「ブッキー、今のとこリズムおかしいわ。フォローしきれない」
「あ、ごめんなさい。美希ちゃん」
「どんまい、もういっかい行こう」
「崩れた時はベースのほうが合せちゃうのはどうかしら」
四ツ葉町の公園内。
カオルちゃんのドーナツ屋さんから電源を引いて、バンドユニット“クローバー”の練習が続く。
どうしてこんなことになったのかと言うと……。
「ねえ、みんな。バンドやらない?」
喜色満面の表情で突然ラブが切り出す。
「「「ええ~~~~」」」
今年のクローバーフェスティバルのゲストは、トリニティとある大物ロックバンドらしい。
ゲストによって、その年のイベントは決定する。昨年はトリニティとオードリーだったので、
ダンスと慢才大会が行われた。
今年は漫才ではなく――。
「あたしは本当はダンス部門で出たいんだけど」
「アタシはダメよ。プロダンサーのスカウト蹴ってモデルになったんだもの。モデルしてる間
はもうダンスはしない。これはケジメよ」
いい加減な気持ちでは、もうダンスステージには立たない。美希は前からそう宣言していた。
「うん、でも、せっかくせつながこまめに会いに来てくれるようになったんだし、美希たんも
夏休みで、しばらくこっちに居られるんでしょ。また皆で何かやりたいんだ」
「わたしはかまわないけど、バンドなんていきなり出来るものなのかなあ?もう一ヶ月もない
よね」
「私もかまわないわよ。限られた時間の中でも精一杯頑張ってみせるわ」
美希はため息をつく。
「要するに、後はアタシだけってことね。いいわよ、もう。確かにダラダラ休み過ごすのは性
に合わないしね」
「決まりだね! 大丈夫、お祭りだもん。気負わなくていいと思うんだ」
「でも、やるからには徹底的にいくわよ、ラブ。アタシは完璧なんだから」
かくして、期間限定バンドユニット、クローバーが誕生した。
「実は機材はミユキさんのツテで中古を借りられることになってるんだ。曲はカオルちゃんが
作ってくれるって」
「根回しいいわね、ラブ。でも……カオルちゃんて本当に何者なんでしょうね」
「またよ、ブッキー。ドラムはリズム楽器なんだから、周り気にして外してちゃ意味ないのよ。
引っ張らないと」
「うぅ……美希ちゃん、わたし出来る気がしないの」
「ブッキーは周りに合せるタイプだものね、あまり向いてないのかもしれないわね」
「そうね、ブッキーに出来ないとは思わないけど、確かに時間が無いわね」
「いっそ、せつなと交代しちゃう?」
ラブにはボーカルに専念してもらって、可能な限りダンスの動きを入れたいと言うのが全員の
意見だった。
「私、ドラムやるわ。大丈夫、私はイメージの中で秒単位で時を刻めるの。難しい技術までは
無理でも、リズムだけは取ってみせる」
「せつなは一番練習時間が短いものね。曲のコントロールはアタシがサポートするから」
「わたし……ギター、今から覚えられるかな。ドラムよりマシだとは思うけど……」
ブッキーが申し訳無さそうに言った。足手まといになってる、そう思うことでより自信をなく
していた。
「いっそギター無しで、キーボードトリオ構成にするのはどうかな、お嬢ちゃんたち」
休憩だよん、と言ってドーナツとコーヒーを運んできたカオルちゃんが口を挟んだ。
「キーボードなら――わたしピアノ習っていたから」
ブッキーが目を輝かせて言った。
「決まりね! これで行くわよ」
激しい練習の毎日が始まった。
同日、夕刻の桃園家。
「そうだったの、大変なことに巻き込まれちゃったわね、せっちゃん」
「ラブの行事、イベント好きにも困ったものだなあ……」
あゆみと圭太郎から白い目で見られるラブ。
「だって……」
「大丈夫、私は嬉しいの。また、みんなと同じ事を頑張れるのが楽しいの。
それにラビリンスには音楽もダンスもないから、ダンスは広めようと思っていたわ。
そのためにも、音楽を経験しておくのもいいと思ったの」
なるべくたくさんの幸せを学んで持ち帰りたい。そうせつなは語った。
「それじゃあ張り切ってみんなで応援にいかないといけないわね」
「僕らも精一杯応援して盛り上げようじゃないか」
「おとうさん、それ私のセリフ」
せつなが帰るまでの夕食のひと時、桃園家は絶えぬ笑い声に包まれていた。
「もしもし、ブッキー。うん、今なにしてるの? そう、うん、アタシはお風呂入って一休み
してるとこ」
心地よい疲れ。見慣れた街並み。落ち着く自分の部屋。そして穏やかなブッキーの声。心から
くつろげる。
夢に見たフランスでの刺激的な生活の日々。不満なんてあるはずもないけれど、やっぱりアタ
シはこの街が好き。ここに住む人たちが好き。
ラブとブッキーとせつなが好き。
本当はわかってる。距離的にはともかく、時間的に一番会いにくいのは実はアタシ。
だから今回のことも、なるべくアタシと時間を共にして思い出を作ろうって配慮なんだって。
そして確かに楽しいと感じられる。同じ目的で頑張れる、一つになれる。遊んでいるだけでは
味わえない濃密な時間。
だから……このバンドは必ず成功させる!
