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狩人の切れ端 狂人の箱庭

誰も居なくなった部屋

複数の正装をした男達が次々と闘技場に入っていく。
しかし、その闘技場は既にも抜けの殻で人っ子一人居ない。
どうやら逃げられたらしい。
誰も居ないと分かって居ながらも男達は鍵の閉まったドアを蹴破って行く。
そして何番目かの扉に辿り着く。その部屋の鍵だけ何重にも施されており、扉自体も頑強な造りに成っていた。
男達は予め用意しておいた特注のガンランスでその扉を破壊した。
扉の向こうは今までとは比べ物にならない程に豪華な造りの大部屋だった。
当然その部屋にも誰も居ない。
それでも男達は部屋の中を探し回る。
そんな時男達の一人がある物を見つけた。
それは小さな薄汚れ日記。
男はパラパラとその日記を捲った。

今宵は新月。
今日から食卓を囲む人数が三人から六人に増えた。とても嬉しい。
なので今日からチョクチョク日記を着けようかと思う。

短く、達筆な文字で日記が書かれている。男は更にページを捲る。

ペラッ・・

新月の次の日、今宵の月は見えないほど細い。
早速だが食卓を囲む人数が5人になった。
    • まぁ此処では仕方ないことだ。
明日は楽しく食卓を囲みたい。

ペラッ

今宵はやや少ない半月。
悲しいかな、また食卓が寂しくなった。一気に2人も退席してしまった。
今夜は旨い酒を開けると約束していたのに薄情な奴らだ。

ペラッ

今宵は満月よりやや足りない。
私以外の2人が外食に行く準備をしている。
きっと此処での食事より何倍も美味な物を食べに行くんだろう。
    • 寂しいがまぁ仕方ない。
今日は早めに寝る事にする。

ペラッ

今宵は満月な筈なのだが曇っていて星すら見えない。
今日の食卓は私一人。
それなのにテーブルには昨日と同じ量の食事が並ぶ。何の嫌がらせか?
食事はそこそこにして寝る事にした。
    • 正直、明日もまた食卓に着ける自信が無い。

ペラッ・・ペラッ・・

どうやら日記は此処で終わりらしい。男はパタリと日記を閉じた。
    • 結局闘技場からそれ以外の物はろくに見付らなかった。
男達は仕方なくその場から撤退していく。

この捨てられた闘技場で何が有ったかを知っているのは今の所、この薄汚れた日記だけである。

今宵の月:新月

目覚める

俺は咄嗟に手を伸ばし、突き飛ばす
一筋の線が俺に迫る
その線は易々と俺の防具を砕き、体を貫いた‥

『うぁぁああぁぁ!!?』
俺は悲鳴を上げながらベッドから跳ね起きた。
何て夢を見てんだか‥
既に忘却の彼方に消えつつある悪夢を思い出してボヤく。
とりあえず顔を洗うために洗面台らしき所へ向かう。
「‥ん?」
俺の正面には頭から爪先まで包帯でグルグル巻きにしている男が居た。
「酷い怪我だな?」
俺の問い掛けに対して包帯男からの返事は無い。
‥その時俺は、今自分が物凄い馬鹿な事をした事に気付いた。
今俺の正面に有るのは鏡、つまり目の前の包帯男は俺自身だ。
俺はとても恥ずかしい気持ちになり、周りに誰か居ないか見回した。‥どうやら誰も居ないらしい。
此処まで来て俺はある事に気付いた。
「‥此処は何処だ?」
俺は今居る場所に全く見覚えが無かった。
「ッ?!」
鈍い痛みが走る。頭‥と言うか全身が地味に痛い。何故だ?昨日飲み過ぎでもしたのだろうか?
‥幾ら瞑想に耽っても昨日の記憶が無い。と言うか、全く何も思い出せない。
今日が何日なのか?
此処が何処なのか?
自分は誰なのかすら思い出せない。
「お前は誰だ?」
鏡に写る包帯男は何も答えない。其処である事を思い付く。
「包帯を外して顔を見れば何か思い出すかも‥」
一縷の望みを掛け、俺は包帯に手を伸ばす…

開く

コンコン
ノックの音で俺の行動は一時停止した。
「出番だ、準備しろ。」
ノックの音と共に、見知らぬ男が入って来た。ちょうど良いので質問をしてみる。

此処は何処だ?俺は誰だ?

俺は出来る限り真剣に尋ねた。
「?‥ふざけてないで早く付いて来い。」
どうやらこの男には冗談だと思われたらしい。仕方ないので黙って付いて行く。
「入れ。」
男に案内された部屋には多数の見知らぬ男達が居た。そしてその殆どが鬼気迫ると言うか切羽詰まった顔をしている。中には露骨に絶望している奴も居る。
「コレがお前のだ。」
俺が周りの男達を見ていると、先程の男が大きな箱を持ってきた。中には見たことも無い(まぁ記憶が無い訳だが)防具が入っていた。
男が急かす様に此方を睨む‥どうやら着ろと言う事らしい。
俺はとりあえず箱の中の篭手と腰当て、脛当てを身に付けた。
重そうに見えた防具だが、存外体に馴染む。
「武器はコレだ。」
再び男が言う。その手にはおよそ常人が扱えるとは思えない、大きな剣があった。
自分には到底扱えそうに無いが、男が睨むので仕方なく背中に掛けた。
余りの重さに身長が縮んだ気がする。
『さぁ時間だ!!』
男の声と共に開かれた扉からは眩い光が差し込んで来た。
其処からは人々の狂った様な叫びが聞こえる。
「こういうのを阿鼻叫喚と言うのかな?」
俺はどうでも良い事ばから覚えている自分自身に、溜め息を付きながらその扉をくぐった。

*

特別席より
巨大な闘技場には溢れんばかり観客が詰め込まれている。
しかし、どの観客もどこか気品と言うか優雅さが漂っている。
更にことの闘技場には、そんな席とは対照的な"特別席"が複数そんざいする。
「どいつもこいつも貴族のくせに暇なんだね?」
「…金持ちの娯楽なんぞ我には解らん。」
そんな特別席でボヤくコイツ等は私の仲間であり、ここの主の奴隷…無論私も奴隷な訳だが…
「こんな特別席を造らなくても逃げやせんのだがな…月が見辛くて仕方無い。」
彼らにつられ私もボヤく。
特別席と言う名の鉄檻から夜空を見上げた。…今日は新月だったらしい。
私は深く溜め息を付いた。
そんな私の溜め息を掻き消す様に客席が俄に騒がしくなった。
どうやら今日の生贄が来たらしい。
「誰が生き残ると思う?」
「どうせ全滅だろう。」
2人が闘技場の男達を見ながら言う。
私も2人と同じように闘技場を見回す。
緊張している者や挙動不審な者、更には明らかに怯えている者…
まぁこれから何があるか知っていれば当然と言える。
そんな中、明らかに違う空気の奴が1人いた。全身包帯な見た目もそうだか、まるで観光にでも来ているかの様にボーっとしている。なかなか面白い。
「今日生き残るのはアイツだな。」
そう言って私は包帯男を指差す。
『あんなボーっとした奴が?』
2人が声を揃える。私は自信満々に頷いてみせた。
「でも…なんで?」
なんでって…そんなの決まっている。
「感だよ、感!!」
キッパリと言ってやった。
「感って…まぁ良いけど。」
「…主には呆れるわ。」
まぁ私にもなんの根拠も無いので、そう言われても仕方がない。

今度は俄かに客席が静まり返った。
「演説の時間だな。」
私は呟く。
客席の中央にはこの闘技場の主、私が知る限り最も狂っている人物が現れた。

狂人の演説

壇上に現れたのは全身を暗い蒼のローブで包んだ大柄な男。
深く被られたローブのせいで顔は見えないが、全身から飢えた獣の様な空気を放っている。
彼は壇上の中央まで来るとローブを翻し、大きく両手を広げた。
『こんばんは暇人諸君、ようこそ私の箱庭へ。』
闘技場が観客の叫び声で大きく揺れる。しかし彼が両手を下げると観客達は刹那の内に静まった。
『突然だが、私の昔話わしよう。私の父は有名な貴族だった。彼は巨万の富を持ち、多くの人に慕われていた。全てに置いて完璧な彼は私の尊敬する男だった。』
静まり返った闘技場には彼の声が響き渡る。
『そんな彼にも寿命が訪れた。愛する人々に看取られ、彼は安らかに死んでいった。多くの人々は順風満帆だった彼の人生を羨んだ。だが私は違う!!』
男は大きく右腕を振り上げ叫んだ。
『尊敬する男が、老い、衰え、蝋燭が燃え尽きる様に死に行く様が私には耐えられなかった!!どうせ燃え尽きるなら私は花火や流星の様に弾けて死にたい、諸君もそう思わんかね?』
彼の言葉で会場が再び大きく揺れた。
『燃え尽きるのを待つだけの退屈な人生など死んでいるのと変わらない。人はもっと爆ぜる様に生きるべきだ!!』
会場の興奮は臨界点にまで達している。
『だから私はこの箱庭を造った!今宵も人の命が閃光の如く弾ける様を楽しんで行ってくれたまえ!!』
彼の演説が終わり、客席が興奮の坩堝と化すと共に、闘技場の中の無数の檻が開かれた。

黄色い瞳

会場が割れんばかりの歓声、と言うより悲鳴に近い声で埋め尽くされた。
俺はその異様な叫び声に耐えきれずに耳を塞いだ。全く…何が始まるんだ?
そんな両手で塞がれている俺の耳に、『ガシャン』と言う音が叫び声を微かに聴こえた。
ろくな事を覚えて無い俺の頭が、それが良くない物だと告げる。
耳を塞いだまま俺は顔を上げると、遠くで光る黄色い瞳と目が合った。青い鱗に立派な赤い鶏冠。…どこかで聞き覚えのある威嚇の叫び…
役に立たない俺の記憶は、ソイツが何かは覚えていなかったが、ソイツがどういった物かは覚えていたらしい。
体温と脈拍は徐々に高ぶるが、それに反して思考は急激に冷めていく。ついでに俺の体はまるで何をするべきか知っているかの様に前傾姿勢をとった…
青いソイツが跳ねた瞬間、俺の両腕は勝手に巨大な剣を握っていた。
バキッ
鈍い音が頭上で響く…どうやら俺はあの馬鹿でかい剣で、青い奴に切りかかったらしい。
しかし、悲しいかな…どうやらこの剣には青いソイツを両断出来る程の切れ味が無かったらしい。俺は咄嗟に目を閉じた。
グシャ
鈍い音と共に何かが俺の体に飛び散る。そして数秒遅れて両手を激しい痺れが掛け上がってきた。
やっぱりこんな馬鹿でかい物を俺何かが扱える筈がなかったと心の中で悪態を付く。
俺はとりあえず手の痺れが消えるのを待とうとしたが、そうは行かないらしい。
またしても闘技場に狂った様な歓声が轟いた。

