「ぐおお見てろサウラー!これが!俺の!魔球だァー!」
「あぁ、うん見てるよ見てる。」
屋敷をプリキュアに破壊された二人は、いまだノーザの部屋に仮住まいしていた。
ノーザは迷惑がってすぐに新たな屋敷を手配するようクラインに要請していたが、なかなか許可が下りずにいた。
ガシャーン!
「あ、」
「うおおお、しまったー!」
野球のピッチャーのまねごとをしていたウェスターのボールが、あらぬことかノーザの育てている植物の鉢植えにクリーンヒットしてしまった。
「おおお、どうしよう・・・」
「あーあ知らないよ。」
「そんな!サウラー!おまえがあの時止めてさえいれば!」
「口論するよりも鉢植えをどうするかを考えた方がいいんじゃない。」
「ずいぶん賑やかね。」
「「あ」」
気がつくとノーザが部屋の入り口のドアの前に立っていた。
ウェスターはなんとかその場をごまかそうとしどろもどろになっている。
「えーと、これはですね!」
「いいのよ、ウェスターくん、私、怒ってないから。」
「ホ、ホントですかー!」
ウェスターの顔が明るくなる。しかし。
「そうよ、ちゃーんとメビウス様に報告してあなたにはちゃーんと処罰が下るから私が怒る必要なんてないの。だから安心しなさい、ね。」
目を細め、低い声でノーザはウェスターに囁く。その見事な語り口にウェスターは顔面蒼白になってしまった。サウラーはこれは使える、などと考えている。
さて、ラビリンスに新たな鉢植えの配給願いを出してもいいが、それだと許可が下り、配給されるのがいつになるか分からない。となると、
「サウラーくん!」
「ハッ。」
「鉢植え、代わりのを調達してくるから留守番お願い。」
「了解しました。」
ノーザは北那由他へと姿を変え、扉を開け部屋から去った。
ウェスターはほっと一息つく。
「あー怖かった。」
「怖いのはこれから。メビウス様からまた処罰がくるよ。」
「うーんまあ先のこと考えてもしょうがないしな!割れた鉢植えの掃除でもしとけばノーザも機嫌直すだろ!ワハハハハハハハ!」
「・・・ときどき君になれたらと思うよ。」
ウェスターのあまりにもポジティブな態度にサウラーは思わずため息をもらした。
「まったく・・・ごみごみした町ね!」
那由他は試行錯誤しながらなんとかガーデニングショップにまでたどり着いた。
普段しょっちゅう町に遊びに来ているウェスターや本で学んでいるサウラーと違い、赴任したばかりのノーザにはこの町は勝手が悪かった。
「やっとここまで来れたわね・・・これでようやく帰れる・・・」
と、つぶやき、ガーデニングショップの中にある手近な鉢植えを手に取ってそのまま持ち帰ろうとすると、
「ちょっと!ちょっと困りますよ!」
店の奥から勢いよく店員が出てくる。さらにまくしたてるように店員は続ける。
「持って帰るのはレジを通してからにしてもらわないと・・・最近うちの店でも万引きが増えてるんですよ。勘弁してくださいよぉ」
そうだった。この世界の物流システムは貨幣を媒介にして商品を交換しているというシステム。
この世界の貨幣も屋敷にないこともないのだけど、あいにく持ち合わせはない。
「どうするんですか?買うんですか?買わないんですか?」
無意味に暴れるのは本意ではないのだけど・・・愛しい植物のため、仕方ない。
「スイッチ!オー・・・」
「すいませーん!その人私の連れなんですー!」
那由他がノーザへと姿を変えようとしたその時、突然声を上げ、こちらに走り寄ってきた。
