帰り道(理由)
砂海の底から逃げ出したマミーとランダは手早く荷物をまとめ、砂漠を後にした。
そして現在、2人は火山を過ぎて洞穴の工房の程近くまで来ていた。
狩場潜入用の船を隠し終えてマミーが口を開く。
「今更だが‥置いてきて良かったのか?」
『問題無い。』
「でも一応女の子だし、あんな状況だった訳だし‥。」
『サン達に反応しないと思ったら…幼女趣味。』「そんなんじゃない!!人として、こうなんと言うか…」
ブツブツ言い続けるマミーを余所に荷物を背負い歩き出すランダ。ランダの後ろではいまだにマミーがグチグチ言い続けている。
『大丈夫な訳を一度だけ説明する。』
ランダが溜め息を吐きながら言った。そしてランダがカノクを置いて来た訳を説明する。
その1、バグが出現する噂のある狩場はギルドが依頼の規制をするのでその狩場に居るのは密猟者かギルド関係者になる。(噂の信憑性が低いと規制が無かったりもするが)
その2、不確定要素の多いバグを狙う密猟者は個人で行動する事はまずない。
その3、密猟者は犯罪を犯している真っ最中なので自分から他人に接触しようとはしない。
『よってあの子は十中八九ギルド関係者。だから長居は無用。』
キッパリと言う。それでもマミーは少女1人を置いて来た事に負い目を感じているらしい。
そんなマミーを見て、またランダが口を開く。
『加えて私個人が早く逃げたかった理由がある。』
「理由?」
その言葉を聞いてマミーが顔をあげる。
『仕事上、私は何度も密猟をしている。だから私の顔はギルドに顔が割れてる。事後なら主がもみ消すけど、現行犯は逃げ切れない。』
ランダが淡々と言う。
『あとギルドはバグが居る狩場に対バグ用の人間と対人用の人間をセットで送り込む。あの子は多分バグ用だから対人用と合流される前に逃げたかった。』
長い説明を終えるランダ。それを聞いたマミーももう文句を言わなくなった。
そんな事をしている内に工房の入り口に辿り着いた訳だが、どうも中の様子がおかしい。
『ギルドが来たかも。』
ランダの単調な台詞を聞いて、マミーの額に嫌な汗が滲んだ。
遣いが来た
見知らぬ男
何時もと違う空気が漂う工房の入り口。表から中の様子を伺うランダはコッソリと中を覗く。
居間には爺さんと猫が一匹、そして対面には見知らぬ男が1人…ランダはその男をよく観察する。
全身を黒いローブで覆ったやや大柄な男‥ランダが知るギルドの人間とは姿が違う。どうやら只の客の様だ。
『大丈夫、只の客。』
ランダは後ろでかなり挙動不審になっているマミーにそう言うと先に中へと入っていった。
それに続いてマミーも中へ入ったが、中に居た爺さんが此方を見て渋い顔をした。何故渋い顔をされたかを理解する前に誰かに声を掛けられた。
『元気そうですねぇ。マミーさん?』
不意に声を掛けられ振り向くが、其処に居た男に全く見覚えが無かった。
「えーっと…誰?」
その台詞を聞いて黒い男はクスクスと笑う。そしてペコリと頭を下げた。
『これは失礼しました。箱庭の遣い‥と言えばご理解して頂けますか?』
台詞と共に男の顔がグニャリと笑う。その台詞を聞いた途端、マミーの体中から嫌な汗が噴き出した。
箱庭‥狂喜と絶望が満ちる狂人が作った金持ち達の楽園でその他にとっての地獄。そしてマミーとビィズが脱走をした場所。
その箱庭から遣いが来たと言う事は何を意味するのか?
マミーを連れ戻しに?
それとも殺しに?
ぐるぐると頭が嫌な方向に回りだす。全身から血の気が引き、頭がフラフラと揺れ出す。‥彼処に帰るのは御免だ。
見る見る青ざめて行くマミーの顔を見て、男がまたクスクスと笑う。
『そんな顔しなくても良いですよぉ?私は話し合いをしに来たのですよぉ。』
男が笑いながら椅子に腰を降ろす。瞬間、奴のローブがフワリと揺らぎ、無数のギラついた物が見えた気がした。
『どうしたんですか?早く座ってください。』
立ち尽くすマミーを見て男がクスクス笑いながら言う。マミーは恐る恐る男の正面に腰を降ろした。
言いようの無い沈黙の中、噴き出した汗だけがゆっくり額を伝っていった。
話
男は暫し焦るマミーを眺めてから口を開いた。
『本来箱庭から脱走を計った輩は見せしめとして竜の餌になって貰うんですよ。』
その言葉にギクリとするマミーを見て男はまたクスクス笑う。
『でも逃げ切られたのは今回が初なんです。そこで箱庭の主は私に言いました。今回は特別だ、と。』
「特別?」
マミーはその言葉を聞いた時、ひょっとして見逃してもらえるんじゃ‥と思ったが、その考えは甘かった。
『貴方に選ばせるそうです。箱庭に戻るか、それとも此処で自害するか、即座に借金を全て返すかを…』
そう言って男はニヤリと笑う。それを聞いてマミーは愕然とした。
箱庭に戻るのも此処で自害するのも同じ様な物である。だが、今のマミーに借金を返せる訳が無い。
『ほぉ、借金は幾らじゃ。』
そんな時、今まで黙っていた爺さんが口を開いた。
「親父さん!?」
『お前は黙っとれ。で幾らかね?』
口を挟もうとするマミーを爺さんが制する。それを見た男はスッと真面目な顔になり口を開く。
『500万ですね。』
「ご、ゴヒャっ!?」
驚くマミーを見て男はまたニヤニヤ笑う。
因みにハンターの鎧を一式揃えるとだいたい10万前後なので、500万はかなりの額である。到底マミーには払えない。
『ふっ…ハッハッハッ!!』
不意に誰かが笑い出す。それは男でも無論マミーでも無い。笑っていたのは爺さんだった。
『そんなはした金で良いのか?なら持ってけ、何釣りはいらんぞい?』
爺さんがガンと天井を突くと其処から大量の金や宝石が出て来た。男はそれを調べるがどれも間違いなく本物、価値を考えると軽く500万は超えている。
それを見た後、男は酷く冷めた顔に成っていた。
『…本当にそんな役立たずに500万も払うんですかぃ?』
男の台詞を爺さんが笑い飛ばす。
『若造、幾ら金を積もうと人は買えんのじゃよ。それが500万なら安いもんじゃわい。なんならもっと払ってやろうか?』
年老いた老人が活き活きとした顔で言い放つと、男は一瞬酷く醜い顔をしたがすぐ冷めた顔に戻った。
『いえ結構です。毎度ありぃ。』
男は黙って宝石を鞄にしまい込んで、出口に向かって歩き出した。
ガタッ…
その時、床の石がかたりと動いた。
ニャァ
マミーはその音がするまで肝心な事を忘れていた。箱庭から脱走したのは自分だけでは無いと言う事を…
今部屋に居るのは箱庭の遣いと爺さん、ランダ、ギンコそしてマミーだ。
ビィズはてっきり違う部屋に隠れているのかと思っていたが、偶々地下の工房に居ただけだったらしい。
しかし、よりにもよってこのタイミングで出て来るとは‥
床石を持ち上げる音はかなり響く、当然遣いの男も気付いている。もう数秒もしない内に後ろを振り返り地下の存在に気付いてしまう。
それだけはマズい。
振り向く男、半分近く開いた床石、その時マミーの背後でランダがボソリと呟いた。
『立て。』
言葉のままに直立したマミーの背中に何かがめり込み、突き飛ばした。
『『アダァッ!!?』』
吹っ飛んだマミーが開き掛けた床石に倒れ込み、二重に声が響いた。
何事かと男が振り返ると倒れたランダと片足を上げたランダの姿があった。
『何をしてるのでぇ?』
『…虫が居た。』
男の問いにシレッと答えるランダ。それでも男は部屋の中に戻って来た。
『今二人分の声が聞こえたんですがねぇ?』
言いながら男がマミーを見下ろす。マミーは何も出来ず地面に寝そべっていると…
『ミ‥ニャア~』
床下から聞こえる猫の声、なんてベタな誤魔化し方‥それを聞いた男はマミーを蹴り飛ばし床石をひっくり返した。
『‥どちらさんニャ?』
…床下にはキンコが居た。男は一瞬驚いた様な顔をしたがすぐ基の顔に戻った。
『コレは失礼、では私はこれで‥あ、マミーさん気が変わったら何時でも帰ってきて良いんですよぉ?』
ニヤリと笑う男、無論マミーは答えない。
『じゃ、さようならぁ。』
そう言い残し男は工房から去って行った。
そして暫しの沈黙、男の影が完全に消えてからマミーは漸く立ち上がり椅子に座り直した。
「生きた心地がしない‥。」
溜め息混じりにマミーが吐き出す。
『まぁキンコと親父さんに感謝するんだね。』
言いながらビィズがテーブルから顔を出した。
「‥そんな所に居たのか?」
『あぁ‥キンコが機転を利かせてくれて助かったよ。』
言いながらビィズも椅子に座る。
そしてマミーはグッタリと椅子にへたり込んだ。
『まぁお茶でもどうぞですニャ。』
ギンコが人数分のお茶を持って来た。そのお茶を飲んで漸くマミーは落ち着きを取り戻した。
留守番の訳
防具を外し寛ぐマミーにランダがあるものを手渡す。白くて丸い、気の抜けた顔が描いてある薄い板‥それは‥
「‥何故お面?」
『ニーから、予備を預かってた。』
「予備って‥」
不抜けたお面を見ながら、そんなに今の顔怖いのか?と思いながらマミーはお面を付けた。
『似合ってるよ。』
横でケラケラ笑うビィズをマミーはため息を吐く。
「そう言えば何で地下に?狩りにも来なかったし。」
『それはね‥』
そう質問をされるとビィズはニヤニヤしながら床石の一部を開き、其処に手を突っ込んだ。
『親父さんとコレを作ってたんだよ!!』
床下から出て来たのは怪鳥の髑髏を使った
ハンマー。その馬鹿でかい髑髏にマミーは見覚えがあった。
「その髑髏って‥」
『ジョージだよ。コイツにはまだ僕に付き合って貰おうと思ってね。』
ビィズは言いながら少し笑った。
『今日からコイツはクックジョージだ。因みにあの蟹の体液を使ってるからメチャ硬いよ。』
素振りをしながら「試してみる?」とビィズが言ったが、マミーは勿論首を振った。
愉しげなビィズを見てホッとしたマミー。ジョージが死んだ事を引き摺っているかと思ったが、もう大丈夫らしい。
何となくジョージの髑髏も笑っている様に見える。
ドシャッ
『イタッ!!』
突如入り口から響く物音と声、誰かがすっころんだらしい。しかし‥何となく聞き覚えのあるような‥
そして近付く足音‥2人居るのだろうか?
