10-859

桜が散り始める。

四葉町に新緑の季節が訪れる。
いっせいに新芽が吹き出し力強く育つ。
道端では名も無き草花が誇らしげに咲く。
憩いの丘には、シロツメクサの花が絨毯のように広がった。


「はやく~はやく~。
美希たん、ブッキー、せつなぁ。こっちこっち~」

休日を利用して、四ツ葉町の公園の外れにピクニックに来ていた。
この季節特有の緑の匂い。生命力に満ちた薫りに誘われるようにラブが駆け出した。

「どの口で言うのかしら……。
約束の時間に30分も遅れたのはラブとせつなじゃない。まったく」

「まあまあ、美希ちゃん。わたしは待つの嫌いじゃないよ。
心配するのは嫌だけど、ちゃんと連絡あったんだし。急ぐ予定じゃないし、ね?」

「ごめんなさい。美希、ブッキー。
起こして返事あったから安心してたんだけど、寝直してるとは思わなくて……」

以前は、タルトが目覚ましを管理してくれてたんだけど。とせつながこぼす。
いくら正確に鳴って、起きても、それで安心してまた布団に潜っていれば意味は無い。

「もぅ、ラブ。はしゃぎすぎ!」

そう言ってせつなが手を繋ぐ。
ラブが嬉しそうに微笑んで、せつなの手を引くように駆け出した。

あまりに自然な動作に見とれてしまう。
羨ましくなって、ブッキーはそっと美希の顔をうかがった。美希も同じようにブッキーを。
クスッと笑いあって、同じように手を繋いだ。






久しぶりに集まったこともあって心が弾む。楽しみで眠れなくて、逆に寝坊しちゃったラブの
気持ちも頷ける。
みんなピクニックにもかかわらず、可愛らしくおしゃれもしていた。

ラブは淡いピンクのシャツに赤いジャケット。紺のショートパンツ。躍動感溢れる魅力を放つ。
美希は薄いブルーのタンクトップに、丈の長いレギンスパンツ。細く美しい体のラインが引き
立つ。
ブッキーは黄色を基調にしたオールインワン。ゆったりとした生地にフリルが優しさを際立た
せる。
せつなは薄いグレーのワンピースに真っ白なボレロ。白いつば広の帽子。紫のリボン。清楚な
佇まい。
初めてラブと出会った時の服にそっくり。ラブとおかあさんのプレゼントだ。


色鮮やかな春の公園にあってなお輝く4つの花。美しい来客の訪れに、春風が包み込むように
歓迎した。


タンポポ。スミレ。チューリップ。レンゲ。アケビ。ヤマブキ。ヤマザクラ。
植物にも詳しいブッキーが、説明を加えながら散策する。

「色んな種類のお花があるのね。私、精一杯頑張るわ」
「せつなちゃん。そんなに必死に覚えなくていいのよ」

「綺麗ね、確かに。これは負けてられないわ」
「何と競ってるの美希ちゃん……」

「たは~これ可愛い! あっちに黄色くてちっちゃいの咲いてる! 
あ、そっちは紫のつぼみだ。どんなの咲くのかな」
「ラブちゃんは……。ちょっとだけお話聞いてくれると嬉しいな……」


コースを一巡りしたらお昼になっていた。ラブとせつなの自作のお弁当を広げていく。

蒸し鶏。玉子焼き。色とりどりの野菜たっぷりのサンドイッチ。
そして、おかあさん直伝のフルーツサンド。イチゴとキーウィの酸味。ホイップクリームのま
ろやかな甘み。
一口食べたら幸せの笑みがこぼれる。

「さっぱりしてて、凄く美味しいわ。さすがはラブとせつなね」
「うぅ。フルーツサンド、凄く美味しい。でも、なんか嫌な思い出があるの」

「ナケワメーケに一緒に挟まれたんだよね。ブッキー」
「爽やかな声で言わないでラブちゃん」
「あの時ね。アタシにとっても楽しい思い出じゃないわね」
「そう、そんなことがあったの。ごめんなさい、ウエスターの仕業ね」

「まあまあ、サンドイッチに罪はないよ。さあ、どんどん食べて!」
「ラブは食べすぎ!」


お腹が一杯になったら、休憩を兼ねてお話した。
話すことはたくさんある。

ラブのダンスレッスンのこと。ソロダンサーとして、より厳しいレッスンを続けている。
美希のモデルデビューのこと。雑誌にも載って大活躍している。学校にあまり通えないのが辛
いとか。
ブッキーの勉強が順調なこと。成績だけじゃなく、病院の手伝いでも最近はあてにされている
らしい。
そして、せつなのこと。

あれ……。せつなの話題が出ない。どうして……。






一休みしたら湖のボートに乗ることにした。
白鳥をモチーフにした美しいボート。ラブはせつなと。美希はブッキーとそれぞれ乗り込む。
こぎ手はラブと美希。せつなとブッキーは活動的な服を着ていないため、汚さないように慎重
に腰をかけた。


「見ててせつな。ダンスで鍛えた体力を!」
「もう。そんなに急がなくてもいいわよ。見て、水鳥が並んで泳いでいるわ」

爽やかな風。青い水面を太陽が照らし、金色の光を放つ。オールがはじき出す水しぶきと水玉
が、まるで宝石のように輝く。

「素敵。ほんとうに綺麗よ、ラブ」
「気に入ってもらえてよかったよ、せつな。せつなも凄く綺麗だよ」

「えっ、やだっ! 何言ってるのラブ。恥ずかしいわ」
「たはは、よ~し、飛ばすよせつな。たぁぁーーーー」

スワンのボートがどんどん加速する。その反対には美希の操るボートが迫ってきていて。

「ラブ! 危ないっ、ぶつかるわっ」
「きゃあぁ! 美希ちゃん衝突する」

『わぁぁーーーーーーーーーーー!』






ドーーーーーーーーン!






