み-113

「せつなちゃん、今度夕涼みに行かない?」

 こう言って、ブッキーが私を誘ったのは、6月に入ってすぐのことだった。
 もちろんすぐにOKしたけど、誤解しないで。断る理由なんてないからよ。
 別に、ブッキーから誘われて、嬉しかったとかじゃないんだから。
 やだ。私、どして自分に言い訳してるのよ……。
 けど、よくよく聞いてみると、どうも2人っきりじゃなくて、4人でってことらしいの。
 なあんだ……。
 あれ?どして?何ガッカリしてるの私……。
 一体何だろう、このヘンな気持ち。
 ともかく、4人で夕涼み。夕涼みってどういうもの?何をするのかしら。
 初めてのことをするのって、何だかとっても楽しみね。



 約束の日、私とラブはお母さんに浴衣を着せてもらい、美希とブッキーが来るのを待っていた。
 隣に座るラブを、私はそっと盗み見る。
 最近、ラブは少し雰囲気が変わった。何だかとても綺麗になってきた気がする。
 こんな風にラブを変えたのは、美希なの?
 ラブと美希は、いわゆる「恋人同士」っていう関係らしい。
 もともと綺麗な美希も、近頃さらに美しさを増している様だけど……。
 そういえば、ブッキーも最近すごく綺麗になってきたような気がする。
 もしかして、ラブと美希みたいに、誰か特別な人ができたのかしら……。
 まさか!ブッキーに限ってそんなこと!
 私は思わず、首を左右に強く降る。

「どしたのせつな?」

「な、何でもないわ!」

 ピンポーン。玄関のチャイムが鳴る。

「「今晩はー」」

 玄関には、浴衣を着た美希とブッキーの姿があった。
 美希のは蒼いので、ブッキーのは黄色。すごく似合ってて可愛い。

「ピンクの浴衣、可愛いわよラブ」

「ありがと!美希たんも素敵だよっ」

 いちゃつく2人を見ながら考える。私も何か言おうか。どう言ったらブッキーは喜ぶのかしら。

「せつなちゃんも、その浴衣とっても似合ってるね」

 にっこりと私に微笑みかけるブッキー。か、可愛い……。

「……ありがと」

 やだ、何だか照れる。ちょっとぶっきらぼうな答え方だったかしら。
 誉め言葉を探していたのに、ブッキーに先を越されてしまい、何も言えなくなってしまった。

 合流した私たちは、いよいよ黄昏時の夕闇の中へと歩き出す。
 皆の行く方へ何となくついて行きながら、急に行き先が気になった私。
 誰とはなしに聞いてみることにした。

「ねぇ、どこに向かってるの?」

 いいからいいから、と美希。来ればわかるって、とラブ。

「きっとせつなちゃんも気に入るわよ」

 ブッキーまで。教えてくれないなんて意地悪ね。
 まあ、いいわ。行けばわかるんだから、おとなしく歩くことにしよう。
 薄暗いながらも見えていた景色が、少しずつ夕闇に沈んでいく。
 ラブが、持っていた懐中電灯を点けた。

「せつな、この辺からアスファルトじゃなくなるから気をつけて。もう少しだからね」

 本当ね。少し歩きにくい。でも、もう少しだから精一杯頑張るわ。
 せせらぎの音が聞こえてくる。どうやら川が近いようだ。

「さあ、着いた。消すよ」



 ラブが明かりを消した。
 暗闇になかなか眼が慣れない。しばらくすると、いくつもの淡い緑色の光が、ぼんやりと動くのが見えた。

 ――――綺麗。
 それが、眼の前の光たちに最初に抱いた想い。
 けれど、光は意思を持ったもののようにあちらこちらへ動き廻り、私はひどく焦る。

「み、みんな!この光は何?何なの?」

「これはホタルっていう虫なの」

 ブッキーが説明してくれた。

「暗闇の中で発光しながらお互いに交信して、交尾の相手を探すと言われているの」

「じゃあ光りながら恋人を探してるんだねっ!うわあ~ロマンティック!」

 そう言いながら、ラブは美希の腕にしな垂れかかる。
 暗くてあまり見えないが、美希の頬は緩みっぱなしに違いない。

 眼のやり場に困り、思わずブッキーの姿を探す。
 少し離れた場所で、何やら腕を伸ばしているブッキーの姿が眼に入った。
 彼女は何をしているのだろう?
 何か呟きながら、空中を飛んでいるホタルとか言う虫に近づいていく。

「ホ、ホ、ホータル来い……」

 次の瞬間、ホタルがブッキーの指先にそっと止まった。

「すごいわブッキー!キルンも使ってないのに」

「ホントね。わたしもびっくり」

 驚いた私に、にこにこと穏やかに笑いかけるブッキー。
 指先に止まっていたホタルは、いつのまにか彼女の頭上を飾るリボンに移動していた。
 黄色のリボンが、緑色の光によって黄緑色に彩られ、薄闇に浮かび上がっては消え落ちる。
 発光する虫たちの光に照らし出される、ブッキーの柔和な微笑。
 まるで一幅の絵のようなその光景に、私はしばらく見とれてしまっていて。



 そして、ようやく気づく。
 自分の心の動きが意味するものに。
 何故、クリスマスのあの夜、ブッキーをひとりぼっちに出来なかったのか。
 何故、ブッキーのことばかり考えてしまうのか。
 あの日。合宿先の部屋で一緒にダンスを躍り、笑い合ったあの時から、きっとすべては始まったんだ。
 始めから、ずっとずっとそうだったんだ。



 無意識に言葉が口をついて出るのを、私は意識の端っこで聞いていた。

「私も、見つけちゃったみたい……」

「え?何を?」

 ぽかん、とした表情の彼女に、何も答えない代わりにきつい抱擁を与える。
 その衝撃で、リボンに止まっていたホタルが慌てて飛び出していく。

「……せつなちゃん?」

 彼女の髪から立ちのぼる、むせ返るようなシャンプーの甘い香りが鼻孔をくすぐる。

「お願いブッキー……逃げないで。しばらくこのままでいさせて……」

「逃げたりなんか……するもんですか」

 ささやくように答えるブッキーの声は、少しうわずって震えている。
 柔らかくて温かい彼女の身体を、全身の皮膚で感じとる。
 ああ……。おかしいわ。どうしてかしら。夕涼みって、なんだかとっても熱いの。
 でも、もう少しだけこうしていたい。あともう少しだけ……。



「せつな、ブッキー、どこー?」

「ホタルも見れたし、もう帰らない?真っ暗だからアカルンでお願い」

 ラブと美希に急かされ、慌ててブッキーを放す。

「はーい、ここよ!今行くから」

 恥ずかしそうにうつむいた彼女の手をとって、優しく握る。

「行こ?」

「……うん」

 少し汗ばんだお互いの手のひら。
 最初は怖ず怖ずと、弱々しく繋がれていた手に、次第に力がこもる。
 ラブたちの声のする方へ歩くうちに、私の手と彼女の手はいつしか、強くしっかりと繋がれていた。
 今ようやく、互いを見つけ合うことができた私たち。
 もう、迷わない。



み-195
最終更新:2010年08月04日 23:08