『お邪魔しますよ~。』
何処となく気の抜けた男の声、マミーはさっきの男が戻って来たのかと身構えるが‥
『大丈夫、あれは知り合い。』
ランダが杞憂だと諭す。
そして工房の入り口から2人の人間が現れた。ヒョロイ男と小さい少女。
マミーはその少女を見て先程の違和感の訳に気付いた。
「‥怪力少女だ。」
マミーが思わずそう漏らした。瞬間的に少女の細い瞳がマミーを捉えた。『アンタ誰だ?』
少女はサッパリマミーの事を覚えていなかった。
ギルドの2人
カノクはトコトコとマミーに近寄り、細い目をギョロッと開いてマミーを見る。
変なお面をグルッと見て、ある一点で視線が止まる。
『包帯‥!』
包帯を見た瞬間、カノクはバッと腕を振り上げた。
「ちょっとまt、ブベラッ!!?」
そして躊躇いもなくマミーをぶん殴った。パリンと言う安っぽい音とマミーの悲鳴が居間に響く。
そして床を転がるマミーを見て一言。
『やっぱりヘボだったのか。』
「普通にお面外せば良くないか?」
マミーが鼻血を垂らしながら言うが少女はサッパリ聞いていない。
『マミーは出掛ける度に女性を引っ掛けてくるね?』
ニヤニヤしながらビィズが言う。
「変なのばっかりだけどな‥」
マミーは鼻に栓をして、新しいお面を着ける。
『あの~親父さん居ますか?』
部屋の隅から申し訳なさげな声が響く、振り返ると今まで放置されていた男性が立っていた。片手には瓢箪が掴んであった。
『今親父さんは地下ですニャ。』
『じゃあ後で渡しておいて下さい。お土産です。』
ヘラヘラしながら男がギンコに瓢箪を渡す。
『いらっしゃい。何用?』
ランダが男を見ながら言う。
『此処にくる理由なんて言わなくても分かるでしょうに。』
男が相変わらずニヘラ顔で言うと、スッと椅子に座った。その隣にカノクも腰掛ける。
『何時から子供が‥拉致?』
『まさかこの子は‥』
『アタイは御主人様の犬だ!!』
少女の一言で今が凍り付く。
『カノク、御主人様じゃなくて先輩か主任と言いなさいと、第一いn‥』
『ギルドナイトが犯罪者‥』
慌てる男を見てランダが喉を鳴らして笑う。
男は犬の如く纏わりつくカノクを縛り吊し上げると軽く咳払いをした。
『兎に角本題に入りましょうか?』
そう言う男の隣では、既にカノクが縄を引き千切って座り直していた。
『クッ‥どうぞ。』
ランダは必死に笑いを堪えていた。
取引
男は少しの間べた付くカノクを引き剥がそうとしていたが、圧倒的に力負けしているので諦めて少女を首に下げたまま話始めた。
『蟹さんとお面さんはこの前砂漠に居ましたね?』
男が真面目な顔で言うが、首に少女が下がっているのでイマイチ緊張感に欠ける。
『何故ですか?』
『主が魚竜の肝を欲しがったから。』
『今砂漠は立ち入り禁止だったと思うのですが?』
『それは知らなかった。』
ランダはサラリと嘘を並べる。男は質問を続ける。
『‥バグを狩ったうえ、素材を持ち帰りましたよね?』
『あれは正当防衛、剥ぎ取るのは狩った者の当然の権利。』
サラサラと答えるランダに男は黙ってしまう。
『とりあえず私を処分する?』
処分と言う単語に敏感にカノクが反応するが、それを男が抑える。
『まさか。そんな事したら自分の首が跳びますよ。』
ヘラヘラ笑いながら男が首を切るジェスチャーをする。
しかし、これだけあからさまな嘘を吐いても反論されないとは‥主はどれほどの権力をもっているのか?
『‥まぁその話はもう良いです。で1つお願いがあるんですよ。』
『‥此方のメリットは?』
『今回の件は不問と言う事で。』
男はニヘラと笑う。
ランダは考える。この話を無視しても普通にもみ消せるのだが、あまり恨みを買うのも宜しくない。
だが、先日の狩猟で若干ながらの負傷をしているので面倒事は避けたい。
‥どうするべきか‥
「ギンコお代わり。」
そんな彼の視界の隅に呑気に茶を飲むマミーが写った。
『その話受ける。ただし其処の2人が。』
ランダがマミーとビィズを指差して言う。
話を殆ど聞いていなかったマミーだが、此方に向けられた少女の視線が、確実に彼に良くない事が近付いている事を告げている。
「俺がやるのか?」
『黙れ借金持ち。』
マミーの意見はその一言でバッサリと切り捨てられた。
『まぁ簡単な仕事ですよ。』
男がニヤリと笑うが、マミーには彼がほくそ笑んでいる様にしか見えなかった。
頼まれ事
キャンプにて
数刻後
マミー、ビィズ、カノク、男の4名は火山のキャンプに居た。
何故彼らが此処に居るかと言うと男のお願いのせいである。
因みに男のお願いと言うのは、近々ヴォルボーンの村で祭りがあるのだが、あの村は狩場と非常に近い。可能なら祭りの前に狩場の
モンスターを掃討しておきたい。
其処でよく村に来るギルド員である男に村人が頼んだらしい。
「自分で受けた仕事ぐらい自分で処理しろよ‥」
マミーがぼそりと愚痴る。
『自分狩りは専門外なんですよ。あと気になる噂を聞きましたんで。』
何時背後に移動したのか、異常に至近距離で男が言う。
マミーはサッと後退り距離を取った。なんか男から殺気じみた物を感じる。
「‥噂?」
『なんでも奇形の竜がでるとか‥この前女性の道化師に教えて貰いました。』
男が一歩近付く度にマミーが一歩後退るのを繰り返しながら2人は会話する。しかし、女性の道化師‥イチにはもう少し情報を売る相手を考えて欲しい。
マミーは出来る限り男から距離を取りながら狩りの準備をした。
そして数分後
準備を終えたマミー、ビィズ、カノクと一切準備をしていない男。
「貴方は準備しないのか?」
『自分は怪我人なんで貴方達が掃討を終えた場所をゆっくり付いて行きます。』
男はブンブンと右腕を降って見せる‥どうやら義手かなにからしい。
その後、男と離れる事を異様に渋るカノクをどうにか引き剥がし、狩場に入った。
キャンプに近い分、目立ったモンスターは見当たらない。
『あぁ~、ご主人様と居たかった。』
キャンプを振り向きつつ愚痴るカノクの肩をビィズがポンと叩く。
『まぁ仕方ないよ、お嬢ちゃん。』
ビィズが何となく言ったその言葉に、カノクの方からブチッという音が聞こえた。
『誰がお嬢ちゃんだ!このチビ!!』
少女が叫ぶと共に、本日二度目の'ブチッ'が響いた。
乱闘
チビ、それは身長が150㎝に満たないビィズにとっては禁句である。
『誰がチビだって、お嬢ちゃん?』
が、流石のビィズも相手が少女なので必死に怒りを抑えている。
『アタイより小さいくせにお嬢ちゃんって言うなチビ!!』
…どうやらカノクに取っても'お嬢ちゃん'は禁句だったらしく、既に臨戦態勢に入っている。
『よしジャリン子…ぶっ殺す!!』
『やってみろチビ!!』
互いに完全にブチ切れたらしく武器を構える2人。
…カノクは異常なまでの怪力、ビィズも理不尽な暴力を持っている。そんな2人をマミーが止める事など出来る訳が無い。
「…どうしよう。」
言いながら影に隠れるマミー。彼の目の前では黒い棍棒と怪鳥の髑髏が激しく火花を散らしていた。
正直、マミーはカノクがビィズを圧倒するかと思っていたが武器の重量と技術の差のせいか2人は全くの互角だった。
つまりマミーが2人を止める事は限り無く不可能となった。
コレでは仕事が進まない。
マミーはその時あることを思い付いた。
「おぉ~い2人共。」
木陰から叫ぶマミーに格闘中の2人が鬼の形相を向ける。
『なんじゃボケ!!』
『なんだヘボ!!』
2人の気迫に一瞬たじろぐマミーだが、どうにか踏み止まる。
「そのままじゃ決着が着かないんじゃないか?」
『俺(アタイ)がこんなガキ(チビ)に負ける訳ないだろうが!!』
2人の怒号で2、3歩後退る。そしてかなり弱気で言葉を続ける。
「や、多くモンスターを狩った方が勝ちにしたほうが‥その良いような‥」
段々声が小さくなるがどうにか伝えきる。2人は動きを止め考え出す。
もう一押しだ。
「もしかしてゲームに勝てる自信がないんじゃ…」
『楽勝に決まってんだろが!!』
『余裕だよ!!』
ニヤツクマミーの言葉に見事なまでに2人が食い付いた。
「じゃあ剥ぎ取った素材が多い方が勝ちって事で。」
2人が釣られている事に気付く前に一気に説明をするマミー。
「では始め!」
『ダッシャァァァア!!』
『うりゃぁぁぁあ!!』
マミーがパンッと手を叩くと2人は瞬く間に火山へと消えて行った。
そして一分もしない内に火山から人以外の悲鳴が木霊した。
「今日火山の生態系が崩れるな…」
マミーはボソリと呟くと自身も火山へと入って行った。
火山の黒
二つの金色
1人置いてけぼりをくったマミーは、2人の後を追っていた。2人はかなりのスピードで走って行った訳だが、どこに行ったかは容易に追跡出来る。
何故なら、イーオスやらガミザミやらの死骸が点々と続いていたからだ。
「ヤリ過ぎだろ…」
マミーが死骸を避けながらボヤく。飛竜が暴れ回っても此処まで酷い事にはならないだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、目の前で死骸の道が二手に別れていた。どうやら此処で違う道に進んだらしい。
「どっちに行くか…」
正直、暴走中の2人は十分に強くマミーの助けを必要とはしていない。更に2人は絶賛ブチ切れ中なので近くに居ると巻き添えを喰らいかねない。
何か凶悪な竜でも居るのなら別だが、今回マミーの出番は殆ど無いと思われる。
「キャンプに帰るかな…?」
そんな事を考えていると、火山の山頂から風が吹いてきた。絡み付く様な、締め付ける様な、湿った嫌な風。
ふと風が吹いて来た方向を見上げると、火口に黒い何かがあった。
僅かに蠢く黒い何か‥ぬらりと延びた首から下界を眺める瞳、それ見た瞬間マミーの心臓は大きく脈打った。
黒一色の体に不自然に光る金色の瞳‥
水晶にも似た光を持つ二つの眼は、何時か感じた殺意や怨念の混じった様な物を放っていた。
火口から這い出し獲物を探す黒い塊、ギラついた瞳が此方を向く前にマミーは岩陰に隠れていた。
体は小刻みに震え奥歯がガチガチと音を立てる。壊れていたマミーの記憶はある事を思い出していた。彼の記憶は言い知れない恐怖、鮮明な死の幻想を創り上げる。
異常に早くなる鼓動をどうにか鎮めていると再びあの風が吹いた。そして微かに聞こえる飛翔の音。
岩陰から僅かに顔を出すと、僅かに赤を帯びた漆黒の翼が火山の空を羽ばたいていた。
‥まだ此方には気付いていないか。
ホッと胸を撫で下ろすマミーだが、空に浮かぶ二つの瞳は既に獲物を捉えていた。
火山に吹き抜ける嫌な風、マミーはソレが何かを即座に理解した。
青い空、そこに僅かに金色の混ざった黒い軌跡を残し、真っ直ぐに荒野へと飛来する黒い何か。
狙われたのはマミーではない。だが、奴が降り立つ場所には確実に先に行った2人の内のどちらかが居る。
なんの根拠は無いが、奴の瞳は人に対する恨みで満ちていた。それだけは間違い無い。
マミーは深く考えずに、駆け出していた。奴が2人をよりも早く2人の所へ‥
それだけを考えて。
吠える
『うりゃぁぁぁあ!!!』
雄叫びと共に撃ち出された黒い棍棒が、イーオスの首から上を根刮ぎ吹き飛ばす。
中空を裂く紅い生首はそのまま近くに居た同族の頭と共に弾けた。
少女は狼狽える紫の鶏冠、群のボスであるドスイーオスに棍棒の先を向け高々と言い放つ。
『あと1ぴ~き!』
地を蹴り駆け出す少女を見て、ドスイーオスは吠える。
奴が吠えるのは小さな少女を退かせる威嚇の為か?
