「わぁ…」
見渡す限りのひまわり畑。今年もここへやってきた一人の少女。
山吹色の絨毯に、心ときめいて。夏空は輝いて。
「えっと…こっちね」
導かれるように、彼女は一つ背丈の高いひまわりが咲く場所へ。
小走りに向かう様はまるで子供のよう。胸弾む思いは猛暑すら吹き飛ばして。
「あ…」
急に歩を止める彼女。その先に見据えたものは――――
「遅いわよブッキー」
「美希ちゃんがはやすぎるんだよぉ」
「あら?今年こそは負けないって連呼してたのに」
「…いじわる」
「ふふ」
ニヒルな笑みを浮かべて彼女を見詰める。心の中では〝また勝ったわよ〟と呟いて。
蒼乃美希はサングラスを外すと、祈里をそっと抱きしめた。
「元気にしてた?」
「会いたかった!!!」
「ちゃんと育ててくれてたのね」
「わたし、少し身長伸びたんだよっ!ほらっ」
「はいはい」
噛み合わない会話もそれは、祈里の心の現われ。とにかく嬉しかった。お互いに。
美希はさらに自分を向上させるため、一人四ツ葉町を離れた。クローバーは継続したままで。
誰よりもそれを応援し、陰ながら一人涙した祈里。信じる心は時に、彼女を苦しめた。
「結局こっちはまた超えられなかったわね」
「うん」
背丈が一番あるひまわりの隣には、寄り添うようにして咲いているもう一つのひまわりがある。
得てして、それは美希と祈里を映し出してるかのよう。
「もしかして水与えてなかったり?」
「そんな事しないもん」
ちょっぴり疑ってしまった彼女に、少しふてくされてみる彼女。もちろん、お互い冗談だけど。
陽射し眩しい八月。美白な彼女にはちょっと抵抗感。持参した日傘を開く。
「ブッキーも入れば?」
「無理だよぉ。それじゃちっちゃいよ」
「だと思った」
そう言って開いた日傘を閉じると、美希は祈里の手を引き大きなひまわりの葉っぱの下へと連れ込む。
「やっぱり天然の日陰は完璧よね」
「あ、毛虫さん」
「ひっ!!!」
嘘ついちゃった。そうでもしなければ抱きしめてくれないだろう、そう思った祈里のちょっといじわるな作戦。
「ブ…ブッキー…」
「よしよし」
頭なでなで。香水のいい香り。美希ちゃんの匂い。久しぶり。
もう少しこうしててもイイ?言葉にはしなかったが、美希もまた、懐かしい幼馴染みの感触を確かめていた。
少し大きくなったかも?それもまた――――アタシだけの特権ね、コレ。
「どのくらいこっちには居れるの?」
「一週間くらいかしら。近々秋冬最新コレクションのオーディションも控えてるし」
「…忙しい?」
「大丈夫よ。アナタのためなら―――」
そう言って美希は祈里の唇にそっと自分の唇を重ねた。
「うれしい…」
「祈里…」
自分がいない間、丁寧に育ててくれたのだろう、二つ並んだ特別なひまわりを見て美希は思う。
彼女を―――祈里を絶対に幸せにしてあげようと。無限大の優しさと可愛らしさ。
それに負けない美貌と希望を兼ね備えた時、伝えたいメッセージがある事を。
「美希ちゃんお腹空いたでしょ?」
「あ、お弁当持ってきてくれたの?」
「うん!」
祈里のしあわせは彼女を想う事。思いやりも気配りも優しさも全部、ぜーんぶ美希のため。
そう思えたら不思議と苦手だった早起きも克服出来た。その成果がこれだったりする訳で。
会えない時間は、彼女たちを一回り成長させたのかもしれない。それが半年でも。
その間の互いの想いは、もしかすると、この二輪の花だけが知っていたりして。
晴れの日も、雨の日も。暑い日も、寒い日も。地にしっかりと根を据えて、この日を待っていた。
大事にしてくれる人がいるから。
大切にしてくれる人がいるから。
短い夏を存分に楽しんで。ひまわり畑のみんなが、彼女たちを祝福していた。
寄り添う二人は本当に〝幸せ〟を感じながら。
爽やかな八月の風が―――二人の少女とひまわりたちを抱きしめた。
~END~
最終更新:2010年08月07日 21:26