店員と那由他が声の主の方に眼をやると声の主はかわいらしい、若い主婦のようだった。
「すいません。その人最近外国から来たばかりで、この国の文化にはいまいち馴染みがなくて・・・」
「あぁ、外国の人・・・どおりで・・・」
「その鉢植え、私が買いますんで・・・」
「あ、はい!ありがとうございます!」
ノーザはその主婦に見覚えがあった。桃園あゆみ。キュアピーチ、桃園ラブの母親。以前の作戦で利用した女。まさか再び会うことになるとは。
「はい、どうぞ。」
とあゆみは那由他に対して笑顔で鉢植えを手渡す。どうやら目の前にいるのがかつて自分を襲った女だとは夢にも思っていないようだ。
「えーと、これ、ほしかったんでしょ?えーと、こういう時英語でなんて言えばいいのかしら・・・?」
「・・・日本語で大丈夫よ」
「あら、あなた背が高くてとってもスタイルがいいから、外国の人かと思っちゃった♪」
那由他はすこしばつが悪そうに礼を言い、その鉢植えを受け取り帰ろうとすると
「あ、ちょっと待って!」
とあゆみは那由他の手を取った。那由他は代金のことかと思い、
「申し訳ないけど今持ち合わせがないの」
と無表情で答える。しかし、あゆみは笑顔で首を横に振り
「代金はいいの。そのかわり、ちょっとお茶に付き合ってもらえる?今退屈してたところなの」
那由他はにべもなく強引にひっぱられ、無理やり喫茶店に連れてこられてしまったのだった。
その喫茶店はいつかの作戦で利用したあの店。
「ここね、パフェがとってもおいしいの。」
「私は今持ち合わせがないって言わなかったかしら?」
「いーのいーの、お代を返してくれるのはいつでもいいわ。」
この女、貸しにするつもりかしら・・・なんてことを考えたがあゆみの無邪気な笑顔を見ているとどうでもいいように思えた。
「ほら、チョコレートパフェ、これにしましょう!」
「私、甘いもの嫌いなの。」
「あら、残念。」
「私は白湯でいいわ。」
「店員さーん、チョコパフェ二つー!」
「・・・」
「楽しみねー!」
「・・・」
災難な日だ、と那由他は思った。
「そうそう、名前をまだ聞いていなかったわね。私は桃園あゆみ。あなたは?」
「・・・那由他。北那由他」
「なゆた・・・難しい名前ねー」
「そうかしら」
「それじゃー・・・うーん・・・」
「?」
「なゆたん!」
「・・・」
「なゆたんっていうのはどう?」
「・・・何が?」
「あなたのあだ名!」
つくづく災難な日だ、と那由他は思った。
「やっぱりおいしいわねーこのパフェ」
「そうね」
とりあえずうなづいておこう。そうしておけば気も晴れるだろう。那由他は半ば諦観の気持ちだった。
すぐに席を立って帰ることもできたが、鉢植えのことでそれは気が引けたし、そして何より
「おいしー!」
無意識だが、那由他はあゆみの笑顔から目が離せなくなっていた。
「ね、なゆたんはどんな仕事してるの?」
「・・・会社員よ、普通の」
なゆたん、の部分に顔を引き攣らせながら那由他は答える。
「じゃあOLね♪かっこいい~」
「あなたは・・・?」
「私は主婦よ」
「いえ・・・」
「あなたはどうして、見ず知らずの私を誘ったの・・・?」
一呼吸おいて那由他は質問した。すると、あゆみは一瞬考えている風なポーズをして、笑顔で答える。
「綺麗だったから!」
「え・・・?」
「綺麗な人がいるなーって思って声かけちゃった。据え膳食わねば男の恥、なんてねーふふふ」
「・・・」
キレイ?私が?