青い狩人達

俺はゆっくりと目を開いた。
案の定俺の体は返り血やら飛び散った肉片やらでなかなかショッキングな見た目になった。
だが今、俺の目の前に広がる光景の方が何倍もショッキングだった。
悲鳴を上げる男達を蹂躙する青い狩人達。
青い狩人の巨大な爪と、鋭い牙が、逃げ惑う男達の肉を抉る度に会場からは歓喜の声が上がる。
今の男でもコレだけは言える。客席の奴らは狂ってやがる。
『わぁぁぁ!!』
俺の直ぐ後ろで悲鳴が聞こえる。振り返った俺の目に映ったのは男が青い狩人に肩口を喰い千切られる瞬間だった。
ブチッと言う音が響くと共に凄まじい吐き気が俺を襲った。
俺は思わず口を抑え、その場にうずくまった。
『アァァァア!!!』
再び響く男の声、しかし今回は悲鳴では無く雄叫びに近かった。
顔を上げた俺の視界に映ったのは、再び彼の肉に喰い付く狩人と、その頭を切り落とす男の姿だった。
頭を失った青い狩人は血を噴き出しながら崩れ落ちた。
そして肉を喰い千切られた男も、肩と腹からダラダラと血を垂らしながらその場に倒れた。
会場からはさっき以上の歓声が上がった。どうやら客席の奴らは一方的な蹂躙ではなく、ギリギリの闘いが好きな様だ。
…何れにせよキチガイに違いない。
そんな男にまた別の狩人が襲い掛かった。
無防備な男の腹に牙を立てる青い狩人。俺は込み上げる吐き気を必死に抑えながら全力で駆け出した。
男に馬乗りになる青い狩人…俺が渡された馬鹿でかい剣では男ごと殺しかねない。第一重すぎて持ち上げる事すら出来ない。なら…!
俺は篭手の硬さを確認すると強く拳を握った。
「ドケェェエ!!」
グシャっと言う音と共に、篭手越しに嫌な感触が伝わって来た。醜い声を上げ青い狩人が吹っ飛ぶのが見えた。
しかし、俺の拳一発では死んでくれないらしい。
体制を立て直し、俺に飛びかかる青い狩人。俺は咄嗟に倒れた男の短剣を掴んだ。
小さいが、鋭く軽い剣…コレならイケる。
俺は歯を食いしばり、迫る青に向けその短剣を振り抜いた。
スパッと言う爽快な音を残し、青い狩人は真っ二つに裂けた。
後ろで飛び散る肉片の音が、三度俺に吐き気を催させる。
兎に角、俺は倒れたまま動かない男を見た。
男は小さく何か呻いていたが、一向に起き上がる気配が無い。
「おぃ!!起きないと死ぬぞ!!」
俺の声に対して男が何かを呟く。
『こ‥コレで…俺は…自由…』
男は血を吐き一切喋らなくなった。
俺は堪えきれずに胃の中の物を吐き出した。

生き残り

『あれではもう駄目かもしれんな?』
『無理っぽいね~』
口から盛大に吐き戻す包帯男を見て2人が口々に文句を言う。
うーん‥確かに私の第六感が囁いた気がしたんだが‥
「月が見えない日は調子が悪いな。」
笑って誤魔化そうとするが2人がジットリとした目で此方を睨んでいる。
‥分かった、私が悪かったからコッチを見るな。
私は2人から目を反らし闘技場を見た。沢山いた男達は今では数える程になっていた。
それに対して大量に放たれたドスランポスの数も同様に後僅かになっている。
残りの男はあと5人‥いや、今一人に減ったので後4人。
1人は小柄な男、さっきからずっと逃げ回っている。‥ここでは長生きないタイプだな。
もう1人は見た目初老のオッサン。だが既に相当息が上がっている上、二頭のドスランポスに狙われていた。コイツはもう駄目だな。
私がソイツから目を反らした数秒後、男の悲鳴が混じった歓声が響いた。
‥ご愁傷様。とりあえず合掌しておく。これで残りは3人か・
そして包帯男‥まだ吐き続けている。後ろからはドスランポスが迫っている。
私はたまらず目を反らした。刹那の後、会場が崩れんばかりの歓声に包まれた。‥とりあえず合掌。
『おぉ~予想的中じゃん。』
『まぁ、まぐれだろうがな。』
2人からの予想外の言葉に私は目を開いた。
闘技場に生き残っているのは先ほどの小柄な男、そして未だに吐き続ける包帯男、そして数匹のドスランポスを串刺しにしたランスを持っている大男。
どうやら彼が大半のドスランポスを殺したようだ。
私は合掌したままだった手を、バレない様に元に戻した。
コレでとりあえず私の面目は保たれた訳だ。
そして、客席の壇上には再びここの主が現れた。

デカい男

『お疲れ諸君、やはり命の光弾ける様は素晴らしい。また次も迸る様な闘いを期待しているよ。』
ローブの男に応える様に、客席からワァッと歓声が上がる。
『ではまた次の夜に‥』
男はそう言うと壇上から姿を消した。
そして客席の奴らもゾロゾロと小さな出口に吸い込まれて行った。
俺の前方からはガシャンと言う音が響き、ずっと土壁だと思ってた場所に道が現れた。
‥此処へ入れと言う事なのか?
考える俺を余所に小柄な男が逃げる様に其処へ入っていった。
全身汗だく‥よっぽど青い奴を殺したんだろうか?
そしてかく言う俺は未だにうずくまったままだった。正直、吐き過ぎて立ち上がれない。
『ダイジョーブデスカ?』
凄まじくぎこちない台詞を聞いて、俺は振り返った。其処には黒くて赤くて(恐らく返り血だろう)馬鹿でかい男が居た。
「だ、大丈夫デース」
なんか変な語尾になっちまった!?と言うかプレッシャーを放ち過ぎだろコイツ。
『アルケマ-スカ?』
意外に親切な台詞に若干拍子抜けした。正直、まだ歩ける程回復していないので俺は首を横に振った。
『ナラ、ハコンデアゲマース』
どうやら運んでくれるらしい、余りの親切さに涙が出そうだ。
黒くてデカい彼は俺を軽々と担ぎ、出口へと歩き出した。
「ヘイキデースカ?」
「平気だ。あ、アリガート」
男は俺の言葉を聴いてははは‥いや、HAHAHAと笑った。‥どうも調子が狂う。
彼が出口を潜る瞬間、俺の後頭部に激しい衝撃が走った。
どうやら彼がデカすぎた為、担がれた俺の後頭部が出口の上部に直撃したようだ。‥あんたデカすぎだろ。
俺の意識は其処で途切れた。

眩しい朝日

窓から差し込む強い光が、微睡みの底にある俺の意識を無理矢理覚醒させる。
ゆっくりと重い瞼を開け、快眠を妨げた忌々しい太陽を睨んだ。
山の隙間から僅かに顔を出す太陽は、人間の安眠などお構い無しに殺人的な光を放つ。
しかし、太陽の高さはまだ大分低く、今が早朝である事が見て取れる。
俺は太陽を睨み付けると言う虚しい行動に終止符を打ち、再び夢の世界へ行くべく寝返りをうった。
が、寝返りをうった瞬間に全身に鈍い痛みが走った。‥さて、俺は昨日何をしたんだか?
全身を地味に襲う筋肉痛の訳を思い出せず、とりあえず飲み過ぎた事にして寝ることにした。
枕に頭を置いた瞬間、激しい痛みが後頭部を襲うと共に昨日の記憶がフラッシュバックする。
どうでも良い場面から、思い出さなくても良いグロテスクな場面まで鮮明に蘇った。
ついでに無くした記憶も戻らないかと期待したが、役立たずな俺の脳みそはそれ以上何かを思い出す事は無かった。
兎に角、今自分が置かれている状態を確認すべく俺は渋々ベッドから出る決意をした。
ベッドから起き上がった俺の眼前には黒くデカい壁がコチラを見下ろしていた。
『オハヨーサン』
「ウォォァア??!」
突如黒い壁に話掛けられた俺は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
『ワタシデスヨ、ダイジョウブデースカ?』
「‥へ?」
その言葉で、目の前の黒い壁が昨日の黒くてデカい彼だと気が付いた。
いや、もう本当に壁にしか見えなかった。それに壁に話し掛けられたら誰だって驚くだろ。俺だって驚く、と言うよりマジで驚いた。
「早いお目覚めだな、包帯君。」
聞き覚えの無い声の方を振り向くと、見知らぬ男が本を片手に椅子に腰掛けていた。

見知らぬ男

俺の正面に腰掛ける一人の男性‥
見た感じ30代位で、身長は180くらい。白がちな肌で、かなり白髪が混じった金髪を短くカットしている。
…上に上げたどの特徴にも、俺は心当たりが無かった。
つまりは他人だと思うのだが、今の俺の記憶は狼少年よりも信用出来ないので一応聴いてみる事にした。
「えーっと、どこかでお会いした事有りましたっけ?」
『いや、初対面の筈だが?』
「あ、ならいいんです。」
正面の男に物凄く不審な顔で見られたので、慌てて付け加えた。
『少し混乱している様だが、とりあえずこの闘技場についての説明を聴いてくれるか?』
ほら、変な事言うから頭痛い子だと思われたよ。…と、自己嫌悪に陥っている場合ではない。どうやらこの男性は此処が何なのか知っているらしい。
とりあえず聴いてみる事にする。
『まずこの闘技場は[箱庭]と呼ばれている。蒼いローブの男が居ただろう?アイツがここの主人だ。』
蒼いローブの男…そう言えばそんな奴が居た気がする。
『ここに居る奴らは様々な理由でここに集められるんだ。まぁだいたいの理由は借金だがな。そしてその借金やらをチャラにしてもらう代わりに、此処で日夜死闘を演じる訳だ。』
途中で何回か後ろからHAHAHAと聞こえて来たが、どうにか話を理解する事が出来た。
『何か質問はあるか?』
質問、聞きたい事か…
色々と聞きたい事がある訳だが、とりあえず一番肝心な事を聴いてみる事にした。
「突然なんですが、俺が誰か解りますか?」
俺の質問がよっぽど予想外だったらしく、口を[は?]の形にさせたまま男は固まった。

