開幕
箱庭の外には何がある?
きっと包帯男は自由で平和な生活があると思っているのだろう。
しかし、この世界では何処に居たって命の危機から完全に逃れる事など出来やしない。
更に数年前のある事をキッカケに、世界は少しばかり凶悪に変化しだしていた。
そんな事を知る由もなく空を飛ぶ彼は、箱庭の外で何を見つけるのだろうか?
死と隣り合わせのこの世界で…
荒野と火口
空中散歩
夜明け前の空を怪鳥に掴まれて飛ぶマミーとビィズ、彼等の下方には永遠と荒野が広がっていて、前方には火口が見える。
『そろそろ下に降りるよ、マミー。』
「え、何でですか?」
下は未だに荒野…と言うか火山地帯に差し掛かりつつある。…何故こんなタイミングで下に降りる必要が?
『ジョージにも休憩が必要だし、日が出てから飛んでると目立ちすぎるからね。マミーの防具派手すぎだし。』
ビィズが此方を見ながら言う。
「判りました、そこらへんの判断はビィズさんに任せます。」
『流石はマミー、物分かりがいいね。』
俺の返答を聞いてビィズが満足げに笑う。
『あとさ、1つ提案があるんだけど。』
「なんですか?」
『もう敬語を使わなくて良いよ。僕達は一蓮托生の…な、仲間なんだからさ!』
普段では有り得ない程のハニカミっぷりで言うビィズ。唖然としながら彼を見ていると、目に見えて顔が紅潮しているのが判った。
「分かったよ。よろしく、ビィズ。」
俺がそう言って手を差し出すと、ビィズは照れながらその手を掴んだ。…普段からこうなら良いのにな。
『でもチビとかガキって言ったらぶっ殺すからな?』
「てっ!!?痛い!!痛いよビィズ!!」
不意に力を篭められた右手からは明らかに殺意が放たれていた。
そんなやり取りをしている内に火山の向こうから朝日が顔を出し、辺りを朝色に塗り替えた。
箱庭の小さな枠から見た景色とは段違いの絶景が眼下に俺達の眼下に映し出された。
『…綺麗だ。』
2人同時にため息を漏らした。
『…しかし、本当に目立つね、マミー。』
ビィズが此方を見て呆れた様な顔になる。言われてからパッと自分の姿を見ると、身に付けた防具が朝日を乱反射していた。…確かにコレは目立つな。
『早く降りようか。』
「そうだ‥ん?」
ふと、荒野に生えた枯れ木の辺りで何かが光った。次の瞬間、ジョージが小さく呻き、鼓膜をぶち破る様な爆音が響いた。
瞬く間に視界が反転し、宙に投げ出された俺の体は重力に捕らえられた。
「アァァァァァァ!!?」
叫んでみても状態が好転する訳は無く、俺は美しい空から、灰色の荒野へと吸い込まれて行った。
落下、更に落下
「‥ァァァァア!!!!」
叫びながら落下するマミー、しかし幾ら叫んだ所で落下を止められる訳ではない。其処でマミーは考えた。
(運良く俺は防具をしている。しかし、頭から落ちるのは高さが高さだけに非常にマズい。つまり今俺がすべき事は全身を小さく丸め頭を守る事だ!!)
素早く冷静な判断、だがその結論に至るのが数秒遅かった。
「どっ、だぁぁあっつぁぁぁぁあ!!??」
情けない叫び声と共にマミーの体は火山の斜面に直撃した。
しかし、彼が落下した地点は脆い地層で、その下に同様の空洞が無数に存在しているため落下の衝撃はかなり抑えられる。
だが、そんな事を知る由もないマミーは衝撃と落下の繰り返しに悲鳴を上げ続けていた。
そして十数秒を要し漸く固い地面と再開する。
「ぁぁぁあだっ!!!?」
腹部から落下し、呻き声を上げのた打つマミー。
カラカラカラ…
そんな洞窟に酷く不気味で乾いた音が微かに響いた。マミーはそれを聞いて、ふっと頭を上げた。
「…最悪だ。」
目の前の光景を見て愚痴るマミー、洞窟の入り口には2人の男が立っていた。一人は砲台じみたボウガン(恐らく先程ジョージを狙撃した物だろう)を持った男とギラつくナイフを構える男の2人組。
確実に箱庭からの刺客だ。ボウガンの方はジョージ対策だろうが、ナイフの方は構えから見て確実に対人専門‥と言うか目がイッちゃってる。
そんなやる気満々な2人に対してマミーの腰にぶら下がっているのはロクに扱えない双剣のみ。
‥正に絶体絶命。
漸く箱庭を抜け出して、まさにコレからの彼の人生は早くも終了しそうである。
ブン投げる
マミーは地面に這い蹲ったまま思考をフル回転させる。如何にしてこの危機を脱するか…
『兄ちゃん、早く立って遊ぼうぜ~。痛くしないからさ~。』
ナイフを持った方の男が言う。…見た目通り危ない性格をしているらしい。
『ふざけるな、コレは仕事だぞ。』
『黙ってろカスが!!コッチはコレが唯一の生き甲斐なんだ~よ。』
ボウガンの男の言葉に、ナイフの男が激しく言い返す。…どうやら余り仲は宜しくないらしい。其処が付け入る隙になる。
『テメェもさっさと立て!!ぶっ殺すぞ!!』
何時までも這い蹲っているマミーを見てナイフの男が怒鳴る。
(兎に角一か八か…仕掛けるしかないな。)
マミーは意を決し、ゆっくりと立ち上がると斧状の双剣を構えた。
『さぁ遊ぼうぜぇ~!!』
ナイフの男がマミー目掛け駆け出した。マミーも一瞬遅れて駆け出した。
(ナイフの男が前衛、ボウガンの男は出口を塞いでいるが仕掛けて来る様子は無い‥もしかしたら対人は専門外なのかもしれない。つまり俺のとるべき行動は!!)
マミーはブツブツと呟き、斧を振り上げる。
「ぜぇりゃっ!!」
そして叫びながら右手の斧をブン投げた。
(使えない武器など荷物でしかない。だからブン投げる。)
『こんなもんが効くかぁ!!』
アッサリとナイフに弾かれる斧、だがそれを見てマミーはニヤリと笑った。
(モトからあんな奇襲でどうにかなると思っていない。あれはあくまでも囮、俺から注意が逸れた隙に一発を叩き込む!!…残った斧で斬り付けるのはグロいから右拳でブン殴る。)
更に呟くと右手を固く握りしめた。
「どぉりゃっ!!」
斧を弾き隙ができた男に渾身の右拳を叩き込んだ。箱庭で生活をしていたマミーの腕力はそこら辺の人間のそれを軽く凌ぐ。
拳が腹部にめり込み、男が呻きながら、崩れ落ちた。
マミーは即座にボウガンの男目掛け駆け出した。それに慌てた男はボウガンの照準を合わせるのが僅かに遅れた。
「ぜぇいっ!!」
掛け声と共に残りの斧をブン投げた。
『チッ』
男は小さく舌打ちをして斧に照準を合わせた。
発砲音と共に激しい火花が散る。
マミーはその隙に剥ぎ取り様のナイフを構え、一気に切りかかった。
その時、男がニヤリと笑った。
「え!?」
次の瞬間、男はボウガンを投げ捨て、マミーのナイフを蹴り飛ばしていた。
『残念ながら俺の本職は殺し屋だぞ?』
正面の男が小型の銃を構えながら言い放った。
髑髏
『っぅぅ‥糞がぶっ殺す!!』
後ろのナイフの男も回復したらしく、此方に近付いてくる。…前に拳銃後ろにナイフ‥コレな~んだ?
『まさに絶対絶命だな。』
はい、拳銃のお兄さん正解!!‥とこんな現実逃避をしている場合じゃない。
『ソイツは俺が殺す!!』
ナイフの男が全身から殺気を放ちながら言う。どうせ殺されるなら拳銃の方がいいんだが‥
男が拳銃で俺の頭をコズき、ナイフの男の方を向くように促す。
『あの箱庭で玩具のままでいれば長生き出来たかもな。』
男がケラケラと笑う。
だが、マミーはその台詞が酷く癪に触った。
「あんな生活生きてるとは言えない。誰かの玩具であり続けるなんて‥死んでいるのと一緒だ!!」『まぁどうせ死ぬから一緒だがな。』
ナイフの男が最上級に下品な笑いを浮かべる。
(あぁ‥俺はここで死ぬのかな?自分が誰かも知らないまま‥)
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
諦めがマミーの思考を侵し始めた時、酷く乾いた音が洞窟に木霊した。
マミーは音がする方‥洞窟の天井を見上げた。其処には無数の髑髏が此方を見下ろしていた。
「なっ、なんだ!?」
マミーは驚きのあまり叫んだが、男達にはそれがマミーの悪足掻きに見えたのだろう…それがマミーと彼等の命運を分けた。
『そんな手が通じるか!!』
ナイフの男が一気に駆け出す、がそんな彼の体を複数の線が走った。
『な、フッ!!?』
次の瞬間、男は線が走った場所から赤を吹き出しバラバラに崩れた。
『なんだ!?』
拳銃の男は予想外の事態の原因を探し、天井を見上げたる。マミーはその一瞬にその場から飛び退いた。反転するマミーの視界には男の頭上から降り注ぐ無数の線…水流が映った。
『ザアァァァァッ!!?』
洞窟に男の断末魔が響き渡った。
自分を殺そうとした2人の死体が洞窟を赤に染める。
迫る危機は死に絶えた訳だが、さっき以上の危機がマミーに迫っている。何故なら次の水流はマミーの体に線を刻みかねないからだ。
マミーは再び天井を見上げた。其処には先程と同じく無数の髑髏がダラダラと水を垂らしながら此方を見下ろしていた。
そして、垂れていた水がピタリと止まった。瞬間、マミーの体中の細胞が逃げろと叫び声をあげる。
「ノァァァ!!」
マミーが横っ飛びに跳ねた瞬間、無数の水流が空間を切り刻んだ。
蟹
硬い地面に滑り込み、軽く口内が切れた。その痛みがマミーがまだ生きている事を実感させる。が、今は生の喜びを噛み締めている隙などない。
マミーは相変わらずカラカラ言っている天井を見上げた。不気味に微笑む髑髏の群れ、その上既に水流の準備が完了していた。
(この体制からじゃどうしたって間に合わない!?)
