とぼとぼと、言葉少ない帰り道。
並ぶことすら避けるように、美希は一歩遅れて続く。
「美希、何か、話したいことがあるんじゃないの?」
せつなは立ち止まって振り向いた。
「アタシは何も……」
顔に書いてあるとでも言いたげに、美希の顔を覗き込む。
「ねえ、美希。私のチョコレート見てくれた?」
「え、うん」
美希は顔を背けて話す。嘘をつく時のクセだった。
「うそ、そのポケットに包まれたままじゃない」
同じ大きさのチョコを選ぶために持ってきてしまった。
見えているのに気がつかない、動揺の大きさを示していた。
「ここで開けてみて」
「ごめんなさい、わかったわ」
情けない顔でしぶしぶ取り出す。
せつなそっと微笑んだ。
「これは……」
包み紙を解くと、一人の時に開けてねと書かれたメッセージカード。そして。
赤いハートのチョコの中にスペード、そこに綴られた思い。
――――You are always in my heart.――――
「嘘、でも、せつなはラブのことが……」
真意を探るかのように何度も読み返す。
「ラブは好きよ。ブッキーもおとうさんもおかあさんも。
わたしの命より、ずっとずっと大切な人。
そして、もしかしたら美希は少し違うのもしれない」
「どう、違うの?」
真っ直ぐに見つめてくる。期待と不安の混じった目。
懸命な思いが伝わってくる。
「よくわからないの。ラビリンスには自由恋愛なんてなかったわ。まして同性となんてね。
友達だってあなたたちが初めて、だから自分の気持ちがよくわからないの」
困ったような顔で話すせつな。
いつも美希のことを考えている。ただそれだけが伝えたかった。
せつなの境遇を思い出したのだろう。美希が目を伏せた。
「ごめん……せつな、アタシ自分のことばっかりで」
「聞いて! だけどね」
胸に横たわる曖昧な気持ちを懸命に紡ぐ。
美希には特別なものを感じるの。
ラブと居る時の安心感と違うの。
ブッキーとの安らぎとも違うの。
ドキドキして
そわそわして
わくわくして
もっと一緒に居たいような、
早く別れたいような、
不思議な気持ちになるの。
それが恋なのか、違う感情なのかわからない。
でも、心の中でとても大きくて大切な人。
形にならない気持ち、言葉に出来ないもどかしさ。
目で、表情で、メッセージで、握った手で、精一杯せつなは伝えた。
「せつな……」
「上手く話せなくてごめんなさい。美希は何か言ってくれないの?」
真っ直ぐ、美希の目を見ながらそう聞いた。
「あ、その、これ。本当はこっちなの」
ひとまわり大きなチョコレート。美しい包装紙からでてきたそれは。
「せつな、アタシはあなたのことが好きみたいなの。
時々、他のことが何も考えられなくなるくらい」
手作りのチョコに書かれたメッセージ。素直に綴られた想い。
――――Tu me plais.――――
「ありがとう、素敵ね」
フランス語って美希らしいわね。
指でそっと文字をなぞる。
淡い表現、美希も自信がないのかもしれない。
「不思議ね。一番敵対してた私たちがこうして想いあうなんて」
「アタシは敵対なんて……」
また顔を背ける。おかしくなってからかった。
「美希は怪しんでたわよ、恐かったから近寄らなかったんだもの」
「ひどい! 怪しかったんだからしょうがないでしょ、
ラブとばっかりベタベタ見せつけて」
しまった、と口を押さえる美希。
そんな仕草もかわいいと思えた。
「ごめんなさい、本当に色々あったわね」
「うん、一緒に乗り越えてきたよね」
美希に寄りかかるように話した。
踏み込めた一歩、乗り越えた距離。
一番、せつなを警戒していた美希。
でも、一度わかりあったら、真っ先に懸命に庇ってくれた。
そして、また向かい合う。
両手で両手を握って、真っ直ぐに見つめて話す。
「今日ね、美希の顔を見て思ったの。美希はずっと我慢してきたんだなって。
ね、美希。あなたは完璧でなければならないって、
ずっと自分に言い聞かせてきたんじゃないの?」
「えっ」
心に届けと、叫ぶように話した。
自分に出来ること。美希に今、必要なこと。
どうしても聞いておきたかった。
「ご両親が別れてるんでしょ。夫婦がどれほど大切かは、おとうさんとおかあさんを見ていればわかるわ。
弟さんの体が弱かったんでしょ。おかあさんに負担をかけたくなかったんでしょ。
ラブやブッキーに、少し大人びてるって理由でずっと頼られてきたんでしょ」
「せつな……」
本当の美希を知りたい。
傷つけてしまうかも知れない。
触れてはいけないことなのかもしれない。
でも、口にしなければ進めない気がした。
「一人で何もかも引き受けなきゃならなかった。一人でみんなを励まさなくちゃならなかった。
弱音を吐くなんて許されなかった。失敗したり、心配かけたりなんて許されなかった。
だから完璧なんじゃないの? ずっと自分を追い詰めてきたんじゃないの?」
「せつな……」
自分を厳しく律している美希。
それは張り詰めた糸のようにも見えて。
「今まで私は誰にも甘えたことがなかった。でも、それは美希も同じでしょ?
