己の道
スコット村長はレンガ作りの書斎につくと、部屋の壁を埋め尽くしている本棚の1つを引き出した。
彼の身長の2倍の高さがあり、本が満載に詰まった本棚。大剣など軽く凌ぐ重量はあるだろうが、彼はそれを苦も無く動かしてしまった。
本棚の裏からは何故か2本の太い紐が出ている。それは壁に続いていた。
しかし、その裏にあるのはやはり壁。それでも彼は戸惑う事なく、壁の真下にあるレンガの1つを引き抜くと、中に覗く鉄製の取っ手を引っ張った。
ガコンと何かが外れる音がする。
「こっちだ」
スコット村長が指すのは何の変哲もない壁。彼がそれを軽く押すと、壁は彼の手の動きに従って押し上がった。
その先にあるのは暗闇の中に続く階段。レイは誘われるがまま、入口へと歩を進めた。
階段の入口の両壁には太い紐が出ている。スコット村長がそれを引くと、ズズズと重い摩擦音が響き、レイの後方、扉は動かぬ壁へと姿を変えた。
本棚が扉に密着した証拠だろう。本棚の紐も納得がいく。レイが軽く押した位ではビクともしない。
レイは火の入ったランタンを持った彼に、闇の中の唯一の光に、付いて行った。
少し進んだ階段にはもう1つの扉。
「っ……!?」
スコット村長がその扉を開くと、一瞬レイの視界が真っ白になり、咄嗟に左腕で目を覆った。
だがそれは、暗闇に慣れた目が光に慣れるまでの間だけ、その先に広がる景色にただ愕然としていた。
壁に等間隔に配置された光を放つ、雷光虫が入っているであろう篭。
それが照らし出す地下とは思えない広さを持つ空間。
辺り一面に置かれた機材。中央を陣取る火の入った大きな炉。想像出来るのはただ1つ。
「工……房?」
「そう、言うなればここは地下工房だ」
スコット村長が炉の前で振り返り、手を広げて見せた。
「何故こんなものが……」
率直なレイの疑問。地上にある工房と全く差異のない設備。
武器の規定など特に無い筈なのに――。
「ギルドの目を逃れるためだ。」
「は?」
一瞬何の事だか理解出来なかった。
ギルドが規定違反をしたハンターを取り締まる事は知っていても、工房を取り締まるなど聞いた事が無い。
そもそもスコット村長は規定を違反するような人間ではない。レイは彼が純粋な人だと信じていた。
「その剣の話の方が先だ。貸してみろ」
話を逸らしたスコット村長をいぶかしむ事なく、レイはオデッセイブレイドを盾ごと差し出した。
「見ていろ」
「ちょっ!」
驚嘆するレイを他所目に、剣の柄と盾のベルトを外したオデッセイブレイドを燃え盛る炉の中に放り込んでしまった。
「1つに、あれはオデッセイブレイドではない。そしてそれはギルド……いや、シャドウ・ファミリアが血眼になって探しているものだ」
「は?シャドウ?」
次々にスコット村長の口から放たれる聞いた事の無い言葉。最早レイの頭は混乱寸前だった。
「シャドウ・ファミリア……闇の使い魔と名乗る彼らの役割は暗殺」
「しかしそれは……」
しかしそれはギルドナイツの仕事。ギルドの規定を逸脱したハンターを秘密裏に"消す"のが彼らの仕事。
「ギルドナイツの手が届く範囲なと限られとる。その先はシャドウ・ファミリアの仕事。要人の護衛に暗殺、裏工作。基本はギルドに従属しているが、奴らは気まぐれでな、金さえ払えば、契約とあらばどんな依頼も請け負う……殺しのプロフェッショナルだ。拠点を持たず、彼らに関する情報は皆無と来た」
「ではなぜ……」
ではなぜスコット村長がそんな事を知っているのか、例えレイが彼を信頼していても、彼が話しているのは裏のそのまた裏の事情。つい臨戦体制の構えをとってしまう。
自分の教えに忠実な弟子。嬉しくとも悲しくともある苦笑を浮かべ、一息おいてスコット村長は話し始めた。
