避2-222

「わぁ…」
見渡す限りのひまわり畑。今年もここへやってきた一人の少女。
山吹色の絨毯に、心ときめいて。夏空は輝いて。

「えっと…こっちね」
導かれるように、彼女は一つ背丈の高いひまわりが咲く場所へ。
小走りに向かう様はまるで子供のよう。胸弾む思いは猛暑すら吹き飛ばして。


「あ…」
急に歩を止める彼女。その先に見据えたものは――――

「遅いわよブッキー」
「美希ちゃんがはやすぎるんだよぉ」
「あら?今年こそは負けないって連呼してたのに」
「…いじわる」
「ふふ」
ニヒルな笑みを浮かべて彼女を見詰める。心の中では〝また勝ったわよ〟と呟いて。
蒼乃美希はサングラスを外すと、祈里をそっと抱きしめた。

「元気にしてた?」
「会いたかった!!!」
「ちゃんと育ててくれてたのね」
「わたし、少し身長伸びたんだよっ!ほらっ」
「はいはい」
噛み合わない会話もそれは、祈里の心の現われ。とにかく嬉しかった。お互いに。



美希はさらに自分を向上させるため、一人四ツ葉町を離れた。クローバーは継続したままで。
誰よりもそれを応援し、陰ながら一人涙した祈里。信じる心は時に、彼女を苦しめた。



「結局こっちはまた超えられなかったわね」
「うん」
背丈が一番あるひまわりの隣には、寄り添うようにして咲いているもう一つのひまわりがある。
得てして、それは美希と祈里を映し出してるかのよう。

「もしかして水与えてなかったり?」
「そんな事しないもん」
ちょっぴり疑ってしまった彼女に、少しふてくされてみる彼女。もちろん、お互い冗談だけど。


陽射し眩しい八月。美白な彼女にはちょっと抵抗感。持参した日傘を開く。
「ブッキーも入れば?」
「無理だよぉ。それじゃちっちゃいよ」
「だと思った」
そう言って開いた日傘を閉じると、美希は祈里の手を引き大きなひまわりの葉っぱの下へと連れ込む。
「やっぱり天然の日陰は完璧よね」
「あ、毛虫さん」
「ひっ!!!」

嘘ついちゃった。そうでもしなければ抱きしめてくれないだろう、そう思った祈里のちょっといじわるな作戦。
「ブ…ブッキー…」
「よしよし」
頭なでなで。香水のいい香り。美希ちゃんの匂い。久しぶり。


もう少しこうしててもイイ?言葉にはしなかったが、美希もまた、懐かしい幼馴染みの感触を確かめていた。

少し大きくなったかも?それもまた――――アタシだけの特権ね、コレ。



「どのくらいこっちには居れるの?」
「一週間くらいかしら。近々秋冬最新コレクションのオーディションも控えてるし」
「…忙しい?」
「大丈夫よ。アナタのためなら―――」
そう言って美希は祈里の唇にそっと自分の唇を重ねた。

「うれしい…」
「祈里…」
自分がいない間、丁寧に育ててくれたのだろう、二つ並んだ特別なひまわりを見て美希は思う。
彼女を―――祈里を絶対に幸せにしてあげようと。無限大の優しさと可愛らしさ。
それに負けない美貌と希望を兼ね備えた時、伝えたいメッセージがある事を。

「美希ちゃんお腹空いたでしょ?」
「あ、お弁当持ってきてくれたの?」
「うん!」
祈里のしあわせは彼女を想う事。思いやりも気配りも優しさも全部、ぜーんぶ美希のため。
そう思えたら不思議と苦手だった早起きも克服出来た。その成果がこれだったりする訳で。


会えない時間は、彼女たちを一回り成長させたのかもしれない。それが半年でも。
その間の互いの想いは、もしかすると、この二輪の花だけが知っていたりして。

晴れの日も、雨の日も。暑い日も、寒い日も。地にしっかりと根を据えて、この日を待っていた。
大事にしてくれる人がいるから。
大切にしてくれる人がいるから。

短い夏を存分に楽しんで。ひまわり畑のみんなが、彼女たちを祝福していた。
寄り添う二人は本当に〝幸せ〟を感じながら。



爽やかな八月の風が―――二人の少女とひまわりたちを抱きしめた。

~END~
最終更新:2010年08月07日 21:26