*

見間違え
…冷静に自分の言った事を考えれば当然の結果である。初対面の男にこんな事を言われれば、俺だって頭がオカシイのでは?と思うだろう。
俺は可能な限り分かり易く、事細かに…と言っても1日程度の記憶しか無い訳だが…兎に角説明した。
『…それは本気で言ってるのか?』
しかし、俺の努力は虚しく水泡に帰した。
黒くてデカい彼に至っては腹を抱えて笑いだしている。HAHAHAと言う笑い声が非常に耳障りだ。
『…記憶が無いって事は名前も無いって事だな?』
「はい、そうなります。」
俺の返事を聴いて男はニヤッと笑った。
『なら私が名前を決めてあげよう。』
…確かに名前が有る方が色々と便利である。
俺は深く考えずにコクリと頷いた。
すると男はニンマリと笑った。何故か嫌な予感がする。
『じゃあお前は今日から[マミー]だ!!』
男がそう言い放つと共に、黒い彼が俺を見てゲラゲラと笑い出した。
マミー…何かあんまり良くない物だった気がするが、どうしても思い出せないのでその名前で我慢する事にする。
そう言えば俺は目の前の2人の名前をまだ聞いていなかった。
「2人の名前はなんですか?」
俺の問いに対して黒くてデカい彼が片膝を付いてペコリと頭を下げた。今気付いたが、頭の天辺で髷を結っている。
『私…性ハ東郷、名ハ隆二トモウシマース。修行ノ為ニ昨日此処二キマーシタ。』
若干流暢な口調で自己紹介をする。トウゴウリュウジ、見た目から薄々感じていたが外人さんらしい。
『あ、外人だったのか?』
正面の男は今気付いたらしい。どう見ても同じ人種には見えないだろ。
男は小さく咳払いをしてから、口を開いた。
『私の名前はファルシェ・アコーズ…まぁオヤッサンとでも呼んでくれ。後、此処に来た理由は借金だ。』
なる程ファルシェ…何となく舌を噛みそうなので、本人の希望どうりオヤッサンと呼ぶ事にする。
「判りました、リュウジとオヤッサンですね。」
『ソウデース。』
『そうだ。』
2人はコクリと頷いた。
『さて、そろそろ晩飯の時間だから食堂に行くか。』
え、晩飯!?俺がバッと窓を振り返ると外は真っ暗に成っていた。…朝日と夕日を見間違えるとか、俺の頭は相当イカレテルらしい。
『早くしろよ、他にも紹介する奴が居るんだからな?あ、まだ歩けないんだな?』
溜め息を付く暇もなく、俺は黒い彼、リュウジに担がれて食堂に向かった。

楽しい夕食

ゲニーとビィズ

先程いた部屋のすぐ隣の部屋には、更に三名の男が居た。
何故だか挙動不審な小柄の男…昨日見た気がする。
やや大柄で青い長髪の男、何故か物凄い仏頂面…凄く機嫌が悪そうだ。
そして明らかに場違いな赤毛の小さな少年。
何故こんな所に少年が?そう思っていると少年がニコニコしながらコッチに近付いてきた。瞬間、少年の表情がギロリと変わった。
『初めに言っておくが確実に俺の方が年上だからな。俺24だから。』
予想外にドスの効いた一言と年齢に俺は驚いた。『見た目的には明らかに貴様のが年下だがな、チビ豆。』
長髪の男性が嘲る様に笑う。
『少しデカいからって調子のんなよ、ゲニ夫が!?』
何故だか一触即発な空気…もしかして俺のせいか?おい、小柄なオッサン逃げんなよ。
『ゲニー、ビィズそこら辺にしろ。どうしてもやるって言うんならリュウジ君が乱入するぞ?』
『HAHA-HA!!』
腕組みをして笑うリュウジを見て、2人はピタリと争うのを止めた。
…しかし何時そんなに仲良くなったのか?
『さぁ、話たい事があるかもだが、とりあえず晩飯にしようか諸君?』
ファルシェ…もといオヤッサンの指示で全員がテーブルに付いた。
テーブルの上には見たことが無い程豪華な…まぁ記憶が無いから当然な訳だが…料理が並んでいた。
そして三人が手を合わせたので、それにツられて俺も手を合わせた
「「イタダキマス」」
「いただきます。」
全員が一斉に食事を始めた。しかし、俺にはどうしても聞きたい事があった。
「なんで夕食がこんな豪華なんですか?確か借金があるとか…」
俺の質問に対して、ゲニーとビィズが即座にカウンターを繰り出した。
「「痩せた奴が死ぬより、太った奴が死んだ方が楽しいからだろ?」」
「…そ、そうですか。」
今の一言で頗る食欲が失せた。
『もう一つ、この食事はくじ引きを兼ねてるのさ。』
オヤッサンがさらりと言う。しかし…くじ引き?
俺が言葉の意味を考えていると、近くからカキンと言う音が響いた。

コイン

金属音と共に口内に鈍い衝撃が走った。
口の中の異物を吐き出すと、チャリーンと言う音を立て何かが床を転がった。
豪華な装飾をされた銀色のコイン…コレは銀貨だろうか?
『残念だったなマミー。私は金貨だ。』
オヤッサンがニヤリとしながら言う。
そんなオヤッサンに引き続き、各自次々とコインを取り出す。
ゲニーと小柄な男はオヤッサンと同じく金貨。リュウジとビィズ、そして俺が銀貨。コレに何の意味が?
『新入り達には説明が必要だったな。ゲニー、説明よろしく。』
『なぜ我が…まぁ良いだろう、一回しか言わんからな。』
オヤッサンに言われ、ゲニーはあからさまに嫌そうなオーラを出しながら説明を始めた。
『ここに居る奴らは我を含め全員借金持ちだ。そのため我々はこの闘技場で貴族の馬鹿げた暇つぶしの玩具にされる訳だ。ここまでは良いな?』
俺を含めた新入り三名はコクリと頷いた。
『よしよし…そのコインはコレからの狩りに対する報酬の前払いだ。そのコインはその一枚で結構な価格でな、それを借金分集めれば晴れて自由の身になる訳だ。』
…つまり高価なコインを集めれば早く釈放されるわけか…つまり運が良ければ良いのでは?
『因みに言っておくが高価なコインを引いた場合、クエストも難度が高い物になるからな。』
ギニーのその一言を聞いた瞬間、隣に居た小柄な男が明らかに青ざめた。大丈夫かこの人。
『し、しし死にたくない!!?』
突如小柄な男性が暴れ始めた。
『俺の借金はほんの少し立ったんだ!!なのに命を懸けるなんてやってられるかよ!!』
まるで狂った様に暴れる男性。そう言えばコイツ昨日もずっと逃げ回ってたな…
そんな部屋の騒ぎを聞きつけてか、部屋の扉が乱暴に開かれた。
『金貨を引いた奴、出番だ。』
『わかった。』
『承知した。もう1人はそこの男だ。』
ギニーが小柄な男を指差して言う。
『嫌だ、俺はまだ死にたくない?!!』
必死に暴れる男だったが、抵抗虚しく屈強な兵達に連行されて行った。
『俺達は食事を続けるか。』
騒ぎなど無かったかの様に食事を再開するビィズ。正直その反応はどうかと思ったが思いの外空腹だったので、俺も再びテーブルに着いた。
て、まてリュウジ、それは俺の肉!!?
HAHAHAって笑って誤魔化してんじゃねぇ!!

控え室にて

サイコロ

闘技場の中は何処も彼処も豪華且つ趣味の悪い装飾がされている。テーマは生死何だとか…
そんな悪趣味極まりない廊下に何の感情も抱かなくなった私自身に若干の危機感を感じながら、控え室へとやって来た。
移動を始めてからずっと新入り君が歯をガチガチと言わせており、そろそろゲニーが我慢の限界の様なのでとりあえず落ち着かせる事にする。
「君、名前は何だったかな?」
『い、イール・メディル。』
「よしイール君だな。恐いのは解るがそろそろ落ち着ついてくれないとゲニーがキレそうなんだよ?」
私はそう言って青筋が出ているゲニーを指差した。それを見たイールは更に震えだした…逆効果だなコレは…
「とりあえず自信が無いなら、闘いが始まったら私達に任せていればいい。」
『貴様にチョロチョロされたら迷惑だからな。』
ゲニーがイールを睨む。説得中だから余計なマネをしてくれるな。
「わ、分かった。俺は闘わない。」
よしよし、分かってくれればそれで良い。
不意に扉が開き、兵の1人がサイコロを持ってきた。
『振れ。』
無愛想に兵が言う。言われんでも分かっている。
ゲニーと私はサイコロを手に取り、テーブルの上に投げた。
私の目は…4。まずまずだな。
『我は5だ。』
ゲニーがニヤリと笑う。
そんな私とゲニーをイールが不思議そうに見ている。そう言えば説明をしていなかったな。…ゲニー、説明よろしく。
『チッ、我らはこのサイコロの目で装備が決まるんだよ。
1ならレギンスのみ。
2ならレギンスと籠手
3ならレギンスと籠手とフォールド
4ならヘルム以外の防具
5と6は全身の防具が与えられる。
ただし1と6は自分で好きな武器が選べるんだ。判ったな?』
ゲニーの説明にイールが頷く。舌打ちをしながらも説明をしてくれるゲニーを私はニヤニヤしながら眺めていた。
「分かったらサイコロを振ってくれ。」
私に言われイールはサイコロを振った。
サイコロはテーブルの上を不規則に転がり、そして止まった。
出目は…
『…2?!』
『これはご愁傷様。』
正直2は最悪の目だ。裸同然の防具で更に武器も選べない。コレで扱い辛い武器が来た日には…
『貴様は双剣、貴様は大剣…新入り、貴様はガンランスだ。』
兵が無愛想に言う。
…どうやらイール君はつくづく運がないらしい。