「以前、蒼い色をした老山龍…ラオシャンロンが討伐されたのを知っておるな?」
いきなりに切り替わる話の筋、全く話が掴めないレイは応えることしか出来ない。
「ええ……。伝説の龍殺しの武器を持ったただ1人の男に討伐され、王立学術院にその死体の一部が搬送され、現在調査中だと……」
「それが一般に出回っている話」
「……とすると」
表があるなら裏がある。それは世の理。決して揺るぐ事のない真実。
「裏がある。……再び老山龍の死体のもとに調査に出た時、それは見るも無惨な切り傷だらけだったそうな」
「全身切り傷だらけ?」
蒼い色をした老山龍。岩山龍、イェンシャンロンと呼ばれる山と見まがう程の巨躯を持つ龍の全身に切り傷をつけるには、比較的柔らかい腹や喉首ならまだしも、一枚一枚がプレート並みの巨大さを誇り、岩よりも強固な甲殻や鱗で覆われた身体を傷付けるには、それ相応の大きさと、岩を切り裂く切れ味を持つ武器、そしてその武器の性能を極限まで引き出す使い手がなくてはならない。
まして全身ともなると一人ではまず無理がある。
「そう全身だ。たがそれよりも重要なのは、周囲に血が殆ど散っていなかったこと。胸のど真ん中に空けられた穴から持ち去られた心臓。奪われた……いや、切り取られた角だ」
「血と心臓と角を?一体何の意味が?」
老山龍の角は非常に強大な龍殺しの力を持ち、強力な武器に加工され、一般人には手の届く筈の無い価格で取り引きされるのは当たり前の話であるが、血と心臓が何かの役に立つのかと考えると、レイには思い当たる節が無かった。
スコット村長はレイが答えに辿り着けないのを表情で読み取ると、炉の中に鉄製の鉤棒を突っ込みながら続けた。
「わしらが辿り着いた答えは、竜操術だ」
「……はい?」
一瞬レイの思考回路がとんだ。
それもそのはず、竜を意のままに操ると言われる竜操術は古の秘法とは言われているが、それに関する文献も、証拠も残っておらず、所詮はおとぎ話だと信じられていた。
「竜操術と言った。我々の知る竜操術は飛竜、古龍、龍を問わず意のままに操る。それには2つの鍵が必要となる。その1つは岩山龍の血液を精製、ろ過し、濃縮した固体。あの巨体から人の目ん玉位の大きさのもんしか作れんらしい」
「し……しかしそもそも竜操術など存在しないはずでは!?」
超古代技術とされた竜操術。王立学術院さえ手を付けていないそれは、例え存在していたとしても、触れてはならないとされた禁忌の秘法。あると言ってすぐに信じる事が出来ようか。
それでもスコット村長は弟子の堅物っぷりにいい加減嫌気が指して来たのか、レイに聞こえるようにわざと大きなため息をついた。
「言っであろう。表があるなら裏があると。それはお前も分かっているはずだ。そしてこれが……もう1つの鍵だ!」
炉の中から鉤棒で取り出された真っ赤に焼けたオデッセイブレイド。
それをスコット村長が傍らの
ハンマーで力一杯叩くと、"表面"のオデッセイブレイドが大きく歪み、中から闇のように黒く、それでいて透き通った、水晶のようなものが顔を覗かせた。
「これが、もう1つの鍵。【葬龍水晶】」
「葬龍水晶……ですか。……聞いた事もありませんね」
レイは今度は真っ向から存在を否定するのではなく、柔軟に受け止めた。目の前に在るものまで否定するほど石頭な訳ではない。
レイはスコット村長が一瞬笑った気がした。
「これは一部の地域に限られた大地の結晶の中に10立法cmに0.1g以下の割合で含まれる物質だ。」
大地の結晶とは植物や生物の死骸が長い年月をかけて結晶化したもの。ならばこれは一定の生物の体内の成分なのだろうか。
