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 今日はひな祭り。美希ちゃんとわたしは、ラブちゃん家のひな祭りパーティーにご招待されている。
 美希ちゃんとは、パーティーより少し早めに待ち合わせた。

「美希ちゃんいらっしゃい」

「ちょっと早過ぎちゃった?」

「大丈夫だよ。見てもらいたいものもあったし」

「なあに?」

「ふふ。まあ入って」

「お邪魔しまーす」

 わたしの部屋のドアを開けると、丁寧に飾り付けられた雛人形が見えた。

「わあああ……ブッキーん家のお雛様、懐かしい……」

 美希ちゃんが感嘆の声をあげる。少し紅潮した頬で、瞳をきらきらさせた美希ちゃんは、同性のわたしから見ても、とっても綺麗。

「良かった、喜んでもらえたみたいで。美希ちゃんに見て欲しかったの」

「小さい頃はよく皆でひな祭りをしたわよね」

「うん――――ホント懐かしいね。和ちゃんもついて来てた」

「そうそう。女の子のお祭りだからって言っても聞かないのよね。皆で散らし寿司食べて、雛あられも食べて」

「よく皆でお雛様ごっこもしたよね」

「そうそう、誰がお雛様役をするかで揉めたりね」

「仕方ないから三人官女におさまるのよね」

「ふふ。そんなこともあった……。ブッキーん家のお雛様は豪華で、何段もあって羨ましかったなー」

 ひとしきり話して、美希ちゃんの視線がどこか遠くなる。
 遠くて近い過去に想いを馳せているのがわかり、そんな美希ちゃんを、わたしは黙って見つめた。

 あの頃のわたしには、お雛様を前にいつも夢想していたことがあった。

 お雛様になりたい。
 素敵なお内裏様に守られて、幸せそうに微笑むお雛様と、その横で凛々しく佇むお内裏様。
 お雛様に自分を、お内裏様に素敵な幼なじみの面影を重ね、ひとり満足するわたし。
 美希ちゃんがわたしのお内裏様だったらな。

 毎年同じ空想を続け、気づけば14歳を過ぎていた。
 わたしはあの頃から何も変わっていない。
 美希ちゃん、大好きだよ。わたしだけのお内裏様。

 わたしはこの想いを毎年お雛様とともに封じ込めてきた。
 たぶん、今年も。



「さあ、そろそろラブちゃん家に行かないと」

「そうね。――――ブッキー」

「ん?」

「アタシ、毎年思ってたことがあるの」

「なあに?」

「ブッキーってお雛様に似てる」

「そ、そうかな?どんなところが?」

「何も言ってくれないところ……かな」

 美希ちゃんは、わたしの気持ちに気づいてるの?
 わたしの想いを口にして欲しがってるっていうの……?

「何もって……わたし……」

 美希ちゃんの気持ちがわからない。わたし、どうしたらいいんだろう。

「アタシ、子供の時からずっとお雛様になりたかったの」

「――――美希ちゃんも?」

 こくり。美希ちゃんは頷く。

「でも、いいわよ。ブッキーになら譲ってもいい。お雛様の座」

 胸がざわめいた。春風が吹き抜けていく。

「わたしがお雛様なら、美希ちゃんは……?」

「もちろんお内裏様よ。理由は……言わせないでよ」

 美希ちゃんは真っ赤っ赤だ。ポーカーフェイスを装って、実は誰よりも恥ずかしがり屋さん。
 そんな彼女がたまらなく愛しくて、わたしは黙って美希ちゃんにしがみついた。



「ブッキー、返事がまだよ。わたしだけのお雛様になる?ならない?」

「……じゃない」

「え?よく聞こえなかった。もう一回言ってよ」

「……なるに決まってるじゃない!」

 恥ずかしさを隠すように、もっと強くしがみついた。
 そんなわたしを、美希ちゃんは優しく抱きしめてくれる。
 胸がドキドキして、苦しい。この時間がたまらなく嬉しい。
 この気持ち、もう隠さなくていいんだね。
 ゼロ距離で美希ちゃんを見上げる。今までこんなに近くにいたのに、こんなに近づいたのは初めてだった。
 美希ちゃんの唇が近づいてくる。胸を打つドキドキが、早鐘のようにスピードを上げた。

 あと少しで触れ合える、その瞬間。リンクルンが鳴った。

「きっとラブよ。まったく……」

 苦笑する美希ちゃん。

「おあずけだね」

 わたしは恥ずかしくて美希ちゃんの顔がまともに見れないから、やっぱりまた、ギュウッとしがみつく。

「あ、ラブ?うん、ちょっとブッキーん家で寄り道。……わかってる。うん、すぐいくから。……はいはい、もう!あ、せつなによろしく」

 美希ちゃんが切ろうとする電話の向こうで、ラブちゃんがヒューヒューって言ってた気がした。

 今年のひな祭りも、いつもと同じだと思ってた。
 だけど、違ってた。
 わたしのそばにいてくれる愛しい人。今までも、そしてこれから先も。ずっとずっと。

 わたしは勇気を奮って彼女の耳元で囁いた。

「美希ちゃんは、わたしだけのお内裏様……大好きだよ」

 美希ちゃんの顔が耳まで赤くなった。
最終更新:2010年03月03日 23:35