開幕
人間の三大欲求の1つ、食欲。
一日中何もせず生活していても、腹は減る。
どんなに豪華で、美味な料理を食べても食欲が消え去ることは無い。
寧ろ美味な料理を食べるほど、食に対する欲求は大きくなる。
もっと美味な物を、もっと豪華な食事をと・・・。
欲望はその人間が生きている限り、大きくなっていく。もっと、もっと、と。
飽くなき食の欲求にとり憑かれた者は、アラユルモノを己が欲望のために口へと運ぶ。
ある者は肉や魚、野菜、果ては人ならざる化け物ですら欲望の餌食にする。
中には同族を手にかける者も・・・。
一時は満たされた食欲も生きている限りまた現れる、無くなりはしない。
その度に欲望にとり憑かれた者は狩りを続けるのだろう。
自身の欲望が消え去る日、自身が死ぬその時まで・・・・
密林の少女(回想)
木々が生い茂る密林の海岸に少女が1人。
海からは、打っては返す涼しげな波の音。
それとは対照的に、密林からは木々を圧し折り何かを貪る音が聞こえる。木々の隙間からは大きな影が見える。
何とも物騒である。
少女はふと思った。何故自分はこんな所に居るのかと。
- 話は2週間前(クシャルダオラ討伐から1週間後)に遡る。
集会所には報告のため街に戻ったカイン以外の2名、その他に最近村にやって来たハンターが4名ほどテーブルに座っている。
カウンターの向こう側で微笑む女性が1人。
厨房からは、何時ものごとく料理をする音が聞こえる。
「こんな村に来るなんて物好きなハンターだね。」
ゲドが笑いながら言う。この村は辺境にある上、手頃な依頼があまり回ってこない。(何故か、やたら難度が高かったり、裏がある依頼が多いのだ。)
新米ハンターが住むにはあまり適さない場所なのだ。
「ゲドさんもそんな物好きなハンターの1人ですよね?あと私は一応ここの村長の娘ですよ?」
ルディが冷静に突っ込む。
「俺はどう考えても物好きな人間だからね。ところで嬢ちゃ・・いや村長の娘さん、あのハンター達は知り合いかな?」
ゲドがふざけた感じで言う、確かに向こうのハンターがこっちを見ている気がしないでもない。
「・・・あの中の1人が村長の息子なんだそうです。勿論養子ですけどね。最近ハンターが少ないから来て貰ったそうです。」
ルディが言う。
「・・・つまり嬢ちゃんの兄弟な訳かな?」
「一応そうですけど・・・私が小さい時に違う村に行ったんで、顔覚えてないんですよね。」
ゲドの問いに、ルディが気まずそうに答える。
「お待ちどうニャ。」
他愛の無い話をしていると厨房からムサシが出てきた。
集会所の視線がムサシに集まる。赤い猫が珍しいのだろう。
「何か視線を感じるニャ。」
ムサシがふざけながら言う。
そして、テーブルに食事が並べられる。
その中身は一週間連続しての蟹料理。
何時ものようにグロテスクな料理ではないが、一週間も同じ食材だと流石に飽きる。
(あれ程の蟹を狩ったのだから当然といえば当然なのだが・・・)
そして、この後の一言が現在の状況を作り出す事になる。
密林の少女(理由)
「では、イタダキマス♪」
いつもの様に食事を始めるゲド達。
違うテーブルに居るハンター達も食事を始めたようだが、マキルの料理を一口食べて動きが止まっていた。
作った本人が目の前でニコヤカに座って居るため、精一杯の作り笑いをしているが、どう見ても苦笑いにしか見えない。
そんな彼らを横目で見ながら食事を続けるルディ、彼女が食べている料理は彼等とは違い大変美味しい。
しかしどんな料理にも飽きが来るものである。そして少女はその言葉を発する。
「美味しいけど…流石に飽きますね。」
微かに聞こえる程度の少女の呟き。
その小さな囁きを聞き取った料理人である猫は、その場に膝を着いて崩れ落ちた。
最近は村長からの土産も野菜類のみ、在庫も大量に狩った蟹しかない。
(ここ一週間はゲドが余韻に浸って狩りに行きたがらなかったため。)
そんな台所事情を抱えつつも、猫は今出来る最高の料理を出すことで自分の料理人としてのプライドを保っていた。
しかし少女の一言で猫のプライドは音を立てて崩れ落ちた。
「ム・ムサシさん!?」
プライドを打ち砕いた張本人が声を掛けてくる。
「殺せ、殺すがいいニャ。」
倒れたまま訳の分からない事を口走るムサシ。
「よし、狩りに行こうか?」
それまで黙って料理を食べていた男が口を開く。
「流石の俺も蟹には飽きたしね。」
そして笑いながらムサシに止めを刺す。
「お願い、殺して…。」
「どうしたんですかムサシさん?!語尾が[ニャ]じゃ、なくなってますよ!!」
既に虫の息であるムサシに、冷静に突っ込みを入れるルディだった。
「食材を効率良く集める為に皆、バラバラになって狩りに行こうか。」
ムサシをスルーして提案を続けるゲド。
「皆バラバラですか!?」
ゲドの提案にルディが少し驚く。そのため抱えていたムサシを取り落とした。
ゴッという鈍い音と共にムサシが床でワンバウンドする。
「そう、嬢ちゃんもある程度は一人で狩りが出来るようになったよね?それに、バラバラに狩りをした方が色々と食材が集まるからね。」
アッサリと言うゲド。ムサシはスルーされた。
「どの位の間バラバラで狩りをするんですか?」
「カインが帰って来るまでだから…1ヶ月くらいかな?今は特に予定はないしね。」
ルディの問いにサラリと答えるゲド。
「じゃあ俺は砂漠に行くよ、久しぶりに奴が食べたいからね。ムサシは沼地に行ってきてくれるかな?」
「分かったニャ。」
何時の間に復活したのかムサシが応える。
「私はどうしたらいいんですか?」
少し期待しながらルディが言う。
