眩しい光が注がれた。
輪の中から見えた物は、目一杯の青空と輝く太陽。
絵に描いたような風景に和む少女が一人。
容姿端麗な彼女は空を見詰め、ふいにドーナツを空に掲げた。
立春を迎え、三連休最後の日。公園には沢山の家族やカップル、子供たちが
賑やかしく楽しい一時を過ごしていた。
そこに花を添えるかの如く、カフェテラスに映える美少女。
久し振りにここへやって来た。あの時と変わったのは、ドーナツショップが
カフェテラスに進化している事ぐらいで。それ以外は全く変わらずに。これが
四ツ葉町の良い所でもあったりして。
「もう一年か―――」
ぽつりと呟く。時が過ぎるのはあっと言う間、とは思わない。けれど、彼女にとっては
何だかとても、早く感じてしまった。
アイスティーを少し飲んで、ストローを何気なく、くるくる回してみる。
この一年は学業もそっちのけで、ひたすらモデル業に専念してみた。
夢への序曲。そんなカッコイイ台詞、自分には似合わないかもしれないけれど。
集中出来た一年だったと思う。それは同時に、大人への成長をも意味していて。
「何やってるの、美希」
不思議そうに、くるくる回す仕草を覗き込む彼女、東せつな。
風貌はあの時のまま変わってなくて。さよならを言わず、帰郷したあの時のまま。
「久し振り、元気してた?」
「えぇ、私は相変わらず。美希は?」
「アタシはね―――」
振り返ってみると、〝思い出〟が無いのに気付く。それは何を意味していたのか、容易ではあった。
いつも四人でいた頃とは違い、それぞれの夢へと歩を進めた結果がそうさせてしまった。後悔ではなくて。
言葉の語尾を濁して、美希は話題を切り替える。
「あれ?ラブと一緒じゃないの?」
「それがね、ラブったらもう―――ほら」
せつなが指差す方向には、袋一杯詰め込まれたドーナツを抱えた少女が千鳥足でこちらへやって来る。
「っとと.....」
桃園ラブ。彼女もまた変わらぬ存在。特に美希の中では、心の支えになっていた人物と言っても過言では無い。
「買いすぎよラブ。それじゃまた太るわよ」
「たまにはいーじゃんか。あたし美希たんみたいなスタイル目指してないもーん」
「あのねぇ…。アタシは―――」
「せつなこれこれ!まだ食べた事ないでしょ!おすすめなんだ、このクリームとか!」
「美味しそうね。あ、こっちは何?ほら、美希も食べるでしょ」
マイペースな彼女に毒されてしまった彼女。これもまた、あの時と変わってないのかもしれない。
「ありがと。で、ラブ。少しはミユキさんの力になれてるの?」
「まぁまぁかなー。努力は人一倍、二倍、三倍、四倍…」
「精一杯って事でいいのよね?」
「たっはー!さっすがせつな!愛してるよー!!!」
ライバル。美希はあえて、ラブを同じ芸能界へと誘った。モデルとダンサー、職種は違えど環境は一緒だと踏んでいた。
余計なお節介かもしれない。けれど、自分にはラブが〝こちらの世界〟に合っていると思った。
それは昔からの、幼馴染みとしてのフィーリングが導き出した答えなのかもしれない。
彼女の努力はミユキから聞いていた。有言実行も嘘では無かった。そんな彼女の姿がとても誇らしくて。眩しくて。
「美希?ねぇ美希ってば?もうさっきから何か変よ」
「んぁ?おーい美希たーん。食べないならあたし食っちゃうよー」
「あ、うん...」
「どれどれ?お熱ないみたいだけど」
「体温計持ってるでしょブッキー」
「あ、ちょっと待ってね。お薬もあるよ?お腹どう美希ちゃん」
「大丈夫」
「相変わらずそのカバン便利だねー」
「―――誰も突っ込まないのね」
せつなの一声が場をさらに和ませた。遅れましたとぺこり、頭を下げる彼女山吹祈里。白衣がとても似合っている。
「で、ほんとに大丈夫?美希ちゃん忙しいからね」
「ごめんごめん、アタシぼーっとしてた」
「くすくす。ラブちゃんとせつなちゃんが仲良すぎるからじゃない?」
「私何もしてないけど?」
「あたしせつなの事大好きだけど?」
「ぷっ…」
「笑う所じゃないわよ美希」
「わたしこのドーナツだいすき!」
「でしょー」
祈里が加わる事で戻るあの頃。あの時を思い出す。四人で一緒にいたあの頃を。
手と手を繋ぎ、共に歩み、共に踊った。時には涙して。
四葉のクローバーは形を変え、ドーナツのようなリングに成長していったのかもしれない。
巡り巡れば、巡る時。必ず四人はまたこの場所に戻ってくると。
「わたし、実はね…」
祈里がカバンの中から出した箱。それは可愛い、黄色のリボンが付いた箱。
ラブ、美希、せつな、それぞれに渡していく。
「もしかしてコレのせいで遅れちゃったり?」
「うん」
「言ってくれればアカルンで迎えに言ったのに」
「悪いよアカルンちゃんに」
「芸が細かいねぇブッキーは」
「ラブちゃん、芸って」
「ちなみにアタシもね。ブッキーには負けないわよ?」
「あら。私だって精一杯頑張ったわよ。この日のためにね」
「わはー!ありがとみんなあたしのためにぃ~」
「え?ラブちゃんは…」
「ん?あたしはこれから家で作るよ?みんなも来るでしょ!」
「あんたねぇ...」
賑やかな会話は終始、笑顔を絶やさぬ事なく続けられた。
明日は女の子の大切な日。
バレンタインデー。彼女たちの絆を深める日でもある。
今日はその前夜祭でもあり、美希にとっては本当に久し振りの〝思い出作り〟だったりする。
「さっき何考えてたの美希たん」
「チョットね」
「美希のそう言う時って、感慨に耽ってる時だったりするわよね」
「まぁね」
「何か悩み事あるの美希ちゃん」
「うぅん、そうじゃなくってね」
そう呟くと、美希は再びドーナツを空に掲げた。
「何が見える?」
「眩しくてわかんないよ」
「太陽と青空」
「―――未来」
「ブッキー、完璧」
「なーんだ、そんな事かー」
「ちょっとラブ何その顔」
「ラブちゃん!」
「どうしてチョコ側から覗き込むのよ…」
「あっちゃあ...」
彼女たちの世界。それは誰も邪魔する事の出来ない世界。管理されない世界。
祈里が口に出した未来。それは誰も予想出来ないけれど。
メビウスの輪はドーナツの輪となって、クローバーの元へとやって来た。
覗き込めば、ほら―――幸せがあなたの元へと
おわり
最終更新:2011年02月14日 00:06