それとも明確な死を目の当たりにした恐怖の為か?
‥これは考えるまでもなく後者であり、奴の雄叫びは直ぐに断末魔に変わった。
『まぁ‥こんなもんだな。』
少女は武器をしまいパンパンと手を叩く。
彼女の視界は様々な赤で埋め尽くされていた。
地を流れるマグマの赤
動かなくなったイーオスの紅
そして飛び散った血肉による赤‥
そんな悲惨な光景を造り上げた少女は偉く御満悦だった。
『これであのチビには確実に勝ったな♪』
無数の死骸から剥ぎ取りをしながら、少女は鼻歌混じりに言う。
そんな少女の直ぐ傍ではイーオスの死骸の一つが、マグマの灼熱に灼かれブスブスと焼け焦げていた。
イーオスの死骸は黒焦げた消し炭となり、煙と共に嫌な臭いを立ち上らせる。
そして立ち上る死の臭いは更なる死を呼び寄せる。
吹き抜ける不快な風、地面に映った影は瞬く間に黒い竜へと姿を変える。
それに気付いた少女は金縛りを受けた様にピクリとも動けない。
それは何故か?
少女はそれに気付く前に‥いや、それを認めない為に全力で吠えた。
『あぁぁぁぁぁぁ!!!』
吠えたまま駆け出す少女‥
彼女が吠えるのは威嚇の為か‥
それても纏わり付く恐怖を振り払う為か‥
もしくは‥逃れられない絶望を知ってしまったからか‥
そんな少女を見て、黒い竜は吠える。
自分が自分以外の全てとっての"死"であると誇示するように‥
吠えろ
『うあぁぁぁぁあ!!!!』
少女叫び、駆ける。頭に纏わりつく死の幻想を振り払う為に‥
高々と跳ねた反動で振り上げた黒い塊を力任せに振り下ろす。だが、その一撃は敵を捉える事なく地面を砕いた。
少女の正面では金色の瞳が此方を見ていた。
少女は焦る。
避けられたのか?
いや違う、外したのだ。
先ほどから黒い竜は一歩も動いていない。カノクは完璧に距離を見誤ったのだ。
それは本来有り得ないミス。全く見当違いの場所を攻撃すると言う事は、どうぞ攻撃してくださいと言っている様な物だ。
何故こんなミスを!?
少女がその訳を理解する前に視界の隅に黒が迫る。恐怖に侵された体が即座に盾を構える。
『あぁっ!?』
鞭の様に打ち込まれた黒い尾は、盾ごと少女を吹き飛ばす。少女は両手両足を使いどうにか踏み止まった。
喉の奥に鉄錆の様な味が広がる。口から零れた赤い雫が黒い棍棒にピチャリと落ちた。
少女はふとこの武器を受け取った時の事を思い出した。
彼女が持つ武器は黒い角竜から造られている。黒い角竜は禍々しい見た目以上にどす黒い感情で人を襲う。
それは恨みや憎しみであり、武器になった後もその感情は呪いの使用者を襲う。故にこの武器はその名に『呪』を持っている。
何故こんな物騒な武器を?
少女が上司である男に尋ねる。すると男はこう答えた。
この武器の放つ呪など些細な物だ。その程度の呪をねじ伏せられない様なら生きた竜など殺せやしない。
呪を、竜を、打ち砕く為にこの武器を君に渡そう。
そう全てを叩き潰す為に‥
少女はフッと顔を上げた。今まで自分は奴の放つ恐怖に飲まれていたのだ。
余計な事など考えるから恐怖なんぞに飲まれたのだ。もっとシンプルに考えろ…
『アァァァァァァァ!!!』
少女は吠える。恐怖を払う為ではない。全てを叩き潰す為に。
カッと開いた少女の瞳と竜の瞳がかち合う。少女は恐れる事無く言い放つ。
『優しく殺してやる。』
劣勢
潰せ潰せ潰せ潰せ!!
少女は心の中で叫びならがら黒い竜目掛け駆け出した。
その動きは先程は段違いに素早く、鋭い。そして渾身の一撃を放つ‥が、その一撃は虚しく空を切る。
黒い竜の動きは思いの外機敏で、少女の猛攻をスルリとかわす。
竜はガパリと口を開け、白い牙を剥き出し少女に襲い掛かる。竜の牙は後ろに跳ねた少女を寸での所で取り逃がす。
そして無防備に首を伸ばした竜を見て、少女が勝負を賭ける。
『うりゃぁぁあ!!』
力強い踏み込みと共に、黒い竜の顎を下からぶち抜く。竜の首は鈍い音を立てくの字に曲がる。
竜の口の端からは赤が漏れる。‥だが、それは血の赤では無かった。
何かが焦げる匂い、そして竜の口を中心に周りの温度が急激に上昇する。
少女が本能的に盾を構えた瞬間、彼女の視界が紅蓮に爆ぜた。完璧には防ぎ切れず激しく地を転げる少女。
火山と言う劣悪な環境での戦闘は華奢な少女容易く消耗させる。息は乱れ、夥しい汗が顔を伝う。
恐怖を拭っても、少女が不利なのは明らかだ。
そんな闘いを遠くから眺める双眼鏡が1つ。双眼鏡は焦る事無く黒い竜を観察する。
遠目から見る限り奴は火竜リオレウスに近い。だがその尾は異様に細長く、何より全身が異様に黒い。何度も何度も黒で塗り潰したかの様に‥
その姿は双眼鏡の主の能力に有るものを思い出させる。
(全身から放つ空気はアレに似たものがあるけど‥本物には遠く及ばないな。やっぱり此処にアレの本体があるせいであんな紛い物が生まれるのかな?)
双眼鏡の主は黒い竜を見ても恐れる事なく冷静に考察する。
レンズの向こうでは起き上がろとする少女に、ゆっくりと黒が迫って行く。
あのジャリン子は正直気に食わない。寧ろ自身より背が高い子供は大概野垂れ死ねばいいと思っている。
‥が、奴が女性である以上、男である自分には彼女を助ける義務がある。女を守るのが男の存在意義だからだ。
彼は使い終わった双眼鏡をポイッと投げ捨てると鞄の中を探る。
例えあの黒い竜が御伽噺の龍に近い何かであっても所詮は模造品であり本物ではない。
今の自分でもある程度は闘えるだろう。後は相方が来てから考えるとしよう。
よろめく少女に近付く黒色に向け、彼は高々と角笛を吹き鳴らした。
『さぁ、掛かって来いやぁぁぁあ!!』
雄叫びと共に、小さい影が狩場に現れた。
チビとジャリン子
角笛と雄叫びにより挑発で、竜の攻撃の矛先はカノクからビィズへと移った。
牙を剥き出し、地を揺るがし迫る黒い塊は双眼鏡で見た時とは段違いの威圧感を放っている。
だが、どんなに巨大であろうと所詮は知性の無い化け物だ。
『アホが見~る~。』
ビィズがニヤリと笑うと黒い竜の体が地面へズボリと沈み込んだ。
『豚のケツってなぁ!!』
ビィズの手前には落とし穴が仕掛けてあった。
不意の出来事に焦りもがく竜の頭部に黒い影が指し、怪鳥の髑髏が不気味に笑う。
『潰れろやぁぁぁあ!!!』
強烈な一撃が1つ2つと叩き込まれる旅に、黒い頭部がぐしゃりと歪む。
『だらぁっ!!』
地を這い、曇天の空目掛け3発目が振り抜かれ、血飛沫と共に竜の頭が跳ね上がる。金色の瞳はグリンと有らぬ方向を向く。
『気絶した‥か?』
そう思ったのも束の間、金色の瞳は先程よりずっとドス黒い何かを湛え此方を見据える。
『ヤバい?!』
刹那、黒い竜の獄炎が奴の体ごと地面を吹き飛ばした。ビィズも弾け飛ぶ瓦礫と共に吹き飛ばされた。
豪快に地面を転げたビィズの頭上にヒョコリと少女が顔を出す。
『何だ、助けに来たのか?チビのくせに。』
『自惚れんなジャリン子が。てめぇが女じゃ無かったら既に制裁済みじゃ!!』
『器も見た目も小さいなチビ!!』
言い争う2人の頭上を竜のホウコウが突き抜ける。
振り向けば黒い竜が口から火を洩らしながら怒りを露わにしていた。
『まぁ‥何だ。一時休戦にしないかな?』
『仕方ないなチビ。』
『‥てめぇには後で正しい女性の在り方って奴を叩き込んでやる。』
込み上げる怒りを年上のプライドでどうにか堪えるビィズ。
そんなブチ切れ寸前のビィズの隣で、回復薬とクーラードリンクを飲み闘う準備を整えるカノク。
飲み終えた薬瓶をほり投げ、グッと背伸びをし肩を回すカノク。
『おっし、行くぞチビ!』
『黙れジャリン子が!!』互いに悪態を吐くと2人は左右に駆け出した。
黒い紅蓮
『りゃぁぁぁあ!!』
雄叫びを上げつつ左から回り込んだカノクが一気に間合いを詰める。
怒れる黒い竜は跳び掛かるカノク目掛け力任せに靱尾を振るう。カノクはそれを読んでいたかの様に、ピョーンと後ろに跳ねた。
空を切る尻尾の勢いを押さえ切れず180°近く黒い体が回転する。その時眼前で骨だけの怪鳥が笑った。
『潰れとけ!!』
高笑いを響かせ怪鳥の頭蓋が頭上から迫る。刹那、金色の瞳がドロリと光った。
‥舐めるなよ人間が
竜はその黒い翼を広げ、ビィズの一撃を弾いた。黒く堅い翼はハンマーの一撃を受けて尚無傷。そして体制を崩したビィズにはドス黒い死が迫る。
僅かに開けた口から零れる赤黒い炎を覗かせながら、黒い竜が飛翔する。
崩れた体制が、羽ばたきによる烈風が、ビィズの体を縛り死から逃れる術を奪う。
視界一杯に放たれた紅蓮の死の群がビィズに押し寄せる。紅蓮がビィズの体を焼き尽くす寸前に、脇腹に鈍い痛みが走った。
ふと視線を落とすと脇腹には二本の足が刺さっており、見慣れた細目がニヤツいていた。
『だりゃっ!!』
『ダバラッ!!!?』
少女のドロップキックをモロに喰らい炎からは逃れたが‥激しく吹っ飛ぶビィズ。そんなビィズを余所に少女は綺麗な着地を決めた。
『貸し一つだな!』
少女が自慢気に言い放つが、思いの外強烈だったらしく咳き込むビィズ。肋が折れたか?
