ラビリンス、せつなの自室。
せつなは写真を握り締めて、ベットで泣いていた。
大切にしていた思い出まで汚してしまった。大切な人を傷つけてしまった。
後悔が頭の中を渦巻く。
「めそめそするくらいなら、言わなきゃいいのにね」
開きっ放しだった扉から美希が入ってくる。慌てて繕おうとするせつな。
「ノックもしないのは謝らないわよ。アタシは喧嘩しにきたんだから」
「もう……来ないでって言ったはずよ、美希」
抗議するせつなを鋭い眼光で退かせる。一歩一歩距離を詰めて歩み寄る。せつなは威圧される
ように下がった。
「ラビリンスの人たちを笑顔と幸せでいっぱいにする。それが夢だと聞いたから行かせたのよ。
今のせつなは何? 夢を、好きなことを追いかけている者の目じゃないわ」
「夢は……楽しいことばかりじゃないのよ。上手く行ってる美希にはわからないわっ」
精一杯頑張ってきた。今までも、今だって。だけど……その先の言葉を飲み込んだ。
「だからと言って会いに来てくれた親友に八つ当たり? いい身分ね」
ラブの驚愕の表情が思い出された。また胸を抉られる。観念してベッドに座り込んだ。
「もう……会わないつもりだったというのは本当よ。会えばきっと、弱い私が出てきてしまう。
ラブに甘えてしまうかもしれない。泣きついてしまうかもしれない。
帰りたくなってしまうかもしれない」
後悔するかのように、ぽつぽつと、力なく話すせつな。その姿がとても寂しそうで、小さく見
えた。
美希はハッとした。また、ラブのことばかり心配していて、せつなの身になってやれなかった
のかもしれない。
理想と現実の壁。休む暇も無いまま、遅々として進まない復興と意識改革。
何も無い部屋。愛してくれる人の居ない生活。まだ14歳、僅か半年しか人の温かさに触れて
こなかった少女の悲しい人生。
「寂しいならそう言えばいいじゃない。甘えればいいじゃない、泣きつけばいいじゃない。
どうしてそんなに自分を追い詰める必要があるの?」
美希にだけは言われたくないわ。そう言って少しだけ笑って続ける。
「私ね、四ツ葉町を発つ前に一つだけ決めていたことがあるの。それは自分を甘やかさない事。
何か理由があれば戻ることもあるかもしれない。だけど、寂しいとか辛いとか、そんな自分勝
手な理由でだけは決して戻らないようにしようって。
もし、帰ることがあるなら、夢を果たしてから胸を張って帰ろうって」
やっぱり、そう。
せつなはいつもそうだ。自分の夢や幸せは、周りをそれで満たしてから得ようとする。
いつだって自分のことは後回し。メビウスのため、アタシたちのため、今はラビリンスのため。
欠片ほどしか持っていない幸せを、自由を、全て他人のために投げ出してしまう。
ラブとブッキーは、それをせつなが自分に架した十字架だと、罪の意識だと思ってる。
間違ってはいない、けど、それだけじゃない。アタシにはわかる。それがせつなの優しさなん
だってこと。
「せつな、無理よ。あなたではどんなに頑張っても、ラビリンスの人たちを幸せにすることは
出来ないわ」
キッとせつなが美希を睨みつける。それだけは、それだけは認められない。
「ならば聞くわ。幸せって何? 夢って何? 笑顔は何から生まれるの?あなたは本当にわか
ってるの?」
せつなは悔しそうに、唇を噛みしめながら美希を見つめる。言い返せなくても、視線は決して
逸らさないと。
「幸せはね、自分が一番愛している人たちを大切にすることから生まれるの。夢はね、自分自
身を大切にしようとする気持ちから生まれるの。笑顔はね、その両方から生まれるのよ」
心をこめて、やさしく、そして力強く語る。想いがあふれ出て涙声になりながら美希は続ける。
「自分が一番愛している人たちと交流を断ち、自分自身を傷つけて尽くそうとするあなたは、
自分が笑うことも他人を笑顔にすることも、決して出来はしないわ」
せつなは大きく目を開いて、身じろぎもせずに美希の言葉を聞いていた。
「ラビリンスを幸せに導こうとする気持ちは立派よ。だけど、せつなが一番愛してる人は誰?
