「たまーにくるあの〝一喝〟…きくんだよねぇ」
「まだ覚えてるの?」
「そりゃそうだよー。美希たんだけだもん、あたしにビ・ン・タするの」
「ゴメンゴメン」
あの時の償いを。そう思って美希は、とある場所へとラブを誘っていた。
こうしてラブと二人っきりで街へ出歩くのも、何だか久し振りのようで。
いつも元気で明るい彼女を見てると、中々気付かない事がある。
(ラブってカワイイ)
そんな彼女に流れであったとは言え、頬を叩いてしまった。
以前にも酷く落ち込んでいたラブを〝一喝〟した経緯がある。
「損な役よね…」
「んぁ?なんか言った?」
「うぅん、何でも」
クレープを頬張る彼女はいつものラブ。そんな姿を横目に美希は思う。
邪気と無邪気は紙一重なのだと。
人間は決して強くはない。無論、それが14歳の少女なら尚更だと。
沢山の経験をした。絶望もあった。けど諦めなかった。
幼き思い出が時に彼女を苦しめた。嘆き、自分を戒めた。それでも光は降り注いだ。
そこに居合わせた自分もまた、奇跡の立会人。〝一喝〟する権利はあって当然なのかもしれない。
「で、美希たんどこいくのさ」
「イイとこよ。イイとこ」
「あたしまだクレープ食べれるよ?」
「アンタねぇ…少しはこう浸りなさいよ、アタシと一緒に居る事を」
「あ、生クリームついちゃった」
まるで子供。あぁ、これこそが無邪気な姿なのだろう。これが桃園ラブと言う生き方。
そんな姿にどこか憧れがあるのかもしれない。蒼乃美希の人生にはまだ、こう言う生き方は存在しないのだから。
秋色に染まった街路樹。向かうはショッピングモールの一角。
美希のスケジュール表にはこう記されていた。
クレープをごちそうする→しっとりお散歩→ショッピング(おもちゃ屋さん、ファンシーショップ、薬局)
「おー!美希たん今日はあたしとデートなのー!!!」
「やっと気付いたの…。アタシって一体…」
「っておもちゃ屋さん?」
「そ。まずはうさぴょんの新しいお洋服を探しにね」
嬉しかった。
本当は全てを察知していた。
陰ながらいつも自分を支えてくれる彼女。
優しくて厳しくて、強い子。
普段は恥ずかしいから中々言えない。だから〝たん〟を付ける。
どちらかと言えばお姉さん。あたしは言う事を聞かないおてんばな妹。
けどいつしかあたしがリーダーみたいになっちゃって。ほんとは嫌だったんだ。
支えてもらうよりも、甘えたい。それが本音。あたしはまだまだ子供でいたいんだ。
ファンシーショップでは色取り取りな糸やボタン、ラメやビーズを購入した。
残念ながら二人は裁縫は苦手な分野。それでも素材やアイテムを選ぶ事の方が上回った。
うさぴょんの喜ぶ姿やシフォンへのプレゼント。あるいはタルトにどんなおめかしをしちゃおうかとか。
そこに居た二人の少女はとても幸せそうな表情をしていた。
それと。
考えてみればプリキュアに変身してからコスチュームのケアをしてなかった訳であり。
優れた機能を持ち合わせてるこのシステムも、時にはメンテナンスも必要と思っていた。
キャプテンならではの発想かもしれない。リーダーがピーチならば、ベリーはキャプテン。
一喝する時もあればまとめ役にもなり、支え、そしてフォローする。とても大切な役目であろう。
「いいのかなぁ、こんなに…」
「任せなさいって。ママのカード、ゴールドだもの」
「わはー!初めて見たよー!」
「で、お次は…と」
向かった先は薬局。
これが何故、デートコースに組み込まれたか。
「あのー、美希たん???」
「どうかした?」
「薬局なんか行ってどうすんの?」
「しらばっくれてムダよ」
「な、なんのことでしょうか・・・」
傷だらけの指。絆創膏も無理やりはがした感が残っていた。
さらに―――