「ん~…嬢ちゃんは村に残っててくれるかな?最近、村長が忙しい様だからね。」
ニコヤカにゲドが言う。
ゲドと一緒に二人きり…と言う淡い希望を打ち砕き、ルディのお留守番が決定した。
「…わかりました。」
ガッカリ気味にルディが言う。
因みに、この村から行ける狩場は密林、頑張っても雪山が限界である。
そのためルディを除いた残り2人は、それぞれの狩場がある村へと出発する事になった。
密林の少女(現在)
そして1人村に残ったルディは、村長から様々な依頼を受けた。(主にキノコ狩りやブランゴ討伐等の雑用だが)
その際にイャンクックの討伐等もあったが、どうにか1人で攻略した。
その報酬素材で強化した鳥幣弓を装備し、現在密林にいるのだ。
依頼はランゴスタの駆除。
ランゴスタ:大きな蜂の様な
モンスター。神経毒のある毒針で対象を麻痺させ、その体液を吸い取る。
作物に被害が出るので退治を任された訳だが、今ルディの前方にはランゴスタではない奇妙な影があった。
有り得ない程派手なピンク色の毛並み、頭のてっぺんに鶏冠の様に突き出した極彩色の毛、そして猿の様な見た目、そこまで確認してルディは思い出した。奴はババコンガだ。
ババコンガ:派手なピンク色をした猿の様なモンスター。
同種に小型のコンガと言うモンスターがおり、そのコンガの群れのボスがババコンガである。
ルディはババコンガを見るのは初めてだったが、話には聞いていたのですぐに分かった。
その話とは、ムサシが出発する前にババコンガが居たら狩っておいてと言われたからだ。
何でもババコンガの腸は珍味として有名らしい。
「…どうしよう。」
ルディが呟く。
正直1人で狩りをする自信が無かった。
イャンクックは以前に戦った事があったので1人でも倒す事ができた。
(それでも少し苦戦した訳だが…)
しかし、ババコンガと戦うのは無論初めてである。
その上ババコンガの強さはイャンクックより幾分か上である。
そもそも虫の駆除のつもりだったので道具が十分ではない。
ルディはダメもとで鞄の中身を確認してみる。
薬草が5つ、回復薬が2つ、昼食用の生肉が3つ、それと強撃ビンがあるだけだった。
考え込むルディ、今回の依頼はランゴスタ狩りなのでババコンガは無視してもいい、最悪リタイアしても構わない。
確かにババコンガを狩っておいてと言われたのだが…正直な話自信がないのだ。
1人溜め息を着く。
「手伝ってあげようか、お嬢ちゃん?」
不意に後ろから声が聞こえた。
密林の少女(赤い人)
声のした方に振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。
全身に燃え盛る様な赤い防具を身に着けている。
背負われた弓は二本の角が特徴的な弓だった。
どちらの装備も見たことは無かったがルディはこう思った。…美しい。
「お嬢ちゃん、聞いてる?」
その一言でルディは我に帰った。気付けば鋭い瞳がこちらを見つめている。
「は、はい…お願いします。」
少し動揺していたルディは反射的に「Yes」と答えてしまった。
今時は小さい子供でも、他人に話し掛けられたら少しは警戒するだろう。
「でも、なんで手伝ってくれるんですか?」
「少しあの猿に用があってね。…あ、心配しなくてもお金とか取ったりしないからさ。」
今更ながらに警戒するルディに気付いてか、女性が付け足す。
2人とも弓に強撃ビンをセットする。
「あ、そうだ。お肉があったら貰えないかな、お嬢ちゃん?」
「いいですけど…生ですよ?」
「構わないよ、お嬢ちゃん♪」
何故か楽しそうな女性。
「はい、どうぞ。あと私はお嬢ちゃんじゃなくてルディ・ロッタです。」
生肉を手渡しながらルディが言う。
「ありがとう、お嬢ちゃん。私のことはリリーとでも呼ぶといいさ。」
生肉を受け取りながらリリーが言う。相変わらず楽しそうに。
そんな態度に自分はからかわれているのでは?と思うルディだったが、その女性を見ていると怒る気にはなれなかった。
「じゃあ私が前衛をやるから、お嬢ちゃんは私のサポートね…まずは周りの小猿達を片しておいてね。」
弓を構えながらリリーが言う。その目つきは鋭い、狩人の目になっていた。
「分かりました。」
そんなリリーを見て自身の気持ちも引き締めるルディ。
「それじゃあ、行きましょうか。」
そう言うと2人は走りだした。
密林の少女(猿)
ルディは素早くコンガ達の場所を確認する。
1、2…3。全部で3匹だ。
ババコンガはまだ此方に気付いていない、気付かれる前に片付けてしまいたい所だ。
近くに居るコンガにギリギリまで接近し、此方を振り向く瞬間に右手に持った矢を突き刺した。
顔を押さえ呻くコンガ、其処へ間を空けずに矢を放った。
至近距離で5つに裂けた矢が、突き刺さり火を吹き出す。
小さく響く断末魔、コンガはすぐに動かなくなった。
そして直ぐに断末魔を聞きつけた残りの2匹が此方に突っ込んで来た。
それを見てルディは思った。余りにも遅いと。
馬鹿みたいに真っ直ぐな突進は、今までの敵に比べると余りにも遅かった。
ゆっくりと弓に力を込める。その間もコンガ達が迫ってくるが、十分な間合いがあった。
手を離れた矢が地面と水平に5つに裂け、内3本が近くのコンガを直撃した。
再び響く断末魔、倒れるコンガ。
間近まで残りの1匹が迫って来てもルディは動じない。何故か動きがハッキリと見える。
コンガが触れるより一瞬早く、ルディが矢でコンガの眼を一閃する。
僅かに怯むコンガ。
「これで…終わり。」
一閃した矢をそのままコンガの脳天に突き刺した。
吹き出す火、断末魔をあげる間もなく地に伏すコンガ、案外簡単に済んだとルディは思った。
