み-828

「きゃっ」
時折吹く強風に煽られながら、わたしは一人、とある場所を目指す。
四月。ぽかぽか陽気に誘われて、待ち行く人々もまさに春爛漫。
わたしもちょっぴり背伸びして、あの人の為におしゃれして。

木々の間からはスカイブルーの空が見える。それはとても高く、遠い空。
瞳を閉じれば思い出す幼少期の頃。一緒にあなたと歩いたこの道を。

あの時の空と変わらない。うん、あの時の想いもまた―――変わらない。
「もう少し…」
それは手の届きそうで、なかなか届かない存在でもあった。

想いはいつもこの胸に。
遅く咲いた桜の花びらが、わたしを後押ししてくれたら。
とってもしあわせ。
「わがままかな?」
くすっと微笑む祈里はまるで、今を楽しんでるかのよう。
本当はいけないのかもしれないけど。

「すいません」

「あのォ、すいません」

「チョットいいですか?」
ポンポンと肩を叩かれてようやく気付く。
自分の世界に入ってしまうと中々抜け出せない癖。また怒られちゃう…

「はい」
「気付くの遅過ぎ」
「美希ちゃん!」
「全くもう…」
やれやれ。そんな言葉がぴったりの表情をする美希に祈里はぺこりと一誤り。
「また考え事?」
「うぅん」
「ここを通るとブッキーってチョット変になるわよね」
「そ、そんな事ないよ」
両手を振って否定する姿がまるで図星なのだけど。美希もわかってて遇えて訪ねてみる。

「好きな人とこの道をデートしたいんだよね、ブッキーは」
「あ―――」
「いつまでも奥手だと、その人どっか行っちゃうかもよ」
「――――」
「まぁそれもまたブッキーの魅力でもあるんだけどね」
そう呟くと美希は両手を後ろに組んでゆっくりと歩を進めた。

しばしその姿を眺める祈里。
桜の花びらが少し、舞った。

「待って」
後を追う。それは後姿を追うのではなく、彼女の心を離さない為に近付く第一歩であって。

「ねぇブッキー」

「?」
「手、繋がない?」
それは突然の出来事。予期せぬ出来事。もしかすると―――必然かも。

「うん」
そっと触れてみる。繊細な指先に。ネイルアートは大人の魅力をも醸し出していた。
(不釣合いなのかな…わたしって)
本当は嬉しいはずなのに、どこかで影を作ってしまう自分がいて。
「昔はよく手を繋いでいたんだけどね」
にこっと笑ってわたしを見詰める美希ちゃんは、いつもの美希ちゃんで。
「アタシね、この感触―――ずっと忘れた事ないよ」
そう言ってわたしの手をぎゅっと握ってくれた。

「離したくないなー、このまま」
スカイブルーの空を見上げる美希。彼女なりの告白だったのかもしれない。
太陽は桜並木で隠れて見えないけど。桜吹雪は彼女たちに降り注ぐ。

「わたしね…大人になるのがほんとは嫌なの」
俯く祈里。でも言葉は続ける。
「過ぎて行く時間が寂しくて…」
それは何を意味していたのか。ずっと一緒だったはずなのに。
いつしか想いが、信じる心を邪魔していたのだろうか。

「引っ込み思案なんて大嫌い」
繋いだ手を解くと、そっと美希の背中に凭れ掛かってみた。

「ごめんね―――美希ちゃん」
「…」
歩を止める。そして、瞳を閉じる。
美希は背中越しに伝わる祈里の温もりがどこか寂しく、どこか悲しげで居た堪れなくなった。

「ブッキー?」
「…」
「アタシはアタシ。ブッキーはブッキーでしょ?」


「引っ込み思案でイイじゃない。奥手なアナタが好きな人だっているんだし」
「わ、わたしは―――」
「しっ。チッチッチ、ノープロブレム~」



一瞬の出来事。時が―――止まった。

「やっぱりカワイイよね、ブッキーって」
もう一度。軽く触れ合う唇。互いの頬は桜色。
「美希ちゃん…」
「ン?」

「まだ子供だよ?わたし」
「アタシもだけど」
「そうじゃなくて…」
「相変わらず固いんだから」
「…ごめんなさい」
大切な人だからこそ難しく考えてしまう。自分を思うがために、無理に行動させてしまったのではないかと。
その優しさは重荷となり、祈里の心に圧し掛かっていた。

大人の階段を駆け上がる者と、慎重に一歩一歩踏み進んで行く者。
想いと言うゴールは一緒のはずなのに。


再び歩を進める二人。
もうすぐ桜並木は終わってしまう。

「子供の時ってすっごく長く感じたんだけどね、この桜並木」
「うん」
「毎年、ブッキーとここ来るの楽しみでワクワクしてたもの」
「わたしも」

「今年はちょっと風強すぎるかな?」
「これじゃ花びら―――すぐ散っちゃいそうだね…」
二人は、風に散り行く桜を眺めた。

祈里は美希の手をぎゅっと握る。今度は自分から、勇気を出して。
自分も、大人になりたい。美希のような女性と釣り合う大人に。

また来年も―――ここに一緒に来たい。
愛するあなたと。

幼なじみではなく。
恋人同士で。

本当のキスを、あなたと―――


「咲くも~桜。散るも~桜。どっちも~桜っ」
「えっ?」
「アタシたちがいるから映えるのよ」
「…」

「ほーら。早く組んだ組んだ」
「あっ」
そう言って美希は祈里の手を招き入れる。
「色々考えてたら勿体無いぞっ、ブッキー!」
無邪気な彼女はまるで子供のよう。今を存分に楽しんでいる。
隣には愛すべき彼女がいるのだから。

「考えすぎ…なのかな?」
「そうね。でも、キライじゃないけど」
瞳を閉じて祈里に寄り添う美希。それはどこか、安心している表情のようにも見えた。

(ありがとう、美希ちゃん)


春を愛する乙女たち。
歩いて来た道を戻る。それは初めて見た光景。桜並木の別の顔。
「こうすればまたキス出来るし」
「恥ずかしいよ」
「短すぎるのよね、距離が。これじゃ何回往復すればいいんだか」



「美希ちゃんとの距離は近いから…」



おわり
最終更新:2011年04月21日 01:34