『ゲホッ‥まだ火を喰らった方がま‥』
其処まで言ってビィズは固まった。先程まで自分が居た場所が黒く抉られていた。喰らっていたら跡形も残らなかっただろう。
『洒落にならねぇな‥化け物が‥』
ビィズは脇腹を抑えながら上空から此方を見下す黒を睨んだ。奴の口からは今なお赤黒い炎が漏れ続ける。
『さっさと来いやマミー。』
未だ活路が見いだせない中、彼はまだ来ない相棒の名を呟いた。
無論、空を舞う竜が敵が揃うのを待つ訳が無く、その攻撃は激しさを増していく。
出番
遠方の空が不気味に光る。赤とも黒とも解らない球体が落下し、直後に閃光となり爆ぜる。
あれは何だ?流れ星か?
‥いや、アレが何かは既に解っている。
影が地面から抜け出したような黒い竜が空を舞っている。それが答えだ。
奴を見てからマミーは嫌な汗が止まらない。正直、あれに近付きたくもない。だが、奴の眼下には間違い無く自分の知る誰かが居るのだ。
今の彼に逃げると言う選択肢など存在しない。
さぁ腹を括れ
敵は目の前だ
背中の刀は飾りか?
記憶がぶっ飛んでいても何が大切か位は解るだろう?
さぁ出番だ!!
気合いを入れ奴が居るエリアに踏み込んだ。が‥其処はマミーが想像したよりずっと酷い有り様だった。
そこら中に黒い穴が開き、その穴に溶岩が流れ込み赤い水溜まりを作り上げている。
其処は到底生きた人間が足を踏み入れる事は出来ない場所となっていた。‥こんな場所に居るのは死人か化け物だけだろう。
そして死人ではない方が空からマミーを見下ろす。ギラついた金色にはただ憎しみが湛えられていた。
それを見ただけで彼の足は勝手に後ろへとさがる。先程入れたばかりの気合いが、瞬く間に消え失せていく。
『おせぇぞマミー!!』
逃げ出そうとする彼の足をその一言が引き止める。
ハンマーを構えた小さな人影が、マミーを見てニヤリと笑う。その隣には見覚えの有る少女の姿もあった。
2人は空から降り注ぐ炎弾と赤い水溜まりをかわし此方へと駆けて来た。
『何処で道草食ってた?』
「あんた達が速いんだよ。」
ギロリと睨んでくるビィズを刺激しない様にマミーが返す。
『でもヘボは役に立つのか?』
遅れてやって来たマミーを見てカノクがサラッと毒吐く。
『コイツは何だかんだで役に立つ。』
『本当なのか?』
火の雨が降る中、平気で話をする2人にマミーはダメもとである事を聞いてみる。
「因みに逃げたりとかは‥」
『有り得ない。』
不適に笑い即答する2人の顔は酷くソックリだった。
『さぁ‥いい加減反撃と行くか?』
ビィズは未だに空から火を降らす竜を見てそう言った。その右手は鞄の中に突っ込まれていた。
『オッシャァ行くぞ!!』
ビィズの雄叫びに押されるようにマミーは駆け出した。
‥さぁ出番だ
砕け
マミーが駆け出した瞬間、後方に居たビィズが何かを投げた。
放物線を描く小さな玉は地面に落ちる前に小さく弾けた。瞬間、全ての景色が灼き付く様な白に変わった。
閃光で視力を奪われた竜は、悲鳴を上げ赤い地面へと墜ちていく。竜の体が地面に辿り着く前に、ビィズが一気に間合いを詰める。
落下する黒い頭を怪鳥の髑髏が追い掛ける。
『砕けとけぇぇえ!!』
怪鳥の強撃が赤い飛沫を上げ炸裂した。
一瞬動きが止まったかに見えた竜だが、激しく尾を振りビィズを弾き飛ばした。
小さなカノクは鞭の様にしなる尾をすり抜け、まだ視力が回復していない奴の顎下に潜り込んだ。
そして黒い棍棒が振り子の様な軌跡を描く。
『うりゃぁぁぁぁあ!!』
雄叫びを上げる少女の一撃が黒い顎をぶち抜いた。黒く長い首が醜い音と共に海老反りになる。
そして海老反りになった奴の首は必然的に首の下側、比較的弱い部分であろう白い腹をさらけ出す。
刹那、黒い刃が鈍く煌めく。
「ぜらぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!!」
喉元を切り裂いた黒刃は赤い筋を残し次々と斬撃を繰り出す。
もっと早く
もっと鋭く
刀は振る度に威力を増していく。そして奴の脳天目掛け刀を振り下ろした瞬間、金色の瞳がギロリと此方を睨んだ。
ギィンッ
低く鋭い音が響いた瞬間、マミーの持つ黒刃はピクリとも動かなくなった。
「‥化け物が!!」
マミーの刀は奴の牙に防がれていた。
それでもマミーは力付くで刃を押し込む。が、黒い竜は口から夥しい血を流しながらも決して牙を緩めない。それどころか刀の方が嫌な音を立て始めた。
このままでは刀がへし折られる。
そう思った瞬間、少女がマミーの視界に割り込んだ。
「ちょっとま『りゃぁっ!!!』
短い雄叫びはマミーの言葉を遮り、棍棒での一撃を繰り出す。次の瞬間、
バキャ
切ない音を立て黒刃は真っ二つに砕けた。
黒い竜は一撃を受けつつも噛み砕いた刃を吐き捨て、その代わりに口一杯に紅蓮を溜める。
マミーとカノクが炎の射程圏外に逃れるより早く、黒い竜は景色を紅蓮に染め上げる。
その時、誰かが2人の前に割り込んだ。
赤マント
現れた人影が誰かを確認する前に、人影は左手に掴んだマントを2人の目の前で翻した。
紅蓮の炎を薄っぺらい赤が遮る。が、瞬く間に赤いマントは黒く焼け焦げ小さくなっていく。
それどころか紅蓮の炎は人影の左手にまで燃え移る。それでも人影は顔色1つ変えず、燃え盛る左手とマントを竜に向け突き出した。
そして、今までダランとしていた右腕が背中の刀を掴んでいた。
『チェラァァ!!』
短い発声と共に炎を吐き続ける竜の頭目掛け、蒼い刃を突き立てた。
紅蓮の代わりに竜の頭部から赤い飛沫が飛び散った。
『無茶しますねまったく。大丈夫ですか?』
左手が燃えたままキャンプで別れた男が話し掛けて来る。
「いや大丈夫だが…燃えてるぞ?」
マミーが真っ赤に燃える左手と巻き付いたマントの切れ端を指差す。
『一張羅のマントが!!?ってうぉっぁち??!』
男は燃える左手を肩口から引き抜くと力任せにブン投げた。
「うぇ!?右手が義手なんじゃ?!」
『いえいえ、左手が義手で右手が本物です。』
男は残った右手をブンブン振ってみせるが、どう考えても動きが尋常でない。寧ろ此方も義手なんじゃ無いだろうか?
『さて、とりあえず仕事をしましょう、グァッ?!』『御主人様~!!』
戦闘体制に入る男をカノクの抱擁(と言うよりタックル)で吹き飛ばした。
カノクのタックルで溶岩の川付近まで吹っ飛んだが、どうにか溶岩に落ちる寸前で踏みとどまる男。その首には周りなどお構い無しのカノクがぶら下がっていた。
『御主人様ぁ~』
『いやカノク、御主人様は止めなさいと何時も言って‥と言うか今こんな事をしてる場合じゃな‥』
男がその台詞を言い切る前に黒い竜がその翼を広げた。そして、爆炎と共に烈風を巻き起こす。
それをモロに受けたマミーは後方へと吹き飛ばされた。
しかし、首からカノクをブラ下げた男は何事も無かったかの様にその足を竜へと進める。
『さぁ、さっさと眠ってください。』
片手で構えた刀の切っ先を黒い竜に向け、男は言い放った。
そして男は跳ねる様に駆け出した。
浅い一撃
首にカノクをブラ下げたまま竜へと迫る男。
『アレはバカップルか何かかな?』
マミーの後ろから先程弾き飛ばされたビィズが話し掛ける。その顔は酷く顰めっ面だった。
正直マミーもビィズ同様男が行動が理解出来ずに居た。首に子供1人ぶら下げたまま、片腕で竜に挑むなんて正気とは思えない。
だが、そんな彼等の考えはあっさりと裏切られる。
正面から突っ込んでくる男を見て、黒い竜も突進を仕掛けて来た。
『カノク、離れちゃ駄目ですよ?』
『は~い。』
男はカノクとそんなやり取りをすると一気に大勢を低くする。
そして竜と激突する寸前に微かに横に跳ね、しゃがみ込みながら体を回転させる。
『チェストォォ!!』
竜の翼下で一回転した男は何時の間にか刀を振り抜いており、その刃は紅く染まっていた。
次の瞬間、竜は脚から赤い飛沫を散らしながら地面へと滑り込んだ。
『やはり片手だと浅いですか‥』
男は言いながら倒れた竜に追撃を入れるべく駆け出した。
起き上がろうとする竜の尾を、翼を、脚を、胴を片っ端に斬り付ける。だが、片手のせいかやはり一撃一撃が浅い。
そうこうしてる内に竜は立ち上がり、赤い口を大きく開いた。
『これならどうですか?』
男は竜に喰らい付かれる前に、その口へと刃を突き立てる。が、先程のマミー同様竜は牙で刃を掴む。それを見た男は愉しげにニヘラと笑った。
『おやすみなさい、災厄の紛い物。』
男がそう言った瞬間、先程まで彼の首にぶら下がっていた筈のカノクが竜の後頭部に現れた。
『うりゃぁぁぁあ!!!』
少女の怒号と共に放たれた一撃は、蒼刃に易々と竜の肉を貫かせた。
蒼刃に頭を貫かれた竜は、呻きながら頭の前後から噴水の様に血を噴き出し、地面へと崩れ落ちた。
男は突き刺し赤く染まった刃をズッと抜き取ると、染み付いた血を振り払った後刀を鞘に収めた。
『ご苦労様ですカノク。』
『~』
男はカノクに着いた返り血を拭き取ると、少女の頭を優しく撫でた。撫でられる少女は男を見上げながら嬉しそうに笑う。
‥だが、端から見ていると飼い犬と飼い主の様に見える。
『さて‥』
一頻り少女の頭を撫でた男はマミーとビィズの方を向き、返り血が着いたままの顔でニヘラと笑った。
マミーの背中に悪寒の様なものが走った。
取り分
全身に血糊を着けたままマミー達の方へ歩み寄って来る男。男の顔は笑っては居るが其処から何かしらの感情を感じる事は出来ない。
マミーはそんな男を見て、後退ろうとするが、その前に肩を掴まれた。そして男の顔がグッと近付く。
『いやぁお疲れ様ですお二人さん。怪我は無いですか?』
予想外の一言に拍子抜けするマミー。そんな彼を見てビビり過ぎだとビィズが笑う。
『しかし強いんだね、ギルド員さん?』
ビィズがクスクス笑いながら言う。
『そんな事はないですよ。武器が反則級の業物ですからね。まぁ相手が人間ならもっと楽に片付くんですがね。』
男がヘラヘラ笑いながら物騒な事を言うが、マミーは聞こえなかった事にした。
『しかし貴方方、あんな凶暴な竜相手によく無事でしたね?』
「凶暴?」
男の問いにマミーが首を傾げる。確かにあの竜は強力であったが、凶暴さは普通の竜と変わらなかった様に思える。
『だって此処に来るまでに大量の惨殺された死骸が有りましたから‥』
‥それをやったのは恐らくカノクとビィズな訳だが、それは黙っておく。
ザッザクッ
ふと後ろから肉を切り取る音が響く、振り返るとカノクが竜の死骸を捌いていた。
あの竜は間違い無くバグな訳で、可能ならば素材を採取したいのだが、ギルド員が隣に居るので今回は諦めるしかない。
とマミーが考えていると、カノクが此方へ駆け寄って来た。
『お前等の取り分だ。』
少女が言いながら黒い素材を差し出す。マミーが困惑した表情を浮かべていると、
『貴方方の取り分ですよ。でも、ギルドが研究資料にしますんでそれだけで我慢してください。』
と男が申し訳なさげに言う。どうやら別に持って帰っても良いと言う事らしい。マミーとビィズは言われるままに素材を鞄にしまった。
マミーは何となく竜の死骸を振り返った。黒い竜は死して尚、全身から嫌な何かを放ち続ける。
「結局奴は何だったんだ?」
マミーがポツリと呟く。
『あれは災厄の紛い物ですよ。』
何時の間にか背後に忍び寄った男がそう答える。
「まっ?!‥紛い物?」
マミーはビクッと跳ね退きながらにも聞き返す。
『まぁ誰かに明日のお祭りの由来でも聞いてみると良いですよ。』
男はそう言うとサッサッと帰り支度を始めた。
何時もとは何か違うバグ、明日のお祭りの由来‥この火山には何があるのだろうか?
