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競-535

「後で部屋に来て、あげたいものがあるから」

せつなにそう言われていたので、ラブは上機嫌だった。

(だって、ね)

彼女の頭の中に浮かぶのは、今日の日付。
2月14日、バレンタインデー
愛するもの同士が想いを伝える為に、心からのプレゼントを贈る日。
そんな日に贈り物があると言われれば、それは期待するなという方が無理なわけで。

(何かな何かな~、やっぱりここは手堅く手編みのマフラーとか?
 それとも遊園地のチケットで今度一緒にデート!ってのもありかも?
 いやいや、普段真面目なせつなだからこそ、こんな時に限って大胆に
 「今日一日、ラブの言う事ならなんでも聞くわよ」なんて言ってきたりして?!
 わはーっ、こりゃたまりませんなあ!)

期待というよりはむしろ自分の欲望まっしぐらな思考を巡らせながら、
ウキウキ気分でステップを踏みつつせつなの部屋の前に辿り着く。

「せっつな~、貴方のラブさんがやってきたよ~」

浮かれた気分を隠そうともせずにドアをノック。
扉一枚隔てた向こうにいる愛しの彼女の返事を待ちきれないとばかりに
既に手はドアノブに伸ばされている。

「あ、ラブ、いいわよ……入って」

せつなからの返事。
入室を許可するその言葉が終わるか終わらないかの内に、
ノブを回し、勢い良く開けたドアの向こうに一歩踏み出す。

「せつな、ハッピーバレンタイーーーーーーーーーーーーーーン!!」

満面の笑みを浮かべつつ右手を頭上高く上げて全開のテンションで放った言葉。
それと共に、視界に愛する彼女の姿を捉える。

「………………………………………………………………………………え?」

瞬間、世界が静止する。
ラブの視界に入ったそれの前に、周囲の景色は色を失い、全ての音は消え、
彼女自身の最高に高まったテンションですら押さえ込まれる。
他の全てはこの世界に不要とばかりに、その圧倒的な存在感を示すもの。

「あ……あのね、ラブ。私がプレゼント……なの」

それは、一糸纏わぬ姿で全身にリボンを器用に巻きつけ、
自身をラッピングされたプレゼントのように仕立てあげたせつなの姿。
世間一般の用語では裸リボンという言葉を当てはめるのが適当らしい。


「えっと……今日はこういう格好をしてあげるのが
 好きな人への最高のプレゼントになるんだって教えて貰ったから、
 すっごく恥ずかしいんだけど……精一杯がんばってみたの」

はにかみながら、小さな声で言葉を紡ぐせつな。
普段見せることのない年相応の丸みを帯びた体は、
彼女の好きな色である赤のリボンによって彩られ、
白くきめ細かい肌が一層強調されている。
そして、その頬はリボンの色に負けないくらいに染め上げられた、赤色。
赤と白のコントラストが、純粋無垢な彼女の体にささやかな色気を演出する。

「ど、どうかな、ラブ……?」

心臓は早鐘を打ち、顔は今にも火が出そうなくらいに熱い。
それでも、必要以上に恥ずかしがる事でラブに気を遣わせまいと
精一杯の笑顔を作り、問いかける。
目の前の恋人は、このプレゼントを喜んでくれるのかと。
しかし。
問われたラブは、部屋に入った時の姿勢のまま。
笑顔を浮かべ、右手を上げた姿勢のままで。
時が止まったかのように固まっている、ラブとその周りの空間。

「ラブ……?」

反応が無いことにせつなは不安を覚える。
自分のしたことはラブを不愉快にさせてしまったのではないかと。
こんなはしたない事をする娘は嫌いだと、言われてしまうのではないかと。

「ねえ、ラブ?ラブったら」

不安を胸に抱えながらも、声を掛け続けるせつな。
するとそれに対する動きがあった。
ラブの鼻から零れ落ちる一筋の赤い滴。
最初は水滴だったそれはやがて量を増やし水流となり、更に勢いを増して濁流と化す。

