アットウィキロゴ

競-420

 せつなちゃんがラビリンスへ帰って数日が過ぎた。
 始めは、ラブが放心状態になってるんじゃないかって心配だった。
 けれどそんなことは取り越し苦労だったみたい。
 以前と同様、ラブは毎日忙しく過ごしている。
 ミユキさんにダンスレッスンを受けたり、幼なじみの蒼乃美希さんや山吹祈里さんたちと遊んだり、時には補習授業を受けたり。



 素敵な笑顔を見せてくれるラブ。いつものラブがそこに居る、そう思っていた。
 だけど、ふと気づいた。あれ以来ラブは、せつなちゃんのことを全然口に出さなくなっている。
 不自然なくらいに。



 日曜日。公園の芝生でお弁当を食べた後、ラブとわたしはひなたぼっこ。
 会話が途切れた拍子に、ラブの笑顔が曇る。

「ねぇ、ラブ……元気?」

「なあに由美、あたしはいつも元気だよ!」

 ラブはいつもの笑顔を見せた。だけどそれが、慌てて笑顔を作ったように見えて。

「うん、わかってる。でも……時々ね、泣きそうな顔してるんだもん」

「たはー!
 ……そっか。由美にもわかっちゃったか」

 こりゃまいったなぁと言いながら、ラブは頭を掻いた。

「もしかして、蒼乃さんや山吹さんにも同じこと言われた?」

「ん。幼なじみだからね。すぐにわかっちゃったみたい。……由美にも心配かけてごめんね」

「そんなの!わたしだってラブの親友なんだもん。心配くらいさせてよ」

「……ありがとう」

「――――寂しいんだよね、せつなちゃんがいなくて」

「ん……なんだろうな。うまく言えないんだけど、心にね、ぽっかり穴が空いたみたいなんだ。
 あたしの一部が何処かに行っちゃったみたいで……」

 ラブは寂しそうに微笑んだ。

「ね。ラブ、無理しなくてもいいんだよ」

「え?」

「寂しくて悲しくて泣きたい時は、素直に泣けばいいの。
 わたし思うの。辛い時の涙は、辛い気持ちから出来てるんだ、って。
 涙を流すのは、きっと、自分の中の寂しさや悲しさを減らすためなんだよ」

 俯いたラブ。肩を微かに震わせ、嗚咽した。泣き顔は見せたくないのかも知れない。
 わたしは黙って、ラブの肩を抱きしめた。しばらくラブの背中を、ぽんぽん、と優しく叩き続けた。



 どのくらい抱き合っていたのだろう。
 ラブが離れ、わたしに笑顔を向けた。目は泣き腫らし、赤くなっていたけれど、その笑顔はどこかすっきりしていた。

「あたしね、せつながラビリンスに帰るの、頭ではわかってたの。
 でも、心ではわかっていなかった。離ればなれになるなんて本当は認めたくなかったの」

 ラブは青空を見上げて、ゆっくりと丁寧に話す。
 それはまるで、異国の空の下にいる誰かに語りかけているよう。

「いざ、せつなが居なくなったら、少しずつ実感がわいてきてさ。
 宿題でわかんないとこがあったら、無意識にせつなの部屋に聞きに行ったりね。あ、そっか。帰っちゃったんだ、って。
 居るのが当たり前で。居ないなんて、嘘みたいで。
 だけど、由美に言われて、泣いたら少しすっきりした。それで、思ったんだ。
 もう二度と会えないわけじゃない。会いたいって気持ちを持ち続けてさえいれば、絶対また会えるんだって。
 そうだよね、せつな」

 ええ、そうよラブ。

 遠くの空から、せつなちゃんの優しい声が聞こえたような気がした。

「きっと今ごろ、せつなちゃんもこの空を見上げているかもね」

「うん、そうだね……」



 ふいに、向こうの空から、大きな翼の生き物が現れた。
 その生き物は、大きな翼を羽ばたかせ、どんどんこちらに近づいてくる。

「ラブ!見てあれ!なんだろ!?」

 その生き物は、青空の上を旋回しながら、叫んだ。

「あんたが桃園ラブ?」

「え!?――――うん!あたしがラブだよ!」

 驚きながらも答えたラブに、その生き物は何か小さな箱を落とした。
 慌てて小箱をキャッチするラブに、その生き物は言った。

「確かに渡したロプー」

 ばさっばさっばさっ。
 生き物は大きな羽音を立てて、また元来た方向へ去ってゆく。

「今の、一体何だったんだろ……」

 わたしの呟きには、返答せず、ラブは掌の中の赤い小箱を見つめ続けている。
 小箱には薄桃色のリボンがかかり、真っ白なカードがついていた。カードの表には、「大好きなラブへ」と書かれている。
 恐る恐るカードを開くラブ。読みながら、ラブの瞳には涙が盛り上がり、こぼれ落ちてゆく。
 読み終えたラブは、頬に伝わり落ちた涙を、握り拳でぬぐった。

「それ……せつなちゃんからでしょ」

「うん。バレンタインチョコレートだって。あたしはすっかり忘れてたっていうのにさ。やっぱせつなはしっかりしてるよ」

「何て書いてあったの?」

「早くラブに会えますように、って」

「――――良かったね」

 良かった。本当に良かった。
 親友の心からの嬉し涙。嬉しい時の涙は、周りの人にも嬉しさが伝わってくる。その温かな波動が、わたしにも。

「由美まで……泣いてるし!」

 アハハ。ラブが笑う。わたしも泣きながら笑う。
 大丈夫。離れていても、せつなちゃんとラブはこんなにも繋がっている。



「せつなーーーっ、聞こえるーーーっ?
 あたし、待ってるからーーーっ。
 せつなに会えるの、ずっとずっと、待ってるからねーーーっ」

 ラブは目を閉じて、耳に手を当てて、まるでせつなちゃんの声に耳を澄ませているみたい。
 小春日和の陽射しに立つラブ。
 その陽に透ける淡い髪を、一陣の風が優しく撫でていったのだった。
最終更新:2010年02月14日 10:31