PROLOGUE
「もうそろそろ着きますね…準備は出来ましたか?」
ここは馬車なのだろう…常にがたがたと揺れており時折激しく揺れる事もある…そこには黒い髪の青年が座っていた。そしてその隣には青い髪の理知的な女性がいる
「ええ、私のほうは大丈夫です。後は“作戦”をご説明するだけです」
彼女は青色の髪を靡かせながら微笑んだ
「それはよかった。では作戦を説明して下さい」
「わかりました…。では、この地図を見て下さい」
彼女はバックから地図らしき物を広げた
「私達が向かうのは旧シュレイド王国の西部にある都市です。そこからシュレイド城を目指します」
地図にはシュレイド城を囲むように四つの都市がありそれらは東西南北に合わせて作られているようだ
「ヴェルト側から1番近いですしね。しかしシュレイド王国がここまで栄えていたなんて…」
彼は驚いている…それもそうだこの王国は一夜にして“滅んだ”のだから…これ程までに発展した王国が一夜にして滅ぶのはあまりにも不自然だ。そう考えるのは当然だろう
「王国を一夜で壊滅させた存在…それが“ミラボレアス”です。まぁ、伝承の話しですが…」
彼女が言った“ミラボレアス”とは…伝説の黒龍の事だ。伝承ではその黒龍が王国を壊滅させたと書かれていた…その話しが本当かどうか調べに行くのだろうか…
「では、壊滅した原因を調べに行くのがあなたの目的なんですね」
「それだけではないです…。私はあの旧王国に居たとされる“伝説の武器職人達”についても知りたいのです…」
それは絶一門と滅一門の事だ。彼らは王国にいたとされる至高の武器職人達であり王国の強さの源だったらしい…
正式に言えば絶一門と滅一門は人の名前ではなく“流派”というべきものだ。詳しい事は今だ謎に包まれており、それらが流派だとしか断定出来ていない…それについての手掛かりがある場所、それがかの旧シュレイド王国だ。だが、それすらもあくまで予想に過ぎないが可能性は充分にあるだろう…
何故、旧シュレイド王国に重要な情報が眠っているのにギルドや王国本土は手を出さないのかと疑問を覚えるだろう…それは旧シュレイド王国が
モンスターの巣窟と化してしているからだ。しかし、それだけなら大量のハンターを導入すれば解決出来る問題のはず…だが、それをも阻む“存在”がハンター達に襲い掛かる…
巣窟化して住み着いているモンスター達はランポス等の弱小モンスターより
飛竜種などの大型モンスターが比率的に多い…それこそが旧シュレイド王国探索の最大の問題となっている
ただでさえ苦戦を強いられる飛竜種が複数存在し、集団で群れを組まれているとしたら……ハンターがいくら居ようが勝ち目はない…人ならざす力があればまた別の話しだろうが…
人ならざる力…そんな夢を見ているような話しを誰が信じるだろうか…だが、実際に考えて見るとハンターの力は腕力だけなのだろうか?そうではない…モンスターの素材によって作られた武具には何かしら不思議な力が宿る…それは時に人の第六感を高め、飛竜の居場所を的確に突き止める能力や自然と治癒能力が高まる能力。さらには腕力が格段に増し攻撃力が爆発的に上昇する能力…様々の効力を与えてくれるのがモンスター達の素材…それこそ人ならざる力なのではないかと思う…だが、それはまだ当たり前の力に過ぎない…
人ならざる力…それはこの世の理から外れた力、つまり神に近い力を意味する…この世界で神に近い力を持つ者…それこそが“龍”なのである
龍…飛竜とは比べものにならない力を持つこの世の支配者…自然を意のままに操り敵対する者を容赦なく攻撃する姿はまさに神そのもの。これらを龍を越えるために数々のいにしえの時代に生きたハンター達が戦いを挑んだという…
龍との戦いは熾烈を極めその力の前に幾千のハンター達が戦いの中に散っていった…しかし、圧倒的な龍を下し勝利を納めたハンターも少なからずも存在した。それはすなわち神を越えた…という事になる。神と存在が等しい龍の素材から作られた武具、それは身に着けた人々を世界の理から外すほどの力を持ったとされている…
今現在の時代に龍という存在はかの黒龍や老山龍だけとされている…が、世界は王国本土とシュレイド地方だけではないのだ