「ちょ、ちょっと、ラブーーーーーっ!」

笑顔のままで大量の血飛沫を噴き出すラブに、せつなは慌てて駆け寄るのだった。






「ラブ……どう、大丈夫?」
「うん、もう血も止まったし」

せつなの部屋のベッドに並んで腰掛けた二人。
安否を気遣う隣の少女の問い掛けに、ラブが答える。
そんな彼女の鼻には止血用に丸められたティッシュペーパー。
先程、せつなによって緊急措置として精一杯詰め込まれたものだ。

「せつなが手当てしてくれたからほら、もうこの通り元気一杯!」

せつなが眉を下げた表情で、不安の表情で自分を見ている事を察して
ラブは敢えて大声を上げて手を振り回す。
そうする事で、彼女の不安を吹き飛ばそうとするかのように。
しかし、せつなの反応はラブが期待したそれと真逆だった。

「あのね……ごめんなさい」
「え?なんで謝るの?」

申し訳無さそうに眉を下げると、表情を曇らせての謝罪の言葉。
それに目を瞬かせ、ラブは疑問の声を上げる。

「だって、私がこんな格好したからラブが大変な事になったわけだし……」

答えるせつなの姿は、胸元から下を純白のベッドシーツで覆い、
先程までのリボンだけを巻いた肢体を隠している。
流石にあの姿のままでは二次災害が起こると判断した、彼女が選んだ咄嗟の格好である。

「大変って……まあ確かにちょっとお花畑は見えかけたけど……。
 いやでも!せつなが謝る事なんてないから!
 だって……」
「だって?」

言いかけた言葉をそのまま返す事で、せつなが続きを促してくる。

「あの、さ。その……さっきのせつななんだけど」

ラブから返ってきたのは、途切れながらのぎこちない言葉。
せつなに顔を向けつつも、おぼつかない視線。
これから言う事がちゃんと伝わるだろうかという不安。
そして、好きな相手に気持ちを伝える事への照れと、恥ずかしさ。

「あたしは……すごく綺麗だと、思ったから」

その全てが込められた言葉。
不器用な伝え方しか出来ないそれを、
それでも一字一句損ねる事無く、ラブはせつなに向けて紡ぎ出した。


「……………………………………………………」
「……………………………………………………」

部屋を沈黙が支配する。
そこにあるのは、貰った言葉に心を揺さぶられ、赤面する少女と、
送った言葉に気持ちを託した途端に、羞恥に心を沈める少女。

「………………………ありがと」
「……………………………うん」

お互いに言葉を出したのと共に、相手の様子を窺う。
すると、ちょうど視線を合わせる形となる。

「!!!!」
「~~~!」

その事が二人の頬の熱を更に上げる結果になり、
慌てて横を向き、顔を反らしてしまう。
そんな視線を合わせては反らすやりとりが数刻続いた後、
二人の少女の内の一人、せつなが立ち上がる。

「私、やっぱり着替えるね……ずっとこの格好ってわけにもいかないし」
「あ、うん、じゃああたしは外に……」

着替える、というせつなの言葉を少し残念に思いつつも、
ラブにも今のこのなんともし難い空気を
切り替えるきっかけが欲しいという思いがあった為、同意して席を外そうとする。
そうしてほぼ同時に立ち上がり、一歩を踏み出そうとした二人だったが。

「きゃっ!」
「うわっ!」

なんとも絶妙なタイミングで、せつなの体に巻かれたシーツの裾をラブが踏みつける。
それによってバランスを崩したせつなにラブが手を差し出したが、
せつながその手を掴むと同時に、思わず自分の方に引っ張ってしまった為に
ラブもつられて体勢を崩す形になってしまう。
そして二人は、もつれ合うように床に倒れこんだ。






「あ~危なかった、せつな、大丈夫、どこかぶつけたりしてない?」

五体に特に痛む所が無いことを全身の感覚で察すると、ラブは一緒に転倒してしまった少女に声を掛ける。
自分が上で彼女が下になってしまった今の体勢。
何かあるとしたらせつなの方だろうと。
しかし、せつなからは返事が返ってこない。

「……せつな?」

もう一度彼女の名前を呼ぶ。
ラブ自身は丁度頭の下にクッションがあってそれに助けられたのだが、
せつなは床に頭打ったりとかしてないよね、と一抹の不安に駆られつつ。

(ん、クッション?)

友人達との集合場所となるラブの部屋ならともかく、
せつなの部屋にはそんなものはなかった筈。

(すると、あたしが今自分が顔を埋めているこれは何?)

