ここはフライダムの村から南東に2週間ほどの街《レフツェンブルグ》。
街の歴史自体は浅く、ミナガルデや山を越えた先にあるドンドルマに比べても小さい街だ。
ハンター達が扱う武器を製造する街として栄え、各地から色んな者が訪ねてくる。
特徴的なのは街を囲む大きな壁だ、その高い壁は
モンスターの襲撃に備えているといわれる。
しかし外壁はあれど王都などに見られる大砲やバリスタのような兵器は設置されておらず、ただモンスターを街に入れさせない為だけの役割しかない。
歴史は浅いといってもこの街にモンスターが襲撃したという記録はなく、実際は外壁だけで十分といったところなのかもしれない。
街の中でも目を引くのは中心街にあるギルドと“武器工房”だろう。
ギルドは言わずともしれるハンター達を取り仕切る組織だ。
この街はハンターの扱う武器を造る事で栄えた街、自然にハンター達の数は増え、それを取り仕切るギルドも大きくなるっといった具合だった。
武器工房と言われる大きな建物の中は機械仕掛けの“炉”などがあり、本来は竜人族にしか扱えないとされてきた飛竜の素材を使った武器を製造する事ができる。
東に栄えるドンドルマにある工房を真似た物で、時折ふらりと街に立ち寄る竜人族の鍛冶職人などからアドバイスなども受けながら試行錯誤を繰り返し改良が加えられている。
ルインとリシェス、彼らがこの街に到着したのは昨日の事で、着いた時には日も暮れておりその日はギルドでの登録だけして眠りについた。
ハンターはその街や村で狩りをする際にはその地域を取り仕切るギルドに登録を願い出なければならない。
そうしなければゲストハウスと呼ばれる宿舎に泊まる事はおろか、買い物すらできない。
基本的にハンター達は現金を持ち歩く事はなく、ギルドが管理しているからだ。
そうしなければ狩りに出ている間に宿舎から盗まれたり、また狩り場に持っていって無くしてしまったりする者が多く、ハンターは新しい街や村に着いたら以前のギルドでの経歴などをその地域のギルドに報告する。
『エレノア……元気かな』
宿舎の廊下を歩いているとリシェスはぽつりと呟いた。
『そうだね…』
彼らのいたフライダムの村からこのレフツェンブルグまでは約2週間。
仲の良かった友人と離れ気が沈んでいるのだろう。
『きっと元気だよ、帰った時にそんな暗い顔してたら怒られるよ?』
そう言って彼はリシェスに微笑みかける。
彼の微笑みに笑顔を返し、村を出る時の事を思い出す。
『お前達、街に行く気はないか?』
酒場で食事をしていると目の前に座った男が皿に乗ったステーキにナイフを入れながら聞いてくる。
男の名はウォーレン、最近知り合ったハンターで年は三十くらいだと言っていた。
静かな男だが、狩りでは手に持つ
ハンマーで果敢に飛竜に挑んでいく。
また経験も豊富なようでその知識には何度も助けられた。
『街?』
隣に座っていたルインがナイフを止め聞き返す。
彼の前には魚を使った料理がある、ちなみにリシェスは魚の小骨を取るのが苦手なのであまり魚料理を頼む事は無かったが、ルインは好きなのかよく頼んでいた。
『街っていうとミナガルデ?』
彼女もルインの後に続き聞いてみるがウォーレンは何かを考えたまま黙っている。
ミナガルデは西シュレイドに栄える街でハンター達があつまる大きな街だ。
リシェスの両親も何度か足を運んでおり、また彼女自身も親に連れられ行った事がある。
『いや、この村の南東にレフツェンブルグという街がある。武具の製造で栄える街だ』
彼は麦酒を飲みほし続きを話し出す。
『武具の街……、そこで何かあるの?』
確かにウォーレンから見ればルインやリシェスが身に着けている防具は頼りないものだろう。
彼はそこで武具を揃えて来いと言っているのだろうか。
ウォーレンの意図を計りかねリシェスが聞き返した。
『確かに俺達の武器や防具は頼りないと思うけど…』
ルインの言葉をウォーレンが手で遮る。
『待て、何もお前達に装備を整えてこいと言っているわけではない』
言葉を否定されさらに困惑の表情を浮かべる。
『だったら何を?』
豪快な狩りの戦い方とは裏腹に普段の彼はゆったりとしている。
すぐに答えが返ってこないとみるとルインは再び皿の魚に手をつける。
リシェスもウォーレンを見ていたが、考え込む彼を見ているのが飽きたのか料理に視線を戻した。
『レフツェンブルグの辺りには“沼地”と呼ばれる場所があってな』
魚を半分ほど平らげた頃だろうか、不意にウォーレンが口を開く。
『沼地?』
リシェスとルインは揃って聞き返す。
『そうだ、霧に覆われた湿地帯の事だ。視界は悪く、また湿地帯では足を取られやすい為狩りは難しい…』
聞いた瞬間、考えていたのはその事かと理解した。彼はルインやリシェスの腕や経験では沼地での狩りは難しいと考えているのだろう。
『そんなのやってみないと分からないじゃない』
リシェスも彼の考えが分かって腹が立ったのかやや不満げに口をとがらす。
『いや、私も一度行った事があるが思いの外苦戦した。特に“踏ん張る”事が必要な大剣使いや、ハンマー使いには厳しい場所だ。ガンナーも深い霧で狙撃は難しい』
『だったら何を?』
