せつなちゃん。
せつなちゃんがいなくなって、早いもので、もうすぐ一ヵ月が経とうとしてる。
ラブちゃんは、今日も元気に、精一杯、頑張ってるよ。
息吹
「おはよう、美希タン、ブッキー!!」
「おはよう、ラブ」
「おはよう」
いつものように、朝の待ち合わせ。途中まで一緒に学校に向かう、わたし達三人。
「おはよう、皆」
「おはよーございまーす」
「うぃっす。今日も元気だな、ラブちゃん!!」
「あはは。おっはよーございまーっす」
ずっとこの街で、この商店街で暮らしているから、皆、家族のようにわたし達に接してくれる。中でもラブちゃんは、
皆の人気者。色んな人に挨拶をして回って、笑顔を振りまいている。
「ホント、ラブって人気者ね」
呆れたように、でも、暖かい目で美希ちゃんが言う。ラブちゃんは、それに答えるように笑って、
「美希タン程じゃないよ。見たよ、昨日出た雑誌。すっごくカッコ良かった!!」
「ふふん、そりゃあたし、完璧だもの!!」
髪をかきあげる仕草も様になる、そんな美希ちゃんの姿に、わたしとラブちゃんは顔を見合わせて笑う。
素敵な友達を持てて、わたし、幸せだなぁ。
「じゃあ、また放課後にね」
「うん。美希タン、まったねー」
「行ってらっしゃい」
美希ちゃんとは駅の前で別れる。電車で一駅程の所に、美希ちゃんの通う学校はあるから。
「けど、考えてみたら、アタシ達ってすごいよね」
「なにが?」
「だってさ、読者モデルの幼馴染を持ってる子なんて、そんなにいないよ?」
美希タンには、精一杯、頑張って欲しいなぁ。言いながら歩くラブちゃんの言葉に、わたしは笑って頷いた。
もしも、他の人が言ってたなら、少し嫌味というか、鼻にかけたところを感じてしまったかもしれないその台詞も、
ラブちゃんが言うとそう聞こえないから不思議だ。
頑張って欲しい、その台詞も、心からの言葉だとわかる。
ラブちゃんは、いつだって人のことを考えてる。その姿が、人を動かす。そこには、自分に得だから、という気持ちが
無い。
例えば、美希ちゃんのことだってそうだ。美希ちゃんが有名になっても、自分はそんな有名人の友達だ、と自慢する
ようなことを、ラブちゃんはしない。頑張ってと願うのも、そうして美希ちゃんが夢を叶えることを純粋に願っているからだ。
ラブちゃんの口癖。幸せゲットだよ。
本当は、ラブちゃん以外の人が幸せになっても、ラブちゃんの得になることは無い。
他人の幸せを見て、微笑ましい気持ちになったとしても、それは、本当に自分が幸せになったというのとは違う。
けれどラブちゃんは、他人の幸せを見て、自分の幸せだと感じられることが出来る。
それはとても素敵なこと。
「今頃、どうしてるかな」
「え?」
「せつなだよ。ラビリンスに帰って、元気にしてるかなって」
そう。素敵なこと。
けれど。
「せつなちゃんがいなくなって、ラブちゃん――――寂しい?」
「そりゃもちろん、ね」
ラブちゃんは笑う。その台詞に、嘘は無いだろう、きっと。
少し、その表情に、影が落ちるから。
「けどね」
「――――」
「せつなは、ラビリンスの皆を幸せにする為に行ったんだから――――アタシが寂しいなんて、言ってられないかな」
ラブちゃんは、他人の幸せを見て、自分の幸せだと感じられることが出来る。
じゃあ、ラブちゃんの幸せは?
ラブちゃん自身の、本当の幸せって?
ダンスの振り付け。無意識に自分の隣に、四人目の彼女を探してるよね。
カオルちゃんのカフェのテーブル、四つ椅子のついた席に座るのが当たり前になってる。
登校の時や、下校の時。わたし達と別れて一人になった瞬間、寂しそうな顔になってるの、気付いてた?
思い出してるんだよね、ラブちゃん。
せつなちゃんのことを。
前は、一緒に家まで帰ってたんだものね。
急にいなくなったから、慣れてないんだよね。
今でもまだ、せつなちゃんがいない隣に違和感を感じてるんだよね。
でも――――でもね、ラブちゃん。
もしも。もしもだよ。
ラブちゃんが行かないで、って言ったら。
せつなちゃんは、ラビリンスに行かなかったんじゃないかな?