ダンスレッスンでは一人、別メニューを与えられていた。
感の鋭い美希にはそれが何を示しているのか、容易に察する事が出来た。
(無理しすぎてるのよね)
恐らく体はボロボロなのだろう。そんな姿を仲間には見せたくない。
知っているのは差し詰めミユキさんぐらい。せつなにも祈里にも、
あるいは親にも伝えてないはずだ。あまりにもそれでは痛々しすぎる。
ならばせめて、美希が出来る事を・何かしてあげたいと思った行動がこのような結果になったと言えよう。
「たっはー、やっぱバレてたかー」
「あら、アタシはまだ何も言ってないわよ?」
「う・・・」
何でもお見通し。それは常に、一緒にいた仲だからこそ出来る物だったりして。
ラブは隠し事を出来ない性格。それは時に、自分自身を痛みつける結果にも繋がってしまう。
と、同時に痛みのわかる子にも成長している。どこまでも真っ直ぐで、どこまでも純粋な子。
「手のキズでしょ。後は戦いで出来たキズ。打ち身とか捻挫はしてない?アザとかは?」
「ぅー…」
「正直に言いなさい。でないとまた〝一喝〟するわよ」
「ひぇ~」
何言ってんだかって思うよ。あたしだけじゃないじゃん。
先頭に立って敵に突っこんで行くのはもう一人、ほら、ここにさ。
ラブは渋々、傷ついた箇所を美希に伝えるとふとため息を漏らした。
自分一人でおもちゃの国を救った訳じゃない。みんなの力、みんなのハートがあったからこそなんだ。
あたしだけ特別扱いはダメなんだよ。それに、戦いはまだまだ続くんだ。
―――こんな傷なんて―――
「美希…」
「ン?」
「帰ろう」
「えっ―――」
「ちょ、ちょっと」
「いいから!」
半ば強引に手を引っ張り、ラブは美希と共に店を後にした。
ただひたすら、歩き続けて。
何も考えず、ただひたすら。
心配してくれるのは誰だって嬉しい。
でも―――
特別扱いじゃダメなんだ。
同じ目線、同じラインじゃないと。
桃園ラブ=キュアピーチ=キュアエンジェル
一人の人間。同じ人間。
あなたの隣にいるのは、紛れもない、昔からの幼馴染み。
ドジでおてんばでおっちょこちょいで。
そうだよね?―――美希
「もう、アタシのプラン台無しじゃないの」
「…そんなことないよ」
「全く。ラブには毎度毎度、神経使っちゃうわ」
「ごめん…」
歩みを止めたと同時に出た言葉。美希の胸の奥がチクっとした瞬間だった。
「じょ、冗談よ冗談!もうラブは変なトコでマジメになっちゃうんだから」
「それだけ真剣に考えてるんだ。美希があたしに気を使わせちゃってるんじゃないかって」
「ラブ…」
「なーんてね!さっ、カオルちゃんのドーナツでもたべいこーよ!」
「キャッ!ひっぱりすぎだってば!」
言葉に偽りは無かったはず。あの表情は、あの時と一緒だった。
アタシ、何してるんだろ。ラブに…何してるんだろ。
ラブの背中が物凄く、大きく見えた瞬間だった。
自分を押し殺してでも相手を敬う。尊重する。その気遣い、心配り。
全てが揃った時、それはラブの最大の武器となる。
―――優しさ
この子となら絶対に世界を平和にする事が出来る。それもたくさんの愛で。
ブッキーやせつなもそう思ってるに違いない。
………先手必勝かも。
「早食い競争しよーよー」
「何言ってんのよ。アタシはモデルよ、モ・デ・ル」
「へぇ~、知りませんでした」
「…怒るわよ」
「べーだ」
「ちょっとコラー!」
走り出す彼女に、遅れを取る訳にはいかない。
美希も感じ取っていたのだ。同じラインに立って、進もうと。
今までも―――これからも―――その先も
もう〝一喝〟は出来ないかもしれないけど。
「カオルちゃーん!ドーナツ全部ぅぅぅ」
「あのー、カードって使え…ないよね…」
~END~
最終更新:2010年11月18日 22:29