焼けた村
マミーとビィズ達は確かに化け物達を退治した。だがあれが全てではなかったのだ。
火の勢いが収まった頃には村の八割近くが瓦礫と消し炭と化していた。
そんな荒れ地と化した村の真ん中には多くの生き残りが集まっていた。
ビィズも男達と一緒にその隅にでマミーを待っていた。人だかりから聞こえてくるのは、この惨事に対する嘆きや恨みの声だった。
ビィズはそれが全て自分に対して言われている様な気がしていた。何故ならあの化け物の中に自分が育てた物が居たかもしれない…
それにあれは確実に箱庭の…狂人の家畜どもだ…
そう、狂人の家畜…
『オーイ!!』
そんな時、何処からか聞き覚えのある声が聞こえてきた。それを聞いたビィズは、すっと重い腰を上げた。
自己紹介
銀髪の男
遠くから此方に手を振る、仮面と包帯の男、そして道化師の姿…
ビィズはそれが誰かを確認した瞬間駆け出した。
「やっと見付けたぞ、ビィ・・・」
マミーがその台詞を言い切る前に、ビィズは鋭く加速した。そして、短くステップを切り、弾ける様に跳び跳ねた。
一切減速する事なく、微塵の無駄も無い跳躍、そして全ての運動エネルギーが先端であるつま先に集中する。
「何処ほっつき歩いとったんじゃ、この顔面大惨事がぁ!!!!!!!!」
『モペガッ!?』
全ての運動エネルギーが膨大な破壊エネルギーとなり、マミーの仮面を木っ端微塵に消し飛ばした。
「人が!化け物の!相手を!しとる間に!テメーはイチさんとシッポリかゴラァッ!!」
ビィズが一言毎にマミーに蹴りを繰り出す。その度に人形の様に跳ねるマミー…どう見てもやり過ぎである。
見かねたイチがビィズを止めに入った。
「まぁまぁ落ち着いて…コッチも色々有ったのよ?ねぇマミー君。」
『・・・』
・・・返事が無い、ただの屍の様だ。
それを見て、ある程度冷静に成ったビィズがマミーの首を掴んだ。
「起きろぃ!!」
ボギャン
掛け声と共に、マミーの首が奇っ怪な音を立てる。
「んぁ、おはようございます。」
「おはよう、マミー。」
目が虚ろなマミーに対して、何も無かったかの様に挨拶をするビィズ。
「何だか激しいプレイをしてるね?」
そんな時、銀髪の男がマミー達の背後から現れた。
「どちら様?」
「あら、良い男♪」
彼を見て、マミーとイチが口々に言う。
「さっき化け物に襲われた時に助けて貰ったんだよ。」
ビィズが簡単に説明すると、男はニコリと笑った。
「
片手剣使いのパルと言います。こっちは相棒のバル…」
「居ないよ、相棒?」
男はビィズにそう言われてから、相棒が居ない事に気が付いた。
「食べ物探しに行ったんだった…ちょっと待っててね。」
パルはそう言うと人混みの中に消えて行った。
ぼそぼそ
銀髪の男が相方を探しているまに、三人は互いが離れている間に何があったかを報告しあった。
「へぇだから遅れたんだね。」
「そういう事だ。」
そう言った後、ビィズは辺りを見渡した。
「・・・しかしどれだけの
モンスターが居たんだろうな?」
マミー達は、目に付くモンスターを片っ端に倒して此処まで来たわけだが、辺りは見渡す限り瓦礫と消し炭になっていた。
「さぁね。ただ・・誰がやったかは大たい見当が付くけどね。」
「箱庭の狂人だって言いたいのか?」
「多分ね。」
ビィズはそう言ってた溜息を吐いた。その時、イチが2人の間に顔を割り込ませた。
「2人も此処最近の奇形の襲撃の黒幕を知ってるんだ?」
『此処最近?』
イチの突然の言葉に、2人の声がダブる。
「ここ数ヶ月でこの村と似たよう化け物の襲撃が頻発してるのよ。で、その黒幕ともっぱらの噂なのが裏の世界では悪名名高い箱庭の狂人って訳なのよ。」
イチの説明を聞いて2人は硬直した。
こんな惨状が人為的に起されている上、その黒幕があの狂人だって?
「もしかして・・・知らなかった?」
2人の反応を見てイチが戸惑い気味に尋ねるが二人は答えない。
2人にとってあの箱庭は存在自体忘れたい物なのだろう。
「やろぅ・・・」
その時、ビィズが唸る様にそう言った事にマミーは気付かなかった。
「じゃあ他にも噂が有るんだけど聞きたいかし・・」
イチが其処まで言った時、彼女の後ろから見覚えのある銀髪の男が現れた。
「お帰りパルさん・・・で相方さんは?」
マミーがそう尋ねるがパルは答えない。それどころか戸惑っているように見える。
「どうした、パルさん?」
「いや・・俺は・・」
マミーの言葉にパルが何かを言うが、ぼそぼそと喋っているせいでイマイチ聞き取れない。
「なんて言ってるの?」
「だから俺は・・・」
「え、何?」
三人が寄って集ってパルの言った言葉を聞きなおす。その時、パルが大きく息を吸い込んだ。
『だから俺はパルじゃないんだって!!』
予想外の大声に一同が耳を塞ぎ、周りの人々が一斉に此方を振り向いた。
「あ、すいません。」
パル(?)は小さい声に戻って周りに謝罪をする。その騒ぎわ聞きつけてか、誰かが人ごみを掻き分け此方にやってくる。
「・・・・何してるのかな、皆さん?」
人ごみの中からは銀髪の男が出てきた。
同じ顔
『?!』
マミー達3人は人混みから出て来た銀髪の男と、隣にいる銀髪の男の顔を見て驚愕した。
「同じ顔!?」
マミーがそう言うが、厳密に言うと若干違う。
人混みから出て来た方は、始め話していたパルと同じ様なニコニコした顔をしている。
それに対して隣に居る方は何と無く不機嫌と言うか、気だるそうな顔をしている。
それに防具の造りが微妙に違う。
「えーっと・・・パルさん?」
「ハイ?」
ビィズが恐る恐る聞くと、人混みから出て来た方が返事をした。
「じゃあ此方のパルさんは誰だ?」
「だから俺はパルじゃないんだって…」
その一言を聞いて人混みから出て来た方のパルがニュッと首を伸ばす。
「バル、何処に行ってたのさ。」
「何処って…コレ。」
そう言ってバルと言われた方が、両手に持った数本のこんがり肉を見せた。
「あぁ、そうだった。ゴメンゴメン。」
「全く・・・」
同じ顔同士の会話とやりとりを見て酷く困惑する三名。
「そろそろ説明が欲しいんだけど…」
「あ、そうだね。」
イチの言葉を聞いて、パルとバルと呼ばれた方が横に並んだ。
「では改めてまして…僕の名前はパル・ロッタ。で、此方が相方の…」
「・・・バル・ロッタ。」
ニコニコと言うパルと、かなり面倒くさそうに言うバル。
「で、2人でハンターをしてるんだ。僕が片手剣でバルがガンナー担当。本当は三つ子なんだけど姉さんとは別々にハンターをしてるんだ。」
愉しげにスラスラと語るパルと終始黙りのバル。・・・見た目はソックリだが、性格は大分違う様だ。
「三つ子だけど2人で行動・・・つまり周りから見たら双子のハンター…でもってロッタ…」
イチがブツブツと呟き、思い出した様に手を叩いた。
「お二人の出身は【ロッタ村】じゃないかしら?」
「そうだよ。でも、あんな辺境の村の名前なんてよく知ってるね?」
イチの言葉にパルが少し驚いた様な顔で答える。
「やっぱり、大当たり~♪」
「なんの話だ?」
1人喜ぶイチに、マミーがすっとぼけた事を聞く。
「なんの為に此処まで来たのよ?ランポスに襲われた時に頭でも撃ったの?」
イチが呆れた様な顔でマミーを見た。
「何の為って…」
何の為だったか?
