避-933

「ニッコニコ~」



力強く羽ばたくホホエミーナ。
人々の想いで生まれた愛ある翼が、幸せの街を目指して飛翔する。


戦いが終わった。見慣れた四ツ葉町の公園に降り立っただけで鼓動が高まった。
早くお家に帰りたい。おとうさんとおかあさんに会いたい。
元気な顔を見せたい。喜んでくれる笑顔が見たい。
流れる景色をスローモーションみたいに感じながら、ラブと自宅に急いだ。



「お帰り。せっちゃん、ラブ」


「ただいま。おとうさん、おかあさん」



心配かけて、ごめんなさい。


抱きしめられた。温かさに身をゆだねながら心臓の音に耳を澄ませる。
涙で景色が歪む。顔なんて見えない。でも、見るまでもない。
笑っているに決まってる。泣いているに決まってる。


私の大切な――おとうさんとおかあさん。
私の大切な――家族。
私の見つけた――幸せ。



――――でも、私はこのままでいいの?



やめよう……。今は、せめてこの一時は。



ねえ、おとうさん、おかあさん。私、精一杯頑張ったわ。




その日はずっと、家族で一緒に過ごした。おかあさんにもたれかかってお話した。
次の日は街の人たちを集めてお祝いした。クラスのみんなも来て大騒ぎ。
クリスマスパーティーを兼ねているのか、プレゼントまでもらった。


正体を明かしたのに、それに触れようとする人は居なかった。
戦いに勝利し、その後は変身能力はなくなったとだけ説明した。


日常が戻ってくる。ダンス大会の本戦も近い。練習にも力が入る。



――――だけど、私はこのままでいいの?



大好きなラブと居られる。美希やブッキーと笑いあえる。
おとうさんとおかあさんに甘えられる。
夢のような毎日。ずっとこんな風に過ごしていきたかった。
ずっと、この幸せを守りたかった……。




おかあさんの美味しい料理を食べる度に、ラビリンスの食事を思い出す。
街の人の笑顔を見るたびに、不安そうなラビリンスの人たちの表情が目に浮かぶ。



「やめて!お願い。私はもうイースじゃない。この世界で生まれかわったんだもの」


夢を見た。恐怖に泣き叫ぶ四ツ葉町の人たち。
街を襲うのはイース――――――私だ。


景色が切り替わる。そこはグリル・クローバー。


「私は幸せになってはいけない気がするんです」


喉から手が出そうなくらい欲しい幸せが目の前にあった。
必死にその気持ちを押し殺して断ろうとした。だって、私にそんな資格ないもの。


「ひとつづつ、やり直していけばいいのよ」


そうだった。その一言で私は救われたんだった。だから誓ったんだ。



――――私、精一杯頑張るわって。




大きなステージで一緒に踊りたかった。
一緒に勉強して、同じ学校を受験して。
まだまだ知らない、色んな行事やイベントや、旅行なんかもしてみたかった。


ううん、そんなのいらない。もっと、少しでも長く、みんなと一緒に居たかった。



――――でも、そんな私は、精一杯頑張ってるって言えるのかしら。




ねえ、ラブ、教えて。
私はみんなに幸せになってもらいたいの。
ラビリンスの人たちにも笑顔になってもらいたいの。


それは私の心からの願い。なら、それは私の夢なの?
それが私の夢なら、それを叶えることが私の幸せにもなるのかしら。




ダンス大会が終わったら、私はラビリンスに旅立つ。
次にいつ会えるかわからない。ずっと会えないかもしれない。
手段はいくらでもある。だけど、自分を甘やかすのはやめよう。
今を、この瞬間を精一杯生きて、思い出を胸に刻もう。



おとうさん、おかあさん、ラブ。美希、ブッキー、そしてこの街のみんな。



「行ってきます」



――――私、精一杯頑張るわ。
最終更新:2010年04月08日 20:33