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競-462

学校の門が開くと同時に、その中に飛び込む。
この時間に学校に来るのは初めて。
周囲を見回しても、先生か、部活動の朝練に来ている生徒がちらほらと見て取れるだけ。
その中の一人にクラスメイトがいた。
「帰宅部のあなたが何で?」って驚かれたけど、
すぐに今日が何の日かを思い出して合点がいったようで「頑張ってね」って言ってくれた。

まだ練習が始まらず、来た人たちで自主トレをしている運動部の部員達。
その姿を見ながら校庭を横切ると、昇降口に辿り着く。
ここが今回の、お目当ての場所。
本格的な登校時間では無い為か、開け放たれていないそこの扉を開き、中に入る。

昇降口の中に人の気配は無く、シーンと静まり返っている。
流石に時間が時間だからそんなものだろう。
でも、それでいい。
彼女よりも早くここに辿り着かなければ意味は無いのだから。

バレンタインデー、好きな人に想いを乗せたプレゼントを贈る日。
まさか自分がその当事者になるなんて、去年の今頃の自身を思うととても信じられない。
あの頃は「好きな人」なんて存在はいなかったから。
でも、今はいる。
この一年で彼女に出会い、彼女の事が好きになり、彼女と想いを通じ合わせる事が出来た。
そうして今日この日を迎える事が出来た事、それをとても嬉しいと思う。

でも一つ、問題があった。
それは、二人がいつも同じ屋根の下、しかも隣の部屋で暮らしていると言う事。
折角のバレンタインなのに、朝起きたらいきなり顔を合わせて、
そこでチョコを交換して終わり。
それじゃいくらなんでもあっけなさ過ぎる。
だから、昨日の夜、一つの提案をした。

「明日、学校で先にチョコレートを渡した方の言う事を一つだけ聞く」

それは、時に家族、時に恋人、そして時にはライバルになれる二人だからこそ出来る、
ちょっとしたゲーム。
ルールを決めておけば、お互いに負けたくないという気持ちが働く。
そして勝った方には、恋人としてのご褒美が待っている。
これなら精一杯頑張ろうという気持ちになれるというもの。
勿論彼女も、二つ返事で了承してくれた。

……で、結果は、見ての通り。
どちらが早く起きれるのか、と言う事を考えれば最初から明白だったわけなんだけど。
今頃彼女はまだ夢の中か、起きて事態に気付いて大慌てでここに向かっている途中か。
流石に反則だからとアカルンの使用は禁止になったけど、それも結局関係なかった。

そうして、既に昨日の内に決めておいた、勝った時のご褒美の内容を思い浮かべて
顔をニヤつかせつつ、下駄箱を開いたあたしに―

「……ハァ、ハァ、ラブ……どして?」

息を切らせながら駆け込んできたせつなが、声を掛けてきた。






「あ、せつな、遅いよ~」
「遅いよ~、じゃないわよ。これでもいつもより一時間は早く起きてるんだから!
 それなのに、お母さんがラブが学校に行ったって聞いて……」

余裕を持って起きたつもりが、よっぽど慌てて家を飛び出して来たのだろう。
几帳面なせつなにしては珍しく髪は乱れ、
背負った通学鞄の他にあゆみに渡されたのであろう、
朝食の入ったビニール袋を手に持っている。

「隣の部屋から目覚ましの音も聞こえなかったし……本当に、どして?」

普段、自力では起きれないので、目覚まし、タルト、せつな、あゆみと
出来る限りの助力を得ることで事なきを得ているラブ。
それをよく知ってるせつなだけに、こうして出し抜かれる形になった事が
意外だったらしい。
納得が行かない、といった表情でラブに詰め寄る。
それに対してラブは余裕の笑みを崩さずに、

「そんなの、とても簡単な理由だよ。だって……」
「だって……?」
「あたし、文化祭とか修学旅行とか、イベントのある日だけは必ずちゃんと起きれるし」

そう、自信たっぷりに告げた。

「へ…………?」

目が点、というのはまさに今の彼女の表情の事を言うのだろう。
告げられた事実に二の句が告げずに、呆然とするせつな。

「だから、今回は最初からあたしの勝ち、決まってたんだよね。わはーっ!」
「……はあ、どう考えてもラブに不利なルールを提案してきた時点で、
 おかしいと思うべきだったわ」