マミーはそんな疑問を抱えたまま帰路に就いた。
祭当日
工房に戻って今回の報告をした後、何時もの如く茶を啜るマミー。
因みに素材を受け取った爺さんは地下の工房へ、ランダは村の子供達に連れられ間も無く祭りが始まる村へと出掛けて行った。
なので現在工房の居間にはマミー、ビィズ、キンコ、ギンコの四名が居る。
「あ~‥暇だな。」
狩りに行く度に死ぬ思いをしているのに不意にそんな言葉が漏れる。まぁ実際に暇なので仕方無いのだが。
『じゃあ祭に行こうか。』
「ん~‥」
ビィズの提案をマミーが渋る。なぜ渋るかと言うと今マミーにはカノクとあの男が居るのだ(何でも祭の間は村に滞在するらしい)。
正直マミーはあの男が苦手だった。動きとか気配とか色々‥
『あぁ、赤い人が嫌なんだね。』
ビィズがサラリと言う。因みに、男の名前を聞きそびれたので2人は彼を赤い人と呼んでいる。
マミーは暫し悩んだ後立ち上がった。やはり背に腹は代えられない。
「行きますか。」
『そうこないとね。』
マミーがそう言うとビィズも続けて立ち上がった。そして2人はキンコとギンコに留守番を任せ工房を後にした。
少し遠くに見えるヴォルボーンの村は何時もの僻地の村としての面影は一切無く、華やかな飾りと出店が立ち並び沈む夕日に負けない程に煌めいて見えた。
村まであと少しと言う所でマミーが有る事に気が付く。
「そう言えば俺達お金持ってたっけ?」
『あっ‥』
マミーに言われてビィズも気付いたらしい。2人は各々にポケットやらポーチやらを漁ってみる。そして数秒後‥
『2人合わせて‥』
「約1000z‥」
2人は子供の小遣いに毛が生えた程度の金を見たまま暫し立ち尽くした。
村の祭り
飴屋さん
結局マミーが金を持って先に祭りへ、ビィズは工房へ金を取りに戻る事になった。
ビィズ曰わく、記憶が崩落している分マミーの方が祭りを楽しめるだろう、と言う事で彼が取りに帰るらしい。
と言う訳で1人お祭り真っ最中の村へとやって来たマミー。村は何時もとは見違える程の活気と人で溢れていた。
‥しかし、何処からこんな大量に人がやって来たのか?
とりあえず一番手近な出店へと行ってみると、看板には飴細工と書いてあった。
大量の子供達が店主と話している。
『お姉ちゃん、僕イャンクック!』
『私はモスが良い~!』
『はいはい、ちょっと待ってくださいね~。』
どうやら店主は女性らしい。‥しかし何処か聞き覚えのあるような…
マミーは小さい子供達の頭上から、ヒョイと店を覗くと見知った顔がせっせと飴細工を作っていた。
「あ、ニーさん。」
『誰が兄さんですか?』
マミーがポロッとそう言うと店主であるニーが、前髪から覗く片目でギョロリと此方を睨んだ。
その余りの形相に子供達が半ベソになる。
『あ、マミーさんですか。何しに来たんです?』
禁句を言ったせいか不機嫌そうにニーが言う。
「何って、祭りを見に来たんだけど‥」
マミーがビビりながら言う間にも、ニーは半ベソな子供達に次々と飴を造り、渡していく。
「‥器用なんだな?」
『そりゃ何時もの商品も殆ど私の手製ですからね~、手先は器用なんですよ♪』
マミーがそう言うとニーは上機嫌にそう答えた。そしてチョイと大きめなリオレウスの飴をふっとマミーに差し出した。
「‥コレは?」
『サービスです♪』
彼女はさっきの一言が余程嬉しかったのニコニコしながらそう言った。
マミーは貰った"リオレウス"をマジマジと見つめる。‥その出来はサイズと色以外は本物と見紛う程だった。
「人は見かけによらないんだな、ニーさん。」
マミー的には褒めたつもりだったのだが、ニーの顔は物凄く不機嫌になっていた。
『やっぱり500zです。』
彼女がそう言い放つと周りの子供達は一斉に泣き出していた。
彼女の睨みに負けて結局500z(定価の5倍)を支払うマミー。
こうして彼は祭りに来て10分も立たない内に所持金の半分を失う事になった。
店仕舞い
その後、暫し説得をしてどうにか機嫌は治してもらったものの、結局お金は返して貰えなかった。
早くも半分になった小遣いを切なげに見つめるマミーの横で、ニーがパタパタと店を仕舞い始めた。
「本当に御免なさい。機嫌を治してください。」
ニーが怒って店仕舞いをしているのだと思ったマミーは、祭りのド真ん中で平謝りをする。それを見たニーが焦ってマミーを止める。
『ちょっ、何してるんですか!?』
「え?‥機嫌を損ねたから店を畳んでるだろ?」
『違いますよ!!』
祭りの真ん中で余程恥ずかしいのか、ニーが真っ赤になって叫ぶ。
「じゃあ何で店仕舞い?」
『このあと違う仕事があるんです。だから飴屋さんはもうお終いなんです。』
「違う仕事?」
マミーがそう言うとニーは不敵にニヤリと笑った。
『東方の商人から素敵な物を仕入れたんですよ。でも何かは秘密です♪』
ニーは愉しげにそう言うとちゃっちゃと飴屋を畳み、大きなリュックを背負った。
『では私はコレで。あ、祭りが終盤になったら見晴らしが良い場所に居てくださいね。』
彼女は最後にそう言うと祭りの雑踏の中へと足を進めていき、馬鹿でかいリュックもあっと言う間に見えなくなってしまった。
そして1人になったマミーも祭りの雑踏へと足を進める。残った僅かな金はよく考えて使わなくては‥。そう考えながら彼は村の中心へと歩いていった。
そして数分後
マミーの手には500zの代わりに、大量のお菓子や玩具が握られていた。
僻地な村な分、どの出店も値段が非常に安くなっていた。それ故に買いすぎ、気付けば残金は50z‥そして最後の50zも今正に風車へと変わる所だった。
そんな時、村中心の広場から澄んだ旋律が響いて来た。
演劇
祭りの空気にあった軽やかな旋律が広場に響く。音が聞こえた方を見ると円形に人集りが出来ていて、その真ん中で何かをやっている様だった。
旋律に誘われる様にマミーもその人集りに加わる。人集りの中心には、旋律を奏でる仮面の道化師と小さな舞台の様な物があった。‥どうやら演劇か何からしい。
道化師はある程度人が集まったのを確認すると、先程とは違う曲を奏でだした。それを合図に小さな舞台の幕が上がる。
現れたのは見た事も無い様な黒い龍‥まぁ無論造り物な訳だが‥
しかし、その姿は造り物の筈なのに、何処か火山に現れた黒い竜を連想させる。
演劇の序盤は黒い龍がその黒い翼を広げ、舞台を所狭しと暴れ回る。
観客の子供がそれを見てキャァっと声を上げる。
そして劇の中盤、1人の狩人が黒い龍の前に立ちはだかった。龍と狩人は激しい闘いを繰り広げ、その末に龍が曇天の空へと逃げ出した。
そして物語の終盤、舞台は紅蓮の口を開けた火口へと移り変わる。狩人は龍を追い詰めたものの既に満身創痍、龍の体に剣を突き立てた瞬間狩人も事切れ火口へと堕ちていった。
其処で舞台の幕が下がる。終始口を開く者は誰も居らず、旋律が終わりを告げると共に人集りも徐々にバラけて行った。
マミーは何となく閉じられた幕を見ていた。
祭りでやるには少し救いが無い物語‥そして話の内容と旋律が微妙に合っていない気がした。
そして何より、この話自体に何か違和感の様な物を感じた。
何処かで聞いた様な‥全く違う様な‥
しかし幾ら今の記憶を漁ってみても、その違和感が何なのかは解らなかった。
そんな事を考えている内にあれ程居た人集りもマミーだけに成っていた。
そろそろビィズを探そうと思い、マミーが踵を返した瞬間、誰かが彼の肩を掴む。
誰かと思って振り返ると、先程舞台の傍で演奏をしていた仮面の道化師がマミーの肩を掴んでいた。
暇な道化師と
道化師に肩を掴まれたマミーだったが、イマイチその顔・・もとい仮面に見覚えが無かった。
『何時もと違う仮面だから解らなかったかな~?』
そんな首を傾げるマミーを見て道化師が思い出した様に仮面に手を掛けた。
『久しぶり~♪』
道化師が言いながら仮面を外すと、中からは青い髪と青い瞳が出てきた。
「あ、イチさんか。」
それを見てマミーも漸く道化師がイチだと気が付いた。とりあえず2人して適当な場所に腰掛ける。
「道化師なのに演奏なんかもしてるんだな?」
『一応旅芸人だからね。他にも色々な特技があるわよ?』
マミーの質問にイチが楽しげに答える。
『何よりこういうお祭りは稼ぎ時なのよ♪』
イチと言いニーと言い・・やはり姉妹だから考える事が似通うんだとな、とマミーは思った。
小遣いを使い果たしたマミーは既にこの祭で出来ることは特に無い訳だが、隣に座るイチも一向に立ち上がる気配が無い。恐らく暇なのだろう。
なのでマミーは先程の演劇に付いて聞いてみる事にした。
「イチさん。」
『ん、何?』
「さっきの演劇って創り話だよな?」
『そうよ~。』
ある程度は予想していたが、返って来た答えにマミーは少々がっかりした。
『表向きはね♪』
イチが付け加えた一言にマミーが反応するのを見て、彼女はニヤッと笑う。
『本職の関係上色々な噂話を聞くのよ。で、あの演劇に似た噂もあるんだけど・・聞ききい?』
イチが悪戯っぽい笑みでそう言うと、マミーは即座に首を縦に振った。
『本来は有料だけど・・今日は気分が良いからタダで話してあげる♪』
そういう彼女の顔は酷く御機嫌に見えた。恐らく今日の仕事が終わり、今から暇だったのだろう。
イチは先程外した仮面を付け直すと、大きな弦楽器に手を伸ばした。
そしてさっきの演劇とは全く違う暗く重い旋律を奏でだした。
『今から教える御話は10年くらい前にこの村で未然に処理された災いの話。名も無い小さな村に名前を付け、その日が祭になるほどの大事件だったにも関らず殆どの人が知らないお話・・』
何時もからは想像出来ないようなトーンの声で彼女は語りだす。少し昔のお話を・・・・
何の祭?