確か親父さんに仕事を頼まれて…
封龍剣を探しにこの村へ…
でも目的の村はこの村じゃなくて…
この村に居ると言う双子のハンターが場所を知ってて…
その村とハンターの名前が…
交渉
「ロッタ!!」
漸く思い出したマミーがポンと手を叩く。
「何の話かな?」
続けて、話に参加出来ていなかったビィズにイチがこの村に来た理由を説明する。
「・・・という訳なのよ♪」
「へぇ~…もの凄い偶然だね。」
一通り話を聞いたビィズが苦笑いをする。
この村に来てこの双子に会えなかったらどうするつもりだったのか?
と言う疑問は口に出さずにおいたビィズだった。
「お三方は食べないの?」
こんがり肉にかぶり付きながらパルがそう言った。
「イタダキマス!」
真っ先にこんがり肉を受けとったマミーに続いて、2人もこんがり肉を受け取った。
そして黙々とこんがり肉を食べる2人と、雑談をしながら肉を頬張る三名。
「パルさん、ちょっと良いかしら?」
此処で本題に入るべくイチが口を開いた。
「ん、何?」
「もし良かったらなんだけど・・・ロッタ村の場所を教えてくれないかしら?」
若干の猫撫で声と上目遣いでイチがパルに迫る。
「あんな辺境に何の用が?」
「お仕事なんです、ね♪」
そう言ってイチがマミー達を見てウィンクをする。
確かに仕事なんだが、日頃とのギャップのせいか今の彼女はなんと言うか…
「なんか気持ち悪いな…」
マミーがそう言った瞬間、彼の額にこんがり肉の骨がサクッと突き刺さった。
『ァギャー!?』
後ろで悲鳴をあげるマミーを無視して、イチが交渉を続ける。
「教えて貰えませんか?」
「別に教えても良いけど…絶対に迷うよ?」
「そんなぁ・・・」
困った顔をするパルにイチがにじりよる。
「別に案内しても良いけど歩きだっと狩猟域を使っても一週間くらい掛かるしなぁ…」
パルが頭を抱えていると、今まで黙々とこんがり肉を食べていたバルがスクッと立ち上がった。
「何処に行の、バル?」
「何処って…村の入り口…」
「なんでって…村長が迎え出すから帰って来いって…」
「あぁ、忘れてた!」
そう言ってパルもさっと立ち上がった。
「どういう事?」
「最近物騒だから一回村に帰って来いって村長に言われてたんでした。で、その迎えが今日来るんでした。」
マミー達に向かって、ニコニコしながらパルがそう言った。
「良ければ一緒に行きますか?」
「ありがとうございます♪」
パルの言葉にイチが即答する。
そんな時、バルがマミーとビィズの肩に手を掛けた。
「酔わないようにね。」
『え?』
マミー達は直ぐにバルの言葉の意味を理解する事になる。
ジュリアナ
銀髪の双子に先導され、村の外れへと歩いて行く一同。そして小さな森の中で、ポッカリと木の生えていない場所に着くと先頭の2人は足を止めた。
「ここら辺で良いかな…」
しかし其処には迎えの荷車所か、道らしき道すら無かった。見えるものと言ったら、ひ弱そうな樹の群れとその向こう側の湿地帯、あとは遥か上空を飛ぶ鳥の影程度な物だ。
一体何が良いんだろうか?
マミー達が困惑気味に2人を見ていると、バルが鞄の中から何やら取り出した。
三日月を半分にした様な形状…材質は見たところ骨か何か…見た目は多少違うが角笛だろうか?
因みに角笛と言うのはモンスター達の注意を引く道具で、近くにモンスターがいると漏れなく(モンスター達に)モテモテ状態となる。
なので襲撃が有った直後で、何処に残党が潜んでいるとも解らない今の状態で使うのは非常に危ない…
「ちょっと何を…!?」
マミーの制止など全く意に留めず、バルは角笛に盛大に息を吹き込んだ。
コァーン…コァーン…
奇っ怪な音色が周囲に轟く。
ガサガササササ!!
それと共に小さな森が、一気にキナ臭くなった。
「何をやってるんだ!?」
武器を構えながらマミー達は背中合わせに迎撃の体制を取る。
「まぁ見てなよ。」
それとは対照的にリラックスした感じでセラセラ笑うパル。
(この2人は何を考えているんだろうか!?)
3人がそう思った時だった。
先程まで直ぐ近くに迫っていた殺気やら気配やら一気に消え失せた。そしてその代わりに巨大な影が一同に重なった。
木々をしならせ、暴風を巻き起こしながらそれは飛来した。
それは春を思わせる様な美しい桜色の巨躯と蒼天の様な瞳を持つ火竜だった。
溜め息がでる程の美しさと、見る者全てに畏怖の念を抱かせる獰猛さを兼ね備えていた。
「あ、死んだな…」
マミーは思わずそう呟いた。
そんな死の化身にパルとバルは不用意に近付き、手を伸ばした。
『久しぶりジュリアナ。』
2人はそう言ってリオハートの頭を撫でた。リオハートも嬉しそうにそれに応じた。
『…え?』
一同が不可解な現状に苦しんで居ると、パルとバルはイチを連れてリオハートの背中に飛び乗った。
「この子の名前はジュリアナ、ロッタ村の一員なのだよ。」
自慢気に言うパルだが、マミー達は色々と突っ込みたい事が有りすぎてそれどころかではない。
え、村で竜を?ジュリアナ?てか何でイチだけ背中に?
そんな時、何かが2人を掴んだ。
出発
胴体を何かに捕まれたと思った瞬間、体がフワリと浮遊する。
「うぉっ!?」
マミー達の体を掴んでいたのはジュリアナの両足だった。しかし、その足に必要以上に力は掛かってなく、落とさない様に優しく2人を掴んでいた。
そして3人を背に、2人を足に掴んだままジュリアナは徐々に上昇していく。
「なんか…懐かしいな。」
「…そうだね。」
2人はみるみる小さくなる森を見ながら、箱庭から逃げ出した日の事を思い出していた。
あの日の空の飛行は…忘れられない程に最高だった。
きっと今日の飛行もあの日程出はないが、素敵な物になるに違いない…
そう思っていたマミーだったが、そんな甘い考えは次の一言で粉々に叩き潰される事になる。
「では出版進行~♪」
ギャァァォ!!
