「ほら、ブッキー。行きましょう」
そう言って差し出してくれる美希ちゃんの手を、わたしは微笑みながら握る。
絡めた指から伝わる、鼓動。体を寄せると、ほのかに漂うアロマの香りが鼻をくすぐってくる。
「今日の服」
「え? なあに?」
「この前、雑誌で着てたのと一緒だね」
「ああ、うん。すごく良かったから、自分で買っちゃった。似合ってる?」
「すっごく、似合ってるよ」
「良かった。やっぱりあたし、完璧!!」
普通の人が言ったなら、嫌味に聞こえかねないその台詞も、美希ちゃんが言うとしっくり来る。完璧、だなんて言って
いるけれど、美希ちゃんは全然、高飛車なところもなく、自分の可愛さを鼻にかけたりしないからだろう。
うん。すごく素敵だな、美希ちゃんって。
時には恋する乙女のように
「そうそう、美希ちゃん。明日なんだけどね」
「ん? どうかした?」
「あのね、うちに来てくれないかな? 手伝って欲しいことがあるの」
「ええ、いいわよ。じゃあ、明日のお昼ぐらいに、ブッキーの家に遊びに行くわね」
「うん。待ってる」
そう言葉を交わして別れたのが昨日。
わたしは、美希ちゃんを迎える為に、台所で準備を整える。
テーブルの上には、たっぷりのチョコ。ビターなものからスイートなもの、ミルクやホワイト、色々取り揃えてみた。
鼻歌を歌いながら、美希ちゃんが来るのを待つ。
今日は、
バレンタインデー。だから多分、美希ちゃんは、わたしがお願いしたお手伝いが何なのか、判ってる。だっ
て、美希ちゃん、完璧だもんね。
でも――――さすがにこのチョコレートの量を見たら、驚いてくれるかしら?
「ブッキー、おはよ。来たわよ――――ってすごい量のチョコね!!」
良かった。驚いてくれた。
わたしは思わず、満面の笑みを浮かべていたのだった。
何を作ろうか。二人で話しながら、本のページをめくる。
「これ、可愛いわね」
「うん、いいかも。それにしよ?」
美希ちゃんが選んだのは、トリュフチョコ。丸くて可愛くて、一口サイズ。
「さて、と。それじゃ気合い入れてやるわよ!!」
言いながら美希ちゃんは、長い髪を後ろで縛る。エプロンは黄色いひよこのアップリケ付き。いそいそと作り始める
様を横目で眺めながら、わたしは自分が、知らずうきうきしていることに気付いて、笑顔になる。
「美希ちゃん」
「ん?」
「楽しいね」
「ええ。楽しいわ」
他愛も無い、ただの感想ですら、頬笑みと共に。
「あ、美希ちゃん」
「え?」
夢中になって作る美希ちゃんの、ほっぺに飛んだチョコを、指でぬぐってあげた後、唇に運ぶ。ぺロリ。
「うん、美味しい」
「当然。あたし、完璧だもの」
お父さん用、お母さん用、ラブちゃん用、せつなちゃん用、カオルちゃん用。それから、他のお友達用。
「たくさん作ったわね」
「うん。皆に配るつもりだし」
出来あがったチョコは、コルク付きの瓶に入れて、可愛らしくラッピング。後でメッセージを書いたカードを入れるつ
もり。
でも、その前に――――
「はい、これ」
私は、一番可愛くて、一番大きなものを、美希ちゃんに渡す。青いリボンのついたそれを見て、美希ちゃんは小さく
笑って、
「あたしに?」
受け取ろうとするけれど、わたしが首を横に振ったのを見て、眉を顰める。
「あたしに、じゃないの?」
「ううん。これは、わたしの分だよ」
「――――???」
クエスチョンマークを浮かべる美希ちゃんの手に、わたしは半ば無理矢理にチョコを持たせる。そして、言った。
「あのね、美希ちゃん。今日はね、女の子でいいんだよ」
「女の子でいい、って――――あたしはいつも女の子よ?」
「うん。でもね、チョコを貰う側でなく、あげる側になってみて?」
おとついの金曜日、バレンタイン前の最後の日。美希ちゃん、学校の女の子から、いっぱいチョコもらったって言
ってたよね。友チョコだって言ってたけど、多分、本命チョコも入ってたと思うよ?
こういう時、幼馴染だったことを嬉しく思う。他の誰よりも早く、美希ちゃんに出会えたんだから。
「あ、あげる側って――――」
今は真っ赤になってしまっているけれど、美希ちゃんはいつだって完璧だ。
強くて、優しくて、カッコ良くて。
遊びに行けば、あたしをエスコートしてくれる。例えば、車道じゃない方をわたしに歩かせたり、レストランで奥の席に
座らせてくれたり。
いつだってそれとなく、わたしをお姫様のように扱ってくれる。美希ちゃんは、まるで王子様。
こんな風にされてたら、そりゃ、好きになっちゃうのもしょうがないよね。
けれどね。
やっぱり美希ちゃんは、女の子なんだよね。
どんなにクールで、さばさばしてて、時々おっちょこちょいだけど決めるところはしっかり決めて、すごくカッコよくても、
美希ちゃんはすごく女の子なんだ。
遊園地で、王女様のドレスを着て、無邪気に喜んでたよね。モデルをやってるのだって、ファッションが好きで仕方な
いからだもんね。
たぶんね。美希ちゃんは、ラブちゃんやせつなちゃん、わたしなんかよりも、本当は一番、女の子なんだよ。普段は、
それを見せてないだけで。
だから、ね。
「美希ちゃん。わたし、美希ちゃんの手作りチョコ、食べたいな」
「ちょ、ちょっと……」
「ついでに、告白なんてしてもらいたいなぁ」
「ブ、ブッキー……」
「バレンタインに告白するのは、女の子の憧れだもんね」
「………………」
あたふたとする美希ちゃん。紅潮して、すごく熱そう。瓶の中のトリュフチョコが、熱で溶けないか心配かも?
それからしばらく、きっと美希ちゃんは色々と考えてて、わたしはそれをじっと眺めてて。
やがて、ようやく意を決したのだろう。美希ちゃんは、ほっぺを真っ赤にしながら、うるうるした目でわたしを見つめて、
「あ、あのね、ブッキー。その、あの――――」
美希ちゃんの告白の言葉がなんだったのか。
それは二人だけの。
ヒ、ミ、ツ。
最終更新:2010年02月18日 22:40