シュレイド地方から山脈を越えた場所にある街ドンドルマや雪山にあると言われるポッケ村や独自の文化を貫くアヤ国、極東に位置する島国シキ国といった街、村、国がいくつも存在している。シュレイド地方以外の地域では“古龍”と言われるモンスターが存在しているらしく、王国本土ではシュレイド地方から比較的近い場所にあるドンドルマと交流を深めようとしてるとか…
いずれにせよ、すぐには発展しないだろう…だが、もはや時間の問題だ…人々の世界は確実に広がりつつあるのだから…
伝説の黒龍、一夜で滅びた旧シュレイド王国、伝説の武器職人流派絶一門・滅一門、そして黒龍を奉る神器…これらのキーワードがもたらす真実とは…
MONSTER HUNTER~いにしえに封じられし真実~
第一章 旧シュレイド王国滅亡の真実
第一章
今まで走っていた馬車がスピードを落とし、ゆっくりと止まった…それは目的地である旧シュレイド王国に着いた、という事だ
「ここが…旧シュレイド王国…」
青年が思わず言葉をあげる。彼の目の前に広がる光景…それはまるで時間の流れから大きく外された世界というのが正確なのだろうか。旧シュレイド王国の都市らしき場所はそのほとんどを緑を覆われおり都市としての機能を果たしてはおらずただの跡地になっている…その先に見える城らしき物が旧シュレイド王国の力の象徴であるシュレイド城だ
「あの城で黒龍との死闘があった…と文献には書かれていました。あそこに行けば何かしらの理由を特定出来るばず…」
真剣な面持ちで城を見つめる女性…彼女の知りたい事が、彼女の求める真相があそこには眠っている。どんな形でかは知るよしもないが……
「セフィルさん…見つかるといいですね…」
「はい…ですが……あそこに行けば私達は真実を知ってしまう…」
彼女は恐れている…真実を知る事を…真実は必ずしも人々に幸福をもたらす訳ではないのだから…
旧シュレイド王国には竜を操るという伝説の禁呪、“竜操術”が存在したと言われている…それは代々いにしえの時代に生きた王家に伝わりし術だったそうだ…他にも絶一門、滅一門が作り出したとされる龍殺しに特化した武器などの現文明の常識を越えた力に触れてしまう事は、世の中の理から大きく外れる事を意味する。強大過ぎる力は人々に争いしかもたらさない…それを彼女は恐れているに違いない
「大丈夫ですよ…あなたは真実を知り、強大な力を見つけても悪用する人じゃありません…だから、大丈夫です」
青年はセフィルを励ますように優しい微笑みかける。それにより彼女の不安も少なからず消えたようだ
「ふふ、ありがとうございます。クローシスさん」
「お役に立ててうれしい限りですよ。それでは準備に入りますか…」
クローシスはそういうと馬車から武器を取り出した
その武器はどこか“まがまがしさ”を感じれる…まだ袋から出されていないにも関わらず、周りを威圧すれかの如き殺気を放っているような錯覚を覚える
「あの…その武器は……?一体…」
彼女の問いに答えべくクローシスは一呼吸おいて袋から出したその武器を眺め、こう言った…
「禁忌をおかして作られた最凶の猛毒兵器、“クロームデスレイザー”」
クロームデスレイザー…それはかつて名を馳せていた高名な武器職人が工房を追放されたため、禁忌とも言える製法を使用して作れた最凶の毒大剣…その剣から発生する毒はありとあらゆる生命を死滅させる…もちろん使い方を謝れば使い手自身も危うくなる代物だ…しかし、携帯時にも毒が常に発生しているのではなく、剣の刃が何かに触れる事により発生する衝撃がスイッチとなり、毒が精製され対象物に流れる…どのような仕掛けでそうなるかは現代の加工技術では説明出来ないらしい…
つまり、この武器もまた古代の技術により現代に姿を表した武器と言える。このように古代文明は現代文明よりも遥かに高度な文明だったのだ…
「あ…大剣ですか?」
なにげない質問のように思えるだろう…しかし、クローシスはかつてギルドの死神と恐れられた男だ。そして彼の武器は死神が使うとされる“大鎌”なのだ…
