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震える風~第2幕クエスト☆☆☆☆

『小娘、アンタ大体なんで私とルーの邪魔をするのさ?』
 レフツェンブルグの街に着いて、ゲリョス討伐の報告をしにギルドの酒場に入った時だった。
『なッ!?』
 ドナのその質問はリシェスに一発で火を点けた。
『またその話しなのかい?』
『フェルは黙ってな』
『君もこんなおばさんに言い寄られても困るってはっき…っぁ!』
 ルインに何かを言おうとしたフェルディナンドをドナの拳が一発で黙らせる。
 かなりの速さだった、フェルディナンドの気を抜いていたのかまともに殴られたように見える。
『さぁ、答えな小娘。どうして私とルインの逢瀬の邪魔をするんだい』
『そ、それは……』
 ドナに詰め寄られ、その気迫に飲まれていたその時。
『やめてくださいませんか?』
『もっかい言ってみな、……ん?』
 ドナが振り返り、仲裁をした人物を探すが━━━見当たらない。
 その凜とした声は酒場で騒ぐハンター達を一声で黙らせた。
 そしてそのハンター達の目線は揃って一点を見ている━━━ルイン達ではない。
 ギルドの受付、正確にはその前にいる女1人と男2人。
 3人ともハンターなのだろう、鎧や武器を背負っている。
 目を引いたのは女の姿だった。
 女、というよりは少女という方が適切かもしれない。
 リシェスと同じか、あるいはそれより少し下だろうか。
 幼さの残る顔立ちに、鋭い眼、流れる様な銀髪のストレートが印象的だった。
 それよりも、彼女が見つけている装備も珍しい。
 黒地に金色の装飾が見事に合わさった大きなスカートの様なもの。
 その黒地スカートがスリットから時折覗かせる少女の白い脚を更に引き立てていた。
『そんな事言わずにつき合えよ』
『お断りいたします』
 男の申し出に少女は顔色一つ変えずに返す。
 つまりは絡んでいるのだ、男が。
 酒場では割とよく見る風景だ。
 女のハンターは珍しいわけではないが、相対的に見るとやはり男性のハンターより少ない。
 そして女のハンターが街にやってくると“こういった”状況になる。
 彼女のように“人の目を引く”ハンターなら尚更だ。
『そんな事言わずにつき合えって、“あいつら”と連んでるよりいいと思うぜ?』
『ですからお断りいたします、私の話が通じていますか?』
 少女もこういった状況には慣れているのか、淡々と言葉を返す。
 見ていた酒場の連中も少女に見とれていたが、興味が薄れたのかまた騒がしさが戻りつつあった。
『てめぇ…!ちょっと見てくれがいいからって見下してんじゃねぇぞ!?』
 彼女はそんなつもりではないのだろうが、男の頭の中ではどう理解されたのか、とりあえず“彼女が彼等に喧嘩を売った”事になったらしい。
『ッ!』
 [[片手剣]]━━━サーペントバイトだろうか、を持った男が少女の手を掴み持ち上げる。
 男は大柄な方であり、自然彼女はつま先立ちになる。
『何をなさるんですか』
 握られた腕が痛むのか、少女が苦痛に顔を歪めながら問う。
『てめぇみたいなスカした女には、“世の中の理”ってのを教えてやるよ、そうすりゃ男に逆らおうって気もなくなるぜ?』
 こちらは手を掴んでいない方の男、腰には“お揃い”のつもりなのか、サーペントバイトの色違いの片手剣を差している。
『止めて下さい、彼女が嫌がってるじゃないですか』
『あぁ?』
 いつの間に近付いたのか、ルインが少女を掴んでいる男の肩に手を乗せている。
『あたしゃ知らないよ、先に寝てるからね』
『僕はギルドに報告してくるよ』
 ドナはつまらなさそうに欠伸をし、入ってきた反対側の出口へと歩いていく。
 フェルディナンドはルイン達を通り抜けて、騒ぎを傍観していたメイドに話かけにいった。
 メイドは困ったような表情をしていたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべ、報奨金の準備をするため台帳を開いた。
『何だ小僧?この女のツレか?』
『違うけど…ッ!?』
『じゃあ引っ込んでろ!!』
 色違いのサーペントバイトを携えた男が問い掛けてくる。
 ルインが答えた瞬間、男は腕を振り上げ殴りかかってきた。
 しかし、男は酔っ払っているためか、あまり速くはない。
 ルインは一歩踏み出し男の腕を捌くと、男は勢いを殺し損ねたのかカウンターに突っ込んだ。
 たまたまそこに座っていた男の料理に突っ込んだようで、大事な食事を邪魔された男は怒り、男に罵声を浴びせかけながら殴る。
『あ……』
『て、てめぇ!』
 さすがにルインは予想していなかったようで、食事をしていた男に悪いと思いながらも、少女を掴んでいた男に視線を戻した。
 サーペントバイトの男は、すでに少女を離しており、怒りに肩を震わせている。
『そ、そんなつもりじゃなかったんだけど…』
『じゃあどんなつもりだったんだ、このガキ!』
 男が腕を振り上げた瞬間、男の腕を後ろから誰かが掴んだ。
 少女かと思ったが、彼女が細い腕で男の腕を止めるのは些か荷が重いだろう。
『少年の後から出てきて格好はつかんが、お前それぐらいにしておけ』
『何だと!?』
 そこにいたのは壮年の男だった。
 彼もまたハンターなのだろう━━━ハンターが集まる酒場にいるのだから当然だが。
 頭の防具なのか、大きな皿をひっくり返したような帽子を被っている。
 腰には鈍く光る、鈍器の様なもの。
 形から推測するに恐らく[[ハンマー]]だろう、所々にある出っ張りで殴られるかとも思うと飛竜に同情したくなる。
 鎧らしい鎧は身に着けてはおらず、軽そうな服を着ていた。
『いい加減自分がみっともないと気付いたらどうだ?』
『ふざけん……イテテテテッ!?』
 男が腕を振り払おうとした瞬間、いきなり苦しみだした。
 恐らく、恐らく後ろの男が手に力を込めているのだろう。
 重量のあるハンマーを振るう彼等に本気で握られれば、“痛い”ではすまない。
『頭は冷えたか?出直してこい』
 男が腕を後ろに振ると、ガタイのいい男が信じられないくらい軽く転がった。
 彼にとって男はハンマーより軽いの物なのかもしれない。
 転がった男は情けない声を上げながら、仲間の男を放り出して出口へと去っていった。
『ありがとうございます』
 少女が男に頭を下げようとすると、男は手でそれを止める。
『礼ならばこの少年に言いなさい。私は手助けしただけだ』
 男はそれだけ言うと背を向け歩き出す。
 2、3歩歩いた辺りで、男は何かを思い出したように振り返ると、何かを差し出した。
 それは【ギルドカード】と呼ばれる、ハンター達の名刺の様なもの。
『何かあれば《肉焼き亭》を訪ねるといい、私で良ければ力になろう』
 それだけ言い残し男は出口へと消えていった。
『あの方が肉焼き亭の……』
『お知り合いですか?』
 少女の呟きに思わず反応してしまった。
『いえ、王都では有名なチームのお名前でしたので……。あ、遅れて申し訳ございません。先ほどは助けて頂いてありがとうございました。えっと……?』
 “王都では有名な”ということは先ほどの男はかなりの高ランクのハンターという事だ、ひょっとしたら《攻性の星》よりも有名なのかもしれない。
『いえ、こちらこそ大した事は出来なくて……。俺の名前はルインです』
