願い事
人は誰しも各々の願い事、理想を抱いて生きている。
それは豊かな生活であり、愛しい人と過ごす事であり、幸せに生きる事であり‥ようは人それぞれだ。
しかし、願い事は何時も叶う訳ではない。そして望んでは無い未来が訪れた時、大抵の人はこう呟く。
『こんな筈じゃなかった。』
と
しかし、どんなに酷く、残酷で破滅的な未来であってもそれは誰かが願い望んだ未来なのだ。
仮に世界が滅び、全ての人が死に絶えたとしても、それも誰かが望んだ未来なのだ。
そして、自分の願った未来を得ると言う事は、誰かが望んでいない世界を造ると言う事だ。
ある者はそんな事には気付かずに自分の理想を目指し、またある者は他者の願いを踏み潰す事を知った上で自分の理想を目指す。
しかし、一度他者に自分の願い事を打ち砕かれた者は一体どうなるのだろうか?
望んでもいない世界を打破し、自身の望みを叶える事は出来るのだろうか?
一度壊れた願い事を掴む事が出来るのだろうか?
狂宴の開幕
ここはどこぞ闘技場。しかし其処には彼方まで広がる空は無く、その代りに重苦しい天井が血腥い闘技場に蓋をしていた。
星々の代わりに無数に浮かぶ安っぽい松明が、闘技場で繰り広げられる宴を照らし出す。
血飛沫が舞い、肉が飛び散り、命の火が燃え上がり弾ける度に、客席の気違い達が歓声を上げる。
しかし、そんな狂った空間で、蒼い影だけが溜息を吐く。
「何故溜息を吐いてるんですかぃ?」
そんな蒼に黒いローブの男が問い掛ける。
「この箱庭の世界は楽しいな。私が望む世界に限りなく近い。だが・・・だが、表の世界は酷く退屈だ。」
「そりゃあ此処に較べたら外なんて詰まらないもんでしょう。」
蒼の言葉に黒が返す。
「最近は玩具も充実してきた。・・生物兵器、奇形の化け物、生に執着する奇病、そして古の神・・・あれはなかなかに楽しかった。」
言いながら蒼はニヤリと笑う。
「だが・・・此処で戦う人間はどうにも最近ツマラナイ・・・どいつもこいつも恐怖に引き攣った顔で逝きやがる。」
眼下で悲鳴をあげるハンターを見て、苦虫を噛み潰した様な顔をする。
「やはり金で買った人間は下らんな。湿気た火薬に火を着けた所で暇潰しにもならない。・・命を掛けるにはもっと純粋な理由が必要だな。」
「と、言いますと?」
蒼の言葉に黒が首を傾げる。
「人の魂を燃え上がらせる物・・・欲望、嫉妬、憎悪・・上げだしたらキリが無い。まぁ、詰りだ、それらの矛先を私に向けさせれば最高に輝く魂の持ち主達を箱庭に招待出来る訳だ。」
「つまり貴方を殺したい程憎んでる奴らを造ればいいと・・しかしどうやってですかぃ?」
「飽きた玩具を外に撒いて暴れさせろ。そしてそれを誰がやったかを言触らせば良い。簡単だろう?」
「そんな事したらまた犬どもに嗅ぎ付けられますが?」
「其処をどうにかするのが君の仕事だろう?」
そう言って男はニヤリと笑う。
「殺生な。まぁやれと言われればやりますが・・」
「アイツを使えばスムーズに行くだろう。それに犬を招くと言うのも一興だろう。兎に角方法は君に任せるよ。」
「仰せのままに。」
「期待しているよ。」
蒼がそう言うと黒はローブを翻し闘技場の中へと消えていった。
「これで外の世界も多少は愉しくなるだろう。」
蒼は酷く下卑た笑を浮かべた。
世界は徐々に狂人の狂気に侵食されていく。
二匹の蟹
青と白の空
此処は深く、暗く、永遠と続く細長い渓谷。そんな谷底で、遙か彼方に見える空を見上げながら青い蟹が溜め息を吐いた。
腰には依然倒した金色の鎧竜の素材で造った
ライトボウガンが一丁。名前は[煌鬼【紅蓮】]、規格外の硬度と重量を誇る洞穴の工房の試作品。更にある弾丸を速射する事が出来る。
鞄の中はその取って置きの弾丸と材料で埋め尽くされ、かなり危険な状態になっている。
まぁ危険物の取り扱いは慣れっこだ。万が一にも暴発する心配は無い。
そんな事を考えている時だった。
ズ‥ズ‥
青い蟹以外何も居ない筈の谷底に、地響きが聞こえてきた。
「かなり近い‥。」
そう呟くと共に、蟹の周りだけ夜になったかの様にスッと暗くなった。
「来た‥か。」
言いながら上を見上げると、空ではない青と白が視界を埋め尽くしていた。蟹は焦る事無く銃を構えた。
「蟹に狩られる砦蟹‥」
蟹は無意味にそう呟くと、ガチャリと引き金を引いた。
八つ当たり
ライトボウガンにしてはデカすぎる銃口から、ほぼ同時に二発の弾丸が放たれる。
2発の弾丸は渓谷の濁った空気を引き裂き、弾けると共に此方を見下ろす青と白を紅蓮に変えた。
音を立て崩落する青と白を見て蟹が呟く。
「これは凄い‥」
馬鹿でかい二発の弾丸を難無く撃ち出した上、規格外の重さで発射の反動を殆ど相殺している。
金色から仄かに朱色へと紅潮した銃身を見て蟹は感嘆の声を上げる。
このボウガン、煌鬼はその重さと硬さでlv2拡散弾をほぼ反動なく、二発速射する事が出来る。
欠点としては試作品故、材料自身の耐熱性は改善されていない。更に‥
「しかし‥長短が大き過ぎる‥」
その重さ故、扱いが難しく引き金から何から全てが重い。
次の弾丸の装填に手間取っている間に、崩れた青白がガラガラと音を立てだした。
「まぁ‥死んでないか‥」
立ち上がった青白を見て蟹が呟く。
大木の様な手足、巨大な鋏、長い触覚に黒く丸い目玉、全身を守る青い甲殻、そして背負われた岩山龍の髑髏。
砦蟹、シェンガオレンがランダの頭上に聳え立った。
まぁ早々に死なれてもツマラナい。今のこのムシャクシャした気分を晴らす手伝いをしてもらおう。そうだ、コレは個人的な八つ当たり、昨晩から頭に纏わりつく靄を掻き消す為だけの‥
ランダは重い銃身を一気に持ち上げ、無理矢理拡散弾を銃層へと送り込んだ。
「グシャグシャに崩してやる。」
冷たい言葉と共に二発の拡散弾が金色の銃口から飛び出した。
寝起き
‥放たれた弾丸は真っ直ぐに飛んでくる。そして寸分の狂いも無く眉間のド真ん中に直撃した。
頭の外と中から"グシャリ"と嫌な音が響き、額中に冷たい感覚が広がった。
「ずぉぁああぁぁあああ!!!」
人とは思えない程の奇声を上げベッドから跳ね起きたマミーは、そのまま床に向かって短いダイビングを果たした。
「何寝起きから面白い事してるのかな、マミー?」
「厭らしい夢でも見たのニャ?」
一部始終を部屋の入り口で見ていたビィズと、その頭の上に乗るキンコがクスクスと笑う。
「おはよう、ビィズ、キンコ‥痛たた…た?」
地面に打ち付けた頬を撫でた時、マミーはある事に気が付いた。
「包帯が巻いてある?」
「何を今更…ってマミー?!」
呆れるビィズを余所に、マミーは包帯を剥がしながら鏡の前へと走った。
「何があったか位説明してく…」
ビィズの問い掛けなどまるっきり無視して、マミーは鏡に映った自分の顔を見た。其処には継ぎ接ぎ塗れの赤い皮膚をした化け物が映っていた。
「元に…戻ってる?」
一人呆けるマミーの顔面に、何かが迫る。
「説明しろっつってんだろうがぁぁぁあ!!」
「のぶぁぁぁあ!!?」
マミーの下顎をビィズの完璧過ぎるシャイニングウィザードがぶち抜いた。
糸が切れた操り人形の様に倒れるマミーを見て、話が聞けなくなった事に気付くビィズだった。
「帰って~…来い!!」
「ハゥア!!!?」
ビィズがコキンと(マミーの)骨を鳴らすとマミーは即座に意識を取り戻した。
しかし、意識を取り戻してなお、マミーはビィズを無視して俯いていた。
それは彼自身の頭の中で整理が付いていなかったからだ。
蟹の中身…
爺さんでは無い白髪の女…
祭りで見た女…
夢の彼女にそっくりな女…
剥げた皮…
放たれ、俺の頭を砕いた弾丸…
女の泣き顔…
何処までが現実で、何処からが夢だったのかすら今のマミーには解らなかった。
夢かどうか
俯くマミーの頭の中では昨日の出来事がグルグルと回っていて、それはとてもビィズに説明出来る状態では無かった。
「へぇ‥昨日一晩でそんな事が有ったんだね?」
「そうなんだよ‥って、まだ喋ってないよな、俺?」
ふっと顔を上げたマミーを見てビィズはニヤリと笑う。久々に考え事を読まれたらしい‥今更だが何故マミーの思考だけ読めるのだろうか?