レイは葬龍水晶と呼ばれたそれに違和感を感じた。もしこれが生物のものだとして、オデッセイブレイドは刀身に水気を持つ剣。他の金属より融点が高いため、炉の温度は大体1700度ほど。通常の鉄ならば既にドロドロに融けている温度である。その高温の中にあって、未だに黒々と輝きを放っていた。
「気付いたか?」
気付かない内にしかめっ面になっていたのか、スコット村長が顔を覗き込んでいた。
「なぜ……この温度で融けていないのでしょう?」
「この葬龍水晶はこのままではただの融点が高すぎる石でしかない。だが加工次第で様々な能力を持つ。竜操術はもちろん。強力な属性武器に、防具に特殊な能力を持たせる事も、強力な龍殺しの武器にもなる」
答えになっていない。だがレイは少しの間悩み、独自の答えに至った時、全身に怒りを乗せて、スコット村長の胸ぐらを両手で掴み上げていた。
「どういう事です。龍殺しの力!?何故それを……父さんはそれを知っていたのですか!?どうして今更!」
聞きたい事が雪崩の様に次々と頭に浮かんで来る。レイの至った答え。それはもしモレクが龍殺しの武器を備えていたなら、紅龍も討伐出来たのではないか、という考えだ。
実際モレクのチームに龍殺しの武器はティスの撃竜鎗【吽】だけだったが、撃退には至っている。生き残ったのはレイだけだったが……。
レイはかなりの力を込めてスコット村長を捻り上げていた。だが彼は顔色一つ変えず、むしろ下げすむような目付きでレイを見下ろしていた。
「お前の良い所は自身の感情の制御、即座の判断。共にリーダーには必要不可欠な要素だ。だがお前は感情を抑制するあまり、その感情を爆発させることがある。即座の判断も、お前は答えを急ぎすぎる。それでは早とちりに過ぎない。私は加工次第で、と言った筈だ。人の話は最後まで聞け。いつも言っているだろうが」
そう言うと、レイの両手を片手で外してしまった。
「……すいません」
厳しい口調で話すスコット村長の言葉は間違いなく核心を突いている。
核心を突かれた者は例外なく傷心する。あから様にしょぼくれたレイは項垂れたまま、自身の過ちを謝罪した。
「うむ。この葬龍水晶が真の力を発揮するには龍の素材と結合させる事が必要だ。」
「龍の……」
納得がいった。モレクは一度も古龍、龍の狩りは行なっていない。龍の素材が必要ならば、ただの石くれなのだから仕方がなかった。
「極微量の葬龍水晶を使って実験を行なったところ、結合した葬龍水晶の解除は出来ず、炎王龍、炎妃龍ならば使用者までも焼きかねない炎の力を、霞龍ならば完全な姿を消す力を、鋼龍ならば風を起こす力など、古龍に至っては、その力を完全な状態で再現することが出来たらしい」
話しながらスコット村長は、恐らくは銀火竜の鱗で作られたミトンを填めて、オデッセイブレイドを剥がしていった。
「ちょっと待って下さい。実験を行えたのならば、そこで続ければ良かったのではないのですか?」
実験を行なったのならばその場所は恐らく工房。こんな地下にまで工房を作る理由が解せない。竜操術だから、という理由もあるだろうが、それは伏せていればまず誰も気付かないだろう。
「ああ、そのつもりだった。だがその後、竜人族の古い書物が見つかってから、事態は急変した。葬龍水晶が竜操術に用いられる物だと分かった時、国軍がその時の工房を権力を盾にして問答無用で差し押え、竜操術を実行した」
「実行した?それは無いでしょう。王立学術院でさえ研究対象にしていないんですよ?……らしい?」
先程から聞いていればスコット村長の話はまるで誰かから聞いたような物言いである。
一般人にはまず知り得ない情報。聞いて得られる情報とはとても考えられない。
ましてや竜操術の実現となれば歴史書にも間違いなく記載されるはずである。レイが知らないはずがない。
