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避2-142

天から舞い降りる小さな雫が大地を叩く。

一粒では音もしない。濡れもしない。それが無数に集まって優しい音楽になったり、耳を塞ぎ
たくなるような轟音になったり。
緑に潤いを与え、地面を溶かし、河川を氾濫させる。


今日は雨。ううん、今日も雨。今日は静かな雨。
せつなは窓辺に座り、雨音に耳を澄ませる。心が落ち着くこんな雨は嫌いじゃなかった。

でも……。

カーテンを開けて暗い空を見上げる。
たまには澄み渡る青空も見てみたい。手にした物をぶら下げようとして――


コンコン


「どうぞ」
「お邪魔するね、せつな」


せつなは手にしたものに気がついて慌ててポケットにしまいこんだ。でも、ポッケの端に布が
はみ出していて。


「せ~つなっ、これなあに?」
「きゃあ! やだっ、返してラブ」


可愛いハンカチを仮縫いして作ったてるてる坊主。中には柔らかい綿が詰められていて、しっ
かりとした弾力がある。顔は小さなボタンで作られていて愛嬌があった。


「もう、恥ずかしいから返して。――おかあさんに作り方を教わったのよ」
「すっごく可愛いよ、せつな。恥ずかしがることないのに」


だって、子供っぽいでしょ。そう言いながらも嬉しそうに手の上で転がす。
そして、ラブに話す。雨は嫌いじゃない。でも、ずっと続いていると気持ちが塞ぐこともある
って。
最近はカオルちゃんのドーナツ屋さんにも行ってない。美希やブッキーと会う頻度も減ってい
て寂しかった。


「じゃあ、お出かけしようよ!」
「ええ、かまわないわ。このくらいの雨なら傘させば濡れないわね」


少し浮かれた気持ちを隠しながらせつなは準備した。荷物になるからって、一つの傘を二人で
さして歩く。






着いたのは商店街――ではなくて、デパートの一角。レイングッズの特設コーナー。

レインコート・レインブーツ・アンブレラ・レインバック。雨具という言葉が持つイメージと
はかけ離れた、美しいデザインと色合いの品々。見ているだけで心が弾んでくる。


「凄いでしょ。美希たんから教わったの。おかあさんが好きなの買っていいって」
「すごい……すごく綺麗。これ――全部雨の中で着られるのね!」


嬉しそうに試着して披露しあって。気に入ったものを選んでいく。
せつなが選んだのはポップレッドの花柄のレインコートドレスと、リボンの付いた愛らしいレ
インブーツ。
「まるで、モデルさんになったみたい」って言いながら、鏡の前でくるくる回ってみせる。
紙袋を大事そうに抱えて帰ろうとしたせつなを、ラブが呼び止める。


「待って、せつな。ここで着て帰ろうよ」
「えっ? でも、買ったばかりよ。それに――濡れてしまうわ」


言ってすぐに可笑しくなる。そのための雨具ではないかと。


「雨の日にしか、着られないんだよ。チャンス逃さないようにしなきゃね!」
「そうね、わかったわ。なんだかドキドキする」


暗い空の下でひときわ輝きを放つ二つの花。鮮やかなレインドレスに身を包んだ二人は、弾む
足取りで街を歩いた。
遠回りをして散策する。それはラブと初めて街を巡った時のコース。
人通りの少ない道を、傘もささずにのんびり歩く。体に打ち付ける雨も、なんだかこそばくて
気持ちよかった。

傘をさしていては気がつかなかった景色。雨の日にしか見られない風情。
落ちた雫の一つ一つが、弾けた瞬間に宝石みたいな輝きを放つ。
水溜りに落ちる雫が複雑な模様を描く。
濡れた木々や草花がきらきら輝く。

心配して傘を持って迎えに急ぐ人。仲良く一緒にさして歩く人。通り行く人の優しさも感じら
れて。


「素敵ね、ラブ。雨の中のお散歩が、こんなに心弾むものだなんて知らなかった」
「うん、小さい頃はレインコートすら着ずに遊んだんだよ。ドロドロになって叱られたっけ」


タハハと笑いながら思い出を話す。ラブはともかく、美希とブッキーは迷惑だったかもしれな
い。想像して、思わずせつなは笑ってしまう。






お土産にドーナツを買って帰宅した。庭の紫陽花が美しく輝いていた。


「とても綺麗。濡れている時ほど美しく咲く花なのね」
「そうよ。六月の花とも呼ばれているの。――おかえり、せっちゃん。とても似合ってるわ」


いつの間にかおかあさんが迎えに来てくれていた。三人で時間を忘れて紫陽花を見つめた。
そして、梅雨の意味を話してくれた。

大量の水は表面を滑って流れてしまうだけ。小さな粒の雨だからこそ、しっかに地面に留まっ
て、深いところまで潤いを与えてくれるんだって。
これから暑い日が続くから、草木が枯れてしまわないように、川の水が干上がらないように準
備するのが梅雨なんだって。
そして、強い日差しにそなえて人の肌や心を休める意味もあるんだって。

そう、梅雨も雨も、優しい自然の働きなんだって。






レインコートとブーツにお礼を言って、しばらく眺めてから部屋に戻った。
また、明日も着られるといいな。そんな風に思いながら。


部屋に戻っててるてる坊主を眺める。可愛らしい顔が拗ねているみたいに見えてちょっと可笑
しくなった。
しばらく考えて、さかさまにつるしてみた。


「てるてるぼうず、てるぼうす、あ~したあ~めにな~あれ」


本当はどちらでもいい。雨になればまたラブと散歩しよう。美希やブッキーも誘って。
晴れたら、思いっきり体を動かしてみたい。みんなでダンスしてもいいわね。


また一つ、見つけた幸せのカタチ。
優しい雨音が私の心に潤いを与えてくれる。

恵みの雨に感謝しながら、その夜はずっと耳を澄ませて空の歌声を聴いた。



最終更新:2010年09月27日 23:34