パルの言葉に呼応して、ジュリアナが高々に吼えた。刹那、目に見える全ての景色が後方へとすっ飛んで行った。
イヤ、ジュリアナが想像も付かない様なスピードどで飛んでいるのだ。
それの証拠に先程からイチの悲鳴らしき物が聞こえる。まぁ風圧が凄すぎてノイズ程度にしか聞こえない訳だが…
「これは…最高な空の旅に…なりそう…だ。」
マミーの意識は其所で途切れた。
砂漠の街
可笑しな外観
砦蟹の狩猟を終えたランダは、素材の解体や手続きなどを全てギンコに任せて一人砂漠を歩いていた。
因みにランダは砦蟹を狩る為に荷車で大きく移動した後、砦蟹を追いかけながら狩猟をしたため大きく火山の村から離れてしまった。
一応荷車は呼んではいたのだが、なるべく荷物を積むためにランダは一人別ルートで帰ることにしたのだ。
- まぁ本音を言えばまだ工房に戻りたくなかったのであろう。
そこで彼女は狩猟完了地点から一番近い、砂漠の街へと向かっていた。
特徴としてはかなり大きい街で、街の内と外に様々な竜対策が施して有るんだとか・・・
人口も非常に多く、狭い路地裏には数え切れないほどの露店が存在する。
主にハンター相手に商売をしているので宿屋や道具屋、工房などが多数存在する。
「あ・・っつい・・・・」
灼熱地獄の砂漠を突き進むランダがそうボヤク。鞄の中に手を突っ込むと、指先にひんやりとしたものが当たった。
それは先ほど調合したクーラードリンクな訳だが、既に最後の一本となっている。
そのラスト一本を鞄から取り出し、暑さに負け一気に飲み干した。
「・・・やっちゃった。」
全部飲み干してから後悔の言葉を漏らすランダだが、呑んでしまったものはしょうがない。
ヒンヤリとした気分で空になったガラスの瓶を覗き込むと、砂漠に不似合いな物々しい城壁が湾曲して写り込んでいた。
それは紛れも無く砂漠の街の城壁だったのだが、何か違和感を感じる。
ランダはボウガンのスコープを取り外し、街の方を見た。
なにやら街の周りが赤く滲んで見える。・・・まだ日が暮れる前なので決して夕焼けとかではない。そうするとあの赤は何か・・・・
そして一番不自然なのは正面の城門で飛び出したままになっている撃龍槍だ。本来あれは収納されている物で、飛び出したまま・・という事は有り得ない。
ランダはスコープを望遠を最大に変えてもう一度街を見た。
そして・・・
「・・・・・・!?」
言葉を失った。
スコープに映った映像が違和感の訳を教えてくれた。
壁の周りが赤い理由、それは大量の竜がそこら中で血を垂れ流し死んでいるからだ。
撃龍槍が飛び出したままなのは、大量の竜を串刺しにして動けなく成っているからだ。
尋常ではないその光景を見たランダは、砂漠の街向けて駆け出していた。
城壁の中
砂漠の街のかなり近くまでやってきたランダだったが、城壁の外には竜の死体はあっても動くものは何一つ無かった。
そして無人になっている城門の人用の扉から慎重に街へと入った。
街の中は外とは大して変わらなかったが人の屍が無いところは流石と言うべきか・・・
屍骸の群れをざっと見回してみると、大概が竜の中でも小型の鳥竜種だった。イャンクックやゲリョス・・・その中でも一際目を引いたのが眠鳥ヒップノフ・・
主に樹海に生息する催眠効果のある液体を吐き出す竜。
無論他の鳥竜含め、こんな砂漠のど真ん中に居るべき物ではない。
第一、大量発生することは有っても、数種類の物が一度に大発生し、行動を共にすることなど有り得ない。
さらに、中には奇妙な体色の者や羽や尻尾が複数ある者、そして継ぎ接ぎの様な跡がある者など。
どう考えても自然ではない。
キャォォォオ!!
そんな時、向こうの路地から竜の物であろう咆哮が聞こえてきた。
キャォォォオ!!
それも複数。
「・・・・残党?」
ランダはそんな事を呟きながら拡散弾をリロードする。そして竜が居るであろう路地をそっと覗き込んだ。
「・・・!?」
彼はそこを見て驚愕した。
そこ居たのは声の数に反してヒップノフ一体だけだった。だがその一つの体から頭が二本生えていたのだ。
それによく見ると、頭が無くなっているが合計で五本の首があった。そして残った二本が何かに・・いや、誰かに向けて睡眠液を吐き出した。
人影はするりと睡眠液をかわすと、ヒップノフの首下へと潜り込んだ。そして背中に担いだ大鎌を右手で振りぬいた。
巨大な刃が光ったと思った瞬間、鎌は背中に戻っていた。そしてワンテンポ遅れて眠鳥の首がズルリと動き、夥しい血と共に落下した。その一刀は見ている此方がゾクリとするほど美しく、完璧な物に見えた。
しかし、首を一つ落としてもまだもう一本残っている。残った頭が鎌の男に喰らいつこうとした瞬間、もう一つの人影・・・いや怪鳥の頭が飛び出してきた。
「うっしゃぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
甲高い女性の咆哮が響き、毒怪鳥の頭を模した
ハンマーが残った頭ではなく、先ほど切り落とされた方の頭に叩き込まれた。
ドゴッ
鈍い音と毒液を撒き散らし、眠鳥の頭が弾丸の様に打ち出された。そしてヒップノフの胴にめり込むと、そのまま後ろの宿屋まで弾き飛ばした。
ゴガァッ
豪快な破砕音と共にヒップノフは宿屋の壁に貼り付けとなった。
見覚えのある色
「キャァッ!!?」
ヒップノフが減り込んだ壁の方向からどこと無く聞き覚えのある女性の悲鳴が響く。目を凝らすと、瓦礫の影に見覚えのある暗い青色が混ざっていた。それは化け物眠鳥を見て腰を抜かしたニーだった。
「何故・・あんな所に?」
ランダがボそりと言うと、ニーはその声に気付いたのか此方を振り向いた。
「あ、ランダさんじゃないですか!?」
そういって此方に手を振るニー。
そんな時、事切れたと思われた眠鳥の瞳がギョロリと彼女を睨んだ。歪な嘴が華奢な体目掛けて大きく開かれた。
「ニー!!!」
ランダがそう叫んでも、当の本人は気付かずに手を振っている。この距離からでも十分に奴を狙えるが、装填されているのは拡散弾だ。崩れかけた瓦礫の崩落に彼女を巻き込み兼ねない。
ランダが引き金を引くのを躊躇っている時、彼の隣を襤褸切れを被った骸骨が駆け抜けて行った。その左手の親指は自信有り気に立てられていた。
目の前の光景に一瞬驚いたランダだったが、即座に骸骨の親指の意味を理解した。
「キャァァァァァァァアア!!?」
走ってくる髑髏と、自身に向けられた銃口で、ニーは漸く自分の置かれた状況を理解したらしく絹を裂く様な悲鳴を上げる。
「大丈夫・・一瞬。」
ランダはそう呟くと共に引き金を引いた。重なった発砲音と共に二発の拡散弾が放たれ、後ろの建物ごとヒップノフを爆散させる。
「キャアァ??!」
崩れ落ちてくる眠鳥と瓦礫を見てニーが三度叫ぶ。そんな彼女の真前に襤褸切れの男が現れた。
「安心しろ。」
男は襤褸切れの隙間から骨だけの顔でニヤリと笑い降りかかってくる瓦礫と眠鳥を見た。だが、髑髏の笑みを見たニーが気を失った事に男は気付いていない。
「ゼリャァァァァアアァァアァアアアア!!!」
髑髏は咆哮を上げながら背中の大鎌を瓦礫ども向けて振り回した。宙を駆ける湾曲した刃は、火花を散らしながらも崩れてくる全てをバラバラに切り落として見せた。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
男は鎌をしまうと、やや自慢げに振り返った。
「って、あれ?」
そのとき、漸くニーが気絶していることに気が付いた。
お説教
「・・ぃ・」
誰かが体を揺すりながら、何かを言っている。
「起きろニー。」
- 聞けばそれは自分の名前だ。それにその声にもどこか聞き覚えがある。体がさらに揺すられる。それに目蓋の向こう側も明るい・・・
「おはようニー。」
目の前には見覚えのあるヘルムが有った。
「おはようござますランダさん。」
寝ぼけたままニーが返事をする。
「お、起きたかお嬢さん?」
そんなランダの後ろから襤褸切れを被った男が顔を出す。それを見た瞬間、二ーは先程の事を思い出した。
「さっきはありがとうございます、ランダさん。」
「どういたしまして。」
ランダが短く返事をする。
「一応俺も助けに入ったんだけど・・・」
ニーにはこの男が、先ほどの骸骨だと気付いてやや後退する。
「どうも。」
そしてとって付けた様な礼を述べた。
「いえいえ・・なんか地味に凹むわ。」
男が一人項垂れるのを見て、後ろの麒麟装備の女性がケラケラ笑う。
「ロードがかっこつけても女性には受けないって。」
見た感じは男より大分若く見える。娘か何かか?
