「それでね――――って、聞いてる? 美希ちゃん」
「はいはい、聞いてるわよ。ほら、お砂糖が口にくっついてる」
ふたりきりだからって、油断しないの! って軽くたしなめる。
美希の細い指が祈里のくちびるを撫でるように滑り、それを掬い取った。
「ごめん。ありがとう」
「どういたしまして」
真っ赤になる祈里。それはお行儀の悪さを恥じたからではなくて――――
以後は慎重にドーナツを千切って口に運んだ。
そんな幼馴染を、美希はやさしく見つめた。
そう、幼馴染。
祈里と美希とラブ。まるで性格の違う三人は、それぞれ足りないものを補う理想の関係だった。
いつでも一緒。特に誰と誰の仲が良いなんてこともなくて。
三人で一緒にいるのが一番楽しかった。
せつなが、現れるまでは――――
突然現れたその子に、吸い寄せられるかのようにラブは親しくなっていった。
自分たちの絆に勝るものなんてない。そう信じていただけに、二人には少しショックですらあった。
今では四人、それが当たり前になった。美希も祈里も、昔からそうであったようにせつなを受け入れている。
でも、変わったのは人数だけじゃない。
まるで体の一部のように、ラブはせつなを傍らに置いて離そうとしなかった。だから、自然と祈里は美希と過ごす時間が長くなる。
その頃から、祈里は美希のことを特別な存在として意識するようになった。
ドキドキするような、不思議な気持ちが込み上げてくるようになった。
いつも、大切な人が隣にいてくれる幸せ。せつながクローバーに運んできた、それは新しい関係の始まりだった。
「ねえ、美希ちゃん。これからお仕事でしょ。わたしも見に行っていいかな?」
「えっ、その、今日は……やめといたほうがいいかも……」
「迷惑……かな?」
「いや、そうじゃないんだけど……ラブもせつなもいないし、見てるだけじゃ退屈だし」
「なんだ、わたしのことなら平気。じゃあ見学させてもらうね」
「あう……」
読者モデルのお仕事。美希が一番輝く瞬間。
それを目にする喜び。その友達であることの誇らしさ。祈里はわくわくしながらその瞬間を待った。
お茶目な可愛らしさを内に秘めつつも、大人びた雰囲気を兼ね備えた美希は特別な存在だ。
その活躍はジュニア誌に留まらず、リアルファッション誌やメンズファッション誌のゲストにも声がかかるほどだった。
今日は、そんなメンズ誌のゲスト。カップリングの撮影だった。
高校生モデルだろうか、美希より頭一つ高い身長。綺麗という表現が似合うほどの甘いマスク。
そんな男性が美希とお揃いのコーディネートでコンビを組む。
腕を組んだり、見つめ合ったり、抱きつくようなポ-ズまであった。
ゾクリ――――と暗い感情が、見学していた祈里の胸に沸きあがる。
(なに――――これ。なんだか……きもち悪い)
ひとことで言うなら不快。ただ、その理由がわからなかった。
きもち悪い? 何が? 相手の子? 違う、相手の男性は見るからに素敵な人。
見惚れるくらい、美希とのツーショットは絵になっていた。
(そうか――――きもち悪いのはわたし自身なんだ……)
嫉妬と呼ぶにはあまりにもくだらない。
相手は男の子。女の子の友達である自分とは何もかもが違う。
比較なんて意味が無い。この場限りの関係であることもわかってる。
(素敵な女の子の美希ちゃんには、やっぱり素敵な男の子こそがお似合い)
頭では理解していたこと。いつかはそんな日が来ることも承知していたはず。
それを目の前に突きつけられた。ただ――――それだけのこと――――
「ごめん、わたし――――帰る……」
そう一言だけ告げて、祈里は席を立った。美希の顔も見ることができなかった。
返事を聞くのを怖れるように、逃げるように走り去った。
とぼとぼと帰り道を歩む。自己嫌悪に陥る。
きっと美希は気にしただろう。何もあんな態度を取らなくても帰ることはできたのに……。
(大人になんて、ならなければいいのに……)
心にもないことを想う。それは懸命に夢を追いかけてる美希にも、自分にも失礼なこと。
(このまま――――バラバラになっていくのかな)
ラブにとって、一番大切な人ができた。その時から、自分にも一番大切な人ができたんだと思った。
いつか、美希にも一番大切な人はできるのだろう。もう、三人で一枚の葉っぱではないのだから。
そして、その相手は自分じゃないかもしれない。そんなの当たり前のこと。
美希が進もうとしてる道は、煌びやかで、華やかで、耀かしい世界。
大勢の人の視線を一身に集めていくのだろう。大勢の人と知り合って、囲まれて過ごしていくのだろう。
むせかえるような人間関係の奔流。そこには無数の出会いがあり、別れもあるのだろう。
引っ込み思案で、この街でひっそり生きていく自分とはかけ離れた存在。
(どうして――――ずっと一緒にいられる、みたいに思ってたんだろう)
いつかは――――自分も男の人と……。
想像して、ぞっとする。そんな気持ちにはとてもなれなかった。