「鎌は人間を暗殺する時には有効ですが、モンスター戦においては大剣のほうが何かと有利なんです」
旧シュレイド王国にはモンスターの巣窟になっており、どんなモンスターがいるかわからないのが現状だ。その中に身を投じる訳なのだからあらゆる敵に対して有効な武器である大剣を選ぶのはいい案だろう
「それに…鎌は使わないと決めているんです…」
顔を濁しながら語るクローシスはどこか悲しげな表情を見せる
『あ…そんなつもりじゃ……』
彼にとってそれは忘れたい過去だ…。俯くのは当然だろう。セフィルは謝ろうとするがうまく言葉が出ない…
『気にしないで下さい…俺は大丈夫ですから』
心配させまいと笑顔で答えたが、やはりどこかやり切れない…そんな感じの表情だった。過去を引きずるのは良い事ではない…だが、わかっていても振り切れないのが人という生き物だ
『さて、こんな暗い話しは置いてこの後について話しましょうよ。ね』
『は、はい…そうですね。なら私の武器を紹介しますね』
『武器…?』
荷台には彼の武器しか積んでいなかった。それなに何故彼女は“武器”と言い出したのだろうか…
対モンスター用の武器は
片手剣ならまだしも、大剣などは荷台に積まれるのが当たり前だ。つまり荷台になかったという事は“武器自体がない”となるはずなのだが…
うまく情況を読み込めない彼をよそに彼女は馬車の中で何かを捜し始める
『えっと…ここだったかな?あ、ありました!』
『ん?それは……楽器?』
狩猟笛…それは旋律という音色を奏でる武器。時に傷を癒し、時に腕力を上昇させ、時に探知能力を活性させるなど様々な力で仲間を助ける…そんな武器だ
『狩猟笛……聞いた事ない武器ですね』
シュレイド地方ではこのような武器は存在しない…いや、“現代のシュレイド”というべきなのかも知れないが…
『未開の地方、ドンドルマでは一般化されている武器なんですよ。でも、実際は
ランスくらいに大きな武器なんですけどね』
確かに本来の狩猟笛はランス並の大きさを誇り、打撃武器としても優秀だ。しかし、彼女が手に持っている笛はとても“狩猟をする笛”とは思えない
曲を演奏するために使うような楽器としか言いようがない。それが本当に武器になるのだろうか…
『狩猟笛は何故、ランス並に大きいと…いや、大きく作らないといけないと思いますか?』
『え…?』
唐突なセフィルの質問にクローシスは戸惑う…それもそうだろう。何せ彼は狩猟笛自体を見た事がない。さらに狩猟笛がどのような戦い方をするのかさえ知らないのだ
『狩猟笛は狩場一体に聞こえるほどの音を出す必要があるんです』
狩猟笛から発生する音は“旋律”と呼ばれ、自分以外のハンター達もその効果を得る事が出来る。だが、それはその旋律を耳で聞く事で初めて効果を得れる。つまり、行くら旋律を奏でようが旋律が聞こえなかったら意味がない。そこで狩猟笛はランス並の大きさになり、狩場一体に響くような旋律を出せるようになっている
それだけではない。狩猟笛は打撃武器としての役割までも果たせるようになっている。理由はランス並の大きさだ。それほどの重さにしなければならない理由もあり、尚且つ“演奏だけの武器”ではハンターが一人になってしまった場合はどうしようも無くなる。そんな補助だけの武器は正直、旋律効果があったにしてもハンターは使いたがらないだろう…
そこで狩猟笛の先端を
ハンマーのように殴ってダメージを与えられるようにして打撃武器としても機能するようになった。これにより狩猟笛は狩猟をする者の為の笛として未開の地方、ドンドルマで活躍している
『しかし、私の狩猟笛は近くにいるの人を対象として作ってあるんです』
狩猟笛は前にも述べたが狩場一体に旋律を響かせる事が必要な為、ランス並に大きくなったが、それを近くにいる者に絞れば笛自体は大きく無くてもよい訳だ
『もちろん、打撃武器としての機能は皆無ですが、ハンターではない私でも音譜さえ覚えれば旋律を奏でる事が出来ます』
ただ、演奏するだけなら音譜を覚えれば簡単に出来る。でも、狩猟笛は重い。ハンターでない人間が使い熟す事は普通ならありえない。それを考えたら彼女の持つ笛は使いがってがよい。何せ、素人でも使う事が出来るのだから