「とりあえず‥どうだと思う?」
マミーがビィズにそう問い掛ける。その意味は昨日見た物が現実なのか夢なのか‥現実だった場合、一体何故あんな事になったのか‥
その問いに対してビィズは頭を掻く。
「そんな事僕に聞かれてもね‥」
ビィズの返答を聞いてマミーはガクッと肩を落とす。
「大体、こう言う事は本人に聞いた方が早いよ。‥」
マミーはその言葉を聞いてギョッとした。仮に昨晩の事が現実だったとすると、今ランダに会うのは非常にマズい。
また眉間を撃ち抜かれかねないし、今は何となく会いたく無かった。
「ちょっとま‥『ランダさ~ん!!』
マミーの制止を無視して、ビィズが大声でその名を呼んだ。呼んだのだが‥一向に返事が返って来ない。
「ランダにゃら早朝から仕事に出て居ないのニャ。」
キンコが今更な事を言う。それを聞いたマミーはガクッと来た反面、心の何処かで少しホッとしていた。今"彼女"に会うとまた泣かれてしまう気がしたから‥
そんなマミーの隣でビィズが一人ブツブツと言っていた。
「偶然か‥マミーに会いたくなくて逃げたか‥」
一人ブツブツとビィズが呟く。そんな時だった‥
ガリッ‥ゴリゴリッ‥
岩と何かが擦れる音が響いて来る。どうも誰かが洞穴の入口から入って来ているらしい。
「‥誰だ?」
「さぁ?」
「知らんのニャ。」
そんな事を言い合いながら2人と一匹は居間の方へと向かって行く。
「あぁ‥疲れたぁ…」
居間から響く何処か聞き覚えのある声。2人は声の主を確認すべく居間へと入って行く。
「え?」
「何で居るの?」
そこには予想外の人物が寛いで居た。
知るべき事
おぅ、久しぶり。」
居間では青い蟹が1人寛いでいた。
「今朝仕事に出たんじゃ?」
「今帰って来た所だがな?」
困惑するマミーにランダはケロッとした顔で返す。そんな2人の間にビィズが割り込んだ。
「ちょっと失礼。」
そう言ってビィズはランダのヘルムを外した。
「‥何をしとるんじゃ?」
蟹のヘルムの中には髭もじゃの爺さんが入っていた。紛れもなく朱蟹と呼ばれるハンターである。
「マミー‥コレはどう言う事かな?」
「いやっその‥確かに女が入ってたんだけど…」ヘルムの中身を見て益々困惑するマミーとそれを問い詰めるビィズ。
だが、マミーの"女"と言う単語を聞いてランダの眉がピクリと動く。
「あんさんらも未だに居るって事は此処で"仕事"をしてるって事だな?」
「何を今更…なんかランダさん、今日変じゃないかな?」
ランダの台詞を聞いてビィズが眉を顰める。確かに昨日も会った筈なのに"久しぶり"と言うのはおかしいし、なんとなく違和感を感じる。
「んじゃあ話ても良いじゃろ。儂ランダ・オルディは爺さんと若い女の2人居るんじゃよ。」
『…は?』
ランダ爺の突拍子も無い言葉を聞いて2人の声がハモる。爺さんと若い女が…何だって?
「因みにあんさんらを拾って来たのは儂じゃが、それ以降は女の方があんさんらと生活してたんじゃよ。気付かんかったじゃろ?」
楽しそうに語るランダ爺を余所に硬直する2人。だが、マミーは今聞くべき事を思い出してそれを口に出した。
「女の方って白髪があって顔に酷い火傷がありますか?」
「なんじゃ気付いてたのか?」
ガッカリ気味に言うランダ爺にマミーが詰め寄る。
「彼女の話が聞きたいんだ。貴方が知ってる事全てを詳しく!!」
「‥何でまた?第一本人に聞けば良かろう?」
「それはですね‥」
首を傾げるランダ爺に興奮気味のマミーの代わりに、ビィズが昨日の出来事を全て話した。
その話が終わる頃、ランダ爺の顔は非常に険しく、真面目な顔に変わっていた。
「どうやらマミーとあのお嬢さんには何か深い関係があるみたいじゃな‥」
ランダ爺は年相応に老け込んだ顔で、大きく溜め息を吐いた。
「良いじゃろう‥コレはきっとお前が知らねば成らん事なんじゃろう‥話そうあの子に付いて、儂が知っている全てを‥」
そう言うと髭もじゃの老人は煙管の煙草に火を点し、椅子に深く座り込んだ。
「ちと、長い話になるぞ。」
そう言って老人は煙と共に昔話を語り出した。
砦崩し
灰色の煙が一筋の線のように渓谷に立ち上る。
その谷底には今だ高く聳え立つ砦蟹と銃を構える青い蟹の姿が有った。
彼の‥彼女の持ちボウガン銃口は眩い金色から、灼けるような朱色へと変わりつつある。
根本的にこのボウガンの素材は熱に弱く、試作品の為コレといった処理が成されていない。更に拡散弾は弾自体が大きく、撃ち出すにはそれなりの火薬を要するのだ。
そんな拡散弾を速射し続けた為、銃身にかなりの熱量と負担が掛かっている。
「攻め方を変える‥」
ランダはそう呟くと後方で待機していたギンコに何かを耳打ちした。
「解りましたニャ。」
ギンコはそう返事をすると何処かへと駆けていった。
「さて‥」
ランダは地面を揺らしながら歩く砦蟹に踏み潰されないように距離を取りながら、砦蟹を観察する。
かなりの拡散弾をぶち込んだ甲斐有ってか、砦蟹の背負う宿はかなり損傷していた。それに引き換え狙っていない四本の脚と一対の鋏は未だ無傷。
本来、巨大な砦蟹を倒すには脚にダメージを蓄積させ、倒れてきた時に頭を狙うと言うのが好ましいが、それは人数が揃っている時の話だ。
今回の彼女は何を思ってかほぼ1人で砦蟹と対峙している。その上ランダはガンナー、手数には限りが有る。
そんな彼女が巨大な砦蟹を倒すには一体どうすれば良いのか?
「本丸を崩す‥」
ランダが1人呟く。
そう本丸を‥頭を狙うしかない。ガンナーなら脚を攻撃すると言う外堀を埋める様な事などせずとも、本丸である頭が狙えるのだ。
ランダは銃に対する負担を考えて、拡散弾では無く貫通弾を装填した。
覗き込んだスコープの向こう側には砦蟹の頭が見える。スゥっと息を吸い込み愚鈍な砦蟹の動きに呼吸を合わせる。
そしてピタリとタイミングが合った瞬間、ランダは息を止め重い引き金を一気に引き抜いた。
ドォン‥
短い発砲音が谷底に反響して響き渡った瞬間‥
バキャキャ‥
砦蟹の口に命中した貫通弾の肉と甲殻を貫く音が、発砲音を追って谷底に響き渡った。しかし、その一発程度で砦蟹がくたばる訳は無い。
だから、音を立て崩れ去るまで何発でも弾丸をぶち込んでやろう。此方には其れだけの準備と覚悟がある。
「砦崩し‥」
ランダはそう呟くと再びスコープを覗き込み照準を合わせ、引き金を引く。
深く、暗い渓谷には反響する銃声が永遠と木霊し続ける。
睫毛
弾層が空っぽになるまで貫通弾を撃ち込んだ後、漸く痺れを切らしたのか砦蟹がその長い脚を折り畳みランダへと迫って来た。
そして酷く愚鈍な動作で両の鋏を持ち上げ・・・振り下ろした。
鉄柱数本分に匹敵する質量と大きさを持った鋏が想像を絶する速度でランダに迫る。そして・・・
ズガァッ
破砕音と共に谷底の岩盤がまるで煎餅の様に砕けた。巻き上がる砂塵の中、宙に浮かぶスコープがきらりと光を反射した。
ダダン
短く響く二発分の銃声と共に、二つの棘が砦蟹の目玉の僅か下に突き刺さった。
「遅い蟹さん・・」
砂煙の中、シルエットだけが浮かび上がるランダはそう呟いた。
彼の銃に今装填されているのは通常弾。特殊な能力は無いが安価且つ非常に使い勝手の良い弾丸だ。
ランポス程度なら数発で吹き飛ばせる通常弾だが、相手の大きさが大きさだけに蚊が刺した程度の威力しか期待出来ない。
なのでこの場合は何処を狙うかが重要となってくる。
砦蟹が岩盤に深くめり込んだ鋏を抜ききる前に、ランダは更に数発の弾丸を奴の目玉”付近”に撃ち込んだ。
執拗に目玉の周囲を狙われた砦蟹は、苛立ちに身を任せ両の鋏を振り回す。
規格外な質量と速度は膨大な破壊エネルギーとなり、殺風景な谷底の景色を瞬く間に一変させる。
ランダは迫る鋏を潜り抜け、飛び越し、舞い散る石礫を打ち落とし、払い除けながら執拗に目玉”付近”を撃ち続ける。
粉々に砕けた地盤の崩落から逃れるように、ランダは大きく後退する。再び覗き込んだスコープの向こう側には痛々しい睫毛を生やした蟹の目玉が見える。
「もっともっと・・」
彼は一人呟くと照準の真ん中に、黒真珠の様に煌く砦蟹の瞳を映した。そして躊躇う事なく重い引き金を引き抜いた。
ガキッ
穿たれた通常弾は高い音を響かせ、黒真珠に僅かな亀裂を入れ突き刺さった。それを身と届けたランダは装填済みの通常弾を捨て去り、違う弾丸をリロードし、再び引き金に指を掛ける。
「・・もっと怒れ。」
ガギンッ
言霊と共に穿たれた一発は先程の弾丸の尻に深く突き刺さった。次の刹那、
ドゴォォオ!!!
爆音と共に弾丸が紅蓮に爆ぜる。爆圧に尻を押された通常弾は黒真珠を一息に貫いた。
そして、この世のものとは思えない奇声が渓谷を埋め尽くした。
甲殻種の特技
‥此処で余談なのだが、砦蟹シェンガオレン等の
モンスター達を甲殻種と言う。
同種にダイミョウザザミ、ショウグンギザミなどが存在し、特徴としては巨大な蟹の様な見た目に頭蓋や貝等の宿を背負っている。
種類によって様々な鋏の形をしており、それによって多彩な攻撃を仕掛けてくる。
そしてもう一つ、特徴的な攻撃手段を持っている。‥それは高圧で宿や口から水流や泡を噴射する攻撃。(一説では宿から噴射されているのは甲殻種の排泄物‥要は小便と言われている。)
そして無論その攻撃は砦蟹にも備わっている。
崩落した砦蟹は、左の眼球から黒い液体を垂らし、奇声を発しながらもがいている。しかし、残った右の瞳は見る見るうちに憤怒の色へと染まって行った。
瞬間、渓谷全体がぐらりと揺れた。
その巨体からは考えられない動きで立ち上がり、素早く身を反転させる。更に四脚の脚を谷底へ、両の鋏を岩壁へと突き刺した。
そしてタダの宿である筈の老山龍の髑髏がガパリとその口を開ける。そして薄暗い髑髏の口の奥にボンヤリとした灯りが点いた。
小さく、消えてしまいそうな光。しかし、その光は瞬く間に膨張し髑髏の口から飛び出した。
次の瞬間、膨張した光球と共に渓谷の一部が弾け飛んだ。
「なかなかの威力‥」
間一髪でそれをかわしたランダは、感心した様にそう洩らした。だが、その表情には何処か余裕が伺える。
ランダは再び距離を取るために、走り出すが‥
ドグシャァ
砦蟹の力に耐えきれなかったのか、渓谷の両側が破滅の音と共に崩れ落ちる。そして崩壊した崖の一部が、ランダの行く手を完璧に塞いでしまった。
そんな彼女の背後では再び髑髏に灯がともる。骨と甲殻の擦れる音が、まるで砦蟹の笑い声の様に谷底に響き渡る。
しかし、それでも尚蟹の面の下で彼女は笑う。そして勝ち誇った様にボウガンを構えると、その引き金を引き抜いた。
爆散
銃口から紅蓮と共に飛び出した弾丸は、何故か砦蟹とは全く見当違いの谷の外目掛け飛んでいった。そんな事をしてる間にも髑髏の灯りは徐々に膨張していく。
手元が狂ったか?