支給装備

ゲニーが引いた武器は双剣、名の通り小振りな二振りの剣を扱う。威力の低さを手数で補う武器。
しかし二本の剣を同時に操るのは意外に難しい。
私が引いた武器は大剣、名の通り馬鹿でかい剣の武器。その質量故に斬ると言うより、叩き潰すと言った方がしっくりと来る。
反面、重さ故動きは制限されかなりの力が必要となる。
そしてイール君が引いた武器はガンランス、巨大な盾で身を守り砲台と槍が一体になった武器で突き刺し、撃つ武器。
コレも大剣と同じく動きが制限され、下手をすると防戦一方になる。
どの武器も一長一短がある訳だが、イール君の様な体格なら双剣辺りを引き当てて欲しかった。
双剣なら軽く小さいので他2つの武器よりはずっと扱い易い。
しかしイール君の引いたガンランスは3つの内でも正直最悪だ。
異常な重さもそうだが、銃と槍が一体となった構造はかなり複雑でありイール君に扱えるとは到底思えない。
それならシンプルな分、大剣の方がマシだ。

…しかし今更そんな事を言っても仕方が無い。私とゲニーでどうにかするしか無いな、コレは。
私達は支給された防具をテキパキと身に付ける。
どうやら私の防具は昨日のランポス種の物らしく若干血生臭い。
ゲニーは見た目的に火竜種、ツクヅク運の良い奴だ。
それに対してイール君は…裸同然なので防具が何だろうと関係ないか…
ガンランスを背負わされたイール君はよりいっそう小さく見えた。 青ざめた顔は見るに耐えない。
『出番だ。』
無愛想な兵が分厚い門を軽々と開き言う。開かれた門からは何時もと同じ、狂った歓声が聞こえる。
それを聞いたイール君は雪山にでも居る様にガタガタと震えだした。
『なに、貴様は何もせんで良い。我が全部片付けてやる。』
目をギラつかせながらゲニーが門を潜った。こういう時だけは頼りになる奴だ。
では私もゲニーに倣って一言掛けるとしよう。
『イール君、戦わなくても良いけど、昨日みたいに逃げ回ってわ駄目だよ。死にたくなかったらね。』
そして私も門を潜った。夜の闘技場に灯された大量の大松は私の網膜を焼き尽くす程に眩しい物に見えた。

新月の次の夜

舞い降りる狂乱

僅かに存在する月が照らすは狂人の箱庭。今宵も客席は満員で、興奮の坩堝となりつつある。
普段は今日の様に私たちの様な奴隷達が1人~4人でチームを組み、死闘を演じる。
昨日の様な大量な人数とモンスターで行うのは、月に数回ある奴隷を補充する日だけである。
そして基本的に戦う敵は一体のみ。加えて言うなら今日の敵は金貨三枚ランク…あまり強力な竜では無いと予想される。
大松の灯りに目が慣れ、視界がハッキリとしてきた。すると闘技場に一つの大きな影が現れた。
『今宵も命爆ぜる瞬間を見せてくれ!!』
主の声と歓声が響くと共に、影の主がゆっくりと降りてきた。
巨大な鶏冠、歪な嘴、全身を覆うゴム質の皮、影の主は私の予想通りの相手だった。
砂煙を巻き上げ現れたのは、『毒怪鳥ゲリョス』。鳥竜種と言うやや小型の竜に分類される。それでも私達ハンターよりはずっと大きい訳だが…
名の通り口から強力な毒液を吐き、ゴム質の体からはトリッキーな一撃を繰り出す。
特に毒液を受けた者は酷い有り様だったのを覚えている。
私の横ではゲニーが上下に跳躍しながら攻撃の合図を待っている。
その反対側ではイール君がカタカタと小刻みに震えていた。…正直彼には期待出来ない。
「イール君、君は盾で攻撃を防ぐ事だけを考えていてくれ。決して逃げ回るなよ?」
私の言葉にイールはカタカタと頷いた。
私はそれを確認した後、大きく息を吐き出し、その量の倍近い空気を吸い込んだ。
ゆっくり此方を振り返るゲリョス、奴が完全に振り返る前に私は叫んだ。
「行くぞ!!」
私は真っ先に駆け出し、大剣の柄を握り締め、振り返るゲリョスの頭にタイミングを合わせた。
繰り出された一撃は確実に毒怪鳥の首を捉えた。

当たりハズレ

…余談ではあるが…
ここに居る奴隷の約半分は元ハンターである。
だがもう半分は私も含め武器の扱いも知らない只の一般人である。
なので私は渡された武器を使うまでその性能は解らないのだ。
武器が持つ破壊力、属性、切れ味すら解らない。なので私の闘いには様々なイレギュラーが発生する。

確実にゲリョスの首を捉えた大剣から、鈍い衝撃が両腕に走った。
その刹那、膨大な質量を誇る筈の大剣が弾き返された。
私は大剣の勢いを殺しきれず、大きく大勢を崩した。
どうやら私の引いた大剣は斬るより、叩く攻撃を旨とするタイプの様だ。そして運の悪い事に、ゴム質の皮には打撃の威力は半分も発揮されない。
そんな事を考えている内に弾かれた大剣は地面にめり込み、私は身動きが取れなくなった。
そんなタイミングでゲリョスが完全に此方を振り向き歪な口を開いた。
『オヤッサンの武器はハズレだな?』
ゲニーが私の横をすり抜けながら、僅かに口の端を歪ませながら言った。
迫る嘴をかい潜り、首の下に潜り込んだゲニーが緑と赤の剣を交差させ、一気に振り抜いた。
緑と赤の剣は肉を裂いた瞬間、紅蓮の炎が切っ先から噴き出した。
ゴムが焼ける時特有の悪臭を撒き散らしながら、ゲリョスが大きく仰け反った。
『やはり今日は運が良い。我の武器は大当たりだ。』
ゲニーは高笑いと共にそう言い放つと、一気に追撃の姿勢を取った。

回転

皮を焦がし、肉を裂く双剣が、中空に赤い弧を描く。
下肢を襲う痛みにもがくゲリョスが必死にゴム質の尾を振るう。遠心力により不規則に伸縮しながら、空を叩く尻尾。
だが、股下で攻撃をするゲニー本人には掠りもしない。
「ウオッ!!?」
その代わり尻尾の射程内で大剣を引き抜こうとしている私には、容赦なく強烈な一撃が襲い掛かる。
私は上に下に、左に右にと尻尾をかわす。流石にこの年になってこの運動量は厳しい。
イールは私の言い付け通り闘いに参加せず、盾だけを構えている。出来れば助けて欲しいのだが…
ゲニーは長い髪を乱しながら双剣を振るい続けている。しかし髪の隙間から見える口は確かに笑っていた。…どうやら私が狙われるのを分かった上で股下に潜り込んだらしい。コレが終わったら奴の前髪をパッツンにしてやる。
ゲリョスの回転が5周目に入った位で、振り回される尻尾が地面に刺さっていた大剣に直撃した。
バチィッ
鈍い音を響かせ大剣が上方に弾き飛ばされた。
ブンブンと回転しながら落下する大剣を見上げる私。そしてそれをキャッチすべく右手を伸ばし…
「ドゥバス??!」
左の肋に激しい痛みを感じた瞬間、私の体は地面と平行に吹き飛んだ。
バランスを崩した体を無理やり両足で支えなおした。口の中には濃厚な鉄錆に近い味が広がる。
…正直、私はイラッとした。
微かに空気を吸い込み、両足で地面を蹴った。加速する肉体は地面に刺さった大剣を易々と引き抜き、振り上げた。
「ゲニー、さっさとしろ!!」
この叫び声で、チンタラやっていたゲニーも私のイライラに気付いたらしく、明らかに先程とは威力が桁違いの一撃を繰り出した。
下腹部を襲う激痛に呻き、怯むゲリョスに一瞬の隙が生じた。
すでに発射準備が完了している私の大剣は、その隙を決して逃さない。
先の一撃とは明らかに違う感触が私の腕を駆け上がってきた。

ナメルナヨ

大剣の一撃はゴム質の皮を貫きゲリョスの頭蓋を直撃した。
私の両手には堅い何かを砕く感触が伝わってくる。しかし、それでもなおゴム質の表皮は大剣を弾き返して来た。そして歪な嘴で私に襲い掛かってくる。
私は小さく呟く、ナメルナヨと。
弾き返された大剣の柄を握り締め、歯を食いしばり、両足に有らん限りの力を込める。
「ゼェアァァァ!!!」
顔ギリギリまで迫ったゲリョスの嘴を無理矢理大剣を叩き込んだ。
手先に伝わる微かに肉を切り裂く感触…私は一気大剣を振り抜いた。
かち割れた額から噴水の如く血を噴き出すゲリョス。その下肢の下ではゲニーが双剣を高々と振り上げた。
『ラァァア!!』
深く切り裂かれたゲリョスの右足は、痛烈な一撃を受けた直後の頭部を支えきれずに転倒した。
地面をのた打つゲリョス…非常に良い気味だ。背筋をぞくぞくする何かが駆けるのを感じつつ、ゲリョスの頭部に三つ目の陥没を造るべく大剣を振り下ろした。
今日一番の破砕音と共に会場に歓声が響く。モロに大剣の一撃を受けたゲリョスの頭部は大きく変形し、歪に歪曲している。死んでもオカシくない一撃だった筈なのだが、それでもゲリョスは身を捩り、立ち上がった。
会場からは再び歓声が湧く。
怒りに震えるゲリョスは眼球を血走らせ、嘴をカチカチと打ち鳴らす。その行為に私は見覚えがあった。
会場の客はどよめき、一斉に有るものを着けだした。
私も咄嗟に大剣を地面に突き刺し、その後ろに身を隠した。
瞬間、全てを焼き尽くす様な烈光が大剣の向こうで炸裂した。

今更だが…
ゲリョスの鶏冠は激しい閃光を発する事が出来る。これは何かを盾にするなり、背を向けるなりしてかわす事が出来る。
ここで私は数秒前の事を考えた。
まず私は大剣の裏に居たので閃光は受けていない。更にイール君も盾に隠れっぱなしなので問題なし。
しかし考え無しに双剣を振っていたゲニーは?
私がチラリと大剣から顔を出すと案の定閃光を喰らい朦朧とするゲニーが居た。その背後には怒りに震える毒怪鳥。
あぁ可哀想にゲニー、君の事は忘れな…
「いよっ?!」
しかし私の予想に反して、ゲリョスはゲニーに目もくれず此方に突っ込んで来た。
ゲニー…つくづく運の良い奴め。
私は軽く舌打ちをする。
『いよっ?!とは何だオヤッサン?』
私の言葉を聞いてゲニーが言う。貴様は黙っていろ、今私は取り込み中だ。
私は大剣を引き抜き、ゲリョスに対して斜め45°に構えた。
ギィン!!
鈍い音と共に鉄塊に走る重い衝撃をどうにか受け流す。
2、3歩後ろにさがりゲリョスを向き直った。
其処には盾を構えるイール君とソレに突っ込むゲリョスの姿があった。
毒液を撒き散らし、砂煙を上げ突進するゲリョス。それを待ち受けるイール君の瞳には明らかに恐怖の色が伺えた。
あぁ…今の状態は非常に宜しく無い。
私は背中に嫌な汗をかきながらも、イールに向け叫んだ。
「防げ!!絶対に逃げるな!!」