今の私は、おとうさんもおかあさんも、ラブも美希もブッキーも居るわ。
美希には誰が居るの?」
「あっ……」
仮面が剥がされていく。
心がさらけ出されていく。
美希はぽろぽろと涙を流した。
人前でこんな風に泣くのは初めてかもしれなかった。
せつなはそっと美希を抱き寄せた。
「美希はずるいわ。抱きしめても私の頭は肩までしか届かない。
これじゃ私が美希に甘えてるみたいじゃない」
「甘えてもいいのよ?」
涙声でせつなに答える。
「私は美希に甘えさせてあげたいのよ。
何よ、意地っぱりは美希のほうじゃない」
美希は思い出した。
以前も逃げ出した私を支えてくれた。
小さな背中がとても温かくて。
今はこの小さな体が愛しくて。
アタシは、ずっとせつなに甘えたかったのかもしれない。
アタシもわからなくなった。この気持ちが恋なのかどうか。
ただ一つ間違いないこと。この温もりは絶対に手放したくない。
「ね、美希。私は言ったでしょ。私が一番怖いのはあなたたちが居なくなることだって」
美希の肩を下げて無理やり頭を抱いた。そしてゆっくり話す。
「だから怖かった。誰か一人を選ぶことで、他の二人を失うことになるんじゃないかって」
ねえ、美希。もう少し、時間が欲しいの。きっと強くなるから。
あなたを抱きしめて包んであげられるくらい、大きくなるから。
そしたらきっと答えを出すわ。それまでは友達で居て欲しいの。
ひどい事を言ってると思う。
告白しておいて、はぐらかして。
それでも、決してあきらめられない想いでもある。
「うん、アタシも時間が欲しくなった。
ごめん、せつなの気持ちも考えないで。
曖昧な気持ちのまま突っ走って友達を傷つけるなんて、全然完璧じゃないものね」
美希の優しい声が吐息とともに耳に届く。
いい加減な告白。
身勝手な願いを聞き届けてくれた。
何か、自分にできることで答えたかった……。
「じゃあ、約束の証。今夜は特別な夜だから」
せつなは美希を抱きしめる力を少し緩め、そっと口付けをした。
遠慮がちで、軽く触れるだけの稚拙なキス。
震える体で精一杯の想いを伝える。
「でも、美希。もし辛くなったら、いつでも私になら甘えていいわ。
何も出来ないかもしれないけど、気持ちは全て受け止めるから」
「小さな体で無理しないの。
その時が来るまでは、アタシがせつなを守ってあげるんだから」
せつなの頭を、いい子いい子ってなでなでした。
「あ~ひどいっ。もう知らない!」
「ごめ~ん、せつな。冗談だって、ね?」
自信に満ちた笑顔。
颯爽とした身のこなし。
すっかり、いつも通りの美希がそこにいた。
「ふんだ、知らない!」
「ねえ、機嫌直してよ~」
べーと舌を出してそっぽを向いた。
「見てなさい、体だって、いつか美希より大きくなってやるんだから!」
うしろを向いたまま、せつなは両手を腰に手を当てる。
「うん、待ってる。ありがとう、せつな」
美希はせつなを後からそっと抱きしめた。
せつながその手を優しく握りしめる。
そして願う、精一杯心を込めて。
街に愛の溢れる日、今日は
バレンタインデー。
どうか全ての人が、愛する人に、想いが伝わる一日となりますように。
最終更新:2010年02月14日 10:27