少女は少しだけ自分が強くなっている事に気付いた。
少しだけ余韻に浸るが、その後すぐにババコンガの位置を確認する。
生い茂る木々の向こうに赤い影と桃色の影を確認する。
バキバキと木をへし折る音、時折小さな爆発音と共に桃色の影から真紅の炎が噴き出している。リリーの弓は炎の属性を持っている様だ。
素早く矢と強撃ビンの残りを確認する…まだまだ余裕だ。
見晴らしの良い場所へ行くため、一度海岸まで走るルディ。
海岸ではリリーとババコンガが戦っていたが、ババコンガは既に変わり果てた姿に成っていた。
密林の少女(矢)
ルディは自分の目を疑った。
リリーに襲い掛かるババコンガ、その姿はたった数分の間に変わり果てていた。
全身に相当な数の矢が刺さっている。まるで海栗か栗のようになっているババコンガ、生きているのが不思議なほどであった。
唖然と眺めるルディ、ババコンガがリリー目掛けてその豪腕を振り回す。リリーはバックステップをしながらそれを難なくかわした。
勢いあまってそのまま倒れるババコンガ、その頭部に弓を構えるリリー。
「まだ寝るには早いわよ?」
放たれた矢がババコンガの顔面で炸裂する。
猿の自慢の鶏冠はだらしなくバラバラになった。
怒りを露わにし立ち上がるババコンガ、顔は真っ赤に染め威嚇のためか放屁を放った。
「下品な猿ね。」
怒り心頭のババコンガにどんどん矢を放つリリー、拡散した矢が次々に突き刺さり爆発を起こす。
矢が刺さっていく猿、それを見るリリーの顔は防具に隠れていても笑っているのが判った。
もしかしたらリリーはワザと殺さないように攻撃をして楽しんでいるのかも知れない、ルディはそう思った。
リリーの雨の様な攻撃を受けながらもババコンガはルディに気が付いた。
そしてルディに向かって尾で何かを投げつけてきた。茶色い何か・・・それは凄まじい異臭を放っている。
飛んでくる何か、茶色い見た目、放たれる異臭、それはある意味どんな攻撃よりも恐ろしいもの、そうそれは・・・・
「ふ、糞!?」
認識すると同時に横っ飛びにかわすルディ、反撃する間も無く次々と糞が飛んでくる。
リリーに助けを求めようと振り返ると、リリーは笑いながらその光景を見ていた。
だがすぐにルディの視線に気付いたリリー、すぐに表情を元に戻すと何かを放り投げた。
放物線を描きながら宙を舞う何か・・・
それは先程ルディが渡した生肉だった。
「えぇえぇぇぇ肉!?」
何故このタイミングで肉を投げるか理解できないルディは思わず突っ込んだ。
密林の少女(肉)
ボトッと音を立てて落下する生肉、ルディが唖然とそれを見ているとババコンガがそれに向かって突っ込んで行った。
戦闘の最中に肉を貪るババコンガ。もしかするとこの猿は物凄く馬鹿なのではないか?ルディはそう思った。
其処へリリーが再び肉を放り投げた。
落下する肉に大口を開けて喰らいつこうとするババコンガ。
「…馬鹿な猿よね。」
蔑む言葉を吐きつつも、リリーの顔は心底楽しそうだった。
複数の矢を素早く撃ち出すリリー。その矢は生肉を貫通し、無防備に開かれたババコンガの口で炸裂した。
口から火を噴出し倒れるババコンガ、それでも足を引きずりつつ逃走を試みる。
「逃がす訳ないじゃない。」
意地悪な笑みを浮かべるリリー、次の瞬間には構えた弓から三本の矢が吐き出されていた。
内二本は的確にババコンガの両足を貫いた。
そして残りの一本がババコンガの尻尾をグチャグチャに貫通した。
両足と尻尾を駆け抜ける激痛に耐えかね、地面をのた打ち回るババコンガ。
ふと見上げると眼前には赤い影が迫っていた。
「おやすみ、永久にね。」
優しい顔で冷たく言い放つと、リリーは右手に持った矢を眼球から脳へ躊躇わず、真っ直ぐに突き刺した。
ババコンガの瞳からは血とも炎とも解らない紅が吹き出した。
そして、それに伴う様に全身がビクンと動いたがそれっきりババコンガは動かなくなった。
命を刈り取った後の余韻に浸る様に、ただ立ち尽くす女。
すぐ傍らには真っ赤に染まった肉塊が転がっている。
女が身に付けた防具の紅、そしてその防具を染め上げる血染めの赤、混じり合った2つの赤はその女を妖しく、そして美しく飾り上げた。
それに暫し見とれるルディ、しかし此処は狩場のど真ん中、何時までもボーッとしては居られないのだ。
「り、リリーさん。」
恐る恐る声を掛けるルディ、だが返事がない。
「リリーさん!!」
先程より大きな声で呼び掛けるが、やはり返事がない。
その女はまだ立ち尽くしたままだった。
密林の少女(所用)
徐にヘルムを外すリリー、長い髪が風に靡く。
ルディはそれを見て驚いた。リリーの見た目はルディより一回り上くらいに見えるのだが、その髪は全て真っ白だった。
リリーはルディの事など忘れた様に、ババコンガの尻尾の辺りを調べている。
「…あった。」
小さく呟くリリー、その顔はただ純粋に嬉しそうだった。
「リリーさん?」
恐る恐るリリーの肩に手をかけるルディ。
次の瞬間ルディは抑え込まれ首筋に剥ぎ取り用ののナイフが当てられていた。
殺す事に一切躊躇いが無い、そんな瞳がルディに向けられる。
「…リ、リ、ン…」
突然の出来事に声を出すことすら出来ないルディ。
「あ!!ゴメンお嬢ちゃん、スッカリ忘れてた。」
そう言って半ベソのルディを起き上がらせるリリー。
「な、何し、フゥー…、何してたんですか?」
呼吸を整えてルディが言う。
「ゴメンねお嬢ちゃん、"コレ"を探してたんだよ。」
半ベソのルディを見て苦笑しながらリリーは、"コレ"を取り出す。
小さいが美しい光を放つブレスレット。
