み-630

「美味しくないわ」

またかと祈里は思う。
言葉を発した本人はフォークを置いてため息をついた。それが相手を挑発するとわかっていてやるからタチが悪い。

「っ、だったら食べなきゃいいでしょう」
「ごめんなさい。まだお世辞というものを理解してなくて、言葉を選べないの」

さらに爆弾を投下するか。
にこりと笑ったせつなを見て今度は祈里がため息をついた。
美味しくないと言われたカップケーキを作った美希は、綺麗な眉をぴくぴくとひくつかせている。

「でも正直に言った方が今後の美希の為にはなるわよね」
「だからって、もうちょっと言い方ってものが」
「謝ってるじゃない」
「っ――――」

美希は顔を真っ赤にして、可愛くラッピングされていた残りのケーキを乱暴に手にすると勢いよくごみ箱に捨てた。
ばさりと音がしてごみ箱のかさが増す。

「まあまあ美希たん。あたしは好きな味だよ」

ラブが入ったことで美希の怒りは一旦おさまった。祈里は甘すぎるかなと思うケーキを食べながらせつなを見る。この二人が衝突するのは一度や二度じゃなく頻繁に起こる。
しかも、だいたいせつなが吹っ掛けて美希が怒るというパターンだ。
祈里、ラブとは喧嘩など起こさないので、祈里は一度せつなに聞いてみたことがある。
なぜわざわざ挑発するのか、と。
せつなはただ一言、わからないと言ったので解決にはならなかったが。


外も暗くなり、皆帰り支度を始めた。
美希はかけてあったコートを一人一人に手渡す。

「せつなのこの服、美希たんが選んだやつだよね」
「そうね」
「美希は服のセンスはいいから」

棘のある言い方だが美希は何も言い返さなかった。
表情だけ強張らせてせつなにコートを渡す。

部屋をラブが出て、せつなが出て。祈里は部屋を出ようとして何気なく見たテーブルの変化に気づいた。

「あれ、せつなちゃん……………ううん、なんでもない」

祈里はせつなの皿を見て微笑んだ。
そこには何も残っていない。ただフォークが乗っているだけだった。紅茶もしっかり飲みほされている。

「美希ちゃんご馳走さま。またケーキ食べたいな」
「うん、またね」

美希も気づいたのか、複雑な顔をして祈里に挨拶する。
玄関をでると、祈里はせつなに話しかけた。



「また作ってくれるって。よかったね」
「そう。美味しくないのに」
「どんなにまずいもの作っても食べてくれる人がいるからね」
「……………」
「私にも一つくれる?そのポケットに入ってるケーキ」

祈里は罰が悪そうな顔をするせつなを見てくすくす笑った。
いつごみ箱から拾ったかわからないが、ラッピングしてあるから中身は大丈夫だろう。
せつなは膨らんだポケットからケーキを祈里の手に置いた。
ほんとに一つしか渡さないから、あとは自分で食べるのだろう。
祈里は顔に似合わずにやりと笑ってありがとうと言った。

「せつなちゃんは今小学生なんだね」
「どういうこと?」

好きな子をいじめる小学生男子みたいとは教えてあげない。
変に意識しだして、この面白いやり取りを見れなくなってもつまらないから。
自分で気づけばいいと思うあたり私は意地悪なんだろうか。

「美希ちゃん最近紅茶ダージリンばっかり出すよね。私アールグレイ好きなんだけどな」
「そうなの?私は今のが好きよ」
「だろうねぇ」

きっと次のケーキはもっと美味しくなっていることだろう。
それに合わせる紅茶はやっぱりダージリンで。

「なんだかちょっとだけ寂しいかな。娘を取られるような……」
「どういう意味?」
「ブッキー、せつな遅いよー」

前方からラブが大声で二人を呼ぶ。祈里とせつなは早足で駆け寄った。

「お待たせーごめんね。ラブちゃん、私の好きな飲み物は?」
「胸やけしそうなぐらい砂糖一杯の甘いアールグレイとフルーツジュース、後キャラメルマキアートとか」
「正解」
「へへー、もっちろん。好きな子の飲み物ぐらい覚えてるよ」
「そうなの?」

せつなはへーとラブに感心した。
祈里はその様子を見て微笑む。

「せつなちゃん意外とぬけてるからね」
「もう、ブッキーさっきからなんなの」
「なんでもない」

祈里は二人の手を取って歩き出した。


当分はこの関係でいいと思う。

「好き」という気持ちに気付かない二人と
「好き」をLikeでしか表現しない二人。

一歩進めば確実に四人のバランスが崩れる。
そんな日はいつか来るだろうけど、今じゃなくていい。
繋がりにこだわる私たちではきっと対処できないから。
少し、もう少しだけ大人になったら、きっと新しいカタチを受け入れられる日がくると思うから。



END
最終更新:2011年01月03日 19:21