『とても助かりましたわ。ルイン様、本当にありがとうございます』
 言われて思わず赤面してしまう、笑った少女の顔が可愛らしかったということもあるが、まさか初めて会う女性に“様”で呼ばれるとは思ってみなかった。
 なんだか凄くくすぐったいような感じがした。
『私の名前はオルタンシアと申します、お見知りおき下さい。あら?こちらの方は?』
 ふと横をみるとリシェスの姿があった。
『この人はリシェス、俺の仲間なんです』
『はじめまして、リシェスです』
 リシェスは小さくお辞儀をすると、照れたような表情を見せ微笑む。
『はじめまして、よろしくお願いしますわ』
 オルタンシアは器用にスカートの裾をつまみ、お辞儀をする。
 ひょっとして彼女はどこかのお嬢様ではないのかと思ってしまう程の気品があった。
 彼女の装備自体が、あまり狩りをする為の鎧ではなく、儀礼用的な物の様にも見えたからかもしれない。
『どうしてあんなことに?』
『どうして、と言われましても……』
 ルインの問いにオルタンシアは困ったような表情を浮かべる。
『私、人を探しているのです……、そうですわ!ルイン様は“ラーズフェルト”という御方を御存知ありませんか?』
 オルタンシアが瞳を輝かせながら問いかける。
 彼女の言った名前を頭の中から引っぱり出そうとするが、出てこない。
 ラーズフェルト━━あまり聞かない珍しい名前だ。
 一度でも耳にすれば、記憶に残ると思うのだが。
『すみません……分からないです』
 ルインが静かに言うと、オルタンシアは肩を落とした。
『ラーズフェルトさんはハンター何ですか?』
『はい、ラーズフェルト様は御高名なハンターであると聞いています。この街に来ればもしや、と思ったのですが……』
 リシェスの問いにオルタンシアが答える。
 このレフツェンブルグの街は歴史こそ浅いが、数々のハンターが集まる街である。
 彼女の“読み”は間違ってはいないがタイミングが悪かった、ただそれだけだろう。
 例え同じ街にいても、片方が狩りに出ていたなら会えない可能性は十分にある。
『“ハンターであると聞いて”?』
 今度はルインが問う、おかしいと思った。
 人を探しているならば、ある程度はその人物の事を知っているはずだ。
 しかし、彼女はラーズフェルトがハンターという事は人から聞いた、という言い方をした。
 もし“そう”ならば、ラーズフェルトはハンターでない可能性もある。
 ルインはそこが気になったのだ。
『はい、ラーズフェルト様がハンターであるというのは他の街で聞きました』
 オルタンシアは少し寂しげな微笑みを浮かべてルインを見つめ直す。
『貴女はその人に会った事が?』
『えぇ、ありますわ。一度だけですけれど……』
 寂しげな色をより一層濃くしてオルタンシアが息を吐く。
『私がまだ幼い頃、ラーズフェルト様に助けて頂いたのです。それから何とか恩を返そうとお捜ししているのです』
 その儚げな微笑みにルインや同性であるリシェスまでが魅せられている。
 美しく、酷く脆い、そんな印象が彼女にはあった。
『オルタンシアさんはすごく律儀なんですね』
 リシェスが言うと、彼女は一瞬驚いた様な表情を見せ、胸の前で手を握った。
『いえ、私は……恩を返したいのもあるのですが。えっと私は……その』
『?』
 オルタンシアは頬を染めながら口ごもっている。
 どうしたのか分からなずルインが口を開こうとした瞬間、リシェスが横から決定的な言葉を発した。
『その人の事、好きなんですね』
 オルタンシアはさらに顔を赤らめ、俯いてしまった。
 ルインもようやく理解したのかしきりに頷いている。


『その人はオルタンシアさんの気持ちの事を?』
 彼女が落ち着くのを待ってから、ルインが切り出した。
 些か野暮な質問だったと後悔したが、オルタンシアは嫌な顔をする事なく答える。
『いえ、ラーズフェルト様は御存知ないと思います。私が探している事も……』
 オルタンシアの笑みに影が差したのを見て、ルインの後悔はさらに深くなる。
『そんな人をずっと……?』
 リシェスが恐る恐る聞くと、意外にもオルタンシアは微笑んだ。
『えぇ、ラーズフェルト様をお慕いしているのは私の勝手な気持ちですから。それにラーズフェルト様が私を助けて頂いたのは事実です。それは何があっても変わりませんわ』
 儚げな表情を見せたかと思えば、美しい微笑みを見せる。
 しかし彼女の瞳の中にある輝きは、どんな表情の時でも揺れる事なく前を見つめている。
『強いんですね』
 リシェスが感嘆の息をつく。
『ふふ、私は弱い女です。あの方への想いがなければ私は生きてはいけません。それに信じているのです、想い続ければいつか私はあの方の下に辿りつけると』
 彼女は自分の事を弱いと言ったが、そんな事はない。
 事実、女の一人旅は予想以上に厳しい。
 旅団を組んでさえ、[[モンスター]]や野盗に襲われる事がある。
 その中を一人旅をするのだから、彼女の腕は大したものなのだろう。
 否、それだけではない。
 とどのつまり気持ちだ。
 ラーズフェルトを捜し、彼に逢いたいという彼女の想いがそれを可能にしているのかも知れない。
 何にせよ彼女が弱いなどと言う者はいないだろう。
『ルイン様、リシェス様。別れは惜しいですが、私は新しい街に向かおうと思います』
 言って彼女は何かを差し出す。
『私もあの方と同じくハンターとして生きています。いつかはお二人と共に狩りに出てみたいものですわ』
 彼女が差し出したのはギルドカード、さっと目を通しただけでもかなりの戦績だ。
 2人も慌ててカードを取り出すとオルタンシアに手渡した。
『ラーズフェルトさんを入れた4人でね』
 そう言うと彼女は驚き、深く頭を下げ、ありがとうございますと言った。


『オルタンシアさん、出逢えるといいね』
『うん』
 彼女が出ていった南側の出口を2人は見つめていた。
 何故だか分からなかったが、彼女を見ていると無性に応援したくなってくる。
 それもまた彼女の魅力なのかもしれない。
『話は終わったかい?』
 驚き振り返ると、そこにはフェルディナンドがいた。
 いつからいたのか━━━ずいぶん待ったのだろう、片手にはミルクの入ったグラスを持っている。
 もっとも、その中身はすでに無くなりかけていたが。
『綺麗な人だったね、僕にも紹介して欲しかったな』
『ご、ごめん』
 フェルディナンドはふてくされているが、思い直せば彼女を無視してギルドの受付に行ったのは彼自身だ。
 それを紹介しろ、と怒られてもお門違いなのだが、ルインはとりあえず謝る事にした。
『まぁ、それはいいや。今回のクエストの報酬はこれだよ』
 言ってフェルディナンドは何かが詰まった袋と、紙を渡してくる。
 袋の中身はゲリョスの素材が詰まっていた、剥ぎ取って持ち帰った素材の他にギルドからの報酬が支払われる。
 それがこの袋の中身だ。
 どういう基準で分配されるのかは分からないが、一応公平に分けてあるらしい。
 紙にはクエストの収支が書かれている。
 ハンターは現金を持ち歩く事がないので、そのクエストでの契約金や報酬金額の算出がされた紙で、支払われた報酬・かかった費用・そのハンターの残高などが書かれている。
『これはリシェスの分』
『ありがとう』
 リシェスにも同じ様な袋と紙を渡す。
『じゃあ僕はドナに渡しに行くから』
『ま、待って!』
 笑顔で手を振るフェルディナンドにリシェスが慌てて詰め寄る。