「私の旦那がくれた数少ないプレゼント…、それを寝ている間にあの猿に盗られちゃってね。」
一瞬暗い表情をした後、笑いながらリリーが言う。
つまりリリーがババコンガ狩りを手伝ってくれたのは、そのブレスレットのタメだった様だ。
密林の少女(質問)
「…まだ何か聞きたい事があったら聞いても良いよ?さっき殺しかけたからね。」
此方を見つめるルディに気付いてか、リリーが言う。
「じゃあ…何で髪が白いんですか?まさか実は凄い年…」
「年だからじゃないよ。断じて違うよ。ハンターなんて仕事をやってるから気付いたらこんな髪に成ってたのさ。」
ルディの言葉を途中で遮りリリーが笑いながら答える。年齢を気にしているのだろうか?
「最後に聞きますけど、なんでリリーさんは呼んでも気付いてくれなかったんですか?」
素晴らしく不満げにルディが言う、そのせいで先程死にかけた訳だから当然なのだが…。
「あぁ、それはリリーが私の名前じゃないからよ。自分の偽名を自分でも忘れてたんだよ。」
笑いながらリリーが言うが、ルディはポカーンとしていた。
「じゃぁ本当の名前は何ですか?」
言ってから自分は凄く間抜けな質問をしたとルディは思った。
今名前を教えてくれるなら、初めから教えてくれる筈だからだ。
「私の本当の名前は私の愛した男に捧げたのよ。だからそれ以外の誰かに私の本名は教えてあげないんだよ。」
フザケているのか本気なのか解らない口調でリリーが言う。
「でもお嬢ちゃんには私の通り名だけ教えてあげる。私の通り名は…。」そしてそれを言った後、女は去って行った。
とある街に行くため密林を歩いて横断していたそうだ。
ルディはババコンガのテッポウ(腸)を剥ぎ取って帰ろうとした時にあることに気付く。
「あ、ランゴスタ駆除!!」
そのまま密林に引き返す事になったルディだった。
集会所(リリーについて)
村長の依頼をある程度済ましたルディは暫く、集会所に行って時間を潰す日々を送っていた。
ある日ルディが集会所の扉を開くと見覚えのある男が座っていた。
「…なんだ、カインさんか。」
あからさまにガッカリした顔でルディが言う。
「…ゲドじゃなくて悪かったな。」
そんなルディの言葉にカインは少し傷付いたようだ。
「お帰りなさいカインさん。…そうだ、ちょっと話があるんですけど?」前半を棒読みで言いつつ、途中で思い出した様にルディが言う。
「ゲドが居ないと可愛げがないな…で、話しって何だ?」
カインが言うと、ルディはリリー(偽名)と狩りをした事を話し出した。
「…へぇ、そんな人が居たんだな。その人の通り名は?」
「アイアンメイデンです。」
ルディの言葉にカインは驚きの余り、飲んでいたビールを落としてしまった。
「嬢ちゃん、その人に本当に遭ったのか?」
「はい、知り合いですか?」
「ハァ…その人はゲドの母親だ。」
カインの言葉が理解出来なかったのか場の空気が完璧に止まった。
「母親?………エェェェエ!!?」
やっと理解したルディが叫ぶ。確かに口調や性格が似ていた気がする。
「今更気付いても遅いな…。まぁ嬢ちゃんに言ってなかった俺も悪いんだがな。」
頭を掻きながらカインが言う。
「でもなんで【アイアンメイデン】なんですか?」
暫く後悔した後ルディが口を開く。
アイアンメイデン:拷問器具の名前。
鉄で出来た円筒に近い棺桶の様な形状。
顔の部分には女性の顔が描かれており、正面が観音開きになりそこから罪人を入れる。
内部には四角推の鉄が無数にあり、入れられた罪人に突き刺さる。
因みに中の罪人がどれだけ出血したかによって有罪か無罪かを決めていたらしい。(入れられた段階で死亡は確定だと思うが…)
「でだ、昔彼女の狩りに同行したハンターが、全身に矢が刺さって血を垂れ流すモンスターを見て、[まるでアイアンメイデンに入れられた様だ]と言ったのがキッカケらしいぞ。」
カインが長い説明を終えた時、ルディはそのピッタリすぎるネーミングに苦笑いをしていた。
外は大変いい天気だった。
沼地の少年(白い影)
沼地の洞窟を1人走る少年。
全身はガタガタと震え、奥歯がガチガチと音を立てる。この震えは寒さから来るものではない。恐怖から来るものだ。
少年の頭が目まぐるしく回転する。何故こんなことになったのかと。
本来の依頼はキノコ狩り、小遣い稼ぎの簡単な仕事の筈だった。
まだ駆け出しのハンターだが、できる限りの装備を揃え万全の体制でやって来た。
キノコを集め終えた頃突如雨が降り出した。そのため少年は洞窟を通る事にしたのだが、それが間違いだった。
洞窟に入ると即座に少年の影に大きな影が重なった。少年は直感的に前へ転がった。すると先程まで少年の居た場所に大きな何かが落ちてきた。
白い体、その体にうっすらと見える血管、不気味に裂けた赤い唇、目の無い顔が更に少年の恐怖を駆り立てる。少年の背後にフルフルが現れた。
初めて見る飛竜、少年は即座に逃げ出した。
逃げる少年を再び天井に張り付いたフルフルの影が追って来る。
少年は走り続けるが今までの疲労と洞窟の寒さに体力を奪われ、このまま逃げ切るのは難しい。
少年は自分の武器、ショトボウガン・蒼の弾倉を確認する。通常弾LV,2が17発、鞄の中には拡散弾が1発だけ入っている。
今更になって少年は弾を使い過ぎた事を後悔した。しかし今はこれで何とかするしかない。
影が自分に追いつく前に手早くリロードをする少年、ガチャッと言う音と共に6発分の弾がショトボウガンに装填される。
迫る影を頼りにスコープを覗き込み照準を合わせようとするが、既に影は消えていた。
辺りを見回しても奴の影は無い。巻いたのだろうか?そう思う少年の肩に何かが落ちてきた。
…水滴?
