普段通りの放課後。いつもと変わらないカオルちゃんのドーナツ屋さん。
違うのはせつなの様子。上品な仕草は見る影も無く、ガツガツとやけ食いのようにドーナツを頬張る。
「機嫌悪そうね、せつな。何かあったの?」
「何でもないわ……」
ジロリとせつなの視線が動く。滅多に見られないキツイ表情。それは昔よく見た誰かに似ていた。
隣には困った顔のラブがいて……。恐る恐る事情を話し出した。
「今日はイースのフィギュアの発売日だったの」
「言わないでったら!」
美希はそれでなんとなく事情を察した。
ラビリンスとの決着がついて以来、姿を見せなくなった幹部のことが噂になっていた。
週刊誌はあることないこと書きたてる。写真集が売られたり人形が商品化されたりと、まるでアイドル扱いだ。
その人気はプリキュアに匹敵し、特にイース関連はそれを超えるほどであった。
「アタシたちは一体づつなのに、せつなはもう三体目なのね」
「せつなちゃん、おめでとう」
「めでたくないわよ! なぜかクラスの男子がみんな持ってたし」
「それは嫌かも……」
「嫌らしい目でジロジロ見て」
「凄い精巧よね。アタシも生々しいと思ったもの」
「どこ見られたの?」
「太ももとか、む……って言えないわよ!」
「その後、学校の先生が叱ってくれたんだけど」
「なんだ、良かったじゃない」
「家に帰ってからじっくり見なさいって……」
「それはもっと嫌……」
フィギュアの注意書きには男の子用と書かれている。男の子なのに人形を買う。せつなにはその感覚が理解できない。
女の子の遊びとは異なる目的を示すように、扇情的なポーズとリアルな体のラインが再現されていた。
「気にしない気にしない。女の子は見られることによって美しくなるのよ」
「気になるわよ! それに――――イースなのよ」
「それがどうかしたの?」
「するでしょ! この街の人に酷いことをしてきたのよ。どうして馬鹿騒ぎできるの?」
「損害は国が保障してくれるし、みんな気にしてないのかも?」
「お金の問題じゃないわ」
「きっと、イースは本当は良い子だって伝わったんだよ」
「そうそう、ノーザなんて綺麗だったけど写真一枚すら売られてないし」
「それは年……もごもご、美希ちゃんひどい!」
隣のテーブルに高校生くらいの男の子達が腰をかける。その手にはイースのフィギュアが握られていた。
せつなはうんざりして席を立とうとした。また○ももの話でも始まるのだろうか。
「お前も買ったのか。可愛いよな、いや綺麗だよな」
「ああ、でもなんだか泣いてるようにも見えるんだ。この子、死んじゃったのかな?」
「プリキュアがそんなことしないだろ。今頃故郷で笑ってるさ」
「だといいな」
赤く切れ長の瞳。鋭く冷酷な表情。一見はそう見える。
でも、よく見れば悲しげで、そして寂しげで。なんだか泣いているようにも見えた。
表情の中に内面まで封じ込める。その造形は技術というよりも芸術に近かった。
数枚の写真からこの人形を作ったという。心まで写真に封じ込める技。心まで立体に再現する技。
この世界の匠の力は恐ろしいと思う。
写し、創造し、再現する。彼らの手によって伝えられたイースの心は、優しい四ツ葉町の住人の理解を得ていた。
「良かったね、あたしの言ったとうりでしょ」
「敵わないわね。この街の人には」
「ね、せつな。あたしはイースも好きだよ」
「嬉しいけど、フィギュアを買った言い訳にはならないわよ」
「ぎくっ! なんで知ってるの?」
「口からでまかせよ。それよこしなさい!」
「やっぱり……イース残ってるのかも?」
「何か言った!」
「なんでもない。じゃあ、変な遊びはしないから許して」
「するつもりだったのね! もう許さないから!」
「アタシたちも持ってるなんて」
「言えないね」
美希と祈里は顔を見合わせて笑った。
せつなはイースであった自分に別れを告げた。そして、精一杯新しい自分を生きようとしている。
でもイースは確かに居たから。自分自身に認めてもらえないなんて悲しすぎるから。
代わりに、自分達が愛してあげようと思った。
一体の――――人形とともに。
最終更新:2010年12月18日 18:52