この話は約10年前にとある村であったとされる話。
当時、各地ではちょっとした異変が起きていた。
頻発する古龍の襲撃、そして何かから逃げる様に群れを成し移動をする竜達。
それらの異変を探るギルドはある村に辿り着いた。火山の麓にある名も無い小さな村。
その村では子供達の間である童歌が流行っていた。災厄の降臨を告げる童歌。
彼の者名はミラボレアス。古い既に御伽噺と化した文献に僅かに描かれる絶望の化身。それは本当に存在したかも怪しい空想の龍‥
だが、その時ミラボレアスはその村のすぐ近くに現れていた。
しかし、ミラボレアスはその存在が世界に知れる事は無かった。
餓鬼と言われるハンターがその身を犠牲に災厄を滅ぼしたのだ。
その日から名も無き村はとある名で呼ばれる様になる。絶望が生まれた地‥と。
『で、その村がここヴォルボーンって言われてる訳。因みに今日の祭も災厄の死を祝う祭なんだとか。』
イチは話が終わると演奏を止め仮面を外した。
話を聞いたマミーの頭の中では、先程感じた不鮮明な違和感が徐々に形を表して来ていた。
『でもこの話には違う噂が有るの♪』
イチは心底愉しげに言う。そしてその続きを彼女が言う前にマミーが口を開く。
『なんとそのハンターは「そのハンターは死んで無いよな?」死んでいない‥ってえぇ!?』
自分の台詞を先に言われたイチは驚きの声をあげる。
『え?何で知ってるの??』
「いや‥何となく‥」
マミー自身も自分が何故そう言ったのか解らなかった。ただそのハンターが生きていると言う事は紛れも無い事実だと確信していた。
一人納得するマミーとそれを見て困惑するイチ。
『あぁ-当たらないっ!!』
そんな時、2人の後方から少女の叫ぶ声が聞こえた。
ふと振り返ると屋台に群がり人混みの中に見覚えのある金髪が見えた。
会いたくない
人混みが出来ている屋台は大きな射的屋。どうやらある客が1つも景品が穫れずに騒いでいるらしい。
そしてその人混みの真ん中に見覚えのある金髪がチラチラと見える。マミーの体はそれが何かを判別する前に逃げる準備を整える。
そして彼が駆け出そうとした瞬間、金髪が此方に振り向いた。
『お~いヘボ!!何してるんだ?』
マミーの思考が刹那の内にフル回転する。
(あの声とあの頭‥間違い無くアレは怪力少女だ。アレと関わるとロクな事に成らない‥と言うか赤い人に会うのが嫌だ!!可能なら出会いたくなかったが、バレてしまったか?‥いや、今ダッシュで逃げれば振り切れる。走れ!!走るんだ俺!!)
マミーがそう決心して駆け出そうとする。が‥
『呼ばれてるわよ?』
イチがガシッとマミーの肩を掴む。‥なんであの呼び名で俺だと解る?
マミーは抵抗虚しく金髪少女、もといカノクの前に連行される。
『ようヘボ。‥なんで死んだ魚みたいな目をしてるんだ?』
少女の言葉にマミーは内心で、お前に会ったからだよと返す。
マミーはとりあえずカノクを視認する。
何時もの鎧とは違い嫌に薄着‥浴衣と言う奴だろうか?その隙間からは細く白い四肢が覗く‥こんな華奢な体のどこからあんな怪力が生まれるんだろうか?
少女を観察するマミーを見てカノクがニヤニヤし出す。
『あら~私に靡かないと思ったら‥ロリコンだったんだ~?』
「誰がこんなガキに‥?」
マミーが否定の言葉を述べる前にヒンヤリとした物が首筋に当てられる。
『ロリコンは犯罪ですよ?マミーさん。』
背後にナイフを構えた赤い人が現れる。
「誰がロリコンか!!だいいち貴方の方が怪し‥」
『刑・執行!!』
「ザバラァッ!!?」
マミーはサックリと肩を切られ地面へ崩れ落ちた。
『え‥殺し?』
『いえいえ、人用の麻痺ナイフです。』
イチの問に赤い人が笑いながら答える。マミーはそんな2人の足元でピクピクと動いていた。
的屋の前にて
マミーが必死に体の痺れを振り払っている間にもカノクが射的をする音が響く。
ダン
ダン
ダン
弾の撃つ音は聞こえるが、一向に的に当たっている気配が無い。何発か撃つ度にカノクが文句を垂れている。‥しかし何を狙っているのか?
「ん‥ぬがぁ‥ぁあ!!」
そんな中、マミーが近くの杭を使いどうにか立ち上がる。
『お、回復が早いですね?明日まで立てないかと思ったんですが‥』
ニヤニヤしながら赤い人が言う。てかどんだけ強力な毒を使ってるんだ?
だがマミーはそんな文句を飲み下し、ギルド員である彼にある質問をした。
「さっき‥イチから聞いた…んだが、餓鬼って呼…ばれたハンターは生きてるのか?」
マミーの質問を聞いた男は少しイチを見た後、マミーに視線を戻した。
『…何故そんな事を?』
「何でも…だ。兎に角俺にとっちゃ肝心な事なんだ。」
餓鬼の生存はマミーが唯一思い出した事、もしそのハンターに会えれば記憶が戻るかも知れない。
マミーの真剣な目を見て、男は小さく溜め息をついた。
『生きてますよ。今も密林の何処かに居ますし。』
「何処に‥居るんだ?」
『それは極秘事項なんで‥まぁド田舎の密林とだけ言っておきます。あと会いに行く際は彼の奥さんに注意してください。』
男はサラリと言うと、未だに射的屋にかじり付いているカノクの方を向いた。
『カノク、もう宿に戻りますよ?』
『え‥でも…人形が…』
カノクが良いながら景品の人形を見る。…予想外に可愛い人形。
人形を取りそびれたカノクは半ベソで屋台の前に座り込む。男がそれをどうにか引っ張って行こうとするが、圧倒的な力差があるため少女はピクリとも動かない。
『うぅ~』
『困りましたね…?』
そんな時人混みの中から見覚えのあるシルエットが現れた。そしてそのまま屋台まで行くと、一回分の代金を店主に渡した。
的屋にて
男は店主から射的の銃を渡されると、銃口に手早くコルクを詰めると可愛い人形に狙いを定める。
ターン
安っぽい発砲音が響き、コルクの弾丸が人形の眉間を直撃する。そのまま頭部を撃ち抜かれた人間の様に台から落下する人形。
あまりに冷酷な射撃っぷりに一瞬硬直していた店主だったが、手早く落ちた人形を男に手渡した。
『…はい。』
男は貰った人形をそのままカノクに手渡す。
『良いのか?』
『いい。』
カノクは人形と男の顔を交互に見比べると、喜んで人形を手に取った。
『ありがとう蟹!!』
そう言い残しカノクは赤い人と一緒に人混みへと消えて行った。
蟹と言われた男、もといランダはややショックを受けた様だ。その後、憂さを晴らす様に残りのコルクで景品を落とし続けた。
…しかし可愛い人形ばかりを落としている。そういう趣味なんだろうか?
とりあえずマミーはランダのある所に突っ込む事にした。
「ランダ、1つ聞いて良いか?」
『…何?』
マミーが話す最中にもランダは4つ目の人形を落とした。
「祭りの時くらい鎧を脱いだら良いんじゃないか?」
マミーの一言にランダがピクリと動き、最後のコルク弾は誤って店主の額を直撃した。
『‥それは無理。私はもう少しブラブラしてくる。』
ランダはそう言うと景品の人形を手に、人混みへと消えて行った。しかし人形を抱えた蟹男‥酷くシュールな光景だな。
マミーは去り行くランダを見ながら考えていた。だが、幾ら考えても分からないので隣にいたイチに聞いてみる。
「俺何かマズい事言った?」
『‥さぁ?』
一部始終を見ていたイチ何故だかクスクスと笑っていた。無意味に笑うイチからやや距離をとるマミー。
『ちょっと、引かないでよ?‥クスクス』
「じゃあ何で笑ってらっしゃるんで?」
『だって‥クク…可笑しいじゃない。』
ひたすら笑いを堪えるイチだが、マミーには何が可笑しいのかサッパリ解らなかった?
『マミーは彼の顔見た事無いの?』
イチの問にマミーが首を振る。マミーは今まで一度もランダの素顔‥それどころか鎧を外した姿すら見た事がない。
イチは深呼吸をして呼吸を整えてから口を開いた。
『だって彼、お爺さんよ?』
クスクスを抑えながらイチはそう言った。
ランダについて
お爺さん?