しかし、その何かは少年に落ちると共に激痛を持ってその考えが間違いであることを示した。
強烈な酸に灼かれた様に少年の肩が痛む。
それは水滴ではなく、強い酸性を持つフルフルの涎だった。
気付けば少年の影が随分と大きくなっている。
直ぐにその場を離れ、天井に向け弾を撃つが、天井を移動するフルフルは思いのほか素早い。
駆け出しの少年が狙った程度では当たりはしなかった。
やはり適わない。無理でも何でも逃げるしかない。
そう決心し出口へ向け駆け出そうとする少年を嘲笑うかの様にフルフルが堕ちてきた。
沼地の少年(赤い影)
少年と出口に挟まれる様にフルフルが位置する。
フルフルの動きは陸では案外愚鈍だ。
少年は震える手で照準を合わせもせずに引き金を引いた。
撃ち出された通常弾はフルフルに直撃するが、フルフルは微動だにしない。
次々に弾を撃つが結果は同じだった。何度も引き金を引く少年だが、ショットボウガンはカチャッと言う音だけで弾を発射しなかった。弾切れだ。
攻撃が止むとフルフルの首が真っ直ぐに伸び少年に襲いかかった。
横っ飛びに避けた少年、外れたフルフルの攻撃は空間ごと抉り取るようだった。
まだ通常弾は11発残っているが、この火力では埒があかない。
まだ弾が残っている弾倉を投げ捨て、拡散弾の弾倉をセットする。これを撃った隙に逃げるしかない。
しかし次々に襲い掛かるフルフルの攻撃がリロードを許さない。
攻撃を避け、即座にリロードをする少年だがリロードが終わる前にフルフルの口が襲い掛かる。
真っ赤な口が迫って来るが、リロード中は動くことすら出来ない。
迫る死から目を背ける様に堅く目を瞑る少年。
ガギィィィンと言う音が洞窟に響き渡った。
その音は少年の防具が噛み砕かれる音ではなかった。
少年が目を開くと、少年よりもずっと小さな赤い影が、少年よりもずっと大きい剣でフルフルの攻撃を防いでいた。
「コイツはニャアが貰うニャよ、少年?」
話しかけてきた赤い小人は顔も真っ赤だった。
沼地の少年(赤猫)
目の前の赤い小人を凝視する少年。
「・・・・赤い、猫?」
「猫以外の何に見えるのニャ?」
赤い影は小人ではなく真っ赤なアイルーだった。
「悪いけど少年、邪魔ニャ。」
そう言うと赤い猫はフルフルの顔を弾き返し、くるっと少年の後ろに回り込んで大剣を構えた。
「何する気ですk・・。」
「ミネ打ちにしとくニャ。」
少年の言葉を遮り言うと、赤猫はニヤッと笑みを浮かべた。
「チョ、待っtゥボッォォォォォオ!!!?」
大剣の横薙ぎをモロに喰らい宙を舞う少年。そのまま放物線を描きフルフルを飛び越え出口付近に落下する。
ゴシャァァァァ・・・
- 頭から落下し、数メートル滑った後少年は停止した。無論既に少年の意識は無い。
「・・・やりすぎたかニャ。」
反省の言葉を漏らす赤猫、其処へフルフルが首を鞭の様に振るい襲い掛かってきた。
距離を取ってそれをかわす猫、どうやらフルフルは狙いを少年から赤猫に変えた様だ。
「かかってこいニャ、来週辺りの晩御飯。」
余裕の表情を浮かべる赤猫。
十分に距離を取れたフルフルは電撃を溜めだした。
目に見えるほど膨大な電撃、口元に溜められているそれは不気味な青白い光を放っている。
そして吐き出された電撃が三つに裂け、赤猫に襲い掛かる。
赤猫は素早く大剣を担ぎ直すと、裂けた電撃の僅かな隙間を駆け抜けた。
即座にフルフルを射程距離に捉えると再び大剣を構えた。
ニヤリと笑う赤猫と同様に不気味に笑う大剣を真っ直ぐに振り下ろした。
振り下ろされた大剣は中心から微かにずれるもフルフルの顔を斬り裂いた。
皮一枚だが切裂かれたフルフルの顔は、あっという間に白から赤へと色を変えた。
フルフルは血を垂れ流しながら、口から白い吐息を吐き出している。
そして、怒りに任せ赤猫に噛み付こうと首を伸ばした。
赤猫はそれを避けもせず大剣を地面と水平に振りぬいた。
ガギィィィィン
鉄と牙が激突する音が響く。
「マ、ダマダ・・・ニャァァァァア!!」
赤猫が叫び、自身の相棒に有らん限りの力をこめた。
ズバァァァァ
その後即座に大剣がフルフルの下顎を切り落とした。
グチャッ
嫌な音と共に肉が落下した。
笑いながら迫ってくる赤猫。
口と顔の側面から血を垂れ流しながらも、フルフルは天井に飛びつき逃げ出した。
沼地の少年(爆)
天井をフルフルが逃げ惑う。
「逃げるんじゃニャイのニャ。」
そう言って鞄から小樽爆弾の様な物を取り出す赤猫。
「さぁ墜ちてくるのニャ。」
火が着けられた爆弾はフルフル目掛けて飛んでいった。その樽爆弾はただの爆弾ではなく、打上げタル爆弾だった。
