「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうね、ちょっと出てきますって言って来たのに、随分時間経っちゃたし」
ピーチが切り出した一言に、ベリーが同意する。
「随分暗くなっちゃったし、そろそろお父さん達も来る頃じゃないかな」
パインもピーチの言葉に頷く。
クローバーボックスの反応を見て慌てて出てきた為、対した理由付けもしないで
家を出てきてしまったのだ。
あゆみは勿論の事、そろそろ家に来ていると思われる美希や祈里の家族達も
心配にしているかもしれない。
「そうね、帰らなきゃ。あ、でも……」
三人の言葉に同意しながらも、一人パッションは言葉を濁らせる。
彼女の心の中にあるのは、この公園に来た時に巡らせていた一つの想い。
ラビリンスの襲撃で頭の片隅に追いやられていたそれが、再び大きくなっていく。
「私……まだパッションのままだし」
その想いの一部を口にする。
全てを吐き出してしまわなかったのは、今日一日何かにつけフォローしてくれた
仲間達の想いを否定してしまう気がしたから。
でも、そんな余計な気遣いを背負わせる事も、誰かに嘘をつく事も
全部含めてもう終わりにしたい。
何よりも、本当の自分に―東せつなに戻りたいという気持ちは止められなくて。
「……このまま、戻れないのかな」
本心とは逆の、でも、半ば諦めの混じったそれを
両手を握り締めて、俯きながら呟く。
そんなパッションの手が取られ、上から握り締められる。
「ラブ……?」
「……ね、せつな。あたしね、一つだけ試してみたい事があるんだ」
「何を?」
「うーん……失敗したら恥ずかしいから、今はナイショ。
でもね、もし上手くいったらみんなで幸せゲット出来る筈だから。
だから、試させて」
もったいぶったピーチの言葉にきょとんとした顔のパッションだったが、
「うん、いいよ」
笑顔で頷いてみせる。
目の前にあるピーチ―ラブの顔が、自信と強い想いに溢れていたから。
この顔をしている時の彼女は、どんなに難しい事でもその想いで成し遂げてしまうから。
それをパッション―せつなは、誰よりも良く知っているから。
「じゃあ、美希タン、ブッキー、さっき話した通りに、お願いね」
「オッケー、わかってるわ……ラブに任せるから、やってみなさい」
「これで上手くいくといいね……ううん、きっと上手くいくよ」
ピーチの言葉に、笑顔で応じるベリー、パイン。
二人の手が、パッションの手を握るピーチの手に次々に重ねられる。
そしてもう一方の手に握られるのは、彼女達のリンクルン。
「さ、せつなも」
ピーチ自身もリンクルンを取り出すと、パッションにも同じ事を促す。
「あ、うん……これでいいの?」
言われた通りにパッションもリンクルンを構える。
そして4人は、一方の手にリンクルンを握りつつ、
もう一方を手を重ね合わせて向き合う形となる。
「それじゃあいくよ、せーの!」
ピーチの掛け声。
まずそれと同時に彼女自身がローラーを回す。
プリキュアに変身する時の逆向きに回すことで行われるのは、変身解除時の操作。
「とうっ!」
「やっ!」
続けてベリー、そしてパインが、それぞれのリンクルンをピーチと同じように操作する。
それによって、彼女達が身に纏うプリキュアのコスチュームが光に包まる。
ピーチはピンク色、ベリーは青、パインは黄色の光。
「さ、せつなも続いて!」
「え、ええ……」
ピーチに促されて、ローラーに指を添えるパッション。
だが、それが今日何度も試したけど駄目だった行為である事を分っている為、
ためらいがちに、ぎこちなく指を動かす。
「……」
そして、彼女の予想していた通りにリンクルンにも、パッション自身にも何も変化は無い。
(……やっぱり)
予期していた事とは言え、それで改めて元に戻れない、という
事実を突きつけられた用に思えてしまい、目を伏せてしまう。
「大丈夫だよ!」
掛けられる声。
それにつられて顔を上げると、そこにあるのは満面の笑みで
パッションを見ているピーチの顔。
「大丈夫!あたし達がいるから!」
もう一度繰り返される言葉。
それと同時に、重ねられた手が強く握られる。
「そう、アタシ達はいつでも、四人一緒の完璧な仲間だから」
ベリーもまた、パッションの手を握る。
その希望に溢れた凛々しい笑顔と共に。
「みんなが同じ事を願うなら、この思いはきっと叶うって信じてるから」
最後にパインが、三人の手を上から優しく包み込む。
目を閉じ、祈りを込めた願いをその笑みに込めながら。
「だから願って、せつな!みんなのハートを一つにした想いを!
