ラビリンスの首都の中央、最も高い建築物にして権威の象徴。
かつてメビウスの居城として作られた場所。その部屋の一室に三人が集った。
純白の戦闘衣は優れた才能と高い地位を証明していた。
一人は少女。不安そうに窓から外を眺めている。
一人は細身の青年。時を惜しむかのように書物を片手にしている。
一人は体格のいい青年。特殊なダンベルを軽々と持ち上げ肉体強化に余念が無い。
イース・サウラー・ウエスター。旧ラビリンスのエリート幹部にして、新体制の指導者と呼ば
れる者達だ。
しかし、そう呼ばれることに、彼らのうち誰一人として満足する者はいなかった。
「おい、イース。本当に良かったのか? 連休なんぞ作って、みんな混乱してるぞ」
「GWと言うんだったね。娯楽の発達している向こうの世界では有効かもしれないが……」
最低限の都市機能を維持して国民全員に休暇を与える。半ば強引にねじ込まれたイースの提案
であった。
生活を管理され自由を与えられてこなかった国民は、自らの行動を自分で決めることに慣れて
いない。
突然与えられた七日間の休み。戸惑い、街をあても無く彷徨う者。自宅に閉じこもる者。仕事
の道具の手入れをする者。様々だ。
彼らに共通するもの。それは――戸惑い。
「せめて休暇を過ごすプランか何かでも提案した方がいいんじゃないのか?」
「そうだね、各世界から持ち込んだ遊具や書物もあるはずだよ」
「だめよ。与えられたものをこなすのでは仕事とあまり変わりが無いわ」
ラビリンスの国民は勤勉で忠実で素直だ。これまでもいくつかの娯楽やスポーツなどを提案し
てきた。
それらに対しても積極的に取り組み、笑顔も見せるようになってきた。
こちらの望む――通りに……。
素直に喜ぶウエスターとサウラーとは裏腹に、イースの心は晴れなかった。
何か……違和感があった。四ツ葉町で、幸せの街で、実際に過ごしてきた彼女には感じるのだ。
そうじゃない――と。
持ち込んだ文化には、ラブたちの世界で学んだものも含まれていた。ダンス、音楽、ファッシ
ョン、テニスや野球などもあった。
それぞれが、その世界において幸せを形作っていたもの。時に娯楽として、時には人生を賭け
る夢として。
でも、そうじゃない! それぞれの動作や成果が楽しいわけじゃない。いや、それももちろん
楽しみのひとつではある。でも本当に大事なのはそこじゃない。
ラブのダンスを羨ましいと思っていた。ブッキーに誘われて勇気が沸いた。美希に励まされて
嬉しいと思った。四人で一つになれるのが楽しいと感じた。夢を、目標を持って努力するのが
幸せだと感じた。
ダンスだから楽しかったわけじゃない。それを伝えたい。
「この連休は、国民にとって楽しいものにはならないかもしれない。戸惑い、悩み、不安に駆
られるだけかもしれない。でも、見つけて欲しいの。幸せの――元を」
私たちも自由に過ごしましょう。そう言ってイースは解散を告げた。サウラーとウエスターは
まだ納得がいかない様子だった。だが反論するほどでもなく、首を振って諦めた意志を伝えた。
「じゃあ俺は美味い物でも探す旅に出るかな」
彼はいつでも自由だ。何者にも縛られない。全ての国民が彼のようであったらどんなに楽か。
そう思ってすぐに撤回した。縛られない分、縛ることも出来ない。全員がああでは国家として
機能しないだろう。
「くだらないね。僕は面倒なことは御免だ。部屋で本でも読ませてもらうよ」
必要以上にぶっきらぼうな物言い。それは彼の本心では無いからだろう。好きなところに行き
たまえ。留守は僕が守ろう。そう言っているように感じられた。
二人に別れを告げてから、イースは街に繰り出した。
街道、住宅地、そして、新設した公園。
人は大勢居た。だけど、それは四ツ葉町のような賑わいと呼べるものではなくて……。
行き場を失い、途方にくれた人々の集まり。そんな感じだった。
何かしてあげたい気持ちに駆られて――思いとどまった。
考えてもらわなければならない。自分が自分の意思で生きるということの本当の意味を。
命あるもの全てが目指す目的――――幸せというものを。
自分の意思で生きること、それは常に選択を続けること。迷い、悩み、後悔し、探し求めるこ
と。
私がラブと出会い受け取った幸せの元。その時から私は考え始めた。私にとっての幸せは
何なのか。それを見つけた時にはもう、全てが遅かったけど。
でも、その時から私は、本当の自分を始めることが出来たんだと思う。
それが本当の幸せの元。それをみんなにも見つけて欲しい。
もうみんなを縛るものは――――何もないのだから。