名の通り火が着き打上げられた爆弾はフルフルの周りで爆発を起こす。
しかしフルフルは全身を焦がしながらも天井を逃げ回り続けた。
そして最後の打上げタル爆弾を受けてもフルフルは天井に張り付き続けた。
小さく舌打ちをする赤猫、このままではフルフルに逃げられてしまう。
ドォン…ゴッ
「んなっ!?」
その時洞窟に一際大きな発砲音と何かが壁にぶつかる音、そして情けない声が響いた。
何時の間に目を覚ましたのか少年が拡散弾を放ち、その反動を殺しきれず壁に後頭部をブツケ再び気絶したようだ。
しかし、その少年が放った拡散弾は確実にフルフルを捉えていた。
フルフルに直撃した弾から複数の爆薬が飛び出し激しい爆発を起す。
足場を崩され、全身に爆撃を喰らったフルフルが落下してくる。
「なかなか良い働きニャ、少年。」
最早聞こえないであろう言葉を言うと、赤猫はフルフルの落下に合わせて大剣を振り下ろした。
グシャッァ
嫌な音と共にフルフルの方翼が無惨に切り裂かれた。
返り血を浴び益々真っ赤に染まる赤猫。その顔からは嫌な笑いが消えない。
迫り来る死神を遠ざけるべく、全身から青白い雷を噴出するフルフル。
この電撃を放っている間は死神は近付けない、ハズだった。
「そんニャので防げると思ってるニャ?」
そう言うと赤猫は電撃の射程外から大剣を振り下ろした。
再び嫌な音を響かせ残りの翼が切り裂かれる。
それと共にフルフルの体が痺れて動かなくなった。赤猫の大剣には麻痺属性があったのだ。
本来麻痺に強いフルフルがその効果を受けるのは僅かな間だけだ。しかし止めを刺すには十分過ぎる。
動けないフルフル目掛け大剣を振りかぶる死神、その笑顔がフルフルの最後の時を告げている。
「これで終わりニャ。」
死神は満面の笑みで限界まで力の込められた大剣を振り下ろした。
嫌な音を立てながら落下したフルフルの首は、洞窟に赤い花を咲かせた。
沼地の少年(夢?)
薄っすらと目を明ける少年、目の前には見覚えのある黄色が広がっていた。
黄色い天井、どうやら少年はキャンプで寝ていた様だ。
何か嫌な夢を見た気がする。
ゆっくりと体を起こすが何故か頭の前と後ろが痛い。と言うかそもそも何故自分はこんな所で寝ているのだろう?
確か自分はキノコ狩りに来た筈なのだが・・・
かばんの中身を確認するとボウガンの弾の代わりに既にキノコが入っていた。
異様に痛い頭、使い切った弾丸、そして集まっているキノコ。
- 何か忘れている気がするが、思い出さない方がいい気もする。
ふと気が付くとベットの横に箱が置いてある。そして紙には{少年の取り分ニャ}と書いてある。
「ニャ?」
何故か聞覚えのある語尾、それと共に背筋に寒気が走る。
手紙を見るのを止め、箱に目を移す。何故か若干異臭のする箱の底は赤黒い。
不気味な外見の箱、開けないほうが良いのは見て取れるが少年は自分の好奇心を抑え切れなかった。
ガパッと蓋を開けると血の匂いが鼻をツイタ。箱の中には更に包帯に巻かれたものが入っていた。
ゆっくりと包帯を剥がしていく、その度に血の匂いが濃くなっていく。
薄くなってきた包帯を一気に剥がす。
「!!?」
包帯の下からは少年を一飲みに出来そうな口が開いていた。
不気味に笑う目の無い白い顔、首だけになったそれが少年の記憶を甦らせた。
「あぁフルフル・・・か。」
しかし、この後少年は気を失ってしまいキノコ狩りは期限切れで失敗となる。
(まぁキノコ狩りの報酬よりもフルフル素材の方が価値がある訳だが・・・)
因みにこの後少年の村は暫くの間、赤い猫の噂で持ちきりになった。
「さて、後は嬢ちゃん様に毒怪鳥の頭でも取って帰るかニャw」
無論こんなことを考えるムサシがそんな事を知る由は無い。
砂漠の男(四本角)
見渡す限り砂ばかりの砂漠、その砂漠の洞窟付近に男が1人。
全身蒼の装備、背負われたナイフとフォークが砂漠の日差しをギラギラと反射させる。
「…暑いなぁ、あのままどっちもくたばってくれないかな?」
男、ゲドの視線の先には黄土色と黒色の影が激しい激突を繰り返している。黄土と黒はどちらもディアブロスだ。
ディアブロス;通称角竜。名の通り二本の巨大な角が特徴の飛竜だ。気性が荒く好戦的、更に砂中を高速で移動出来る。
雄同士は縄張り争いをする際に、その角と
ハンマーの様な尻尾を使い戦う。
因みに黒い方が亜種である。
「黄土色、もう少しがんばれよ。」
暑さでグッタリしつつゲドが言う。
飛竜種、もといモンスター達は、どれも亜種の方が普通の者より大きく、強力である。なので黄土色が黒に勝のは難しいだろう。
(ゲドは共倒れを望んでいる様だが…)
何度目かの激しい激突、黄土色がその衝撃に後退りしながらヨロメいた。