感触としては天然素材を使用したクッションのようにふかふか。
触れた所から暖かさが伝わってくるのはきっと天日干しでもしたからだろう。
それと、先程から伝わってくる速いペースで聞こえてくる鼓動のようなものは―。

(鼓動……?)

そこに違和感を感じ、頭を捻るラブ。

「ラ、ラブぅ……」

それと同じタイミングで、聞こえてくるせつなの声。

「せつなっ?!」

やっと彼女から返事が来た事に安堵しつつも、
その声に何かを堪えている中で必死に搾り出したような、
そんな辛さが含まれている事に焦りを得て、ラブは声のした方に視線を向けた。


「……あ」

そして見つけた、せつなの顔。
これ以上無いというくらいに真っ赤に染まった顔と、
哀願するようにラブを見つめる、目尻に涙を溜めた瞳。
そして、強く噛み締められた、唇。

「………………っ」

もつれ合って、床に転がり込んだ拍子にシーツがはだけられた事で、
再びさらけ出す事になってしまった、リボンだけを身に纏った白い肢体。
仰向けに倒れこんだその体に、ラブの体がのしかかる体勢になっている。
その恥ずかしさに耐えている彼女の顔が、ラブの目の前にあった。

「……」

そしてラブは理解する。
先程から自分が顔を埋めていたクッションのおおよその正体を。
だから、更に確信を得る為にとそれに手を伸ばすと、
両の手の中に収めて二度、三度と動かし、その感触を確かめる。

「え……ちょっと、ラブ……んっ……や、やだぁ……」

その行為にせつなが反応する。
ぎゅっと目を閉じ、ラブの手の動きから逃れようと身をよじる。
そんな彼女の動きを見た事で、ラブの中のそれが確信に変わる。
そして、その正体―せつなの胸の二つのふくらみから離した両手を
自分の顔の前に持ってくると、先程確かめた感触を反芻するかのように
指をわきわきと数度動かす。

「おお……」

上げた声と共に、心の底から納得したという表情を作ると
ラブの体はゆっくりと真横に、音も無く倒れこんだ。






「あの……ラブ?」

解放された事に安堵を得つつも、同時に、ラブの様子に不安を覚えて声を掛けるせつな。
しかし。
彼女の呼びかけに対して、ラブは無反応。
床にうつ伏せに倒れたまま、定期的にピクピクと痙攣をしているかのように
体を震わせている。
そして、その顔の辺りから染み出す赤い液体。
それは瞬く間に小さな庭池くらいの大きさへと広がっていく。

「きゃあっ!ラブーーーーーーーーーーッ!!」

目の前で起きつつある惨劇に、せつなは悲鳴に近い声をあげる。
しかしすぐにこうしてはいられないとばかりに、
足の裏が汚れるのも構わずに血の池地獄に踏み入り、
倒れ付したラブの体を床から引き剥がし、抱きとめる。

「ラブ、どうしたの?!しっかりして、ラブ!!」

反応の無いラブに呼びかけ、肩を掴んで揺さぶる。
それが功を奏したのか、ラブの目がうっすらと開かれる。

「せつ、な……」

ラブは、渾身の力を振り絞って右手を握り締めると親指を立てる。

「大きさ、形ともに合格点……これからに更に期待……がくっ」

擬音付きの台詞を最後に、
この世の全ての幸せを授かったかのような至福の笑みを浮かべながら
頭を仰け反らせて動かなくなるラブ。
その姿に、せつなの目が大きく見開かれ―

「え、ちょっと、何よそれ?そんな評価を残して逝かれても私困るから!
 とにかく目を覚まして、ラブ!!」

なんとかラブを呼び戻さんと、必死に肩を掴んで揺さぶる。
そんな彼女の声が桃園家の2階中に響き渡るのだった。

で、その後。
なんとか目を覚ます→直視→出血→逝くのローテーションを何回か繰り返したラブ。
そんな彼女の為にとせつなが強く要望したことにより、
その日の桃園家の夕食はレバニラ炒めに煮干で出汁を取ったアサリの味噌汁、
ひじきの煮物と鉄分付くしの献立になったとか。
最終更新:2010年02月17日 22:52