逃げる

毒液を撒き散らし、地響きをさせ、眼前に迫る醜悪でグロテスクな化け物。
果たしてハンターでもなければ、微塵の覚悟もない一般の小男がその恐怖に堪えきれるのか?
答えは考えなくとも解る、NOだ。
仮に私が彼と同じ立場ならばきっと…盾など捨て、形振り構わず猫に追われるネズミの如く逃げ出すだろう。
しかし、今此処で、奴の前で無様且つ惨めな逃亡は、『醜い生への執着』は決して許されない。
もし、泣き喚き餓鬼の様に逃げ出せば死ぬよりも酷い事が待っている。
だから私は叫ぶ『決して逃げるな』と。
しかし、私が懸命に叫んでも、化け物を前にした彼の行動を止める事など出来なかった。
彼は私の悪い予想通り、逃げるのに邪魔な重い鉄板と鉄塊を投げ捨て、赤子の様な叫びを上げながら逃げ出した。
逃げる彼の僅か後ろをゲリョスは駆け抜け、壁に激突した。運良く回避したイールだが、彼の運命は既に最悪な結末になる事が決定した。
『…バカが。』
何時閃光が解けたのか、私の横を駆け抜けながらゲニーが零す。
黙れゲニー、貴様がサッサッと片を付けていればこんな事には…
私は喉まで上がってきたその台詞をどうにか飲み込み、駆け出した。
今優先すべき事は愚痴を零す事ではなく、あの化け物を殺す事だ。

箱庭のルール

『ゼラァッ!!』
叫びと共に放たれたゲニーの一撃がゲリョスの腹をバッサリと切り裂いた。
腹から血肉を垂らし、呻き声をあげ地面に倒れるゲリョス。
そんな息絶えたゲリョスの頭目掛け、私は容赦なく鉄塊を振り下ろした。
渾身の一撃を受けたゲリョスの頭部は、トマトも真っ青になる程醜く弾けた。
会場からはグロテスクなパフォーマンスに対して歓喜の声が上がった。
…一応言っておくが、死んだゲリョスに一撃を入れたのは、私がそういう趣味の人間だからでは決してない。断じて違う。
ゲリョスは擬死…つまり死んだフリが出来る。なので先の一撃は念のためなのだ。まぁ前回死んだフリで痛い目を見たので若干力加減を誤ったが…
『オヤッサンは鬼畜…いや、鬼畜生だな。』
黙れゲニー、細かく言い直すな!!…と今はコイツと言い争っている場合ではなかった。イールの行動に対してここの主がどうするか…
私は客席のド真ん中に腰掛ける狂人を見た。奴はローブの上からでも判るくらい不機嫌そうに、特等席に鎮座していた。
そして徐に奴は立ち上がった。
『なかなかの闘いだったよ、私もそれなりに楽しめたよ…ある一点を除いては。』
その言葉に会場がざわめき、視線がイールに集まった。
『私の箱庭で無様に生きる事は許されない!!そうだろう諸君?』
主の問い掛けに会場からワァッと歓声があがる。
『死にたくなければ戦え!!戦いたくなければ死ね!!それがここのルールだ!!』
主の一言で会場は一気に狂気に包まれた。
そして主の合図と共に、闘技場の出入り口が開かれた。真っ先に其処へ行こうとしたイールは、屈強な兵士にそれを阻まれた。そして私とゲニーだけが、闘技場から出る様に指示された。
生温い拍手が客席から贈られたが、気違いな貴族達の興味は次のとっておきの出し物にしか向いていなかった。
闘技場を後にする私達に、コレから起こる事に対しての恐怖と、1人此処に残される絶望とが混濁した瞳を向けるイール君。
…残念ながらコレばかりはどうにもならない。あの狂人に目を付けられた段階で君の人生は終わっていたんだ。
私とゲニーは、イール君1人を残し闘技場を後にした。

彼の最期の宴

支度

まだこの箱庭の意味を理解していない俺は昨日有った事など忘れて、ただ黙って鉄格子の特等席から闘技場を眺めていた。
『さて‥イール君だったね。君にはコレから最後の舞台に立ってもらおう。』
ガタガタと震え青ざめるイールを見て、主の口がグニャリと歪んだ。
『何、別に死ねと言ってる訳ではない。衣装だって武器だって特別に用意してやろう。』
主がそう言ってもイールの表情は強張ったまま‥
『更にだ、次のショウで生き残る事が出来れば君の借金はチャラ‥晴れて自由の身にしてやろう。どうだ、やる気になったか?』
其処まで言われイールの表情が僅かに緩んだ。そして彼は主の問いにコクリと頷いた。
『交渉成立だ。さっそく宴の準備にかかれ!!』
主の一言で闘技場に控えていた兵士達がイールの周りに集まり、あっと言う間に準備を整えていく。
最期の宴に相応しい姿へ変わって行くイールを眺める主。
下手をすれば大事な奴隷が一人居なくなるかもしれないのに、主の口は不気味に笑い続けていた。
『さて準備が出来た様だな‥最期くらいは盛大に輝いてから消えてくれたまえ。』
主がパチンと指を鳴らすと共に開かれる檻。
其処からイールの箱庭での生活を終わらせるか、彼の生涯そのものを終わらせるかを決める竜が現れた。

下馬評

檻から現れたのは大きな嘴と耳を広げ、精一杯威嚇するピンクの竜だった。
先程のグロテスクな竜と比べると妙に愛らしく、小さな竜。
‥俺の欠落だらけの記憶ですら奴ならボコれると言っている気がする。
『いゃんくっくガ相手トハちょろいデースネ?』
横でリュウジがHAHAHAと笑いだす。あの竜の名前はイャンクックか‥とりあえず笑うの止めろよリュウジ。
『確かにクックは最弱と言われる竜だけど‥僕は正直厳しいと思うな。』
ビィズが一人厳しい顔で言う。‥しかし一人称が『僕』で童顔な人が厳しい顔をしてるとツイ噴き出しそうになる。
『今真面目な話をしてるんだけどな?』
ドスの効いた声で脅す少年‥の様な青年‥
俺は笑いを必死に抑え、話を聞く事にした。
「つまり、どういう事ですか?」
『幾ら強い装備で身を固めようとハンターですら無い奴にはランポス一品殺せないって事だよ。』
そう言うとビィズはゴロンと横になった。
「見ないんですか?」
『結果は見えてる。悲惨な結末になると思うからお前たちも見ない方が良いよ。』
それだけ言うとビィズは寝息を立てだした。
俺とリュウジは改めて闘技場のイールを見た。
イールの全身は白い岩石の様な鎧を身に纏い、その手には切れ味鋭そうな紅い鉱石の片手剣が握られている。
それに対するイャンクックはお世辞にも強そうには見えない。
「リュウジはどう思う。」
『私ナラ楽勝デース。あれハ唐揚げニスルトびみナンデースヨ?』
いや、誰も其処まで聞いてない。てかあんな物を食べるのかと聞きたい。
‥とりあえずリュウジの目から見ても明らかにイールが有利に見えるらしい。確かに俺でもアレなら倒せる気がする。
俄かにざわめく客席、闘技場ではイールが剣を振り上げイャンクックに跳び掛かる所だった。

吐き戻す(整理)

先程まで響いていた狂気の歓声も、死に怯える泣き声も今は聞こえない。
ただ顔の直ぐ近くで響くビチャビチャと言う嫌な音と、やや遠くから響く金属を殴る様なガンガンと言う音が聞こえるだけ。
脳内に反響する2つの音、食道に込み上げる違和感…俺は今何をしている?
落ち着け…目の前を埋め尽くす大量の元晩飯達が放つ悪臭が俺を現実に引き戻す。
そしてゆっくりと今さっき起きた事実を整理する。

結果から言えば先程の闘いはビィズの言った通りになった。
イールが装備していた武器も防具もイャンクックを狩るには十分な物だったんだろう。しかしそれは飽くまでもハンターが使えば、の話だ。
竜の甲殻を切り裂く刃も使い手が駄目ならば棒切れと変わらない。
竜の一撃を防ぐ鎧も、鍛えられた肉体が無ければ動きを阻害する鉛にしかならない。
武器の使い方も知らない、十分な筋力もないイールでは始めから結果は見えていたんだ。
イャンクック相手に無策に飛び込んだイールは悉く怪鳥の攻撃を受けた。しかし、全身に纏った鎧がそれらのダメージを僅かに抑えた。…それ故イールは簡単に死ねなかった。
数度目の突撃でイールの一撃が運良く怪鳥の腹部を切り裂いた。
飛び散る鮮血に湧き上がる会場。しかし、その一撃は怪鳥を殺すには至らず、ただ竜の怒りを買っただけだった。
その後、闘技場で繰り広げられた惨殺ショーに気違いな観客達は狂喜乱舞した。
ただの一般人であるイールの体力は直ぐに底を突き、その後はただ怪鳥に弄ばれ続けた。
幾らツツかれて悲鳴を上げ、死を懇願しても身を包む鎧がそれを許さない。その後もひたすらに怪鳥の攻撃を受け、気付けばイールの悲鳴は止んでいた。

俺は其処まで記憶を整理して再び闘技場を見た。
何時しかガンガンと言う音が止まっている闘技場を、退屈そうに歩く怪鳥。
その怪鳥の後方には、節々から赤い血を漏らす中身が入った鎧が転がっていた。
主が死んでもなお傷一つ着いていない鎧は嫌に不気味で、そこから垂れ流される夥しい赤い水が再び吐き気を催させる。
再び闘技場にはビチャビチャと言う音が響いた。