へたり込んでしまったせつな。
未だに先を越された事のショックから立ち直れないようで、がっくりとうなだれている。


「さ~てと、勝ったあたしからのお願い、早速聞いて貰おうかな~」

得意満面、両手を腰に当てて勝利者としての自分を存分にアピールしつつ、
ラブは先程決めておいた「お願い」の内容に思いを馳せる。


これを言った時、せつなはどんな顔するのかな?
きっと最初は嫌がるけど、結局「もう、仕方ないわね……」とか言いながら
聞いてくれるに違いない。
わはっーっ!ドキドキするねえ


そんな浮かれ気分で顔を緩ませるラブに、掛けられる声。

「あ、ちょっと待って、ラブ」
「ん?何?」
「その前に、私からのチョコ、渡したいんだけど、いいかな……?」

そう言ってせつなが鞄から出したのは、ピンクの包み紙で包装された小箱。
昨日二人で一緒に、お互いに送るチョコを作った時に一緒に見ているから
見間違えるはずも無い。
せつながラブの為に作ったチョコレート。
ハート型のチョコの真ん中に、ラブへの愛のメッセージの書かれた本命チョコだ。


せつながあたしの為に精一杯頑張って作ってくれたチョコだもん、
断る理由なんか無いもんね。


「もっちろんオッケー!というか喜んで頂きます!!」

ラブは二つ返事でせつなの提案を承諾する。
その返事にせつなは嬉しそうに笑う。

「ありがとう、ラブ。それじゃあ……ハッピーバレンタイン」
「ハッピーバレンタイ~ン!!」

差し出されたチョコレートの箱を受け取るラブ。
今の彼女の気分はまさに幸福の絶頂。


ご褒美も貰えるし、せつなの本命チョコも貰えるし、今日は幸せいっぱいゲットだよ!


受け取ったチョコの箱を見つめ、その手に掴んだ幸せをまざまざと噛み締める。
だが―。
そんな時こそ人というのは足元にある落とし穴に気付かずに、見事にハマってしまうもの。
せつなは、先程チョコを渡した時の笑顔のまま、
ラブの顔をじっと見ながらこう告げた。

「はい、じゃあこれで私の勝ちね、ラブ」






瞬間、ラブの顔に浮かぶ笑顔が心からのソレから
ただ顔にお面のように張り付いただけのものへと変化する。

「え……何それ」

言われた言葉は耳には入っているが、頭が理解しようとしない。


せつな、何言っているの?
だってせつなより先に学校に来たのあたしなんだよ?


「……………………………………………………どして?」
「それ、私の台詞」
「あ、ごめん……でも、何で」
「何でって、だって、そういうルールでしょ?」

納得出来無い、とばかりに疑問の声をあげるラブ。
それに対して今度はせつなが余裕を持った平静の表情で淡々と告げる。

「昨日二人で決めたルール、
 『学校で先にチョコレートを渡した方の言う事を一つだけ聞く』
 間違いないわよね?」
「うん……って、あっ!!」

せつなに告げられたルールの内容、
それを頭の中で復唱したラブが、ある事に気付く。
自分のハマッた落とし穴の正体に。

「あ、あたし……まだチョコ、渡してない……」

気付いた事実に二の句が告げずに、愕然とするラブ。
全身の力が抜けたかのように、その場に崩れ落ちる。

「トホホ……あたしの幸せがぁ……」

そのまま横に倒れ伏すと、目から濁流のように涙を流すのであった。






「さてと、じゃあ私のお願いを聞いて貰おうかしら?」

攻守逆転、両手を腰に当てたせつなの姿を頭上に見つつ、
ラブはせつなから何をお願いされるのかと、多少の不安と共に思いを馳せる。


せ、せつな……まさかさっきの仕返しとかで変な事言わないよね?
今後一ヶ月くらいのせつなのドーナツ代あたし持ちとか、
人参嫌いを直しなさいとか言い出して「当面の間、晩御飯のおかずは人参よ!」
とか言ってくるんじゃ……。
たはっーっ!もう駄目だあたしーーーーーっ!!