マミーが諦めかけた瞬間、髑髏を何かが直撃し、白い煙を吹き出した。
「え?」
『死にたくないならコッチに来い!!』
誰かが叫ぶ、声の方を振り返ると洞窟の入り口にヘビィボウガンを構えた誰かが立っていた。
全身を青い甲殻で包み、左手には巨大な鋏が付いていた。そう、その姿はまるで…
「蟹男?」
『どうやら死にたいらしいな?』
言いながら蟹男が銃口を此方に向けた。更に天井が激しくカラカラと言い出した。…そう、今はふざけている場合ではない。
「ゴメンナサイ死にたく無いです!!」
『なら走れ!!』
「はいぃ!!」
マミーが駆け出した瞬間、蟹男が引き金を引いた。吐き出された弾丸は空を裂き髑髏を直撃した。カラカラ…
乾いた音が止まった途端、髑髏が天井からはがれ落ちた。そのまま地面と激突して弾けた。
「ドォォォォオ!!?」
横っ飛びに跳ねたマミーの隣を小さな髑髏達が突き抜けて行く。
そして地面に滑り込むマミー…
(硬い地面って…素敵だな)
マミーは若干錯乱しているらしい。
ガラガラガラガラ
突如落下した髑髏達が鳴り始めた。
「死んだんじゃないのか?!」
『今撃ったのは麻酔弾だから死ぬわけないだろ。』
蟹男が弾をリロードしながら言う。
「あんたは誰?ってかあの髑髏は何??!」
『見てれば解る。』
マミーは蟹男に言われた通り、髑髏の群れを見た。
ガラガラガラガラ
一段と激しいガラガラ音を響かせ、髑髏の中から赤い何かが姿を表した。長い触覚、細く長い足、鋭く尖った爪…それは見たこともない赤く不気味な蟹だった。
「なんだよアレは!!?」
『強いて言うなら…この世界が生み出したバグだな。』
蟹男はニヤリと笑うと天井に銃口を向けた。
脆い地層
「どこ狙ってるんで‥」
『黙ってろ!!』
マミーの言葉を無視して蟹男が引き金を引いた。
ダンダンダン
撃ち出された弾丸は天井の脆い岩を抉り小さな穴を空けた。が、それは人が通れる物出はないし、そもそも洞窟の天井に手が届く訳がない。
「何やってんだアンタ!?」
『五月蝿い、後もう少し下がれ。』
蟹男はマミーの背中に鋏を引っかけると後ろへと引っ張った。
地面と激しく頬擦りさせられるマミーの視界には此方へと向かってくる髑髏の群れが見えた。
「あの化け者どうするんだよ?!!」
『本当はあれを狩りに来たんだが‥お前みたいな奴がいると仕事にならないからな、一時撤退だ。』
蟹男は焦る事なく違う弾をリロードすると、再び天井に空けた穴目掛け銃を構えた。
「だから何処狙ってるん‥」
ズドォッ!!
マミーの言葉を発砲音が遮った。放たれた弾丸は先程空けた穴に吸い込まれた。…約1秒後、激しい爆音と共に穴から紅蓮の炎が噴き出した。
次の瞬間、天井が音を立てて崩れだした。
「なっ!!?」
『早く逃げないと巻き込まれるぞ?』
そう言いながら一足先に洞窟から抜け出す蟹男。
「ちょっとまっ…うぉお?!!」
一度崩落が始まった洞窟は地層の脆さもあって一気に崩れだした。髑髏の化け物とマミーを巻き込んで…
「ダラァァアッシャァァァア!!」
ティガレックスも真っ青になる程の凄まじいヘッドスライディングで洞窟から命カラガラ逃げ出すマミー、その直後洞窟の入り口は音を立てて崩れ落ちた。
『おぉ~危機一髪だな。』
一足先に洞窟から抜け出していた蟹男が、パチパチと拍手をしながら言う。
「ゼェ‥ハァ‥ああ言う‥ゼェ‥事をするなら‥ハァ‥スゥー‥先に言え!!」
どうにか息を整え文句を言うマミー。
『人の話を聞かないお前が悪い。それより後ろを見た方が良いぞ?』
「後ろ?」
マミーが振り向いた瞬間、崩れた洞窟がガラガラと叫び出した。
そして瓦礫から赤い爪が飛び出し、髑髏の群れが再び姿を現した。
『まぁ脆い地層だからダメージも余りないよな。』
ハハハと笑う蟹男。
「どうすんだよアレ!?」
『さぁ?どうしようか?』
2人がそんな会話をしている内に、無数の水流が残りの瓦礫を吹き飛ばした。
詰み
水流と共に瓦礫の山が不規則に弾ける。
「うおぁっ!!?」
マミーが瓦礫の雨を見て叫びながら、今日叫んでばっかりだな‥とか思っていた。
『伏せろ、邪魔だから。』
「デッ?!」
蟹男はボウガンでマミーを突き倒すと瞬時に引き金を引いた。
バシュッ
短い発砲音と共に無数の破片の様な物が瓦礫の雨を撃ち落とした。
「お、おぉ~。」
思わず感心するマミーだが、一番肝心な問題が解決していない。
2人の正面で歪に尖った鋏を振り上げ威嚇をする赤い蟹。
「で、あれはどうするんですか、蟹男さん?」
半ば諦めた様にマミーが言う。
『とりあえず眠らせてその隙に逃げるとするか。』
手早く新しい弾をリロードし、ボウガンを構えると即座に引き金を引いた。
ジャコッ
だが、銃口からは弾の代わりに何かが詰まる様な音が飛び出した。
「…どうしたんだ?」
『‥ジャムった。』
ジャムる;弾が錆びていたり、銃の整備不良等によって弾丸が発射されなくなる事…要するに弾詰まり。
「なんでこんなタイミングで!?」
『コレだから試作品を使うのは嫌なんだ。』
口々に愚痴る2人。
ズドガッ
2人の中間に赤い鋏が突き刺さる。
『走って逃げるか?』
「冗談は格好だけにしてくれ。」
狭い洞窟なら兎も角、ここはだだっ広い荒野だ。足の長さから考えても逃げ切るのは絶望的だ。
かと言って今の2人は丸腰同然、闘う事すら出来ない。
そんな2人に容赦なく反対の鋏を振り上げる赤い蟹。
『逃げるぞ!!』
「言われな…?!」
逃げ出そうとする2人の突如暴風が吹き荒れた。
『ブチかませ、ジョォォジ!!』
クァァァァア!!