それとも狙いが逸れたのか?
しかし、そんな状況になっても蟹の面の下は一切微動だにしなかった。
そして、先程すっ飛んで行った弾丸が深い谷から飛び出した時だった。崖の上で銀色の影が谷の上の細い空を走った。
「コレで詰み…」
ランダが小さく呟く途端、谷の上から大量の何かが降ってきた。
鋭く尖った形状…銃弾?…いや拡散弾が雨霰の如く口を開いた髑髏に降り注いだ。
ランダは降り注ぐ拡散弾目掛け次々と引き金を引く。放たれた弾丸はあっと言う間に、落下する拡散弾を直撃し、弾けさせる。
弾けた拡散弾からは更に無数の爆薬が飛び出し、砦蟹の髑髏を爆炎で染め上げた。
そして砦蟹は、背中での連続した爆発に耐えきれず大きくバランスを崩した。その反動と今なお続く爆発の衝撃で、老山龍の髑髏は軋みを上げその顎を閉じた。
だが、限界近くまで肥大した光は止まる事無く膨張を続ける。
そして、限界を迎えた風船の如く、溜まったエネルギーは爆散した。
暴発したエネルギーの塊は老山龍の髑髏、砦蟹の甲殻、渓谷の岩壁‥周囲に有った全てをその光の中へ飲み込んだ。
数分後‥
渓谷の震えと、岩肌の崩落の音が止んだ時、谷底の瓦礫の一部が爆発した。其処からは埃まみれの青い蟹が姿を現した。そして一言‥
「‥やりすぎた。」
そう呟いた。
その後、辺りの瓦礫を見回し、青黒い部分を発見すると弾をリロードしながらそれへと近付いた。
そして大まかな瓦礫を蹴り飛ばし、有る物を確認した。それは自慢の宿と甲殻が吹き飛び、血肉を曝している砦蟹だった。
肉塊の中心では馬鹿でかい心臓が弱々しく脈打っていた。辛うじて生きている様だが、もう動く気配は無い。
そう仕向けたとはいえ、自分の攻撃で人間に敗れるとはさぞ屈辱だろう。
そんな事を考えながらランダは青黒い心臓目掛け、残りの通常弾を撃ち込んだ。
巨大な心臓はパンッとトマトの様に弾けると夥しい量の青黒い血を噴き出し、それっきり動かなくなった。
愚痴愚痴
紅く紅潮したライトボウガンにこびり着いた返り血が、銃身の余熱でブスブスと焦げ嫌な臭いを放つ。
ランダはソレがこれ以上酷くなる前に汚れを拭き取り、中に残った弾丸を取り出した。そんな時、崖の壁面を銀虎の猫が滑り降りて来た。
「ニャニャニャニャニャ‥お疲れ様ですニ゙ャ~」
ガタガタと振動する声を発しながらそう言うと、ギンコは谷底へと着地した。
「解体してて‥」
「解りましたニャ。」
ランダは砦蟹の解体をギンコに任せると、フラフラと壁まで歩いていきゆっくり腰を下ろした。そして狭い空を見上げ、細く長い溜め息を吐いた。
「思ったより早く済んだ‥役に立たない‥」
ランダはギンコに解体される砦蟹を見て、吐き捨てる様にそう言った。
今工房に居たくないからこんな渓谷くんだりまで来たと言うのに、暇潰し程度にもならない。
しかし‥奴は一体誰だったんだ?
まさか本当に奴だったのか?
入っていた弾丸を適当にぶち込んだ訳だが、まぁ幽霊だか幻影だか解らないがまぁ死んだだろう。
その後主に見つかったが、後は任せろと言われたから砦蟹を狩りに来た。
コレは憂さ晴らしで暇潰しで八つ当たりだ。なのに、この砦蟹と来たら1日と持ちもしない。コレで工房に戻ってまだ死体が残っていたらどうしてくれる!?
幻影だろうが、他人の空似だろうが、死体だろうが‥奴の顔なんて見たくもない。合わせる顔が無い。
…いや、それ以上に今のズタズタの自分の顔を見られたくなかったのか…
あぁ!!本当に今朝のあれは何だったんだ!?
私は疲れているのか?
それとも奴に会う事が私の望みだとでも言うのか?!
其処まで考えて彼女の口から自嘲気味な笑いが洩れる。
あった所でどうする?
自分で殺したくせに‥
「終わりましたニャ~」
ギンコにそう言われて、ふと我に帰った。気付けばさっきまで真上にあった太陽は大きく傾き、辺り一面を赤に、そして谷底を真っ暗に染め上げていた。
あぁ‥何やってんだか‥くだらない事を考え過ぎた。
私は朱蟹、ランダ・オルディだ。あんな奴知らないし、何も関係無い。
「行こう。」
ランダは深くヘルムを被り直すと、近場の村へとその足を向けた。
彼について
解からない
老人は長い話を終えると、煙草の煙を輪っかにして吐き出し、燃え粕を灰皿へと
落とした。
「どうじゃ?」
ランダ爺はマミーにそう問い掛ける。この質問の意味は言うまでも無く、あの女
の連れ合い、ニィムが貴様なのか?
と言う事だ。だが、話を一部始終漏らさずに聞いていた筈のマミーはピクリとも
反応しない。ただ黙って下を向き続ける。
そして煙の輪っかが崩れただの煙になった時、漸く包帯男は口を開いた。
「‥解らない。」
その返事を聞いてビィズが呆れた様に、その首をテーブルに擡げた。
「解らないって‥何か思い出したりしないのかな?」
「俺がニィムなのか違うのかどうかすら解らない‥何度か白い化け物に殺される
夢は見た事があるんだが‥ソレっぽい化け物は居なかったか、爺さん?」
そんなマミーの問いに対してランダ爺は首を振る。そもそもランダ爺は彼女を拾
っただけで、殆ど何も知らない。この数年で解った事と言えば‥
「あのお嬢さんの名前がネイダ・ロッタだかなんとか‥って事しか知らんのう‥
」
ランダ爺のその台詞を聞いて、マミーの瞳孔がキュッとしまり目の前ではないど
こかを見る様にピクピクと動いた。
「その名前は‥多分知ってる。」
この一言で"ネイダ"とマミーの過去に何らかの接点がある事が解った。だが、解
ったのはそれだけだ。
話が進まない事に痺れを切らしたのか、ビィズがふと立ち上がり伸びをする。
「やっぱり本人に聞くのが一番早いと思うな。」
さらりとそう言うビィズだが、それには色々と問題がある。
まず、マミーの治った面を見せる必要があるのだが、それをするとまた鉛を撃ち
込まれる可能性がある。
「そこだけ夢だったんじゃない?弾丸を脳天に受けて生きて居られる訳無いし。」
ビィズが軽々しく言う。確かに今朝の出来事自体本当に有ったかどうか怪しい訳
だが‥
『それは止めておくべきじゃのう。』
そんな時、床下からランダ爺ではない爺さんの声が響いた。それと共に床石の一枚が蒸気と共に開き、小さな影が現れた。
今朝の事
蒸気の中から現れたのは二頭身の爺さん‥もといこの工房の主だった。
「何でまたそんな事を?」
首を傾げるマミーを見て老人は頭を掻く。
「今朝の事は儂もだいたい見てたんじゃよ。」
「じゃあやっぱりあれは夢じゃ無かったのか‥」
老人の言葉に少し動揺するマミーだが、それ以上に工房の主は気マズそうな顔をする。
「じゃがな、あれの心は本当に壊れとるからのぉ‥」
「何かマズい事でも?」
俯く老人にビィズが問い掛けると、老人は小さく溜め息を吐いた。
「実はじゃな‥」
そう言いながら老人は今朝見た一部始終を話出した。
それは面の剥げたマミーとランダ‥もといネイダが言い争い、脳天をぶち抜かれるまで‥
その時のネイダは見て解る程動揺、寧ろ錯乱に近い状態だったらしく、確実にマミーを殺す気だったようだ。
だが、寝起きのせいか偶々ボウガンに装填されていたのが捕獲用麻酔弾だった様だ。
麻酔弾は捕獲が目的なので、殺傷能力は低いが人一人気絶させるには十分な効力を持っている。
そしてネイダが倒れたマミーの生死を確認する前に、親父さんがネイダを仕事に出させた。
その後、マミーの面の顔を張り直し、包帯をまき直し、ベッドに運んだそうだ。
「‥」
親父さんの説明を聞いて青ざめるマミー、もし実弾が入っていたらと思うとゾッとする。
「つまりマミーの現状を確認すると‥」
①ネイダは今朝の相手がマミーだと気付いていない。
②マミーについてなんらかの過去をネイダは知っている。
③ただし本当の顔を見ると殺されかねない。
‥総括すると
「マミーの過去を聞くのは限り無く不可能に近い‥って事みたいだね。」
「そうだな。」
ビィズの言葉を聞いてマミーは大きく肩を落とした。
「そんな事よりじゃ、主等に仕事があるんじゃ。」
マミーとビィズの事なぞお構い無し、と言った感じで親父さんはそう言い放った。
無論生活の全ての面倒を見てもらっている2人に拒否権などない。
「仕事‥ですか?」
「そうじゃ、今回はちと遠出してもらうからのぉ。仕事の内容はそれに書いてある。案内人が村の広場で待っとるから今すぐ行ってくれ。」
「ちょっと‥今すぐなの?」
「あぁ、今すぐじゃ。」
親父さんは2人が反論する前に、支度と装備と一緒に2人を工房の外へと放り出した。
爺さん達
若者2人を蹴り飛ばす爺さんを見ながら、ランダ爺は煙管に新しい煙草を詰めた。そして部屋に戻って来た爺さんに問い掛けた。
「仕事なら儂が行っても良かったんじゃないかの?」
「仕事は若者に任せて年寄りは休んどれば良いんじゃ。」
「‥年中無休のあんさんは儂よりは10倍程若いんじゃけどな。」
爺さんの言葉にランダ爺が皮肉混じりにそう返した。
「まぁ‥そんな事言って何か裏が有るんじゃろ?」
椅子に座る爺さんを見ながら、ニヤツクランダ爺。
「まぁ、あの子らは儂にとっては娘や息子みたいなもんじゃ。」
「孫‥いや玄孫の間違いじゃろに。」
茶々を入れるランダ爺を爺さんが睨み付ける。
「兎に角じゃ‥この老いぼれに出来る事は何でもしてやりたいんじゃよ。」
「さいですか。」
満足げに話す爺さんを見て、ランダ爺は肺一杯に吸い込んだ煙を一気に吐き出した。自分から聞いた割に、いまいち興味の無い態度をするランダ爺を見て爺さんは顔をしかめた。
「所でじゃ‥ちゃんと物は取って来れたんじゃろうな?」
「勿論じゃとも。」
ランダ爺は顰めっ面の爺に、自信満々の笑みで"物"が入った袋を渡した。
中には神秘的な光を放つ紫色の玉が入っていた。それを手にした老人は小刻みに震えだした。
「紛れもなく宝玉じゃろ?」
自信タップリなニヤツき顔をするランダ爺、だが爺さんは何か小さく呟いている。そして、不意にテーブルにの上に飛び乗った。
「この痴呆爺が!!!」
『タワバッ!!?』
面白い声を上げ吹っ飛ぶランダ爺。
「誰が霞龍の宝玉と言ったか!?大宝玉つったろが!!」
小さな爺さんは、その姿からは想像もつかない速さで、床に転がったランダ爺に蹴りを入れ続ける。
「ちょ、寿命が尽きる!!ってそれ大宝玉じゃないかの?」
「紫=大宝玉と思っとんのか?!もしくは目くらかきさんは!!!」
「ぬわっ死ぬ!!冗談じゃなく寿命が尽きる!!!!」
そんな爺さんが爺さんをボコルと言う奇妙な光景が暫し続いた。
広場にて
村の広場に向かうマミーとビィズ。だが、明らかにマミーの方の足取りが重い。
まぁ、自分の過去に近付いたと思った途端、目の前に分厚い壁が現れたのだから当然と言えば当然なのだが‥
しかし、彼はそんなに自分の過去に興味が有ったのだろうか?