女子校に通ってるから。男子に免疫が無いから。それもあるだろう。でも、それだけじゃない。
美希よりもカッコよくて、頼りがいがあって、優しく包んでくれる人。
そんな人はどこにもいない。いるはずがない……。
女の子だから好きになったんじゃない。
初めて好きになった人が、最高の人だっただけ。
たまたま女の子であっただけ。幼馴染として出会っただけだった。
「美希ちゃん……嫌だよ……」
「何が嫌なの? ブッキー」
「きゃああああ!」
「きゃあ、じゃないわよ、全く。こんな場所で女の子が暗い顔してたら、悪い人に狙われるわよ」
「美希ちゃんお仕事は?」
「もうすんだわよ。これでも急いで追いかけてきたんだから」
だから、来ない方がいいって言ったのに。美希はぼやきながら祈里の頭を撫でた。
どこまで、お見通しなんだろう。祈里はそう不思議に思いながらも、なんだか暗い気持ちが薄れていくのを感じていた。
半ば強引に勧められて、美希の部屋に寄っていくことになった。
「お待たせ。ちょっと紅茶にブランデーを入れてみたの。ママには内緒よ」
「ありがとう。いただきます」
あたたかい部屋。あたたかい紅茶。そして薫るブランデー。
何より、美希とふたりっきりの空間。
心も体もぽかぽかと温まっていく。 どうして悩んでいたのか、何が寂しかったのかわからなくなるほどに。
「だからね……」
美希は言い訳を続ける。あのモデルさんとは初対面だってこと。
他にも男性のモデルと一緒に仕事をしたことはある。その後、誘われたこともあったけど、ちゃんと全部断ってるって。
けんめいな語り草に、祈里は可笑しくなってくすくすと笑い出した。
「何がおかしいのよ……」
ちょっとむくれながらも、祈里が笑顔を取り戻したことで美希も安心した様子だった。
「いけない! 今日はママが講習会で遅くなるんだった。アタシ、夕飯の買い物してくるわ。ブッキーはどうする?」
「うん、ちょっとお酒がまわっちゃったみたいなの。少し休んでから帰るね」
「そっか、ごめん、ブランデー入れすぎたかな。アタシのベッド使ってもいいわよ」
「ありがとう、美希ちゃん。行ってらっしゃい」
美希を見送ってから、ポツンと一人部屋に残った。やることがなくて、また紅茶に口をつける。
(あれ……わたし、何をやってるんだろう。飲んだらもっとまわっちゃうのに……)
ぼんやりした頭で考える。そして、また紅茶を口にしてからフラフラとベッドに歩み寄った。
(美希ちゃんの……おふとん。美希ちゃんの……良い匂いがする)
体を滑らせるようにして、祈里はベッドにもぐりこんだ。すっぽりと上から掛け布団をかぶる。
羽根布団の柔らかさと温かさ。そして、布団から、シーツから、枕から薫る美希の匂い。
なんだか、祈里は美希に抱きしめられているような気分になった。
(ほんとうに、ここに美希ちゃんがいたらいいのにな……)
もぞもぞと動いて、強く枕を抱きしめる。
でも――――枕は抱き返してはくれない。
ギュって……してほしい。そしてギュって……したい。
これって、いけないことなのかな、と思う。
心の中を探っても、昼間の嫉妬のような暗い感情は見つからなかった。
自分が動物を抱きしめたり、さすったりすることと何の違いがあるんだろう。
触れ合うことで感情を伝え合うのは、なにも人と動物の間に限らないのではないだろうか。
「んっ……」
枕の弾力が気持ちいい。
布団の柔らかさが気持ちいい。
でも、気持ちいいのは顔だけだった。後は洋服が邪魔をして、何も感じ取れない。
(じゃあ、脱げばいいよね)
ぼんやりした頭でそう決断する。何も間違っていない。何の疑問も起こらなかった。
布団の中で苦労して、一枚づつ脱いではベッドの下に落としていく。
はしたないとは思ったけど、たたむ気力はなかったし、シワになるのも嫌だった。
下着姿になる。肌と布団がこすれあう感覚が心地良い。でも――――
一番敏感な部分が布地に覆われている。それが、なんだかもったいないような気がした。
プチン。
ホックを外し、上をはだける。後は最後の一枚。
体を丸めるようにして、それも剥ぎ取った。
(気持ち――――いい)
着替えとお風呂以外で、ハダカになるのは初めてだった。
開放感と安心感。恥ずかしくて、でも、不思議に嬉しくて。きっと、自分の布団じゃ味わえない感覚なのだろう。
嬉しくて、くるくると寝返りを打つ。お布団とシーツはそのたびに敏感な部分を刺激する。
そして、動くたびに鼻をくすぐる美希の残り香。
(気持ち――――いい)
ジンと、体の奥が熱くなっていく。
ツンと、胸の先が尖っていくのがわかる。
キュっと、大事な場所が持ち上がるような気がする。
なんだか、じっとしていられなくなって、両方の太腿をこすりあわせる。
膝を交互に、曲げたり伸ばしたり。まるで布団の中で歩いているみたいに――――
(こんなことしちゃ――――いけない)
いけない? どうして?
