ある日、突如四ツ葉町を襲った恐怖“ラビリンス”。
突然市街に現れる怪物は警察組織の手に負えるものではなく、市民に恐怖を撒き散らした。
それでも恐慌に陥らず、生活を続けられたのは彼女達の活躍があったからだ。
“レジェンドプリキュア”
街を守り、世界を救った四人の少女達。やがてその存在は、驚きの正体は一部の市民から明ら
かにされた。
活躍中から追いかけていた雑誌のカメラマンはもちろん、TV局の取材まで大勢の人たちが押
しかけた。
英雄、スターとして賞賛を浴びたのも束の間、その変身能力が失われていると知ると、失望と
羨望の声のほうが大きくなってくる。
「本当は変身できるんじゃないんですか? ちゃんと答えて下さいよ」
「どうして変身できるようになったんですか?」
「そのお力をほかの事にも役立てようとは思わなかったのですか?」
ダンス大会に優勝できたのも、メンバーの一人が厳しい選考に勝ち抜いてモデルに選ばれたの
も、そのおかげではないかと囁かれる声もあった。
「無闇に使うには大きすぎる力でした。ラビリンスと戦うために与えられました。そして、タ
ルトたちと一緒に異世界に帰したんです」
四ツ葉町の人々は、みんなで彼女たちを庇った。しかし、ラビリンスの恐怖は世界各地を襲っ
ており、拘束してプリキュアの力の解明に乗り出すべきとの声まであがった。
それでもなんとか通常の生活が送れたのは、御子柴財閥が各方面に働きかけてくれたこと。
そして、彼女たちを守る、一人の男性が居たことだった。
「はい、そこまで。おじょうちゃんたち嫌がってるでしょ?
いい大人のすることじゃないよ」
普段ひょうきんな彼の怒りの眼差しは、百戦錬磨のブン屋まで怯えさせた。
「ありがとう。カオルちゃん。
あたし……こんなことになるなんて思ってもみなかったんだ」
普段元気な少女の顔には、既に久しく笑顔が失われていた。悲しげな表情の中に、心労と憔悴
が見て取れる。
「どうなるかわからなかった。もう戻ってこられないかもしれない。だから、あたしたちが何
をしてきたのか、何をしにいくのか、せめて大切な人たちに伝えておきたかったの。
ありがとう、行ってきますって。それだけなのに」
みんなで幸せになりたい。そう願った少女達の戦いの日々。傷付きながら守り抜いたこの世界
の自由と幸せ。
しかし、優勝も報われずユニットは解散。親友の一人は異世界に旅立ち、他の二人とも会う機
会も減るばかり。
ダンスレッスンの再会の目処も立たず、マスコミに追いかけられ、中傷の記事まで書かれ追い
かけられる。
結局彼女は、他人の幸せを守るために自分の幸せを犠牲にしてしまったのかもしれない。
ブッキーからメールが届く。
「ラブちゃん大丈夫? わたしは平気。学校には車で送り迎えしてもらってるし、
ラブちゃんは気をつけてね」
平気なんて嘘だろう。美希からも入る。
「こっちはそれほどでもないわ。知名度上がっていいくらいよ。あなたは気をつけなさいね」
これも嘘。
マスコミに叩かれ、追いかけられ、キャンセルになった仕事もあるとラブは読んだことがあっ
た。
プリキュアの掟、それは巨大な力を自分の為に使わないこと。そのための隠匿。秘密の厳守。
同時にそれは、彼女達の平穏な日常を守ってもいた。
ごめん、美希、ブッキー。
せつな、タルト、シフォンは平気だよね?
あたしのせいだ、ごめんね。
みんなで幸せゲット、できなかったな。
どこで間違えちゃったのかな。そんなにいけないことだったのかな。
けたたましく鳴るサイレンの音。すぐ近くだ。焦げ付く匂いが鼻をかすめる。
ラブは家を飛び出した。
「助けて! 助けてください。中にはまだ三歳の子供が居るんです」
泣き叫ぶ母親らしき声。消防車は途中で事故を起こして遅れているらしい。
地元の人たちが消火活動を続けるも火の手が強く、また家屋が弱っており、突入は危険で踏み
込めないでいるらしい。
ド ク ン ! ド ク ン ! ド ク ン !
心臓がおかしな鼓動を刻む。あの中に、まだ子供が居る? 毒々しい赤い炎と大量の煙を吐き
出し、今にも崩れそうなあの中に?
ド ク ン ! ド ク ン ! ド ク ン !
助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、でも、どうやって?