其処へ賺さず黒の尻尾がトドメを刺しにきた。
風を切り裂く尻尾が、鉄槌となり黄土色の方角をへし折った。
情けなく悲鳴上げた黄土色、無様な姿になったその角が勝負の勝敗を物語っている。
そのまま逃げ去ろうとする黄土色、そこでゲドが重い腰を上げた。
「別に一匹でも良いと思ったけど、二匹の方がいいよね。」
言いながら鞄に手を伸ばした。
そして高らかな角笛の旋律が砂漠に響き渡った。
即座に音に気付き此方を向く二匹、人間を見たとたん先程は段違いの殺意を此方に向けてきた。
どうやら二匹の眼中には既にゲドしか映っていないようだ。
「…仲の宜しいことで。そのまま仲良く喰われてくれるかな?」
先程との二匹の変わりように苦笑する。
「さぁ、あの日の喜びを思い出させてくれよ?」
そう言うとゲドはニヤリと笑った。
砂漠の男(肉の味)
角竜…それは記憶を無くしたゲドに肉の味を教えた飛竜。
その味に魅入られた日からゲドは竜を食べ物として認識している。
命を懸ける飛竜との戦いの恐怖すら打ち消すほどの快楽が其処にはあるのだろう。
そのため角竜はゲドにとってのお気に入りとも言える食べ物なのだ。(角竜にとっては迷惑な話だが…)
なのでゲドは定期的に角竜を狩るため、角竜の動きを熟知している。
だから一匹だろうが二匹だろうが関係無いのだろう。
視線を黒と黄土色に移す。縄張り争いのせいでどちらも傷だらけだ。
特に縄張り争いに敗れた黄土色は既にボロボロである。
「今日の狩りは簡単そうだね~♪」
2体の角竜を前に上機嫌のゲド、そして片手を鞄に伸ばした。
何時まで経っても向かってこないゲドにしびれを切らし黄土色が地中に潜った。
それに続くように黒が突進を始める。
砂煙を上げ地中を突き進む黄土色、地を揺るがし迫ってくる黒、それを見てゲドはニヤリと笑った。
「まずは一匹~。」
そう言って地中を突き進む黄土色に、鞄から音爆弾を投げつけた。
音爆弾が砂中にまでその爆音を轟かせる。
驚きの声を上げ地上に上半身だけをさらけ出しモガく黄土色、其処へ黒が突っ込んできた。
ザクッ
嫌な音と共に黒の双角が黄土色に突き刺さった。
「では、イタダキマ~ス♪」
黒の角を受けながらも微かに動く黄土色の腹を切り開いて行くゲド。
「やっぱり、角竜は美味しいね。」
ゲドは狂喜の笑いが止まらない。あの日の味は今日も変わらずゲドに喜びを与えてくれる。
腹を切り裂かれ生き絶える黄土色、しかしゲドは手を止めず一気に切り開いた。
黄土色の、死体の肉に角が突き刺さったままの黒の眼前の肉が二つに裂けた。
深紅に染まった体、狂喜に歪み裂けた口、獲物を突き刺すその眼光、その姿は最早人には見えない。
「さぁ、次はお前だ。」
黒の眼前に鬼が現れた。
砂漠の男(食事)
黒いディアブロスの前に赤い男が現れた。
その男は角が刺さって動けない角竜にフォークを突き刺し何かを抉り取った。しかしあまりの速さに角竜は何をされたか解らなかった。
男が抉り取った何かを口に運ぶ、丸くて血を垂れ流す赤いそれ・・・・それは紛れも無く角竜の眼球だった。
それに気付いた瞬間左目に激痛が走った。視界も半分が消えてなくなっていた。
激痛にモガク角竜などまるで見えていないかの様に男は笑みを浮かべた。
角竜はその男に明確な殺意を抱いた。
力任せに元同族の体から角を引き抜いた。角と左目が赤く染まっている。
「さて、黒い方も食べられてくれるかな?」
今になって気付いた様に男が此方に笑みを向ける。
その笑みが角竜に憤怒の感情を抱かせる。
竜に取って人間など本来取るに値しない存在なのだ。
そして、亜種でありたの同族よりも大きく、強靭な体を持つ黒い角竜に取ってハンターだろうが只の人間だろうが、所詮は雑魚に変わらない。
その狩られる立場の人間が角竜をみて笑っているのだ。
同族がやられたことより、自身の目を抉られた事より、その馬鹿にした態度が許せなかった。
黒い煙を吐きながら角竜は思った。必ず殺してやる、力の差を見せ付けてやる、と。
数分後、黒の角竜は砂漠に転がっていた。
その腹はズタズタに引き裂かれ、流血が辺りを赤く染めている。
肉を貫く角も、骨を砕く尻尾も男には通じなかった。
今日、黒い角竜は狩られる立場だったのだ。
朦朧とする意識の中、角竜の腸を食べ終わった男の声が聞こえた。
「ゴチソウサマでした。美味しかったよ、角竜君?」
狂喜の表情のまま男が発する。
その言葉で角竜は気付いた。
男にとって角竜を狩ることは戦いなどではなく、日常で繰り返される平凡な食事に過ぎないのだと。
圧倒的な敗北感と憤怒を抱えたまま角竜の意識は砂漠の砂へ溶けていった。
