「もう11月ね……」
せつなはベランダに出てため息をつく。吐息が白く染まる。
秋から冬に移り変わる季節。今年は特に寒いのだとか。
毎日が穏やかで充実した日々。不満なんてあるはずもないけれど……。
夜空を見上げる。冬が近づくとともに雲が増え、滅多に星が見えなくなった。今日も同じ。
細く欠けた三日月だけが、雲の合間から顔を覗かせていた。
ラブの部屋の方を見る。既に電気が消えていた。風邪気味だとかで早く寝たのだ。
またため息を付く。秋は人恋しい季節なんだって祈里が言っていたのを思い出した。
うんうん、って頷いてたラブと素直に聞いていた自分。そしてもう一人、「アタシは平気よ」ってすました
顔をしていた親友を思い出す。
無性に会いたくなった。今――――すぐに。
自分のワガママに呆れそうになる。人はどこまでも貪欲で満たされることを知らない。明日も会えるの
にと思う。
「キィ――」
突然リンクルンからアカルンが飛び出した。嬉しそうにせつなの周りをクルクルと回る。
「もう、突然びっくりするじゃない。そう、あなたも会いたいのね?」
「キィ――」
「じゃ、こっそり押しかけて驚かせちゃいましょ」
せつなとアカルンは赤い球体に包まれて、光の速さで飛び立った。
せつなは軽やかに着地する。ここは美希の部屋。目を閉じてたってわかる、素敵な香りが教えてくれる。
美希はベランダにいた。艶やかな美しい髪が部屋の光を反射してキラキラと輝く。
パジャマにスリッパ。寝る前の一番気を抜いた時ですら、まして後姿ですら、美希の美しさは人の目を
惹きつけて離さない。
ちょっと悔しくなってイタズラしてみたくなる。
あの格好では寒いはず。掛けてあったカーディガンを手にそっと忍び寄った。
「これでしょ?」
「ひぃぃぃ」
「うるさい」
「あ、あんたねぇ……」
美希は始めはびっくりして、その後ぽかーんとして、そして嬉しそうな顔になって。最後には照れ隠し
に怒りだした。
「大体、人の家に急に現れるとか犯罪行為なの。わかる?」
「キ…キィ…」
「アカルンをイジメないで!かわいそうでしょ」
「アタシはせつなに言ってるのよ!」
「それなら平気よ。美希以外には絶対にしないから」
「アタシが平気じゃないって言ってるのよ!」
「本当は嬉しいクセに」
「なっ!そ、そんな事……」
「美希が月を見つめるなんて、寂しい時くらいでしょ」
「はいはい、もうわかったわよ。その通りその通り」
美希が笑顔を取り戻してせつなに座るように促してきた。笑顔といっても苦笑の類だけど、友達に会え
て嬉しくないはずもない。
お茶を入れる美希の様子を穏やかな目でせつなが見つめた。
常に自分に高いハードルを架している美希は、滅多に弱みを人に見せることが無い。突然押しかけた
ことは申し訳ないと思うけれど……。
こうして慌てたり、驚いたり、恥ずかしがったり、怒ったり。素のままの美希と触れ合える時間は貴重
だった。
(本当は嬉しいクセに)
誰にいった言葉やら。可笑しくなって忍び笑いした。美希が目ざとく見つけて問いただしてくる。
なんでもないって手を振ってごまかした。
自分こそ、寂しくなってアカルンの好意に甘えたクセにと思う。
同じ時間にベランダで夜空を見ていた。正直になれないところも、強がりなところも、本当によく似て
いると思う。
お互いに寂しい過去を持つもの同士。心は三日月のように欠けて満ちることがない。
そんな寂しさを埋めあうように、今夜は一緒に眠ることにした。
「ところで……なんでアタシが下で寝るのよ」
「私、ベッドじゃないと寝れないから」
「床はこの時期冷たいんだけど?」
「じゃあ、ベッドに入れてあげてもいいわ」
「素直に一緒に寝ようって言えばいいのに」
「フンだ。そっちこそ」
満たされない二人の満ち足りた夜。お月様とアカルンだけが静かに見守っていた。
最終更新:2010年11月14日 00:10