自分の体を触るのに、誰の許可が必要なんだろう。
そっと、胸に手を伸ばした。
「うっ……んっ……」
下から上に。中から外に。円を描くように胸をまさぐっていく。
同学年の子よりも、少しだけ大きな胸。ひそかに誇らしい部分をやわらかく揉んでいく。
胸の奥から生まれる、じわっとした快感の波が下腹部に降りていく。
膝をすり合わせる動きが更に加速する。その動きから生まれた快楽は、今度は胸へと昇っていく。
「あっ……くっ……っ……ふぅ……」
体は火照り、呼吸は荒くなっていく。胸だけでこれなら、先っぽなんて……。
恐れに似たものを感じながらも、そっとその頂に指を伸ばす。
ビクッっと体に走る電流のような鋭い感覚。そして、下腹部に感じる締め付けられるような感覚。
「あっ、あっ、あっ」
体を痙攣させながら、それでも刺激を続ける。先が尖りすぎて痛くなってきて、その周囲に愛撫を移す。
突起に指が触れるか触れないかのギリギリの刺激。くるくると指を回すたびにあえぎ声がこぼれる。
そして、下から上に撫で上げるようにまた頂に昇り、指の腹でくすぐってからまた降りていく。
胸から広がる快楽の渦。出口を求めて下腹部に降りて、また昇る。声となって体の外に出ようとする。
それでも耐えきれなくなって、膝を抱えるように体を縮める。
両方の指でキュッときつく先端を摘んだ。それがスイッチとなり、体中に渦巻いていた快楽が一所に集まり脳まで昇りつめる。
「ん……くぅ……ぃ……くぅ――――!」
丸まった体がピンと伸びる。そのままのけぞるようにして弓なりにしなる。
足の指が裏返り、下腹部は収縮を繰り返した。
(胸だけで……いっちゃった……)
荒い息を整えながら考える。
(何を? ここは美希ちゃんの部屋。だったら考えることなんて美希ちゃんのことしかないはず)
よくわからない結論を付けて、再び手を伸ばす。
「っ……はっ……んっ……くぅ」
一度達して敏感になった肌。胸の先から、さっき以上の快楽が生まれる。
でも――――今度は下がいい……。
「あぁっ! っ……ぁ……っ……」
割れ目を撫でただけで、頭の先から足の先まで快楽の波が通り抜ける。
切なくなって、やっぱり胸にも手を伸ばす。
繋がっている。上も、下も、足の爪先から髪の毛の一本に至るまで、体は繋がっている。
そんな当たり前のことを、初めて発見したような気持ちになりながら愛撫を続けた。
「っ……はっ……んっ……」
右の指は丹念に両の胸の敏感な部分を往復する。
左の指は割れ目をまさぐり、隠れた芯に到達する。
直接触れないように、包皮の上からこすり上げていく。
「あっ……はっ……あっ――――くぅぅ――――」
いきそうになる感覚を懸命にこらえる。限界まで我慢して、そして――――
その時だった。
「ただいま~早かったでしょ。って――――」
「きっ…………きぃやぁぁぁああああ――――!!」
ベッドの下に散らばっている衣服と下着。
乱れたシーツと半ば跳ね除けられた掛け布団。
そこで震える、一糸纏わぬ姿の祈里。
美希は言葉を失う。頭の中で凄まじい速さで状況の分析が行われる。
祈里の脳が異常を察知して正常に動き出す。
アルコールが押し流され、現在の状況を、自分のやったことを把握する。
(わたし――――どうして――――なんでこんなことを……)
頭が冷えて、そしてゾッとした。
逃げ出したくなったけど、自分はハダカのまま。
服を探して着るのに、どのくらいの時間がかかるのだろうか。
いっそ、今ここで死んでしまいたいとすら思う。
見ないでって、言いたかった。
出ていってって、言いたかった。
でも、ここは美希の部屋。自分にそんな資格はなくて……。
ただ、激しい後悔と恥辱に呑まれて泣くことしかできなかった。
「ブッキー。あなた――――」