マミーはその言葉を即座に受け入れる事は出来なかった。
確かにランダの素顔を見た事は無いが、口調や身のこなしからはとても年寄りとは思えない。
「‥本当に爺さんなのか?」
『あの人結構有名なのよ?顔面に縫い傷があって‥高齢ながらもボウガン片手に竜と自分自身を朱に染める孤高のハンター‥そんな見た目から付いた名前が朱蟹。』
其処まで真面目に話していたイチが急に顔を歪める。
『そんな‥お爺さんが…人形抱えてるなんて…可笑しいじゃ…な、アハハハハハハハ!!!』
其処まで言ってイチは我慢仕切れずにケタケタと笑い出した。何故笑っているかは理解出来たが‥とりあえずイチから距離を取るマミー。
『ちょっと‥クフ…離れないでよ‥クク』
「笑いが収まったらな。」
笑いを堪えるイチにシレッと言うマミー。とりあえず屋台でラムネを購入し一息吐く2人(因みに料金はイチが払った)。
そんなこんなで、アレだけ沢山居た人々も徐々に数が減ってきていた。祭りの終わりも近いのだろう…
『じゃあ私はそろそろ行くね♪』
「じゃあな。」
『またいいネタが入ったらくるわね…あと兄さんによろしく♪』
そういうと彼女は荷物を纏め仮面を填めると、手を振りながら足早に去って行った。
「さぁ‥て。」
マミーはゆっくりと腰を上げた。祭りは間も無く終わる訳だが、未だにビィズと合流出来ていない。正直先に帰ってしまいたい訳だが、そんな事をすると後が怖い‥
「どうしますか‥」
そんなマミーの視界には木々の隙間から満点の星空が見えた。
「もう少し見晴らしのいい場所で見たいな…あ。」
その時マミーは、まだ一つ約束が残っている事を思い出した。
「…移動するか。」
マミーは1人そう呟くと、スッと森の中へ入って行った。
見晴らしの良い崖
村の周りにひっそりと茂る木々の隙間を抜けマミーはぐんぐん歩を進めて行く。
そして突如視界が開け、それと同時に足場がキレイさっぱり無くなった。
「あっぶねぇ‥」
マミーは後一歩踏み出して入れば暗い森に真っ逆さま…という所で、ギリギリ足を止めた。
この村は僻地に有るため、道の整備もイマイチされていない。なのでちょくちょく断層じみた崖があるのだ。そしてそんな崖は危ない代わりに非常に見晴らしが良い。
「こんな所で良いか‥」
マミーは崖の縁によっと腰を下ろす。彼は祭の始めにニーに言われた事を思い出し、見晴らしの良い崖まで来たのだ。
そんなマミーと同様な話を聞いたのか、崖の淵には幾つかの人影が見える。
コレから何が起きるのかは聞いていないが、星でも眺めながら待つとしよ…
ガサッ
そんな時近くの茂みが微かに蠢き、独りの人影が出て来た。長身だがシルエットから見て女性か‥
仄明るい星の光が彼女をぼんやりと照らす。頭頂部で結われた黒い長髪は、一部だけ色素が抜け落ちた様に真っ白‥
雲に隠れていた月がその顔を覗かせ、より明るく彼女を照らした瞬間、マミーはギョッとした。
長い前髪から微かに見える顔の半分程度に酷い火傷の様な跡があった。その上、片目が真っ白に変色している‥恐らく失明しているのだろう。
マミーは暫しその女性を眺めていた。好奇心や憐れみからでは無く‥何故か彼女から目が離せない‥いや、離してはイケない気がした。
マミーはただ女性を見つめた‥1分かはたまた10分か。すると不意に彼女の白い瞳が此方を向いた。
光を捉える事など出来ない筈の白い眼球は何かを探す様に小刻みに揺れる。そして徐々に彼女の顔が此方を向く。
そんな中、何故かマミーの瞳の奥にチラチラ何かが走る。‥彼女は一体誰だ?
刹那、星の隙間を人魂の様な光りが駆け上り、赤い閃光が夜空に爆ぜた。その光が何かを確認する前に、鼓膜を突き破る様な爆発音が轟く。
「どぉあっ!!?」
余りの轟音に仰向けにすっ転ぶマミー。そんな彼の目には、星空に咲いた火の花が映った。
一瞬だけ夜空を制した火の花はあっと言う間に散っていく。その度に新しい花が夜空に打ち上げられる。
それが何なのかは分からなかったが、その花が美しいと言う事だけは分かった。
暫し花の咲散りに惚けるマミー‥そんな彼の背後に誰かが忍び寄る。
忍び寄る酔っ払い
『マッミー♪』
上機嫌な声と共に無防備なマミーの脇腹に蹴りが繰り出される。
「どぼぁぁあ!!!?」
醜い悲鳴を上げ転げるマミーを見て、二人分の笑いが響く。
『こんら所でらにしてんらこんヤロー!!』
小さな方が言いながらまた笑う。無論彼はビィズな訳だが、どうも酒が入っているらしい。
『私の持ってきた花火はキレイれすか!?てか私はキレイでしょうか??』
もう一人はニー、此方も酷く酔っている様だ。
そんな2人を見てマミーは思った。めんどくさい、と。
ガササッ
やや遠くの茂みが揺れる。マミーが気付いて振り返った時には既に遅かった。先程まで居た女性は騒いだせいか、既に何処にも居なかった。
マミーは本人でも気付かない程、小さく溜め息を吐く。だが、端に居た酔っ払いはそれに機敏に反応する。
『何溜め息吐いてんれすかー??』
「あだ?!!」
言いながらニーが背中からのし掛かってくる。そんな事をされると背中に胸が…と思ったが、残念ながら彼女に其処までの脂肪分は無かった。
『‥何か言いました?』
「いえ、何も‥」
一瞬ヒヤッとしたが、どうにか誤魔化せた。それにしても酒臭い…
『それより私が持ってきた花火はどうれすかぁ??』
「花火?」
『あれの事でふよ~』
そう言いつつ彼女は空に咲く火の花を指差す。なる程、アレが彼女が東方から仕入れたと言う取って置きか…
確かにアレは…
「…綺麗だな。」
『そんな事言われると照れちゃいまふよ~♪』
花火の話をしていた筈だが…面倒な酔っ払いだ。
「しかし‥何で酔っ払てるんだ?」
『んな事決まっとろうが!!』
言いながらビィズが妙に近距離で事の経緯を語り出す‥が、酒臭いので少し離れて欲しい。
簡潔に言うとマミーを見つける前に、花火の打ち上げ準備を済ましたニーと出会ったビィズはそのまま一緒に行動。
そして途中の屋台でジュースを飲んだとの事。どう考えてもそのジュースが酒だったのだろう。
そんな話を聞く間中、マミーはビィズに脇腹を小突かれ続けた。どうやらかなりの時間マミーを探していたらしい。
『よぉし、今から呑み直すぞコラァ!!』
『おぉ~!!』
‥呑み直すも何も既に泥酔に見える訳だが…
『よぉし行くろマミー!!?』
『早く行きましょう?!!』
「俺酒は苦手なんだが…」
マミーは結局日が昇るまで酔っ払い2人の世話をする羽目になった。
後の祭
夢と二日酔い
冷たい空気
白い山
白い風
白い景色
ここは何処かの雪山か‥
覚えのないその景色に酷い既視感わ覚える。そうか‥最近見ていなかったが、此処は夢の世界か‥
しかし此処は何時もと同じ様で微妙に違う。白い景色だが、妙に見晴らしが良い。そして隣に誰かが居るのだが、体が振り向いてくれないので顔を見ることが出来ない。
不意に轟く地響き、雪崩か何かか?咄嗟に山頂を確認するが、特に異変は無い。
刹那、足元が揺らぎ崩れる。遠くなる空を眺めながら、右手が何かを掴む。それは先程隣に居た人物の腕だった。そのまま腕を引き寄せ、その人物を抱える。
…ガンナー用の鎧を纏っているが、コレは女性か?
そのまま体は落下を続け、辺り一面白一色のあの場所へと辿り着いた。
その後は何時もの夢と同じ、線に貫かれ女が跳ねとばされてお仕舞いだ。
だが、何故か貫かれた腹ではなく、頭が酷く痛む。…序でに息苦しく成ってきた。コレは夢の筈なのだがどうにもおかしい…と言うか明確な生命の危機を感じる。
俺は溜まらず夢から目覚めた。
ガバッと体を起こすと何かが首に巻き付いて居る事に気付く。
それは細い女性の腕…
「何やってんだ‥この人?」
マミーは何故かニーにチョークスリーパーを掛けられていた、かなり本格的に。とりあえず、チョークスリーパーから抜け出し、ニーをベッドへブン投げる。
『んぁ…』
変な声を上げベッドでワンバウンドするニーは無視して現状把握に取り組む。
此処は何時も使っている工房の一室。そして死んだ様に眠っているビィズとニー。そして酒臭い部屋に地味に痛い頭…
あぁ、昨日工房に帰ってから2人に付き合わされた上、そのまま酔い潰れたんだったか…
もう一度部屋を見渡す。逆立ちに近い体制で眠るビィズと、はだけた衣服のままベッドに突っ伏すニー…幾ら発育が悪いとはいえもう少し恥じらいを持って欲しい。
「…っぅう?!」
そんな刹那、酷い頭痛に襲われる‥コレだから酒は嫌いだ。とりあえず水でも飲むか‥
そんな事を考えつつマミーは部屋を後にした。
猫の置物
先程の部屋もそうだったが、居間もまだ薄暗い。窓から外の様子を窺うとほんの僅かだけ朝日が見える。
「‥いったい今何時だ?」
そんな事をぼやきながら水が入った瓶を探す。
「確かここら辺にあった筈‥」
薄暗い部屋の中から戸棚を手探りで探し当て、水の入っていると思われる瓶を取り出しコップに注ぐ。
冷たい水を流し込むと、それに反応するように頭が軋む。いったいどれだけ呑んだのかと昨日の自分に聞いてみるが、サッパリ返事が返ってこない。
兎に角、込み上げる胸焼けや頭痛を流し込み様に冷水を飲み干す。
すると二日酔いでは無い頭痛に襲われ、ややブルーになる。
「っあぁ‥もう酒なんか呑まな…?」
愚痴の途中で朝日が居間を照らし出す。が‥いつも通りな筈の景色に、何故か違和感を覚える。
二日酔いの瞳には少々眩しすぎる部屋の光景、その一点が強い違和感を発する。その一点には猫を模した陶器の置物が鎮座していた。
だから、何となく‥そう、ただ何となくその置物に手を伸ばした。陶器独特の冷たい感触が伝わると同時に、猫の置物がカチャリと音を立てる。
折れ曲がった猫の右手を見て、一瞬壊してしまったかと思ったが元からそうなる仕様だったらしい。
両手を腰に当て威張る様なポーズになった猫を見て、漸く違和感の訳に気が付いた。
「この猫、元からこのポーズだったよな‥」
何故こんな仕掛けが?
そんな事を思いながら猫の手を無意味に上下させてみる。
カチャリカチャリカチャリ‥ガゴッ
不意に置物の反対側から物々しい音が響いた。
音がした方を振り返ると暗い通路が口を開けていた。
「隠し‥扉?」
何故こんな物が?
親父さんの趣味か?
そう言えば工房で生活する人数の割に、居間と寝部屋と台所しかマミーは知らなかった。
つまり目の前の通路の先はランダか猫コンビか親父さんの部屋、と言う事になる。
ズズッ‥
そんな事を考えている内に通路がタダの壁へと戻りだした。
「‥行ってみるか。」
マミーは好奇心に誘われるまま、閉じかけた暗闇にその身を滑り込ませた。
誰の部屋
背後の仕掛け戸が閉まると共に視界が黒一色に染まる。が、数秒もしない内にボンヤリとした灯りが1人でに灯った。
「‥どういう仕掛けなんだ?」
と、独り言を言いながら奥へ進んで行く。
通路自体は舗装されておらず、蟻か土竜の巣の様な印象を受ける。まぁ親父さんやランダの趣味と考えると、何となくこの造りにも納得出来る。
とそんな事を考えている内に行く手が二手に分かれた。
「‥迷った時は左だな。」
まぁ要するに適当な訳だが‥
そして1分程度仄明るい通路をすす見続けると、一つの扉が現れた。マミーは可能な限り息を殺し、そっと扉をあける。
真っ暗闇の部屋を抜き足差し足で進むと、部屋の片隅にベッドがあった。布団の盛り上がりの大きさから考えて、猫や親父さんではない。恐らくランダだろう。
‥と言うかよく見ると昨日の人形達がベッドの隣に行儀良く並んでいた。
兎に角、せっかく此処まで侵入したので寝顔の1つでも見てやろうと思った訳だが‥
「寝る時までヘルム被ってるのか。」
ランダの頭には何時もの蟹ヘルムが装着されていた。
正直寝ているランダのヘルムを外すのはリスクが高すぎる。下手をすると鉛玉が飛んで来かねない。今日は退くのが得策か‥
(だって彼、お爺さんよ?)