『随分と使い勝手のよい笛ですね。でもそれはドンドルマの技術ではない…セフィルさんの技術ですよね?』
思わぬ言葉にセフィルはハッとする。まだ話してもない事を言われたからだ
『何故わかったんですか?』
不思議な顔をしながらクローシスを見つめる。よほど理由が気になるらしい
『それはあなたが“武器の開発”に長けている人だからですよ。前にアーサーから設計図を見せて貰いました』
『あ、そうだったんですか~』
そう、彼女は考古学以外にも長けている事がある。それは武器開発だ。素材を加工する側ではなく、図面を書いて設計図を作るのが彼女の特技だ。アーサーに協力をしてもらいながらその才能を磨いて行った結果がこの笛だろう
狩猟笛の機構を完全に把握したうえでないとこのような笛は作れないだろうしオリジナルの技術を誰も作った事のない未知の作品に組み込む事は用意ではないはずだ。これをやって退ける彼女の才能には圧巻される
『はい、前に見た設計図は…大剣でしたね。確か名前は……封龍剣…でしたよね?』
驚く可き事に彼女は数年前にあの伝説の“封龍剣”の設計図を書いていたのだ。それを完成させる事も彼女の目的の一つなのだろう
『その通りです。でも、あの設計図の封龍剣は完成しましたよ』
さらりと笑顔で言うが、実は物凄い事なのだ。あの封龍剣を現代に復元出来る事など不可能とされているのにも関わらず完成させてしまったとは…もはや、彼女の実力は達人の領域に達しているだろう。だが、それよりも気になるのは封龍剣の“その後”の所在だ
『その封龍剣は今はどこに?』
『ある人に使って貰ってます。その方はクローシスさんがよ~く知っている方ですよ』
ニコニコ笑いながら話すセフィルをよそに彼女が言った“よく知ってる方”を思い出そうとしている
『よく知ってる…?あ!もしかして』
『お気づきになったようですね。そう、“あの方”ですよ』
『今頃元気にしてるかな……?』
真上に広がる大空を懐かしむようにクローシスは眺めている
『今はハンターをやっていてこの地方に滞在してるはずですよ』
『いつか会いたいですね……』
『きっと、会えますよ』
『そうですね…そろそろ、行きましょう。あまり遅くなると俺達の活動時間が短くなりますし』
夜になれば暗闇により視界が閉ざされる…。月明かりで照らされている狩場なら夜遅くでも狩りが出来る…。しかし、旧シュレイド王国ではそうはいかない。ジャングルよりも生い茂る草木のせいで光りが届かない場所が多く、常に薄暗いのだ
その原因には天候が晴れない事もある。さらに深い霧が出ている事もあり、人間が活動出来る時間は限られてくる訳だ
人々はそんな複数の現象を呪いだと恐れているとか…。それは呪いなのか、はたまた、それを引き起こしている原因があるのか…いずれにせよ答えは出る。いや、出さなければならないのだ。それが学者の務めなのだから…
そうして、彼らは“魔界”へと入って行く。彼らの進む先には何があるのか…、先にある物は希望か絶望か…。それは誰にもわからない…いや、それを確かめに行く。そう言ったほうが正しいのだろう
彼らがまず目指すのはヴェルト側にある都市だ。その都市の名はネイリル…。今は亡き王国の都市の一つ
四つの都市と城から出来た王国、それがシュレイド王国だった。シュレイド王国は現在のシュレイド地方を一帯を統治していたらしく、かなりの権力を持っていた。その為、凄まじい水準を誇る技術を誇っており、現代の技術をも軽く凌ぐ…さらに王国には優秀なハンター達も多く、まさに“最強”と言える王国だったであろう…
しかし、これが現状…最強の王国は滅亡した。何者かの手により一夜で…
それを突き止める事が出来た時、人は何を手にするのだろうか…
~MONSTER HUNTER~いにしえに封じられし真実
第一章 完
物語は第二章へ
第二章
『草木に日光が遮られているせいでこの道は暗いですね』
『まぁ、それはしかたないですね。私達は時間の流れから取り残された場所にいるのですから』
彼らは今、ネイリルに続く道であろう場所を歩いている。周りを見渡せば一面が草木に覆われている事と薄暗い事ぐらいしかわからない…。それはモンスターが隠れられる場所などいくらでも存在するという事だ
