「気をつけて行くんだぞ」
「今日は雨が降りそうだ。これを持って行くがいい」
「ありがとう。じゃあ、行ってきます」
差し出された傘を受け取り、私はラビリンスの街へ、一人外出
した。
以前のラビリンスとは、外見上はそんなに変わらない。
違う所といえば、街の至る所から見ることができたメビウスの
城が崩壊したことくらい。
街並みも、ラビリンスの人達の服装も、全く変わらない。
これまでと一番違うと私が思うのは、道を行き交う人々に表情
があること。
笑顔の人ばかりではない。怒っている人も、不満顔の人もいる
。
でも、少なくとも、何かに操られているような、能面のような
無表情ではない。
帰り道の途中、晴れていた空が急速に暗くなり、目の前にポツ
ポツと冷たい滴が降ってくる。
サウラーの予感は当たったようだ。
ラビリンスでは、突然雨が降るのは珍しい。いや、珍しかった
と言うべきか。
あの最後の決戦で、メビウスが管理していたデータが全て失わ
れ、天候や寿命などは制御できなくなってしまった。
そういえば、ラブ達の世界に住み始めた頃、天気予報があるの
を不思議に思ったことがある。
「ラブ、天気予報って、何なの?」
「天気予報は天気予報だよ。天気を予報するの」
「天気って、この世界では決まってないの?」
「うん。天気予報は外れることもあるし。ラビリンスでは決ま
ってたの?」
「そうねえ、給食の献立みたいなものかしら。今日は晴れ、明
日は雨って、数か月前から発表されてるの」
「じゃあ、ラビリンスでは折りたたみ傘は要らないんだ」
「折りたたみ傘って?」
「折りたたみ傘は・・・」
今では、ラビリンスにも折りたたみ傘がある。
向こうの世界を思い出していたせいか、雨足は弱まり、いつの
間にか、日差しが戻っていた。
傘を閉じようとした時、私の目の前の空に虹が見えた。
かつてのラビリンスでは見ることができなかった虹。
ラビリンスの復興が、全てうまくいっているとは思わない。
管理されていない今のラビリンスでは、明日がどうなるか分か
らない。
大多数のラビリンスの人間が、今の変化を喜んで迎え入れてく
れているといっても、
中には、メビウスに管理された社会を懐かしむ者がいたり、現
状に不安を抱いている者もいる。
だけど、未来が決められていないからこそ、無限の可能性があ
る。
太陽の光を受けて七色に輝く虹は、私達を祝福してくれている
ように思えた。
最終更新:2011年03月31日 00:36