 自分だけ報酬が少ない━━━というわけではないようだ。
『マンドラゴラは……?』
 リシェスが恐る恐る聞くと、フェルディナンドは空いた方の手で髪をかき上げると笑った。
『大丈夫だよ、忘れてない。ただ出発前にも言った様に、ゲリョスは君達の力試し。僕達が手伝って欲しいのは別のクエストなんだ』
 リシェスが心配したのはマンドラゴラを貰えない事ではなく、このままフェルディナンド達が“どこかに行ってしまう”のではないかという事。
 つまり彼らの最初の目的はゲリョスで次の目的などありはしないのでは、という事だ。
『そんな顔をしないでくれよ、何か僕が悪い事をしてるみたいだろ。大丈夫、僕は君達を騙したりしないさ。明日の昼にこの酒場で次のクエストの話をしよう』
 そう言って彼は笑いながら出口へと歩いていく。
 信用していないわけではないが、どこか信じきれない所もある。
『大丈夫だよね?ルー……』
『うん、きっと大丈夫だよ、大丈夫さ』
 彼の小さくなる背中を見つめながら、リシェスの手を取り、力を込めた。
 その酒場は━━━酒場といっても街にあるのとは違い、あまり広くはない。
 だから店主である彼女一人で切り盛りできるのかもしれない。
 しかし、その酒場がある村自体も小さく、酒場に人が訪れる事は多くはない。
 この村に滞在するハンターは10人に満たないが、その中の1人を除いてみなクエストに出ている。
 その1人は怪我を癒やす為にゲストハウスで療養中だ。
 その為か、今日は酒場には誰もいなかった。
 店主の女性は退屈してか大きな欠伸をしてから“伸び”をする。
『暇なのか?』
 急に声をかけられ、慌てて口を閉じる。
『ちょっとウォーレン!いつからいたの?』
『つい先ほどから、君が欠伸をする少し前からだな』
 女の怒気を含んだ声に男は悪びれた様子もなく歩みよってくる。
『来たのなら声をかけなさいよ!』
『無論そのつもりだった、だが“あの様なもの”を見せられてはな』
 ウォーレンの言葉に女は一瞬詰まったが、すぐに彼を睨み返す。
『……で?』
『む、欠伸を見た事については詫びよう』
『その事は忘れて!』
 何をしにきたのかを聞いたつもりだったが、話を蒸し返され女が声を荒げる。
『忘れれる様に努めよう』
『で?今日はどうしたの?』
 女が睨みつけながらグラスに葡萄酒を注ぎ、差し出す。
『王都での依頼も落ち着いてきたのでな、立ち寄っただけだ』
 ウォーレンは差し出された葡萄酒を一気に飲み干すと、深い息を吐いた。
『あの娘が心配?』
 この村は王都からはかなりの距離がある、ただ単に“立ち寄った”からというだけでは来れない距離が。
『む……』
 図星だったのか、ウォーレンは唸ると無骨に葡萄酒のおかわりを催促した。
『王都はどう?』
 女もそれ以上は深入りせずに話を切り替える。
 あの娘との事も気になるが、それは後で本人に聞けばいい。
 その方が目の前のこの男を問い詰めるより楽に聞き出せるだろう。
 それよりも女はこの男、ウォーレンが王都で何をしていたのかが気になった。
 彼女とウォーレンは古い付き合いだ、彼の癖もほとんどといっていいほどに知っている。
 怒りっぽかったり、意外にマメだったり、はたまた鼾がうるさい事まで。
 それでも彼女が彼に興味が湧いたのは、ここ最近、彼に変化が見られたからだ。
 例えば今まで気にしなかった無精ヒゲを剃るようになったとか、そういう事ではない。
 あの少年達と狩りに出かけ、彼は確実に変わった。
 その事に本人は気付いているのかどうかは分からないが、長く彼を知っている彼女にはとても大きく彼が変わった様に思えた。
『王都は相変わらずだな、行き急ぐ若者、勘違いした革命家。何もかも“あの時”のままだ。君の方はどうなんだ、クリス?』
 ウォーレンはつまらなさそうにため息をつくと、3杯目を催促する。
『こっちも同じ様なところかしら、ただ時間はゆっくりにしか流れないわ。それは誰でも同じ事ね』
『少し“小皺”が目立つ様になった気がするが。……む?』
 彼に渡そうとしたグラスを奪い取ると、クリスは一気に飲み干した。
 どうせこんな時間から酒場に客が来る事もない。
 それに少しばかり酔ったところでミスをしない自信もある。
 村長━━━この村のギルドマスターだが、彼に見つかればお小言を頂くだろうが、村長が酒場に来る可能性は低い。
『変わった気がしたんだけど、気のせいかしらね……』
『何か言ったか?』
 彼が変わったのは気のせいなどではないのだが、彼はこういったデリカシーの無い言葉を平然と使ってくる。
 それはそれで気の許せる仲間として見て貰えているのだろうが、小皺が増えたなと言われて喜ぶ女性はいないだろう。
『何でもないわよ!』
 ウォーレンに新しい葡萄酒を注ぎながら、クリスは怒ったふりをしてみせる。
 もっとも彼にこういった態度も通じないのだが。
 案の定彼は、何を怒っているのか分からないといった表情で新しいグラスに口をつけている。
『もうあの娘には会ったの?』 切り出すとウォーレンは少し考えてからゆっくりと顔を上げる。
『いや、ここに来る前に部屋に行ったのだが、あいにく留守だった。それでどうしたのかと君に聞きに来た。もう歩けるように?』
 彼の問いに頷いて答え、クリスは笑う。
『そうね、歩けるようになったのはここ数日の事よ、まだ松葉杖を使わないといけないけれど。それでもあの娘は頑張ってる、貴方が来るのを楽しみにして、ね』
『そうか…』
 少女の傷は深かったが、ハンター生命を絶たれるような怪我ではなかった。
 怪我が治り、リハビリさえすればまたハンターとして狩りに出られる。
 それが彼女を診察した医師の診断だった。
『またルインくんやリシェスと狩りが出来る、あの娘を支えてるのはその想いよ』
 彼女はグラスの中の揺れる葡萄酒を見つめながら言う。
『引き離した私を恨んでいるだろうか?』
 ウォーレンが低い声で呟く。
『そうね、恨んでいるかもしれないわね』
『む……』
 冗談っぽく言ったつもりだったのだが、ウォーレンは俯いてしまった。
 やはり彼自身も気にしているのだろう、怪我をした友人を一人残し、仲間を遠い街に行かせた自分の行いを。
『でも、私はあれで良かったと思うわ。お陰であの娘も怪我の治療に専念できるしね』
『そうか……、すまんな』
 クリスが微笑んでみせると、ウォーレンも静かにため息をつき、優しい目を見せる。
『あの娘、今ごろ“物見の丘”にいるんじゃないかしら?』
『物見の丘?』
 聞きなれない名前にウォーレンは首を傾げる。
『物見の丘は裏をずっと登ったとこにあるわ。この村を一望できるのよ』
 クリスは悪戯っぽく笑うと、彼からグラスを取り上げる。
『じゃあいってらっしゃい。“それ”渡したいんでしょ?』
 彼の胸ポケットを指でつつく。
『バレていたのか』
『誰かさんは本当にマメねぇ』
 照れて苦笑うウォーレンをみてクリスは満足そうに微笑むと、ウォーレンを立たせ手を振った。
『ん……、くッ!?……はぁ…』
 何度やっても持ち上がらない。
 これほどまでに筋力が落ちているとは、正直自分でも思わなかった。
 たかだか二週間ほど寝ていただけだ、それでこんなにも筋力が落ちているとは。
『リシェス、私は……』
 友人は、あの明るい笑顔は今ごろ何をしているだろう。
 ルインや新しい仲間と笑って過ごしているのだろうか?