足を棒にして歩き回る。辛い光景でも、しっかり見つめて胸に刻もうと思った。自分がしたこ
となのだから。
遠い場所で笑い声が聞こえた。
そっと近寄る。ベンチで話す若い男の人と女の人。困った。何をしていいのかわからないって。
私もそうだって。でも――その会話の中に、確かに笑顔があった。
少し離れた場所で子供の騒ぐ声が聞こえた。
伝えた遊びの一つ。鬼ごっことかくれんぼ。そのどちらでもなくて、組み合わせた新しい遊び
を思いついたらしい。
もしラブがここに居たら、あれは缶蹴りって言うんだよって教えてくれただろう。
少しづつではあるけど、この国は、人々は、確かに変わりつつある。
まだ成果はささやかだけど、それは大きな実感としてイースの心を満たしてくれた。
私が、私達がやってきたことは――間違ってはいなかったんだと。
この喜びを伝えたい、そう思った。その相手はサウラーでもウエスターでもなくて……。
久しぶりに帰ってみようかしら……。
イースは、自分にも休みを許してもいいような気持ちになっていた。
「もしもし、ラブ? ずっと連絡も出来なくてごめんなさい。まとまった休みが取れたの。
そちらに帰ってもいいかしら?」
通信設備でリンクルンの電波を強化して連絡を取った。普段は私用で使うことを、自らに禁じ
ていた。
「せつなっ! せつななのっ! 今どこにいるの? いつ会えるの?」
早口でまくしたてられる。ほとんどこちらの事が話せなくなって、とにかく今から用意して帰
るとだけ伝えた。
弾む気持ちで自室に戻る。
“スイッチ・オーバー”
久しぶりに、本来の自分の姿に戻った。そう、これが本当の姿。四ツ葉町で生まれ変わった、
ラブや美希やブッキーが親友と呼ぶ少女。おとうさんとおかあさんが娘と愛する女の子。
鏡を見て、念入りに身支度を整える。
四ツ葉町を発った時の洋服を着た。
おとうさんとおかあさんが買ってくれたもの。ラブと一緒に選んだもの。
この世界に持ち込むことの出来た、数少ない宝物だ。
「アカルン」
「キーーー」
嬉しそうにカギの妖精アカルンが飛び出した。クルクルとせつなの周りを飛び回る。
「ごめんなさい、ずっと一人にして。四ツ葉町に戻りたいの、力を貸してくれる?」
「キーーー」
直接、家に転移するのは失礼だと思えた。喜びを感じながら歩いて帰ろうと思った。
「四ツ葉町公園へ」
体が赤い光に包まれる。久しい感覚に身を任せて飛び立った。
――愛しい人達の住む世界へ。
赤い光が消えて、視界が戻る。
懐かしい匂い。
優しい陽差し。
温かい空気。
胸いっぱいに吸い込んだ。
心が、体が、肌が、全身が喜びに包まれる。
「せつなっ!」
突然、体が後方に弾き飛ばされる。温かくて、懐かしくて、柔らかいものがぶつかってきた。
「せつな……せつな……せつ……なぁ」
かみしめる様に何度も名前を繰り返して呼ぶ。その声がだんだん涙声になって……。
せつなは、しばらく呆然として立ちつくした。
状況がわかると、愛おしさがこみ上げてきた。ラブのことしか考えられなくなって……。
つられるように、涙が零れ落ちた。だから、すぐに言葉を返してあげられなかった。
「おかえり……せつな」
「ただいま……ラブ」
それだけ、言うのが精一杯だった。そのまま互いに腕を回して抱き合った。
しばらくそうしていた。本当はずっと、ずっとそうしていたかった。
「ラブばっかり、ずるいわよ」
「おかえりなさい、せつなちゃん」
聞きなれた声。大好きな声。美希の声だ。ブッキーの声だ。
「おかえりなさい、せっちゃん……」
涙声を隠そうともしない、温かい声。忘れるはずが無い、おかあさんの声。
ラブと交代するように強く強く抱きしめられた。
次はおとうさんと、そして美希とブッキーと、交互に抱き合い再会の喜びを伝えあう。
少し遠巻きにするように、ミユキさんやカオルちゃんや、クラスメイトのみんなや、商店街の
人達まで居た。
せつなは、見られていたことに気がついて顔を真っ赤にした。
みんな――迎えにきてくれたんだ。
愛されていることを実感する。
間違いない、ここはもう一つの故郷。東せつなが生まれた地。その幸せの眠る場所。
きっとしてみせる。ラビリンスを、ここに負けないくらい素敵な国にしてみせる。
優しさと思いやりと夢に、そして愛情と幸せに、満ち溢れた場所にしてみせる。
いつか――必ず。
誓いを新たに、一人一人に向かい合う。心を込めて、喜びと感動を伝える。
ただいま。ラブ、美希、ブッキー。
おとうさん、おかあさん、そして、私を受け入れてくれた全ての人達。
ありがとう。この街とこの世界の全てに――心からの感謝を込めて。
最終更新:2010年05月04日 12:37