「せつ……な……」
また、せつなを呼ぶ自分の声で目覚める。
時々見る、まったく同じ夢。
せつながあたしから離れて、遠くへ行ってしまう夢。
それは夢なんかじゃなかった。まごうことのない、現実。
あたしは確かにそれを受け入れたんだ。
お互いがんばろうねって、笑いもした。
けどそれは、ふり。受け入れた、ふり。
頭では理解していても、心では納得ができないでいる。
あたしはせつなを想う。夏になった今も、なお。
「ラブ、おはよ」
「おはよ、由美」
「放課後、昨日言ってたケーキ屋さんにみんなで行くの。七夕スペシャルパフェ。ラブも行くでしょ?」
「そうだね」
「蒼乃さんや山吹さんも誘う?」
「どーかな、ふたりとも忙しそうだから」
「そっか、残念だね」
予鈴を合図に、あたし達は席に着く。
あたしは授業に没頭する。
この春、著しく成績が下がって、お母さんは学校から呼び出しを受けた。
けど、お母さんは何も言わなかった。それが、かえって辛くて、あたしはお母さんに八つ当たりをした。
そんなあたしに、お母さんは言った。
「ラブ、せっちゃんの所に行きたいなら、構わないのよ」
「えっ……」
あたしは言葉を失った。
「ラブの気持ちくらいわかるわ。これでもあなたの母親だもの。
けど、約束して。いつかせっちゃんとまた会える日のために、自分を磨いておいてほしいの。
あなた達が再会した時、せっちゃんがもっとラブを好きになるように」
お母さん、ありがと。あたし、ちゃんとするよ。
いつか、せつなと一緒に居られるようなあたしになるために。
それからだ。あたしの成績はぐんぐん伸び、気づけば勉強が面白くなっていた。
せつなと暮らしていた頃の特訓で、基礎は叩き込まれていたらしい。
両親や先生だけでなく、美希たんやブッキーにも誉められた。
それでも、相変わらず夢は見た。
離ればなれになったばかりの頃は、毎晩のように見ていた夢。
回数こそ減ってはいたが、時々思い出したように定期的に見てしまう。
まるで彼女の居ない現実を、目の当たりにさせるかのように。
せつなの夢を見た日は、なかなか寝付けない。
朝の夢の残滓を引きずるように、ベッドの中で悶々とする。
せつなの声を、指を、舌を、あたしの身体は痛いくらいに覚えてる。
今夜もそうだった。
あたしは、パジャマにそっと触れる。
せつなのとおそろいの、ピンクのパジャマの中に、優しく手を差し入れた。
これは、せつなの指。
胸の突起を転がす。物足りない。唾で指を湿らせ、もう一度つまびいた。
これは、せつなの舌。
「ふ……」
愛しい人を思い出し、声がもれる。
胸への刺激は続けながら、もう片方の手を下着の中に差し入れる。
熱い潤いを感じ、塗り広げていく。中心に息づいた芯を、中指で左右に押しながら揺さぶる。
快感が全身に伝わってゆく。
「せつなっ!せつなあっ!」
何度も腰が跳ね上がり、あたしは果てた。
せつなを感じ、せつなをなぞる行為に夢中になった。
だから、気づかなかった。一瞬、赤い光が部屋を満たしたことに。
「はあ……はあ……」
まだ息の荒いあたしの脚に遠慮がちに触れる、誰かの細い指。
余韻に震えるあたしに生まれる、驚きと戸惑い。
その指は、ぴんと突っ張るように伸ばしていたあたしの脚を開く。
暗闇であたしの中心を探り当て、忍び込む。
馴染みのある感覚。この感じ、あたしのここは覚えてる。
愛しい指は、ノックするように抜き差しを繰り返した。
「ううっ、あん!あん!」
声を押し殺し、啼く。叫ぶ。大きくなる確信。沸き上がる歓喜。こぼれ落ち、シーツに染み込む涙。暗かった世界は、真っ白になった。
ぐったりしたあたしに、せつなはキスの雨を降らせる。
「帰ってくるなら連絡してよ……」
「恥ずかしいラブの姿を見たかったから」
「もう!」
「ふふ、驚かせた?ごめんなさい。けど連絡はできなくて。何故かメールも電話も繋がらないの。今、原因を調査中」
「今日は休暇?初めてだね、会いに来てくれるの」
「ええ。今日だけは絶対帰るって、行く前から決めてたから。ウエスターやサウラーも呆れてたけど」
せつなは楽しそうに笑った。
たくさん話した。せつなの仕事、ラビリンスの様子。
復興を最優先にするために、リンクルンを鍵のかかる場所にしまいこみ、その鍵をサウラーに管理してもらっていたこと。
復興が一段落し、いざリンクルンを取り出してみると、電話もメールもできなくなっていた。
けど、せつなはがんばれた。
七夕には帰る。あたしに会いに。そう決めていたから。
そして……。一人寝の夜のこと。あたしを想い、せつなもひとりで苦しんでいたんだ。
あたし達って、似た者同士なのかな。
「これからもっと忙しくなるの。でも、必ずまた来るわ」
「あたし、せつなが」
「待って。わたしに言わせて。いつか、いつか大人になって、ラブが自由にどこにでも行けるようになったら……ラビリンスに来てほしいの!」
「……」
「返事は?」
「……ずるい」
「何が?」
「あたしが先に言うつもりだったのになー。いつかラビリンスに、せつなの側に行かせてほしいって」
「ラブ……約束よ?」
「もちろん!せつなの側がいい。せつなの側じゃなきゃ、いやなの」
抱きしめたせつなから、想いがあふれてる。たぶん、あたしからも。
たとえ住む場所は離れてても、心は離れない。
誓いの口づけ。七夕の夜に、将来を誓い合う恋人たちのシルエット。
織姫と彦星も、きっと天の川から見てる。
あたしはこの夜を、一生忘れない。
最終更新:2010年07月07日 21:44