 あの笑顔の、あの友人の隣に戻れないのならこんなリハビリなどに意味はないように思える。
 自分がどれほど頑張って元の体に戻ったとしても、リシェスと再びパーティーを組めないのならば意味はない。
 自分もどこか他の街に出かければ新しい仲間は見つかるかもしれないが、今はリシェス以外の仲間は考えれない。
『リシェス……』
 青い空が滲んで見える。
 自分が知る友人ならば、自分を見捨てる事はない。
 だが、今友人の声は聴けない、笑顔も見れない。
 それが彼女を不安にさせる。 それが信じている部分までも疑わせる。
 ひょっとしたらリシェスは新しい街で仲間をみつけ、もう村には帰ってこないかもしれない。
 そんな不安が胸のどこかにあった。

『ここに居たのか、エレノア』
『ウォーレン……』
 振り返るとそこには無愛想な顔をしたウォーレンが立っていた。
 エレノアは慌てて浮かんだ涙を拭い、男に背を向ける。
『どうしたんですか?』
『体の具合はどうかと思ってな』
 正面を向くと、泣いていたのがバレてしまいそうだったので後ろを向いたのだが、ウォーレンは知ってか知らずかエレノアの隣に腰掛けた。
『お陰様で順調に回復しています』
 ウォーレンは彼女の傍らに立てかけてあるボウガンに視線を移す。
 エレノアが使うのはボウガンの中でも重量のある[[ヘヴィボウガン]]と呼ばれる種類の物だ。
 その特性として、高火力、高重量、低機動である。
 つまりは威力はあるが、重く取り回しにくいのがヘヴィボウガンだ。
 先の狩りで火竜の壊された彼女のボウガンは修復が不可能だった。
 素材を継ぎ足し強化していく片手剣などの武器とは違い、ボウガンは新しい素材で新しいボウガンを造る。
 ある程度の修理は可能だといっても、バラバラになった物は元には戻らない。
 それで新しいボウガンを造ったのだとクリスは言っていた。
『どうかしましたか……?』
『いや、何でもない』
 彼が黙っているのを不安に思ったのか、エレノアが下から顔を覗きこむ。
 何でもなくはなかった。
 あの時、自分が油断しなければ彼女にこんな想いをさせる事もなかったはずだ。
 彼女の銃━━━確かアルバレストという名だったはずだ、それを見ると銃身の先に“だけ”砂や傷がついている。
 恐らくこれを構えようとしたが、支えきれず取り落としたのだろう。
 ガンナーである自分がボウガンを構えられないという事はどれほどの辛さだろう。
 聞かずとも分かる、自分がハンマーを持てなくなったと想像してみればいいだけだ。
 “そう”考えただけで胸が詰まりそうになる。
 自分がハンマーを持てなくなるなどと考えたくはなかった。
『王都の依頼はもういいのですか?』
 ウォーレンが座る横にエレノアもおぼつかない足取りで腰掛けた。
 ちょうど下を見ると村の広場が一望できる。
 何人かの見知った顔━━━この村の住人が忙しそうに行き来している。
『あぁ、詰まらん依頼ばかりだった』
『そうですか……』
『だが、得る物はあった』
 言ってウォーレンは右手をエレノアに差し出す。
 エレノアに手を広げさせ、その上に取り出した瓶を乗せる。
『これは?』
 乗せられた瓶を不思議そうにエレノアが見る、中の液体がゆっくりと揺れる。
 青い粘液質の液体は瓶を傾けてもゆっくりとしか動かない。
『栄養剤グレートと呼ばれる薬だ、代謝を高め体力をつけてくれる』
 ウォーレンは目を閉じ、思い出しながら口を開いた。
『それを飲めば傷の回復も少しは早くなるだろう』
 エレノアはウォーレンの顔と瓶とを交互に見つめる。
 正直迷った、彼女の部屋にはウォーレンが譲ってくれた薬瓶が幾つか未開封のまま置いてある。
 飲むのが勿体無い━━━確かにその気持ちもあったが、それよりも気になるのは何故この男は、ウォーレンは自分にこんなにもしてくれるのかという事だ。
 栄養剤などは街にでれば売っているらしいが、ウォーレンはわざわざ調合してくれているという。
 ましてやこの類の薬は価値が低いというわけでもない。
 だからこそ簡単に手をつけてはいけないような気がした。
『どうした、飲まないのか?』
 瓶の蓋に手をかけないエレノアに痺れをきらしたのかウォーレンが問いかける。
『何故私にここまでしてくれるのですか?』
『………』
 彼は何も言わない。
 ただ黙ってエレノアの持つ瓶を見ている。
『私に同情でもしているつもりですかッ!?』
 言ってからしまった、と後悔した。
 彼は一瞬寂しそうな表情をしてから、視線を村へと移した。
『同情……、そうなのかもしれんな』
 慌ただしく行き交う人々に、視線を投げかけながらウォーレンは誰に言うわけでもなく呟く。
 その言葉はひょっとすると自分に向けたものなのかもしれない。
『ウォーレン……』
『……いや違う。私はただお前に詫びたいだけだ、ただそれだけだ。あの時、リオレウスが飛び上がった時、私はお前達を安全な場所へと移動させるべきだった。
しかし私は判断を誤った、お前を危険に晒してしまった。その結果が“これ”だ。本当にすまない……』
 彼は頭を下げ、深く息を吐いた。
 その彼の姿にエレノアは酷く後悔した。
 自分が不用意な事を言ったために、ウォーレンを追い詰めてしまった。
 何の為に彼がわざわざ王都から来てくれているのか、そんな事は聞かずとも“分かっていた”。
 彼は責任を感じているのだ、エレノアに怪我を負わせた責任を。
 本来狩りに出て誰かが怪我をしたからといって、責任を負わされる事はない。
 しかしウォーレンは違う、彼の場合は特別だったのだ。
 彼が狩りに参加していた理由が彼を苦しめている。
 それはウォーレンがエレノア達の“お守り”だったという事。
 彼は募集にのってクエストに参加したわけでも、自ら進んど参加したわけでもない。
 彼はクリスからの依頼によって、ルイン、リシェス、エレノアの三名をいわば護衛する為にクエストに参加したのだ。
『本来ならば、万病を治すといわれる【いにしえの秘薬】くらいの物を持って来なければお前に詫びのしようもない。
だが、それを用意する事は今の私には出来ないのだ……、許してくれ』
 ウォーレンはそう言うと立ち上がり、丘を下る道へと歩き出した。
『………さい』
 早く言わなければ彼が行ってしまう、だが胸が押しつぶされそうで言葉が出てこない。
『待ってください!』
 エレノアの言葉にウォーレンは足を止め、驚いたような顔で振り返る。
『勝手な事を言うだけ言って……!少しは私の話も聞いて下さい!』
 たったこれだけ、たったこれだけを言うだけでずいぶんと疲れた気がする。
 緊張のせいか分からなかったが、動機が速くなり肩で息をする。
『「お前を怪我させたのは私のせい?」ふざけないで下さい!私は私の意志でボウガンを構え、リオレウスを撃ちました。そこに貴方は関係ありません』
『だが、奴は《空の王者》……飛び上がったリオレウスが何をするか予測するべきだった』
 ウォーレンはエレノアと視線を合わせようとはせずに言う。
『「予測するべきだった」?何を言ってるんですか、予測すれば私が守れたとでも!?』
 半ば金切り声の様になってきているのが自分でもわかる。
 これだけ声を張り上げれば、下の村人に聞こえてしまうのではと思ったが、止めれそうにはなかった。
『だが……』
『「だが……」じゃありません!どんなハンターでも全てを予測する事はできません、そんな事も分からないのですか!』
 ウォーレンが怒り、反撃してくるかと思ったが、予想に反し彼は黙ってエレノアの話を聞いている。
『確かに私は大きな怪我をしました!リシェスやルインに置いていかれたのも悔しいです!』
『あいつらは……』
『それも分かっています!』
 ウォーレンが口を挟もうとしたのをさらに声量を上げて阻む。
