眠れない夜が明けた。
時間はまだ大分余裕がある。だけど、何も手につかない。時計とにらめっこ。そしてため息。
出掛ける前にシャワーを浴びた。念入りに体を磨いていく。普段はあまり触れたくない場所。
そこも力を入れて開き、指を入れこすった。軽い痛みが走る。――よぎる不安を飲み込んだ。
もう――決めたこと。
鏡を見ながら歯を磨く。ゆっくり、やわらかく、丁寧に。
下着も洋服も小物も、全部一番のお気に入りを身につけた。
香水を振り、美希ちゃんからもらったアロマの瓶を首にかけた。
心細げに映る自分に笑顔を返す。軽くガッツポーズを取る。約束の時間だ。
「お邪魔します」
レミおばさんは外出していて夕方まで戻らないらしい。
自分の家のように馴染んだ美希ちゃんの家。見慣れた幼馴染の部屋が、まるで知らない場所の
ように感じられた。
「いらっしゃい」
美希ちゃんがハーブティーを入れてくれた。気持ちを落ち着ける効能があるらしい。
喉を通る温かさと爽やかな香りが、少しだけ緊張をほぐしてくれた。
わたしは美希ちゃんと向かい合って見つめた。そして正直に話す。全く体験がないこと。
自分でしたことすら――全然ないってこと。
昨日はとっても――怖かったんだってこと。
今日は――覚悟を決めてきたってこと。
震える声で話し終える。
美希ちゃんが立ち上がってわたしの隣に座る。そして頬っぺたをくっつけてこするようにした。
くすぐったくなって笑い声がこぼれる。
「そう、笑ってなきゃね。辛いことするわけじゃないのよ。大丈夫、教えてあげる」
くっついた頬っぺを軸に回転させるようにして唇を重ねる。自然すぎる動作に心の準備の暇も
ない。
(ううん――心の準備はもう全部済ませてきたもの)
目を閉じて受け入れる。
触れるかどうかのやわらかいキス。触れては離しまた押し当てて、徐々に力強く重ねあう。
美希ちゃんの指が、硬く握ったわたしの手を包み広げる。交差させて強く握る。
恋人握りと呼ばれる繋ぎ方だ。
緊張が途切れ、わたしの口が少し開いた。狙い済ませたように美希ちゃんの舌が挿入される。
慌てて口を閉じそうになって、また開いた。噛んで舌を傷つけては大変だ。
そのままわたしの口の中を動き回る。怖いほどの気持ちよさに腰が引ける。しかし、後ろはベ
ッドだった。
その動きが舌の裏をなぞった時、強烈な快感が走ってうめき声を上げてしまった。
今度はわたしの舌が吸われる。軽く歯を立てられてまた全身が震えた。
「はぁ、はぁ。――美希ちゃん、つらい」
「大丈夫よ、ブッキー。アタシを信じて」
口癖を使われては仕方が無い。観念してベッドに上がる。仰向けになり、両手を祈るように組
んだ。そして目を閉じて次に備える。
美希ちゃんの細く長い舌が、唇からアゴ、喉を滑って耳に上がってきた。耳たぶをくすぐるよ
うに刺激した後、そっと耳の中に差し込まれた。
「ひゃあぅ!」
訳のわからない悲鳴をあげて跳ねる体を、美希ちゃんは上手に押さえ込む。美希ちゃんにしが
みつくようにして、くすぐったさに懸命に耐えた。
まだ唇と耳だけ。なのに心臓はパンク寸前。全身が汗をかいて疲れきっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
わたしの呼吸の乱れを見かねたのか、愛撫の手を止める。浮かんだ涙も拭ってくれた。
ごめん――頑張るね。美希ちゃん。 深呼吸して、グッと歯を食いしばる。
(大丈夫、耐えてみせる。今から起こることの――全てに)
美希ちゃんが再び動き始めた。私を抱きしめる。唇を重ねてから、今度は迷わず下に降りていく。
洋服を脱がせながら舌を肩から胸の方に滑らせていく。美希ちゃんはもう、上下の下着だけだ。
双丘を迂回して、わき腹を舐められる。あまりにくすぐったくて逃げ回る。
「あはは、やだ、やだやだ、くくっ、やだやだ美希ちゃん、嫌だ、くくっ」
わたしの転げまわるのを利用して上着の全てを完全に外してしまった。――凄い。
