み-205

外に出た瞬間、
蝉の声に包まれた。

強い日差しがが照り始めているが、
空気はまだ涼しさが残っている。


深呼吸し、体を軽く伸ばしてから
走り出す。

帰ってきた四つ葉町での夏休みは、
眠る時間すら、もったいない。


朝の空気が、気持ちいい。

体が、徐々に軽くなる。



角を曲がる。

前を走る人影が
目に入った。


青のジャージ。

まとめた青い髪。


追いつく。

「おはよう、美希」

「あら、おはようせつな。どうしたの?」
「朝の空気が気持ちいいから、走ることにしたの」


「ラブは...って、どうせまだ布団の中でしょうね」
「ふふっ」



四つ葉町公園に向かう道を
並んで走った。

少し、ペースを上げる。

私の方が、
少し前に出た。

美希がすぐに追いつき、
少し前に出る。

私も追いつき、
少し前に出る。

また、美希が追いつき、
少し前に出る。


みるみる、ペースが上がる。



全速力に近い速さで、
四つ葉町公園に飛び込んだ。

広場の真ん中に、
同時に走り込む。

ふたりとも、その場に
へたりこんだ。

息があがっている。


「...相変わらずね、せつな」

「美希だって...」


顔を見合わせる。


同時に吹きだし、
声を上げて笑う。

また息が苦しくなった。



公園の門から、子供達が
たくさん入ってきた。

「何?」
「あ、来た来た」

美希が立ち上がり、
子供達に向かって手を振る。


「みんな、おはようー!」
「おはようございまーす!」

「何なの、美希?」
「ラジオ体操よ。アタシお手本役なの」


子供達の前に、美希が立つ。

「今日、一緒に体操する、
 せつなお姉ちゃんでーす!」

いきなり、紹介された。


「ちょ、ちょっと待っ...!」
「お手本2人居た方がいいからさ。付き合ってよ」

「でも、急に...」

「よろしくお願いしまーす!」

子供達の歓声と、拍手。


断れなくなった。



美希の横に立つ。

「お手本だから、動きをはっきりね」
「ええ、わかったわ」

音楽が始まる。

体育の授業でやっていたのを
思い出した。

音楽に合わせ、みんなで
体操を始める。


伸ばす。

曲げる。

止める。


ひとつひとつの動作を、
しっかりと行う。

額に汗が滲んできた。

体の筋が、伸ばされる感覚。

体が、ほぐれていく感覚。

子供達も、私と美希を見ながら
動きを合わせている。


しっかり、やらなきゃ。



深呼吸の音楽に合わせて、
ゆっくり、息を整える。

「はい、これお願い」

美希が筒状のものを
渡してきた。

かわいい絵柄の、スタンプ。

美希と一緒に、子供達の
カードに、スタンプを押す。


「はい、お疲れさま」
「すごいわ、お休み無しね」

自然に、笑顔で声をかけている
自分に気づいた。


笑顔の子供達を見て、
私もつられて笑顔になる。


元気をもらうって、
こういうことなのかも知れない。



美希と一緒に、
歩いて帰る。


「助かったわ。ありがと、せつな」

「美希、毎朝やってるの?」
「無理矢理、頼まれちゃってね」


口調とは裏腹に、美希は
なんだか嬉しそう。


「私も、一緒にやっていいかしら?」
「もちろん。大歓迎よ」


美希の家の角で、別れる。


「それじゃ、また明日」
「寝坊しないでよね、せつな」


冗談で、手を上げる。

美希が、大げさな動きで逃げる。


笑い合う。


今日も、いい日になりそう。
最終更新:2010年08月11日 07:48