理性が訴えかける。
――無理だ。
――行くな。
――行けば命は無い。
その子の母親らしき女性がラブの姿を見止めた。
「桃園ラブさんですよね?キュアピーチの。お願いです、助けてください。
あそこには、あの中には、まだ……まだ私の娘が居るんです」
すがり付いて泣き出した。どうしていいかわからなくてただ抱きしめた。
周囲から声が上がる。もし助けられるならなんとかしてやってくれ。
涙交じりの声。普段の非難とは違う懸命な願い。純粋な想い。
「まかせてください」
ラブはそう叫んで、近くにあった水をかぶり駆け出した。
むせて咳き込こんだ。膨大な量の煙に視界がほとんど利かない。熱気が体を焼く、今は痛みは
考えないことに
した。
炎の塊を飛び越えるようにして、なんとか階段を昇りきった。
二階のどこに居るのか、場所を聞くのを忘れたのが悔やまれる。
「こほっこほっ、えっえっ」
かすかに泣き声が聞こえた。すぐ目の前の扉の向こう側。取っ手を握ろうとして慌てて離す。
やけどの痛みが走る。
このくらい――体当たりで扉を破って滑り込んだ。焼けて脆くなっていたのが幸いした。
(居たっ!)
二階建てのベッドの下の空間。金属で出来ていたのが幸いしたのだろう。上の段の布団は燃え
て黒い灰になっていた。
そっと引っ張り出す。さっきの声が最後の力だったのか、ぐったりして反応が無い。
上着を脱いでその子の体を覆った。顔を胸に当て、熱風に焼かれないようにする。来た道を戻
ろうとして――愕然とした。
そこは既に火の海だった。
どうする、どうしたらいい? 這い蹲るように姿勢を低くしても、煙はすぐ頭の上にあった。
息が出来ない。肺が焼けそうになる。有毒な煙なのか意識が朦朧とする。
(ここまでなのかな)
……苦しい。
……もう……だめ……。
そのまま目を閉じようとした。
「えっえっ」
かすかに聞こえた。抱きかかえた子の泣き声。
だめだ! まだあきらめちゃいけない。この子はあきらめていない。
炎に包まれて溶けかかった椅子が目に入った。もう、これしかない。
気力を振り絞り、椅子を掴んで窓に投げつけた。窓が破られ、大量の熱風が外に流れ出す。
子供を全身で包むようにして、その中に飛び込んだ。背中に、首に走る痛みに耐えながら、風
に押されるように窓の外へ。
これしか、思いつかなかった。ごめんね。そう心の中で謝って窓の外に飛び出した。
背を下に向けて落下する。下を確認する余裕も無かった。そして、落下の衝撃を感じることも
ないまま、空中で意識を失った。
(あれーーあたし、どうしたんだっけ……)
意識が暗闇から抜ける。僅かに目を開こうとしただけで、痛いほどの光が飛び込んでくる。
「ラブっ、気がついたの!? おかあさんよ、わかる?」
おかあさんに手を握られていることに気がついた。握られている手が汗ばんでいる。ずっとそ
うしていたんだろう。
うん、もちろんわかるよ、おかあさん。そう言おうとして上手く声が出せないことに気がつい
た。
喉に激しい痛みが走る。熱で焼かれたのかもしれない。
「あの子はどうなったの?」
かろうじてそれだけ聞いた。涙ぐんだおかあさんの顔がちょっとだけ微笑みに変わる。
「大丈夫よ、別の部屋で手当て受けてるけど、ラブより退院は早いそうよ。
さっきお母様も挨拶に来られていたわ」
(そっか、よかった)
水を一口飲んだらだいぶ楽に話せるようになった。ひとつひとつ尋ねていく。
あたしはマットの上に落ちたらしい。火傷は不思議なくらい軽かったらしい、でも煙を吸いす
ぎて昏睡状態だったとか。
病室を覆い尽くす千羽鶴。箱に詰まれた数千通もの励ましと謝罪の手紙。山と積まれた見舞い
の品と花束。
あたしが意識を失うまで変身をしなかったことで、本当に力を失ってることがわかったらしい。
それでも命をかけてあの子を救おうとしたことで、世間の見方が変わったんだそうだ。
(そっか、なら、あたしの罪は許されたのかな)
「ラブっ」
「ラブちゃん」
美希たんとブッキーが同時に入ってきた。
涙でくちゃくちゃになった美希の顔、こんなの見るのいつ以来かな、なんて関係ないことを思
い浮かべる。
その後、思いっきり美希たんに叱られた。自分を大事にしろって。うん、そうだね。でもあた
しは知っている。
きっと美希たんはあたしと同じ事をする。
ブッキーもありがとう。わかってる。ずっとあたしの無事と回復信じて祈ってくれてたんだよ
ね。だから帰ってこられたよ。
たくさんの想いのつまった手紙を一通づつ読んでいく。疲れて、美希たんやブッキーに変わり
に読んでもらう。
涙が溢れてくる。やっぱり、あたしたちがやってきたことは間違いじゃなかったって。
おとうさん、おかあさん、美希たん、ブッキー、心配かけてごめん。
でも、あたし思うんだ。
強いから戦っていたんじゃない。
勝てるから戦っていたんじゃない。
守りたいものがあるから戦っていたんだって。
だから、あたしはやっぱり、変わらず口にする。
――みんなで幸せゲットだよ。
最終更新:2010年03月26日 22:19