男の雄叫びと怪鳥の奇声が轟いた瞬間、桃色の塊が赤い蟹に突っ込んだ。
大怪鳥の奇襲を受け地を転げる髑髏の固まり、その背中から小さい影が飛び降りた。
『ゴメンよマミー、見付けるのに時間が掛かった。所であの化け物一体な…そこの蟹男はどちら様?』
ジョージから飛び降りたビィズが問う。
「それは今聞くべき事じゃないよな、ビィズ。」マミーが至極当然な事を言う。
『どうした坊や?パパとママからハグレたのか?』
蟹男が小さいビィズを見て言う。
『…誰がガキじゃって?』
蟹男の一言でビィズの額に青筋が浮き上がる。
「いやビィズ、今はそんな事をしてる場合じゃ…」
マミーがビィズを止めようとした時だった。
クギャァァア
ジョージの悲鳴が荒野に響き渡った。
本能と逃走
悲鳴の方を振り返ると荒野の空に赤い霞が漂っていた。
『ジョージ!!』
蟹の鋏に方翼を貫かれたジョージを見てビィズが叫ぶ。確かにジョージはイャンクック‥いや、他の飛竜と比べてもかなりの大きさだが、ただそれだけなのだ。
大きいだけの強くも何ともないイャンクック、それがジョージなのだ。
このままではジョージがやられるのは目に見えている。が、此方はほぼ全員が丸腰だ。その上相手は異形の赤い蟹、勝ち目が有るとは思えない。
『今の内に逃げるよ、マミー。』
「!‥それで良いのかビィズ?」
ビィズの予想外の言葉にマミーが驚き、問い掛ける。
『縄張りから敵を排除しようとするのは生物としての本能なんだよ。ああなったらジョージは僕の言う事すら聞かないからね。』
「でも‥ジョージが」
『ジョージだって竜の端くれだよ?蟹なんかには負けないさ。』
そう言ってビィズは無理に笑って見せた。それを見たマミーはもう何も言えなくなった。
『話は纏まった?逃げるんなら連れてあげるが。』
其処へ蟹男が話掛けてくる。
「それは助かるけど‥結局あんた誰だ?」
マミーが言った瞬間、ジョージが蟹に向かって突っ込んだ。
その衝撃で地面がグラリと揺れる。
『話は後、早く行くぞ。』
蟹男はそう言うと蟹とは反対方向に駆け出した。マミーもそれに続いたが、ビィズが1人ジョージの方を振り返った。
『死ぬんじゃねぇぞ、ジョージ‥』
そう言い残すとビィズも駆け出した。
「で、何処に向かってるんだ?」
『普通に考えたらギルドが運営してるキャンプじゃないかな?』
走りながら会話をするマミーとビィズ。
『残念だけど私はギルドの許可なく此処に来てる。』
ギルドの許可なく狩場に?…それはつまり…
「密猟者!?」
『世間一般ではそうなるな。…お、見えてきた。』
蟹男は会話を軽く去なすと前方を指差した。其処には何もなかった。…本当に何もなかった。つまは…
「崖!?」
そう崖、遥か下の方には小さな川が見える。
『そう崖だ。そしてさっさと落ちろ。』
冷たい言葉と共に蟹男がビィズを蹴り落とした。
『とぉぉぉぁあ?!!』
悲鳴を残し谷底に消えるビィズ。
「な、なにするん‥」
『貴様も逝け。』
「‥だ!?」
地面から足が離れ体が重力に捕らわれる。その時蟹男が酷く笑っている様に見えた。‥彼も刺客だったのか…
「チクショォォォ!!!」
マミーの叫びは深い谷へと吸い込まれ、消え去った。
落下と後悔と追憶
マミーは谷底に落下しながら深く後悔していた。
普通に考えれば見ず知らずの人間にホイホイ着いて来たのが間違いだった。一般人なら問題ないが、今のマミー達は逃亡者なのだ。
箱庭から逃げ出し、刺客を捲いた事で気が緩んでいたのかもしれない。そんな自分に嫌気が挿してマミーは再び叫んだ。
「チクショォォォォォオ!!!!」
『五月蝿いから叫ぶのは止めてくれないか?』
「なんでってあんたに騙されたからに…って何であんたも跳んでんだ!!?」
先程自分を蹴落とした蟹男が隣にいた。
『何でって…逃げる為だが?』
「あんた…刺客じゃないの?」
『刺客…?何やら訳ありみたいだが今は口を閉じた方が良いぞ。』
「え‥なんで?」
その時、頭上で水の弾ける音が聞こえた。
次の瞬間、全身が硬い水面に叩き付けられた。
気付けば見覚えのある場所にいた。あぁまたあの夢か…
そして今回は前回の続きらしい。白一色の景色の中で、俺の周りだけが鮮烈に赤い。恐らく俺の血なんだろうが、夢なので一切痛くない。
そして霞の向こうに微かに見える女性の影‥先程突き飛ばした俺の方に駆け寄ってくる。
あぁ‥でも駄目だ。この先は知っている。
駆け寄ってくる女性の顔が見える前に、大きな何かが彼女を跳ね飛ばした。
彼女に手を伸ばそうにも、その名を叫ぼうにも、腹に風穴が空いていて動くことすら出来ない。
そして彼女を跳ね飛ばした影が立ち上がり吼えた瞬間、地面が大きく裂け俺の体は闇へと吸い込まれた。
ザパァ…
…微睡んだままの意識に波の音が響き、鼻腔に磯の香りが広がる。それにさっきから心無しか全身が揺れている気がする。
ガコン
少し大きく揺れて、それっきり体が揺れなくなった。‥何処かに上陸したらしい。そして何やら硫黄の匂いがする。
ここは…何処だったか…
『ホラ、さっさと起きないと海に流しちゃうよ?』
そして聞き覚えのある声が、彼を微睡みから‥記憶の残照から引き上げた。
火山の反対側
到着
『おはよう、マミー。』
「おはよう、ビィズ。で・・・ここは何処?」
『さぁ?何でも僕達が堕ちた場所と火山を挟んで反対側の場所らしいよ。』
火山の反対側・・・
いまいち仕事をしない頭を無理持ち上げると、視界一杯に青い海が広がっていた。そしてその反対側にはデカイ山が頂上から申し訳程度に蒸気を吐いていた。
『起きたんなら早くしろ。本気で海に流すぞ。』
何時までもボーっと景色を眺めていたマミーに蟹男が言う。それを聞いてマミーは今自分が居る場所が船の上だと気が付いた。
小さな舟を2艘くっ付けて帆を取り付けた簡単な造りの小船。
マミーはそれに気付いた瞬間大きくバランスを崩し・・
「とぉ・・・あぁぁぁ!!?」
バシャ‐ン
海に落下した。
数分後・・
火山に向かって歩く三名。
「うぅ・・気持ち悪い。」
包帯が海水でびしょ濡れになったマミーが言う。
『マヌケだな』
蟹男とビィズが口を揃えて言う。
「2人で言わなくても良いでしょうに・・そう言えば谷に堕ちた後の記憶がないんですけど?」
『あぁそれは・・』
蟹男が説明するには谷底の川に落ちた後海まで気絶していたマミーとビィズを運んで海まで泳ぎ、浜辺に隠していた舟で此処に来た、と言う事らしい。
『まだ目的地まで少しあるから、簡単な質問になら答える。』
蟹男が言う。
「今何処に向かってるんで?」
『村だ、正確には其処にある工房。』
『何で僕達を助けたのかな?』
『気紛れだ。』
「その村には温泉がありますか?」
『もっとマシな質問をしなよ。』
マミーの質問に対してビィズが突っ込む。
『ある。この僻地の村の数少ない名物だ。』
くだらない質問に対しても普通に答える蟹男。
そんな事をしている内に、前方にうっすらと湯気が見え始めた。
『もうすぐ着くぞ。』
それを見て蟹男が言う。一同の目の前には、そこら中に温泉がある寂れた村が現れた。
『ようこそ、僻地の村ヴォルボーンへ。』
僻地の村
『工房まで付いてくるんなら茶ぐらいだすが…着いてくる?』
蟹男が言う。
「どうするビィズ?」
『どうせ金も宿もないから着いて行こうか。』
「そうだな。お邪魔させて貰います…えーっと、名前聞いてなかったですよね?」
今更になってマミーが蟹男の名を尋ねた。
『私の名前は…そうだな、ランダで良い。』
『よろしくランダさん、僕の名はビィズ。』
「俺はマミー。」
マミーが自己紹介した段階でランダが訝しげな顔をする。
『マミー…変な名前だ。まぁ良い、工房に行くから着いて来て。』
が、そのまま180°回転して村の奥へと歩き出した。
「ビィズ…俺の名前ってどう言う意味なんだ?」
『マミー…世の中には知らない方が良い事もあるんだよ。』
マミーの質問を軽く去なすとビィズもランダに着いて歩き出した。
「…そんなに酷い名前なのか?」
マミーはそうボヤいてから、ビィズ達の後に続いた。
僻地の村を歩くマミー達。この村には大量の温泉があるが、村人は少ないらしく数える程の家しかない。むしろ人が住む面積よりも温泉の方が広い気すらする。
『お帰りハンターさん。』
『ただいま。』
そして道行く人々が皆ランダに挨拶をする。
「ランダさん…有名人なんですか?」
『私はこの村唯一のハンターだから。それに根本的に村人が少ないからだいたい知り合い。』
ランダの説明にフムフムと納得するマミー。