『気をつけて下さいねセフィルさん。いつ襲われるかわかりませんから…』
『はい…』
セフィルは身構える…彼女は暗殺者でもなくハンターでもない“学者”だ。そんな彼女がクローシスのように戦えるはずかない。少しでも気を抜いたら…待つものは“死”という一文字なのだ。それは彼女だけではなく戦う者なら誰でも同じだが、玄人と素人では違いがありすぎる…ましては彼女は戦闘経験が全くないらしい
自殺行為というのはこういう事を指すのだろう。だが、そこまでしても“知りたい”事があるのだから仕方ないと言えば仕方ない…
『…………』
クローシスは何かを考えながら無言で歩いている。それを見たセフィルが彼に話しかけようとした時、クローシスは振り返った
『セフィルさん、伏せて下さい』
セフィルは何故そんな事を言われたのかすぐにはわからなかった。しかし、何かの影が迫ってくるのを感じ、自らの真上を見た。そこには跳びかかってくるモンスターの姿があった
『え!?』
驚いた彼女は咄嗟に体制を低くした。そしてクローシスは背中に背負った大剣“クロームデスレイザー”を引き抜いた…
剣が引き抜かれた瞬間、跳びかかって来たモンスターは身体を胴体から真っ二つにされ、大量の血しぶきを吹き出しながら地面へと落下した
地面に叩き付けられてなおもまだ、動いている。いや、痙攣していると言う可きだろう。胴体から切断され下半身を失った上半身はピクピクと動いていたが次第に動かなくなった
『ランポスか…。逃げますよセフィルさん!』
クローシスは彼女の腕をぐいっと引っ張り、急いで駆け出す。さっき襲いかかって来たモンスター、それは“ランポス”と言われる小型の肉食竜だ。このモンスターは集団で狩りをする事で有名なモンスターだ。獲物を発見すると、鳴き声で周囲の仲間に知らせつつ対象を包囲しようとする。そして強靭な足脚で飛び掛かり、鋭い爪と牙で獲物の息の根を止める狡猾な狩人だ。つまりさっきのランポス以外にも仲間がいる可能性が高いのだ
ここはモンスターの巣窟だ。そうなればランポスの数もかなり多いはず…囲まれたらもはや終わりだ
確かに、“クローシスだけ”なら余裕なのだろうが、こちらには戦闘経験がない彼女がいる。つまり彼女を守りながらの戦いになるのだ
そのため、囲まれたら彼女を危険にさらす事になる。それだけは避けないと行けない…。だが、人間の走る速度とランポスの速度は違う。明らかにランポス側が速度、脚力では勝っている。それもそうだろう…ランポス種が最も得意とする事、“奇襲”だ。それを行うにはスピードが速く無ければ話しにならないのだから。集団での行動、奇襲、周りを包囲しながら狩りを行う狡猾な手法…。ランポス種は飛竜に比べれば弱いが、狡猾な戦いを最も得意とする…簡単に倒せるが侮る可き存在ではない
『(複数の足音が聞こえる。やはり追撃しに来たか…)』
どうやら、事態は良くない方に進んだらしい。彼らを殺すためにランポスが集団で追撃を仕掛けて来た
ランポス達が追ってくる理由としては“仲間の敵討ち”という推測が成り立つ…が、それだけではないだろう。仮に自らのテリトリーに部外者が入って来たら誰だって廃除しようとする…そういう事だ。しかも今回の場合は仲間のランポスを殺害するほどの殺傷力を持つ者…放って置いたら自分達も同じ目にあうかも知れない…。つまり、仲間の敵討ちと言うよりは“グループの安全をするため”というのが1番の理由だろう
『ランポス達が複数で…それに後ろだけじゃない。周囲の草村からも足音が聞こえる。俺達を包囲するつもりだ…(だが、ランポス達だけでこんな統制が取れる訳がない。“リーダー格”がいるようだな…)』
いくらチームワークを重要視するランポス達でも今回に関しては迅速な態様でこちらに向かって来ている。それは“何者か”がランポス達を統制しているからである
ランポス達を統制する者、ランポスの集団というのは昔から群れの中で一際大きな体格をや力を持つ雄がその群れのリーダー格になる。そのリーダー格の名称は“ドスランポス”と称されている