可能ならば知りたいと思っていただろうが、脳天に鉛弾を喰らってまで知りたい訳では無かった。危険を冒してまで知りたい‥と言う物では無かった。そう無かった筈だ。
しかし、今は何か違う。頭の何処かで誰かが何かを訴えているのだ。それは酷く小さく、何を言っているかサッパリ解らないが‥無視すべきではない何かなのだ。
それが何なのかを理解しなくてはならないのだが、オツムがぶっ壊れているマミーの思考回路は虚しく空回りし続ける。
「マミー、もうすぐ広場に着くよ?」
浮かないマミーを気遣ってか、それとも身長の関係か、ビィズが下から覗き込みながらそう言った。
あぁ‥そう言えば親父さんに仕事を頼まれたんだったな‥
そんな今更な事を思い出したマミーの頭の上に疑問符が浮かぶ。
「広場に行って誰に会えば良いんだ?」
「さぁ?」
「さぁって‥どうするんだ?」
「さぁ?」
「いや、さぁって‥」
マミーとビィズの会話が無限ループに入りかけたとき、広場の方から綺麗な旋律が響いてきた。
音の感じから判断して弦楽器だろうか‥
その旋律は何故だが聞く者の足取りと気持ちを軽くさせた。
「ちょっと‥マミー!?」
気付くとマミーはその音色に誘われる様にフラフラと広場の片隅向けて歩き出していた。ビィズも仕方なしに彼の後ろをついて行く。
広場の片隅の木陰には小さな人だかりがあり、その中心には奇妙な仮面を付けた道化師が1人、大きな弦楽器を奏でていた。
マミーが人だかりを掻き分け、最前列までたどり着いたのを確認すると、道化師の仮面からはみ出した口元がニヤリと笑った。
そして、最後の旋律を弾き終えると共に小さな人だかりからは盛大な拍手が巻き起こった。その拍手に紛れて道化師が口を開いた。
「待ちくたびれたよ、二人とも。」
移動中
僻地の村ヴォルボーンから一台の荷車がガタコトと出発した。それに乗るのはマミーとビィズ、そして先程の道化師。
「久しぶりだね‥でも狭い空間に仮面が二人も居ると不気味なんだけど。」
「あ、ゴメン~忘れてた♪。」
先程までのミステリアスな空気を粉砕しつつ、道化師がその仮面を外した。中からは見覚えの有る青い髪と青い瞳が現れた。
「久しぶりだなイチさん。」
浮かない面をしたマミーは形だけの挨拶をする。それを見たイチは少しムッとした顔になった。
「どうしたの浮かない顔して‥なんなら私が慰めてあげようか?」
口では色っぽい事を言っているが、明らかに顔が不機嫌である。
「まぁマミーにも色々有ったりするんだよ。」
そんな二人の間にビィズが割って入る。イチは最上級に不機嫌な顔をしたあと、カパリと仮面をはめ椅子に座り直した。
「とりあえず仕事の話をしましょう♪」
言いながらイチが口元だけをニヤリとさせる。
仕事‥そう言えば今日の仕事の内容とは何なのだろうか?
「仕事の内容は?」
俯いたまま顔も上げずに尋ねるマミーを見て、イチの口元がヒクヒクと動く。
「貴方のちっぽけな憂鬱が吹っ飛ぶほどのお仕事よ。」
やや挑発的な口調で仮面の道化師はそう言った。
「あとは僕が聞くよ綺麗なお姉さん。」
これ以上マミーに任せていると色々と不味いと思ったビィズが、マミーを押し退けてイチの前に座った。
「では、今回の仕事はある武器を探してくる事。」
「ある武器?」
「そう、その武器は太古の遺産、龍殺しの魔剣【封龍剣】」
「じゃあ何処かに採掘にでも行くのかな?」
「いいえ~‥今回探すのはただの封龍剣じゃないの。かつて邪龍を討ち滅ぼしその血を啜った取って置きがあるのよ♪」
興味津々に聞く(フリをする)ビィズを見て、上機嫌で道化師は語る。その語りに反応してか、マミーがその重い首を上げた。
「どこにそんな物があるんだ?」
マミーがボソリと言う。確かに封龍剣と呼ばれる代物は、複製が不可能であり絶対数自体が少ない。その上御伽噺の邪龍を殺した魔剣がこの時代にある筈がない‥
「確か‥密林の更に奥の偏狭の村に有るんだとか。主に村長が不在で、村人が少ない割に過半数が同姓の子供と言う不可思議な村‥その村の名は~♪」
それはどんな村だ?
と言うかそれは村として機能しているのか?