幸せをゲット出来る貴方の願いを!」
そしてピーチが、パッションに向けて、叫ぶ。
慈愛の笑みと共に、三人の想いを代表するように。
(みんな……)
パッションは理解する。
ピーチ達は、ハートを一つにすることで想いを形にしようとしているのだと。
想い。
それこそは彼女達、プリキュアの最大の力。
その力によって、プリキュアとして目覚め、新しい力を手にして強敵を打ち破り、
そして―闇の中に消え行く一人の少女の命までをも救い出した―奇跡を起こす力。
ピーチ達は今一度、パッションの為にそれを成そうとしているのだと。
だったら、それに応えなければならない。
何故なら、想いを叶える幸せの四つ葉は、4つのハートを揃えることで完成するのだから。
それに何よりも、その想いは自分に向けられているものなのだ。
「……………………うんっ!」
だからパッションは力強く頷く事で、彼女達の想いに応える事を誓う。
先程までの弱い想いも、力無い顔も必要ないとばかりに
強く、意思の篭った視線で仲間達の顔を見据え、口を開く。
「みんな、ありがとう……私、精一杯頑張って願うわ!
ラブと、美希と、祈里と……お父さんと、お母さんと……みんなと一緒の
クリスマスを!
幸せの証になるクリスマスになることを!」
4つ目のハートが揃い、四つ葉の想いが形になる。
そして起こされる、ささやかな奇跡。
「リンクルンが……!」
これまで全く反応のなかったパッションのリンクルンが赤く光り始める。
それと共鳴するように、光に包まれるピーチ、ベリー、パインのリンクルン。
いまだ弱々しい光のパッションのリンクルンを鼓舞するように
力強い輝きを放つ3つのそれが、一際明るい光を放つ。
すると、次の瞬間に、ピーチ達3人の全身を包んでいたピンク、青、黄の光が
重ねられた手から、パッションの腕へと伝わりそして全身を包み込んでいく。
その過程で混ざり合った光は、彼女を象徴する色―赤の光へと変わり、
その中でプリキュアのコスチュームは形を失い、輪郭を変えていく。
戦士の衣装から、少女の普段着へと。
(ああ……やっと、これで)
全身を包み込む赤い光。
想いによって生まれたそれの暖かさに委ねながら、パッションは思う。
(これで……戻れるんだ)
昨日の夜からずっと、変わり続けていたプリキュアとしての自分の姿。
やっとそこから解放されて、いつもの自分の姿に戻る。
その事を思いながら、パッションの姿が消え、そこに現れたのは、
彼女の本来の姿、東せつな。
光が消え、元に戻った自分の姿を確かめようとしたせつなは、
「……あ」
大事な事を忘れていた事に気付いた。
今の格好は、昨日の深夜にラビリンスと戦う為に公園に駆けつけた時のまま。
つまり、赤いパジャマにコートを羽織っただけといういでたち。
おまけにその時はアカルンを使った為、履いているのもサンダルである。
(わ、私だけこの格好……)
4人でパジャマパーティーをしている時にならともかく、
同じく元に戻ったラブ、美希、祈里の着ているものは勿論普段着である。
流石に一人だけパジャマ姿で外にいるというのは、どう考えても浮きまくりだ。
しかも、外出しているとあゆみに言っていた手前、
玄関から帰らなければならないわけだが、今の格好は言い訳をするにもいろいろと厳しい。
(アカルンで部屋に戻って着替えてこようかしら……)
二度手間になるけどそれも仕方ないかと考えていたせつなだったが、
「せつなぁーーーーーーーーーーーーーっ!」
「きゃっ!」
勢い込んで抱き付いてたラブによって思考を遮られる。
「よーーーーーーーしっ、昨日から一日ぶりのせつなゲットだよ!