硬直から解けて、美希が近寄ってくる。祈里は全身を恐怖で強張らせた。
小さくなれと思う。うんと小さくなって、なくなってしまえばいいと思う。
精一杯体を縮めて運命の瞬間を待つ。
きっと軽蔑された。汚らわしいと思われた。
あたりまえだ。自分だって逆の立場ならきっとそう思う。
どうしてこんなことを。――――自分の部屋でだって数えるほどしかしたことがないのに……。
どんなに後悔しても、今さらなかったことにはならない。
絶望の刻が訪れる。
美希の手が祈里の体にかかり――――
そして――――抱きしめられた。
「大丈夫。大丈夫だから落ちついて」
「えっ……? 美希……ちゃん?」
「アタシのせいよ。お酒効かせ過ぎたわね。落ち込んでるみたいだったから、つい、ね」
「わたし……わたし……」
そこから先は言葉にならなかった。
ずいぶん長い間泣いてから。ぽつぽつと話しはじめた。
美希が好きだってこと。お友達じゃなくて、恋愛対象として。
今日は寂しかったってこと。いつか、自分の側からいなくなっちゃうんじゃないかって。
恥ずかしいから、今まで言えなかったこと。
嫌われるかもしれないから、口にできなかったこと。
でも、もう平気だった。これ以上――――恥ずかしいことなんてないから。
これ以上嫌われるようなことなんて、あるはずもないから。
「ごめんね、美希ちゃん。嫌いになったよね?」
「馬鹿ね……。もっと好きになったに決まってるでしょ」
優しい表情。慈しむような、穏やかな美希の微笑み。
その言葉の真意を知りたくて、口を開こうとして――――塞がれた。
それは初めてのキス。たどたどしいけど、長くて甘いキスだった。
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……………………………………
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………………………………………………
そこから先は、恥ずかしくて日記にも書けなかった。
でも、書かなくたって一生忘れないと思う。
多分、一度きりの繋がり。深く愛しあった大切な記憶。
全てが終わった後、布団の中で美希がささやいた言葉。それだけ記した。
「アタシは女の子よ。だからブッキーと、永遠の愛を誓うことはできないわ」
「うん、わかってる」
「そしてブッキーにも、そんな風に自分を縛り付けてもらいたくないの」
「うん……」
「でも、ブッキーはアタシの初めての人で。そして、これからもずっと大切な親友だから」
「うん……それでいい。ありがとう、美希ちゃん」
いつもの学校の帰り道。わざわざ遠回りをして、会いに来てくれた美希に祈里が駆け寄った。
「ねえ、美希ちゃん。今日もお仕事でしょ。わたしも見に行っていいかな?」
「えっ、その、今日は……やめといたほうがいいかも……」
「美希ちゃん……。また、やましいことするんだ」
「ちょっと! 人聞きが悪いわね。やましいのはブッキーのほうでしょ」
「ひどい……。それは言わない約束なのに」
「あぁ、ごめん、つい。そうだ! ギャラでドーナツおごるから、ね?」
「三つなら許してあげる」
「二つにしておきなさい、太るわよ?」
少しにらみあって、そして吹きだした。
じゃあ、今日はお砂糖いっぱいまぶしたのにしよう。
また口につけて、そして――――
幸せな妄想に胸を膨らましながら、美希と共に歩いていく。
将来のことに不安はあるけど、まず、今を一生懸命に生きようと思った。
そうすれば、きっと今より素晴らしい関係が築けると信じて。
大丈夫よね? 美希ちゃん。
ずっと仲良しでいられるって、わたし―――信じてる。
最終更新:2010年11月28日 21:42