メビウス様に造られる私たちにとっては、外見なんてただの薄皮でしかない。
外見なんて気にしたこともなければ、されたこともなかった。
「・・・そろそろ帰るわ。仕事も残ってるの。」
「あら、もうそんな時間?」
「じゃ、さよなら。」
「あ、まって。最後に・・・」
「・・・何、それ。」
あゆみは鞄から携帯電話を取り出したが、那由他にはそれが何だか判別がつかない。
「ケータイよ、ケータイデンワ。なゆたんも持ってるでしょ?」
「え、ああ、これのことね。」
現地に赴任された際にラビリンスから配布された現地製の携帯端末。ラビリンスの技術からすれば現地の技術をコピーするのは造作もなかった。
「はい、ちょっと貸して。」
「あ、ちょっと・・・」
あゆみは那由他の携帯を取ると、何やら操作して再び那由他に手渡した。
「これでよし、と。これでいつでも連絡取れるからね。」
「・・・」
「あ、いっけなーい!そろそろラブとせっちゃんが帰ってくる時間だわ!じゃあねなゆたん!楽しかったわ!また遊びましょ!」
「・・・」
先に帰るつもりが、那由他は喫茶店に一人置いていかれてしまった。
「・・・」
「あれ、帰ってらしたんですか?ノーザさん」
「お帰りなさい!ノーザさん!」
「あなたたちまだいたの・・・」
ノーザが帰宅するとサウラーは相変わらずくつろいだ様子で本を読み、ウェスターは緊張した面持ちで起立していた。
「あなたたち、悪いけどちょっと今日からどこか別の場所に泊って頂戴。私はちょっと休むわ・・・ここの世界のお金も多少なら持ていっていいから・・・」
「はい!わっかりましたー!」
「了解しました」
ふたりはノーザに一礼し、部屋を出た。
「ノーザさん、ちょっと機嫌が良かったな!やっぱり俺が綺麗に片づけておいたのがよかったのかな?」
「そうかな?ちょっとぐったりしてたように見えたけど・・・」
「いーや、あれがノーザさんのご機嫌のポーズと見たね!」
「そんなことより今日どこ泊るんだい・・・」
そんな事を話しながら二人は四ツ葉町へと向かうのだった。
翌日、さっそくあゆみから電話が掛ってきた。
「ねえねえ、なゆたん、すごくあなたに似合いそうなお洋服見つけたの!ちょっと一緒に見に行きましょうよ!」
「ええ、行きたいのだけど・・・仕事が・・・」
なゆたん、という呼び名にノーザは顔を引き攣らせながらも頭を回転させ、断る口実を見つけ出そうとするノーザ。
「そういえば・・・鉢植えの具合はどうかしら?」
ノーザのはっきりしない様子を見て取ったのか、あゆみは鉢植えのことを持ち出し揺さぶりにかかる。
「・・・ええ、悪くないわ」
「それでね、すごくあなたに似合いそうな・・・」
「・・・すぐ行くから待ってなさい」
鉢植えのことを出されるとどうにも逆らえず、しぶしぶ承諾し、彼女もまた北那由他として四ツ葉町へと向かうのだった。
「ごめんなさい、待ったかしら?」
「いえ、今来たところよ。さっさとその服とやらを見に行くわよ」
「ええ、行きましょ!なゆたん♪」
「その・・・呼び方・・・やめてほしいのだけど」
顔を引き攣らせながら那由他は言う。
「どうして?かわいいじゃない、なゆたん」
「次その呼び方したら帰るわ」
「鉢植え・・・パフェ代・・・」
「・・・好きにしたら」
那由他はあきらめた。自分がこの呼び名になれるしかない。
しかし、このままやられっぱなしというのは納得がいかない。なんとか反撃できる手段はないものか。
「そこのブティックにね、素敵な服がたくさん置いてあるの。きっとこれなゆたんに似合う服もあるだろうなぁって思ってね。
その黒いスカートも素敵だと思うけど、せっかくそんないいスタイルしてるんだから、もうそのスタイルが生かせるタイトな服にチャレンジしてもいいと思うの。ね、なゆたん♪」
なゆたん、なゆたんとなれなれしく何度も何度も・・・そうだ、こいつにも同じ屈辱を味わわせてやれば・・・
那由他は不敵な笑みを浮かべ、口を開く。
「ね、ねぇ、あ、アユタン・・・」
「え?」
「・・・」
まずい。自分で言うとすごくはずかしい。顔から火が出るようだ。
例の呼び方をして相手に屈辱を味わわせようとしたのにまさか自分でダメージを受けてしまうとは。