「わぁぁーーーーー」

ラブはがばっと飛び起きた。心臓がバクバク音を立てている。手が汗ばみ、呼吸が乱れている。

「ちょっと、突然飛び起きたらびっくりするじゃない。ラブ」
「大丈夫、ラブちゃん? 嫌な夢でも見たの?」

落ち着いて状況を確認する。ここは……レジャーシートの上だ。洋服も濡れていない。
食べ終わったお弁当箱がまだ出ている。
美希たんとブッキーは食後らしく、ゆったりとくつろいでいる。


そして、せつなは。


せつなは――――居ない。

ここには――――居ない。

どこにも――――居ない。


「本当に大丈夫? ラブちゃんはお昼食べ終わったらそのまま寝ちゃってたんだよ」
「しっかりしなさいよ。って、本当に顔色悪いわよ。ラブ」


「美希たんっ! ブッキーっ! せつなは? せつなはどうしたの?」

「落ち着いてラブ、せつなはここには居ないわ。ラビリンスに戻ったのよ。知ってるでしょ」
「ラブちゃん……せつなちゃんの夢を見たのね」


ここには居ない。どこにも、居ない。

わかってる。そんなのわかってる。

誰より――――わかってる。

でも、夢にしてはあまりにも生々しくて。

柔らかい手――温かい体温――優しい声――可愛らしい仕草。
ついさっきまで感じていた――幸せ。


「っ……」

喪失感が心を蝕んでいく。
ぽたり。頬を辿り、涙が一筋零れ落ちた。
一度も、人前では、一度も泣いたことがなかったのに。
とめどなく零れ落ちる。嗚咽も止まらない。

「いな……いの。せつな……が。せつなが……いないよっ」

わっと、ラブが大声で泣き出した。

ずっと、ずっと笑顔で頑張ってきた。せつなの幸せは自分の幸せだから。そう言い聞かせてき
た。


でも……寂しいよっ。
やっぱり……さびしいよっ。
せつなに……会いたいよっ。


「泣かないで、ラブちゃん。会えるから!
きっと、信じていれば、いつか会えるからっ」
「甘えてるんじゃないわよ、ラブ。せつなはひとりで頑張っているのよ。
アタシたちがこんなことでどうするの」

そう言う2人も涙を浮かべていた。しばらく3人で抱きあって、声をあげて泣きじゃくった。


バササッ


頭上で鳥の羽ばたく音がした。
ひらり。ひらり。羽が舞い降りてくる。

3人は空を見上げる。
抱き合った状態で見上げる姿は、まるでつぼみが花を開くようだった。


「あたしも、飛べたらいいのにな……」

ポツリ、とラブが呟く。
プリキュアになって、色んな経験を積んで、何でも出来る気になっていた。
でも、本当は非力で、とっても無力で……。今は、小鳥ほどの力もないような気がした。

「飛べるよ。どこにだっていけるよ。どんな願いも叶うよ。わたし、信じてる。
だって、ラブちゃんの背中にはいつだって翼が生えているんだから」

「アタシはせつなの気持ちを知っているもの。せつなはきっと帰ってくるわ。
いつか会える。希望を持ち続けていれば、いつか、必ず」


鳥の飛び去った方向に湖があった。ボートがいくつか浮かんでいる。
せつなと一緒に、夢で乗ったスワンのボート。

「そうだね。行こう! 美希たん、ブッキー」

ラブは2人の手を取って駆け出した。
そして、心の中で語りかける。


せつな。
あたしね、せつなの夢を見たんだ。
幻でも、嬉しかったよ。
あたしは、あたしたちは、きっと幸せを掴むから。
だから、せつなも、必ず幸せになってね。
そして、みんなで夢を叶えたら。
また、いつか会おうね。

心はずっと繋がってるよ。
でも、せつなの全てを感じていたいから。
同じ時間を過ごしたいから。








ラビリンス首都。
中央議会議事堂。復興計画対策本部。


「イース。おいっ、イース起きろ」
「もうじき、君のプランの発表だ。起きたまえ」

「う……ん。――――ここは?」

夢だったと……いうの?
不思議なほど現実感のある夢だった。余韻に引きずられる思考を無理やり引き戻す。

このところ徹夜続きだった。とは言え、大切な会議中に居眠りは迂闊だったと恥じる。

「本当に大丈夫なのか?」
「順番を遅らせてもらうかい?」

「ごめんなさい。平気よ」


姿勢を正し、胸を張って壇上に向かう。

「ラビリンスに緑を! そして憩いの場を設けます。
私は異世界で見てきました。非効率と思われるもの。無駄と呼ばれるものの中にこそ、幸せが
宿ることを。
人はひとりでは幸せになれません。そして、人間は人間だけでは、やはり幸せにはなれないと
思うのです」

理念と構想。事業と予算。綿密な調査に基づいた具体的な計画が、情熱を持って語られた。
巨大な功績と尊敬。そして現実の体験を伴った説得力のある提案に、会場中から拍手が沸き起
こる。


せつなは心の中でそっと語りかけた。

ねえ、ラブ。あなたの夢を見たの。
美希がいて、ブッキーもいて、白鳥のボートに乗ったの。
夢だなんて思えないくらい幸せな時間だった。
心が、今でも、ずっと繋がってるからかしらね。

心だけじゃない。夢だって繋がってるわ。
そして、いつか現実も繋げてみせるから。
ラビリンスが四ツ葉町に重なるような世界になったら。

そしたら、きっと、帰るから。

だから、待っててね。ラブ。

私、精一杯がんばるわ。
最終更新:2010年05月12日 19:37