勝手に悪い方向に思考を進ませて怯えた顔を作るラブに、掛けられる声。

「ラブ」
「ひいっ!ごめんなさいっ!」
「……何で謝るの?」
「え?だってせつな、さっきの仕返しにあたしを人参攻めにする気じゃあ……」

ラブの言葉に、せつなは数度、目を瞬かせる。
やがて左の手の平に右の拳を一度ポンと乗せると、心からの納得の表情を作る。

「あ、それもいいかも。じゃあ私からのお願いは人参……」
「うわっ今の無し!キャンセル!だからせつなもそれ言うの禁止!」
「……冗談よ」

慌てて静止しようとしたラブに笑いながら答えるせつな。


……いやでも、目が本気だったような。


内心ではそう思ったラブだったが、
それを指摘するのは藪蛇な気がしたので黙っておくことにする。

「で、私のお願いなんだけど」
「……」
「大丈夫よ、人参は関係ないから」

まだ不安気な表情で自分を見ているラブに苦笑しながら、
せつなは、今から口にする内容を頭の中で再確認する。
昨日、このルールが決まった時から考えていた願い事。
実は、せつなの方からこれを口にするのは初めてなのだ。
だから、上手く伝わるだろうか、という
若干の不安を打ち消す為に大きく息を吸い込んで深呼吸。
気持ちを落ち着けて、口を開く。


「じゃあ本題。ラブには今から言う事をきっちりと守って貰うわ。
 それが私からの『お願い』よ」
「う……はい」

「きっちりと」と念を押されたことに若干の不安を頂きながら、おずおずと頷くラブ。
それを見届けると、せつなは言葉を続ける。

「まず、今度の日曜日、朝10:00までに天使の像の前に来る事。
 勿論時間厳守よ。遅刻は許さないから」
「何で?」
「質問は最後まで聞いてから。
 で、次にね、そこで貴方を待っている娘がいるから、声を掛けなさい」
「誰の事??」」
「だから質問は最後まで聞いてからね。
 それで、後はその娘と一日過ごす事。どう過ごすかは、ラブ、貴方に任せるわ。
 ただし、ちゃんと二人で楽しい時間が過ごせるように、しっかり事前に考えておいてね。
 行き当たりばったりは許さないんだから。
 ……以上よ、で、何か質問は?」
「えっと、質問と言われても何処から聞いたものだか……」

ラブが戸惑い混じりの率直な感想を述べる。
せつなが誰の事を言っていて、一体自分に何をさせたいのかと。


あれ……?


言われた内容を頭の中でなんとかまとめ上げようとして、ふと気付く。


これって、どう考えても……。


ラブの頭の中に浮かんだ言葉。
それの裏づけを取る為に、せつなの様子を窺う。

「何?質問が無いなら、後は言うとおりにして貰うわよ?」

ラブの視線に気付いたせつなの様子。
頬を僅かに染めながら、それでいてラブに向けられる目に含まれる、若干の不安。


あ、やっぱりね。


せつなの「お願い」
その意図を完全に理解したラブが、心の中で頷く。



全く、素直じゃないんだから。
でも、そんなところもせつなの可愛いところかな。


「どうしたのラブ?急にニヤケたりして」
「何でもなーい、じゃあ質問、いい?」


でも困ったな、そんな態度取られると、ついついあたしだって
意地悪したくなっちゃうんだよ?


「ええ、いいわよ」
「あのね、その待っている娘って、誰?」
「えっと……ラブの良く知ってる娘、かな」

流石にこの辺は聞かれることを想定していたようで、すんなりと答えが返ってくる。

「ふーん、誰なのかなあ、ねえせつな、その娘って……可愛い?」
「えっ?……う、うーん……か、可愛い……かな?」
「せつなよりも?」
「ええっ?!そ、そんなこと……ないわよ、うん。私と同じくらい……かな」


ふふ。せつなの顔、真っ赤。
そりゃそうだよねえ、自分で自分の事、可愛いなんて言うの恥ずかしいよねえ。
困ってる困ってる。
うん、困ってるせつなの顔も可愛いなあ。
……あ、まずい。
もうちょっと困らせたくなって来ちゃった。


