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東 せつな。

あたしの友達。
傷付けあった敵。
共に踊り、共に戦った仲間。

一緒に過ごした家族。あたしの……大切な人。




「美希たん、お仕事上手くいってる?」
「まだまだね、しょせんは街のモデルだもの」
「そんなことないよ。クローバーコレクション見たよ、凄く綺麗だった」

ダンス大会で優勝したクローバーは、せつなの帰還と共に解散することになった。
プロダンサーへの誘いを断り、それぞれの道へと歩みだした。

「それでも凄いよ。ブッキーは?」
「う~ん、あんまり変わらないよ。色々お父さんに教わってるけど」
「ラブこそどうなのよ、ぱっとした噂は聞かないわよ」

久しぶりに3人で集まった。目を輝かせている美希たんとブッキーをまぶしそうに見つめる。
それに引き換え、あたしは目標を失っていた。ダンスを続ける気にも、なぜかならなかった。

「あ、もうこんな時間。衣装合わせがあるから。じゃ、アタシはこれで」
「わたしも病院が忙しくなる時間だから。またね、ラブちゃん、美希ちゃん」
「うん、バイバ~イ。美希たん、ブッキー、まったね~」




「は~~」

大きくため息をつく。
あれだけ輝いていた街並みが、毎日の暮らしが平凡で退屈なものになっていた。
何もかもが色彩を失っていく。
原因はわかっている。大切な人がここに居ない。ただ、それだけ。

「でも、一緒に居たのはたった半年だよ。あたしは他に何も失っていないのに」

別れは辛かった。でも、悲しみと苦悩に包まれていた友達がやっと自分の道を見つけたんだ。
引き止めることなんて出来るわけが無かった。

半年前に戻るだけ、すぐに慣れる。そう思っていた。思い込もうとしていた。
でも、失ったものは――――心に空いた大きな穴は、塞がることがなかった。


――ポーン――コロコロコロ


「すみませ~ん。あ、おねえちゃん、ごめんなさい。ありがとう」
「どういたしまして。はい、どうぞ」

栗色の髪の小さな女の子が、転がったボールを拾いに来た。「お~い、はやくしろよ~」友達らしき男の
子たちの声が聞こえる。
腰を落として女の子の目線に合わせ、ボールを手渡した。

「行かないの? お友達が待ってるよ」
「おねえちゃん、どうしたの?」

女の子が泣きそうな顔であたしを見つめて言う。何のことだかわからなかった。

「おねえちゃん、どうしてないてるの?」
「あたしは……泣いてなんかいないよ」
「ううん、ないてるもん!」

「あたしは――――」

「はい、お嬢ちゃん。これ、あっちの子たちと食べておいで。
このお姉ちゃんはおじさんが付いてるから大丈夫だよん」

「カオルちゃん……」
「ドーナツ、食べる? ぐはっ」


照りつける日差しを避けて、カオルちゃんの店のパラソルの影に入る。
一年前の今頃も、ここでこうしてカオルちゃんに相談してたっけ。
友達が悪いことしてたの。どしていいかわからないって。

プレーンとメロン味。物凄く美味しいはずのドーナツもどことなく味気ない。

「ねえ、カオルちゃん。あたし……泣いてるかな?」
「笑ってるよん。古くなったドーナツみたいに固いけど、ぐはっ」

「そっか」
「ダンス、やめちゃったんだって?」

「うん、なんかね、満足しちゃったんだ。あたしにとってクローバーは最高のユニットで。
大会のラストステージは最高の舞台だったんだと思う」

これが最高、そして最後。そう思えたら夢が見れなくなった。
憧れのトリニティのように、ダンスを通じて世界中の人たちを愛でいっぱいにする。
そうなりたいと思っていた。でも、それは四葉のクローバーなんだ。
クローバーじゃないと出来ないんだ。
だって……あたしが満たされてないのに、どうして世界を満たすことができるの?

――あれ。

あたしが満たされていないと、世界を満たすことは出来ない?
なら、せつなはどうなの。
せつなは、今、幸せなの?

「私はラビリンスを、この街のように笑顔と幸せでいっぱいにしたいの」

あたしはいい。夢が持てなくても、平凡でも退屈でも、ただ毎日過ごせればいい。
でも……せつな。
せつなも今、こんな気持ちなの? 
こんな気持のまま、大変なことに挑んでいるの?

自分の気持ちを押し殺して、寂しさに目を背けて、誰かのために歯を食いしばって精一杯頑張っている。
そんな姿が目に浮かんだ。




家に帰った。おじいちゃんの仏壇に向かって手を合わせる。

ねぇ、おじいちゃん。あたしはどうしたらいいのかな。
ラブって名前は、世界を愛情でいっぱいにして欲しい、そんな願いを込めてつけてくれたんだよね。
プリキュアの力を失い、クローバーも解散しちゃったよ。今、あたしに出来ることって何なのかな。


せつなの部屋に入る。何もかもそのまま。お母さんが毎日掃除してる。
一度、お父さんが片付けようと提案したことがあった。「部屋を見るたびに悲しむのなら」と。
お母さんは物凄い剣幕で反対した。帰って来たらどうするのって。親が帰りを待たなくてどうするのって。

机の引き出しを開ける。筆箱。えんぴつ。消しゴム。ノートに綴られた美しい文字。その最後に書かれた
言葉、それは、“ありがとう”。

美希のアロマ瓶。ブッキーからもらった犬のしつけ方のノート。あたしがプレゼントした、四葉のクロー
バーのルームプレート。
何もかもが、かけがえのない宝物のように、大切に大切に使われていた。

愛していた。せつなは、あたしを、おとうさんやおかあさんや、美希たんやブッキーや、この街のみんな
を――――確かに愛していた。
命を懸けて、いや、命を捨ててまで守ろうとしていた。


あたしは……何をやっているんだろう。
涙が出てきた。
どうして――――ひとりで行かせたんだろう。
ラビリンスの人を救いたいって言い出したのはあたしなのに。ラビリンスの人の想いを翼に変えて戦った
のに。
どこかで思っていたんじゃないのか――――他人事だって。しょせんは異世界だって。せつなもそこの人
なんだって。

おじいちゃんは世界を愛せと言った。それはこの世界だけじゃない。そんな区別をつける人がラブなんて
名はつけない。
みんなで幸せゲットだよ。その“みんな”は、この世界のみんなのことだけじゃない。

どうして――――ひとりで行かせたんだろう。
どこかで思っていたんだ。所詮、住む世界が違うんだって。
あたしの夢と、せつなの夢は何も違わないのに。

今、一番に愛を必要としてる人は、人たちは……。
あたしがやらなければならないことは。




「お母さん、聞いて欲しいことがあるのっ!」

また悲しませてしまうだろう。寂しい思いをさせてしまうだろう。
あたしは酷い子だ。
でも、もう迷わない。
人はいつからだってやり直せるから。だから、あたしは幸せを取り戻しに行く。
今回は少し時間がかかるかもしれない。だけど、必ず帰ってくるから。
あたしの、あたしたちの幸せと一緒に。せつなと一緒に、必ず帰ってくるから。

まだ方法は見つかっていない。でも、必ず行くよ。あたしも――ラビリンスに!

そう決意した途端に、世界に色彩が戻ってきた。時間の流れに希望が満ちてきた。
体に、命に、活力が漲ってくる。

待っていて、せつな。一緒にやろう。一緒に、精一杯頑張ろう。
そして、あたしと一緒に、みんなで幸せゲットだよ。
最終更新:2010年04月04日 22:29