「なに?どうしたの?なゆたん」
「・・・何でもないわ。」
「あ、ほら、そこにあるのがそのブティックよ。」
「きれーい!ほら、この服も着てみて!」
「・・・買う気はないわよ」
あゆみは手当たりしだいに服を手にとり、那由他に着せている。
「店の人も迷惑なんじゃなくて?」
「いえいえ、それにしてもホントに何でも似あうんですねえ」
と店員はにこやかに答える。
「ねえ、あなたは・・・」
「やぁねえ、あゆみって呼んで♪」
あゆみはにこやかに答える。那由他はうんざりした顔で
「・・・あゆみは着なくていいの?」
「今日はなゆたんの服を選びに来たの。きっとなんでも似合うだろうとは思ってたけど、ほんとになんでも似合うのねぇ」
「なんのためにそんなことを・・・?」
「うーん、もっと綺麗ななゆたんが見たいから、かな?」
ノーザは半ば混乱していた。あまりの価値観の違い、聞き慣れない自分に対する形容、そしてあまりにも無邪気で人懐っこいあゆみの笑顔に。
「私は・・・わたしより・・・あなたのほうが・・・」
那由他は思わず口走り、あゆみの
「よーしこれ!これ絶対似あうわよ!」
という言葉で正気に戻った。
ウェスターとサウラーは西隼人と南瞬に姿を変え、四ツ葉町をぶらついていた。
「おい、あれノーザさんじゃないか?だれかと一緒にいるやたら背の高いあの・・・」
「いやちがうだろ・・・だって・・・あれ白いぞ」
那由他らしき人物をサウラーが見かけるが、どうやら服が違うらしい。
「いやまあ服は違うみたいだけど・・・」
「どっちにしても俺たちには関係ないことだ!行くぞサウラー!」
「あ、ちょっと・・・確かにノーザさんだと思うんだが・・・」
二人は那由他らしき人物と別方向に歩き出した。
「やたらスースーする・・・」
「似あうわよ、なゆたん♪」
結局、さっきのブティックであゆみが選んだのは白のワンピースだった。
あゆみが代金を払おうとしたのを、これ以上貸しを作られたらたまらないと那由他が無理やり
ワンピースの代金を払おうとしたのだが、店員は綺麗な人が着てくれたほうが服も喜ぶ、といって代金をタダにしてもらえた。
そのこともまた那由他を困惑させた。
この世界では商品と交換に貨幣を支払うという情報は間違いではないはずだが・・・ますますこの町のことはよく分からない・・・
「やっぱり似合うわぁ」
あゆみは惚れ惚れと那由他を見上げていう。
「私はそうは思わないけど。スカートも少し短いし。」
「それはあなたが慣れてないだけよ。きっとすぐこの服も気に入ってもらえると思うわ。」
那由他の着ているワンピースのスカートはどちらかというと長めなのだが、いつもの服に比べるとやはり短く感じるようだ。
「かわいいわよ、なゆたん♪」
こんどはかわいい・・・この二、三日、自分を形容される言葉は那由他には聞き慣れない言葉ばかりだった。
だが、あゆみの笑顔から発せられる言葉は何故か心地よく、暖かく感じた。
それはいままでのどのパラレルワールドでも得られなかった感覚だった。
「今度は・・・あゆみの服を探しにいきましょうか」
「ホント!?約束よなゆたん!」
「・・・」
「ねえ・・・もう一度、アユタンって呼んで♪」
「・・・聞いてたの?」
「ええ♪」
本当に、良く分からない・・・
「やほー、なゆたん元気?」
「・・・あゆみ・・・」
那由他とあゆみが服を買いに行った日から数日、ふたりは頻繁に連絡を取り合い、
時間があればともに出かけるようになっていた。
ノーザはこうした時間に対し、抵抗がなくなってきたのはおろか、楽しみにさえなっていた。
もっとも彼女はこうした感情を自分の中で否定しようとしていたようであったが。
「ねえ、たまにはわたしの家にあそびにこない?おいしいケーキがあるの。」
「・・・」
そのような日々の中でも、彼女の家に行くことだけは不可能だった。あの家にはキュアピーチ、そしてイースがいる。
「ねえ、どうかしら?一人で暇なのよ。」
そうだ、この時間帯ならあの二人も学校とやらに行っていてあの家にはいないはず・・・それなら・・・
「わかったわ」