「百五十年程前、わしの曾祖父の頃の話だ。だが、竜操術を行なった者は精神力で龍に敗れ、暴れだした龍は街を1つ潰してしまった。国軍はそれを隠すため、関係者、傍観者を片っ端から消していったらしい」
「それを行なったのもシャドウ・ファミリアですか?」
スコット村長の瞳が驚いたように大きくなる。表情の読み取り易い人である。
「そうだ、鋭いな。そして竜操術に繋がりうる事柄が起こった今、それを実現させる訳には行かない、この葬龍水晶を竜操術には使わせない。お前の力にするんだ」
葬龍水晶からオデッセイブレイドを剥がしきり、そう言って手にしたのは、紅く尖った棒と、赤黒い板。小さなビー玉のような球体。
レイにはそれらに見覚えがある。紅龍からイヤルンカが叩き折った角と弾き飛ばした片目。モレクが斬り刻んだ胸殼。いずれもギルドに預けてあったはずだが――。
「なぜ俺がお前のこれを持っているのかなどどうでもいい、これを葬龍水晶と接合して、お前に授ける」
「何故私にここまで?」
スコット村長は竜操術の封印を名目にレイに力を与えようとしている。レイが彼の弟子とはいえ、彼が何故ここまでしてくれるのかレイには分からない。
「どうせお前の事だ。紅龍を追うんだろう?」
「……!何故?」
図星だった。囚われない様にとは心に決めたが、紅龍を諦める気にはなれなかった。それほどに、彼は仲間を慕っていたのだ。
「お前の目を見れば分かる。頭じゃ理解してるみたいだが、吹っ切れた、悟ったなんてのは大概勘違いだ。人間そんなにすぐにはかわりゃしないよ」
「しかし」
しかし、それは個人の問題。レイが紅龍を追おうと、スコット村長がこちらに出向いて、更には地下工房まで引っ張りだしてすることではないのでは、とレイは考えていた。
「……モレクはわしの最初の弟子での」
「え!?」
レイは素直に驚いた。モレクはレイにそんな話をした事がない。もし知っていたらスコット村長に弟子入りは頼まなかっただろう。
「奴に
片手剣を教えたのはわしだ。邪龍討伐を薦めたのもわしなんだ。その時の事をいくら悔やんだことか。悔やんでも悔やんでも悔やみきれんかった。だがな、いくら悔やんでも始まらん。今出来ることをせねばならんのよ。だからレイ、わしにも手伝わせてくれんか」
「……もちろんですよ」
子供のような瞳に写る、決意の眼差し、梃子でも動きそうにない決心をレイが断る事が出来ようか。
「ありがとう……では早速接合に移る!」
そう言って引っ張り出したのは、赤黒い袋。開いた途端に止めどなく溢れだす炎。中から覗くのは大量の獄炎石。
「あっつ!」
なんだろうと、疑問を抱きつつ覗き込んでいたヘルムの無いレイの顔を熱波が襲う。
「はは……大丈夫か?言った通り、葬龍水晶の融点は非常識な程に高い。だから獄炎石を炉にぶち込んで強制的に炉の温度を急激に上昇させる」
「しかしそれでは炉も駄目になってしまうのでは?」
炉の中は酸素が大量に送り込まれる密閉空間。熱が熱を呼び、大気中では有り得ない温度を作り上げて、金属を適度に軟化させ、加工する。
獄炎石など空気中でさえ発火する程の熱を秘めた鉱石を入れては、炉は土製ならば何とかなるにせよ、武器を打つ金床が変形してしまう恐れがある。
「もちろん、以降の武器製作に支障が出る。が、しかしこれにはそれだけの価値がある。うまく接合すれば、岩山龍なら全ての竜を操る竜操術。紅龍なら絶大な龍殺しの力と、破壊の力を得る事が出来る」
言いながら獄炎石を炉に投げ込み、十分に温度が上がり切ったのを確認すると、加工した紅龍の素材と葬龍水晶を組み立て、炉の中に差し入れた。