「ふーん、そっかあ、可愛い娘なんだ。そりゃ困ったな~」

眉をひそめ、唇を噛み締めて額に手を当てる。
そんな若干オーバーアクション気味のポーズで、
ラブは困っている自分を演出してみせる。

「……どして?」

そんなラブの様子と言葉とに、首を傾げるせつな。
獲物が餌に食いついてきた事に口の端がニヤけそうになるのを
せつなに見えないように隠しながら答える。

「だってそんな可愛い娘だったら、あたしキスしたくなっちゃうかもしれないし」
「……キ、キスぅ?!」

さらっと平静を装って言った言葉。
それに対してにわかりやすいくらいに動揺するせつな。


「ついでに手を繋いだり、腕も組んじゃいたくなっちゃうかも。
 でも他の娘とそんな事したら、せつなが悲しむよね。
 あたしせつなが嫌がる事はしたくないしなあ」
「……そ、そんな事は」
「よし決めた!あたしその娘とはキスもしないし手を繋ぐのも腕組みもしない!
 これならいいでしょ、せつな?」
「え、えっと……それは……良くない」
「何で?だってあたし、浮気みたいなことしたくないし」
「その……だって、その娘って……あうう」

せつなは言葉に詰まると、暫し目を泳がせた後に俯いてしまう。
顔をこれ以上無いという位に赤く染めつつ、上目遣いにラブに送られる視線。
そして、そこに込められた困惑の感情。


わはーーーっ!可愛い、可愛すぎるーーーっ!!
何ですかこの幸せゲットしまくりなラブリーエンジェルは。
当社比で通常の三倍くらいの破壊力が余裕であるんですけど!
うわダメ、今のあたし絶対顔がニヤケてるよ。
落ち着けー落ち着けー平常心平常心……ってダメ、やっぱり我慢できない!
……
…………
………………えっとお
……………………いいよね?
ここ学校だけど、まだ早い時間だから多分誰もいないし。
ちょっとくらいなら、いいよね?


「ね……せつな」

声と共に、ラブがせつなの両肩に手を掛け、自分の方へと引き寄せる。

「きゃっ!ラブ、一体何?!」

その唐突な行動に思わずよろけるせつな。
ラブは彼女の体に両腕を回して支えると、そのまま抱き締める。

「あ……」

ラブの腕。
それが優しく、包み込むように体に回されている事を感じ取ったせつなは
力を抜き、その身をラブに預ける。

「……いい?」

せつなを見つめるラブの顔。
それは、これからすることへと期待と、少しだけの恥じらいに赤く彩られていて。
そしてせつなも、それと全く同じ顔をしていたから。
ラブの問いかけには言葉を返さず、小さくコクンと頷いた。

「……」
「……」

そして引き寄せられるように、顔が近づき重ね合わせられる
―唇と、唇。






暫しの時間、そうしていた二人の顔と体。
それがやがて、名残を惜しむようにゆっくりと、離れる。

「……えへへ」
「もう……ラブ、ここ、学校なのよ」

照れ笑いを浮かべるラブ。
それを咎めるような口調とは裏腹に、せつなの顔には喜色が浮かんでいて。
先程までの温もりを確かめるかのように、そっと自分の唇に指を当てる。
そんなせつなの様子に嬉しそうに目を細めながら、ラブが口を開く。

「いやだって、困ってるせつなの顔がちょー可愛いんだもん、仕方ないでしょ」
「何よそれ……って、判ってて、あんな質問してたのね」
「あはは、ゴメン」
「……意地悪」
「ゴメン、ほんとゴメン」

フォローするかのように、ラブが慌ててせつなを抱き締め直す。
今度は、お互いの顔が、丁度相手の肩に支えられるような形で。
自分の言葉を相手に一番近い距離で届けられるようにと。

「じゃあ、お詫びの代わりになるかわかんないけど、あたしから一つ、いいかな?」
「何?」
「これなんだけどねー」

そう言いながら鞄を開け、ラブが取り出したのは、赤色の包み紙で包装された小箱。
ラブがのせつなの為に作ったチョコレート。
ハート型のチョコの真ん中に、せつなへの愛のメッセージの書かれたもの。
勿論こちらも本命チョコだ。

「何か今更な感じになっちゃったけど、あたしもこれ、せつなに受け取って欲しいし……」

おずおずとチョコレートを差し出し、せつなの返事を待つ。
ラブにしては珍しく、一抹の不安を含んだ弱気な面持ちで視線を頼りなく彷徨わせ、
頬にはうっすらと赤みが差している。
それもその筈、せつなと違い、前からバレンタインデーというものを知っていたラブだが
今までチョコを渡す相手と言えば、父親の圭太郎くらいしかいなかった。
まして、本命の好きな相手に渡すとなると今回が初めてなのだ。
緊張や不安が無いという方が嘘だろう。


