サーッと雨が降っている。
午後から降り出していたのは教室の窓から見て知っていたが、やはり外に出るとなると少し躊躇してしまう。今日は傘を持ってきていないから。
せつなは一つ溜息をついて足早に外に出た。
まだ学校の敷地内だというのに制服は肌に張り付こうとしている。周りを見れば皆不快な顔を浮かべ傘を持たずに走ったり歩いたりしていた。
朝は晴天で天気予報も曇りとまでしか言っていなかったから、傘を持ってきた人はよほど準備がいい。もっともいつものせつななら持って出かけたはずが、今日に限って家をでるのが時間ぎりぎりでそんな余裕がなかった。
傘を持ってきた勝ち組の人たちは悠々と歩き少しばかりの優越感に浸っているように思えた。
ふと、校門付近がにわかにざわついているのにせつなは気づいた。何故か早足に歩いていた人たちまで速度を緩めるため少しずつ人だかりが出来ているのだ。
「せつなっ」
その原因だったらしい少女が人混みの中からせつなを見つけ手を振る。微かに周りの人達がざわめき、落胆や安堵などさまざまな反応を見せた。
手を振られたせつなはそういうことかと微笑み駆け足で近づく。
「美希。どうしたの?」
声をかけるのと同時に彼女が手にしていた傘の中に入れられた。にこりと笑った彼女はお迎えと短く答える。自慢の蒼い髪は少し湿り気をおびていて大分待っていたのではとせつなは心配になった。
美希はそんなことないと笑い、帰ろうかと歩き出した。
学校から離れようやく好奇の視線から逃れたことにせつなはホッとする。
隣を歩く美希は慣れているのかたいしていつもとかわりはない。
「来るならメールしてくれればいいのに」
「びっくりさせたかったの。傘ないだろうから喜んでくれるかなぁって」
校門大変なことになっちゃったけどと悪戯っ子のように目を細めて美希は笑う。せつなは軽く咎めながらも内心は嬉しくてそれが顔に滲み出ていた。
次第に雨足は強まり段々と二人の肩が濡れ始めた。せつなが傘を買おうと提案するが美希はそれを頑なに断る。
美希が濡れるのが申し訳ない気持ちになり傘を持とうとするが、こういうのは背が高い人が持つものだと譲ってもらえない。
「あたしの家行こ。今日ママいないし」
強引さを持ちながらも決して無理強いはしない。それでも蒼い瞳で見つめられ、どうすると聞かれた時の逃げる術をせつなは知らない。真っ赤な顔をしてこくりとせつなは頷いた。
「さっぱりしたぁ」
せつなの後にシャワーを浴びた美希は上下スウェットというラフな格好でリビングに現れた。せつなも美希に服を借りたので、二人の格好はほとんど変わらない。
「あはは、二人して色気ないわね。やっぱりせつなにはシースルーとかの方が良かったかな」
「絶対止めて」
軽口をたたきながら美希はせつなの隣、ソファの上に腰を下ろす。そして手にしていたカップをせつなへと手渡した。
せつなはそれを受け取ると、ゆっくりと口をつける。あったかくて甘いココアはせつなの身体中に染み込んでいくようだった。
「美味しい?」
「ええ」
あたし完璧
とガッツポーズを作った美希を見てせつなは微笑んだ。
―――美希ちゃんってさ、王子様なんだよ
大分前、まだせつなが美希と付き合う前のこと。友人の一人がせつなにそんなことを言った。
その時はお姫様とか女王様とかそっちの方が相応しそうなのにと失礼なことを思ったり。
そして仲良くなって二人で出かけるようになってその言葉の意味が少しずつわかってくる。
せつながヒールを履いて歩けば歩くスピードを遅め、段差などでは手を繋いだり。
ご飯を食べに行けば景色が見える位置だったり、ゆったりしたソファ席にせつなを座らせる。
今日だって迎えに来て、傘に入れてくれた。歩く時は道路側を歩き、シャワーもせつなに先に譲る。飲み物もせつなの好みや気分に合った物。
「ほんとに王子様ね」
「へ?」
きょとんと美希が首を掲げ、せつなを見る。せつなは微笑を浮かべ祈里に言われた話を美希にも聞かせてあげた。
「ああ、そういうことね」
「ね。思い返せば王子様でしょ」
「王子様なんているのかしら」
今度はせつながきょとんとする番だった。今の話の中の「王子様」とはお伽話のように紳士的な振る舞いをするというような意味であって、存在自体をどうこうというものではない。まして美希がそれをわかっていないはずはなく、せつなは今の言葉に眉を寄せる。それに気づいた美希がそうじゃなくてと苦笑する。
「あたしは素敵な王子様なんかじゃないのよ」
「どういうこと?」
待っていたのはせつなに一刻でも早く会いたかったから。
せつなの分の傘を買わせなかったのは一つの傘に二人で入りたかったから。
あわよくば濡れて家に来てもらおうと。
「飲み物を用意するのはココアを飲んだせつなの笑顔が見たいから。あたしの行動なんて自分本意なものよ?好きって言ったら好きって返してくれなきゃ拗ねちゃうような、ね」
にやりと笑った美希はクルッと身体ごとせつなの方を向くと
あたしのこと好き?
と問う。
せつなは少し考えて
どうかしら
と答えた。
「だったら好きにならせるだけ」
とさっと美希はせつなの身体をソファに沈めその上に跨がる。せつなはきゅっと美希の服を掴んだ。
「王子様じゃなくて狼になれる自信はあるわ」
「美希は……美希なのよね」
王子様じゃなくても自分本意でも、結果的にそれはせつなを満たしていく。
触れ合えばいつだって刺激をくれる。
無愛想と言われても文句は言えないほどせつなが無表情だったときに、沢山の笑顔を与えてくれたのもそうで――――
「大好きよ」
「ん……知ってる」
窓の外が明るくなってきた。
数時間だけ降った雨のおかげで今がある。
「ねぇ、どうしてせつなは今日傘を持っていかなかったんだろうね」
「それは、美希が朝から長電話してくるから……ってもしかして!」
にやっと笑う美希を見てせつなはもう一人の友人を思い浮かべた。
―――美希たんてさ魔法使いみたいなとこあるんだよっ
ラブに教えてあげるべきだろうか。
魔法使いじゃなく策士なんだって。
END
おまけ
「ん、美希って甘い」
「ひゃあああ!?もう変なとこ舐めて意味不明なこと言わないで!」
「私のこと好きでしょ?」
「変態を好きになった覚えはないわよ」
「思ったことを言っただけなのに」
「……なんで早々にいつも上下入れ代わるの」
「ん?私はこっちの方が好きだから」
振り回されてるのはどっち!
最終更新:2011年04月28日 00:44