そんな村有る筈が‥
その時何処かで歯車の噛み合う音がした。
沼地の村
プッチーン
「その村の名は‥」
「ロッタ村。」
マミーは呟くようにボソリと言った。
それを見てキョトンとするビィズと、深く溜め息を吐くイチ。そして不愉快極まりないと言った表情でマミーを見た。
「そんなに人の台詞を取るのが好きなの?それとも何?上げて落とすタイプ?本当は知ってるくせに興味津々に聞くフリをして、美味しい台詞をかっさらって楽しんでる訳ね。私はまさに道化と言う訳なのね?」
苛々を全て吐き出す様にツラツラと悪態を吐くイチ。表情だけは笑っているが、瞳の奥は暗く微塵も笑っていない。
「いや‥何で知ってるんだいマミー?」
怒れるイチを見たビィズはアタフタしながらマミーに尋ねた。
「いや‥ただ何となくだ。そんな気がしたんだ。」
マミー自身も何故そんな事を言ったのか理解しかねている様だった。
その様子を見たビィズは"どういう事"なのかを瞬時に理解したが、そんな細かい事情を知らないイチに取ってマミーの一言は、神経を逆撫でする物でしか無かった。
プッチーン
何かが弾ける様な音が車内に響くと共に、荷車がガタリと止まった。
『着きましたよ~。』
荷車の主が目的地に到着した事を告げる。それを聞くが早いか、深く仮面を被り直し弦楽器を背負ったイチがスッと立ち上がった。
『其方の包帯仮面殿は大変博識の御様子。私なぞが居なくとも目的のブツを見付けるのは容易いでしょう。なので私はコレにてサヨウナです。』
イチは低く、他人行儀な言葉と声でサラリと言い放つと真っ先に荷車を飛び出した。
「ちょっとイチさ‥」
ビィズが追い掛けて荷車を出た時には、人混みの中では浮いて逆に目立ってしまう筈の道化師の姿は煙の様に消えてしまっていた。
取り残された2人の周りには話にあった密林ではなく、湿っぽい沼地が広がっていた。‥まだ目的地には程遠いらしい。
その後、荷車の主に運賃を払ったビィズはジトッとした目でマミーを見上げた。
「僕が宿を取ってくるからマミーは先にイチさんを探しててね。」
「‥何で俺が?」
「悪気は無いにしろ怒らせたのはマミーだよね?」
「それはそうだが‥」
「それに僕がマミーを見付けるのは簡単だけど、マミーが僕を見付けるのは難しいよね?」
「ナルホド。」
ビィズの一言に酷く納得したマミーは足早に人混みの中へ駆けていく。
「また後でなビィズ!!」
「はいよ‥さて、僕が行くまでに仲直りしときなよ。」
そう言いながらビィズも村の中へと消えて行った。
変な男
沼地の隅に造られた湿っぽい村。大きさと人口はそこそこ。名産品は近場でとれる多種多様なキノコと、珍しい結晶石などなど‥
無論この村はマミー達の目指す密林の偏狭の村などではない。だが、その村の情報を知っているのは情報屋のイチのみである。
なのでマミーはいち早くこの見知らぬ村からイチを見つけ出す必要があるのだが‥
「‥迷ったな。」
彼は完璧に迷っていた。
右を見ても左を見ても見知らぬ風景、迷っても仕方ない事なのだが、どちらから来たのかさえ解らなくなってしまっていた。
こう言う場合は人に聞くのが一番である。が‥
「あの~」
『…』
「スイマセン」
『‥‥』
奇っ怪な面をしている上、太刀を背負っているマミーを見た村人達は見て解る程彼を避けてしまう。
更には人とブツカり、仮面がポロリと落ちてしまった。そんな彼の前に一人の男のガンナーが立ち止まった。男は仮面を拾うと目の前の包帯男をじぃっと見た。
「ちょっと失礼‥」
男はそう言うとスルリとマミーの包帯を剥がした。赤い面が晒されると共に、村人がより一層マミーから離れたが、男は満足げに包帯を巻き直した。
「変わった怪我ですね。」
「あ、あぁ‥」
男の行動に呆気に取られるマミーだったが、肝心な事を思い出した。
「デカい弦楽器を背負った仮面の道化師を見なかったか?」
「それならさっき見ましたから案内しますよ。」
予想外にあっさりオーケーを貰えたマミーは、ホイホイその男着いて行った。
そして村の外れ付近まで来たとき、聞き覚えのある旋律が聞こえてきた。
「多分コレでしょう。」
男が音のする方を指差しながら言う。
「有難う、助かった。」
「いえいえ、赤い顔には恩がありますし。」
男はニコニコしながら言うが、マミーにはなんの事だかサッパリだった。
「じゃあな。」
「はいはい~。」
マミーは男に別れを告げると、小走りで旋律の音源へと駆けて行った。
不機嫌な道化師
どこからともなく聞こえてくる旋律を頼りにイチを探すマミーだが、音源に近付
く程彼女が如何に不機嫌なのかが理解出来た。
なんと言うか旋律自体は高く美しいのだが、音の端々に棘があると言うか・・如
何にも怒ってますよ、と言ったひき方なのである。
「これは不味いな…」
マミーがそんな事を思っている内に、音の元に辿り着いてしまった。其処は暗い
洞窟で、なかでの不機嫌な旋律を反響させ四方八方へとばら蒔いていた。
態々聞こえるような場所で演奏していると言う事は、相当に不機嫌なのだろう。
マミーは腹を決め、洞窟の中へと踏み込んで行った。
そして数分後
暗い洞窟の中で一箇所だけ、天井が崩れたのだろうか・・光の差し込んでいる場所があった。その中心で、不機嫌な道化師は一人旋律を奏でていた。
「いらっしゃい博識殿、一体全体何用で?」
「さっきは悪かった。」
「何ガでしょうか?私は怒ってなどいませんよ?」
イチは暗く冷たい瞳で、酷く機械的にそう言った。・・予想はしていたがかなりの不機嫌さである。これは事の次第を詳しく説明しなくては・・・
「実はだな・・・」
マミーは自分の今までの経緯と最近の出来事を事細かにイチに話した。
「そんな面白いことがあったのね。」
すっかり元の口調に戻ったイチが、少々悔しげに言う。
「だからさっきのも悪気は無かったんだ。だから・・」
マミーが其処まで言った時、正面のイチがニヤッっと笑った。
「その面で謝られても可笑しくてしょうがないわよ。それにさっきは私も大人気なかったわ。」
そういって彼女はお面を外しにこりと苦笑いをした。
「仲直りしましょ♪」
そういって差し出された手をマミーは軽く握り返した。
「じゃぁ案内の続きを・・」
マミーがその言葉を言った瞬間、イチは気まずそうな表情をした。
「どうした?」
「実は村の場所知らないのよね。」
にこやかに言う道化師を見てマミーの思考は即座に停止した。
苦笑い
暫し黙ったまま思考の回復を待つマミー・・・
先程目の前の道化師は何と言ったか?
A.目的地の場所が解からないと言った。
解かりきった事を再確認してからマミーはイチの方を見た。
「場所も解からないのに何で沼地に来たんだ?」
マミーが最もな質問をする。
「この村に目的地の村出身のハンターが来てるって噂を聞いたのよ。」
「なるほど。」
そう言う事なら早く言って欲しい物だ。
「その人を探せば良い訳だな?」
「それが・・ね。」
マミーの問いに対してイチが苦笑いをする。
「どうしたんだ?」
「ロッタって苗字とハンターって事以外全く知らないのよね・・・」
イチが言いながら明後日の方向を向く。
因みにマミーは此処に辿り着くまで結構な数のハンターとすれ違っていた。村の中心から離れる様に歩いてそれなのだから、村全体でかなりのハンターが居るのは明白である。
「つまり片っ端に貴方の姓はロッタですか?と聞けと。」
「正解~♪」
ニコッと笑って誤魔化そうとするイチだが、その造り笑顔はかなり無理が合った。
「御免なさいね、知らなくて・・」
イチが言いながら泣くジェスチャーをする。無論微塵も泣いていないし、マミーもそれを見て溜息を吐いた。
そして徐に立ち上がり、洞窟の出口へと歩き出した。
違和感
「もしかして・・・怒った?」
恐る恐る下から覗き込むイチを見てマミーはクスッと笑う。
「怒ってないって、目的のロッタさんを探す前にビィズと合流すべきだろ?」
マミーが苦笑気味に言うとイチもそれに頷いた。
「じゃあ行きましょう♪」
「まぁビィズの事だから直ぐに合流してくれると思うけどな。」
そんな事を言いながら二人は湿っぽい洞窟から外へとでた。
その時、マミーは妙な違和感を感じた。何かが洞窟入る前と違っていた。
「どうかしたの、神妙な顔して?」
「いや、なにか違和か・・・」
その言葉の途中で、乾いた風が2人の周囲を吹き抜けた。そう、異様に乾いた熱い風。
その時、マミーはその風が違和感の原因だと気付いた。
此処は湿原や沼地に囲まれた村なのだ。そんな場所に乾いた風なんて吹く筈が無い。
もしそんな事が有り得るとしたら何処かで火事か何かが起こっているに違いない。
マミーがクルリと視界を反転させると、村がある方向から濛々と黒い噴煙が立ち昇っていた。
「走るぞ!!」
「え?」
状況を理解していないイチにそう言うと、マミーは駆け出した。
再び吹いて来た風は、先程と違い血肉の焼ける厭な臭いを運んでいた。
乾く沼地
宿屋にて
時間を数分前に巻き戻す・・・
沼地の村、宿屋前
宿屋の部屋を取り、マミーとイチを探すべく店をでたビィズ。
まぁ探すと言ってもマミーは必要以上に目立つので、
『この辺りで包帯ぐるぐる巻きで仮面を付けた不信者を見ませんでしたか?』
と聞けば一発な訳だが・・
それにイチの居場所も大方見当が付いている。
村の外れに見える丘の方で先程から鳥が騒いでいる。そして其処から微かに聞こえる苛立った音色。恐らくあの下に洞窟があってその中で憂さ晴らしでもしているのだろう。
「そろそろ迎えに行こうかな・・・」
ビィズがそう言って歩き出した時だった。
俄かに道行く人々が騒ぎだした。そしてその誰もが空を見上げある物を指差す。空に浮かぶ黒い影、首の様な翼の様な物が無数に生えた醜悪で不気味な何か・・
此方を見下ろす其れの瞳を見た瞬間、其れが何で何処から来たのかを彼は直感した。
次の瞬間、彼の体が取っていた行動は、体を小さく丸め其処から飛び退く事だった。
渾身の跳躍を果たした体が地面に滑り込む前に、村人たちの好奇の声が断末魔と悲鳴で塗り潰された。
”あれ”が着地したことで巻き起こった突風が小さいビィズの体を道の端まで吹っ飛ばした。
ビィズはゴロゴロと転がる体とクルクルと回る視界で先程まで自分が居た場所を見た。
其処には地面を鮮烈過ぎる赤で染めた化け物が・・・そう文字通り化け物が居た。
三対の色彩が整っていないバラバラで屈強そうな翼。異常に細く長くゴツゴツした四本の尻尾。龍の体を縦に三つ繋ぎ合わせた体にそれぞれ頭がくっ付いていた。
どれもこれも首はなく胴体にへばり付く様にだらしなく口を開いていた。原形は留めていないが恐らくは岩竜か鎧竜。そして唯一首を持った火竜らしき頭が狂った様に眼球を動かしていた。
