空から舞い落ちる、白の結晶。
雪、と呼ぶのだと、ラブに教わった。
掌の上に、乗せてみる。
よく見ると、綺麗な形をしている。
でも、すぐに溶けて、消えた。
私は空を見上げる。
どこまでも続く雲。空の色は見えない。
お昼だけれど、少し、いつもより薄暗い。
けれどそれが、幻想的に感じられる。
「せっちゃん」
家の中から出て来たお母さんが、私にマフラーを渡してくれた。
「風邪、ひくわよ」
「ありがとう、お母さん」
お礼を言って、私は首元にそれを巻く。赤と桃色の毛糸で編まれたそれは、ラブとお揃い。お母さんの手作り。
「すごく、あったかいわ」
私がそう言うと、お母さんは嬉しそうに笑って、
「それじゃ、今度、せっちゃんにも編み方を教えてあげるわね」
「――――うん!!」
笑顔で頷く、私。
嬉しい。お母さんの、その優しさが。
Snow White 上
「白雪姫?」
「うん。童話でね、そういうのがあるんだ」
昨日の夜から降り始めた雪が、うっすらと校庭に降り積もる。そんなある冬の日のこと。
私は、ラブから唐突に聞かされた白雪姫という名前に、首をちょこんと傾げた。
「その童話が、どうかしたの?」
「この前にさ、クラス会で話が出てたでしょ? 小学校で劇をやるって話」
「ええ。地域交流の一環、だったかしら? 参加したい人を募集してるのよね」
「うん、そうだよ。でね、せつな。アタシ達も、それに参加してみない?」
彼女が発した不意打ちの言葉に、私は思わず目を丸くする。それに構わず、ラブは驚く私に顔を近付けて、
「ほら、この前のダンス大会が終わってからさ、前より練習の時間が減ってるじゃない? だから、何かその時間で、
何かやってみたいな、と思って」
勿論、レッスンは続けるけどね。そう続けて無邪気に笑う彼女だが、私は戸惑うことしか出来ない。
「それと、その白雪姫っていう童話が、どう関係があるの?」
「あ、その劇でやるのが、白雪姫なんだって」
なるほど、そういうこと。私はようやく話が繋がって、一人、頷く。そして苦笑しながら、
「ラブ、その白雪姫って物語、好きなんでしょ?」
「わかる? アタシ、実はそれで、すっごくやりたい役があるんだ」
目をキラキラと輝かせるラブの様子は、まるで子供のよう。
憧れているのだろうか、お姫様役に。私がそう問いかけると、
「ううん、お姫様じゃなくて、アタシ、王子様役になりたいんだよね。カッコいいんだ、その王子様が」
王子様? ラブが?
詳しく聞いてみると、彼女が小学生の頃にも、やはり中学生の演劇を見たらしい。その題目も同じ、白雪姫だった
のだとか。そこで見た王子様が、舞台の上で敵をバッタバッタと倒すシーンを見て、憧れを抱いたらしい。
「それでね、最後はね、ロマンチックなキスでお姫様を目覚めさせるんだよ!! いいなぁ、憧れちゃうなぁ」
「お姫様じゃなくて、王子様になりたいと思うところが、ラブらしいよね」
途中から話を聞いていたらしい由美が、苦笑しながらそう言った。その話をちゃんと知らないから、お姫様にも
王子様にも憧れない私だが、ただ――――
ただ、舞台の上で敵をバッタバッタと、というのは、確かにラブに似合っている気がする。
ちょっと前まで、本当にそんな風にして戦っていたわけだし。
ま、それはいい。
「それで、私に手伝って欲しい、ってわけね」
「うん、そうなんだ。っていうか、一緒に出て欲しいの!!」
「――――ええっ!?」
さすがにそれは予想外だった。てっきり、舞台のお手伝いをすればいいだけだと思っていたのだけれど――――
「だ、ダメよ、私、演技なんて出来ないわ!!」
「そこを何とか!! お願い、せつな!!」
「私からも、お願い」
パン、と手を合わせるラブの隣で、由美も頭を下げる。どうやら、彼女もこの劇に参加するらしい。うろたえる私を
よそに、二人は話を続ける。
「せつなに、どうしてもやって欲しい役があるの!!」
「やって欲しい役?」
「うん。お姫様役」
――――主役じゃない!?
「む、無理よ、そんなの!!」
「そんなことないよ。せつななら絶対、似合うって!!」
「私もそう思う。東さん、ピッタリだって」
にじり寄られて、私は思わずのけぞるが、その分、二人も近付いてきて。
「お願い、せつな!!」
「東さん、お願い!!」
ああ、もう。そんな目で見ないでよ、二人とも。
「――――わかった、わかったから。そんなに迫ってこないで」
「じゃあ――――」
「待って。まだ決めたわけじゃないわ。とりあえず台本を読んでから決めさせて。いいでしょ?」
「わ、ありがと、東さん。それじゃ、今、取ってくるね」
パタパタと由美が自分の机に戻ると、ラブがニコニコしながら話しかけてくる。
「ありがと、せつな」
「まだ、やると決めたわけじゃないわ」
「絶対、気に入るよ。いいお話だもん」
まぁ子供向けの童話なら、ね。私は苦笑しながら頷く。
お姫様役、というのは、なんとなく気恥ずかしい。けれど、それが似合いそうと褒められるのは、ちょっと――――
ううん、結構、嬉しいかも。
そんな風に考えてると、
「せつなも女の子だね」
「え?」
「お姫様が似合うって言われたの、嬉しかったんでしょ?」
――――!!
そ、そんなに顔に出てたのかしら。恥ずかしいわ。
真っ赤になる私を見て、さらにラブがニヤニヤとする。
もう、ラブったら――――。
その後、台本を受け取った私は、家でそれを読んだ。
読んで――――決めた。
「あ、東さん。どうだった? 白雪姫役、やってくれる?」
「――――ごめんなさい、ラブ、由美。私――――この役は、やれないわ」
「え?」
「本当に――――ごめん。ちょっとこの話は――――私、ダメみたい」
台本を由美に返して、私は自分の机に戻る。私が受けると思っていたのだろう、ラブも由美も、唖然としていた。
その二人の期待に応えられなかったのが辛くて、私は窓の外に目を向ける。そして胸の中で呟く。ごめんなさい、と。
私、白雪姫にはなれない――――
最終更新:2010年03月07日 15:13