(……ふふ)

そんなラブの様子を見て、せつなは心の中で微笑む。
滅多に見る事の出来ない、恋する少女としてのラブの顔を見れた事。
そしてその相手が自分である、という事を嬉しく思ったから。

「ラブ、可愛い」

だからこそ、心によぎった、ちょっぴり意地悪な考え。
さっきのお返しっていう事で、これくらい許されるかなと言う悪戯心が言わせた一言。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

しかしそれは、最大級の幸せの嵐となってラブのハートを直撃した。

「か、かかかかかかか、かわ、可愛い、可愛いってーーーーーーっ!!!」

緊張状態からの反動なのか、
顔を真っ赤にして思わずチョコを放り投げてしまいそうになるラブ。

「わわっ、ちょっと、落ち着いて」

チョコが空中に放たれようとする寸前で、
せつなは辛うじてその手を掴んで阻止する事に成功した。






「……落ち着いた?」
「あ、はい、おかげさまで」

平静を取り戻したラブが答える。
それと同時に、せつなに送られる目を三角形にしての、視線。

「何?」
「……意地悪」
「ごめんなさい」

チョコを渡すという大事なイベントを台無しにしてしまった事。
それを申し訳なく思う気持ちも手伝って、
せつなはある提案をラブに持ちかける事にした。

「お詫びというのは違うかもしれないけど……今日の「お願い」、ラブのも言ってみて」
「え?」
「私に叶えられるかわからないけど、精一杯頑張るから」
「本当っ!!」

その途端、キュアパッションの瞬発力もかくや、という速度で
目を輝かせたラブがせつなの両手を取った。

「本当に本当、あたしのお願い、聞いてくれるの?」
「え、ええ。でも、あくまで出来る範囲でよ?」

その秋の空の如き態度の変化にたじろぎつつも、せつなは頷いてみせる。
本当にこれで良かったのかしら、と少しばかりの後悔が頭をよぎるが
すぐにそんな事は杞憂だと思い直す。
満面の笑顔でこちらを見ているラブ。
その笑顔を守るためなら、せつなに出来ないことなんてないのだから。

「で、お願いって、何?」
「あ、あのね……」

先程までの元気はどこへやら。
本題に入った途端にラブが口ごもる。

「これ、なんだけど……」

彼女にしては珍しく、小さな声で恐る恐る差し出したもの。
それは、先程の騒動で渡し忘れたチョコレート。


「チョコ?これをどうすればいいの?」
「いや、どうするじゃなくて……受け取って欲しいんだけど」
「それだったら、勿論喜んで受け取るわよ」
「あ、違うの」

受け取ろうと手を差し出したせつなを制止すると、
ラブは改めて彼女に向き合う。
そこにあるのは、先程チョコを渡そうとした時以上に緊張した表情。
まるで悪い事をした子供のように、上目づかいでせつなを見つめている。
そして、今から言う事を一字一句言い損ねまいと、一度深呼吸すると
口を開き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あのね……あたしのお願いは……。
 あたしのチョコを受け取る時に、一緒にキスして、欲しいなって……」

顔を赤くしながら言う言葉は、先に進むにつれて声のトーンが落ち、
か細く、弱いものになっていく。
それでもラブは、せつなの顔をずっと見つめながら
想いが届かない事の無いようにと、最後まで言い切った。


うわー、言った、言っちゃったよ。
顔、赤いよね。っていうか熱くなってきたし。
……わわわ、言う時に言った後の方が恥ずかしいよこれ。
せつなに変な事言ってるって思われて無いかな?
わ、今更不安になって来た。
ど、どうしよう。
こんなのいつものラブじゃない!って嫌われたりしないよね?
やだ。
せつなに嫌われるのは絶対にイヤだ。
やっぱり、こんなお願い取り消しにして……。


「変じゃないわ」
「え?」

思考が悲観的な方へと傾きかけていたラブを引き止めるように掛けられる声。
それは、彼女を見つめる瞳に優しさを浮かべたせつなのもの。

「あのね、ラブ。私、あなたのお願いを聞いた時に思ったの」
「……?」
「ああそうか、私もそうすれば良かったなって」
「!」

ラブの目が驚きで見開かれる。

「え?それじゃあ」
「もう私はチョコを渡しちゃったから今更やり直しは出来ないけど……
 ラブのお願いの分だけでも、叶えましょうよ」

少しだけ恥ずかしげに、それでも優しさを顔から損なう事無く
ラブに向けられたせつなの言葉。
それがラブの不安を打ち消し、太陽の笑みを取り戻させる。
そしてラブは、その笑みを顔一杯に浮かべると、