どう見ても子供

声だけ大人

『そろそろ出番だよ。』
ビィズに呼ばれて俺はぼうっ頭を上げた。どうやら相当な時間吐いていたらしい。
『GEROGEROGERO…』
てかリュウジ、お前も吐いてたのか?しかも俺の倍近い量を…
それを見てたらまた催して来たので俺は視線をビィズに移した。
『…まぁ今日は僕に任せておいてよ。』
みっともなく吐く俺とリュウジを見て、ビィズはウンザリ気味に言った。

…控え室にて簡単な説明を受けて

此処での装備等の説明を受けサイコロを手渡された。…しかしこんな物に生死が掛かっているとか、馬鹿げているとしか言えない。
因みにリュウジの出目は3、鉄っぽい防具と背骨の様な片手剣を渡されていた。
ビィズの出目は幸運にも6、赤い殻の様な防具を手渡された後、巨大な海老を模したハンマーを選んでいた。
…あんな武器が強いのだろうか?
そして俺の番が回って来た訳で…
カッ…
俺の手から落ちたサイコロは何とも信じ難い事に一回も転がる事無く、『4の目』で止まった。
何だコレは?
重りでも入っているのか?
…それとも俺の今日の運命とでも言いたいのだろうか?
出目としては悪くないのだが、物凄く嫌な物を感じざるおえないだろ…
再び食道に込み上げてくる物を必死に抑える。
『HAHAHA‥GERO…』
リュウジ…貴様って奴は…
『んっ!!』
グシャ!!
不意に目と鼻の先を掠めたエビが不吉な出目のサイコロをテーブルごと叩き潰した。
『まぁ2人とも今日は僕に任せておきなよ。』
テーブルを叩き潰した少年(24歳)は不適に笑う。
『でも邪魔だけはすんなよ。』
一段と低いトーンのその一言が、背中をゾクリと駆け上がった。
まぁ声以外は子供にしか見えないけどね。
『マミー…ぶっ殺すぞ?』
心を読まれた!?
俺は巨大なエビを振りかぶる少年から逃げる様に闘技場へと駆け込んだ。

啖呵

眩い光に一瞬視界を奪われた。
今の時間とは真逆の明るさを放つ闘技場にボンヤリと一つの影が浮かび上がった。
ピンクの鱗、赤い口の様に裂けた腹、紅を塗ったくった様な嘴…
視界が鮮明になると共に再び吐き気が食道を駆け上る。俺は堪えきれずにに口に溜まった異物を吐き出した。
そんな俺を見て客席の奴らが蔑む様な笑いを漏らす。顔を上げそいつ等を見渡すと、どの瞳も泥水の様に濁った色をしていた。
『次はどんなふうに死んでくれるんだ?』
そんな幻聴が聞こえてきそうな程この闘技場は狂気に包まれている。
『マミー…歯ぁ食いしばれ。』
後ろからドスの効いた声が聞こえた刹那、視界の隅でエビが笑った気がし…
「ブォロォア!!?」
右側頭部を襲った衝撃に耐えきれず俺の体は、残りの異物を吐き出しながら宙を舞った。
一回、二回、3か…
と回転数を数えてる場合じゃないだろ…
「ドォッ?!!」
背中全面を走る衝撃に意識が遠退く。
『マミーとリュウジは其処で見てなよ。』
嫌に上機嫌な声がする。よほど俺を殴ってスッキリしたらしい。
…此処に来て俺は武器を忘れた事に気付いた。
まぁ既に俺は動けないので武器があっても仕方無いのだが…一つ心配があった。
「そこの化け物が襲って来たらどうすれば?」
『大丈夫だよ武器を構えてる奴しか狙わない様に調教してあるから。まぁ最悪リュウジに担いで逃げてもらってね。』
「了解した。」
なる程、だからさっきからあの化け物は襲って来なかったのか‥今の台詞、なんか変じゃ無かったか?
俺がそんな疑問を投げかける前に、見た目少年の24歳は既に巨大なエビを構えていた。
化け物を睨みニヤリと笑った後、ビィズは大きく息を吸い込んだ。
『かかって来いやぁぁぁあ!!アッサリサックリサッパリあの世に送ってやらぁぁぁぁ!!』

歯軋り

何時もと違う声…と言うより口調自体変わっているが…兎に角厳つい声でビィズは啖呵をきった。
その後ろ姿は心なしか大きく見えた。…あ、背伸びしてやがる。
そんな小さな人間に喧嘩を売られたイャンクックは耳と翼をを広げ、体を大きく見せ威嚇した。
『お星様でも…』
そんなイャンクックの威嚇なんか無視して駆けるビィズは腰の巨大エビに手を伸ばした。
『見て来いやぁぁあ!!!』
威嚇真っ最中のイャンクックの下顎を巨大エビがブチ抜いた。
イャンクックの頭は水飛沫と共に打ち上げられ体を逆エビ反りにさせた。
…しかし、威嚇中の敵を攻撃するとか…
「小さい…見た目以上に器が小さい…」
不意打ちにも程がある。『戦略的と言えマミーこら!!てか後でぶっ飛ばすからな!?』
今の独り言が聴こえるとは…なんて地獄耳、その上口調まで変わってる!!…と、そんな事より俺に構っている場合じゃないだろビィズ。
「ビィズ、後ろ後ろ。」
俺はビィズに襲い掛かるイャンクックを指差した。
『テメーに言われんでも判ってんだよマミーこらぁ!!』
ビィズはとびきりデカい声で叫びながら、彼を啄みに来たイャンクックの頭を叩き落とした。
グシャっと言う音と共に沸き立つ客席、ビィズは間髪入れずにもう一撃叩き込んだ。
エビの殻から噴射される水流が、イャンクックから噴き出す血を洗い流し、再び大量の血を飛び散らせる。
ゴシャァッ
先ほどよりも激しい破壊音が響く、客席の気違い達が叫ぶ。『もっとやれ!!』と。
その声にビィズの顔が僅かに歪んだ。
地面にめり込んだイャンクックの頭を巨大なエビが土ごと叩き跳ばした。
強烈な連撃を受けたイャンクックは脳震盪を起こしたのか、倒れたままピクリとも動かない。
ソレを見た客席はよりいっそ盛り上がった。それを聞いたビィズの顔が更に歪む。
ゆっくりと構えられたハンマーが動かないイャンクックに狙いを定める。
ゴッ
ビィズはハンマーを振り下ろした。
ゴシャッ
動かない相手目掛け
ゴシャァッ
何度も何度も念入りに…
砕ける音が肉をすり潰す音に変わるまでビィズは叩き続けた。
一面赤に染まり、気違い達すら静まり返った闘技場には、首から先を無くしたイャンクックが横たわっていた。
ビィズは歯軋りをした後ククッと笑った。
『やってやったぞ!これで満足か気違いどもがぁ!!』
ビィズがそう叫んで数秒後、闘技場の客席は狂喜に包まれた。そんな中、ここの主だけが満足げに笑っていた。

お開き

『お疲れビィズ君。毎回君の冷血さには溜め息が出るよ。』
そう言って箱庭の主はニヤリと笑った。
…確かにさっきのビィズはやり過ぎだと思うが、ここの観客や主自身と比べると冷血は言い過ぎな気がする。
『黙れや気違いが!!』
ビィズはキッと主を睨むと吐き捨てる様にそう言った。
『気違い…それは誉め言葉かな?まぁ次もその調子で頼むよビィズ君。』
ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべた後、主はローブを翻した。
『諸君、今宵の花火はコレまでだ。また次の夜に…』
そう言い残すと主は狂気に包まれた闘技場を後にした。
『…さて、戻ろうかマミー、リュウジ。』
何時の間にか口調も顔つきも本に戻ったビィズが言う。ただ少年の顔にコビリ付いた赤い染みが、先ほどの惨劇を思い出させる。
…胃の中の物が上がって来そうになるが、既に空っぽだったので吐かずに済んだ。
『GEROGERO…』
横から響く激しい吐瀉音…ドンだけ吐くんだよリュウジ。
『…2人ともゲロ臭いから離れて歩いてね。』
ニコヤカな顔でサラッと酷い事を言うな、このチビは…
「ダハッ!?!!」
前頭部に走る鋭い痛み。
『さっさと戻んぞ、ゲロッパ共が!』
口の端を歪めながら俺の頭を蹴飛ばした餓鬼が笑う。…絶対人の心を読めるよこの人。
ついでに蹴飛ばされるリュウジを見ながら俺は闘技場を後にした。

休場日

誰かの幻想

あの後俺は吸い込まれる様にベットに倒れ込み、眠りに堕ちた。
夜の惨殺と鼻腔にこびり付いた血腥い臭いが俺の記憶を刺激したのかは解らないが、俺はまたあの夢を見ていた。

俺の手が何かを突き飛ばし、無防備になった俺に迫る一筋の線…
この段階で俺はコレが夢だと気付いた。まぁまったく同じ場面を見れば馬鹿でも夢だと気付くんだろうけどな…
だから迫る線が"死"だと分かっていても妙に俺は冷静だった。
迫る"死"の幻想そっちのけで、俺は俺の記憶があるかもしれない夢の世界を見回した。
あたり一面は靄が掛かった様に真っ白で何も無かった。線の反対側も靄の途中で消えている。
なので俺は先程突き飛ばした何かを見た。
靄にウッスラと人影が見える。鎧を着ている様だがシルエットから考えて女性…靄で見えない筈その顔は酷く涙でグシャグシャになっている気がした。見えない筈のその泣き顔が、俺をどうしようもなく切ない気持ちにさせる。
バキャ
俺の腹部から聞こえる鎧が砕ける音が響き、線が…"死の幻"が夢の中の俺を貫い…

「ダアァァァアア!!?」
夢とリンクした現実の痛みが俺を夢の底から引きずり出した。
ベットの横には片手にリンゴを持った子供、もといビィズが居た。ゴトンと言う音と共に先程俺の腹を直撃したと思われる別の林檎が床に落ちた。
『ゴメンよマミー、手が滑ったんだ。』
謝りながらニヤリと笑うビィズ。…てか何もう片方の林檎も落とそうとして…
コツン
「アッダァァァァア??!」
本日二度目の激痛が腹部を襲う。バッチリ目が覚めていた為さっきの数倍痛い。
痛みに悶える俺を横目にクックックと笑いを堪えるクソ餓鬼(24歳)。
こんなやり取りをしている内にさっき見た死の幻も、泣いていた誰かも忘却の彼方へと消え去ってしまった。