『分かってます!でも、でも怪我をしたのは私の責任なんです!私が判断し、私が行動した。その結果が“これ”です!』
 胸に巻いてある包帯を指差しながら叫ぶ。
『“これ”は“この結果”は誰のものでもない、じゃなかったら私は………』
『エレノアッ!』
 突然膝の力が抜けた、フラついて腰を落とす。
 村を見下ろせる丘は、崖ではなく傾斜が続いている。
 と、いっても角度はかなりあるので落ちればひとたまりもないだろうが。
 背筋に冷たいものが流れるのを感じながらウォーレンは、エレノアに下へと駆け寄り抱きかかえる。
『私は……ハンターではなくなってしまう……』
『分かった、分かったからもう喋るな!私が悪かった!』
 怪我も治っていないうちから無理をしすぎたのだろう、額に脂汗をかきながらエレノアがウォーレンを見つめる。
『また……そうやって謝る………。怪我をした私を……運んで、手当てしてくれたのは貴方……でしょ…う?』
『あぁ…あぁ、そうだ!』
 息が口から漏れるのか、途切れ途切れにエレノアが言う。
 体力を使い過ぎたのだろうか。
『助けて……くれた貴方には…本当に感謝……しています。…だから自分を……責めないで下さい…』
 そう言うとエレノアは目を閉じた、彼女の腕が力なく下がる。
『エレノア?エレノアッ!?』
 どうやら気を失ったようだ、胸の包帯を見るとうっすらと紅が浮かんできている。
 叫んだり、力んだりした為に傷口が開いたのだろう、それならばあの息の上がり様も理解できる。
 彼女の紅潮した顔を見やると、頬を伝う水滴に気が付いた。『お前……、そんな事を言う為に……!』
 ウォーレンは落ちた栄養剤グレートの瓶をエレノア手に握らせると彼女を抱きかかえ、丘を後にした。



『……?こ、ここは?』
 気が付くとそこかは見慣れた風景だった。
『よかった!エレノア!!』
 声がした方━━━ベッドの脇に視線を移すと、そこには涙ぐむクリスがいた。
『クリス……』
 手を握ってくれているのだろう、とても暖かい。
『気が付いたのか』
『ウォーレン!貴方が無茶をさせるからでしょう!?』
 クリスがウォーレンに向かい凄まじい形相で怒鳴る。
 その声と顔は飛竜ですら逃げ出しそうだ。
 そのやりとりをみてエレノアが微笑む。
『エレノア、貴女からも何か言ってやりなさい』
 クリスが半眼でウォーレンを睨みながら言うと、彼はバツが悪そうに頭をかいた。
『ウォーレン、ありがとうございます……』
『??』
 それだけ言うとエレノアは目を閉じた、クリスは何の事か分からず二人の顔を交互に見つめた。
 街の酒場は村とは違い、どの時間に来てもたくさんの人がいる。
 これは初めてこの街の酒場に来た時にも感じた事だが、どこか騒がしい酒場は落ち着かなかった。
 酒場に染み付いた酒の匂いに咽びそうになるし、酔った者に絡まれる事もある。
 自身酒が好きなわけでもないので、あまり酒場に来たいわけでもなかった。
 しかし、そんな彼が酒場に来るのには理由がある。
 彼はハンターだ、ハンターが依頼を受けるには酒場にある━━━いや、ギルドであるこの酒場に来なければならなかった。

 どの村でも大抵はギルドと酒場が同じ建物にある。
 ハンターはそこで飲み食いし、気の合う仲間が出来ればそのままクエストに出かけたりする。
 そもそもハンターは現金を持ち歩く事がなく、ギルドの管理に一任しているため、自然とギルドの酒場で飲食する。
 現金を引き出す事も可能といえば可能なのだが、それだと面倒、というのが彼等の本音であるのかもしれない。
『みんなはまだ……か』
 時間にしておよそ昼前、約束した時間には少し早かったのかもしれない。
 ぐるりと酒場を見渡してみても見知った顔はいない。
 リシェスを起こしてこようかと思ったりもしたが、さすがに顔見知りといえども女性の部屋に入る勇気はなかった。
『とりあえず……』
 手頃なテーブルの席につき、近くを通ったメイドを手招きで呼ぶ。
『ご注文ですか?』
 愛想笑いなのだろうが、メイドは満面の笑みを浮かべ注文用紙を取り出す。
 そういえば村にいたころ、一人で酒場を切り盛りしていた女性はこういった用紙を書いていなかった。
 ハンターの数も少なかったのでその必要もなかったのだろう。
『とりあえずパンと何か軽い物を』
『わかりました、すぐにお持ちします』
 メイドは軽い会釈をし、厨房へと向かう。
 ふと次の狩りの事を考えてみる、この街で知り合ったハンター━━フェルディナンドとドナ、彼等の手助けをする為に今は彼等とパーティーを組んでいる。
 もっともマンドラゴラという素材を貰う為の交換条件なのでパーティーを“組んでもらっている”という方が正しいかもしれない。
(ゲリョスか……、なかなか癖のある飛竜だったな)
 不意に右肩に鈍い痛みがはしり、先の狩りで戦った相手を思い出す。
 初めての沼地での狩り、毒を吐く飛竜。
 まとわりつくような湿気と、視界を覆う霧に阻まれながらも、何とかゲリョスを狩る事は出来たが快勝、といえるものではなかった。
 ドナはゲリョスの起死回生の一撃、“死んだふり”による一撃で手首を痛めたようだったし、自分も閃光に目を眩まされたフェルディナンドを庇って、ゲリョスの毒を受けた。
 毒は直撃こそしなかったが、防具の隙間から入り込みルインの皮膚を冒した。
 肩は痛むが、剣を振るのは左手だし、盾を構えるにも不自由しないことは幸いだったかもしれない。
『お待たせしました』
 声をかけられ、ふと我に帰るとテーブルの上には香ばしく焼き上げられたパンと、オムレツのような物があった。
 メイドが運んで来てくれた物だとすぐに理解し、礼をいうとメイドも笑顔で返してくれる。
 美味しそうな湯気を上げているオムレツにナイフを入れると、中から濃厚そうなチーズが溢れてくる。
 焼けたチーズの匂いに胃が反応するのを感じながら、フォークに刺し口に運ぶ。
『美味しそうだね』
 後少しでこれを味わえたのだが、口の手前でフォークを一時停止させ、視線だけ振り向くとそこには金髪のキザっぽそうな男が立っていた。
『やぁ、ルイン』
『おはよう、フェル』
 金髪の男━━━フェルディナンドは、髪をかき上げ笑うとルインの正面に腰掛ける。
 近くを通りかかったメイドを呼び止め、これと同じ物と注文している。
『今日は早く起きれたんだね、それとも緊張して寝れなかったとか?』
『半分正解………ってとこかな』
『半分?あ、とりあえず冷めないうちに食べなよ』
 ルインの手が止まっている事に気が付いたのか、フェルディナンドが身振りで食べるように勧める。
 冷めると味が変わるわけではないが、それでも温かいうちに食べたほうが美味なのは決まっている。
 それは卵料理ならなおさらの事だ、卵は冷えると固くなるし、チーズの風味も失われてしまう。
『緊張っていうか、心配だったんだ』
 切り分けた卵にチーズを絡ませながら口に運ぶ、口の中に広がる卵とチーズのハーモニーに舌鼓を打ちながらルインが言うと、フェルディナンドが怪訝そうな眼差しを向けてくる。
『あぁ、僕達が逃げるんじゃないかって?』
『……うん』
 隠しても仕方がないのでルインは素直に頷く。
 もし彼らが逃げるつもりだったとしても、こちらが“気付いている”というのを感じていて欲しかったからだ。
『僕達を信用できない?』
『………』
 信用とは例外なく長い年月を経て培われるもの、一度や二度狩りに出たからといって、そうそう相手を信じられるものではない。
 特に街では他のハンターを自分の道具程度にしか見ていない者も少なからずいる。
 そういった者だと見抜けずにその者を簡単に信用してしまえば、自らの命━━━あるいはハンター生命を失うだけだ。
 フェルディナンドが珍しく真剣な眼差しで見つめてくる。