プチン
ブラジャーも外された。ポロンと零れ落ちる二つの膨らみ。
「いやっ」
とっさに両手で隠そうとする。その手を掴まれて広げられる。
美希ちゃんの真剣な眼差しが突き刺さる。
うん、わかってる。ごめんなさい。
美希ちゃんの唇が円を描くように、螺旋状に胸の中心に進んでいく。中央の先端に届き咥える。
「あっ――つぅ――んんん」
首を振って全身をねじって快楽から逃れようとする。唇は離れてくれない。軽く咥えながら、
突起の側面を縦になぞるように舌が動く。付け根を一周してまた縦に舐めあげる。
もう片方の先端も、軽く摘んで弾いて、指の腹で撫で上げる。
動きはそれだけ。それがとても、長い、長い時間続けられた。
くねるわたしの体と暴れる四肢で、綺麗に整えられたシーツもくちゃくちゃだ。
息が苦しい。気が変になりそう。行き場の無い快楽の波が、出口を求めて全身を駆け巡る。
(つらい……苦しい……お願い――早く終わって……)
体が火照る。胸はパンパンに張り詰め、その先は痛いくらいに脹れあがっていた。
涙が止まらない。お腹の下は……もうシーツすら濡らすほどだった。
「切ない……切ないよ、美希ちゃん。助け……て、変になっちゃう」
一瞬、愛撫の手が止まった。その再開を恐れて、わたしは美希ちゃんの体に胸をギュッと押し
つけた。
荒い呼吸を懸命に整える。
「驚いた。本当に敏感なのね、ブッキーって。個人差があるとは聞いていたけど……」
なぜか美希ちゃんが嬉しそうな顔をしていた。何も楽しいことなんてないのに――。
ちょっと恨めしそうな目で睨む。
「きゃあ!」
再び愛撫が再開される。今度は胸から下に。お腹のすぐ横の敏感な部分を舌でくすぐられる。
「くぅぅぅ」
もう、力なんて入らない。そう思っていたのに、凄い力でシーツを掴み引き寄せてしまう。
おヘソに潜るように美希ちゃんの舌が動く。全身を硬直させてくすぐったさに耐えた。
「あっ――やっ――いやっ――美希ちゃん、そこ嫌っ!」
お腹から更に下がり、太ももの付け根に到達する。秘部のすぐ下、股の部分。
大事なところをわざと避けるように、左右の付け根を舌で責める。
やがて太ももに下がり、また付け根に上がる。
生えかけたばかりの茂みをかき分けながら、舌が円を描いて――迫る。
くすぐったくて、恥ずかしくて、気持ちよくて。そして――もどかしくて……。
もどかしい?
して……欲しいと思ってるんだ。
大事な部分を、さわって欲しいと期待してるんだ。私が……。
自分で見たことも無い、触れたことも無い部分を、弄って欲しいと思ってるんだ……。
綺麗だった自分は……もう……いない。
ここに居るのは、秘部を晒して濡らして悶えている――嫌らしい娘。
悲しくなって、涙が溢れてくる。嗚咽を押し殺して、枕を顔に押し付けて泣き顔を隠した。
ついに美希ちゃんの舌がわたしの秘部を捉えた。
なぞるように割れ目を往復した後、指で広げて中まで進入してくる。
核を捉えて舐めあげる。吸い込んで咥える。口の中に含んで舌で転がす。
秘部から脳に目がけて、稲妻に打たれたような快感が走る。体は喜びに震え、心は嫌悪感で塗り
つぶされる。
恥かしくて……悲しくて……気持ちよくて……そして――苦しかった。確かな苦痛も伴っていた。
「ううっ――ぐぐっ――むぅ――」
だけど、もう、抵抗する気力も何も残っていない。ただ、ただ、枕を噛んで喘ぎ声を押し殺す。
天国のような快楽? 地獄のような苦悶? どちらなのかすらわからない。
何分経ったのかもわからない。意識が遠くなったり、呼び戻されたり。その繰り返し。
快楽という名の荒れた海に、投げ出された遭難者のように、波が静まるのを気の遠くなる想い
で待ち続けた。
ビクン――ビクン――ビクン
突然、体が痙攣する。意のままにならず勝手に動き出す。それなのに、体には力が全然入らな
い。
枕を噛む力も尽きて、すすり泣く声だけが響いた。
「ブッキー、泣いているの? 辛かったの?