全身に痛々しく残った縫い跡が、そいつが自然の物でない事を告げていた。
ビィズがなるべくそいつの注意を引かないように、ゆっくりと立ち上がろうとした時だった。
奴の胴から生えた三つの口がボンヤリと光った。
ビィズが二度目の跳躍をした瞬間、三つの口が獄炎の柱を噴き出した。
沼地の村
化け物
胴体に縫い付けられた三つの顔からそれぞれ熱線を噴出す化け物。周囲の建物や人々を断末魔ごと焼き払い、村の一角を紅蓮に染め上げた。
熱線を吐き終えた化け物は大きく身震いをし、此方を睨んだ。
あんな化け物を創り出した上村に放つ等と言う凶行をやる人間なんぞ、ビィズの記憶には一人しか思い浮かばなかった。
「箱庭か・・」
ビィズは言いながら、化け物を中心とした円上をゆっくりと歩き出した。体の大きさやお粗末な結合のされ方から考えて、まず素早く動くことは出来ないだろう。
ビィズは腰のクックジョージに手を掛けながら現状を確認する。
奴の足元に元村人が数人、無論生きてはいない。その他の村人は既に逃げ出した様だ。
そして瓦礫に潜む数名のハンターたち。イーオスにクックにガレオスに・・・
防具を見る限りどいつも下位ランクのハンターの様だ。あてには出来ない。むしろ出てこられた方が面倒だ。
(出てくんじゃねぇぞ・・・)
そう思いながらハンターに目で合図を送るビィズだったが、それが不味かった。
見た目子供なビィズの静止を大の大人が受ける筈が無かった。
『うぉぉおおぉぉ!!』
怒号と共に数名のハンターが瓦礫の影から飛び出した。が・・・
『ギャァァァアアァア!!!!!!』
四つの口から発せられた咆哮であっさりとその場に立ち竦んだ。そして戦闘にいた一人が天辺の顔に食い付かれた。
大の男が情けない悲鳴と共に宙へと持ち上げられる。化け物が喰らい付いた腹部からは金属の軋む音が響き、徐々に赤く染まっていく。それを見た他のハンター達は仲間を助けるべく化け物へと斬りかかった。
その時、化け物の三番目の顔がぎょろりとハンター達を睨んだ。つぎの瞬間、化け物はその歪な体からは想像も付かない速さで複数の尾を振り、飛び掛って来たハンター達を絡め取った。そして化け物は弄ぶ様に尻尾を上下に振り出した。
肉が地面に打ち付けられる音と共に、絡まった男達が呻き声をあげる。ビタンビタンと壊れた人形の様に地面に撃ち付けられる度に、呻き声は小さく短くなっていく。
「役だたねぇな糞共が!!」
自分と相手の力量を測れず、やることを増やしてくれた役立たず達を見てビィズは歯軋りをする。だが、一応人間なので見殺しにする訳にもいかない。
「しゃあねぇな・・・」
ビィズは小さく舌打ちをすると小さな体をより一層小さく丸めて駆け出した。
チビ対デカ物
化け物の背後から特攻を仕掛けるビィズの存在に、四番目の頭が気付き其方を睨んだ。突き刺す様な異形の眼光がビィズの全身をゾクリとさせた。
「掛かってこいや不細工野郎。」
ビィズは不敵に笑い更に身を屈める。四番目の瞳はビィズを睨んだまま、まだ間合いには届かない筈の尻尾の束をぶん回した。
グォン
無論間合いの外に居るビィズにその一撃が当たる訳が無い。が・・・
『うわぁぁぁあぁぁあああぁ!!?』
尻尾に絡まっていた男の内の数名が此方に飛んできた。
ビィズはそれらを左によけ、飛び越し、しゃがんで、打ち返して一気に間合いを詰めた。
無造作に振り回される尻尾の束の付け根まで一気に滑り込むと、付け根の一番太い部分、全ての尻尾が一本に縫い合わされている場所で大きくクックジョージを振りかぶった。
大怪鳥の髑髏が笑う様に唸声を上げた瞬間、不細工な縫い目がグシャリとズレた。
「ばらけろや!!」
雄叫びを上げつつ振り下ろされた二度目の鉄槌がずれた縫い目に抉り込んだ。力任せに押し込まれる怪鳥の嘴は一気に尻尾の束を引き裂いた。
『うおぁっ!?』
不意に拘束が解かれた男達が次々にビィズの頭上へと落下してきた。ビィズは強く
ハンマーの柄を握り締める。そして・・
『邪魔じゃぁぁぁ雑魚共がぁぁぁ!!!』
一気に振りぬかれた怪鳥の髑髏は落ちてきたハンター達で綺麗な放物線を描いて見せた。
そのまま近くの民家に突っ込んだハンター達。
「そこら辺でガタガタ震えとけボケがっ!!」
吐き捨てる様に言うビィズだが、ハンター達の突っ込んだ瓦礫は、ガタガタ震える所か動く気配すら無かった。
「さぁて・・あと一人。」
ビィズは鞄に手を突っ込むと、閃光玉を掴み、一番上の頭目掛け炸裂させた。
網膜を焼ききる様な閃光の後、脇腹を喰らい付かれていたハンターが落ちてきたので、他と同様に吹っ飛ばした。
そして閃光で目を眩ませた化け物を見上げる。胴体の三つの顔は殺意剥き出しの目で此方を見ていたが、天辺の頭はクラクラと頭を垂れる。
「こいつは親切にどうも。」
ビィズはそう言ってニヤリと笑うとゆっくりとハンマーを構えた。
捻る
体を極限まで捻りあげ、全身の力をハンマーの先端へと集中させる。そして大きく一歩を踏み出し、フラフラと頭を揺らす天辺の頭を睨んだ。
「逝って来い!!」
そう言い放つと共に溜まりに溜まった捻りのエネルギーを一気に解き放った。凄まじい音を立て回転するハンマーはまるで独楽の様に軽快に、何度も竜の頭を弾き飛ばしす。
一回二回とハンマーが鈍い音を響かせる度に、竜の頭は赤く、瞳は白く変わっていく。そして五回目の鈍い音が響いた時、歪な化け物は大きくバランスを崩しビィズの方へ倒れ込んできた。
此方に落ちてくる頭を確認すると、ビィズは無理やり軸足を突っ張り、勢いを失いつつあったハンマーの軌道を力強くで上方へとブッコ抜いた。
「死ねや!!」
短い咆哮の直後
ゴギャ
鈍い音が辺りに木霊した。
そして白目を剥いたまま、力なく天辺の頭が垂れ下がった。
「後3ぃーッつ。」
ビィズは残りの顔にそう言いながらニヤリと笑う。
天辺の頭は恐らく司令塔役なのだろう。他の頭は首がなく視界はかなり狭い筈。だから後は背後なり横なり回り込んで攻撃すればどうにかやれる筈だ。
ビィズがそう考えて居た時だった。
ブチブチ
糸を引き裂く様な音が聞こえると共に二番目と三番目の胴が二つに裂け、中から血まみれの首が現れた。そして・・
「マジかよおい。」
事切れた一番目の頭と首を引き千切り貪りだした。ビィズはその光景を見て暫し言葉を失ったが、すぐにハンマーを握り直した。そして食事に夢中の頭達に狙いを定める。が・・・四番めの口がぼんやりと光った。
彼は小さく舌打ちをすると咄嗟に化け物の側面へ滑り込んだ。
四番目の口から放たれた熱線が辺りを金色に照らし出す。
ビィズはこの隙に化け物の背面まで回りこみ、先程砕いた尻尾から一気に駆け上がった。
「背中に目は無いだろう化け物!!!」
そう言いながらハンマーを振りかぶり高く跳躍する。が、そんなビィズの体を何かが掴んだ。
「んなっ!!?」
宙吊りにされたビィズの眼下には背中に埋め込まれた複数の目玉、そして不自然に生えた一本の牙獣の腕だった。
「化け物が・・」
悪態を吐くビィズの眼前には、不気味に光る二つの頭が迫っていた。
短剣と銃口
化け物の口の輝きが最高潮に達する寸前、短く二発の銃声が響き二つの顔の顎に弾丸が突き刺さった。その刹那、刺さった銃弾は紅蓮へと姿を変える。
目の前で轟く二重の爆音、その直後放射された二本の熱線は僅かに軌道をずらし、ビィズの右頬を掠り彼を掴む腕を直撃した。
ブスブスと漂う焦げた肉の臭い、しかしそれでも尚、化け物の腕は彼を放さない。
『ちょっと失礼します。』
足元から不意に声がした途端、ビィズの目の前を閃光が走った。
すると化け物の背中の瞳が痛みにもがく様に不気味に震えだした。そして、バラバラと化け物指先がずり落ちた。
無論、腕に掴まれたビィズもスルリと落下する。だが彼はキチンと報復も忘れない。
「こん糞がぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
落下中に姿勢も立て直さず、力任せに背中の瞳共目掛けクックジョージを振り下ろした。
ブチュァア
嫌な音と濁った液体が辺りに飛び散った。二本の頭が再びビィズを捕える前にさっと背中から飛び降りた。
「えげつない事するね、坊や?」
背後から聞こえる声とその台詞に眉を顰めるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
(後で・・原形留めなくなるまで・・ぶん殴る・・・)
ビィズは自分にそう言い聞かせると後ろを振り返った。其処には
「先程はどうも。で、どちら様ですか?」
見知らぬ男が立っていた。
全身にレウスシリーズを纏い、腰には朱色刃と黒い柄の
片手剣が提げられていた。
「僕ですか?僕の名は・・」
ダンダンダン
その時、3発の銃声が響き2人の背後に迫っていた化け物が僅かによろめいた。
銃声のした方向にはただ瓦礫の山があった。
「おしゃべりは後にしましょう。」
「そうですね。」
男の案に手短に答えると2人は武器を構えた。そして2人は左右に分かれた。
「所でお兄さんは強いんですか?」
ビィズが尻尾をかわしながら叫ぶ。
「子供より弱かったらハンター辞めてますって。」
男は笑いながら、竜の牙を受け流し、短剣の刀身から紅蓮の炎を繰り出す。
(確実に・・・殺す!!)
ビィズは怒りの矛先を無理やり化け物に向け、ハンマーでの強撃を繰り出した。
胴の一部が小さく陥没するも、化け物自体には大したダメージでないのかニヤニヤと笑っている様に見えた。ビィズはそれを見て更に苛立ちを募らせる。
(どいつもこいつも・・・・・・)
「確実にぶっ殺す!!」
「えぇ、勿論。」
焼ける村
好調
ビィズ達が化け物を相手にしている間にも、村の様々な場所から火の手が上がっていた。
立ち上る赤い魔手は、あらゆる物を焼き尽くし、その煙と共焦げる血肉の臭いを辺りに撒き散らしていた。
そんな悪臭の中、マミーとイチは漸く村の入り口へと辿り着いた。帰ってくる途中、臭いに釣れれて村の近くまで迫っていたゲネポスの群れを掃討するのに時間を喰っていたのだ。
多少疲れはしたが、休んでいる暇など無い。目の前で村が燃えているのだから。
ガラッ
不意に近くの瓦礫が崩れる音が聞こえ、イチの影が僅かに大きくなった。瞬間、マミーの体は反射的に背中の黒刀を振りぬいていた。
スパァ
小気味良い音と、鮮血を撒き散らし何かが真っ二つに裂け足元に転がった。
「結構強いのねマミー♪」
隣のイチが感心しながらそう言った。
「あ、あぁ今日は調子が良い。」
マミーはそう答えながらも、自分自身戸惑っていた。今日は何故か敵が何処から来て、それにどう対処すべきかが予想できたのだ。
- ほぼ武器と味方を頼りに戦ってきた彼がこうも直ぐに、狩りの勘とも言うべき物を身につけられる物なのか?