フルフル

一頻り悲鳴をあげた後、意地悪く悪く笑うビィズをよそに窓の外を見た。
朝の日差しが眩しいな‥
『アレは朝日じゃなくて夕日だよ、マミー?』
昨日に引き続きまた寝過ごしたのか俺!?てかまた心を読まれたよ?!
『だって顔に書いてあるからさ』
いや、俺の顔包帯で見えないから!あと俺さっきから一言も喋ってないよね?
『まぁ気にしないでよ。』
気にするなって‥考えるのも疲れるので諦める事にした。
しかし、またもう直ぐ夜か‥
狂気に満ちた歓声を思い出して俺はため息を付いた。
『因みに今日は闘技場は休みだよ。』
休みなのか‥とりあえずもう俺はもう突っ込まないぞ。
『所で何でリンゴが当たった程度であんなに悲鳴をあげたの?』
「‥何故だろう?」
言われて俺も疑問に思って自分の腹を見てみた。
‥其処には頭同様分厚く包帯が巻かれていた。
俺は好奇心の求めるまま包帯を破がしてみた‥
ペリペリ‥
皮膚にくっ付いていた包帯が音をたてて剥がれていく‥
そして包帯の下からは白い肌が出て来た。
「‥何ですかコレ?」
俺の腹には部分的に異常に白くブヨブヨした皮が貼り付いていた。
ビィズは俺の腹をジーッと見つめ少しツマんだりした後口を開いた。
『コレは多分‥フルフルの皮だね。』
フルフル?何やら可愛らしい名前だが、生憎俺の頭にフルフルに関する記憶はない。
『多分凍傷か火傷で足りなくなった皮の代わりにフルフルの皮を貼ったんだと思うよ。』
丁寧な説明だが、それ以上に俺はあることが気になった。
「フルフルってなんですか?」
『いやぁ‥それは知らない方が良いよ絶対に。』
思いっきり言葉を濁すビィズ、そんな風に言われると気になって仕方ないんだけど‥
コンコン‥
不意に聞こえるノックの音に、俺は一時フルフルの事を考えるのを止めた。

晩飯

『コンバンワ、そろそろ起きろよ‥なんだお前も居たのか、ビィズ?』
ドアを開けて入って来たのはオヤッサンだった。手には大きなバスケットが持たれている。
『コンバンワ、オヤッサン。僕はマミーとリンゴを食べようと思ってね。』
ビィズが二つのリンゴでジャグリングをしながら言う。しかし、なぜ俺の腹の上でお手玉をするのか?
俺は再びリンゴの強襲を受ける前に体を起こした。
「おはようございますオヤッサン。」
『もう夕暮れだがな。』
苦笑いをするオヤッサン。まだ寝ぼけているな、俺。兎に角話題を変えるべく思い付いた事を聞いてみた。
「リュウジやもう1人の方は居ないんですか?」
『リュウジは気持ち悪いって言ってずっと寝てる。よっぽど昨日のアレが忘れられないらしい。もう1人、ゲニーは二日酔いでダウンしてる。自棄酒が奴の趣味だからな。』
‥どうやら2人とも昨日の事が原因で体調を崩したらしい‥昨日の惨劇が俺の脳裏を走った。
『てな訳で飲む相手が居ないからマミーと晩飯を食べようと思ってな。ビィズも一緒に喰うか?』
オヤッサンは笑いながらそう言うとバスケットから次々と豪華な夕食を並べだした。ビィズもオヤッサンに続いて皿を並べる。
『じゃあ食べますか』
綺麗に並べられた皿を前にしてオヤッサンが言う。俺とビィズはオヤッサンに習い手を合わせた。
『「イタダキマス」』
声を揃えてそう言うと、皆一斉に食事に手を伸ばし始めた。
俺は丸半日寝ていてお腹が減っていたので、兎に角肉に手を伸ばした。
肉を頬張る俺に対して、ビィズはチキンライスを食べている。‥ビィズが食べてるとお子様ランチに見えるな。
ゴスッ
「ゴブォ?!!」
本日三度目の腹部強襲、俺はたまらず頬張っていたバカデカい手羽先を噴き出した。
噴き出された鶏肉の残骸が俺の腹を蹴ったビィズを直撃した。‥あぁコレはマズいぞ俺。
『マミー‥てめぇよっぽど死にたいらしいな?』
口調が変わり戦闘モードに移行するビィズ。‥いや今のは貴方の自業自得だから!!だから手に持ってるナイフを下ろせ!!下ろしてください!
『まぁまぁ、2人とも落ち着け。コレでも飲んで仲直りしろよ。』
そう言ってオヤッサンはバスケットから酒を取り出した。
『いや、僕は酒は苦手‥』
『良いから‥飲・め!!』
オヤッサンは無理やりビィズの口にビンを突っ込み、お酒を流し込んだ。
ビィズの顔は見る見るうちに赤くなり、そのままぶっ倒れた。

借金について

『さて‥マミーも飲むか?』
ニヤリと笑うオヤッサン。ビィズがお酒に弱いのか、酒の度数がキツいのかは知らないが人がぶっ倒れたのを見た後で同じ物を飲む気にはならない。
俺はオヤッサンを止めるべく違う話題を振ることにした。
「なんで俺は此処に居るんですかね?」
この一言でオヤッサンの腕がピタリと止まった。そして自分のグラスに酒注ぐと俺をジーッと眺めた。
グラスの酒を少し飲んだ後、オヤッサンは口を開いた。
『多分お前は狩場か何かで行き倒れている所を回収されたんだろう。狩場から死体が消えても不思議じゃないしな。』
回収‥つまり俺は拉致られたらしい。‥となると気になる事が出来た。
「借金が無くなると此処から出られるんですよね?」
『そうだ。まぁ完済出来た奴など私は知らないがな。』
「あと今更ですけど俺に借金ってあるんですかね?」
コレが俺の疑問だ。もし俺が狩場から拉致られたんであれば借金などはなから存在しない筈だ。つまり俺は此処から出られ‥
『マミーにも借金はあるぞ。』
る。と思ったが人生そう甘くはないらしい。ダメもとだがとりあえず聞いてみる。
「何でですか?」
『偶にお前みたいに狩場から拾われて来る奴がいるんだよ。そう言った奴は大抵瀕死でな、その治療費が借金と成るわけだ。』
ああなる程、そう言う事か。つまり俺は勝手に拾われ、治療されその治療費を請求されているらしい。
まぁ今の俺の有り様を見るに相当の大怪我だった様なので文句は言えないが‥
「因みに俺の借金ってどれくらいですかね?」
俺は恐る恐る聞いてみた。もしかしたら案外少額かも知れない。
『‥傷の治療にフルフルの皮を使ってるみたいだな‥』
オヤッサンが顎に手を当てジーッと俺の傷口を見る。
『残念ながらかなりの金額だと思うぞ。軽く金貨100枚くらい‥』
オヤッサンが苦笑いしながら言う。
‥どうやら俺は相当の間此処から出られないらしい。

飲み過ぎ注意

俺の借金はオヤッサンの見立てで金貨100枚‥
俺の手持ちのコインは銀貨1枚のみ、因みに銀貨10枚で金貨1枚分らしい‥
つまり俺の借金はあと‥考えただけで気が遠くなってきた。
俺はどうしようもなく落ち込んだ気分を晴らすべく、空のグラスに手を伸ばした。
「オヤッサン、俺にも一杯ください!!」
『お、飲む気になったか?一杯と言わずガンガン飲め!!』
今の一言で上機嫌になったオヤッサンは俺のグラスに並々と酒を注いだ。俺はグラスに注がれた琥珀色の液体を一気に飲み干した。
喉を流れ落ちた液体が一瞬で全身を駆け巡り、俺の気分を高揚させた。なんだか楽しい気分に成ってきた。
ビィズは即効で気絶したが、案外強い酒では無いのかもしれな…
瞬間、俺の視界がグニャリと歪んだ。

頭がガンガンとツツかれる様に痛む。‥何故?
『イャンクックにでもツツかれてるんじゃないの?』
ふと誰かの声が聞こえる。いやいや、流石にあんな化け物にツツかれたら馬鹿でも気付くだろ。
『解らないよ?ひょっとしたらもう頭が無いかもしれないし。』
いや、それこそ有り得ないだろ。
『じゃあ、鏡を見てみなよ。』
ふと眼前に鏡が差し出された。頭が無いとか有り得ないだろ‥でも念の為鏡を見てみた。
全ての物を有りのままに写す鏡、其処には有る筈の俺の頭は無く、首の部分に赤い穴が開いているだけだった。
『ね、言ったでしょ?』
笑う様な、嘲る様な子供の声が俺の鼓膜を冷たく叩き付けた。

観覧日

二日酔い

「アアァァァァァ‥
目の前の悪夢が網膜に焼き付く前に俺はベッドから跳ね起き、
ァァァダァッ!!?」
豪快に落下した。
二日酔いの頭痛と、固い床に頭を強打した痛みが俺を悪夢の世界から弾き出した。‥出来れば目覚めはもう少し優しい方がいいんだが‥
俺は床に落下した姿のまま、網膜に微かに残る悪夢を思い出していた。
鏡に映っていた惨死体は俺が成っていた、もしくはコレからそうなる可能性がある姿‥
こんな所に何時までもいたのでは何時か俺もああ成ってしまうんじゃないのか?
どうにかして此処から逃げ出すべきではないのか?
しかし、ふと目に入った窓の外の朝日は、どうしようもなく遠くにある様な気がした。
1人黄昏ているとドアの外に人が立つ気配がした。
『入るぞマミー‥ってうぉあ!!?』
オヤッサンが部屋に入ってくるなり奇声を上げた。まるで死体を見た様な驚き様だな‥床に転がる包帯男、死体に見えてもオカシくないか。
俺はアルコールの抜けきらない体を無理やり起こした。
「どうしたんですか、オヤッサン?」
『どうしたって‥もう開場の時間なんだがな?』
そう言ってオヤッサンは窓の外を指差した。またしても夕日だったのか‥いい加減に気付けよ俺。
『まぁ今日は違う班の出番だからな、私達は見るだけだ。』
違う班なんか居たんだなこの闘技場‥あの蒼ローブは一体どれほどの資産を持っているのかを考えつつ、俺はオヤッサンの後に着いて部屋を出た。