ノーザは自分の感情を押し殺すような低い声で答えるのだった。
「あ、なゆたーん!こっちよ!ここよここ!」
「・・・大声で呼ぶのはやめなさい。恥ずかしいわ。」
那由他がなんとか家に近くまでくると、あゆみは門の前で那由他を待っていた。あゆみは那由他を家に招き入れると、さっそくケーキと紅茶の準備を始めるのだった。
「それでねーせっちゃんがね、・・・それでラブったら・・・」
「・・・」
あゆみは楽しそうに那由他に家族の話を話し続ける。
那由他は関心のないそぶりを続けるが、何故だか彼女の笑顔を見ていると自分まで笑顔になりそうになる。
これではいけない。関心を余所にそらさなければ・・・
「ねえ、この家にも花壇があるのね。」
「え?ええ、そうよ。今は冬だから何も生えてないけど。そうだ!なゆたんガーデニングが趣味だったわよね!ちょっとご教授願えるかしら♪」
「・・・仕方ないわね」
二人は庭に出る。
「さて、どういったガーデニングがお好みなのかしら?」
「えーと、きれいな花でいっぱいで、木が植えてあって、」
「・・・ちょっと待って頂戴。それだと分からないわ。」
「え?」
「一口に花といってもその種類は一年草、二年草、多年草といってまちまちで、管理の仕方も全然違うのよ。
沢山植えるのはいいけどそれだと管理の仕方も複雑になるわ。それに木を植えるにしてもきちんとメリット、デメリットを・・・」
「ふふっ」
あゆみがくすりと笑う。那由他はそれを見て怪訝な顔で尋ねる。
「・・・何がおかしいのかしら?」
「あ、いえ、ごめんなさい。なゆたんがそんなにたくさん話すの初めて見た気がして・・・ふふふっ」
「笑う理由としては不適当ね」
「そうね、ごめんなさい・・・ふふっ」
弁解しつつもついつい笑ってしまうあゆみ。
「・・・ふふっ」
それにつられて那由他もついつい噴き出してしまう。
「ふふふ・・・」
「ふふっ」
「「あははははは!」」
お互い噴き出したのをきっかけに、ふたりは堰を切ったように笑い出してしまった。
ノーザは生まれて初めて笑ったような気がした。彼女の笑いはいつも冷笑、嘲笑だった。彼女が笑う時は誰かが泣く時、怒るとき、もしくは絶望している時。
彼女が誰かと一緒に笑うことなんてありえないことだった。
誰かと一緒に笑えることがこんなに幸福な、温かなことなんて。
「あはははは・・・可笑しい・・・なんでこんなに可笑しいのかしら。」
「ふふふっ、思った通り!なゆたんは笑った顔もかわいいのね。」
あゆみはウィンクしながら那由他に言う。
それを聞いて那由他は顔を少し赤らめ、生真面目な顔を作った。
「まったく・・・あなたガーデニングのことが聞きたいのじゃないの?そうじゃなかったら帰るわよ。」
「あーそうそう、じゃあお願いしますね、先生。」
那由他はガーデニングのいろはをあゆみに伝え、あゆみも多少冗談を交えながらも、那由他の話を真面目に聞き、自分のものにしようとしていた。
それは傍目から見ればなんでもないことだった。けれど本人たちにとってはかけがえのない時間。
けれど楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。
「・・・あ、いけない!そろそろラブとせっちゃんが帰ってくるころだわ!」
それを聞き、那由他は顔をこわばらせる。
「ねえ、ふたりにもあなたのことを紹介したいのだけど・・・」
あゆみの言葉をさえぎるように那由他は口を開く。
「ごめんなさい、今日はもう帰るわ」
「え、でももう少し・・・」
「ごめんなさい。仕事がまだ残ってるの」
那由他はそういうと逃げるように桃園家から走り去った。
今あの二人と会うわけにはいかない。私はラビリンスの人間。あの二人と会えば必ず衝突することになる。
あの二人さえいなければ・・・しかし彼女の家がふたりの家。彼女の居場所には必ずあの二人がいる。これは避けられない。
結局のところ、彼女と私は・・・
「ねえ、なゆたん、今日も仕事なの?」
「ええ・・・ごめんなさい、あゆみ」
「最近全然一緒に遊んでないよ。」
「最近いそがしいのよ、仕事」
「もし、今日仕事片付いたら、うちに来てね。夕食、もう一人分つくってあるから。」