パッションも良いけど、やっぱり生のせつなが一番だよね~。
せつな分一気に補充出来てあたしちょーーー嬉しーーーーっ!」
あまり意味が通ってない勢いだけの言葉を一気にまくし立てると
せつなの顔に自分の顔を近づけて、そのまま頬擦りを開始するラブ。
「ちょ、ちょっと、ラブったら、もうっ!」
元に戻った途端のいつも通りなラブの行動に呆れてみせながらも
顔を朱に染めて嬉しそうな表情をみせるせつな。
「はいはい、そこまで、お約束のいちゃつきはいいからさっさと帰るわよ」
そこをラブの首根っこを捕まえた美希が、一気に引き剥がす。
「えー、何するのよ美希タン。あたしの大事なせつなで癒されタイムを」
「あのね……さっきも言ったでしょ、家出てきてから結構時間経ってるって」
「そうそう、みんな私達の帰りを待ってると思うの。
後で好きなだけしてもいいから、今はまず帰ろうよ。ね?」
「ブッキー……その説得はちょっとだけ間違ってる」
言われてラブは、まだ物足りないという表情をしつつも、せつなから離れる。
「うーん、それもそうだよね。
あたし達が戻らないとパーティー、始められないもんね。
じゃあそろそろ戻ろっか……と、その前に。せつな、ちょっとここに座って」
「……ここ?」
ラブが指差したのは、ステージの観客席となるベンチの一つ。
よくわからないながらも、その言葉に従ってせつなは腰掛ける。
「うん、これでオッケー、じゃあちょっと失礼して……よいしょっと」
「え?」
ラブはせつなの隣にしゃがみ込むと、彼女の膝裏と背中に手を回し、
そのまま持ち上げる。
「はい、これでまたお姫様抱っこ、完成っと。
……あ、せつな、ちゃんと手を回しといてね」
「え?え?ラブ、どして!?」
「ほら、さっき約束したじゃん。終わったらまた抱っこしてあげるって」
「それ約束じゃなくて、ラブが一方的に言ってただけ……」
「まあまあ、細かい事はいいから、その格好で家まで帰るわけにもいかないでしょ?」
「この格好の方が恥ずかしいわよっ!」
「そこら辺はあたしの愛情パワーでなんとかするからさ、行こ!」
そしてラブは、せつなの返事を待たずして走り出す。
「ラブ、それ答えになって無い……というかまず降ろして!」
「だーめ、このまま家まで行くよ~」
「ちょっと、ラブ……もう、ラブの馬鹿~」
せつなを抱えたまま、走っていくラブの姿。
それの後姿を見ていた美希に、祈里が話掛ける。
「美希ちゃん、止めないの?」
「ん?んー、いやもうあの二人は好きにさせておけばいいかなって、
だって、ほら」
美希が指差す先。そこにあるのは、怒った顔で抗議しつつも
ラブの肩に回した手を決して離そうとしないせつなの姿。
「せつなちゃんも、なんだかんだで嬉しいんだね」
「そういう事。下手に手を出すとまたあの二人のノロケにあてられるわよ」
「ふふ。そうだね。じゃあ私達は後からゆっくり行こうか」
「ええ」
そして美希と祈里も、ラブ達の後を追うようにゆっくりと歩き出す。
「……あのさ、ブッキー」
「何?」
「……」
「……美希ちゃん?」
「………………あ、いやあ、ブッキーはいいのかなって」
「何を?」
「あれ」
目の前を行くラブと、その腕の中のせつなの姿を美希は指差す。
「あれって……ラブちゃんみたいにしたいって事?」
「いや、えーと、アタシがしたいんじゃないわよ。
そう、ブッキーが!貴方がして欲しいんじゃないかってそう思ったのよ、うん」
言いながらもその顔は祈里の方を見ようとせず、明後日の方向へ向けられている。
そしてそこに、わずかに混じっている赤い色。
「ふふ」
「……何よ?」
それを見て取った祈里が笑ったのに対して、咎めるような視線を向けてくる美希。
「……ううん、何でもない。
じゃあ美希ちゃん、私もせつなちゃんみたいにしてほしいな」
「え、本当?!」
「でも、今は嫌かな。後で二人きりになってからね」
「……あ、そう。ま、まあそうよね。
ラブ達みたいに人目を憚らずってのは、流石にどうかと思うしね!」
ぱあっと喜色を浮かべたと思ったら、次の瞬間には落胆、
そして本心を隠しての照れ隠しと目まぐるしく変わる美希の顔。
いろいろな表情を自分の前では隠す事無く見せてくれる彼女を
愛おしいと思うのと同時に、そんな彼女に自分が愛されているという事
それを嬉しく思った、祈里の口から笑みがこぼれる。
「うふふ」
「だから何よ?」
「何でもなーい、さ、私達も帰ろ?」
言いながら、美希の手に自分の手を伸ばし、絡める。
「あ……」
その事に一瞬驚きの表情を見せ、隣の少女に顔を向ける美希。
しかし目を合わせた彼女の顔に笑顔が浮かんでいるのを見て取ると、
それに応えるように笑顔を作る。
「……」
絡まれた手に力を込め、握り返す。
