2-79

 まどろみに、惑うて。
 やがて落ち行く、その先には。




       Call Me




 その瞳に、その笑顔に、その心に救われた。
 真っ直ぐに自分を見つめてくれた、彼女。
 愛を意味する言葉を、名付けられた少女。
 ピンクのハートを抱く、伝説の戦士。

 彼女は、彼女を想う。

 その優しさを、そのひたむきさを、その全てを、羨ましいと思った。
 憧れた。
 けれど憧れは、いつしか焦がれに変わって。
 求める気持ちを止められなくなる。
 胸の奥でうずく衝動。ドクン、ドクンと激しく脈打つ心の臓。

 目が離せない。
 何気ない仕草一つすら、見逃せないと思ってしまう。
 心のベクトルはいつだって、彼女に向かっている。
 彼女の柔らかい、桃色の唇に名を呼ばれる度に、胸は歓喜に震える。
 ただそれだけのことが、幸せだった。

 けれど。
 いつからか、飢えてきた。飢えるように、なってしまった。
 もっと、もっと幸せを。
 もっともっと、彼女に近付きたい。

 名を呼ばれる度に、幸せに思う。けれど、渇する。欲する。
 もっと、もっとと心が叫ぶ。
 貴方をもっと、ちょうだい。
 幸せを私に、ちょうだい、と。

 けれどそれは、許されないこと。秘め事。
 求めることすら禁忌。そして裏切り。
 家族だから。友達だから。仲間だから。

 女同士、だから。

 自分を救ってくれた全ての事柄が、今度は彼女の心を縛る。
 絶対に壊してはいけないものたち。守ると誓ったものたち。
 もしもその楔がなければ、かつての何もない自分であったなら。
 奪っていたかもしれない。力ずくに。
 そうしたとしても、本当に求めていたものは、手に入らなかっただろうけれど。

 だから。
 私は幸せだと、彼女は自分に言い聞かせる。
 これで満足しなくてはいけないと。
 彼女とずっと一緒にいられる、それだけでいいじゃない、と。

 けれどある時、気付いてしまった。
 ずっと、ずっと一緒ということは。
 ずっとずっとこの気持ちを隠しながら、側にいなきゃいけないということで。
 この先、何年、何十年と。

 嗚呼。私の心は、体は、耐えられるだろうか。
 この口はいつまで、秘密を守り続けられるだろうか。

 側にいたい。けれど、苦しい。
 それは甘美な拷問のよう。
 目の前にあるのに、決して、手は届かない、熟した秘密の果実。

 だから、せめて。

「ねぇ、ラブ」
「ん? なぁに、せつな?」
「私のこと――――好き?」
「もっちろん。大好きだよ」

 言って彼女は笑う。
 その純粋な笑みに、彼女の心の闇はチクリと痛むけれど。

 せめて、これぐらいは許して欲しいと祈る。

 これだけで、私は満足だからと。









 けれど心はいつだって欲張りで。
 やがて満たされなくなる未来から、彼女は。
 目をそらしていた。
最終更新:2010年01月11日 21:35