ドスランポスはランポスとは種族的には変わりはない。しかし、通常に比べて大きな体格は当然だが、“赤い大きな”トサカと“鋭く伸びた爪”が目立つ。ランポス種はリーダー格の地位に着いた者だけが身体に何等の変化を促す…。その結果、リーダー格は通常種を越えた能力を手に入れるようだ。そしてその能力とは肉体的に限った事だけではないらしい
知能も通常より上昇するらしく、交戦中に深手を負った場合はその場所から逃げ出して体力の回復を図るといった行動を取る。非常に厄介なモンスターだ。なお、ランポス種には体色の違う“亜種”も存在するのだ
体色に違いがある亜種はその原種を越えた能力を持つらしい。言わば、“突然変異体”だ。突然変異は環境など様々な要因があり、発現するものだ。その能力は大概、その環境により身につくものは違う。砂漠に適用したランポスはゲネポスと呼ばれ、火山に適用したランポスはイーオスと呼ばれている。そして、それらはランポスとは体色だけではなく部位の形すら変わっているのだ。砂漠に適用したゲネポスは砂漠の風景に溶け込みやすい薄緑と茶色縞模様となった表皮を持つ。二つのトサカがあり、前歯が長い。さらに“神経毒”というランポスにはない武器を得ている
火山に住むイーオスは鱗が少ないが厚い外皮を持つ。丸みを帯びた大きな形状はランポスやゲネポスとは一際変わっている。そして、ゲネポス種と同じく毒を持っているが、イーオス種は対象の生命を削り取る毒なのだ
しかしながらこれらの個体はランポス種の亜種という区別よりは近以種と言ったほうが良いのかも知れない。体色だけなら亜種だが、部位や風貌まで変わると亜種とは呼びにくい。それが主な理由だ。だが、ランポスの直系の亜種がいない訳ではない。体色が“白いランポス”が存在する。能力的にはあまり原種とは大差がない…しかし、“雪山”と呼ばれる場所には白いランポスなのだが、氷の吐息を吐いてくるらしいのだ。実態は現在も調査中との事だ。その雪山の麓の村では白いランポスはギアノスと呼ばれているらしく、もしかしたら名称が変わるかも知れない。この世界は常に進化していく。良くも悪くも…
クローシス達は道を奥へと走って行く…。だが、ランポス達も負けじと追ってくる。そして木々がない草村へと出た。周りに隠れるものがないため奇襲を封じる事が出来る
『ここまで来れば大丈夫ですよ』
クローシスは笑みを零す…追われる側が“狩る側”に変わったのだから
さっきほど通って来た道から次々とランポス達がやってくる。その数は約10匹。そして、後ろからゆっくりと歩いてくる赤いトサカをした一際目立つランポス…
『やはり、ドスランポスがいたか…』
『クローシスさん。ここで彼らを倒すしかないですね…』
彼女は戦闘経験がないとは言え、モンスターに関する生態知識は豊富だ。ランポスの生態についても知っているだろう。このまま逃げても追撃の過程で仲間を呼びながら戦力を増強されて苦しくなる。さらに言えばここの環境を考えるとグループが一つである訳がない…つまり、ドスランポスを筆頭とした集団が複数集まられたら堪ったものじゃないだろう
『これ以上、集まられても面倒だ…ですが、遅かったみたいですね』
なんと、ドスランポスの立っている場所からさらにランポス達が押し寄せて来たのだ。しかも、さっきよりも数は多い
『……雑踏見て、30匹前後ですかね。おまけにドスランポスが二頭もやってくるとは…いやはや』
『クローシスさん…“あれ”を使います』
『!…なら、その後は笛での支援をよろしくお願いしますね』
彼はニコッとしながらセフィルに頼んだ。何かの“策”があるらしい…が、状況は極めて最悪だ
ランポス約30匹とドスランポスが3匹…普通なら笑っていられる状況ではないはずだが…“彼”は普通ではないのだ
『囲まれる前に少し距離を取りますよ!』
クローシス達は一斉に距離を取るために走り出した。無論、ランポス達も一斉に彼らを追い掛ける
『さあ、セフィルさん!よろしくお願いしますよ』
『わかりました!』