「葬龍水晶はな、超高温下ではお互いと、龍の素材とで引き合う力が働く。このことからも、葬龍水晶は龍の体内機関の一部ではないかと考える。一度龍の素材接合したら、もう二度と解除は出来ない」
「なるほど、それで一部の大地の結晶に極微量しか含まれない葬龍水晶を精製することが出来るのですね。そして、竜操術実行の遅延も可能だと……」
レイはもともと理解力は高い。が、集中力の持続が悪い。何かに熱中でもしない限り、1つの事に打ち込むのは苦手だった。
真っ赤に焼け上がり、紅龍の素材と完全に結合した葬龍水晶。
レイもスコット村長も終始無言で見つめていた。この高温では龍の素材は焼けてしまうのではないかと考えたが、そこは葬龍水晶の力が働くとのこと。
冷却の為に冷水に浸けると、冷水はほんの数秒でお湯に変わっていた。
剣の柄と盾のベルトを取り付けた破壊の剣。素材の堅牢さゆえに、形は不骨である。
「長くなってしまったが、これがお前達にできる私の全てだ……死ぬなよ」
お前達。
「……はい」
受け取り、細身の刀身とは思えない意外な重量にレイは驚いたが、高圧縮した紅龍の角ならば納得もいく。
しかし、堂々とこの破壊の剣を振るう訳にはいかない。暫くはお蔵入りになるかもしれないが、レイは結構な数の武器を持っている。
代わりならいくらでもある。しかし、父が使い、自分が引き継いだオデッセイブレイドが無くなってしまったのには、寂しさを覚えた。
「それで、これからスコット村長はどうするんですか?」
レイはひとまず図書館に行くつもりだった。
目的は何にせよ、ただでさえ情報の乏しい紅龍を追うには、少しでも情報が欲しい。
「ん~そうだな。まあ、とりあえず地上に出てから話そう。雷光虫のお陰で明るいとはいえ、こう日の光がないと気が滅入る」
炉の鎮火を確認し、荷物を片付けると地下工房を後にした。
一直線の階段を登りきり、本棚の壁に着いたとき、空気を斬るような音が鳴り、前を歩いていたレイの顔面を一筋の風が通り抜けた。
「……ん……血?」
微かに頬が斬れ、血が伝っている。不思議と痛みを感じない。
「どうした?」
急に動きを止めるレイを不審に感じ、顔を覗き込もうとした時、目の前の本棚から軋むような音がしたかと思うと、2分された本棚が豪快な音を響かせて、2人に襲いかかって来た。
「!?」
「っとお!」
襲い来る本棚に動揺しながらも、十数段ある階段を一気に飛び降り、襲い来る本の雪崩を辛くも回避した。
「見つけたぁ!」
地下から見ると明るすぎる光を背に浴び、下からは黒い影にしか見えない人影が大型の剣を両手にもち、足を前に出した状態で階段の頂上にいる。
推察するに、本棚を持っている剣で両断し、蹴り飛ばして来たのだろう。
その人影はいきなり跳び上がると、大型の剣を持っているにも関わらず、音もたてずに、階段を飛び降りた。
「さ~て、素直に渡してさっぱり死ぬか、無様に抵抗してなぶられて死ぬか、どっちがいい?」
頭を隠すコートのせいで顔は見えない。少し渇れた低い声の恐らく男。
「その選択肢にお前がやられる……てのは無いのかい?」
スコット村長は言ってみたものの、本棚を両断した剣技と、持っている武器に似合わない身のこなしに焦りを感じ始めていた。
「無いね。俺が探してんのは葬龍水晶って代物だ。後は消す」
手に持った武器を前に差し出した男。朧に見える口元が歪んでいるように見える。
持っているのは、成人男性の身の丈はある大剣。剣の幅も広いが、意外と厚さは薄い。竜の素材を使っているようにも見えない。対人戦闘の武器だ。
レイもスコット村長も大体同じ結論に至った。もしそうならば、と、スコット村長は話し始めた。
「ふん……闇の使い魔、シャドウ・ファミリアが軍の犬に成り下がってお使いか?だが残念だったな。葬龍水晶はもう別の物質に加工した。竜操術は諦めな」