ヘルムの後ろからは長い銀髪のツインテールがはみ出している。そして言動や雰囲気は男っぽいが、やたら・・・女性的な体つきをしている。
「それに俺以外の女に色目使ったら許さないぞ、ダーリン?」
女性はニコヤカにそう言いながら男の肩を握った。
ギチチチ・・
骨が軋む様な音が聞こえたのは気のせいでは無いのだろうが、とりあえず無視しておく。
「で、何をしてた?」
ランダが二人を無視してニーに問いかける。
「それは・・勿論商売ですよ。」
そう答えるが、その目は明らかに泳いでいる。
「そうじゃなくてなんで避難勧告が出てる街の外周部に居たんだ、お嬢さん?」
男が冷や汗だらだらの顔で言う。肩に目をやると、女性の手が先ほどよりかなり喰い込んでいる気がするが、気のせいと言う事にしておく。
「それは・・・」
ニーが助けを求める様な目でランダを見るが、彼は一切助ける素振りを見せない。それを見て観念したようにニーは頭を垂れる。
「今なら鳥竜種の素材が採り放題だと思ったんです・・・大分戦闘も収まってたみたいですし・・」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げる。
仲裁
ニーの弁明を聞いて、女性の頬がひくりと動いた。そして彼女の右手がニュッと伸びた。
「火事場泥棒の真似事をしてたのか?」
そう言って彼女はニーの胸倉を掴みあげる。瞬間的にニーの瞳が緩むが、彼女は一切手を緩めない。
「ご、ごめんなさい・・・」
「死にたかったのかって聞いてんだよ!!」
そう怒鳴りながら彼女は謝るニーを吊るし上げる。ニーがボロボロと涙を流しても彼女の手は一切緩まない。
「もうやめとけ、な?」
そう言って男が止めに入った瞬間、怒りの矛先がそちらに移った。
「あんたはどっちの味方なんだ!?」
『ダパァッ!!!?』
そう言いながら彼女の右拳が骸骨の顔面に減り込んだ。その後も女性は骸骨に殴る蹴るの暴行を加える。
「すまないな、ちょっとトラウマでも思い出したんだろ。」
「話聞いてるのか!!」
だが男は蹴られながらもケロッとした顔で話す。・・こう言ったやり取りは慣れっこの様だ。
そして、ニーの行為は酷く女性の気に障ったらしい。
ランダは自分の後ろに隠れているニーを前に引っ張り出した。そして・・・
パァン
「へ?」
ランダは強くニーの頬を叩いた。その出来事に周りの面々がピタリと固まる。
「謝って。」
「ご、ごめんなひゃい・・」
ニーはランダに言われるままにもう一度頭を下げた。
「これで許してあげてくれ。」
ランダのその一言で一気に冷静になったのか、女性がバツの悪そうな顔をする。
「こっちも・・言い過ぎたよ。」
そう言って女性もぺこりと頭を下げた。
「さて・・・残党も粗方片付いたみたいだし、一端集会所に行きますか?」
骸骨のその提案に反対する者は居なかった。
そうして一同は街の中央にある集会所に向かった。
因みに、移動中ずっとニーがシクシク言っていたため女性が二回ほどぶち切れ、その度に男がぼこぼこにされた訳だが
それは割愛しておく。
集会所
この街は砂漠と言う劣悪な環境にあるため、水や食料を求めるモンスター達が度々襲撃してくる。
その為大量のハンターが生まれ、ハンターを中心として発展してきた。なので街並み自体がモンスターに対する壁であり、攻撃手段である。
なので街の中心にはハンター達の拠点である集会所が存在する。
その集会所に行く道には多数の怪我人は居たものの、死人は1人も居なかった。
何でも数年前に古龍の襲撃によって手痛い被害を受けたらしく、街の設備を毎年強化しているらしい。
言われて見れば、建物の屋上には様々な物が備え付けられていた。
そして一同は集会所に到着した。集会所の回りには避難してきた人が多少残って居たが、集会所の中は意外に空いていた。
そして男が適当な所に座ると、他の面々もそれに続いく。男は適当な飲み物を注文すると、ランダ達の方を振り向いた。
「そう言えば自己紹介がまだだったな、俺はロード・ロッタ。で此方が…」
「ハル・ロッタだ。」
男に続いて女が言う。
2人とも同じ名字…いや肝心なのは其処ではない…ロッタ…
ランダは何かを思い出すが…その事をもう一度記憶の奥底にしまい込んだ。
「同じ名字って事は兄弟…いや、親子ですか?」
ニーがハルとロードを見比べながら尋ねると、ロードが物凄く渋い顔になった。「それはだな…俺が孤児だったコイツを拾ったんで親子なんだが…」
「その内夫婦になるぜ♪」
ハルが言いながらロードの腕に抱き付く。
「孤児を拾って、育てて、結婚(収穫)・・・・・変態!?」
ブツブツ言うと共に、ニーのロードを見る目が徐々に侮蔑した物に変わっていく。
「と、兎に角此方の自己紹介はもう良いだろう!?」
ロードが懸命に話を逸らすと、ニーもそれ以上追求するのは諦めたようだ。
「私はランダ・オルディ。」
「私はサンです。」
「・・・フルネームは?」
ロードがそう聞くと、ニーは前髪から覗いた方目でギョロリと睨んだ。
「聞かないでください。」「お、おぅ。」
今は笑みを浮かべているニーを見て、ロードがたじろぎながら応えた。
『おまちどうニャ~。』
そうこうしている内に注文した物が届いたようだ。
お食事
集会所のお手伝いのアイルーが次々に注文したものをテーブルに並べていく。人数分の飲み物、そして鶏肉らしきステーキが一皿、二皿、三皿、四皿、五、六、七・・・・・
どう見ても肉の量が多い。食べ切れないとか言う前に、この街の現状から考えて食料が制限されたりしないのだろうか?
