並んで歩く美希とせつな。ふたりの髪に、ひらりともみじが舞い降りる。
「すっかり秋ね。ちょっと寒いくらい」
「今年は特にね。ごめんね、せつな。付き合わせちゃって」
「みんな喜んでくれるといいわね」
「ちょっと細工してあるしね、きっと大丈夫よ」
美希が包んで手にしているのは手作りのクッキー。
ハロウィンのイベントに参加した時に、お菓子が足りなくなってしまい次の約束をさせられたのだとか。
親の都合で、美希は小学生になってからも園の世話になることがあった。
世話と言っても、親の迎えを待ちながら手伝っていた感じだ。おかげで先生達も、今でも娘のような感覚で接してくれる。
「いらっしゃい、美希ちゃん。そちらの方は?」
「こんにちは。友達のせつなです。よろしくお願いします」
「東 せつなです。初めまして」
園長先生に案内されて教室に向かう。お絵かきの時間だった。
待ち望んだお客さんの訪問。たちまち園児たちにもみくちゃにされる。
「ね~ね~おねえちゃんたち、モデルさんになって~」
「しょうがないわね、いいわよ」
「私も? 私なんかでいいのなら」
「ぬーどぬーど!」
「これかして~、キレイ~~」
「こらっ、服引っ張らないの。どこで覚えるのよ、そんな言葉……。
イタタ、イヤリング引っ張るのやめなさい!」
「美希は人気者ね」
「おねえちゃんもきれい~」
「じょうずにかけなかったらごめんね、おねえちゃん」
「いいのよ、みんな頑張ってね」
「なんで、せつなの周りにはおとなしい子が集まるのよ……」
美希が祈里ではなくせつなを誘った理由。それは、せつなに子供との触れあいを知ってほしかったから。
邪気の無い、純真無垢な心と触れ合う喜びを教えたかったのだ……が。
「あはははは、こらっ! くすぐるのはやめなさい!」
「だって。すました顔より、わらった顔のほうが好きだもん」
「おねえちゃん、かっこつけすぎだしね~」
「くっ……アタシのモデル仕込みの完璧な表情とポーズが……。
せつなも笑ってるんじゃないわよ!」
お絵かきが終わり、ぐったりボロボロの美希と、ニコニコ楽しそうなせつな。
三時のおやつの時間になる。美希が今日の訪問の目的、とっておきのクッキーをオーブンに入れる。
軽く生焼きにして冷やしておいた生地に再び熱を入れる。
短い時間で焼き上がり、一気に焼くより美味しい特別な工夫の製法だ。
動物の形をした、たくさんのクッキー。ドライフルーツが散りばめられ、カラフルで見た目も美しい。
「あったか~い。やわらか~い」
「かっわい~おいし~~」
『ありがとう、せつなおねえちゃん!』
「って、作ったのはアタシ……」
「じょうだんよ、ミキおねえちゃんだいすき!」
「わたしたちからもプレゼント!」
さっき描いたばかりの似顔絵を手渡される。顔を寄せて美希とせつなが微笑みあう。
あっという間に帰る時間になってしまった。楽しい時間は短く感じるって本当だと思った。
「さあ、お歌のお時間ですよ。お姉ちゃん達と一緒に歌ってからお別れしましょう」
『は~い』
先生がピアノで伴奏を始める。そして合唱する園児たち。みんなと手を繋いで一緒に歌う美希とせつな。
画家が見たらきっと描きたくなるような、二人の美しい少女の微笑み。
やがて、そのうちの一人は翳りを帯びて瞳を潤ませる。もう一人は引きつって面白顔になって、やがて涙ぐんだ。
それは、一心に自由を望んだ歌。富も名誉もいらないから、自由な空に飛んで行きたいと願う歌。
背中に鳥のような真っ白な翼をつけて、高く――――高く――――悲しみの無い世界に羽ばたきたいと訴える歌。
「素敵な歌。そして悲しい歌ね。私には、この歌を作った人の気持ちがよくわかるような気がする」
「いいけど……なんでアタシは最後までこんなオチなのかしら……」
「先生~どうしておねえちゃんたちは泣いてるの?」
「さっ…さあ……。きっとみんなと別れるのが寂しいからじゃないかしら……」
ぐったり肩を落とした美希を慰めながら、保育園のみんなに手を振るせつな。
美希も本当に落ち込んでるわけじゃなくて、最後にはみんなで笑ってお別れした。
綺麗で、颯爽としてて、何でも出来て。一見非の打ち所がないような完璧な美希。
でも、実は気さくで、おっちょこちょいな一面もあって、そして、とても優しくて面倒見がいい。
そんな美希と、親友と呼び合える関係になれたことをせつなは誇りに思う。
「ありがとう美希。今日はとっても楽しかったわ。私のため、なんでしょ?」
「えっ? いや、まあ、その……。ほら、アタシって完璧だから」
「なあに、それ」
お互いに顔を覗き込んで、そして吹き出す。
冬の到来すら感じさせる冷たい秋風も、心の温まった二人には心地良く感じるのだった。
最終更新:2010年11月06日 00:10