「うん!!」

と力強く頷いたのだった。






「でね、一応確認なんだけど」
「ん?」
「誰も……いないわよね?」

念を押すようにせつなが尋ねてくる。
人一倍優れた視力で周囲を見回してはいるが、
何せここは背よりも高い下駄箱が立ち並ぶ昇降口である。
物陰やら柱向こうに誰かがいないとも限らない。

「うん、いないと思うけど……多分ね」

もっとも、さっきここで堂々としちゃってるわけなので
今更人目を気にした所で手遅れではあるのだが。
本当に、変な所で几帳面なんだからとラブは心中で苦笑する。

「大丈夫だって、こんな時間にここにいるのあたし達くらいだって!」
「……そ、そうね、こんな時間だし」

根拠は全く無いくせに妙に自信に満ちたラブの言葉。
それにせつなは同意することにした。
なんだかんだ言っても彼女だって、
恋人とのほんの一時の甘い時間を過ごせるチャンスを不意にしたくはないのだ。

「だから、ね、ラブ、早く……」

そうと決めたらとばかりに、目の前の想い人に改めて向き直ると顔を覗き込んでくる。
近づくその顔。
朝一番でシャワーを浴びた時のシャンプー石鹸の香りと、
白く柔らかい頬の中に色づく赤い唇、
そして、せがむ声と共にラブの顔をじっと見つめる、紅い瞳。

「う……」

その中に、今まで見た事の無い艶の色がある事を見つけて、
ラブは思わずドキリとさせられる。

「あ……うん、じゃあこれ、あたしから」

その色に引き込まれるように、チョコを持った両手をせつなへと差し出す。
その手の動きを追うように、せつなの顔に近づいていくラブの顔。

ラブは気付いているだろうか。
せつなの瞳に惑わされ、唇を求める彼女の瞳の中。
そこにも彼女と同じ艶の色が出ていることと、
それに見つめられたせつなもまた、引き込まれるように顔を近づけていることを。

そして、差し出されたチョコレートの箱に添えられた手、
その手に受け取る手が重ねられるのと同時に、
お互いの瞳に魅了された少女達の口付けが交わされたのだった。






と、ここで終われば、バレンタインの日のとある恋人達の光景。
だが、繰り返しになるが敢えてここでもう一度記しておこう。
幸せな時こそ人というのは足元にある落とし穴に気付かずに、見事にハマってしまうもの。

「『こんな時間にここにいるのあたし達くらい』だってさー」
「失礼しちゃうわよねー」

小声で交わされる会話。
ここは、昇降口を出た所にある校舎の登り階段。
ラブとせつなの位置からは完全に死角だが、
こちらからは一方的に彼女達の様子が覗き込める場所。
そこの手すりに隠れるようにして、二人の様子を覗き見ている少女達の姿がそこにあった。
クラスメイトの由美を含めた、三人の少女。
学校内ではラブ達と一緒に行動する事の多いグループの子達だ。

「全く、恋する乙女を甘く見るんじゃないっての。
 チョコ渡す為の早起きなんて当たり前よ」
「そうそう、今日という日に掛ける気合は半端じゃないんだから」
「まあそれはいいんだけど、朝から堂々とイチャつきますか、あの二人は」
「うん……こっちはまだ、渡せるか渡せないかの瀬戸際だってのに
 本当、見せ付けてくれるわよねー」
「というわけで、私、そんな幸せいっぱいの二人にとっておきのプレゼントを
 思いついたんだけど……」
「え?何々?」
「こういうの、どうかな?」

そう言って由美は携帯を取り出すと、昇降口のラブとせつなに向けて構えた。





そして、友達思いの彼女達によって、下駄箱の前でキスをしている様子を
バッチリ「記念撮影」された姿を写メで送られたラブとせつなは、
その日の放課後までずっと二人仲良く並んで、頭から湯気を出しながら
机に突っ伏する羽目になったとか。
最終更新:2010年02月14日 10:34