「これ・・全部頼んだんですか?」
あまりに大量の肉を見て、既に食欲を無くしたニーが尋ねた。
「防衛に参加したハンターは無料だ。と言うか今は腐るほど鶏肉があるからな。」
ロードは、そう言って笑いながら肉を各々の皿に取り分けていった。
腐るほど鶏肉がある、と言うことはつまり・・・そういう事なのだろう。
ニーは先ほど自分を襲った奇形の眠鳥を思い出して皿に食欲を無くした様だ。
「では・・・」
『イタダキマス♪』
そんなニーを無視して一同は鳥竜種のステーキに手を伸ばす。
美味しそうに肉を頬張るのをニーだけが気分悪そうに眺めていた。
「・・食事中くらいヘルムを外さないのか?」
正面でヘルムを着けたまま器用に食事をするランダを見て、ハルが不思議そうに聞く。
「顔面傷だらけ。だからヘルムは外したくない。それだけ。」
ランダはサラリと答えると、また黙々と肉を食べ出した。
そして数分後・・・・
テーブルに有った大量の肉は殆ど無くなっていた。(主にハルとランダが食べた訳だが・・)そして二人が最後の一切れを口に運ぶのを見てからロードが口を開いた。
「ところで二人は何でこんなタイミングでこの街へ来たんだ?」
「私用です。」
ロードの問いにニーがサクッと答える。
「私は村に帰る足を探しに来た。」
そう、ランダの当初の目的はヴォルボーンに帰るための足を探しに来たのだ。だが、今の街の現状を考えると其れはかなり厳しい。
「それは無理だね。今回の襲撃で運搬用とかの家畜は皆やられちゃったから。」
ハルがサラリと答える。まぁ街の内部まで竜の侵入を許しているのだから、人ではない家畜を守っている暇なんて無かったのだろう。
しかし、そうなるとランダは地味に困ってしまう。特別急いでる訳ではないが、あまり工房を空け続けたくも無い。歩きで帰るのは時間が掛かり過ぎるし、かと言って通行の復帰を待って居たんじゃ同じ位時間が掛かる。
「困った。」
ランダは何時もの一本調子な口調でそう零した。
提案
そんな時、ロードが何かをハルに耳打ちした。そしてハルも小さく頷く。
「なら付いてくるか?」
ロードの突然の提案に二人が首を傾げる。
「付いて行くって・・どこに?」
「俺達の実家の村に。そこに行けばてっとり早く移動する事も出来る。」
それを聞いて二人は更に首を傾げる。
「だって今この街には移動手段がないんじゃ?」
「ちょうど帰るつもりだったから一つだけ方法があるんだ。」
そう言いながらハルがニヤニヤ笑う。
ニヤニヤ顔な訳も気になるが、ランダにはそれ以外にもっと気になる事があった。
「二人の実家は?」
『ロッタ村。』
ランダの問いに二人が即答でハモッた。
一瞬返事をするのを躊躇った。
あの村に帰りたくない。帰れる訳が無い。こんな私が・・・
だが、今の彼・・いや彼女に断る理由など無い。今の彼女は老練のハンター、紅蟹・ランダ・オルディなのだから・・
「お言葉に甘えて。」
「了解。で、其方のお嬢さんは?」
「ランダさんが行くんなら私も行きます。」
「んじゃ決まりだな!!」
こうして一同のロッタ村行きが確定した。
超・特急
砂漠のど真中
ランダとニーの2人はロードとハルに連れられ、鳥竜の死体まみれの街から砂漠のど真中へと移動していた。
『あ…っつい…』
砂漠に慣れていない2人がうだる様に呟く。そんな2人を気遣ってか、ロードとハルはピタリと立ち止まった。
「よし、到着!」
だが、そんな言葉とは反対にロードが立ち止まったのは一際白い砂があるだけ砂漠のど真中。
「イカれたんですか?」
灼熱の太陽とそれを反射する白い砂に挟まれて頭がイカれたんですか?と言おうとしたが、ニー自身が熱中症寸前なので短くはしょって言った。
「イカれたって何がだ?それよりハル。」
だが残念ながらロードには伝わらなかったようだ。
「あいさ…っと」
そう言ってハルはミョウチクリンな角笛を取り出した。一体何をしようと言うのか?
そしてそのまま大きく息を吸い込み、一気に角笛を吹き鳴らした。
ポポォァアォォア
見た目通りのミョウチクリンな音色が砂漠の砂粒を揺らし響き渡った。
…だが、特に何かが起こる気配は無い。既にハルの顔が真っ赤に成っているが、笛の音色はただ砂粒を揺らすだけ…
ドドド…
「!?」
不意に砂粒の揺れが激しくなる。それどころか、ランダ達がいる一帯が揺れだした。そして…
ザッパァァァァッ
砂の海を突き破り、一頭の角竜がその姿を現した。
もともと角笛はモンスターを挑発する為の道具だ。幾ら気配が無かったとはいえ、あれだけ吹き続ければ竜が現れても不思議ではない。
そして現れてた角竜は、余程珍妙な音色が気に入らなかったのか酷くご立腹に見える。
「何のつもり?」
ランダはボウガンを構えながら、ロードとハルに問い掛ける。
「ハァ、ハァ…あれ?」
だが、笛を吹いていた本人が不思議そうな面をしている。そんなマヌケな人間目掛け角竜が突っ込んで来た。
「お、来たな。」
「何呑気な事いってるんですか!?」
呑気な事を言うロードに突っ込むニーだが、既に腰を抜かしている。
ドドド…
地鳴りと共に再び揺れる砂の海。だが、その揺れは角竜のせいだけではなかった。
砂漠の砂を巻き上げ、一陣の風が吹き抜けた。
その刹那、桜色の影が角竜を突き倒した。
ギャァァァァォオ!!