 やはりまずかった、怒ったのだろうかと心配になったが、ルインは視線を逸らすことなく見返した。
 五分、十分。
 2人の間に沈黙が訪れ、時間だけが過ぎてゆく。
 酒場にも人影が現れだし、次第に賑やかさが訪れる。
『ふ、はは、あははははは。まぁ、信じれないのは仕方ないか。でもこのフェルディナンド、一度交わした約束は守るよ』
 急にフェルディナンドが笑い出し、真面目な表情に戻ったかと思うと、騎士がする様な誓いの真似事をしてみたりする。
 初めてフェルディナンドと会ったときに、その綺麗な金髪から彼は貴族ではないかと疑ったりしたが、ひょっとしたら本当に彼は貴族の出身なのかもしれない。
『お待たせいたしました』
 振り返るとそこにはルインの前にある物と同じ物を持ったメイド姿の女性が立っていた。
『ありがとう』
 フェルディナンドが髪をかき上げながら笑顔でトレイを受け取ると、メイドは少し顔を赤らめながら笑顔で頭を下げた。
『料理、冷めてしまったね。取り替えようか?』
 フェルディナンドがルインの前にある皿を指差す。
『いや、いいよ。俺はこれで十分だよ』
 確かに冷めてしまったが、食べれないというわけではない。
 ルインは切り取った卵を口に放り込むと笑って見せる。
『……これ』
 一緒に笑っていたフェルディナンドがポーチから何かを取り出し机の上に置いた。
『これは?』
 小さな皮袋であまり中身は入っていないようだ、中を開けてみても黒っぽい小さな塊が3つ程入っているだけだった。
『ドナには内緒にしておいて欲しいんだけど、それが“マンドラゴラ”さ』
『え?』
 聞こえなかったのではない、フェルディナンドが言った言葉が理解できなかったのだ。
 確か彼らは夕べリシェスに、「次の狩りが終わればマンドラゴラを渡す」というような事を言っていた。
 それが何故、今自分に渡すのかが理解できなかった。
『数はそれで足りるかどうかは分からないけど、僕が持っているマンドラゴラはそれで全部さ』
『でも、どうして?』
 フェルディナンドは静かに料理を口に運んでいる。
 ルインは袋の中身とフェルディナンドの顔とを交互に見つめながら、頭の上に疑問符を浮かべている。
『ふふ、それは君達に次の狩りに絶対に来て欲しいからさ』
 つまり成功報酬であるマンドラゴラを受け取ってしまえば、次の狩りには参加せざるをえない、という事。
『これを持って俺が逃げたら?』
『そこはまぁ、君を信じるって事で』
 怒るだろうかと、冗談っぽく言ってみたのだが、フェルディナンドは意外にあっさりと受け流し、食事を続けている。
『それに、次の狩りで僕が生きて帰ってくる保証はどこにもないしね』
『え……?』
 フェルディナンドの口からさらりと出た信じられない言葉、確かに狩りに出てしまえば命の保証などどこにもない。
 しかし、彼が言っているのはそんなありふれた様な物ではない気がした。
『危険な敵……なのか?』
『次の狩りの相手は━━━』

『あ!ルー!やっと見つけた、もう!部屋に行ったらいないんだもん。どこに行ったのか心配したじゃない!』
 振り返るとそこには見知った顔の娘が眉を吊り上げて立っている。
『おはよう、リシェス』
 腰に手をあて、怒ったような表情をしている彼女に挨拶を投げかける。
『おはよう、じゃないわよ。起こしてくれたっていいじゃない』
 そう言い彼女は口を尖らせながらもルインの横に腰掛けた。
『まぁ、彼も気を遣ったんだよ』
 フェルディナンドが横からフォローしてくれるが、あまり効果のほどはないようだった。
『小娘が大口開けて寝てるとこなんか坊やも見たくないだろうしね』
 瞬間リシェスの表情が凍りついく。
『ど、ドナ……』
 いつの間に来たのかリシェスの後ろにドナが腕を組んで立っていた。
 リシェスの表情に不安を覚えたのかフェルディナンドの笑顔がひきっている。
『そんな事ないわよ!ねぇ、ルー!?』
 ここで話を振られても困るのだが、とは言えずルインは口ごもる。
『ほら見なよ、坊やも困ってるじゃないか』
 困ってるのは確かだが、それはリシェスが大口を開けて寝ているというのを肯定しているわけではない。
 むしろ彼女の寝顔を大人しい方だ。
 村にいた頃、何度か共に狩場のキャンプで寝たことがあるが、どこかのハンマー使いの様な鼾などはかいたりはしなかった。
 だからと言って彼女のそういった寝顔を見たい、というわけでもない。
『いや、リシェスの寝顔は可愛いかったと思うよ』
 それを聞き耳まで赤く染め、俯いてしまったリシェスと違い、今度はドナが怒ったような顔を見せる。
『私の寝顔を可愛いくなかったと言いたいのかい?』
『そりゃ、ドナは可愛いっていう年で……っ!?』
 フェルディナンドが椅子ごと殴り倒される。
 フェルディナンドを殴るドナの速さは異常だ、彼もドナと付き合いが長いのならそろそろ学習できると思うのだが、それでも時折殴られている。
 もっとも普通に起き上がってくるところ見ると、ドナも本気で殴っているわけではないようだ。
 速いが威力はない、牽制のようなパンチにフェルディナンドが大袈裟なリアクションをしているのだろう。
 つまり彼は彼女を怒らせて楽しんでいるのだ。
『そういうわけじゃ……』
 と、苦笑いを浮かべてみるが、実際ドナの寝顔など見たことがない。
 出会った次の日にベッドな彼女が潜り込んでいた事があったが、寝顔など見ている暇などなかった。
『へぇ、じゃあどういうわけか聞かせてもらおうかねぇ。ベッドの中でしっかりとね』
『ドナ、彼は嫌がっているみた……っとと、冗談はこれくらいにして君達も早く食事をすませなよ』
 睨むドナから慌てて視線を外し、フェルディナンドが少し大きな声でいう。
 ルインは内心ほっとしつつ、食べかけのすっかり冷めてしまったオムレツを急いでかきこんだ。


『で、フェル次の話はしたのかい?』
 重たい空気の中、フォークとナイフが皿に擦れる音だけを聞きながらゆっくりとした時間が流れる。
 酒場の喧騒も全く気にならないほど空気が重たかった。
 今までこんな空気の中で食事をした事はなかったので、それはそれで新鮮だったが、出来れば二度と味わいたくなかった。
『まだだよ、ドナから話すかい?』
 それを打ち破ったのは、作り出した張本人である彼女━━━ドナだった。
 三十路半ばといった感じの女性で、顔は端正な方だろう。
 自分の体に自信を持っているのか、胸元を強調したような防具を身に着けている。
 同性で年下のリシェスが気にいらないのか、やたらと彼女に突っかかっている。
 フェルディナンドが言うには、リシェスの若さに嫉妬しているだけ、らしい。
 以前狩場で彼が言っていた。
 それを言った直後に彼が何処からか飛んできた砥石に当たって卒倒したのは多分気のせいだろう。
 あの距離で彼女に聞こえるはずはない。
 聞こえたとするなら、彼女はイャンクック並みの地獄耳だ。
『面倒だから私はイヤだよ、フェルが言いな』
 そう言うと彼女は腕を組み、背もたれにもたれかかった。
『仰せのままに。さて、次の狩りが本当に僕達が手伝って欲しい狩りなんだ』
 それまで黙り込んでいたリシェスもフェルディナンドの見つめて話に聞き入っている。
『目的地はジャングル。狩る飛竜は━━━』
 フェルディナンドの口から聞き慣れない言葉が出た。
 ジャングル。
 密林とも呼ばれる猟場の事だった気がする。
 ルインは頭の中で記憶を辿る、一度本で読んだ事がある。
 森と丘と呼ばれる猟場とは違い、湿気・気温が共に高い場所だ。
 特に暑さは“蒸し暑い”と形容するのが相応しく、水分の補給などを怠れば脱水症状や熱中症などに陥りかねない。
 森と丘以上に鬱蒼としているこの地方独特の樹木が極端に視界を狭める。
 故に飛竜ほどの大きさをもつ物であっても見落とす事もあるという。
『飛竜の名は━━━ガノトトス』
