狭い路地裏の石畳の上を何者かが駆けてゆく。
足音は二つ。
えらく慌てたるその足音は“並んで”走っているわけではない。
先をゆく足音の主を後から追いかけている、そんな感じがする。
市街地からは遠く離れ、この辺りに人気はない。
夜の闇に消える道を目を凝らしながら狭い路地裏の道を駆けてゆく。
『ハァ…ハァ…ッくそッ!』
舌打ちをしても後ろから追ってくる者がいなくなるわけではなかったが、それでも男は悪態をつく。
追われている事に気が付いてからすでに一時。
一緒にいた仲間も今は見えなくなっていた。
『ロイ!ケビン!……ちッ、逃げやがったのか!?』
仲間の名を呼ぶが返事はない。
後ろの追っ手が今なお自分を追ってきている事から考えれば最初から狙いは自分だったのかも知れない。
自分とはぐれた事によって終われる事がなくなったロイ達は今頃どこかの酒場で酒を引っ掛けているのだろうか。
『あいつら…後でぶっ飛ばしてやる!』
今も自分は懸命に走っているというのに仲間は酒を飲んでいると考えただけで腹が立った。
『残念だけどそれはできないよ』
不意に後ろからかけられた声に背筋に冷たいものが伝うのを感じる。
目の前には壁が立ちふさがっている、どうやら“袋小路”に入り込んだようだ。
この街では何ヶ所かこういった場所がある。
移動には不便なのだが、街の構造上仕方のない事だった。
街を囲む円状の壁、
モンスターの侵入を防ぐ目的で建てられたこの壁のせいでどうしても“デッドスペース”が生まれる、それが袋小路であったりするのだ。
しかし中心部はそんな事もなく人々の生活は自然と中心に集まり、倉庫などが外側に集められる。
それ故か住人達はさして不便を感じていなかった。
『で、できないってのはどういいこった?』
声の主に怯えながらも何とか声を絞り出し唸る。
振り返ると袋小路に差し掛かる場所に人影が見える。
声の主だろう、背丈はそれほど高くなく子供か女と同じくらいだ。
『それは君の仲間はもうこの世にいないからさ』
『なッ、なんだと!?』
返ってきた言葉に耳を疑う。
『バカをいうな!あいつらがそう簡単にやられるかよッ!』
仲間とはぐれた時に別々な方向に走ったはずだ、それを追いつき殺したなどとは考えられない。
『ふふ、ならそう思えばいいさ。でもすぐに会わせてあげるよ…“あの世”でね!』
少年━━━だろうか、声を聞くだけではまだ幼さが感じられる。
笑いながら背負っていた剣を抜く。
『や、やろうってのか…?』
男は後ずさりながら壁に背がつくとまたしても低く唸った。
『叫んでも抵抗してもいいよ、この辺りは人もいないし君は逃げられないんだ。大人しくしてた方が楽だと思うけどね』
そう言うと少年は一歩一歩ゆっくりと歩き出す。
逆にそれが、“追い詰められた”と思わせる少年の歩みが男の恐怖心を煽る。
『抵抗するんだ?…でもそんなの役に立たないよ』
男は背に担いでいた大剣を両手で構え“はっ”とする。
ただでさえ巨大な大剣、そしてここは狭い路地裏。
如何に飛竜の鱗を切り裂く竜人族の武器といえどもこの様な場所では振り回せない。
しかしこの他に持っている武器は剥ぎ取り用のナイフだけだ。
駄目だ、殺される。
必死に考えを巡らせても頭に浮かぶのは“それ”だけだった。
『お、お前は一体何なんだッ!?』
男が叫んだ瞬間少年が恐るべき速さで突進してきた。
夜の闇から飛び出してきた少年にあっさりと自慢の防具を貫かれ、男は目を白黒させる。
『おま、お前は…?』
口から血を吐き出しながら男はゆっくりと崩れ落ちてゆく。
『あぁ、そうだ。何で追いついたのか知りたがってたよね?教えてあげるよ』
少年は懐から小さな空き瓶を取り出し倒れた男に放り投げる。
『“強走薬”さ、君もハンターなら飲んだことあるだろ?』
倒れた男から返事はなく少年は眉を顰めると男を足で仰向けにさせ、さらに剣を突き立てる。
男に意識はないだろうが、最後に小さく痙攣したきり動かなくなった。
『ほら、すぐに死んじゃうんだ。君も“ハンター”じゃないんだね、その防具も金で買ったものなんだろう?だから“こういう事”になるんだよ』
言って少年は剣についた血を払う。
空を見ると東の方がうっすらと明るんでいる、もう少しすれば早い人は目を覚ますだろう。
『時間かかっちゃったな…』
拗ねたような顔を闇に向かって呟くとして少年はまだ暗い街の闇の中へ消えていった。