男の正体は分からない。軍に従っているなど、スコット村長も知らない。葬龍水晶を探していると言っていただけ。これは鎌だ。
「ちっ。お見通しだったって訳か。ならば加工した物だけでも持ち帰る。だが犬などではない。我らはあの方の望みに共感し、自らの意志で行動している」
苛立ったように応える男。剣を握る手に力が籠っているのか、金属の触れ合う音が小刻みに伝わる。
そしてこの返答で、スコット村長は確信した。国軍に関係する者がシャドウ・ファミリアを使い、竜操術を甦らせ、何かを企てようとしている。
「ふん、竜操術なんて下らないものを引っ張り出して……そのお方ってのもロクな奴じゃ無いんだろうな?世界征服なんて今更流行んないよ?」
絞り出したようなレイの挑発。自分が男の放つ威圧感に怯えていることを隠すためについた悪態が逆に実感を強めてしまった。
自分はこの男よりも弱い、と。恐いと感じるのは本能。それはどうする事も出来ないが、それでもレイは悔しかった。苦笑いのまま、口元を歪め、表情もまともに作ることも出来ずに、奥歯を噛み締めていた。
男が動いた。レイにはそうとしか見えなかった。刹那、レイは視界に薄い板を捉える。
「あの方を愚弄するな!あの方は……正義だ!」
素早く踏み込み、怒りを込めて横薙ぎに振られた男の大剣。
人の逆鱗はどこあるのか。それを知るのは本人のみ。忠誠心が厚いのだろう。彼の怒りは主の侮辱。レイは触れてしまった。
「(斬られる!?)」
レイが気付き、焦ったときにはもう遅かった。ヘルムをかぶっていれば良かったのかもしれない。反応が遅れた。回避も防御も間に合わない。
目を閉じ、死を待つだけになった時、レイのすぐ右で金属の鋭い衝突音が響いた。あまりに近かったので耳鳴りがする。
自分が斬られていないことを瞬時に感じ取り、目を開けると、すぐそこに剣を片手で受け止めるスコット村長の右腕があった。
「お前もまだまだだな」
いつの間にか、それとも、隠していたのか、スコット村長の両腕には手甲(ガントレット)が着けられている。
「さ~て、ありきたりな状況になっちまったが……レイ、そこの荷物もって逃げな。色々と入れておいた。後ろの鏡の裏は通路だ。密林に繋がってる。そこから友の待つ場所へいけ。そして連れていって貰え、俺とお前の懐かしき場所へ」
固有名詞を一切出さず、代名詞だけを並べるスコット村長。これなら男にも足がつく可能性も減るというもの。
だがそんなことより。
「何でそんなものを!?」
驚き、呆れるレイ。地下にあり、本棚でほぼ完全に偽装された入口。そんな場所にもう1つの出入り口まで作るとは、用心深いのか、心配性なのか。いや、どちらも違う。
「俺の2つ名を忘れたか?」
にっこりと笑うスコット村長。歳に全く似合わない満面の笑み。逃げろとは言われたが、ここに彼を置いていくのは、まして、レイにとってあまりに酷だった。だが自分は弱い。さっきの一撃でも良く分かった。足手まといがいては、いかにスコット村長とはいえども共倒れになってしまう。私的な感情を押し殺し、喉まで出かけた言葉を飲み込み、恐らくは登山用だろう大きなリュックを背負い、ヘルムを被って、盾と剣を装備すると、背を向けて答えた。
「憂い無き狩人」
「そうだ!行け!」
「はい」
鏡を蹴破り、飛び散る欠片を無視して、奥に続く無限ともとれる階段へと走り出した。
「最後まで手を出さなかったな?何故?」
足音が遠のき、聞こえなくなるのを確認すると、スコット村長は再び口を開いた。
「お前が止めるんだろ?無駄に足掻くのは嫌いなんだよ。どうだ?決闘と行こうじゃないか、憂い無き狩人とやら」