そして無言で歩む二人。
街灯に照らされ、後ろに伸びたその影がいつのまにか寄り添っていたのは、
二人だけの、秘密。
「ねえ、せつな」
「……」
先を行くラブ。
その腕の中の少女に話しかけるも、相手は無言。
「あれれ……やっぱり、怒ってる?」
「当たり前でしょ、だって……」
公園から出ての家への帰り道。
クリスマスイブのこの日に道行く人と言えば、家族の待つ家路を急ぐ者か、
思い人と二人だけの時間を過ごそうとする者と相場が決まっているわけで、
そこに紛れ込む少女達の姿など、どちらかと言えば目には留めない方が多数ではあるが。
「すれ違った人の中にクラスの子とかいたし……バッチリこっちの事見てたもの!」
流石に顔見知り同士ともなると話は別なわけで、
しっかり見られた上に、携帯まで構えられてたような気もする。
「あはは……そっか、冬休み終わったらどうしよっかね」
「間違いなくからかわれるわね……」
最低でも質問攻めくらいは覚悟しておいた方がよさそうだと、
その時の事を思い、頭を抱えるせつな。
ちなみに両手はラブの肩に回されていて動かせないので
気持ちだけでそうしたことにしてたりする。
「いやー、参ったねえ。あたしっってばまたせつなと一緒に
家に帰れるのが嬉しくて、つい浮かれちゃって」
「また?またって……どして?」
ふと口から漏らしたラブの言葉。
その中に引っかかりを感じたせつなが問い掛ける。
「あ……あたしったら」
ラブが見せるのは、しまったと言う顔。
余計な事を言ってしまったという後悔が心をよぎるが
それでも一度口にした以上、せつなに対して誤魔化ような態度は取りたくないと
言葉を続ける事にする。
「あのね、実はあたし、さっきまでずっと不安になっててさ」
言いながら彼女が見せるのは、力無く眉が下げられた弱気の顔。
「せつながパッションから元に戻れなくなった時から、実は思ってたんだ。
このまま元に戻れなくなったら、せつなはあたしと一緒に
いられなくなっちゃうんじゃないかって。
タルトの時みたいにTV局が押しかけたり、ラビリンスがしょっちゅう襲ってきたり、
学校にも行けなくなって、ダンスも出来なくなって……」
プリキュアは、この四つ葉町の守護者であり、有名人と同列の存在。
その姿から戻れなくなるという事は、普段の日常が失われるという事。
そうなると、彼女達が望むと望まざるとに関わらず、一緒にいられなくなる。
それがラブが漠然と感じていた、不安。
「だからね、さっきだって本当は上手くいくかどうか、あたしが一番不安だったんだ。
……でも!」
そこで言葉を区切ると、一転して笑顔に戻る。
「こうやって元に戻れたからもうそんなの関係ない。
何も心配ないんだ、また一緒にいれるんだってわかったから、
今はあたし、とっても嬉しい!」
えへへ、と笑いながら向けられる顔には溢れるばかりの喜び。
同時に、腕の中にいる少女の感触を確かめるかのように、力が込められる。
その暖かい腕の感触が体に伝わってくるのを感じると、
せつなはその心地よさに身を委ねて、目を閉じる。
そしてふっと息を吐き、ラブに向けて言葉を紡ぐ。
「そうね……私も嬉しいわ」
言い終えたその口元に浮かぶ形は、穏やかな笑み。
自分だけじゃない、ラブも同じ事―桃園家の中に戻れなくなる事―を恐れてくれた事、
でも、それだけで終わらずに、なんとかしようと必死に頑張ってくれた事。
その事を嬉しさとして受け止めたせつなの胸の内が、暖かいもので満たされる。
そして受け止めた想いを返したいと、彼女の口から紡がれた言葉。
「だから、帰りましょ、ラブ……私達の家に」
優しさと、嬉しさと、そして幸せな気持ちを込めた言葉と、それに付いてくる笑顔。
せつなから送られたそれらをラブもしっかりと受け止め、大きく頷く。
「うん、帰ろう!……じゃあせつな、しっかり掴まってて!」
そしてラブは、返事を待たずして走る足とに力を込める。
せつなを抱く腕を離してしまわない様に、同時に力を込めることも忘れずに。
「きゃっ……ラブッたら急過ぎるわよ」
そう言いながらも、ラブの肩に回した腕にしっかりと力を込め、
その体から絶対に離れまいとするせつな。
二人の少女は、街中を駆けていく。
彼女達の家―帰るべき場所へと向かって。
やがて見えてくる、街の中心にある桃園家の姿。
それを目にして、そこに帰れる事を嬉しく思うと同時に、もう一つ、
せつなの心に湧いた思いがあった。
それは今日、ここまでずっと、自分の代わりに精一杯頑張ってきた
もう一人の自分への感謝の気持ち。
それを彼女は心の中で、そっと口にする。
(ありがとう、お疲れ様……キュアパッション)
<終わり>
最終更新:2010年01月31日 00:55