ポツポツと降り出した雨は、瞬く間に滝のような豪雨となった。
そんな夏の夜だった。
コンコン―――
「せつな、起きてる?」
「ラブ?」
雨音に混じって聞こえてきた声に、読みかけの本を閉じてせつなが答えた。
「起きてるけど一体どしたの?」
「ううん。別に大した事じゃないんだけどね…」
ガチャリとドアが開き、少しハニカミを見せてラブが入って来た。
とは言うものの、今は普段の彼女ならばとうに寝ているはずの時間。
何か特別な用でもあるのだろうか。
「ホント凄い雨だよね。すぐに止むかな?」
しかし別段そんな素振りも見せる事は無く、窓の方へと視線を向ける。
そしてそのまませつなの隣に腰を下ろし、更に言葉を続ける。
「あたしね、小さい頃こういう雨がすごく怖かったな。ひょっとしたらこのまま家も町も、
全部が水の中に沈んじゃうんじゃないかって思えて、すっごく怖かった…」
当事の感覚を思い出したかのように、ラブがそっと目を閉じた。
一瞬の沈黙。静かな部屋の中に、雨音がザーと鳴り響く。
「そう…ウフフ、今でも怖い?」
「どうかな。今は平気―――かな?」
そう言って、ラブもクスリと笑った。
それから暫く二人は他愛の無いおしゃべりを続けた。
雨はその間も衰えるどころか、ますます勢いを増しているようである。
と、ふと思い出したようにせつなが言った。
「ところでラブ、なにか用があったんじゃないの?」
「え?うん。あの、えーと…」
何故だろう、急にラブの態度がはっきりしなくなった。
その様子に「?」とせつなも小首をかたむける。
「どしたの?」
「はぁ…。その、実はね…」
とその時―――どがっしゃーん!!!
爆弾が爆発したかと思うような物凄い音だった。
そういえば、さっきから雨音に混じってゴロゴロと聞こえていたっけか。
「ふぅ…」
と、気持ちを落ち着かせるようにせつなが一つ息を吐く。
けれどさすがにこんな大きなモノは予想外で、まだドキドキが静まらない。
「すごいカミナリだったわね、ラブ………ラブ?」
言いかけてそれに気がついた。
「震えてるの…?」
確かに震えていた。
おまけに多分無意識的にだろう。その指はせつなの寝間着の裾を固く握っていた。
「ラブ…もしかして、怖いの?」
「…バレちゃった?」
全身の強張りを解きながら、照れたようにラブが答えた。
裾を掴んでいた指は、今はポリポリと頬を軽くかいている。
「実は小さかった頃、雨だけじゃなくてカミナリも怖かったんだ。普通のなら
今は平気なんだけど、こういう夏の特別なのはまだ何と無く苦手で…。それで―――」
がしゃーん!!
「ひゃっ!」
再び落ちたカミナリに、ラブが今度は腕にしがみついていた。
さっきだって、本当はこうしたかったに違いない。
「ラブ…」
そんな彼女に、慈愛に満ちた表情をせつなが向ける。
「それで私の所に来たのね」
それから、そっと自らの手をラブの手に重ね合わせる。
「でも大丈夫よ」
「あ…」
そして、優しくラブを抱きしめた。
ドクドクとラブの不安な鼓動が伝わってくる。
そのリズムに、抱きしめた腕にギュッと少しだけ力を込める。
「ラブが怖くなくなるまで、私がこうしてるから」
「せつな…」
「だから絶対に大丈夫」
そうよ。断言するわ。だって私はこうされる事の温もりを知っているもの。
イースだった頃に私を抱きしめてくれたラブ。あの時は必死に否定したけど、
本当は物凄く温かくて心地よかった。
だから今度は私が―――
「…ねえせつな?」
「なに?」
「カミナリが止んでも、今夜はこのままずっとせつなのそばにいて良い?」
「ええ、もちろんよ」
「良かった…」
ドーン!
と三たびカミナリが鳴った。
だけどラブの心は、もう乱れる事は無かった。
「…大好きだよ、せつな」
「私も大好きよ、ラブ…」
その言葉とともに、一つになっていた二人のシルエットが、少しだけ動いた気がした。
雨音はいつの間にか弱々しくなっている。
多分、もうすぐ止むのだろう。
そんな、とある夏の夜だった。
最終更新:2009年09月26日 08:24