『な、ガノトトスッ!?』
 ルインがテーブルを叩きつけ立ち上がる。
『ど、どうしたの、ルー?』
 いきなりの事に驚いたのか、リシェスが目を白黒させている。
 それは酒場にいた他のハンターも同じらしく、皆立ち上がりテーブルに手をついて脂汗を浮かべるルインに視線が集まる。
 しかし、自らの興味を引くようなものではないと判断したのか、各々の席へと視線を戻す。
『そう、水竜ガノトトスが私達の次のターゲットさ。まさか怖じ気づいたとか言うんじゃないだろうね、坊や?』
『………』
 ルインを挑発するようにドナが笑うが、それにすら反応せずにテーブルにおかれた布袋を見つめている。
 水竜ガノトトス━━━
 その名の通り水辺に生息する飛竜で、砂竜ガレオス種と同じ魚竜種に分類される。
 飛竜とされているが、翼は退化し泳ぐ為のヒレとなっている。
 しかし、時折空中を滑空する姿を見たなどの報告も上がってきていたりもする。
 特筆すべきはその巨躯。
 火竜などを遥かに凌ぐその躯は見るものを圧倒する。
 鎧竜グラビモスと並び、現在確認されている[[飛竜種]]の中での数少ない大型種とされている。
 砂漠にある地底湖、密林の川などで目撃されており、水中ばかりでなく陸上での行動も確認されている。
 巨大な躯でありながら、その動きは素早い。
 また火竜の火球のようなブレスを吐くことはないが、体内に蓄えられた“水”を超高圧で吐き出す。
 吐き出された水は刃のような切れ味を持ち、ハンター達の鎧であろうとも簡単に切り裂いてしまうという。
 またガノトトスの気紛れにより水中から出てこないという事もあるらしい。
 わざわざ陸上に上がりハンターの攻撃に晒される必要もないので当然と言えば当然なのだが。
 となると、まさか身動きの取れない水中にハンターが入るわけにもいかず、自然と攻撃はガンナーが中心となる事が多い。
 以上の理由からガノトトスには例え熟練のパーティーでさえ苦戦する。
 その分水竜の素材には破格で取り引きされるが、受けるハンターは多くない。
 リスクが大きすぎるのだ。
 どんなに強力な武器を持っていようと、こちらが陸上、あちらが水中という図式を崩せない限り手も足も出ない。
 万に一つ陸上に上がったとしても、その巨躯に尻込みしてしまう。
 前述した通り“大きすぎる”のだ、この水竜は。
『どうやって狩る…?』
 ルインが皮袋を見つめたまま唸る。
 彼等のパーティーはルインが片手剣、フェルディナンドが双剣、リシェスが大剣、ドナが[[ランス]]という近接主体のパーティーだ。
 ガノトトスが水竜にいる限りこちらの攻撃は届かない。
 水中にいるガノトトスを発見は出来ても、悪戯に時間を消費する事しかできないのだ。
 近年の王立古生物書士隊の報告では、ガノトトスはカエルが好物であるということが分かっている。
 カエルを垂らしていたら、ビックリするような獲物がかかった、といった法螺話も聞いた事があるが、全てが嘘━━━というわけでもないようだ。
 当然ガノトトスを釣り上げる事は人の力では無理である。
 ガノトトスが餌に食いついた瞬間水の中に引き込まれるのがオチだ。
 しかし、水中に引き込まれる事なく僅か数秒耐えれば、ガノトトスは堪らず飛び上がっくる、というのだ。
 だが、実際に試した者がいるわけもなく━━━“数秒耐えれば飛び上がってくる”という保証もないので当然だが、その話も信じがたかった。
『どうやって、とは?』
 フェルディナンドが髪をかき上げながり聞き返す。
 その表情はどこか嬉しそうだ。
 それはルインが質問してきたからだろうか。
 どうやって狩る?━━━そんな事は聞かなくても分かる。
 相手の攻撃をくらわず、こちらの攻撃を如何に当てるか。
 それが出来れば勝てない飛竜などいないだろう。
 どうやって狩るかと問われれば、“そうやって”狩るとしか答えはない。
 それはルインも分かっているだろう、彼が聞いているのはその“方法”。
 つまりは“どうやって”ガノトトスに“そのように”攻撃するのか、という事。
 それはフェルディナンド達にガノトトス攻略の作戦があるなら参加してもいいという事だ。
 ルインとしても皮袋━━━正確には中のマンドラゴラは欲しい。
 それを手に入れる条件としてガノトトスと戦わなければならないとしたら無手では挑めない。
 だがフェルディナンドに“まとも”な作戦があるのならば、ガノトトスといえど決して狩れない相手ではないとルインは考えていた。
『ガノトトスを狙っていたなら、何か作戦があるはず……』
『そんなモノは無い、と言ったら?』
 絞りだすようにルインが言う、それに対しフェルディナンドはサラッと受ける。
『なら俺達は降りる……』
『る、ルー!?』
 ルインの返事に驚いたリシェスが声を上げる。
『へぇ?』
 ここで次の依頼を共にこなさないというのなら、それは最初に約束したマンドラゴラも諦めると言うことだ。
 リシェスが驚くのも無理はない、彼女等はマンドラゴラを手に入れる為にこの街に来たのだから。
 マンドラゴラが“絶対”に必要かと言われればそうではないが、それでも手に入れたいという事には変わりなかった。
 フェルディナンドは不敵な笑みを浮かべながら聞き返す、まるでルインが“そう言うだろう”と予測していたかのように。
『方法や作戦がない、と言うなら俺達は━━━』
『ふふ、あはは、はははははは!!ね、ドナ言った通りだろう?彼なら絶対そう言うってね』 ルインの言葉を遮りフェルディナンドが笑う。
 いつもの笑顔を浮かべるだけでなく、体全体で笑っている。
『まぁ、坊やはかなり“できる”みたいだからね』
 フェルディナンドの横に座るドナも腕を組み、笑みを浮かべながら頷く。
 笑われているのが気に入らないのかルインは黙ったまま2人の様子を見つめている。
『そうだね、君が言うとおり作戦が無いわけではないよ。流石に僕でも無策で水竜に挑んだりはしない』
 フェルディナンドがテーブルの皮袋を掴み手前に引き寄せる。
『ただ…ただね、君達の事を試したのさ』
 皮袋の中を開き、中身が入っている事を確認するとフェルディナンドは頷いて紐を縛る。
『欲しい物に釣られて無謀な事をするようなハンターとは組めないからね』
 そしていつもの軽薄そうな笑みを浮かべると、フェルディナンドは皮袋をルインに向かって放り投げた。
 皮袋はゆっくりと放物線を描き、ルインの手に落ちてゆく。
 彼は落とさないように慎重に受け止め、フェルディナンドを見返す。
『どういう……事?』
 リシェスは何の事を言っているのかと聞き返す。
 それもそうだ、“試した”と言われてもピンとこなかったし、何よりそれは前のゲリョスのクエストで終わっているはずだ。
『あぁ、その皮袋にはマンドラゴラが入っていてね』
『えっ!?』
『どういうことだい!フェル!?』
 リシェスが驚き、ルインの持つ皮袋を振り返る。
 ドナも聞かされていなかったのか怒り混じりの事を上げた。
 その形相は今にもフェルディナンドに掴みかかり殴りそうな勢いだ。
『今渡して、もし坊やが逃げたりしたら━━━っ!』
『そうだよドナ、それが聞きたかったんだ』
 何かに気付いたのか、フェルディナンドの胸ぐらを掴んでいた手を離し、ドナが考え込む。
『僕達が次に相手する飛竜はガノトトス、この水竜を狩るのは容易な事じゃない。
だから彼等に“交換条件”としてマンドラゴラを渡すんだけど、先に渡しておかないと逃げちゃうかもしれないだろ?』
 自分達が望む物を見る事なくガノトトスに挑む━━━確かにそんな者もいるかもしれない。
 だが、大抵の者は思うはずだ「本当に俺の欲しい物を持っているのか?」
「本当は口先ばかりのデマカセじゃないのか」と。
 そんな考えを持ったまま狩りに行き、追い詰められればどうなるか?
