「きゃっ」
時折吹く強風に煽られながら、わたしは一人、とある場所を目指す。
四月。ぽかぽか陽気に誘われて、待ち行く人々もまさに春爛漫。
わたしもちょっぴり背伸びして、あの人の為におしゃれして。
木々の間からはスカイブルーの空が見える。それはとても高く、遠い空。
瞳を閉じれば思い出す幼少期の頃。一緒にあなたと歩いたこの道を。
あの時の空と変わらない。うん、あの時の想いもまた―――変わらない。
「もう少し…」
それは手の届きそうで、なかなか届かない存在でもあった。
想いはいつもこの胸に。
遅く咲いた桜の花びらが、わたしを後押ししてくれたら。
とってもしあわせ。
「わがままかな?」
くすっと微笑む祈里はまるで、今を楽しんでるかのよう。
本当はいけないのかもしれないけど。
「すいません」
「あのォ、すいません」
「チョットいいですか?」
ポンポンと肩を叩かれてようやく気付く。
自分の世界に入ってしまうと中々抜け出せない癖。また怒られちゃう…
「はい」
「気付くの遅過ぎ」
「美希ちゃん!」
「全くもう…」
やれやれ。そんな言葉がぴったりの表情をする美希に祈里はぺこりと一誤り。
「また考え事?」
「うぅん」
「ここを通るとブッキーってチョット変になるわよね」
「そ、そんな事ないよ」
両手を振って否定する姿がまるで図星なのだけど。美希もわかってて遇えて訪ねてみる。
「好きな人とこの道をデートしたいんだよね、ブッキーは」
「あ―――」
「いつまでも奥手だと、その人どっか行っちゃうかもよ」
「――――」
「まぁそれもまたブッキーの魅力でもあるんだけどね」
そう呟くと美希は両手を後ろに組んでゆっくりと歩を進めた。
しばしその姿を眺める祈里。
桜の花びらが少し、舞った。
「待って」
後を追う。それは後姿を追うのではなく、彼女の心を離さない為に近付く第一歩であって。
「ねぇブッキー」
「?」
「手、繋がない?」
それは突然の出来事。予期せぬ出来事。もしかすると―――必然かも。
「うん」
そっと触れてみる。繊細な指先に。ネイルアートは大人の魅力をも醸し出していた。
(不釣合いなのかな…わたしって)
本当は嬉しいはずなのに、どこかで影を作ってしまう自分がいて。
「昔はよく手を繋いでいたんだけどね」
にこっと笑ってわたしを見詰める美希ちゃんは、いつもの美希ちゃんで。
「アタシね、この感触―――ずっと忘れた事ないよ」
そう言ってわたしの手をぎゅっと握ってくれた。
「離したくないなー、このまま」
スカイブルーの空を見上げる美希。彼女なりの告白だったのかもしれない。
太陽は桜並木で隠れて見えないけど。桜吹雪は彼女たちに降り注ぐ。
「わたしね…大人になるのがほんとは嫌なの」
俯く祈里。でも言葉は続ける。
「過ぎて行く時間が寂しくて…」
それは何を意味していたのか。ずっと一緒だったはずなのに。
いつしか想いが、信じる心を邪魔していたのだろうか。
「引っ込み思案なんて大嫌い」
繋いだ手を解くと、そっと美希の背中に凭れ掛かってみた。
「ごめんね―――美希ちゃん」
「…」
歩を止める。そして、瞳を閉じる。
美希は背中越しに伝わる祈里の温もりがどこか寂しく、どこか悲しげで居た堪れなくなった。
「ブッキー?」
「…」
「アタシはアタシ。ブッキーはブッキーでしょ?」
「引っ込み思案でイイじゃない。奥手なアナタが好きな人だっているんだし」
「わ、わたしは―――」
「しっ。チッチッチ、ノープロブレム~」
一瞬の出来事。時が―――止まった。
「やっぱりカワイイよね、ブッキーって」
もう一度。軽く触れ合う唇。互いの頬は桜色。
「美希ちゃん…」
「ン?」
「まだ子供だよ?わたし」
「アタシもだけど」
「そうじゃなくて…」
「相変わらず固いんだから」
「…ごめんなさい」
大切な人だからこそ難しく考えてしまう。自分を思うがために、無理に行動させてしまったのではないかと。
その優しさは重荷となり、祈里の心に圧し掛かっていた。
大人の階段を駆け上がる者と、慎重に一歩一歩踏み進んで行く者。
想いと言うゴールは一緒のはずなのに。
再び歩を進める二人。
もうすぐ桜並木は終わってしまう。
「子供の時ってすっごく長く感じたんだけどね、この桜並木」
「うん」
「毎年、ブッキーとここ来るの楽しみでワクワクしてたもの」
「わたしも」
「今年はちょっと風強すぎるかな?」
「これじゃ花びら―――すぐ散っちゃいそうだね…」
二人は、風に散り行く桜を眺めた。
祈里は美希の手をぎゅっと握る。今度は自分から、勇気を出して。
自分も、大人になりたい。美希のような女性と釣り合う大人に。
また来年も―――ここに一緒に来たい。
愛するあなたと。
幼なじみではなく。
恋人同士で。
本当のキスを、あなたと―――
「咲くも~桜。散るも~桜。どっちも~桜っ」
「えっ?」
「アタシたちがいるから映えるのよ」
「…」
「ほーら。早く組んだ組んだ」
「あっ」
そう言って美希は祈里の手を招き入れる。
「色々考えてたら勿体無いぞっ、ブッキー!」
無邪気な彼女はまるで子供のよう。今を存分に楽しんでいる。
隣には愛すべき彼女がいるのだから。
「考えすぎ…なのかな?」
「そうね。でも、キライじゃないけど」
瞳を閉じて祈里に寄り添う美希。それはどこか、安心している表情のようにも見えた。
(ありがとう、美希ちゃん)
春を愛する乙女たち。
歩いて来た道を戻る。それは初めて見た光景。桜並木の別の顔。
「こうすればまたキス出来るし」
「恥ずかしいよ」
「短すぎるのよね、距離が。これじゃ何回往復すればいいんだか」
「美希ちゃんとの距離は近いから…」
おわり
最終更新:2011年04月21日 01:34