セフィルは合図とともに手の平サイズの“丸い玉”を自らの真上に投げた。投げた丸い玉をランポス達は“凝視”していた。彼らはこの時間から外れた場所に住んでいるため、ハンター、人間との戦闘経験がほとんどない…つまり人間側が駆使する道具を全く知らない訳だ。それゆえ珍しいのだろう…だが、それがアダになるとは想像は出来てはいないはずだ
そして、丸い玉は破裂したとても強い光と共に。凝視していたランポス達は一斉にもがき始めた…それは視界が閃光に奪われたからだ…
視界を奪った瞬間、クローシス達の勝ちは決定したも同然だった
『残念だったな…』
そう一言言うとクローシスは物凄い速度で駆け出した。大剣を背負っている人間の動きとは到底考えられない動きだ
まずは前方にいるランポス達を横に凪ぐように大剣を振った
その一振りはランポス5匹の首を瞬時に跳ね飛ばした。首を切られた場所から大量の血が噴水のように流れる。そんな事を構う事もせず、次々に周りのランポス達を切り殺して行く。草村が惨劇の海へと変わり果てて行くのがわかる。切られた死体は溢れんばかりの血を放出し、切られた時に出る悲鳴は恐怖を煽る
閃光の効果が切れ、ドスランポス達が辺りを見回す…。彼らは荒れ果てた子分姿を見て絶句している。驚きが隠せず動揺している…が、彼らも同じ運命を辿るのだ…
ドスランポス達の一頭がその場から退却しようと後ろを振り向いた
『どこへ行くんだ?』
ドスランポス達の後ろには大剣を構えるクローシスの姿…。そして、間髪入れずドスランポスの首を勢いよく跳ね飛ばした
跳ね飛ばした首が地面にポトっと落ちると同時にドスランポスの死体は首から血を噴射しながら地面に倒れ込んだ
倒れてもなお、血がとめどなく溢れ出ている。身体が大きいと出血量も異なる…。さらにその大量に溢れんでる血が残りのドスランポス達の視界を奪っていた。一匹のドスランポスが目を凝らしながら目の前を見ると……さっきまで死体の側にいたであろうクローシス姿が見当たらない
すると、横で何かが切られたような音がした。ドスランポスが慌てて横を見ると自身の目に夥しいほどの血が降り懸かって来た。慌てて顔を横に振り、血を払うとすかさず距離を取る…視界の中に広がるのはさっきまで隣にいたドスランポスの変わり果てた姿と立ち尽くす黒服の男の姿だった
最後に残ったドスランポスは口をガタガタさせながらただ呆然としていた。恐怖により身体が動かないのだ。それはまさに“蛇に睨まれた蛙”のように…
『お前で最後だ』
もはや、優しい面影はない…今の彼は“死神”と化している
かつて人々を恐怖に叩き込んだ人間の迫力はあまりにも桁違いだ。睨まれただけでドスランポスが怖じけづいているのだから…。怖じけづく理由は迫力だけではないだろう。“野性のカン”というものだ。よく、殺気などを感じる事があるだろう…背中がぞっとする感じだ。あまりにも強い力を持つ者は殺気を放つだけで人間やモンスターなどを威圧出来るのだ。それが格の差…というものだ
『すまないな…俺はお前を逃がす訳にはいかないんだ…』
左腕に大剣を持ちながらじりじりとやってくる恐怖にドスランポスは覚悟を決めた…いや、恐怖に怯えすぎて混乱した…という可きか…ドスランポスは突進して来た
クローシスに噛み付こうと口を大きく開けたが、クローシスはドスランポスの顎を打ち上げるように殴った。ドゴっという音と共にドスランポスはのけ反る。そして……
……クローシスとセフィルは無言のまま、ネイリルに続く道を歩いていた。何語も無かったかのように…
『………私の我が儘のせいで彼らの命が』
彼女はぽつりと漏らした言葉、それは後悔の言葉だ…。やはり辛いのだろう何かの命を奪うということは簡単にはやり切れないだろう。ましてや彼女は、今まで命が散っていくところを見た事がないのだ
『でも、これからもさっきみたいな戦闘が…いや、さらに戦闘は苛烈になります…』
ランポスとの戦いは序盤に過ぎない…これから先は“飛竜”との戦いになるのだ。その戦闘力はランポスとの比較にはならない。それほど圧倒的な力を持つ敵がこの先には待ち構えている…つまり、モンスターを殺す事を躊躇っていたら自分達の命を取られる事もあるだろう
『この世界は“殺さなければ殺される世界”なんです』
最終更新:2013年02月21日 03:19