2-216

せつなちゃんがミシンを教わりたいと言ってきたのは、
ダンス合宿が終わって数日たったある日のことだった。

あの合宿でせつなちゃんと本当の友達になった私は
もちろん二つ返事でOK。

約束どおりうちにやってきたせつなちゃんを部屋に招き入れた。

「うん、そう。そこを押さえて」
「ここ?」
「そうそう。最初はゆっくりね」

たたたたた、と子気味よいミシンの音が響く。

練習として二枚の余り布を縫い合わせながら、せつなちゃんは呟いた。
「ミシンって凄いのね。」
その目は好奇と、少しばかりの感動が見て取れる。
「慣れてくると、色んなものがつくれるようになるわよ」
「本当に、凄いわ」
ミシンの針を見詰めるせつなちゃんの横顔は、小さな子どもみたいに無邪気で。
この世界をまだ知らない彼女のキャンバスに自分が一つ色をつけていることが嬉しくって。

たたたたた。

ふっとその音が途絶えた静寂に




私は思わず、せつなちゃんにキスをした。




正気を取り戻すのは早かった。
唇と唇が触れ合った瞬間には、何しているんだという意識が頭を一気に染め上げる。
自分から不意打ちのようにキスしておきながら、
私はせつなちゃんの身体を振り払うように身を離した。
「ごごごご、ごめんね!」
顔を隠すように体ごと後ろに向けて、唇を両手で覆う。
ほのかに残るせつなちゃんの体温や柔らかさを守るように。
頬が、熱い。

「う、ううん…」
滑稽にどもる私の言葉に、せつなちゃんもぎこちなく返した。
小さな部屋を満たす沈黙。
湛えるのは気まずさと、動揺。
せつなちゃんは真っ赤な顔をしてるに違いない。
そして私も。
でも彼女に背を向けている今、それを確かめる方法が思いつかなかった。
振り返ることは簡単だけれど出来ない。
今せつなちゃんの顔を見たら、
どきどきうるさい心臓がいよいよ破裂しちゃいそうだから。

『友達なんじゃなかったの!?』

私が私に問いかける。
焦った私が、焦った私に。
自分の声に『友達だよ』と即答することが出来ないのは、なぜ?
私とせつなちゃんは、プリキュアの戦士で
ダンスチームの仲間で
学校は違うけれど、掛け替えのない友達。
そう、友達、のはず。

友達――。

その言葉が何故だかとても痛くて。
胸がぎゅっと締め付けられて。
一瞬だけ、息が止まりそうになって。
知らず溢れた涙が、一筋頬を伝って。

「…ブッキー」

せつなちゃんの声に、私は現実に引き戻される。
でも、声を出すことが出来ない。
口から零れるのは言葉になり損ねた吐息ばかり。
「えと…私、もう帰るわね」
今日はありがとう。
そう付け加えて、せつなちゃんは私の部屋を出て行った。
――あぁ、そうか。
慌しく遠のいていく足音を聞きながら、私はようやく知る。
私は、せつなちゃんに、惹かれているんだと。
彼女のことを、友達とは違う意味で好きなんだと。

つい先程まで側にいた愛する人の残り香を抱きしめるように、私は自分の肩を抱く。
季節は夏。それなのに、震えている自分。
「やっぱり、嫌われちゃったかなぁ…?」
涙がまた一筋、頬を流れた。
最終更新:2009年10月03日 21:41