたしが鬼になるよ」
「ラブでもおかあさんでも嫌よ」
こうなってしまったせつなは頑固だ。
美希が言うに意地っぱり。
説得は容易なものではない。
「でもそれじゃ豆まきできないし、せっかく準備したし……」
「じゃあ、私が鬼になるわ」
真面目な顔で申し出るせつな。困らせているのはわかっていた。
「え~、それこそ出来ないよ。困ったな」
「こうするのはどうかしら、全員鬼になって投げあうの。
豆まきには厄を追い出すって意味があるから、お互いの厄を祓いあいましょう」
見かねてあゆみが助け舟を出した。
笑っているところを見ると、珍しいせつなのわがままを、
楽しんでいたのかもしれない。
「それなら私もやりたい」
「さっすがおかあさん」
ラブとせつなは自作のお面。
圭太郎とあゆみは福豆のおまけのお面をそれぞれ被る。
「鬼は外~、福は内~」
しばらく、楽しそうな声が部屋中にこだました。
「撒いた豆は年の数だけ食べると、邪気を祓って病気にならないそうよ」
これ、歳を感じるから嫌なんだよな~と圭太郎がぼやいた。
あなたはまだまだ若いわよって、あゆみが微笑む。
残りは庭に撒いた。鳥が邪気を遠くに運んでくれると言われてるらしい。
「でも、さっきからおとうさん写真ばっかり」
「いいじゃないか、娘を持つと撮りたくなるもんだ」
豆をまく姿。
ひろって食べてる様子。
自作の可愛いお面をずらして見せた笑顔。
「節分なんて記念写真撮るものじゃないわよね、お父さんたらっ」
そう言うあゆみも嬉しそうだ。
せつなにはまだ完成したアルバムが一冊も無い。
せめて、これからの成長の記録をたくさん残してあげたい。
あゆみと二人でそう決めていた。
「なんだか、恥ずかしいわ」
パシャ! そんな照れた笑顔も記念の一枚になった。
「いいのいいの、おとうさん、おかあさんは座ってて」
ラブとせつなは夕飯の支度。
二人とも料理は大の得意だ。
「いわしが焼けたよっ、一番大きいのはおとうさん」
手際よく配膳していくラブ。
こんな時はとても器用だ。
「この茶碗蒸し、私が作ってみたの。上手く出来てるといいんだけど」
せつなが嬉しそうに並べていく。
「恵方巻きは二人で作ったんだよね~せつな」
「へ~立派なものじゃないか、凄いぞ、ラブ、せっちゃん」
「崩れず綺麗に巻けてるわね、さすが、二人ともわたしの娘ね」
同時に顔を見合わせてハイタッチ。双子のように息がぴったりだ。
「せっちゃん恵方巻きの意味は知ってるかしら?」
恵方巻きは七種類の具材を入れて七福神にちなんで、福を巻き込むという意味なんだそうだ。
目を閉じて願い事を思い浮かべながら、恵方に向かって無言で一本丸かぶりするらしい。
途中で切ると、縁を切るって意味になって縁起が悪いんだとか。
「わ……私、精一杯頑張るわ!」
せつなが青い顔をして言う。
みんなで大笑いした。
「今年の恵方は西南西よ、じゃあ頂きましょう」
「いただきま~す」
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
「むぐっぐっ………………………」
頬をいっぱいに膨らまして食べるラブ。
図鑑で見たリスみたいで思わず吹き出しそうになる。
せつなは思う。少し前まで笑うのが苦手だった。
いつのまにか笑いを堪えるのが当たり前になっていた。
「ねえねえ、せつなはどんなお願い事をしたの?」
鰯の頭をヒイラギに刺しながらラブが聞く。
「ラブはどうなの?」
「あたしは~ダンス上手になりますように。
成績上がりますように。
みんな健康で幸せゲットできますように。
それからそれから……あれ?」
指を折って数えながら、途中で首をかしげるラブ。
多分、お願いしすぎて全部覚えてないんだろう。
「そんなにいっぱい叶えてくれるものなの?
恵方巻きって」
また、せつなが吹き出しそうになりながら口を押さえた。
「ほんとしょうがない子ね~」
「まあ、ラブらしくて良いんじゃないかな」
圭太郎とあゆみも笑ってる。
「だって……。せつなはどうしたの?」
「私は、来年のこの日も、家族みんなで恵方巻きを食べられますようにって」
「それだけっ?」
「そうよ?」
「そんなのでいいの?」
欲が無い。信じられないって顔でラブがまじまじと見つめた。
せつなが微笑む。
「来年のこの日も同じことお願いするの。その次の年も。
そしたらずっと、ずっと、おとうさんやおかあさんやラブと一緒に居られるでしょ」
両手を胸の中央にあてて、祈るように、歌うようにせつなが話す。
嬉しそうで、幸せそうで、明るく優しい笑顔。
もう寂しげな影はどこにもない。
「せつな……」
ラブが愛しそうな目で見つめる。
もっと、もっと楽しいこといっぱいあるよ。
だから、もっともっと笑って幸せになって欲しい。
色んな感慨がこみ上げてくる。しかし、泣き声で邪魔された。
「やだ、お父さん、どうして泣いてるの」あゆみが駆け寄る。
「せっちゃん、ラブ、ずっと家に居ていいんだぞ。どこにも行く必要は無いんだ」
滅多に飲まないお酒、「鬼ころし」がまわってきたのかもしれない。
圭太郎が勘違い? して泣き出した。
「ちょっと、やだ、何言ってるの? せっちゃんはそんな話してないでしょ」
「だって、ぐすっ」
あゆみが優しく背中を撫でた。
「ほんとしょうがないわね、男の人って」
せつなとラブは顔を見合わせてまた笑った。
「よ~し、せつなっ。来年の節分までにも、いっぱい幸せゲットしようね」
「ええ、精一杯頑張るわ」
鬼は外 福は内♪
福の神様 こっちきて
宝の船で こっちきて
逃げた鬼と 入れかえに
内に お入り 七福の神♪
歌えよ歌え、幸せの歌。桃園家に響き渡れ。
最終更新:2010年01月30日 04:29