集会所(集会)
久しぶりにゲドは密林の村へ戻ってきた。
そして数週間ぶりに集会所の扉を開いた。
「うっ、酒臭いな!?」
何故か集会所の中は荒されており、異様に酒臭かった。
「ゲドさ~ん、お帰りなさ~イ!!」
不意にタックルを仕掛けてくるルディの頭を反射的に鷲掴みにした。
「イタイ、ア、イタタタタ!!?」
頭を掴まれたまま宙ぶらりんになるルディ、その顔はお酒のせいか真っ赤だった。
「おー、お帰り糞ガキィ。」
何時もより若干テンションの低いカインの声が聞こえる。
カインも酔っている様だ。
「お帰りニャ、ゲド。」
其処へ1人だけ何時もどうりのムサシがやって来た。
「あれ、ムサシの顔も真っ赤だよ?」
「これは元からニャ。ニャアはマタタビでしか酔えないニャ。」
ムサシがゲドのジョークを軽く聞き流す。
「で、なんでこんな状態に?」
「それはだニャ・・・・」
ムサシの話では、カインと村長の息子パーティがお酒を飲んでいたらしい。
そして、ふざけてお酒をルディに飲ました所、予想以上に酒乱で集会所で暴れまわったらしい。
結果、息子パーティは全滅、中はこの有様と言う訳なのだ。
(マキルは酒の臭いだけで酔いつぶれたらしい。カインはルディに相手にすらされなかったとか・・・)
「・・・狩りの時もこれくらい頑張って欲しいね。」
ゲドが苦笑いを浮かべる。
「それより早く手を離さないと嬢ちゃんが失神すると思うニャよ?」
ムサシがゲドに言う。
いつの間にか手に力が入っていたらしく、ルディはピクリとも動かなくなっていた。
それに気付くとゲドは即座に手を離したが、そのせいでルディは床に激突することになった。
「アッ!嬢ちゃん、大丈夫かい?」
急いでルディを抱き起こすゲド。
「・・・ゲドさ~ん!!!」
起きると同時にゲドをガッチリとホールドするルディ。
「・・・まだ酔いが冷めてないらしいニャ。」
その様子を見て呆れ顔をするムサシ。
そして、周りの酔っ払い達も再び暴れだそうとしている。
「・・・ムサシ、酔っ払い達をどうにかしてくれるかな?」
「任せるニャ。丁度道具はたくさんあるのニャ。」
ゲドの言葉を聞くとムサシはニヤアっと邪悪な笑みを浮かべ食糧庫へと消えていった。
- 数分後、集会所内では酔いも吹っ飛ぶ様な惨劇が起こったらしい。
偶にはこんな事をするのも楽しいと思うゲドだった。
あの日の夢
雪山の洞窟に男1人と女が1人、二人とも全身に傷を受けている。
女の傷は特に酷く、胸の防具が真っ二つに裂かれている。
防具の隙間からは止血用に巻いた布が真っ赤に染まっているのが見える。
彼らは数時間前に此処へ逃げ込んだ。
簡単な仕事と聞いて彼らは雪山へやって来た。
そんな彼らを突如吹雪が襲う。
雪の隙間から微かに鋼色の影が見えた。
それを確認した刹那、女の血が吹雪を赤く染めた。
話が違う。
男は女を抱え洞窟へ逃げ込んだ。
辛うじて止血をするが、吹き荒れる吹雪が、木霊する咆哮が、何より彼の本能が告げる。
外には奴がいる。
早く女を運び出さなければイケナイのに一向に奴の気配が消えない。
気付けば吹きつける吹雪が洞窟の入り口を塞いでいた。
話が違う。
寒さが女の命を蝕んでいく。
奴の気配は消えたのに外に出ることが出来ない。
双剣で必死に氷塊を砕こうとするが逆に彼の武器が砕けてしまった。
話が違う。
女の白い肌は、益々白く血の気が無くなっていく。
武器もない、道具もない、此処に逃げ込んでどれほど経ったかすら判らない。
男も気が付けば相当疲労していた。このままでは二人とも此処で死ぬだろう。
その時、女が口を開いて男に何かを伝える。その言葉に男は懸命に首を振った。
男を見て微笑むと女は氷のように冷たくなった。
洞窟の中に1人取り残された男。
話が違う。簡単な仕事と聞いていた。
凍りついた微笑む女。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
こんな事は認めない。そうだ、これは夢だ、現実な訳が無い。こんな事は決して認めない。
「絶対に認めない!!!」
男がガバッと起き上がる。
全身から嫌な汗が吹き出ている。頭の上で煌めく星と月がまだ夜であることを告げている。
- 嫌な夢を見た。忘れたい記憶。頭に焼き付いて消えないあの日の出来事。
この夢を見る理由は何時も同じだ。
「・・・腹が減った。」
ボソリと言うと男は空腹を満たすため街の闇へと消えていった。
あの日の雪山、女は死んだ。
しかし、男は生きている。
あの状態からどうやって?
その答えは夢の続きが知っている。あの日の記憶だけが知っている。
最終更新:2013年02月23日 01:20