『で、何でそんな村唯一のハンターさんが密猟なんかをやってるんだい?』
ビィズがサラッと黒い事を聞く。
『雇い主の命令で…細かい事は着いてから説明する。因みに今から行く工房の店主だから失礼の無いように。』
ビィズの質問にランダが答える。
そうこうしている内に一行は村から出てしまった。
「…ランダさん、なんだか気付けば火山の麓にまで来ているのですが。」
マミーが周りを見て言う。辺りは先ほど以上に人気が無く、ふと見上げれば煙を噴き出す火山が見える。おおよそ人が住んでいる様には見えない。『着いた。』
「え!?」
ランダが指差す場所には、小さな洞穴があった。
洞穴の工房
茶
指さされた小汚い洞穴。その入り口はやや狭めで、人が住んでいる様には見えない。ましてや此処が工房とは大凡信じられない。
『早く入れ。』
マミー達が入り口で戸惑っていると何時入ったのか、洞穴からランダの呼ぶ声が響いた。
「…入れるのか、コレ。」
『じゃあ僕がお先に…』
まだ迷うマミーを置いて、ビィズが洞穴に滑り込んだ。
『…おぉ!!凄いよ此処、マミーも早く来なよ!!』
中に入ったビィズが感嘆の声を上げる。それを聞いたマミーも渋々洞穴に入る…が。
ガッ
「ビィズ。」
『なんだい?』
「防具が引っ掛かった。」
『…とりあえず防具を脱ごうか。』
数分後…
防具を全部脱ぎ捨てて漸く洞穴に入れたマミーの眼前には、驚きの光景が広がっていた。
「す‥すげぇ…」
洞穴の中は表とは大きく異なり、床から何から綺麗に舗装されており、そこら辺の豪邸よりずっと豪華な造りだった。
そして何より、壁一面に見たこともない奇妙奇手烈な武器がぶら下がっていた。…中には人形や魚みたいな物まである。
『全部ここの主が造った物…其処の包帯は誰?』
お茶を持って来たランダが防具を脱いだマミーを見て言う。
「マミーです。」
『…なるほど…クス。』
ランダは1人で納得するとクスリと笑った。
「…ビィズ、俺の名ま‥」
『世の中には知らなくて良い事が有るんだよ。』
マミーの質問をバッサリと切り捨てるビィズ。
『其処に座って。』
ランダは大理石のテーブルに茶を置くと、自分の正面の席を指差した。
2人は言われるままに椅子に腰掛けた。そして、お茶に手を伸ばし、口に運んだ。
「…ウマァイ。」
『…だね。』
茶を飲んでホッと息を吐く2人。よく考えればコレは2人が脱走してから初めての一服である。お茶の味も格別だろう。
『それは良かった。…そろそろ主の仕事に一段落付くはず。』
そう言って床を見るランダ、それに釣られて床を見る2人。
ガタン
瞬間、床の石の内の一枚がガタリと持ち上がり、その隙間から凄まじい熱波と蒸気が噴出した。
そして、夥しい煙の中に小さな人影が映った。
猫
煙に映し出される小さなシルエット。2頭身程度の体、尖った2つの耳、クリッとした黒い瞳、そして可愛い尻尾…煙の中から現れたのは銀虎のアイルーだった。
「…雇い主って、アイルー?」
『そんな訳無い。』
マミーの問いを速攻で否定するランダ。
『ニャ?お客さんとは珍しいニャ。親父さ~んお客さんニャよ~。』
アイルーが床下に向かって叫ぶ。
『申し遅れましたニャ、私は此処のお手伝いをしているギンコですニャ。』
銀虎のアイルーがぺこりと頭を下げる。
ガコン
今度はマミー達の後ろ側の床が持ち上がった。
『ニャ…本当に客が居るニャ、物好きな奴もいるニャね。』
其処からは金虎のアイルーが現れた。
『やっぱり猫だね。』
『アレも主じゃないから。主は猫じゃないから。』
ビィズの言葉に早々に突っ込むランダ。
『こんな小汚い工房にようこそニャ、物好きさん。自分はギンコと同じお手伝いでキンコと言うニャ。』
やや不貞不貞しい態度で挨拶をする2匹目のアイルー。
「ランダさん、この工房って猫しか居ないんじゃ…」
『主、早くしてください!!』
マミーの言葉を聞いて、流石のランダも床に向かって叫び、ダンと床を踏みつけた。
ガコッ
次の瞬間、テーブルのド真ん中に四角い線が入り、ガコッと持ち上がり凄まじい熱波が噴き出した。
「アツッ!!」
『熱い?!』
予想外の出来事にテーブルから飛び退く2人。テーブル上に充満する真っ白い煙。そして徐々に浮かび上がる人影。
2頭身程度の小さな体、細く尖った2つの耳、細く黒い瞳…
「また猫なんじゃ…ん?」
だが、今度のシルエットには尻尾が無かった。
『ホッホッ、本当に客が居りよるわ。』
そして煙の中から笑い声を響かせながら小さい爺さんが現れた。
「…小さい。」
マミーがボソリと漏らす。瞬間ビィズの姿が消えた。
『誰がチビじゃダボがぁ!!』
「あんたの事じゃな、グバァァ!!?」
流れるようなアッパーがマミーの顎をぶち抜いた。
『ランダ、あの客達は何をやっとるんじゃ?』
『さぁ?』
そんな2人を見て首を傾げる2人だった。
お話
少しして…
テーブルに座る4人、2匹は違う部屋へと消えていった。
『ようこそお二人さん、洞穴の工房へ。儂は此処で武器を造ってる偏屈爺じゃ。』
老人がニコヤカに言う。『見て解ると思うが雇い主は竜人族だ。』
ランダが付け足す。確かに爺は人にしては小さすぎる。下手をしたらアイルー達の方が大きい。
『で、何故こんな場所に来たんじゃ?』
爺さんが聞く。
『私が狩場で拾った。…それと主、やはり試作品は駄目だった。だから目標も狩れてない。』
そう言いながらランダは弾詰まりしたままのボウガンを放り投げた。爺さんはテキパキとボウガンをバラし始めた。
『そう言えば、何であの場所に?人も2人死んでたし…』
ランダが思い出した様に言う。それを聞いたマミーとビィズがギクッとした。
「どうするビィズ?」
『…僕が話すよ。』
そう言うとビィズは何故自分達が此処に居るかを話だした。箱庭の事や、脱走の事、そして刺客に追われている事全て…
『ほぅ…で文無しじゃから住処と隠れる場所が必要と言う訳じゃな?』
爺さんが髭を撫でながら言う。
『そう言う事です。お邪魔なら早々に出て行きます。』
ビィズがキッパリと言う。他に行く当てがある訳では無いが、迷惑と言われれば出て行く他ない。
『まぁ待て若いの、出て行くのは茶を飲んでからでも遅く無かろう。』
爺さんがパンと手を叩くと壁がパカリと開き、ギンコとキンコが茶と茶菓子を持って現れた。
爺さんの予想外の返答に戸惑いを隠せないビィズを余所に、いそいそと茶菓子を食べるマミー。
「ンマイ。」
『マミー、君って本当に頭が緩いよね。』
能天気なマミーを見てビィズが溜め息を付く。
『フォッフォッ旨いか?そりゃ良かった。所でそんな旨い物を毎日喰いたいと思わんか?』
「食べたい!!」
『なら1つ、この爺の話を聞いてみんかな?』
そう語る老人の瞳は、少年の様にキラキラと輝いていた。
異変
「すいません、茶菓子のお代わりを…」
『ちょっと黙ってようかマミー。…で、話と言うのは何ですか、お爺さん?』
茶菓子を食べ続けるマミーを睨みながらビィズが聞く。
『お代わりなら幾らでもあるから気になさるな。…で話と言うのはじゃな、儂は洞穴なんかに住んでいる見ての通りの偏屈爺じゃ。じゃが、そんな爺にも1つの生き甲斐が有るのじゃよ。』
そう言いながら爺さんは立ち上がり、壁に掛かった武器に手を伸ばした。
『それは新しい武器を造る事じゃ。鉄屑や竜どもの死骸を命を狩る、1つの芸術品へと昇華させるのが儂のただ1つの生き甲斐なのじゃよ。』
老人がそう言うと、手に持たれた刃が怪しく煌めいた。
『でもそれなら普通に工房を営んでいても出来ますよね?なんでまた密猟なんかしてるんですか?』
ビィズがランダを見ながら言う。
『確かにそうじゃが、数年前この村で有る事件が起こったのを境に竜や牙獣、甲殻種達にある異変が起こっているのじゃよ。』
「ミペン?」
『食べながら話すのは止めようか、マミー。』
口をモゴモゴさせているマミーをビィズが小突く。
『で、その異変と言うのは?』
『それは私が説明する。』
そう言いながらランダが立ち上がった。
『異変と言うのは
モンスター達の見た目が変化している、と言う事。火山で見たあの蟹がいい例。』
『それは亜種とは違うんですか?』
『違う、亜種は一定の確率で自然発生するのであって、異変とは言わない。これも1つの例。』
ランダが言いながら戸棚から有る物を取り出し、テーブルの上に置いた。
マミーはそれを見てある夜の闘技場での光景を思い出した。
変異種
テーブルの上に置かれたのはランポスの頭だった。