「・・・分かったわ」
ここ数日、ノーザは出来るだけ部屋から出ないようにしていた。
部屋にこもり、植物の世話をすることであゆみのことをなんとか忘れようとしていた。
幸い、ここ数日ウェスターとサウラーも姿を見せていない。
「あゆみ・・・」
考えようにしようということがすでに考えているということ。意識的に彼女のことを忘れようとするのはもはや不可能なことだった。
彼女の家に行けば、あの二人が・・・しかし・・・
悩んでいるうちに、時計の針は午後六時を回ろうとしていた。
気がつくと那由他は桃園家の門の前まで来ていた。
家の中では彼女たちが楽しく談笑しているのだろう。笑い声が外まで聞こえてくる。
私には届かない世界、その向こうで彼女は幸せを生きている。
「何をやってるのかしらね、私は。」
カーテンの向こうから漏れる明かりを見て那由他はひとりごち、もと来た道を戻っていく。
戻る道の途中でノーザは考えた。
結局のところ、私と彼女は・・・文字通り住む世界が違うのだ。違う世界の住人の彼女を私が手に入れられるはずもない。
分かっている。私には彼女をどうこうすることもできない。それでも・・・私は彼女を・・・あゆみを諦めたくない・・・もう諦められない・・・
それなら・・・そのためなら・・・この世界を私たちと同じにすればいい。
この世界もメビウス様に支配され、命令され、すべてを決められるようになれば、私もあゆみも同じになれる・・・
なんの隔たりもなくあゆみと一緒にいられる・・・ずっと一緒に・・・
あぁ、メビウス様!メビウス様ならきっとなんとかしてくださる・・・!
メビウス様なら、この世界を正してくださる!
メビウス様なら、きっと私とあゆみのための世界を創造してくだる!
今までだってそうだった。メビウス様の忠実なしもべでいれば、私はなんでも手に入れることが出来た。
今度だって・・・メビウス様にさえ従っていれば・・・
私はメビウス様の造った世界で彼女のすべてを手に入れる。そうでないなら、私はもう何もいらない。
すべては、メビウス様のために!
そのためにもインフィニティを・・・そしてプリキュアを・・・!
メビウスタワーで、プリキュアとラビリンス幹部達は最後の戦いを繰り広げていた。
「ふふふ、無様ねぇ」
ノーザは自身が操る植物の蔓でキュアピーチとキュアパインを投げ飛ばし、はき捨てるように言うノーザ。
「いい事を教えてあげましょう。お前たちがどんなに頑張っても、もう遅いのよ」
「どういうこと!?」
キュアピーチ、キュアパインが聞き捨てられないノーザの言葉に反応する。
「こういうことよ」
キュアピーチに返答するようにノーザは指を鳴らすと、モニターが表れ、モニターに全パラレルワールドの様子が写される。
形、容姿は様々だったが、パラレルワールドの住人は一様に同じ行動をしていた。
すべてはメビウス様のために。
「これって、まさか!?」
「そう、もはや全てのパラレルワールドは、メビウス様の支配下よ」
「そんな!?だって・・・四ツ葉町は!?」
「ふふふ・・・」
ノーザがまた指を鳴らすと、四ツ葉町の様子がモニターに映し出される。
そこでも、他のパラレルワールドと同じように一様な行動しかできないように管理されているようだった。
「そんな!?」
「すべてはメビウス様の支配下よ」
そう・・・これで後はお前たちさえどうにかなれば・・・
「何故お前たちがそんなつらい目に逢うか教えてあげましょうか?」
「くぅ・・・!」
キュアピーチとキュアパインはノーザの蔓に巻き取られ、窮地に陥っている。
「それはね、自分で決めるからよ。自分で決め、自分で行動しようとするからそんなつらい目に会うの。
メビウス様に支配されれば、何も考えなくていいの。悲しいことは考えなくていい。失敗も後悔も何も起こらない。フフフフ・・・」
そうだ・・・メビウス様にさえ従っていれば・・・
蔓のパインとピーチを締め上げる力はさらに強くなっていく。
「メビウス様に支配されるのはとっても楽なことよ。諦めて、メビウス様に忠誠を誓いなさい!」
蔓の締め付ける力はついには最高潮に達し、ピーチとパインを今にもひねり潰そうとしている。しかし二人の眼はまだ光が消えていない。