美希は再びベースを取り出した。
「続いて、エントリーナンバー4番。“クローバー”の皆さんです。
作詞・作曲・振り付け・カオルちゃん。曲名は“Four Leaf Clover”です!」
「行くよっ! みんな」
ステージ目指して駆け上がる。
晴れ渡った青空。野外のステージを埋め尽くす大勢の人々。ダンスとは違った独特の緊張感。
高まる鼓動をエネルギーに変えて、テンションを上げていく。お客さんの声援を胸に刻む。
心の中で刻むビートが限界に達した時、アタシたちは楽器とマイクを手に取った。
ダンダンダンダン、ダダダッ、ダンダンダン
せつなのドラムが軽快に響く。打面への角度、叩く強さ、キレはまだまだだ。だが、ペダルの
使い方を、技をいち早く身に付け、正確無比なリズムでメンバーを牽引する。
正確に、正確に、正確に、走らず、崩さず、感情を抑えて淡々と叩き続ける。
美希がリズムに音階を乗せていく。ちょっと変則だけど、自分の役目はコントロール。
誘導し、ためる。
そして弦を叩き付けるような高速のビート、抑えてきたテンションを一気に解放する。ラブ!
オーライ!美希たん。
ラブのボーカルが炸裂する。ダンスで鍛え上げた肺活量から生まれる膨大な声量。生まれた時
から活動的なラブの本領発揮だ。
激しいダンスを披露しながら力強い歌声を曲に乗せていく。
ソロパート、ブッキーの美しい旋律が響き渡る。テクニックではメンバー中随一、低音を片手
で弾きこなし、ギターには出せない音の厚みで空間を広げていく。
そしてクライマックス。せつなのドラムが熱を帯びる。美希が弾き切れろとばかりにベースを
かき鳴らす。
ブッキーのキーボードが荒れる曲に整合性を持たせる。
激しいダンス! トリニティの秘蔵っ子。本物のダンサーの実力が、キレが、観客の目を釘付
けにする。
ラブの高域のシャウトが炸裂する。
四人の想いが、熱意が、会場中の人々心に届きビートアップする。
曲が終わる。クローバーが静かに頭を下げる。観客は総立ちになって割れんばかりの拍手を送
った。
「それじゃ、美希たん。元気でね」
空港まで見送りに来た三人が最後の別れを惜しんだ。
「ずっと待ってるからね、美希ちゃん。がんばってね」
「そのうち、アカルンで遊びにいかせてもらうわ」
美希は言葉に詰まって、そして言った。
「バンド、楽しかったわよ。また来年もやりましょう」
「来年は、また漫才だったりしてね」
「だったら私と病院ネタの続きやりましょう」
「それだけは……勘弁して」
みんなで笑いあった。そうこれは一時の別れでしかない。
せつなもしばらく忙しくなるらしい。少しの間会えなくなるのかもしれない。
でも、大丈夫。
道は別れても必ず繋がっている。心が繋がっていれば体も必ず引き合うから。
幸せは未来に待ってるんじゃない。繋がる今を、この瞬間を精一杯生きて、楽しい思い出に変
えていく。
だから、美希たん、ブッキー、せつな。これからも、毎日、一緒に幸せゲットだよ。
最終更新:2010年04月05日 07:11