「それは違うよ、ブッキー」
わたしの問いかけに、驚いた顔をして見せた後、ラブちゃんは首を横に振った。
「せつなって、頑固だからさ。自分で決めたら、曲げたりしないよ。だから、アタシが何を言ったって」
「ホントにそう思う?」
立ち止まって、わたしは言う。
ラブちゃんは数歩遅れてから足を止め、背中の鞄を担ぎ直した後、肩越しにわずかに振り返り、そして、
「思うよ」
そう言った。
けれどその声は、どこか硬くて。わたしに目を向けてなくて。
いつものラブちゃんの、声じゃなくて。
「――――――――――――」
わたしは何も言わず、黙ってラブちゃんを見る。手に持つ鞄の取っ手を、ギュッと握りしめながら。
ラブちゃんは。
そんなわたしを置いて、歩み出そうとして。
うなだれる。
「ブッキー」
「なぁに、ラブちゃん」
「アタシが言ったら、せつなは行かなかったって――――本気で、そう思う?」
「うん。思うよ」
「……自惚れていいのかな、アタシ」
「うん。自惚れていいと思う」
そっか。そう言ったラブちゃんの声は、嬉しそうだけど、少し湿っぽくて。
やっぱりいつものラブちゃんじゃないようで。
「でもね、でも――――やっぱり、言えないよ、ブッキー」
振り返ったラブちゃんの笑顔に、わたしは息を飲む。
涙を必死に我慢した、笑顔。
「だってね、桃園ラブは、そういう子だもの――――せつなの知ってる、桃園ラブは」
「……ラブちゃん」
「そんな我がままで、せつなの夢を止めちゃうようなことをするような子を、せつなは――――」
好きになってくれないよ。
ラブちゃんは、言って、俯いた。
歩道の石畳の上に、輝く一粒の雫が落ちるのが、見えた。
「そんなこと――――」
ないよ。そう、言ってみたけれど。
「なくないよ」
ラブちゃんは、すぐにそれを否定する。
「そんなことない。せつなちゃんは、ラブちゃんが何を言ったって、ラブちゃんのことが好きだよ」
「うん、かもしれない――――けど」
アタシが耐えられないんだ。
「――――何に?」
「引き留めたことで、せつなが後悔することが」
夢を諦めさせ、側にいさせたとしても――――
「それこそ違うよ、ラブちゃん」
「――――」
「せつなちゃんが後悔するんじゃない。ラブちゃんが、後悔するんでしょ」
「…………うん」
多分、せつなは何も言わない。
でも、アタシは多分、その向こうに、せつなの夢の息吹を見てしまう。
きっといつまでも消えることがない、アタシが途切れさせてしまった夢の欠片を。
それをアタシは――――
「きっとずっと、引きずっちゃうよ」
わたしは、佇む。
目の前の女の子は、わたしの幼馴染。
でも、わたしが思っていた以上に、大人で、強くて。
けれど、とても脆くて。
こんなに傷ついている彼女を見るのも。
こんなにも弱々しい彼女を見るのも。
初めてじゃない。幼馴染だから、これまでにだって――――けれど。
こんなに苦しそうな彼女は、初めてだ。
らしくない、と思う。でも――――それも、ラブちゃん、なんだよね。
友達想いで、誰かの幸せを自分の幸せに出来る、ラブちゃん。
でも、自分の幸せと、他人の幸せを秤にかけたら、他人の幸せを優先させる。
たとえそれで、自分が苦しくても――――辛くても。
それもラブちゃん。
わたしの幼馴染。
わたしの大好きな、幼馴染。
結局。
わたしは初めて、学校をさぼった。
何も言わなくなったラブちゃんの手を引いて、公園に行った。
カオルちゃんのカフェに行くと、驚いた顔をした後、何も聞かずに椅子を勧めてくれ、ドーナツとコーヒーを出してくれた。
わたし達の間に、言葉は無かった。
ただ、二人で空を眺めた。
白い雲を、目で追いかけ続けた。
せつなちゃん。
ラブちゃんは、頑張ってるよ。
精一杯、『元気なラブちゃん』を、頑張ってるよ。
だからね、せつなちゃん。
早く、せつなちゃんの夢を叶えてね。
そして、ラブちゃんの夢を叶えてあげて。
元気で明るくて。
でも、不器用で、臆病な、わたしの大事な友達の夢を。
どうか。一日でも早く。
きっとその日は、遠くないって。
わたし。信じてる。
最終更新:2010年02月25日 23:26