一番幸せになって欲しいと願ってる人は誰?せつなが一番幸せを感じる瞬間は何をしている時
なの?」
それは親友。それは家族。それは恩人。それは最愛の人。この世界には居ない人。だからああ
するしかなかった。
「私は、私はただ……みんなに幸せになって欲しくて。私と同じ思いを誰にもさせたくなくて
……」
美希はせつなをそっと抱き寄せた。せつなはすがるようにして号泣する。
「まずは、せつな。あなた自身が幸せになりなさい。そして、一番愛してる人を幸せにしてあ
げなさい。あなたが心の底から笑顔になれるようになったら、その幸せはラビリンスの人たち
にもきっと伝わるから」
すっかり日も沈み、ようやくラブは顔を上げた。ブッキーがずっと隣で背中を撫でてあげてい
た。
「ごめん、ブッキー、ありがとう。あたし、もう帰らなきゃ」
フラフラと立って、ようやく美希とタルトとシフォンが居ないことに気がついた。
「ブッキー、美希たんとタルトとシフォンはどこ?」
「わたしも聞いてないけど、何をしにいったのかはわかるわ」
どういうこと? とラブが聞き返そうとしたとき、目の前が光につつまれた。
「ラブ」
「え、え、せ……せつなっ?」
せつなと美希、そして笑顔のシフォンとVサインを決めているタルトが居た。
「ラブ……ラブ、ラブ、ラブ、ラブ」
体を小さくして震えながらラブの名を呼ぶ。何度も何度もかみ締めるように。
「ごめっ……ごめん……ごめっ、ごめんなさい」
溢れる涙、それは悲しみのものではなくて、素直になれた気持ちがこぼれ出たもの。
「会いたかったの。寂しかったの。辛かったの。苦しかったの。甘えたかったの。ずっと、ず
っと……」
「我慢してたんだね、せつな。あたしもだよ」
今度こそ、しっかりとせつなを抱きしめる。もう離さない。自分に嘘もつかない。好きなんだ
もの。
ずっと一緒に居たいんだもの。
二人の熱く長い抱擁を優しく見つめる美希とブッキー。
「美希ちゃん、おつかれさま。美希ちゃんならきっとできるって、わたし信じてた」
「当然でしょ、アタシ、完璧だもの」
パン! 美希とブッキーがハイタッチ。
「せつな、後どのくらい時間あるの? おとうさんとおかあさんに会う時間ありそう?」
「うん、無理を言って今日一日休みをもらったから。明日の朝までは大丈夫よ」
「良かったわね、ラブ」
「よかったね、せつなちゃん」
せつなは約束した。時間が取れたらなるべく会いに来ること。そして、いつかラビリンスに幸
せが満ちたら、その時はきっと帰ってくること。
美希とブッキーも顔を寄せ合って笑いながら祝福した。
「でも、ずるいな。アタシたちだってせつなやシフォンやタルトと過ごしたかったなあ」
「じゃ、今晩みんなで一緒に泊まっていく?」
ラブが目を輝かせながら提案した。
「そうしたいけど、遠慮しておくわ。おじさんとおばさんが可哀想でしょ」
「うん、わたしもそう思う」
続けて美希とブッキーがハモる。その代わり――「「今から四人で一曲踊りましょう」」
「大会で優勝した時の曲行くわよ、せつな、鈍ってないでしょうね?」
「言ったわね、その言葉、あななたちにそのままお返しするわ」
「よ~し、じゃあ、久しぶりに“クローバー”行くよ!」
「うん、がんばろう」
「声援はまかせといてや」
「キュアキュア」
――Sun! Sun! 太陽の下 みんなが集まれば~♪――
ありがとう、美希たん、ブッキー、そして、せつな。
あたしたちはずっと一緒だよ。四人でクローバーなんだ。
だから、必ず、一緒に、みんなで幸せGETだよ!
最終更新:2010年04月05日 21:04