行く気はないかと聞いてみたり、行けば苦戦すると言ってみたり益々ウォーレンの意図が読めない。
『うむ…、そこには珍しい植物があってな、【マンドラゴラ】と呼ばれる植物が生えているという』
『マンドラゴラ…』
聞いた事がない名前を言われリシェスがルインの方を見るが、彼も知らないといった風に首を振った。
『マンドラゴラは薬に使われるキノコの一種でその薬はどんな怪我や病にも効くと言われている…』
『それじゃあそれがあればエレノアも!?』
ウォーレンの言葉にリシェスがテーブルから身を乗り出す。
『ああ、治るかもしれん。しかし調合は工程が長く複雑だと聞く』
エレノアは先の火竜のと戦いで重傷を負った。
幸い命に別状は無かったが、大きな怪我を負ったためハンターとして復帰するにはかなりの時間が必要との事だった。
もっとも怪我が治ったからといって復帰できるかどうかは別問題だろうが。
『エレノアの傷は放っておいても治る、しかしそれでは時間がかかりすぎるからな。お前達がその気ならと思っただけだ』
そう言うと彼は追加の麦酒を注文した。
『でも調合できるかな、俺達に…』
高度な技術を要する薬、珍しい素材を使う物はとりわけ調合が難しい。
この村に来た行商人が【調合書】という物を売っていたが、どれも高価だった。
何でもこの調合書はマニュアルの様な物で、これがあれば大抵の調合は上手くいくという、しかし高度な本になれば手も出せないような金額だった。
『大丈夫だ、街には調合屋というものがあってなそこに素材と金を渡せば薬などを作ってくれる』
ルインの不安を払うようにウォーレンが言う。
『だからお前達は素材を探すだけでいい』
それを聞いたリシェスの顔にも笑顔が戻る。
『だったらすぐに探しに行こう!』
興奮を押さえ切れないといったような表情でリシェスが立ち上がる。
『だが…、だが私は一緒には行けない…』
そう言った彼の表情は暗かった。
『どうして…?』
リシェスが不安げに聞き返す。
『うむ、実はな王都にいる仲間からの呼び出しがあってな。王都に戻らねばならない』
彼の言葉を聞き、先ほど考えていた事は“これ”かと理解する。
つまりは新しい場所の情報は与えるが、自分はそれに同行する事はできない。
新しい場所に、しかも足場の悪い場所にルインやリシェスを送る事への不安といったところだろうか。
『火竜を狩ったといってもまだお前達は一人前でない。沼地は先に言ったとおり視界も足場も悪く熟練ハンターでさえ手を焼く狩場だ、エレノアの傷は時間さえかければ治る…、無理をする必要はないぞ』
確かにウォーレンの言うとおりエレノアの傷を癒やす薬を取りに行って自分達が怪我をすれば本末転倒だ。
アドバイスをしてくれるハンターと組めればいいが、街で仲間を募集しているハンターは大抵長期間組めるメンバーを探しており、一度や二度のクエストの同行者を募集しているパーティーは少ない。
『でも、それでエレノアの傷が治るなら行ってみよう。無理かどうかは向こうで判断すればいいし』
俯いていたルインが口を開いた。
食べ終わった皿の横に静かにナイフとフォークを置き目を閉じる。
『確かに時間が経てばエレノアの傷は治るけど、でももっと早く治してあげれるなら頑張ってみよう』
瀕死の傷でも時間が経てば傷は塞がり、多少の後遺症は残るかもしれないが元に戻る。
しかしその間に外に出れないエレノアは、ベッドからろくに動けないエレノアの筋力は著しく下がるだろう。
狩りに出れない時間が長くなればなるほど彼女の勘は鈍り、いざ実戦に戻ったとしても、すぐに昔の様に戦う事はできないだろう。
ならば、少しでも狩りに出れない期間を短くしようというのがルインの考えらしい。
『お前ならそう言うと思っていた。沼地には雌の火竜もいるという…、決して無茶はするなよ』
そう言うとウォーレンは立ち上がりテーブルを後にした。
『ルー…』
火竜と言う言葉に何かが引っかかったのかリシェスが不安げに見つめる。
『大丈夫だよ、俺達は【マンドラゴラ】を見つけに行くだけ。大きなクエストを受ける事もないよ』
ルインは微笑みながら彼女の手を取る。
『エレノアにしばらく出かけるって言いに行かないと。俺は街の場所をウォーレンに詳しくきいておくからリシェス、頼める?』
『そうですか、そんな遠くに……』
ゲストハウスにあるエレノアの自室だ。
酒場での話を伝えると彼女は少し寂しそうな顔をする。
薬を探しにいくという事はエレノアが気を遣うだろうという事でウォーレンに口止めをされており、ただ彼女の傷が治るまでの間他の街を見に行くという理由にしてある。
『うん、ちょっとの間会えなくなるね…』
寂しそうなエレノアを見ているとつられて空虚な気持ちに襲われる。
考えてみれば幼い頃からずっと一緒に育ってきたのだ。
一日や二日ほどなら顔を合わせない事もあったが、月をまたいで会わないなどという事は今回が初めてだ。
お互いの両親が共に狩りにいくほどの仲で、自然に彼女達も姉妹の様に育ってきた。
『私はまだ動けませんし、それもいいでしょう。気をつけて行ってきて下さい』
エレノアは笑ってみせるが顔色はよくない、それは怪我のせいだけではないだろう。
『ごめんねエレノア…、すぐに帰ってくるから』
そう言って彼女の部屋を後にする。