この男、戦闘狂(バトルマニア)なのだろうか。たが、スコット村長も笑顔で返していた。
「いいね。ならばもう一度名乗ろう。憂い無き狩人。スコット・オースン……参る」
これは名を聞き出すための罠だったのかもしれない。だがその男から、ぶっきらぼうな言葉の中にも、名乗らなければならない、騎士の威厳のようなものを感じていた。
「シャドウ・ファミリア。豪剣。ジルウェ・シュトゥルモヴィーグ……参る!」
「はっ、はっ……はぁ……クソッ!」
樹木の鬱蒼と生い茂る密林の中、レイは両膝に両手をついて止まっていた。
階段が予想以上に長かった上に、密林は倒木や背の高い雑草のせいで足場も悪く、湿度が高いせいか、やたら蒸し暑い。更には荷物の重量も相まって、体力の消耗は激しかった。
スコット村長の事は気がかりではあった。自分は足手まといになる。分かっていた。だからこそ、自分の弱さに腹が立つ。あの時も、今も、ただの足手まといでしかない自分が許せない。
だが、ここで戻る事も、足を止める事さえも、彼を裏切る事になる。そんなことはしたくない。レイは重たい足に活を入れ、再び走り出した。
「強走薬があれば……だがリュックに付いてたコンパスのお陰で方角は分かる。速く火山に行ってアースに……」
走る毎に足が重くなっていくようだ。喉がからからに渇いて、微かに血の鉄臭い味がする。
ふと、何かに気付いてレイは足を止めた。何かいる。レイの少し前方で毒々しい紅が揺らめいている。それは密林に咲く花ではない。
一呼吸おいて、レイは荷物をその場に下ろすと、"剣"を抜いて、紅の中に走り込んだ。
直後、密林をけたたましい鳴き声が包み込む。
イーオス5匹。
普段なら走り抜けても良いが、あの荷物を担いだままイーオスの群れを切り抜けようとは死にに行くようなものだ。
「こんのぉ!」
走り込み、踏み込みに合わせて先頭の一匹に剣を横凪ぎに振り抜いた。
「っ!?」
既に次の標的を見据えていたレイの手にイーオスを斬った感覚が無い。かわされたのかと確認すると、イーオスは見事に真っ二つになっている。
気になったのは引き千切られたような切り口と刀身に残らない血。
レイは違和感を抱きながらもイーオスを二匹、三匹と斬り裂いていく。
(おかしい……斬っているのか?)
イーオスを斬る感触、それは斬るというより、イーオスの肉体が剣を避けているといった感じたった。
五匹全てを斬り伏せ、剣を腰にしまって一息つき、荷物を取りに行こうとした瞬間、渇いた拍手聞こえてきた。
全身の筋肉が一瞬縮んだような感覚と共に、レイはビクリとなった。
音の聞こえた方、レイは首を反射的に右に向けた。
レイのは目は見開かれ、身の毛のよだつ思いがした。
そこに居たのは、黒いコートの人物。
地下で見た男より遥かに背が低い。スコット村長がやられた訳では無いと安心するのも一瞬。
次は自分の身を守らなければならない。
即座に剣を抜き、構えを取る。脇をしめた、隙の無い構え。
モンスター相手に使う構えでは動きが大きく、対人では軽くいなされてしまう。
使うのはスコット村長に習った戦闘術。どこまでやれるか分かったものでは無かったが、死ぬまで足掻いてやるつもりだった。
だが、その人物はただ歩み寄って来ると、覆いをどけて、顔を見せた。
レイの貼り詰めた表情がごく僅かに消え、それが空いた隙間に驚きの表情が入り込む。
「君は酒場の……」
ギルドの酒場で受付嬢を務めていた顔がそこにはあった。
その少女をなぞる様に見れば、腰には二丁の回転式拳銃が収められている。だが、それにはご丁寧にホックまで掛けられていた。
無表情のまま、その少女は話し始める。
「トーメイに行くんでしょう?私はアレッシイを離れられないの。だから伝えて。お姉ちゃんに、国軍が竜人族の書簡を手に入れてしまったことを、事態は動き出していると……」