しかし、その頭は普通の頭ではなかった。1つの首に対して頭が2つ生えていた。2つの首を縫い合わせた様な跡は一切無く、2つの頭がくっ着いている。
マミーはそれを見た瞬間、闘技場の牧舎で見たランポスを思い出した。
「あれは幻覚じゃなかったのか…」
そんなマミーを余所に奇形の頭をマジマジと見るビィズ。
『コレは…模型か何かですか?』
『紛れも無く本物、三日前に穫ってきた。』
ビィズの言葉をランダが否定する。
『こう言った奇形種が最近各地で目撃されている。コレはほんの一例。』
頭をしまいながらランダが言う。
『でも頭が2つある程度の奇形種なら稀に居るよ。箱庭にも似たようなのが居たよ。』
『だからコレはほんの一例。それに火山で見た蟹は奇形種程度のものじゃない。』
『…確かに。』
歪に発達した鋏、複数の水流を操る能力、そして髑髏の山…確かに火山の赤い蟹は奇形種の一言で片付けるには不可解な点が多い。
ランダの言葉にビィズは納得せざるおえなかった。
『私達はそんな奇形種達を、変異種…バグと呼んでいる。』
「バグ…」
説明を終えると椅子に座り直すランダ、それに代わって爺さんが立ち上がった。
『でじゃ、そんな存在を知った儂は居てもたっても居られんでの。是非ソヤツらを使って見た事ない武器を造りたくてしかたないんじゃよ。』
活き活きと話す爺さんを呆然眺める2人。
『しかし年老いた爺ではヤツらを狩る事など出来やせん。そこでじゃ、主ら儂の代わりにヤツらを狩ってきてくれんか?』
爺さんの問に暫し考え込むビィズ。
『もし2人とも受けてくれるなら狩りの道具から衣食住まで全て儂が負担しよう。無論報酬も弾むぞ、金だけは腐る程あるからの。』
そう言って爺さんは総金歯になっている自分の歯を見せた。
『お請けします。』
金歯を見た瞬間ビィズが即答した。
マミーは話の速さに付いていけず、暫し考えた後、口を開いた。
『茶菓子のお代わりをください。』
波に揺られて(サラリと)
そして翌日
海の上で波に揺れる舟、その上で揺られる男三名。男三名とはマミーとビィズとランダである。
彼らは今、蟹のバグを狩るために火山に向かっている。
そして1人ボーっと海を眺めるマミー‥波の動きを見ていると徐々に気分が悪くなってきたので、会話を振って気分を紛らわす事にする。
「そう言えば何で密猟なんだ?普通に狩りをするだけなのに‥」
『バグ達の存在は今の所極秘事項。なのでバグ達の処理はギルドに選ばれたハンターが行う。私は当然そんな高名なハンターでも無いし、そんな高名なハンターが僻地の村に居る筈がない。だから勝手に狩る。』
開き直った様に言い放つランダ。
『それって‥バレたら大変なんじゃ‥』
ビィズが問う。
『それは大丈夫、主は結構な権力者だから狩場でギルド員と出会したりしない限り大丈夫。』
「つまり…もみ消し?」
マミーがそう言うとランダは力強く頷いた。あまり自慢気に言う事でも無いと思うのだが…
『もうすぐ着くから準備して。』
近くまで迫った岸を見ながらランダが言う。
ビィズとマミーの2人は工房で借りてきた魚竜の鎧を身に付け、各々の武器を準備した。
ビィズはイャンクックの頭を模した
ハンマーを選んでいた。マミーは切れ味に特化した黒い太刀を渡された。
そしてランダは昨日と同じ青い蟹の鎧を身に纏い、同じく青い甲羅を模したヘビィボウガンを装備していた。
『狩場にでる前に言っておく。』
ランダの発言に耳を傾ける2人。
『狩りの最中は可能な限り援護する。ただし、銃の射線上に来たり、私の邪魔をしたりした時は問答無用で撃ち抜くから。』
真剣な顔でサラリと酷い事を言い放つランダを見て、2人は苦笑いを浮かべるしか無かった。
数分後、一同を乗せた舟が火山の海岸に到着した。マミー達に取って、遊技ではない初めての狩りが間も無く始まる。
灼熱と冷や汗
黒い影
ヴォルボーンの背後に聳えるこの火山は休火山と言う訳でわない。夜には荒野の谷をマグマが流れ、昼間ですら所々に赤い灼熱を見る事が出来る。
そんな暑い‥暑すぎる火山をヒタすら歩く三名、その額からはひたすらに汗が流れる。
こう言った場所に踏み入る際は『クーラードリンク』と言う冷却効果がある薬品をしようする。無論彼らもそれを服用した訳だが、完璧に熱から逃げれる訳ではない。
特に火山が初めての2人は既にグロッキーである。
『し‥死ぬ…』
「ま‥まだ見付からないのか?」
ビィズとマミーが膝を付きながら言う。額からは汗が滝の如く流れ落ちている。
『じゃあコレを飲んで。』
そう言って茶色い液体の入った瓶を投げてよこすランダ。見るからに嫌な色をしているドロリとした薬品。
「いただきます。」
そんな怪しい液体を何の躊躇いもなく飲み干すマミー。
「あぁ生き返…るぅ?!」瞬間、マミーが背筋を伸ばし直立した。
『…何を飲ましたの?』
『千里眼のクスリ、毒物ではない。』
ビィズの問いにサラリと答えるランダだが、その顔は密かに笑っている様に見えた。
そして直立のまま微動だにしないマミーの瞳には、2つの大きな影が浮かび上がった。
「おぉ‥なんか見える!!」
不意の出来事に小さく叫ぶマミー。
『影は何処に?』
「アッチに黒い影と赤い影が見えた。」
そう言って火山にポッカリと空いた洞穴を指差すマミー。しかし、そんなマミーの言葉を聞いてランダが小さく唸る。
『どうしたの?』
『黒い影は死骸の場所を表す。』
『‥何が言いたいのかな?』
『何も…ただ覚悟はしておいて。』
2人の間にやや気まずい空気が漂う。それでも、影がそこにある以上、一同は洞窟に入る他ない。
ジャコン
『…入る。』
ランダが弾丸をリロードしたのを合図に、各々が武器に手を掛け、洞窟の中へと入っていく。
気流の流れが少ない洞窟の中は硫黄の匂いが充満し、肺を通る空気ですらチリチリと焼き付き酷く息苦しい。
だが、今日の洞窟は何時も以上に嫌な匂いが沈澱していた。
赤い影
鼻を突く鉄錆のような刺激臭、更に肉の焦げた臭いがそれに拍車を掛ける。
洞窟の地面に描かれた赤い花、その中心にあるソレを見た瞬間一同はピタリと立ち止まった。
『…ぁ』
予想していなかった訳では無いが、最も見たくなかった光景を見てビィズの口から言葉が漏れた。
赤い花の真ん中には、頭だけをもぎ取られたジョージが居た。物言わぬ肉塊となった彼の体は全身をズタズタに引き裂かれていて、見るも無残な姿になっていた。
『‥ジョージ。』
真っ先にジョージの亡骸に駆け寄るビィズ。
『ジョージ…なんて姿に…あの時、僕が止めてれば…』
ビィズが語りかけても肉塊に成り果てた物が返事をする訳もない。それでもビィズはジョージだった物に語り掛ける事を止めようとしない。
そんな彼らになんと声を掛けて良いか解らずに立ち尽くすマミー。
そんなマミーにランダがボウガンを組み立てながら近付く。
『さっき見た影は2つとも此処に?』
「確かそのはず…」
言いながら洞窟の天井を指でナゾって行くマミー。
「ちょうど黒い影に重なる様にそこら辺に…」
カラカラカラカラ
瞬間、洞窟の天井が僅かに蠢き、渇いた音を響かせる。全身から噴き出す嫌な汗…洞窟の天井で犇めく髑髏を確認した瞬間マミーは駆け出していた。
ジョージの亡骸の真上…つまりビィズの真上でカラカラと骨を鳴らし、無防備な獲物に狙いを定める赤い蟹。
「ビ、ビィズ!!」
マミーが必死に叫んでも、熱波のせいで掠れた声では今のビィズには聞こえない。
このまま全速力で走っても、ビィズを掴んで奴の射程から逃れられるかは非常に際どい。そんな時マミーの背中にゾクリと悪寒が走った。
微かに振り返ると青い銃口が此方に向けられていた。
「なっ!?」
『振り返らず走れ私を信じろ。あと…避けるなよ。』
予想外の出来事に混乱するマミーだが、今の彼に出来る事は1つしかない。
「クソったれがぁぁぁあ!!」
雄叫びを上げ一気に加速するマミー。
『よし‥良い子だ。』
天井の赤い蟹が鋏を開くのと、ビィズに飛びかかるマミーの背中に弾丸が撃ち込まれたのはほぼ同時だった。
ドカン
ギンッ
突き刺さる金属と共に背中に鈍い痛みが走る。が、今の彼にそんな事に構ってる暇などない。
「ビィズ!!」
地面から跳ねた勢いのまま、ビィズの首を鷲掴みにした。
…これならいけるか?
僅かにマミーの気が揺るんだ瞬間、頭上から何かが迫るのを感じた。
大きく、歪に開かれた鋏が彼の視界を赤に塗り潰す。
『ドカン。』
そんな時、ランダがそんな言葉を言い放った。
‥ドカン!?
え、あの人何言ってんだ?!
信じろとか言ってたのにそれだけか!?
てか、アイツ笑ってないか?
絶対に笑ってるよね!!