赤い鳥竜
「・・・これ、何かしら?」
イチが先程マミーが真っ二つにした物を見ながら言う。
見た感じはランポスなのだが、上半身の鱗は燃える様な赤で、捌いた腹からはその体躯には不釣合いな臓器が零れ落ちていた。
「・・・さぁ?」
無論、マミーがそれが何かなど知る筈も無い。
まぁ、彼が知らずとも、答えは向こうからやって来た訳だが・・・
ザッザッザッ
小刻みに重なって聞こえる多くの足音・・・それが聞こえた直後、近くの瓦礫の山が赤く弾けとんだ。四方に飛び交う瓦礫の一部が、マミーとイチに迫る。
「キャッ!!?」
「チィッ!!」
マミーの体は舌打ちをするとイチの前に出ていた。そして、鞘を着けたままの黒刀で瓦礫の破片を打ち落として見せた。
『お、おぉ~・・』
2人が同時に感嘆の声を漏らすが、今はそんな事を言っている場合ではない。
先程瓦礫が吹き飛んだのは、威力から考えて火竜の炎弾によるもの。つまり、近くに火竜が居るということだ。
マミーはイチの前に立って太刀を構える。しかし、瓦礫の向こうから現れたのは予想とは全く違うものだった。
それは大量の群れを従えたドスランポスらしき何か。シルエット自体はランポスと全く同じだが、一部が違っていた。それは先程切り捨てた奴同様、燃え盛るような深紅の鱗。群れの全部が全部、上半身の鱗だけ赤いのだ。
そしてそいつ等は此方を見ながら橙色の涎を垂らす。
「何、あいつら?」
「情報屋が知らない事を俺が知るわけ無いだろう?」
イチの問いにマミーが当然の答えを返す。
その時だった。
ギィーッ
先頭のドスランポスらしき奴が、小さく叫んだ。
爆
リーダー格の合図と共に群れの前列に居た赤ランポス達が口を開いた。奴らの喉の奥が赤く揺らめいた瞬間、周囲の気温が一気に上昇するのを感じた。
マミーは反射的にイチの手を引っ張り、瓦礫の陰へ飛び込んだ。次の瞬間、紅蓮の津波が瓦礫の山を焼き尽くし、消し飛ばし。
マミーは頭に積もった瓦礫の破片を振り払いながら赤ランポス達を見た。
「化け物だな、おい。」
マミーは苦笑を浮かべながらそう愚痴った。
赤ランポスの群れに目をやると、先程火球を吐き出した奴のうち数匹の頭が無様に消し飛んでいた。そしてそうで無いものが後方で姿勢を立て直していた。大方反動に耐え切れず吹っ飛んだのだろう。
火竜並のブレスをあの体で放ったのだから当然だろう。何発かブレスを撃たせれば勝手にくたばってくれるかもしれない。だが、問題はその数だ。
「少なく見積もって30くらい居るわね?」
イチが埃を払いながら言う。
「此処は俺がどうにかするからビィズを探してきてくれないか?」
これは遠まわしに逃げろと言っている訳だが、マミー一人であの化け物の群れ相手にするのはかなり無理がある。
「強がっちゃって♪私を嘗めちゃダメよ?」
イチは不敵な笑みを浮かべながら何時も使っている弦楽器を構え一歩前に出た。
「何ふざけてるんだ?」
マミーがイチを下がらせようする前に
ギィーッ!!
再びリーダー格が吼えた。その合図を受け、群れの中で比較的小柄な二匹がイチに襲い掛かった。
笑う道化師
「危ない!!」
マミーが叫ぶ。だが、彼女はマミーがそう叫ぶより早く攻撃を回避していた。二匹の赤ランポスの強襲がさっきまでイチの居た地面を抉る。
「鬼さんこちら~♪」
軽々と攻撃をかわしたイチは赤ランポス達に向けチョイチョイと手招きをして挑発する。
「何やってんだ!!ってうぉ!?」
イチの元へ行こうとするマミーの前に別の二匹が躍り出た。
「ッチ!!」
マミーは舌打ちをするとそいつらに向けて太刀を構えた。
「ホラ、掛かって来なさいよ?」
あいも変わらず手招きをするイチ目掛け、二匹の内の一匹が突っ込んできた。それと同時に、もう一匹が大きく口を開いた。
それを見たイチは、小さく笑った。
そして突っ込んでくるランポスをかわし、その右側に大きく踏み込んだ。後方のランポスの口が赤く染まったのを確認すると、イチは商売道具である弦楽器を豪快にぶん回した。
ギィッ!?
先頭の赤ランポスを捕えた弦楽器は拉げた旋律を奏でる。そして勢いを落とすことなく側面に赤ランポスを張り付けたまま、ブレスを撃とうとするもう一匹を完璧に捉えた。
「ボーンッ♪」
二匹の赤ランポスが爆音と共に紅蓮と爆ぜた。
「所詮はトカゲね♪」
イチは仮面に着いた肉片を拭いながらニヤリと笑った。
焦る包帯男
仲間二匹をあっさりとミンチに変えられた赤ランポスの群れは、その場でイチを睨むだけで追撃を仕掛けては来なかった。
「よく解ってるじゃない♪さてマミー君は~…」
イチはそう言うと視線を赤ランポスの群れから、マミーの方へと移した。
その時だった。
視界の一部が赤く弾け、爆発音が響いた。更に・・・・・
『ノアァッ!?』
間抜けな声と共にマミーがぶっ飛んで来た。
『ウォッ!?』
『キャァ!!?』
そしてマミーに激突されたイチが激しく尻餅を突いた。
イチは自分の上で意識がトビ掛けているマミーを躊躇なく蹴り飛ばした。
「いきなり女性の上にのし掛かるなんて・・・マミー君、発情期なの?」
イチがワザとらしい笑みを浮かべながら、胸を隠すジェスチャーをする。
「断じて違う!」
マミーがイチのせいで強打した後頭部を抑えながら叫ぶ。そんなマミーの声に反応する様に二匹の赤ランポスが跳ねた。
「クソッ!!」
それを見たマミーは、イチを突き飛ばし太刀を構えた。
「ゼェラァ!!」
短い発声と共に放たれた突きは易々と近い赤ランポスの胸を穿ち、貫いた。
背と胸から致死量を軽く上回る血を噴き出す赤ランポスを見てイチは思った。
マミーは何故こんなのに苦戦しているのか?
偶々一撃を貰ったのか?
それとも単純にマミーが弱いのか?
だが今日の好調振りを見る限り、後者は有り得ない。
やはり偶々か?
「く、糞が!!」
そんな時、マミーが喚いた。
何事かとそちらを見るとマミーが、太刀が貫通した赤ランポスに羽交い締めにされていた。
しかし赤ランポスの方は既に致命傷の筈、放っておいても直ぐに死ぬのに・・・・あのマミーの焦り様はなんだ?
その時、死にかけの赤ランポスは血の気の引いた顔でニヤリと笑い、奴の胸部が小さな太陽の様に輝いた。
次の瞬間、赤ランポスは太陽の様な閃光と共に爆散した。
自爆回避
赤ランポスの自爆をもろに喰らい、水平に吹き飛ぶマミー。
「ッソガァッ!!」
マミーは怒号を上げ、掴んでいた太刀を地面に突き刺し無理矢理勢いを殺した。二度も爆発を喰らった鎧は黒く焦げ付き、所々大きく変形してしまっている。
回復薬を取り出すべく鞄に手を伸ばすが、そんな彼に間髪入れずにもう一匹の赤ランポスが飛び掛かって来た。
どうする!?
無傷でいるには奴が自爆する前に確実に息の音を止める必要がある。
だが、何処を切れば良い?
頭?
心臓?
はたまた内蔵か!?
そんな事を考えている内にも赤ランポスの下卑た笑みが迫ってくる。
「えぇい!!ままよ!!」
マミーは覚悟を決め、黒刀水平に振り抜いた。放たれた一振りは赤ランポスの下顎を掠め、細い首を真っ二つに切り裂いた。
鮮血を散らしながら赤ランポスの首が宙を舞う。
…やったか?
そう思った瞬間、クルクルと宙を舞う赤ランポスの首が彼を見てニヤリと笑った。
そして彼の視界の端が眩く光った。
「屈んで!!」
マミーはその声を聞いた瞬間、反射的に身を屈めた。刹那、何かが後頭部の僅か後ろを空間ごと抉りとって行った。
ドゥパッ
水が一杯入った袋を壁に叩き付ける様な音が鼓膜に響いた。
ドッグォン
それを追うように数メートル先から爆発音が響いた。
旋律
「大丈夫?斬ったら逃げなきゃ駄目じゃない。今日は好調なんでしょう?」
イチが先程赤ランポスをブッ飛ばした弦楽器を担ぎながら言う。
「そのとうりだな…」
マミーはやや言葉を濁す。
太刀を振り抜いた後、安全圏までさがればいい。確かにその通りだ。だが彼にはそれが出来なかった。
確かに今日、彼は好調だ。だが、それは反射で対応出来る一太刀目までだ。マミーの今の筋力では一太刀目から後の動きが鈍くなるのだ。
つまり頭でイメージした・・・体が覚えいる動きに今の体が付いて来ないのだ。
そんな事をしている隙に、群れとは反対側の瓦礫から一匹の赤ランポスがイチ目掛け飛び掛かった。
「邪魔よ。」
イチは振り返らずに弦楽器をブン回し赤ランポスを弾き飛ばした。
「それ武器なのか?」
「夜笛…
狩猟笛なのよ?」
「笛?・・・何時も弾いてなかったか?」
「商売用に改造してるのよ。じゃあ今から狩猟笛らしい所を見せてあげる♪」
そう言って彼女は夜笛の弦を引き千切り、先端をくわえ大きく息を吹き込んだ。
高く、細い旋律が辺りに木霊する。
ギィーッ!!