言いたい事は大体分かる。大方、あのお方と呼ばれた人物が竜操術の真相に近づきつつあるのだろう。
竜操術は使い方を誤れば、ただの竜を用いた破壊の力。その用途が分からない今、レイの復讐という私用など差し置いて阻止しなければならない事象である。
この些細ではない情報は確かに伝える必要があると、レイは思案した。
「用件は分かった。だが、あんたは誰だ?それにあんたの姉など分からんぞ?」
名前も名乗らず、誰とも言わず、ただ伝言を頼まれたところで何ができようか。だがレイはそれを知っていなければならなかった。
「なんだ!やっぱり忘れちゃってたんだ!ひっどいな~!」
威嚇するように顔を寄せ、わざとらしくむくれる少女の表情。先程までは無表情だったせいもあり、あまりのギャップにレイは色々と焦りつつ、あわてて記憶の糸をたぐってみた。
いつの間にか構えを解いているレイ。
ふっと思い出したのは何故かフェニス。よくよく考えればその側にはいつも小さな女の子が居た。腕を組み、考えること一瞬。その少女の名は
「……ミカ?ミケーレ・アプトム?……だっけ?」
こんなに快活だったかな?と思う暇も与えず、ミケーレは両手に持った小瓶をレイの眼前に勢い良く突き出した。
「はい正解!次は忘れないでよね?ごほうびはこれ!さ、ジルウェが……来るかな?……まぁいいや、急いで急いで!」
思い出した事が余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべたミケーレ。武器をしまい、判別も出来ない程目の前に突き出された小瓶を、一歩下がって受け取り確認すると、それは「強走薬グレート」だった。
強走薬グレートは、ゲリョスの体液等が含まれており、肉体の疲労を一時的に解消してくれるため、疲れなくなる。
その名の通り、強走薬の強化版とあり、効能は高い。それ故に、調合もかなり難しく価値も高い。
これがあれば走り続ける事が出来るため、火山までも楽になる。
「火山までは遠いからね。さあ早く!」
こちらの意を読んだかのような事を言うミケーレ。話しながら彼女はレイの背中をグイグイと押してくる。
無邪気に笑っているなかにも、行動に焦りを感じる。もっとも、こんな所をシャドウ・ファミリアの誰かに見られた場合、彼女がどうなるかは、容易に想像が着くが。
実際レイもこんな所でもたもたしている暇は全くない。
仮にも世界の危機という奴である。現状は良く掴めてはいないが、掴めていないからこそ、一刻を争う必要がある。
急いで考え過ぎだったと思うならまだしも、遅れて、はい、手遅れでした、では後悔も出来なくなってしまうかもしれない。
レイは急いで投げ出したままの荷物を背にからうと、強走薬グレートを一気に飲み干し、背中越しに一言ありがとうと呟くと、前だけを見据えて、走り出した。
あとがき
「すいませんでした!」
開口一発目に何だと思われた方も少なくないでしょう。
第2章。とりあえず完結しました。いえ、一旦切ったと言う方が正しいでしょう。
まぁ……流れが……その……ぐっ!……すいません!粗筋書いたノート無くしました!
私のうろ覚え粗筋ではもうグッタグタで何が何だか……。
そもそもあとがき書くの遅すぎる!
サブタイすら考えてねーし!
ぬぅおぁあああぁああぁあぁぁ!!俺はもうダメだぁあぁああ!! おかあさぁぁああぁあん!
はーっ……はーっ……ふぅ。
……第3章。
粗筋の一斉改訂につき、かなり遅くなると思いますが……。
気が向いたら読んでやって下さい……。
ではまた、お会い致しましょう……。
これにて失礼。
最終更新:2013年02月21日 02:42