昨日から降り続いた雪のせいで一面銀世界。知っているはずの景色も初めて見るものに見える。
さく、さくとブーツが音をたてる。後ろを振り返ると足跡ができていて、ぴょんぴょんと重さをつけて足跡を増やした。
面白い
「積もってよかったね」
声のした方を見ると、私ににっこり微笑む人物と目が合った。
蒼い瞳は白い世界で私を導く光のようで、また暗い底なしの世界にいざなうような深さを持っている。彼女自身は雪に対してさほど興味はないらしく、私を待つためだけにゆっくり歩いている。
「四季があるっていいよね」
白い吐息を吐きながら彼女は言った。
春、夏、秋、冬。気候すら管理されているラビリンスにはなかったもの。こちらの世界にきてとても感動した。移り変わる景色は興味深く、秋は彼女に誘われて紅葉を見につれていってもらった。
その時の彼女はすごく穏やかな表情だったと思う。
「美希は冬が嫌いなの?」
無表情で歩き続ける彼女、美希に問いかけるとキョトンとしたあと苦笑してごめんねと謝られた。
「つまらない顔してたよね。ごめんなさい。嫌いというか……思い出すから」
パパのコト、と美希は言った。
離婚した美希のお父さんは今は弟の和希君と暮らしていると聞いたことがある。ただ、和希君とは今も会うが父親とは離婚以来会っていないとも言っていた。
「何を?」
普通なら聞かない方がいいことはわかっている。それでも私は問いかけた。
美希は顔をしかめたが、私が引き下がらないのでため息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「パパが出ていった日のコト。あの日も今日みたいに寒くて雪が積もってる時でさ、和希が泣きわめく声とパパが荷物を車に詰めこむ姿を見ながらあたしは立ち尽くしてた。ただぼーっとね。泣いてもどうにもならないってわかってたから。でもさぁ……車が走り去った後、地面にあたしのものじゃない足跡と車輪の跡がついてて。それ見たらなんか、悲しくなっちゃって。一人で泣いて……。暫くしたら新しい雪が少しずつ積もってきてて、それが和希やパパのいた証を消してくみたいですごく寂しかった」
美希は震えている。きっと先ほどより鮮明に思い出してしまったのだろう。
私の中で小さい美希が耐えるようにぼろぼろと涙を流している。地面に落ちてゆく涙は、雪に受け止められ吸収され消える。美希の思いは何にも受け止められることはないのに。
私はそっと美希の手を握った。お互い冷たく温かさは感じない。それでも、私は強く強く握る。
「過去は忘れることも消えることもないわ。例えそれが嫌な思い出でも」
美希はハッとして私を見た。私はにこっと笑って続ける。
「私がイースだったこともそう。忘れたくても消したくてもそれはできない。でもね……」
私はもう一度後ろを振り返った。そこには私と美希の足跡が続いている。
「悲しい思い出を胸に抱きながら、楽しい思い出を刻むことはできる。私はそれをあなたたちから教わったの」
だから今はこうして笑っていられるでしょう。
沢山泣いた。悔やんだ。悩んで悩んで自分の存在さえ否定しようとした。
それでも笑いかけてくれる人がいる。そばにいてくれる人がいる。それはとてもとても幸せなこと。「美希には私がついてる」
ありがとう―――
涙声で彼女が呟いた。
泣けばいいのにとも思ったが口には出さない。完璧少女はきっとこれ以上弱い自分を見せることを恥ずかしがるから。
だから俯く彼女の頭をぽんぽんと撫でてあげた。
そして、私は周りを見て人がいないことを確認する。
「思い出作り」
「え?」
美希の頬に手をそえ、背伸びをして、淡いピンクのグロスが光る唇に触れるだけのキスをした。
「行こっか」
真っ赤になってしまった美希の腕をとり、私はまた音を立てて歩き出す。さく、さくと一歩ずつ感触を確かめながら。
ラブとブッキーも呼んで今できる楽しいことをいっぱいしよう。
冬に美希が悲しいコトばかり思い出すことがないように。
蒼い瞳でこの雪景色を見て、楽しく笑えるように。
END
最終更新:2010年12月19日 23:57