マミーの思考が零コンマ数秒の間にグルグルとしょうもない事を考えていたその時…
ドグォン
さっきよりもずっと近く、そうマミーのすぐ近く‥彼の背中で紅蓮が爆ぜた。
「のぁっ!!?」
予想外の加速が2人の体を赤い鋏から逃れさせた。が、文字通り爆発的な加速はマミーと火山の地面とを過激に再会させた。
「アッダダダァァァア!!」
マミーは地面と激しい抱擁を交わし、漸く加速の勢いが収まった。
ドチャッ
『ぁ‥』
刹那、背後から肉を切り裂く音が響いた。
落下する蟹、落下地点にはジョージの亡骸‥そこで何が起こったかは、見なくても検討が付く。
火山の熱に丸1日灼かれたジョージの体は血肉を撒き散らし飛び散ったりする事無く、赤い鋏とその脚に無惨に切り刻まれていた。
その一部始終を見ていたビィズは何かを言おうとして口をパクパクさせていたが、ある物と目が合った瞬間、その動きがピタリと止まった。
彼の視線の先には、ジョージが居た。
正確には髑髏の群れの一部になったジョージの頭が、蟹の背中にあった。まだ完全に白骨化しておらず、残った右目がじっと此方を見ていた。
‥良く見ると昨日の刺客と思わしき髑髏もある。
そして、赤い蟹は目の前のマミー達も宿の一部にすべく、ガチガチと歪な鋏を打ち鳴らす。
ビィズは黙ったまま、スッとハンマーに手を伸ばした。
役割
『俺が奴に張り付いて隙を作る。マミー、お前は行けると思った時に突っ込め。異論は認めない。』
ビィズが不意に提案する。
彼の扱う武器ハンマーは高い破壊力と一時的な攻撃速度の速さを誇るが、平均的な機動力は中の下程度。なにより、相手の攻撃を防ぐ術が無い。
本来は一撃離脱が無難であり、敵に張り付くのは素早さ的に考えて太刀を扱うマミーが適任である。
だが、ビィズはそれらを理解した上でこの提案をしている。
「と、言ってますがランダさん?」
自分自身で判断が出来る程経験の無いマミーはランダに答えを求める。
『お好きにどうぞ。今は話している暇はないし。あと後ろを見るべき。』
ランダはマミー達から距離を取りながら言う。‥正確にはマミー達からでは無く、マミーのすぐ後ろに回り込んだ蟹から距離を取っていた。
そんなランダの言葉を聞いて、振り返ったマミーの眼前に赤い鋏が迫る。
「どぁっ!!?」
寸での所で体を捻り鋏をかわすマミー。が、蟹の鋏は当然ながら2つある。そして今のマミーに2撃目を避ける余裕などない。
『邪魔じゃダボがぁ!!』
マミーの体を蹴り飛ばし、ビィズが鋏の前に躍り出た。
『砕けろやぁぁぁぁ!!』低い位置から一気に振り抜かれた一撃が、迫る蟹の鋏を捉えた。
派手な火花が散った刹那、ビィズの体は軽々と弾き飛ばされた。
地面を二転三転して漸く勢いが止まったビィズにマミーが駆け寄る。
「大丈夫かビィズ!?」
『一発‥くれてやった。』
「え?」
振り返ると赤い蟹の赤い鋏に大きな亀裂が入っていた。
『だが、あんなもんじゃ全然足り‥』
ダンッ
ビィズの言葉を遮り、短く響く発砲音。次の瞬間亀裂の入っていた蟹の鋏はバラバラに砕け散った。
『早く立て。』
銃口から硝煙を上げながらランダが冷たく言う。
暫し唖然とする二人だが、目の前に蟹が居る状況で何時までもボーっとしていられない。
『腹括れや、マミー!!』
「お、オッシャァァア!!」
二人は素早く武器を構え、雄叫びと共に蟹に向かい突っ込んだ。
狙撃
2人と蟹から十分な距離を取り、ヘビィボウガンを組み立てスコープを覗き込む。
ランダは何時もは、ほぼ1人で狩りをしていた。しかし今回は前衛2名がスコープの中をウロチョロと動き回っている。
…なんら問題は無い。的との間に動く障害物が有るだけ。
彼は自分自身にそう言うと、赤い蟹に狙いを定める。
ハンマーを構えたまま、蟹の鋏を避け続ける小さい障害物。此方はなかなか良い動きだ。蟹の射程を良く理解している。
砕けた鋏の一撃を下がってカワし、その隙に一撃を叩き込み、体を転がして蟹の側面に回り込む。
…良い動きだ。これだと此方も狙い易い。
だが、太刀を構えている方の障害物はてんで駄目だ。全くもって蟹の射程を理解していない。
蟹が鋏を振りかざした瞬間に飛び込もうとしている。アレは死にたいのか?
小さく舌打ちをして引き金を引く。
「ぅおっ?!」
鼻先を掠める弾丸にビビり後ずさるマミー‥そんな彼の目の前に蟹の鋏が突き刺さる。そして勢い余ってマミーが尻餅を突く。
‥何故だろう、奴の動きを見ていると酷くイライラする。
兎に角、これでは安心して狙撃に専念出来ない。なのでランダがやるべき事は勝手に決まってくる。
それは蟹の攻撃の無力化だ。あの歪な鋏さえ壊してしまえば、蟹の攻撃力は半減する。
両目を開いたままスコープを覗き込む。そして左目で全体の動きを把握する。
ビィズを狙った鋏での一撃が、地面に突き刺さり僅かに蟹の動きが止まる。
瞬間、神経を右目に集中させる。狙うは地面に刺さった奴の鋏だ。
「砕けろ。」
小さく呟き、引き金を引く。
撃ち出された弾丸は破砕音を響かせ歪な鋏を直撃した。が‥
『チッ』
狙いが若干逸れたらしく鋏に亀裂が入っただけだった。
地面から鋏が引き抜かれる前にもう一度狙いを定める。が、スコープに障害物が映り込む。
「シャラァァアッ!!」
瞬間、スコープに赤い軌跡が走り、歪な鋏がバラバラに切り刻まれた。そして小さくガッツポーズをする障害物。
…本来スコープに映った段階で射殺確定な訳だが今回だけは多目に見てやろう。
水流塗れ
両方の鋏を破壊に成功したマミーはこう思っていた。
案外簡単にやれるんじゃないのか?
口からもブクブクと泡を吹き出しているし弱ってるんじゃないかコレ?
『マミー、残念だけどあれは弱ってるんじゃなくて怒ってるんだよ。』
隣にいたビィズがサラッと言いながらマミーの頭を地面に叩き付けた。
「ダッ?!なにすん‥」
マミーが文句を言おうとした瞬間、頭上を無数の水流が駆け抜けた。
ワンテンポ遅れて響くズパァッと言う音を聞いて背中に冷や汗をかくマミー。
『何か言ったかなマミー?』
「あ、有難う御座いますビィズさん。」
土下座に近い体制で御礼を言うマミー。
カラカラカラカラカラカラ
そんな2人の会話を遮って髑髏の群れがけたたましく鳴き叫ぶ。そして髑髏の口からはダバダバと水が流れ出ている。そして両の鋏を高く…高く振り上げた。
…コレはマズい。
『ゴメンねマミー、先に謝っておくよ。』
「えっ何を言って…」
マミーが振り向いた時、ビィズは既にハンマーを構えていた。
『ゼェイ!!』
「どおぅっ!?」
ボディに強烈な一撃を受け、放物線を描くマミーの眼下で、赤い蟹が勢い良く回転しだした。
先程の比ではない水流がマミーの視界を埋め尽くす。
そして蟹の回転が止まると同時に地面に落下するマミー。
「っだぁ?!…ビィズ!!」
『心配しなくても平気だよ。』
マミーの隣にヒョッコリとビィズが現れる。
「どうやって避けたんだ?」
『奴の股下をスライディングしたんだ。』
見るだけで冷や汗が出るほど鋭利な蟹の脚を見ながらビィズがサラリと答える。
そんな会話をしている内に蟹が地面を蹴り天井へと飛び上がった。
「ヤバ‥」
『其処を離れて。』
洞窟内に冷たい声と共に二発の銃声が響き、蟹の体がグラリと揺れる。
「さっきよりヤバい!!」
蟹が落下するより早く地面と水平に飛び跳ねるマミーとビィズ。
彼らの後方では炸裂音と共に頭蓋が飛び散って行く。
蟹の落下地点から朦々と沸き立つ土煙からは生きた生物の気配が感じられない。武器を構えたまま其処を凝視する2人‥
「‥逃げられた?」
『みたいだね。』
落下地点に蟹の姿の代わりに巨大な穴が開いていた。
内緒
見失った蟹を探すため再び千里眼の薬を飲まされるマミー。
「火口付近に影が見える。」
マミーの言葉を聞いてランダが少し嫌そうな顔をする。
『どうしたんですか、ランダさん?』
『火口に近付く程小型な蟹、ガミザミが増える。強行突破するか、地道に倒すか‥私1人なら走り抜けるくらい訳ないけど‥』
ランダが困った様なポーズをとりながらマミーの方を見る。
「なぜ俺を見る。」
『言われなくても解るよねマミー。』
マミーの肩にポンと手を置き、諭すようにビィズが言う。
「なっ!?‥なら維持でも強行突破じゃ!!」
半ばヤケクソでマミーが言い放つ。
『‥まぁ頑張ってね。』
酷く冷めた口調で言うランダ。マミーはこの時、小さい蟹くらいならどうにかなるだろうと思っていた。
そして数分後、火口付近‥
火口に向けひた走る三名。
「な、なんじゃアレはぁ!!?」
マミーが背後から押し寄せる青い津波を見て言う。
『アレがガミザミ。居るってさっき言った。』
「いくら何でも居すぎだろう!!」
マミーが言う通り彼らの背後には人の上半身くらいの大きさの蟹が20近く追ってきている。
『振り切れば何ら問題は無い。』
「いや無理でしょ!!アイツらメッチャ早いですよ!?」
確かにガミザミの群れは不気味な程に素早い。更にじょじょに数が増えてきている。
そんな三名の目の前に、幅の狭いやや勾配の付いた坂が見えてきた。其処を一気に駆け上がる三名、ガミザミ達も間も無く坂道に差し掛かる。
『止まって。』
言いながらランダがビィズの鞄に手を突っ込み、ボウガンのカートリッジを取り出した。
『いつ入れたの!?』
『内緒。』
慌てるビィズを無視して弾をリロードするランダ。そして更にマミーの鞄から2つの大樽を取り出し、ガミザミの群れ目掛け転がした。
『サヨウナら。』
言うと共に放たれた細かい無数の弾丸は、転がる大樽を紅蓮の塊へと変化させた。
爆音が断末魔と青い甲殻を打ち砕いだ後で、マミーが口を開いた。
「‥あんな劇物を何時俺の鞄に?」
『‥内緒。』
その言葉を聞いたマミーはタラリと冷や汗をかいた。
弾丸
火口間近の火山山頂付近、マミーは其処の光景を見てビッショリと汗をかく。だが、汗をかく理由は暑さのせいだけではない。
「まだ居るのか‥」
マミーがウンザリしながら言う。山頂には髑髏をしょった蟹と3匹のガミザミがいた。が‥
ガガガン
轟く三発の銃声と共にガミザミがパタリと倒れた。
「おぉ、的中!!」
『誉めても何も出ない。早く行くよ。』
ボウガンに弾をリロードし直しながらランダが言う。
赤い蟹は銃声で此方に気付いたらしく、泡を吹きながら威嚇のポーズをとる。そして徐に砕けた鋏でガミザミの死骸を掴んだ。次の瞬間、ガミザミの死骸は弾丸に迫る勢いで投げ出された。
不意の出来事に一同の反応が僅かに遅れる。だが、ランダだけはボウガンを構え迫る死骸に狙いを定め引き金を引いた。
ギィン
『チッ』
鈍い音と彼の舌打ちが、弾丸が弾かれた事を告げる。
『逃げ‥っ!!?』
ランダがその台詞を言い切る前に、彼等の後方でガミザミが弾けた。
その衝撃で散り散りになる三名、その中でもランダは蟹の一番近くに飛ばされた。
蟹の砕けた鋏が届かない程度の距離だったが、今の、二匹のガミザミを掴んだ今の蟹には十分攻撃の届く距離だった。
『チッ』
ランダは舌打ちをしながら倒れた姿勢のままボウガンを構えた。
(今リロードされているのはlevel3貫通弾4発。少なくともこの4発で2体のガミザミを撃ち落とす必要がある。)
ランダは至って冷静に考える。そして投げ出されたガミザミに狙いを定めた。
ガンガン
(3、2‥)
引き金を引く度に心の中で残弾を数える。穿たれた2発の貫通弾がガミザミを真っ二つに撃ち砕いた。
砕けたガミザミが両脇をすっ飛んでいくのには目も暮れず残りのガミザミに狙いを定める。
投げ出される屍の弾丸、だが彼は既にどこを撃ち抜くべきかを理解していた。
(次は一発で足りる。)
ガン
銃声と共にど真ん中をぶち抜かれたガミザミは、自身の遠心力でバラバラに飛び散った。
(あと1発)
弾倉に弾を一発残したまま蟹から離れようとするランダ、だが蟹の鋏には新しい弾丸が握られていた。
『ガミザミの死骸は三個だったはず‥』
そう奴に投げる弾丸など残っては居ない筈、それでも奴は4発目の弾丸を投げた。
それはガミザミの死骸ではなく奴の宿の一部である髑髏だった。
(ラスト一発。)
それでもランダは冷静に髑髏のド真ん中に照準を合わせ弾丸を放った。
ギィィンッ
刹那弾丸の弾ける音が火口に響いた。
ブった切れ
貫通弾を弾き飛ばし尚ランダ目掛け飛ぶ髑髏。このままでは確実に髑髏が彼の頭部を消し飛ばす。
その状況を見てマミーが自分自身に言う。
俺はどうする?