ごめんなさい。丁寧に、慎重にしたつもりだったの」
「違うの、違うの、違うの……」
美希ちゃんの体に抱きついて、すがりついて泣いた。落ち着いてから、ぽつぽつと話し始めた。
わたしは本当は性行為が嫌いだったってこと。その原因。それでも受け入れた理由。
美希ちゃんは何も言わず、ただずっと髪を優しく撫でて最後まで聞いてくれた。
「そう――だったの。言ってくれればよかったのに。ってわけにもいかないわよね。
優しくて、我慢強くて、主張だけは弱いブッキーだものね」
「わたし、汚れ……」
言いかけたわたしの口を、美希ちゃんが唇でふさいだ。
「ブッキーは何も汚れていないわ。アタシたちは女の子同士よ。
それに……体の反応には素直になればいいの。快楽に溺れなければそれでいいの」
プチン――シュル――パサッ
美希ちゃんが全ての下着を外した。スレンダーな、完璧な体のラインが露になる。
肌の色。張りと艶。脂肪と筋肉の見事なバランス。
女の子らしい滑らかな曲線をギリギリに維持しながらも、極限まで絞り込まれた肉体。
息を呑んで見つめた。惹き付けられた。釘付けになった。
「ブッキー、自分の目で見て感じて――。その手でアタシに触れて、愛して――。
そして、汚れているかどうかを確かめて見て」
そこから先はよく覚えていない。ただ夢中で、美希ちゃんの愛撫を思い出しながら、あるいは
指示されながら、繊細な芸術品のような肢体に手を滑らせた。口付けし、舌を這わせた。
――美しかった。
体つきも、胸も、その先も、首も、お腹も、大切なところも、何もかも。
息使いも艶があり、なめらかで。喘ぎ声までもが、清らかな歌声に聞こえた。
性に対して抱いていたイメージが上書きされる。汚いものという先入観が払拭される。
後悔の涙が、感動の涙に代わる。
わたしは汚れていない。これは汚いことなんかじゃない。
美希ちゃんに愛されたこと。そして愛してあげたこと。それを誇りに思う。
最後に、今度こそわたしの意思で、自分からキスをした。長い、長いキスをした。
(これでほんとうに、みきちゃんのおよめさんになれるかな?)
「なれるよね、きっと。わたし、信じてる」
「え、何か言った? ブッキー」
「ううん、なんでもない。ありがとう美希ちゃん」
「美希た~ん、ブッキー、遅いよ~」
「どうしたの? 美希、ブッキー。なんだか嬉しそうね」
いつもの公園。カオルちゃんのドーナツ屋さん。そしていつものクローバー。
何も変わらない、大切な仲間。大事にしたい風景。長く続いて欲しい時間。
そんな中でも変わっていくものもある。深まっていく絆もある。
ラブとせつなが一本のジュースを二人で飲んでいる。ドーナツを交互に食べ比べている。
でも、もう寂しさは感じない。わたしたちにも繋がった想いがあるから。
「秋ってもの悲しいって思ってたけど、違うね。実りの秋、そして食欲の秋。
わたし、お腹すいちゃった」
わたしは明るくはしゃいでドーナツを頬張った。喉につまらせそうになり、美希ちゃんが自分
のお茶を飲ませてくれた。
「あんまり調子にのって食べると、太るわよ? ブッキー」
「ひどい! わたしは太ってないもの。ちゃんと計算してるもの」
知ってるわよ、アタシが一番ね。そう言って悪戯っぽく笑った。ラブとせつなもキョトンとし
ながらも、つられて笑顔になった。
わたしは真っ赤になって俯いた。
今から訪れる、これまでと少しだけ違った毎日。
愛している。愛してくれる人がいる。
手を取りあって、生きて行きたいと思える人がいる。
新たなる誓いを胸に共に歩いていこう。そして、一緒に幸せをつかめるって。
――わたし、信じてる。
最終更新:2010年07月07日 22:53