「嫌だ!」
「私たちは諦めない!」
ふたりは信じられない力を発揮し、ついには蔓を振りほどく。
「何故だ!?何故諦めない!?」
困惑するノーザ。
「諦める必要がないからよ!」
プリキュアたちはついに反撃に出た。
「選んで、後悔したっていいの!何度も間違えて!」
「いっぱい迷って!来た道を戻って!」
「「たくさん回り道した方て歩いてきたほうがいい!!」」
プリキュアたちの猛ラッシュに耐えられず、ノーザはついに吹き飛ばされる。
あぁ・・・あゆみ・・・私、間違えちゃったのかしら・・・
「プリキュア、ラビングトゥルーハート!」
自らの姿を捨て、クラインと合体し異形の姿となったノーザをキュアエンジェル達の大きな光が包み込む。
なんという温かな光・・・これが彼女たちの想いの力・・・
彼女たちの想いに比べ、私の想いはなんてちっぽけなものだったんだろう。
与えられるばかりで、自分からはちっとも与えようとしなかった・・・
彼女にはいつも笑顔をもらっていたのに、ついに私が彼女に笑顔を与えることはできなかった・・・
光に包まれ、ノーザの脳裏に過去の記憶が蘇る。出てきたのはあゆみとの記憶。短い記憶、でもとても温かな記憶、喜びにあふれいていた記憶。
そして次に出てきたのはメビウスの手足として働いていた記憶。パラレルワールドの住人を攻撃し、蹂躙していた記憶。当時の彼女には悦びに感じられたことも、あゆみとの記憶の後では酷く薄汚いもののように感じた。
そして彼女は知る。自分が植物のDNAから造られたモノだったということを。
そうか・・・私は人ですらなかったのか・・・
でもそれもいいかもしれない。もう一度植物として生きられるなら、綺麗な花を咲かせて誰かに笑顔をあげたい。今度は私が笑顔にさせてあげたい。
でも・・・もし願いが叶うなら・・・あゆみの、彼女の庭で・・・彼女と一緒に・・・花を・・・
ふふふ・・・最期まで私はわがままね・・・
プリキュアたちの最終決戦から数週間がたった。
「ねぇー、お母さん何してるのー?」
「見ればわかるでしょ、ガーデニングよガーデニング。友達から教わった方法をちょっと試してみようかと思ってね。」
あゆみは娘からの質問にスコップを片手にして答える
「へーお母さんの友達ってどんな人?」
「綺麗な人よーそれですっごい真面目なんだけど、笑った顔がとってもチャーミングなの!」
「へーじゃあお母さんとは正反対の人だね!」
「ちょっとーそれどういう意味ー?」
あゆみは娘からの冗談に頬を膨らませる。
「素敵なお友達ですね」
彼女のもう一人の娘も笑顔で彼女の話を聞いている。
「そうよー彼女といるとなんだか学生時代を思い出しちゃったな。アユタン、なゆたん、なんて呼び合ったりして!」
「えー大人なのに変なのー」
「でも、私は・・・大人になってもそういう関係でいられるのは素敵だと思うわ。」
「そうだね。私たちも、大人になってもずっとそんな親友でいようね、せつな♪」
「もう、ラブったら・・・」
ふたりの娘が仲良くじゃれあっているのを微笑ましげに見つめるあゆみ。と、あゆみはあることに気づく。
「あら、もうこんな時間!あなたたち、ダンスレッスンに遅れるんじゃないの?」
「あ!いけない!急ぎましょ、ラブ!」
「ちょっとまってよーせつなー!」
「いってらっしゃーい」
ふたりの娘が出て行くのを見届けたあゆみは、ふと彼女のことに思いをはせる。彼女とはあれ以来一度も連絡が取れていない。
もう会えないのだろうか・・・いや、そんなことはない。またきっと会える。そんな気がする。
気を取り直し、ガーデニングの作業に戻るあゆみ。彼女はこのガーデニングにある計画をもっていた。
ことの始まりは彼女が今朝拾ったもの。偶然拾ったものだったが、何故か彼女はそれに強い愛着を覚えたのだった。
「さあ、まっててね。きっと綺麗な花を咲かせてますからねー。私の球根ちゃん。」
あゆみは足もとにちょこんと澄ましている球根に笑いかける。
午後の柔らかな風に揺られ、その球根は笑うように揺れていたのだった。
おわり
最終更新:2010年02月07日 16:35