このまま地面に這い蹲ったまま一部始終を見ているのか?
借りがある相手を見殺しにするのか?
背中にぶら下がっている刀は飾りか?
さぁ立て!!走れ!!柄を握れ!!雄叫びをあげろ!!
他の奴には無理でも俺になら出来る!!
やれ!!ブった切れ!!
「ゼェラァァァァア!!」雄叫びと共に髑髏の弾道に躍り出たマミーは黒い刃の柄を握り締めた。
瞬間、弾丸と化した髑髏と目が合った。その髑髏に先日の刺客の顔が被って見えた。
『殺してやる。』
聞こえる筈のない言葉が頭に響く。
(殺してやる?‥ふざけるな!!)
「テメェが死ねぇ!!」
振り抜いかれた白刃は迫る髑髏を真っ二つに切り裂いた。
「ハァッ‥どうだ!!‥イッ!?」
威勢良く息巻いたマミーの眼前には次弾を構えた蟹の姿があった。‥今更だが、奴の背中には幾らでも弾がある。
ガン
発砲音と共に片方の髑髏が砕けた。
『投げる前に全部潰せばいい。』
リロードを終えたランダがサラッと言う。
「お、おう!!」
だが、マミーが言った途端、蟹は馬鹿でかい怪鳥の頭蓋を構えた。
「あれは流石に無理じゃない?」
『いやそれを砕いたら僕がキレるからね。』
蟹の背後から声が聞こえた途端、破砕音と共に赤い脚が一本砕けた。脚が砕けた痛みにもがく赤い蟹。
『さぁ‥ソイツを返して貰おうか、蟹君?』
ビィズの表情から笑みが消えた瞬間、振り下ろされたハンマーが瞬間の群れごと蟹の背中を叩き潰した。
『ンッダラァッ!!』
続けて怪鳥の頭蓋を掴んでいる腕を叩き潰した。
蟹はビチャビチャと内蔵を撒き散らしノタ打ちながらも天井へ逃げようとする。が‥
『無駄。』
三発の銃声と共にアッサリと撃ち落とされた。
それでも尚もがき逃走を図る蟹の頭上に小さい影が映った。
『潰れて死ねや!!』
山頂の洞窟に生々しい破砕音が轟いた。
汗
暑い暑い火山の山頂‥
頭部がグチャグチャに叩き潰された異形の蟹が死骸プスプスと焦げ臭い臭いを放ち出す。
ビィズは息絶えたと思われる蟹の頭に乱打を叩き込んだ結果今に至る。
『やりすぎちゃった。』
「‥やりすぎだね。」
満面の笑みで言うビィズにマミーが苦笑いで返す。火山の暑さも相まって激しい吐き気を催すマミー。
「しかし‥あの人は何をやってるんだ?」
マミーが蟹の死骸を調べるランダを見て言う。
『なんでも普通の個体と異なる部分を探しているらしいよ。』
「フーン。」
正直、彼処までグチャグチャになった死骸を調べるなんて絶対に無理だとマミーは思っていた。
そして数分後‥
蟹の素材ではなく、髑髏を持ち帰ってくるランダ。
「‥なんで髑髏だけ?」
『体の造りは体表以外原種と一緒だった。採取の価値は無い。しかし、この髑髏は違う。』
そう言うと彼は徐に髑髏の1つを高々と放り投げた。
最高点に達した後、真っ直ぐに地面に落下してくる髑髏を見つめる三名。そして髑髏が落下した瞬間‥
ゴガッッ
「!!!?」
見た目の数十倍の破砕音が轟いた。落下の衝撃で地面に小さなクレーターを造り上げた直径20㎝程の髑髏‥だが髑髏本体には傷が一つも付いていなかった。
「‥こ、これは」
『この髑髏は異常に硬くて思い。恐らく奴の体液によるものだと思われる。』
そう言いながら瓶詰めにしたどす黒い体液を見せるランダ。
「‥で、それらをどうするんですか?」
マミーが答えの解りきった質問をする。
『可能な限り持ち帰る。早く働け。』
予想通りの返答にガックリと肩を落とすマミー。今から彼らは灼熱の火山の中、大量の髑髏の群れを持ち帰る事が決定した。
今度は冷や汗でなく、大量の暑さによる汗をかく羽目になるだろう‥
因みに怪鳥の髑髏を持ち帰れる事になって、一名だけは若干ご機嫌だったらしい。
洞穴で一服
だらだら
火山でどうにか蟹のバグを狩猟する事に成功した三名。ヴォルボーンの村に帰還したあとは各々が気ままに休んでいた。
そして洞穴の工房にて、ギンコが入れたお茶で一服するマミー。
「はぁ~‥旨ぁい。」
『お茶菓子もどうぞですニャ。』
なんともオッサン臭い声を出すマミー。そんな彼にお茶菓子をさし出すギンコ。
「ありがと~。‥しかし他の2人は何処へ行ったんだか…ギンコは知ってるのか?」
『ランダさんは買い出しに行きましたニャ。』
「買い出し?」
『爆薬や弾薬や薬の買い出しですニャ。』
それを聞いた瞬間、マミーには劇物を吟味して微笑んでいるランダの姿が容易に想像出来た。
「…ビィズは?」
『親父さんとキンコと一緒に地下の工房に行きましたニャ。』
お茶を注ぎながらギンコが言う。ここでマミーは以前からの疑問を聞いてみる事にした。
「そう言えばなんでこんな火山の内部に工房を?」
『ひと言で言いますと親父さんの趣味ですニャ。』
「趣味?」
『ニャんでもマグマを見てると創作意欲が湧くんらしいんですニャ。あと地下工房には直にマグマが流れていて釜戸の役目を果たしてますニャ。』
「だからあんなに蒸気が出てるのね。」
『ですニャ。』
そんな話をしながら5杯目のお茶に手を伸ばすマミー。
ガスッ
『アタッ!?』
そんな時、洞穴の入り口から何かが詰まる様な音と共に、女性の声が聞こえて来た。
「ランダさん‥」
『ではないですニャね。』
「兎に角見に行くか‥」
テーブルからゆっくり離れるとマミーは洞穴の入り口へと向かった。
「‥なんだ?」
其処には暗い青髪の女性が、右半身をねじ込んだ段階で洞穴に詰まっていた。背中には何か荷物を背負っている様だ。
『ぅ~。』
目の前のマミーには目もくれず懸命に脱出を試みているが、抜けられる気配は一切無い。
面白いので数分間眺めていたが、いい加減可哀想なので声を掛けてみる。
「なにをしているんですか?」
『見れば解るで…』
台詞の途中でマミーと目が合い固まる女性。
『お、おお…』
「お‥?」
『お化けぇー!!!!?』
彼女の悲鳴が洞穴にキンキンと響き渡った。
お化け
狭い洞穴に十数秒に渡って悲鳴が反響し続けた。
『ゴメンナサイもう帰ります‥あ、でも詰まってるから出られない‥あ、ゴメンナサイ殺さないで‥』
そして気付くと悲鳴は謝罪に変わっていた。
「ギンコ、お化けって誰の事だ?」
そんな彼女を見て、服の隙間から赤い継ぎ接ぎが見えていて、且つ顔面が包帯グルグル巻きのマミーが問う。
『それを本気で言っているかどうかによって私の貴男に対する今後の対応が変わりますニャ。』
「冗談だからそんな冷たい視線を送らないでくれ。」
予想以上の冷たい反応に軽く凹むマミー。
『ゴメンナサイオバケイヤコワイゴメンナサイ‥』
「‥とりあえず引っ張るか。」
『ですニャ。』
穴に詰まった女性を引っ張る事約5分‥漸く彼女を穴から引っ張り出しテーブルに着かせた‥が、
『お化けと間違えてゴメンナサイ‥ゴメンナサイ本当ゴメンナサイ‥』
相当マミーの事が怖いらしく目すら合わせてくれない。
「初対面の人にこんなに拒絶されたのは初めてだよ‥目から汗が‥」
『よしよしですニャ。』
猫に慰められる包帯男、なんともシュールな光景。
『ゴメンナサイ‥こ、コレを‥』
そう言って女性が小さなお面を取り出した。白い楕円に目の部分に黒い丸だけが描いてある何ともマヌケなお面。
「‥コレを付けろと?」
『話を進めるにはそれしか無いと思いますニャ。』
ギンコのプレッシャーに負けてお面を付けるマミー…最早ミイラの化け物ではなく、アイスホッケーチームの亡霊にしか見えない。
「コレは逆に怖くないか?」
『スッ‥ゴく似合ってますよ。』
「…そう。」
女性は満面の笑みで答えるが、どうにも納得出来ないマミー。
兎も角、改めて女性を見てみる。
中性的な風貌に馬鹿でかいリュック(先程詰まった原因はコレか)。そしてやや長めで暗く青い髪が右目を覆い隠している。そんな暗い髪から覗くまん丸で大きな左目はやや不気味に見える。
「‥なんかお化けみたいな顔だな。」
『貴男にだけは言われたく無いです。』
お面を付けた包帯男にサラッとツコッム片目女だった。
見た目は子供
軽めとはいえ包帯でグルグル巻きにした上、お面まで付けていると喋りづらい事この上ない。
「コレ‥外して良い?」
『ダメです。』
マミーの一言に彼女の片目がギョロリと見開かれる。髪同様暗い青色の瞳に睨まれたマミーは渋々お面を付け直した。
『マミーさん、さっきから全く話が進んでいませんニャ。』
ギンコが早く本題に入る様に促す。
「そうだな。片目のお姉さん。」
『はい?』
「貴女いったいどちらs‥」
ゴガッ!!