上機嫌

狂気渦巻く闘技場の客席‥いい加減この光景も見慣れてきたが、この鉄檻の中に入れられる事だけは慣れそうもない。
『コンバンワデース。』
『遅かったな。』
特等席には既にリュウジと‥ゲニーさんが座っていた。
「今晩わ‥ビィズさんはどうしたんですか?」
『何か知らんが頭が痛いから今日は休むと言ってたぞ?』
ゲニーさんがどうでも良さそうに言う。あぁ、昨日の酒が効いてるのか…そう言えば俺も地味に頭が痛い…どうにも昨日の酒はとんでもない度数だったらしい。
『ビィズは風邪でも引いたのか?』
…このオッサンは昨日の事を覚えていないのか?
…いや、きっと酒がキツかったから記憶が跳んでるんだ。そうに違いない。
俺が自分自身にそう言い聞かせていると、俄かに客席が沸き立った。
客席の中央に現れた蒼のローブ…今日は嫌にご機嫌に見える。
『コンバンワ諸君…昨日は取っておきの化け物が手には入ったのだよ。』
なるほど、だから上機嫌なのか…
『故に今宵は一弾と激しく命の爆ぜる様が見られるだろう。』
…今日が出番で無くて良かったと俺は心の底から思った。
『では今宵も楽しんでいってくれたまえ。』
箱庭の主がドカッと椅子に座り、指を弾くと共に闘技場の二つの門が開かれた。

報酬

門から次々と現れる化け物達と闘う男達…
一組目の男達は砂中を走る魚の様な竜を意図も容易く倒して見せた。報酬は三人で銀貨6枚分。
それとは対照的に二組目の男達は白い岩石の様な竜と闘い、その圧倒的硬さを誇る巨大と口から吐き出される熱線に苦しめられていた。
どうにか竜を倒すが4人いて2人が軽傷、1人は熱線をモロに喰らい生死の判別すら付かない有り様になっていた。報酬は金貨12枚。
三組目はたった1人、その上相手は馬鹿でかい魚。しかしその男はアッサリと竜を駆逐してみせた。報酬は金貨7枚。
…今日の闘いを見て俺は自身の借金完済がかなり厳しい物だと改めて思った。正直一番安い報酬だった竜にすら勝てる気がしない。
俺は闘技場に充満する血の臭いに嫌気が差し、空を仰ぎ溜め息を付いた。空に浮かぶ月ですら今は赤みがかって見える。
『今日もいい月だ。』
とオヤッサンが漏らす。そう言えば始めからずっと月ばかり見てたなこのオッサン。
闘技場は只今次の組の為に清掃が行われている。俺は黙って月を見ている気分でもないので思い付いた疑問を聞いてみる事にした。
「ちょっと聞いて良いですか?」
『何かな?』
オヤッサンが月を眺めたまま言う。
「この闘技場って女性は居ないんですか?」
『女ならもっと安全且つ手早く稼げる方法が有るからな。それに追い詰められて泣き叫ぶ女はここの主の趣味じゃ無いんだろ。』
月を見たままの姿勢でオヤッサンが言う。つまり女性が居ないのは蒼ローブの趣味と言う事らしい。
『それにしても今日は良い月だな。』
このオッサンの頭には月の事しか無いのだろうか?
そんなオヤッサンにつられ見上げた月は頂点を越し、傾きつつ有った。それにしても今日の月は妙に赤い…
ぼうっと月に見せられている間に闘技場の清掃が終わったらしい。それに伴い、蒼ローブが立ち上がった。
『さぁ諸君、次が今日の最後の見せ物だ。今回私はこの取って置きの化け物にクリスタル一塊の報酬を掛けた。』
その一言で客席がざわめいた。
「クリスタル一塊分って幾らくらいですか?」
『軽くマミーの借金が返済できるくらいだ。』
なる程、つまり金貨100枚分か…って
「エェェェェェエ!!!?」
『騒ぐなマミー、まぁその分、文字通りの化け物が出て来るんだろうがな。』
オヤッサンの視線はいつの間にか闘技場の門に向けられていた。
『では諸君、本日最高の輝きを楽しんでくれたまえ』
主の合図と共に、ゆっくりと門が開かれた。

金?

開かれた門からは先ず2人の男が現れた。どちらも全身を厳つい鎧で固めている。
1人は馬鹿デカい鰭の様な大剣、もう1人は三つ叉の翠色のランス…2人ともかなり強そうに見える。
『奴らは此処で2番目に強い組だ。』
不意にゲニーさんが言う。なので1つ聞いてみた。
「じゃあ一番はどの組なんですか?」
『我らに決まっておろう!!』
そう言ってゲニーがニヤリと笑った。そんなに強かったんだなこの人達。
『OH、私達がイチバン何でスネ!!』
いやまてリュウジ、俺とお前はカウントされてないだろ。
『まぁ奴らも今日が命日だろうな。』
オヤッサンがボソッと言う。
「そんな不吉な事言わないでくださいよ。」
毎日毎日惨殺ショーを見るのは勘弁だ。まぁ大抵の客はそれ目当てなんだろうが…
『奴らはなかなかに強い…だが相手が金獅子、ラージャンじゃどうにもならんだろ。』
「…金獅子?」
『あれだ。』
オヤッサンが指差すと共に門から黒い影が飛び出した。
測頭から生えた歪に捻れた二本の角、ギラつき獲物を探す赤い瞳、異常にデカい剛腕…確かに強そうだが、1つ腑に落ちない点があった。
「どこらへんが金獅子なんですか?」
ドコをどう見てもラージャンの毛は黒色だったし、正直俺にはそのラージャンが猿にしか見えなかった。まぁ対峙したら3秒でチビる自信があるが…
『見てれば解る。だが最後まで見てると暫くハンバーグが喰えなくなると思うがな。』
そう言うとオヤッサンはドカッと横になり、月を眺めだした。
『オラァッ!!』
闘技場から轟く雄叫び。振り返ると大剣を持った方の男がラージャン目掛け駆け出していた。

金獅子!

数分前、本日最後のショウが始まった闘技場は現在狂喜に包まれていた。
俺は1人吐き気を催しながらもその闘いを眺めている。
…闘いが始まった当初は確実に2人の男がラージャンを圧倒していた。
ジグザグに動く突進をかわし、大振りなラージャンの拳をかい潜り、細い後ろ脚に的確に攻撃を加えていた。
そして三度目の攻撃でランス使いが脚のバランスを崩させ、ラージャンの巨体を転倒させた。
そしてラージャンが地面を転げた先には大剣使いが既に待ち構えていた。
男は大剣を振りかぶり、大きく息を吸い込んだ…刹那、空間ごと断ち切る様な一撃がラージャンの頭部を強襲した。
メキャッ
と何かが砕ける音が響いた。
客席からは落胆の声が漏れた。なんだコレで終わりか、と。
金獅子とは名ばかりで瞬殺されたラージャンを見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。オヤッサンの予想は外れたんだ、と。
その時、俺の視界には1人笑みを浮かべる狂人の顔が見えた。
次の瞬間、俺はラージャンが何故金獅子と呼ばれるかをこの目で理解した。
ざわめく闘技場、死んだと思っていたラージャンはむくりと起き上がったからだ。
その頭には2本有る筈の角が一本になっていた。さっきの音は角が砕ける音だったらしい。
闘技場に居る2人は咄嗟にラージャンから距離を取った。まるで逃げる様に…
次の瞬間、闘技場に立ち上がったラージャンは金獅子へと姿を変えた。
黄金に色を変え、対峙するものを威圧する逆立った毛…見た目が変化しただけなのに、金獅子の体からは見るものを圧倒する殺意や怒気が放たれている様に思えた。
天を穿つが如く雄叫びをあげると金獅子は2人目掛け駆け出した。
大剣を担いだ男を反射的にその場を離れたが、ランス使いの男は咄嗟に盾を構えた。
ランスの盾は俺が見ても解る程に頑強に見えた。まさに鉄壁と言える程に。
だが今の彼の行動は俺には酷く愚かな行いに見えた。
怒れる金獅子に対して構えられた翠の盾は、酷く小さくチャチな物に見えた。

砕く金色

振りかぶられた金の拳は、男の居る空間を塗り潰すが如き勢いで振り下ろされた。
男の盾と金獅子の拳が触れた瞬間…
メギャッ
…鉄同士を打ち合わせる様な音が響いた。
盾を構えていた筈の男は口から血を吐き、その場に膝を突いた。
男は明らかに意識が跳んでいたが、ラージャンは構わずにもう一度拳を振りかぶった。
『ザァラァィ!!』
怒号を轟かせ、男が躍り出る。男の大剣は水飛沫を噴き出しながら金獅子の拳を弾き返した。
その場に崩れ落ちたランスの男から離れる様に大剣の男は金獅子から距離を取った。
『ザアァァァ!!!』
己を奮い立たせる様に男は叫び、駆け出した。
ジグザグに駆ける金獅子に合わせ、男もステップを切った。
眼前まで迫った金獅子が右に跳ねた瞬間、男は左に体を捻り込み大剣を振り抜いた。
水飛沫と共に金獅子の横っ腹を切り裂く翠の剣…だが、金獅子の体には一筋の線が残っただけで、一滴の血すら流さない。
それでも男は大剣を構え直し、金獅子の方を振り返った。刹那、男の視界は黒で塗り潰された。
男は瞬間的その黒が迫る拳である事を理解し、反射的に自身の大剣を盾にした。
だがこの瞬間、男の運命は決定してしまった。
男の大剣は悲鳴を上げながらも金獅子の一撃を辛うじて去なした。
だが金獅子の怒りは一撃では収まらなかった。
振り子の要領で反対の拳が振り上げられ、間髪入れずに次の一撃が繰り出され続ける。
メシッ メギッ ビキッ
一撃を受ける毎に破滅の声をあげる翠の剣…そして剣はとうとう破滅の時を迎えた。
バギャァッ
砕け散る翠の大剣…
宙を舞う翠の欠片を押しのけ、金獅子の拳は男を捉えた。
言葉に形容しがたい…まさに人の砕ける音が闘技場に木霊した。
地面と水平に吹き飛び、壁にめり込む男…既に男が生きているとは思えない。
それでも金獅子は壁にめり込んだ男目掛け大きく口を開いていた。
大きく開かれた金獅子の口が煌めいた瞬間、金色の球体が男目掛け放たれた。
客席から一瞬悲鳴じみた声が響いた後、壁と男を直撃した球体が凄まじい光と共に弾けた。
そして現在…
狂喜に包まれた闘技場には倒れた男、雄叫びをあげる金獅子、円形に砕けた壁、そして消し炭の様になった何かが残った。

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最終更新:2013年02月26日 14:22
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