不意にイチの台詞が頭を駆ける。そして何故だが無償にランダの素顔が見たくなって来た。
閉じた箱があったなら、例え災難が入っていようとも開けたくなるのが人の心と言うものだ。何、バレても2、3発殴られる程度だろう。
マミーは自分にそう言い聞かせ、ランダのヘルムに手を掛けた。僅かな音も立てない様に、そっと留め金を外す。そしてゆっくりとヘルムを取り外す。
一体どんな顔しているのか?
イチの言うとおり爺さんが入っているのか?
それとも自分よりずっと若かったりして‥
そんな事を考えながら、ワクワクしながらヘルムを外す。‥だが、そんな彼の気持ちは数秒後、瞬く間に後悔に変わる事になる。
バサッ
ヘルムを完全に外した瞬間、音を立てて黒い束がヘルムから零れ落ちた。
‥誰?
バサリと落ちた黒い塊‥暗闇の中じっと目を凝らすとその塊は黒く、長い髪だった。
白いベットの上に落ちた真っ黒な髪の束‥ランダは爺さんと言う話だったのだが、白髪ではない事にやや驚く。が、その程度の驚きなど笑えてしまう様な事がすぐ隣に転がっている事にマミーは直ぐに気付く事になる。
「長い上、黒髪‥実は若かったりして‥」
そんな冗談を1人呟きながらマミーは、ランダの爺さん顔があるであろう場所に目を移し‥言葉を失った。
数秒絶句した後に、マミーは先程外した男用のヘルムと、ベットで横を向いている顔を見比べた。
「どういう事だ‥?」
ベットの上には爺さんではなく、若い女性が寝息を立てていた。しかもその顔にマミーは覚えがあった。
「なんで‥コイツが?」
酷い火傷の様なあとに覆われた顔の半面‥この女は祭の後に茂みで見た女だ。
しかし、何故コイツが?
元からコイツがランダだったのか?
しかし、何で男だなんて?
マミーの思考がグルグルと出口の無い迷路を駆け出した時、女の体がピクリと動いた。
『…けるな…ふざけるな!!』
「!!!!!」
驚きのあまりに部屋の隅に逃げるマミーだが、どうやらただの寝言だったらしい。
…心臓に悪すぎる、今日はとりあえず退くべきだな…
マミーがそう考えドアノブに手を掛けた時、女がぱたりと寝返りを打った。部屋を出る拍子に先程とは女の顔の反対側がマミーの視界に映った。
火傷の無い綺麗な女の顔‥
瞬間、彼の心臓は狂った様に脈打ち始め、二日酔いのせいではない鋭い痛みが頭に響き出す。
「だ‥誰だ、コイツは!!?」
ギシギシと痛む頭に呼応する様に、彼の瞳の奥に"あの夢"が映っていた。
夢の中で隣に居た人物の顔が鮮明に‥
その顔は火傷こそ無い物の、間違い無く其処で寝ている女の顔だった。
「なんだってんだよ‥!?」
頭が割れる様な痛みに教われ、廊下にへたり込む。
『‥誰?』
そんな時、ランダが‥ベットで寝ていた女が目を覚ました。
動揺していたマミーは訳も解らず元来た道を駆け出した。そして二手に分かれた道で何を間違えたのか、マミーは左の道へと駆けていった。
熱い部屋
暗い廊下をただ闇雲に走るマミー。彼はただ割れる様な頭の痛みから、瞳の奥でチラツく幻影から、そして何よりあの女から逃げ出したかった。
だからマミーは今自分が何処を走っているかすら分かっていない。それ故に、目の前の道が鉛直下向きになっている事に気付いていなかった。
「なっ…?!」
足が地面に着いていない事に気付いた時にはもう遅い、彼の体は狭い穴に激突を繰り返しながら落下していく。
1度目の衝突でお面が砕け、3度目の衝突で包帯が破れ、6度目の衝突で顔側面に灼ける様な痛みが走る。
そして8度目の衝突で漸く体の落下が止まった。視界の半分が赤に染まるのを見て、暴走していた思考が急速に冷めていく。多少血を出した事で少し落ち着いたらしい。
全身の鈍い痛みを堪えどうにか立ち上がる。目の前には無駄に高い天井の部屋が有った。
「‥何処だ此処は?」
剥げ掛けた顔の皮を抑えながらマミーが呟く。
垂直な穴を登る事など出来ないので、仕方無くその部屋へと足を進める。だが、一歩足を踏み入れた瞬間、絡み付くような熱風がマミーを襲う。
「暑い‥と言うより熱い‥」
よくよく考えればこの工房は火山の側面にある。恐らくこの地下室はマグマ溜まりに近い場所に有るのだろう。
兎も角、サッサッと居間に戻らなくては‥そう考えながら足を早めようとした時、冷たい風が背筋を撫でた。
異常な暑さのこの部屋で何故冷たい風が?
そう思い風が吹いてきた方向を振り返ると、壁から紅黒い何かが生えていた。
その巨大な何かはよく見れば何かの翼の様に見える。‥つまり竜の体か?
しかし、幾ら探して見ても頭と思わしき部分が見当たらない。そして何より竜の翼にしてはデカすぎる。‥それにしても気温はゆうに40℃を越えている筈なのに、何故か体が冷える。
何故?
そう思い何となく天井を見上げて、彼は硬直した。高い天井から、断末魔を上げたまま息絶えた龍の下顎が生えていた。
それは一目見て邪悪その物であると直感出来る何かを放っていた。
「この火山は‥いったい何なんだ?」
彼は思った事をそのまま口に出した。
ジャコン‥
そんな刹那、暗闇の中に怪音が響いた。
『お前こそ‥いったい何なんだ?』
暗闇の向こうで黒髪の女が呟いた。
泣きっ面
黒い長髪に混じった白い髪から白い目が此方を見据える。その両手にはボウガンが握られており、その照準は間違い無くマミーの眉間を捉えている。
「何って‥」
余りの状況にマミーは言葉に詰まる。そもそも何で今自分はこんな状況に居るのか?
元は悪戯半分でランダ部屋に侵入したのだが‥其処にはあの女が居た。夢に出て来る幻影が‥
「そもそもお前は誰だ?何故俺はお前に見覚えがあるんだ?」
高ぶった感情を吐き出す様に、顔の皮を抑えるのも忘れ彼は叫ぶ。
その台詞を聞いた女の顔がくしゃりと歪む。白い瞳は不規則に揺れ、黒い瞳がマミーを睨み付ける。
『黙れ!!貴様こそ何故生きている!!』
鬼の様な形相で女が叫ぶ。が、マミーはその台詞に違和感を覚える。
"何故生きている"‥?
(何だ?俺は世間じゃ死人扱いなのか?いや、それ以前に昨日まで普通に会話して筈なのに何故今更??)
其処まで考えてマミーは自分の顔の皮が半分以上剥げている事に気が付いた。
つまり今の彼の顔は記憶を失うまでに戻っており、それを見て目の前の女は動揺しているのか?
つまり奴は自分の過去を知っているという事になる。
だが、そんなマミーなぞ無視して女は続ける。
『お前は死んだんだ!!‥死んだ筈なんだ!!』
「‥どういう事だ?」
マミーのその言葉を聞いて女はボウガンの引き金に指を掛ける。それを見たマミーは逃げ出そうとしたが、ある物が目に入りピタリと足が止まる。
それは女の泣き顔、いつか夢で見たそれと全く同じ怒りと悲しみが入り混じった様な酷い面。それを見てマミーは確信した。
(‥俺はコイツを知っている。)
だが、そんな心の声なんて女には聞こえない。泣きっ面のまま女は最後の台詞を言う。
『お前は‥お前は私が殺したんだ!!‥だから私の前に出てくるなよ‥』
その言葉と共に女の瞳から大粒の涙が零れ落ち、それを合図にボウガンの引き金が引かれた。
マミーが最後に見たのは‥
迫る弾丸と、見覚えがある女の泣き顔だった。
暗い何処か
此処は何処か暗い場所‥
朝か夜かは解らないが兎に角暗い場所‥
野外なのか屋内か解らないが其処には一切の光が無く、ただ暗闇と静寂だけがその空間を支配する。
不意にその一点に蒼い影法師が浮かび上がる。そして蒼いローブを翻し一人の男が現れた。
「諸君久しぶり。元気だったかな?」
男は一人闇に向け話し出す。
「前の箱庭は無粋な犬どもに嗅ぎ付けられたので処分する事となった。嘆かわしい事だが‥所詮は箱庭だ、幾らでも代わりがある。」
男は一人クスクスと笑う。
「それに生命が爆ぜる様を見たいと思うのは私だけではない。それは諸君らの望む光景であり、全ての人間が心の何処かで求めている事なのだよ。」
男はニヤケ顔のまま更に続ける。
「例え何度犬どもが箱庭を潰そうと、例え私が死のうとも箱庭は無くなりはしない!!何故なら人が箱庭を求めるからだ‥そうだろう諸君?」
男のその台詞を皮切りに、暗闇に無数の歓声が飛び交いだす。
「ようこそ新しい箱庭へ。歪んだ人の純粋な欲が作り出した桃源郷へ。今宵も命が弾ける様を楽しんでいってくれたまへ。」
男が指を鳴らすと共に、暗闇に一斉に灯りが灯る。それと共に広大な闘技場と客席を埋め尽くす人間達が姿を表す。
闘技場の真ん中には黒い鎧を纏ったハンターと、彼を取り巻く様に異形の化け物達が蠢いていた。
「さぁショウを始めようか?」
男がそう言うと、闘技場のハンターが獣じみた雄叫びを上げた。
此処は暗い、何処にあるかも解らない、一人の狂人が造り上げた箱庭。
其処はある者にとっては天国であり、ある者にとっては地獄である。
今宵も箱庭ではマッチよりも容易く人の命が爆ぜて行く。
後書きと言う名の嘆き
皆様コンバンワ~(もしくはオハヨウコンニチワ)
へたれ作者です(^^;)
今回自分で読んでみて思ったけど‥
キャラがコロコロ変わるだとか、日本語がへんだとか、話しがグダグダだとか、書く度に文章が劣化するだとか‥それ以前にシンプルに[酷いな]と思いました(´・ω・`)俺マジクソッタレ‥
と言っても辞めたりはしません
趣味だから(笑)
とりあえずこんなクソったれな作者と駄文ですがよろしければ最後までお付き合いください(謝)
最終更新:2013年02月26日 17:03