 簡単だ、多くの者は逃げ出すだろう。
 残り、最後まで諦めず懸命に戦う者もいるかもしれない。
 だがやがては諦める。
 相手が自分の望む物を持っているかどうか分からないのだから。
 貰えるかどうか分からないのに命を張る者などいない、だからこそ最初に見せてもらうべきなのだろうが、その場で奪われても困るので多くの場合受け渡しはクエストの終了時に行われる。
『でもルインはマンドラゴラを見てもガノトトスを狩る気だった。強大な相手と識っているのに、逃げようとせずに、ね』
 フェルディナンドの言う通り、ルインは逃げるつもりは無かった。
 確かにマンドラゴラを受け取ったが、フェルディナンドからの依頼を果たしていない限りこれは自分の物ではない。
 この後彼等と別れ、部屋に戻る機会があれば逃げれるかもしれないが、そんな事は彼等も許してはくれないだろう。
 それに彼等から逃げ切ったとしても、ギルドに報告されればそこでアウトだ。
 貴重な素材とはいえ、キノコでギルドから追われるなど笑うに笑えない。
 水竜ガノトトスにしても、4人いれば何とかなりそうな気がしていた事もある。
『でも狩場で気が変わるかもしれないじゃないか』
 ドナが半眼でフェルディナンドを睨みながら言う。
 ガノトトスは巨大な飛竜だし、間違いなく強敵だ。
 実際に相対しなければ何とも言えないが、クエストをリタイアする事だけは無い、と思っている。
 どんな相手であっても“絶対”という事はない。
 それは絶対に狩れるという事もないし、“絶対に負ける”という事もないと言う事だ。
 ルインはフェルディナンドが無謀にガノトトスに挑むというのでない限り、このクエストを受けるつもりだった。
『それはないんじゃないかな』
 ドナの問いにフェルディナンドが笑いながら答える、そのせいか彼女の目がさらに鋭くなった気がした。
『もしそんな心算なら彼は“ガノトトスを狩る方法”なんて聞いてこないさ。
ルインはガノトトスを狩る気なんだよ、そうだろ?』
『あ、ああ』
 急に話しを振られ、ルインは返事に困った、心を読まれていたのかと、内心焦る。
『へぇ…、じゃあ坊やを信じるんだね?』
『あぁ、これ以上探したって彼以上の仲間は見つからないと思うしね』
 ドナに力強く頷き、フェルディナンドはルインとリシェスを見る。
『水竜ガノトトスは間違いなく強敵だ、その理由として巨大な体━━━君達が今まで見た飛竜の中で一番大きいと考えて欲しい。
そして何より理由は、奴は水の中にいる事だ』
『水の…中……?じゃあどうやって?』
 リシェスがフェルディナンドの説明に口を挟む、彼女はルインとは違いガノトトスの知識がないのだから当然と言えば当然だが。
『そう、さっきルインが聞きたかったのはその事だろ?水中のガノトトスを如何に陸に上げるか。
それが出来なければ僕達は手出しできずにクエスト失敗さ』
 フェルディナンドが自嘲気味にお手上げといった素振りを見せる。
『でもそれじゃあ・・・』
 口を挟もうとしたルインを手で静止し、フェルディナンドはポーチから何かを取り出しテーブルの上に置いた。
 それは、小さな塊。
 大きさで言えば成人男性の手に少し余るくらいの大きさ。
 ちょうどペイントボールくらいの大きさだ。
『これは?』
 見たことがないのか、リシェスが物珍しいそうに見つめる。
『これは【音爆弾】、見たことがないかい?』
 音爆弾と呼ばれたものをリシェスに手渡した。
 彼女は頷きフェルディナンドから受け取るが、手にとって見ても使い方がわからず、転がしたりしている。
『このアイテムはね、砂竜などを狩る時に使用される物で炸裂時に高音を発する。・・・名前通りにね』
 砂竜━━━ガレオス種は高速で砂中を回遊する飛竜だ。
 砂漠で運悪く遭遇すれば、ガレオス達の姿を見ることなく砂中に引きずりこまれる事もある。
 そうはならなかったとしても、相手の姿を見ることもできずにただ弄られる事には変わりない。
 しかし、最近彼ら━━━ガレオス種は音に弱いと言う事が分かっている。
 高速で砂中を泳ぐ為に視覚が著しく低下し、その代わりに聴覚が発達しているからだといわれているが、詳しくは分かっていない。
 もっとも、飛竜の事で詳しく分かっていることの方が少ないのだが。
 砂中にいる瞬間に頭上で音爆弾が破裂すれば、彼らは聴覚に多大なダメージを受けたまらず地上に飛び出してくる。
 高音の振動に弱いというのは“イャンクック”も同じであるが、砂竜達は砂中で呼吸ができないので地上に出てくるのだという。
 だが、今回の狩りの相手はガノトトス、砂竜ではない。
 ガノトトスはガレオスのように砂中を移動しているわけでもなく、また音に弱いというわけでもない。
 事実陸上にいるガノトトスに音爆弾を投げても効果はない。
 ならば、何故“ガノトトスに音爆弾なのか”。
 それはガノトトスが水中にいるからこそ、効果が発揮されるのだ。
 ガレオスにしてもまた然り。
 彼らが水中ないし、砂中にいるからこそ音爆弾が効果を発揮する。
 小さな池があるとする、そこに水中から水上に顔を出す岩がある。
 もしその岩を、例えば爆弾などで砕いたらどうなるか?
 次の瞬間には池の水面は気絶した魚で一杯になるだろう。
 つまりは“そういう事”だ。
 気絶はしないにせよ、耳障りな高音に怒ってかガノトトスは陸上に飛び出してくる。
 それは試したハンターが何人もいるので、ハンター達の間ではガノトトス狩りの常識とされている。
『つまり“これ”があれば俺達でもガノトトスと戦えるんだ』
 ルインの説明にリシェスが頷く。
『全く小娘は何も知らないんだね』
 その説明を聞いていたドナが横からため息とともに漏らす。
 一瞬リシェスがむっとしたような表情を見せたが、すぐに疑問の表情に変わる。
『でも水竜は絶対出てくるの?』
 それも少し頭を働かせれば当然出てくる疑問だ。
 確かに音爆弾の振動によってガノトトスは飛び上がる、しかし飛び上がったところでそこは水の中。
 砂中から飛び出したガレオスは砂の上に落ちるが、水の中にいるガノトトスはそういうわけにはいかない。
 飛び上がったとしてもまた水の中に落ちれば意味は無い。
『それは大丈夫なんじゃないなかな、わりとよく出てくるって聞くからね』
『“よく出てくる”?』
 フェルディナンドの言葉に今度はルインが疑問の表情を浮かべる。
 彼自身も読んだ本によると、ガノトトスの狩猟には音爆弾を携行するべし、と書かれていた。
 しかし、実際音爆弾を投げるとどうなるかなどは知らないし、ましてや見たこともない。
 フェルディナンドもそれは同じなのか、人から聞いたとだけ言う。
 なら“よく出てくる”というのはどれくらいの確立で出てくるのか?
 聞いた通り、よく出てきたとしても勝てるかどうかもまた別問題だ。
『音爆弾はギルドからも支給されるくらいだからね、効果はあるんじゃない?』
 このフェルディナンドという男は時にこういった“他人事”のように言う。
 ルインにはそれがいまいちこのフェルディナンドを信用できない理由の一つだと思っている。
『信用していいのか・・?』
『何事も経験っていうしね、やってみないと何とも言えないなぁ』
 ルインはため息をつきながらリシェスを見る。
 彼女がどうしたの?といった表情で見つめなおしてくるのを見てもう一度ため息をついた。
『どうする降りるかい?降りるならマンドラゴラは……』
『ルー……』
 リシェスが心配そうに自分の名前を呼ぶのを聞きながら考える。
 ガノトトスの狩り、フェルディナンドがいったように何事も経験だと思っている。
 しかし、それは命あってこそだ。
 リシェスにしろ、自分にしろ狩りの経験は十分とは言えない。
 水竜ガノトトス、砂竜ガレオスなどの魚竜種と戦ったことはおろか、見たことさえがないのだ。
 そんな中、使った事もないような道具を持って勝てるだろうか。
 リシェスはきっとマンドラゴラを切望しているに違いない。
 一人で彼らに同行するとは思えないが、その可能性がないわけでもない。
『わかった、一緒にガノトトスを狩ろう』
 その返事を聞いて一同の表情が明るくなったような気がした…

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最終更新:2013年02月21日 06:36
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