ようやく本題に入ろうとしたマミーの言葉を遮って、テーブルのど真ん中がゴガッと開いた。
そして凄まじい蒸気と共に小さな人影が現れた。
『暑いよ~。ギンコ、お冷や…どちら様?』
汗だくのビィズが目の前に現れた女性を見て言う。
『ボク~何歳?あ、お面付ける?』
そんな小さなビィズを見て若干テンションが上がる女性。だが、その反対側に座るマミーの周囲のみ一気に氷点下になった。
見た目は子供、年齢は24歳であるビィズにチッチャイ、チビ、坊やとうの単語は禁句であり、その言葉を言ったが最後血の雨を見る事になる(マミー談)。
ビィズが女性を殴るかどうかは解らないが、何れにせよマミーにトバッチリが来る可能性が高い。
(…これは逃げるべきか?)
逃走の算段を立てるマミーだったが、それよりも早くビィズが動いた。
『ありがとうお姉ちゃん。』
「へっ!?」
予想外の出来事に肩すかしを喰らうマミー。
『飴も食べる?』
『食べる~。』
そして飴をもらうどさくさに紛れて女性に抱き付こうとするビィズ。
(…なるほど、貴男はそう言う人間か…)
その時、マミーの中で何かが弾けた。
「せいや!!」
『がっ!!?』
マミーの前蹴りがビィズの顔面を捉えた。
唖然とする女性を残して、ビィズを違う部屋に引きずっていくマミー。
「貴男何やってんですか?」
『何しやがんだマミー、あとちょっとで魅惑の桃源郷にダイブ出来たってのに…』
「地が出てるぞ24歳。もっと年相応の動きをしろ。」
『うるせぇ!!貴様に俺の何が解る!!』
「開き治ってんじゃねぇ!!」
言葉の代わりに拳が飛び始めた。…まぁ勝敗は見なくとも解る訳だが…
こうして話は一向に進まず、時間だけが過ぎて行った。
『お茶でも飲んでお待ちくださいですニャ。』
『いただきます。』
張り付け
女性が三杯目のお茶を飲み干した頃…
洞穴の入り口に1つの人影が現れた…買い出しに行っていた、蟹装備のランダが帰って来たようだ。
そして洞穴の入り口を潜り部屋に入るランダ。
『ただい…何をしてる?』
部屋には赤い包帯で十字架に張り付けられたお面の男が居た。
『おかえり~』
『おじゃましてます。』
そして目の前の赤いオブジェなど見えていないかの様に和やかにお茶を飲み、寛ぐ2人。
『あ、来てた?久しぶり。』
ランダが女性を見て言う。
『お久しぶりです、ランダさん。』
女性もぺこりとオジギをする。
『えーっと…2人は知り合い?』
『そうなんですよ~。』
そのまま和やかムードに突入しようとする三名と一匹。
「話に‥入る‥前に…ゼフッ……誰か下ろして…くれよ。」
赤いお面が小さく呻いた。
さらに数分後…
十字架から下ろしてもらい新品の包帯を巻き直したマミーを含む四名がテーブルに着いた。(ギンコはお茶の補充に行ったようだ。)
そしてランダが
『では…彼女は私の知り合い…』
『友達ですよ?』
ランダの言葉を女性が訂正する。
『…自己紹介は自分でして。』
ランダは少し黙った後、めんどくさそうにそう言った。
『ではでは…私はランダさんの友達で行商をしている、サンと申します。。』
行商人だからあんな馬鹿でかい荷物を持っていたのかと納得する反面、1つ気になる点が有った。
「サンさん…なんか言い辛いな?」
確かに名前がサンと言うのは少し珍しい‥と言うか変だ。
『サンは名字なんですよ。でも名前は気に入ってないんで聞かないでください。』
そう言いながら苦笑いをするサン。
まぁ名前か名字の何れかが解っていれば不自由しないので特に気にする事も無いだろう。
『お前達も。』
ランダがマミー達にも自己紹介する様に促す。
「俺はマミー。今はここの親父さんに雇われてる。」
サンが一瞬噴き出した様に見えたが、マミーだけはその理由が解らなかった。
『僕もマミーと一緒で雇われのハンターで、名前はビィズて言うんだ。』
「…因みに24歳。」
ビィズの言葉にマミーがボソリと付け足す。マミーのその言葉に驚くサン。
『マミー…余程死にてぇらしいな?』
「か‥掛かってこい!?」
戦闘大勢に入るビィズと逃走大勢に入るマミー。
ドンパチ始める2人を余所に会話を続けるランダとサン。
『で、用は?』
『はいはい。良い物が手には入ったんですよ!!』
休みの終わり
サンは前髪の隙間から見える片目をキラキラと輝かせながら、馬鹿でかいリュックに手を突っ込んだ。
『見て驚かないでくださいよ~?』
『わかったから早くして。』
冷たいリアクションをするランダを余所に、ニヤニヤした顔でリュックに突っ込んだ両手を引き抜いた。
『おぉ!!』
リュックから取り出されたそれを見た瞬間、マウントポジションでマミーをタコ殴りにしていたビィズが驚きの声をあげる。(…再び真っ赤に染まったマミーに意識は無いようだ。)
『これは…!』
流石のランダも感嘆の声を漏らす。
リュックから取り出されたのは人の胴体程もある巨大な赤い鉱石だった。
『凄いでしょ?この鉱石は最近発見されたエルトライト鉱石って物らしいですよ。』
皆が驚いた事で、酷くご満悦な表情でサンが言う。
『…そんな大物を何処で?』
ランダが問う。
確かにサンの持って来た鉱石はデカすぎる。本来採取出来る鉱石は握り拳程度である。
『それはですね‥最近新しい鉱脈が見つかったと言う情報を聞いたんですよ。そしてその場所に向かったら一発でそれをゲット出来たんですよ!!』
『‥相変わらずラッキー。』
グッと親指を立てながらサンが言う。‥どうやら彼女は相当な強運の持ち主らしい。
『‥でもなんでそんな貴重品を持って来たんだい?街にでも持って行けば高値で売れそうなのに。』
ビィズが首を傾げながら聞く。
『それはですね、此処の親父さんはこう言った物を高値で引き取ってくれるんですよ。あとランダさんが借りれますしね♪』
相変わらず片目をニヤニヤさせながらサンが言う。
しかしランダ以外の面々は彼女の言葉を理解出来ずにいた。‥ランダを借りる?
ガゴッ
そんな時、テーブルの側面がガゴッと開き、中から工房の主が出て来た。
そして主は周りの面々には目もくれず、巨大な鉱石を調べ始めた。
『コレは良い物じゃな。お嬢さん‥コイツは何処でとれたのじゃ?』
『沼地です!!』
待ってましたと言わんばかりに、主の問にサンが答えた。
『ランダ、次の仕事じゃ。』
主のその台詞を聞いてニヤニヤするサンを見て、ランダは大きく溜め息を付いた。
最終更新:2013年02月26日 15:57