そして桜色の竜は勝利の咆哮を上げた。
「ほら、迎えが来た。」
怒る角竜を一撃で蹴散らし、一同の前に桜色の雌火竜が降り立った。
嫌がる訳
一同の前に降り立ったのは一頭の雌火竜。その鱗は見惚れるほどに美しい桜色・・だがその全身からは言い知れない威圧感を放っている。
その雌火竜は生態系の頂点に君臨するに相応しい風格を持っていた。
「迎えって????」
そう言うニーはかなりアップアップに見えた。膝と言うか足というか・・・全身ががくがくと笑っている。そんなランダを他所に、ハルがテクテクと雌火竜に近付いていく。
「この子はジュリアナって言うんだ。ほらジュリアナ、そこの人に挨拶。」
ハルそう言われた雌火竜、もといジュリアナは、ニーの頬をその巨大な口を開いてべろんと舐めた。
『ひっっ??!』
ニーは千切れるような叫びを上げて、その場にぶっ倒れた。
「こんなに可愛いのに・・変な奴。」
ハルはそう言ってくすくす笑う。
- ニーの反応は一般人として普通だとランダは思ったが、面倒なので口には出さなかった。
「これでロッタ村へ?」
「ご名答~・・ってハルさん、一体何を?」
ランダの問いに答えるロードがジュリアナの方を見てピタリと止まる。
「何って・・出発の準備じゃん?」
不思議そうに言うハルは、既に気絶したニーを背負ってジュリアナの背中に跨っていた。
「そうじゃなくて・・・ジュリアナの背中は二人が定員なんだがな?」
「だから俺とニーで二人じゃん?」
ハルはまたも不思議そうな顔で答える。ジュリアナは何やら翼を広げたり閉じたりしている。
それを見たロードの額には冷や汗が流れた。そして、彼は後退りながら言った。
「俺の席は?」
其れ見たハルがニンマリと笑う。
「男は女に席を譲るもんだろ!!」
彼女が叫んだ瞬間、ジュリアナがその翼を広げ駆け出した。
「ちっくしょおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
そう言って駆け出すロードを、地面から離れた桜色の足がガッチリと掴んだ。
そんな一連の出来事を見てランダは思った。
何をあんなに嫌がっているのだろう?
背中も足も大差ないだろう?
むしろ掴まれている分足の方が安全なのでは?
と。
そんな事を考えるランダの体を、ジュリアナのもう一方の足が掴んだ。
その瞬間、ランダの全身からドッと汗が噴き出た。体を掴まれていると言う事実と、見る見る小さくなって行く地面が彼に捕食者に捕まった小動物の気持ちを理解させた。
そして何より・・・
『キャァァァァアアッァァアァッァァアァアッァアアァァ!!!??』
ジュリアナは心臓が止まるほどに飛ぶのが早かった。
密林の何処かで
おいてけぼり
グルングルンと視界が、天地が、景色が、世界が回る。
…いや、回ってるのは彼の頭の方だろうか?
気付けば桜色の竜の影は何処にもなく、真っ青な空の下には真っ青になったマミーが転がっていた。
辺りに鬱蒼とした密林が永遠と広がっている。
「…何処だ、此所は?」
彼の口から零れた第一声がそれだった。だが、その言葉とは反対に彼の頭はその景色に既視感を感じていた。
「そう言えば皆何処に行ったんだ?」
マミーはそう言って立ち上がろうとした瞬間、視界が回ると共に盛大にスッ転んだ。
「アタタ…た?」
スッ転んだ彼の顔にパサリと一枚の紙が降ってきた。
【なかなか目が覚めないから放って行きます(笑)裏に村への方向を書いて置きます ビィズより】
マミーはそれを見て、破り捨てたくなる衝動に駆られたがギリギリの所で踏み留まった。そして、紙を裏返す。
紙の裏面にはデカイ矢印が描いてあるだけだった。
『あんのホビット族が!!』
マミーは叫びながら手紙を破り捨てた。
マミーは暫く荒ぶる呼吸を整えるため深呼吸をし続けた。そんな時、仄かにこんがり肉の香りが漂ってきた。
『~♪』
そしてハンターが肉を焼くときに口ずさむ歌が聞こえてきた。
マミーは他に当ても無いので、その歌がする方へフラフラと歩いて行った。密林の適当な所に顔を突っ込むと、其処には二人分の影があった。
燃る様な赤い髪をした男と、同じ髪の色の少女と言うにも幼い2人が一緒に肉を焼いていた。
『上手に焼けました~♪』
幼い声と共に、少女がこんがりと焼けた肉を高々と掲げた。
「おぉ~上手上手♪」
男の方はそれを見て満足げな顔をする。
見た感じから2人は親子か何かの様だ。しかし、1つ気付いたのだが男の方には肩から先がなかった。両肩共にだ。
…マミーの頭は再びグルグルと回っていた。あの赤髪の男に酷く見覚えがある。凄く親しい兄か父親の様な印象を受けるが、あと少しの所で思い出せない。
「あれは…誰だ?」
マミーはその場からピクリとも動けなくなった。…酷く頭が痛い。
そんな時、マミーの首筋にヒンヤリとしたものが押し当てられた。
「物陰から人の物を監視する怪しい貴方は何処の何方かしら?」
マミーの背後から女性の声が発せられる。
その時、マミーは漸く自分の首筋に有るものがナイフだと気が付いた。
「貴方はだぁれ♪」
再び、妖艶な女性の声が響いた。
ナイフとこんがり肉
マミーの包帯がジットリと汗で滲み出す。
…と言うか何で首筋にナイフなんか押し当てられてるんだ?
「いや、誰かと聞かれ…」マミーがそう言いかけた瞬間、彼の首筋に巻かれていた包帯がパサリと崩れた。
「質問にだけ答えてね…名前は?」
背後の女性の声が溜め息と共に、刺す様な冷たい物へと変わる。
「名前は…マミーだ。」
包帯の下で冷や汗ダラダラになっているマミーを見て、女性はナイフを持つ手を一瞬緩めた後再び強く押し付けた。
「そんな顔でそんな名前って、からかってるの?」
女性は少し苛々した口調でそう言うが、実際"そんな名前"なのでマミーにはどうすることも出来ない。
「早く答えた方がミ身のためよ…ん?」
何かに気付いた途端、女性の声がガラッと変わった。
マミーの視界には、先程の赤髪親子が仲良くこんがり肉を切り分けているのが映った。
『イタダキマ~ス♪』
親子が仲良くそう言った途端、マミーの首筋からナイフの感触が消えた。そして次の瞬間…
ズドォッ!!
