「風邪ひくわよ」
窓を開けてイースがベランダに出る。
声をかけられた人物はまだここを動く気はないらしく、にやりと笑ってイースの服の袖を掴んだ。
「涼しいから」
「美希……普通に寒いわよ」
文句を言いつつイースは美希の隣に並ぶ。
時刻は夜中。
森の中にある屋敷を照らすのは月明かりだけだった。
「まだここにいるの?」
「ねぇ」
質問には答えず、美希はイースを見る。
「なに?」
「ちゅーして」
「嫌よ」
静寂の中くすくすと笑い声が響く。
美希はイースの銀色の髪を一房掴むとくるくると指で弄ぶ。
「いっつもしてるのにね」
「……………」
イースは眉を寄せ美希の手を取るとそっと髪から離した。
つまらなそうな顔をして大人しく美希は手を下ろす。
「イースはあたしのこと好き?」
「そうね」
「つれないなぁ」
イースは無表情な顔でしな垂れかかっていた美希と距離をとるが、強い力で美希がそれを許さない。
「何をそんなに怒っているの?」
「別に……」
イースの手に、美希は自分の手を絡め、相手の冷たい指の温度を感じながら微笑を浮かべる。
首筋に柔らかいものが当たる。
イースは平静を保とうとするが、それを嘲笑うように美希の舌はイースの理性を削り取っていく。
「ねぇ……なに」
美希が触れた場所、イースの身体が朱く染まっていく。
イースの拒む手が緩んだ隙に、服を少しはだけさせ肩を出す。
「相変わらず綺麗ね」
何度見ても変わらぬ美しい身体。つーっと滑らかな線にそって指をはわすとびくっとイースが身じろいだ。
「寒いってば」
「あー、はいはい。流石に風邪ひかせたくないし中入ろうか」
ぱっと美希はイースから手を離すと、部屋の中にすたすたと戻っていく。
あまりにあっさりとした対応にぽかんとしていたイースだったが、来ないのと促され慌てて部屋に戻る。
「おやすみ」
美希はベットに向かうとそそくさと毛布に包まりイースに背を向けた。
今までケンカしたことは何度かある。しかし、ケンカと言ってもちゃんと理由があって話し合って。
どんなにイースが拗ねたり怒ったりしても、美希は決してイースを突き放すことはなかった。
「ねぇ、私何かした?」
理由がわからないからなおさらもどかしい。
「なんでもないってば」
さっきよりもとげとげしい言葉で返されてしまった。
溜息を一つついて、イースは美希の隣に腰を下ろす。
いつもなら優しく抱きしめてくれる腕が今日はない。イースは今だ外にいるような寒気を感じ美希の背中にくっついた。
自身の腕を美希の身体に巻き付けると美希は身じろいだが、イースはぎゅっと抱きしめる。
「ごめん」
「何が?」
「何もわかってあげれてないから」
「…………あー、もう。ごめんなさい」
美希はくるっと向きを変え小さな声で謝った。
イースは美希の髪を優しく梳く。
「私のせい?」
「イースのせい………………バレンタインが憎い」
「は?」
思わずイースは間抜けな声を出してしまった。
自分が原因だろうとは予想していたが、その次の答えは予想外だった。
「えっと、バレンタインって好きな人にチョコを贈る日なのよね?恋人だったり、友達だったり……」
イースの言葉にぴくっと美希が反応を示す。
「そうね。好きな人に……まぁ友達とかもだけど、そうだけど、そうなんだけど」
「美希?」
ぶつぶつと一人で喋っていた美希は名前を呼ばれはっとイースを見る。
「イースが……」
「私が」
イースはごくりと息をのむ。
「イースのチョコケーキで300グラムでぶった!!」
かくんとイースはよろける。
身体中を一気に脱力感が襲った。
「太ったって……それくらい、ああ、だからバレンタインが?」
「モデルにとったら大問題よ!!美味しいから食べ過ぎちゃったし!」
「……………」
「なに?」
「もーーー、よかったぁ」
「やっ、ちよっと」
イースは美希にがばっと抱き着く。
もしかしたら嫌われてしまうことをしてしまったのではないかと焦っていた自分が微笑ましい。
「…………あんな態度とってごめんなさい」
美希もイースを抱きしめる。
付き合うようになって幸せが増えた分、付き合っていなかったころにはなかった『恋人』という関係が壊れるのがとても怖くなった。自分が美希の行動に一喜一憂し、振り回される。
「大好き」
「え、ああ、うん。あたしも」
言葉で思いを伝えて、絆を確かめる。
こんなにも曖昧なものを大事にしている自分が可笑しくなった。
でも曖昧だからこそこんなにも欲してしまうのかもしれない。
イースは美希におでこをくっつけくすくすと笑った。
その様子を見て、美希はきょとんとしている。
「なにがそんなに面白いの」
「嬉しいの。おやすみ」
「ぅえ!?ここから甘い流れじゃないの」
「え?眠いんでしょ」
「さっきのそのまま受け取ったの?……やっぱりイースはイースだよね」
「どういう意味よ」
「もう知らなーい。よし、まだ半日しかたってないけどお返しあげる」
「そういうのはいらない」
「なんでそういうことには気づくのよ!」
ちゅ
「おやすみ美希たん」
「ばか……」
翌朝
「―――で怒ってたのよ。モデルも大変よね。そのくらいで気にするなんて」
「え?おい、美希おまぐえっ」
「なに、ウエスター」
美希はウエスターの足を思いっきり踏み付けた。
テーブルの下でそのようなことが行われていることにイースは気付いていない。
「ねぇ、イース。珈琲なくなっちゃった」
「いれてくれば?」
「イースがたててくれたのが飲みたいの」
しょうがないとイースはまんざらでもない顔をして立ち上がった。美希はにこにことそれを見送る。
「さて、何か言いたそうねウエスター」
「お前昨日の傷を……」
ウエスターは美希を睨みつけた。その目には踏まれたことにより少しだけ涙が溜まっている。
「昨日、機嫌悪かったのはイースが俺達にチョコくれたからじゃなかったのか?」
「そうだけど」
「じゃあなんで嘘ついたんだ?あれじゃあイースのチョコで俺達が酷い目にあったこそすら本人は知らないままだ」
「太ったのはほんとよ。まぁすぐ戻すから気にしないけど。イースにはあれでいいの」
「なんでだ」
「あたしがそんなことでヤキモチやいたとか、全然完璧じゃないでしょ」
END
最終更新:2011年02月16日 00:11