それと同時に、リーダー格が今まで一番でかい咆哮を上げた。瞬間、全ての赤ランポスが2人目掛け雪崩れ込んで来た。
「おいマズイぞ!?」
マミーがそう叫ぶが、イチは一切気に留めず演奏を続けた。
「おい、マジかよ!!」
マミーは逃げ出しかけた足を前に踏み出し、一番近い赤ランポスの首を斬り飛ばした。
「どぉら!!」
更に爆発する前に前蹴りで蹴り飛ばした。だが、奴を十分な距離まで蹴り飛ばすには明らかに力が足りなかった。
「ッ!?」
咄嗟に腕を交差させたマミーと近くにいた数匹をまとめて吹き飛ばした。
吹き飛ぶマミーの体は近くの瓦礫の山に、思い切り後頭部を強打して漸く止まった。そのせいで彼の視界が白く霞んだ。
その霞んだ視界の中で、彼女はただ黙々と旋律を奏で続ける。
次々に襲い掛かる赤ランポスを軽やかにかわし、笛の頭を地面に叩き付け最後の旋律を奏でると彼女は吹き口から口を離した。
「さぁ、序曲は終わりよ♪」
演奏を終えた仮面の道化師は、笛を担ぎ直しニヤリと笑った。
瞬間、マミーの心臓が強く脈打った。体の真ん中から指の先まで血が巡るのが解った。
これは何だ?
頭を強く打っておかしくなったか?
まぁ何でも良い。
今日は酷く調子が良いんだ。
絶好調
マミーとイチは共に無数の赤ランポス達に遠巻きに取り囲まれた。だが、そんな中マミーはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
前方の赤ランポスが一斉に地面に向けブレスを放った。巻き上がる粉塵が2人の視界を瞬く間に奪っていく。
ザッザッザッ
そして、遠巻きに赤ランポス達がぐるぐると回り始めた。当然、視界がゼロな上そんなことをされては相手が何処から来るなど解かる訳が無い。
ザッザッジャッザッ
(右斜め後方)
だが、マミーの頭は僅かな音と粉塵の動きで奴が何処から来るかを予想して見せた。
- と言ってもこれは、何の根拠もない勘に過ぎない。しかし、彼の体は何の躊躇いも無く太刀をその方向へと突き出した。
『ギャァァァァァァ』
手に伝わる肉を抉る感触と共に鼓膜ぶち破るような悲鳴が響いた。マミーが返り血を浴びながら太刀を引き抜く間に赤ランポスの胴が瞬時に煌く。
「おせぇ!!」
マミーは黒刀のミネで赤ランポスの胴を強打した。骨が砕ける音と共に煙の中に消える赤ランポス・・そして
ドゴォ!!!!
爆音と複数の断末魔共に煙の一部がボンヤリ光った。瞬間、全く関係ない三方向が煌いた。
(ブレスだ。)
マミーは駆け出し、ブレスが煙幕を突き破った瞬間、地面に滑り込んだ。頭の微か上を掠める火球を気にも留めず、スライディングの勢いのまま太刀を振り上げた。
ズパァッ
小気味よい音をたて、煙幕の一部が赤く濁った。
ジャッジャッ
(後ろから二匹、跳ねてくる)
ギャォッ!!
後ろから煙幕を突き破り二匹の赤ランポスが躍り出てきた。だが、マミーは身を屈め二匹の下を潜り抜け交代しながらそいつらをなぎ払った。
視界に走った赤い水平線が、瞬く間に爆炎に飲み込まれた。
「さて・・」
ひと段落付いたマミーはリーダー格の気配を探る。
ザッザッドッザッザッ
軽い足音に混じった微妙に思い足音が奴の居る方向を教える。その方向に目凝らすと微かにリーダー格の姿が見えた。そしてイチの姿も・・
「おいおい・・・」
マミーは駆け出す。イチは今5匹の赤ランポスを相手にしている。背後から迫る奴を察知するのはまず無理だ。だが、それでもマミーの仮面の下の顔は全く崩れない。
マミーがリーダー格を追うのを止めようと飛び出してきた奴のアキレス腱を切り裂き、一気にリーダー格に詰め寄る。
そして、奴がイチに奇襲を掛ける寸前に、マミーの太刀が奴の尻尾の先を切り落とした。不意の一撃に振り返る赤いドスランポス。だが、その時全ては終わっていた。
脳天から真っ二つに裂ける赤いドスランポスを余所に、マミーはゆっくりと黒刀を太刀に収めた。
チンッ
刀が納まると共に彼の後方で紅蓮が弾けた。
「絶好調。」
仮面の男はニヤリと笑った。
元通り
不意に強い突風が吹きぬけ立ち込めていた煙幕を全て吹き飛ばした。その後に残ったのは無数の赤いシミと飛び散った肉や骨片だけだった。
リーダー格を殺ったので群れの生き残りは逃げ出したのだろう。
「それ!!」
そして逃げそびれた一匹がイチに痛烈な追い討ちを喰らった。
しかもその赤ランポスは此方目掛けふっ飛んで来た。しかし、マミーは一切動じず背中の黒刀を掴んだ。
ー!?
だがその瞬間、マミーの膝がガクンと崩れた。
ここで余談だが、狩猟笛の肉体強化の効果は”一時的”な物である。なので効果が切れた事に気付かないと偶に酷い目に会う。
崩れた体勢から無理矢理抜刀斬りを繰り出すが、どう考えても間に合わない。
結局マミーは赤ランポスが直撃した上、自爆と言う最後っ屁を喰らう羽目となった。
激しくふっ飛び瓦礫に頭を埋めたマミーを見て、イチは一言こう言った。
「なっさけ無いわね~」
今日は好調な筈だったんだがな・・・
這いずる頭
未だに煙が上がる村の中心部・・・
其処には2人のハンターと一匹の化け物姿があった。化け物は全ての翼が切り裂かれ、へし折られているが、胴体だけで蛇の様に動き回っていた。
ビィズはそんな化け物に正面から突っ込んで行く。
「ズォリャァァァ!!」
雄叫びと共に放たれた一撃が二番目の頭の下顎をぶち抜いた。瞬間、2つの眼球が不規則に揺らぎ、グルンとひっくり返った。
気絶したか?
だが、残った2つの頭がビィズを見てニヤリと笑う。
「糞が!!」
ぼんやりと光る頭を見て、ビィズは大きく後ろに下がる。そんな彼を二本の熱線が追いかけてくる。
ビィズは大きく息を吸い込み、熱線の脇へ体を捻り込んだ。そしてその反動を使い、振り子の様にハンマーを振るった。
ゴシャッ
鈍い音が響き、三番目の頭が意識を弾き飛ばした。
「後一つ・・っ!!」
ハンマーを振りかぶろうとしたビィズの眼前に再び2つの顔が迫る。大きく開かれた口がビィズを喰い千切る前に彼の首根っこがグイッと捕まれた。
「危ないですよ。」
ビィズを掴んで逃げながら男が言う。
(後で絶対殺す・・・後で必ず…)
ビィズは精神を落ち着けた後、奴を倒すべく考えを巡らせる。
此処まで追い込んだが羽をもいだ分、動きが早くなってしまった。
どうにか動きを止め一気に止めを刺したいのだが…閃光や罠を使うとデタラメに熱線を放つので質が悪い。
「どうにか全部一編に意識を吹っ飛ばさないといけねぇな…」
その台詞を聞いて、男がふと頭を上げた。
「なら私に良い考えが・・・」
男はそう言ってビィズに作戦の内容を伝えた。
「・・・良い案だが、どうやって"もう一人"に伝えんだ?」
「私とアイツは以心伝心だから大丈夫なのです。」
男は自信満々に親指を立てて見せた。何の根拠も無いが今はその案に乗るしかない。
「じゃあ行きますよ~。」
「成るようになれや!」
2人はそう言って化け物の方を振り返った。
ズルズルと迫る化け物目掛け男が大樽爆弾を転がした。そして化け物の腹下で爆弾が弾けた。
爆発を茂呂に喰らった化け物の体は、頭を此方に向ける様にして立ち上がった。
その瞬間、3つの頭にそれぞれ弾丸がぶちこまれ小さな爆発を起こす。
「今です!!」
「解ってんよ!!」
ビィズは男の盾を踏み台にして高く跳び跳ねた。そして軽く脳震盪を起こして縦一直線に並んだ頭を見て勝利を確信する。
「逝ってこいやぁ!!」
渾身の一撃が3つの頭を完璧に捉えた。
達磨落し
一直線にならんだ頭目掛け垂直に放たれた一撃は、隕石の様に天辺の頭にクレーターを作り上げた。そして三つの頭は激しくぶつかり合い、互いの脳を揺さ振りあった。
そして、全ての目玉がグルンとひっくり返り白目を剥いた。
「ザァァァァァァ!!!」
其処へ間髪いれずに男が斬りかかった。彼の振るう深紅の刃は、紅蓮と共に化け物の継ぎ目を駆け抜けた。
互いを繋ぎ止めていた糸が切れたことで、化け物は大きくバランスを崩した。
ビィズはそんな化け物の一番したの頭目掛け大きく左足を踏み出した。未だ焦点の定まって居ない頭の側面目掛け、怪鳥の髑髏を打ち込んだ。
嘴がめり込み、目も当てられない程に変形した顔、腕には肉を抉る不快な感触に侵されていく。だが・・・
「だっしゃぁっぁぁぁぁぁ!!!」
それでもビィズは無理やりハンマーの柄を振りぬいた。
ブチブチッ
その結果、化け物の頭が接合部から音を立て引き千切れた。
更にビィズは落下してくる二番目の頭を見て右足を踏み込み、振り切った怪鳥の髑髏を力任せに振り戻した。
ゴシャァッ
腕の筋繊維がプチプチと嫌な音をたてるが、一切の躊躇い無く二度目のハンマーを振りぬいた。
顔を三日月の様に変形させふっ飛ぶ二番目の頭を横目に、最後の頭に狙いを定める。
「テメェデシマイジャ!!!!!」
ハンマーの慣性に任せビィズは最後の一撃を振りぬいた。
メシャァ
最後の頭は千切れた首をぶら下げたまま瓦礫の中に突っ込んでいった。
「ハァハァ・・・ザマァ見ろ、ボケが。」
ビィズはそう言って、その場に座り込んだ。
その一部始終はさながら達磨落し。達磨が落ちた後には化け物はピクリとも動かなくなっていた。
最終更新:2013年02月26日 19:00