赤髪親子が食べようとしていたこんがり肉に一本のナイフが突き刺さった。
そしてマミーの後ろから、さっきまでの声の主と思われる女性が、ツカツカと赤髪親子の方へと歩いて行った。
声から予想していたよりはずっと小さく華奢な体、肩付近まて伸びた黒い髪…
美しい…と言うより可愛いと言ったイメージな女性の背中からは、目で見えそうな程強烈な怒気が放たれていた。
「晩御飯だから呼びに来たのに…何してるんですか!!」
怒鳴る女性の声は先程からは想像も付かない程軟らかな物だったが、代わりに大量の怒気が含まれていた。
「いや、そのコレはだね…」
怒れる女性を見て、驚く程狼狽える赤髪の男。
「パパにお腹空いたから摘まみ食いに行こうって言われたの。」
そう言って赤髪少女がスッと女性の足元へと移動した。
先程まで楽しそうに肉を焼いてたのに…なんて変わり身の速さ…
「変わり身はやいな~」
アッサリと裏切られた赤髪男形をなぞる様にナイフが突き刺さる。
「そんなに私の作ったご飯を食べるのが嫌ですか?」
そう言って男に迫る女性の怒気は先程の数倍になっている。…むしろ彼女の背中に怒りの化身の様な物すら見える。
ただ呆然とそのやり取りを眺めるマミーの背後にまた別の人影が迫っていた。
怖い女性
迫る人影はその手をぬっとマミーの肩に伸ばした。そして…
「何してるんですか?」
『ウッヒャァァアッ!?』
マミーは情けないコエェェヨを上げ茂みから飛び出し、盛大にスッ転んだ。
「イッタタタ…ん?」
マミーが先程まで居た場所には銀髪の男が立っていた。バル…いや格好や顔付きからしてパルだろう。
「ご飯が出来たのにまだ来ないから探しに来たんだけど…今どんな状況?」
パルのその言葉でマミーは今の自分が置かれている状況を確認した。
ナイフで磔にされかけている赤髪男と、磔にしている女とその傍らにいる赤髪少女。
そしてマミーは赤髪男ににじり寄る女の足元に仰向けでマミーは転がっていた。
「あ」
マミーが何かを言う前に、女性は究極に作り物くさい笑顔を浮かべた。その時マミーは女性の背後の怒気の化身と目があった気がした。
女性は作り物の笑顔のまま、マミーの顔面を踏み抜いた。
『うばしゃぁぁっ!?』
マミーが奇っ怪な声と共に地面共々陥没した。
その瞬間、女性の注意が自分達から離れた事を2人は見逃さなかった。
「逃げよう!!」
「あいさ!!」
赤髪親子がランポスが更に真っ青に成る程のスピードで密林へと消えていった。
密林から村へ
マミーを踏ん付けている女性の足がワナワナと震える。
そして、両手に可能な限りのナイフを掴むと冷たく微笑んだ。
「私から逃げられるとでも?」
女性は冷たくそう言い放つと、閃光のように密林の中へ消えて行った。
そしてパルと、地面に減り込んだままのマミーだけが密林に取り残された。
「・・・とりあえず村に行きますか?」
「そうだな・・」
マミーは凹んだ顔を引っ張りながらそう答えた。
マミーが居た場所から村まではそれなりの距離があったが、思いの外早く村に着いたように感じた。
人は知らない道を歩いていると、かなり時間が経っていると錯覚したりするのだが・・
マミーはこの道を覚えていたのだろうか?
集会所にて
ビビってる
密林の辺境にある村に着いて、マミーは驚愕した。
「…な!?」
道端から道具屋の軒先、はては樹の上に至るまで子供、子供、子供…子供だらけなのだ。
「最近また増えたらしいですからね。」
隣にいるパルが苦笑いをする。
いや、"増えた"って…同年代の子供が増える訳ないだろう。それとも年に何人も子供を産む夫婦でもいるのだろうか?
そしてマミーにはもう1つ疑問が有った。
「大丈夫なのか、この村?」
そうこの村には子供が多すぎる。確認出来た大人は店のオッサン程度なものだ。
食料だとか子供の世話だとかは大丈夫なのだろうか
「多分大丈夫ですよ。それより早く集会所に行きましょう。」
「いや、それよりって…」
色々と突っ込みたい事があったが、マミーは言われるがままパルに付いて行った。
そして村の集会所へと到着した。この周りにもまた大量に子供が居る訳だが、何故だかどの子も中に入ろうとしない。中に何かあるのだろうか?
カラン…
入り口の前で立ち止まっているマミーを放置して、安っぽい音を立て集会所に入っていくパル。
マミーも恐る恐る集会所の扉を開いた。
カランコロン…
安っぽい音と共に、少々ボロい集会所のテーブル達が視界に映った。…ボロいが何と無く懐かしい空気が漂っているような気がした。
が…
ダンダンダン!!
厨房からけたたましく何かを打ち付ける様な音が響いてきた。それを聞いた瞬間、マミーの背中を寒気が駆け抜けた。
だが、冷静に考えて見れば、おそらく料理をしている音なのだろう。と自分に言い聞かせる。
…しかし、何をビビっているのだろうか?
「何ビビってるんだい、マミー?」
そんなマミーの心情をサラリと言うだれか。声の方を振り返ると、ビィズが椅子に座って寛いでいた。その対面にはパルとバルの2人が座っていた。
「別に、ビビってなんかないさ…」
シドロモドロしながら席に着くマミーをビィズがニヤニヤした顔で見ていた。
「…そう言えばイチさんは?」
「目を覚まさないから奥の部屋に運んだんだよ。」
「俺は放置されたんだが?」
「女性以外に親切にする意味なんてあるのかな?」
そう言ってビィズがケラケラ笑う。
「酷いなおい…」
カタン
そんなマミーのテーブルに水の入ったコップが置かれた。
「晩御飯までもう少しお待ちくださいニャ。」
テーブルの下から響く声…給士ネコだろうと思いマミーは何と無く、声の主を見た。
イタダキマス
テーブルの下に居たのは全身が青毛で、執事っぽい服を来たアイルーだった。そうただアイルーが居るだけだ。
なのに何故こんなに脂汗が出るのだろうか?
「…コジロウを知ってるのか?」
青いアイルーを見たまま固まるマミーを見て、バルが不思議そうに問い掛ける。
「い、いや初対面だ!」
マミーは自分に言い聞かせる様にそう応えた。だが、そう言っている間も脂汗は止まらなかった。
カーン!!
不意に厨房から鍋か何かの金属音が響いた。瞬間、恐らく村に居た全ての子供が集会所に入って来た。しかも統率された軍隊か何かの様に規則正しくテーブルに着いた。
「恐怖政治!?」
何故かマミーの口からそんな言葉が溢れた。
「コレは何かな?」
目の前で起きた出来事にサッパリ付いて行けないビィズが言う。
「ご飯の合図ですよ。ほら…」
そう言って厨房の入り口を指差すパル。すると厨房から大量の食事が乗ったキャリアーが出てきた。
誰かが押している様だがその姿は、大量の食事のせいでサッパリ見えない。だが、何と無くマミーは一歩後ろにさがった。
次々と行儀良く食事を受け取る子供達…そしてマミー達の番が来た。
「此方はどちらさんニャ?」
「お客さんなんですよ。」
「物好きな奴もいるもんニャね。」
テーブルの下にいるネコとそんな会話をするパル。
だが、マミーの体はまだ見えない位置に居るネコの声を聞いただけでガタガタと震えだしていた。
「はい、お待ちどうさんニャ。」
そう言って赤いネコがテーブルの上に食事を置いた。それを見た瞬間、マミーは後方にスッ転んだ。
奇怪なマミーの行動に集会所中の視線が集まった。
「何やってんの、マミー?」
ビィズが不思議そうな顔で尋ねるが、マミー自身にも何が何だかサッパリだった。
「いや…その、滑った?」
「疑問系で答えられても困るんだけど?」
兎に角マミーはテーブルに座り直した。
そしてシンと静まり返る集会所の中心に立つ赤いコックネコ。
「では…メシアガレニャ♪」
赤ネコがそう言った瞬間…
パァン
集会所内に手を合わせる音が木霊した。
『イタダキマ~ス♪』
そして元気な声が集会所中に響き渡った。
その光景を見て唖然とする2人を見てニヤリと笑うパルとバル。
『びっくりした?』
双子が同時に尋ねる。
「びっくりしたよ。」
苦笑いでビィズは答えたが、マミーは何と無くその光景に懐かしさを感じていた。
歯車
楽し気に食事をする子供達…
そんな光景がマミーの頭の歯車をカラカラと回す。
この集会所に昔2人の子供が居た。兄弟でも何でもない男の子と女の子…同じ日同じ場所から拾われて、この村に来た二人の子供。
仲良しで悪戯好きで、こっぴどく赤青猫にお仕置きを喰らったバカな子供…
そんな2人が此処には居た。居た筈だ。
だが幾ら歯車が回ろうと1つだけでは虚しく音を鳴らすだけ…
「どうしたのかな、マミー?」
食事に一切着けないマミーを見て、隣のビィズが問い掛ける。
「いや、ちょっとな…」
そう言って再び呆けるマミー。ビィズは彼の視線の先を見て大きく溜め息を着く。
「ロリコンは感心しないよ、マミー。」
「誰がロリコンだ!!」
「じゃあ…ペド?」
「断じて違うわ!!」
カランコロン…
マミーが机を叩くと同時に、集会所の扉が開いた。
「さぁ、ご飯ですよ♪」
『ハァーィ…』
意気揚々と扉を開けるのは先程密林でマミーを踏み付けた女性、そして芋虫状態で引き摺られる激しく意気消沈している赤髪親子…
そして、ズルズルと二人を引き摺る女性が、マミー達の存在に気が付いた。
「…どちら様?」
女性は冷たく睨み付けながらそう発した。彼女の手の隙間からは光る物が見え隠れしている。そんな臨戦態勢に入りつつある女性を見て、パルが慌てて間に入る。
「この人達はお客さんなんですよ、ルディさん。」
その言葉を聞いて、氷の様な女性の微笑みがサラリと溶けた。
「"はじめまして"ルディ・ロッタです。」
女性はスカートの裾を押さえつつ、一部を強調してそう言った。…先程の事は忘れろと言う事なのだろう。
(…何かしたの?)
(ちょっとな…)
ビィズの問いにマミーは言葉を濁す。
「俺はマミー。」
「僕はビィズです。」
2人が挨拶をすると、芋虫状態の赤髪親子がヌクッと立ち上がった。
「俺はゲド、ルディの旦那なんだ♪」
「私はミーユ、2人の娘!!」
何故かノリノリで自己紹介をする2人、そしてそのままマミー達のテーブルに着こうとするが…
「私の旦那と娘なら私の作った料理を食べてくださいね♪」
赤髪親子の作戦は、アッサリと阻止された。
カラン…
そんな時、再び集会所の扉が開いた。其処には麒麟装備の女性に担がれた骸骨と蟹と商人が居た。
骸骨の人に見覚えは無いが、担がれたもう2人には見覚えが有った。それは紛れもなくニーと…ランダだった。
噛み合うべき2つの歯車が今、揃った。
空回り
あの日から、漸く揃った2つの歯車…
だが、しかし…
「気絶してるねランダさん。」
麒麟装備の女性に担がれた青い蟹は、一緒に担がれた他二名同様気絶していた。
「奥の部屋、適当に借りるよ?」
「手伝いますニャ。」
青猫が麒麟女から骸骨の方を預かると、そのまま奥の通路へと消えて行った。
結局、揃った2つの歯車は噛み合う事無く片方だけがカラカラと空回りする。
暫し集会所は子供達の食事の喧騒に飲まれる。
だが、集会所の奥の方で扉が閉まる音が微かに響いた瞬間…
ダダダダ
豪快な足音が奥の方から轟いて来た。
そして
「久し振り御姉様!!」
先程の麒麟女が奥から飛び出して来てルディに飛び付こうとした。瞬間、ルディの瞳が冷たく光った。
「久し振り、ハルちゃん。」
そう言って麒麟女の突進を軽くいなした。
そのまま激しくヘッドスライディングをして麒麟女は漸く止まった。
『久し振り、姉さん。』
銀髪の双子がそう言うと、麒麟女がムクリと顔を上げた。
「2人とも久し振り、元気だったか?」
「元気だよ…」
「姉さんは相変わらずだね。」
そんな会話をかわす三名、よく見れば全員全く同じ銀髪だった。
青い商人
マミーはまじまじと銀髪三名の顔を見た。男と女なので多少の違いはあるが、三人とも非常にそっくりな顔をしている。
「本当に三つ子だ。」
関心したようにマミーが言う。
「・・誰だ、この包帯?」
「それはね・・・」
パルが事の経緯を説明する。
それを聞いた麒麟の女が、二人の方を振り返った。
「俺はハル・ロッタ、よろしく!」
そう言ってハルは二カッと笑う。
「因みにさっき運ばれていった骸骨はロード・ロッタ・・・で他の二人が・・誰だっけ?」
「あの二人は知り合いなんだが・・・なんで一緒に?」
頭を掻くハルにマミーが尋ねる。
「あ、知り合いなんだ?何があったかというとな・・」
そう言ってハルは砂漠の街での出来事を話しだした。
無造作にベットに放り投げられていたくらい青髪の隙間の瞳がギョロッと開いた。
彼女は異常にフラフラする体と、ボサボサになった髪、そして乱れた着衣の訳を考えていた。何と無く下着に手をやると微かに湿っている…
「…強姦?」
寝惚けた口調でぶっ飛んだ事を言うニー。確認の為下着を視認してみる。
…白い下着に黄色い染み…
「この年になってお漏らしとか何でまた…」
暫く考えると猛々し過ぎるリオハートの顔を思い出して更に少しチビった。
…とりあえず色々な意味で駄目になった衣服を無言で着替える事にする。その最中に何と無く部屋を見回した。
全く知らない部屋、そとは鬱蒼とした木々が生い茂り妙に蒸し暑い。適当な薄着に着替え直すとニーはグゥッと背伸びをする。
「とりあえずランダさんを探そう。」
そう言って部屋から廊下へと移動するニー。廊下には似たような扉が幾つかあり、奥には曲がり角があり何やら騒がしい感じがする。
そして背後の廊下にも扉があり、その扉は僅かに開いていた。ニーは何故かそちらに歩を進めた。
「ランダさーん?」
小声でそう言いながら扉をゆっくりと開いた。
扉の外に有ったのは必要以上に緑を主張する密林と、其処にぽっかりと空いた人1人分の小道…
パッと見、獣道にも見える細く小さな道…
普段の臆病な彼女なら決して1人でそんな道に足を踏み入れる事など有り得ない…有り得ないのだが、彼女は気付くとその道に足を踏み入れていた。
細い小道を、生い茂る葉を払い、枝を潜り抜け、太い根っこに足を取られつつも彼女は奥に進んで行った。
青い道化師
何本目かの樹の根っこを跨いだ時、真緑一色だった彼女の視界が突然開けた。
樹が木を覆う密林の中に有って、そこだけに心地好い陽射しが射していた。だが、そんな陽射しとは裏腹に其処には妙な空気が漂っていた。
ふと足下を見ると、地面一面に木々が敷き詰められていた。まるで何かに踏みつけられたかの様にギッシリと…
そんな奇妙な空間の中に奇妙な人影が1つ…
それは滑稽な仮面を着けた青い道化師
傍らには無駄にデカイ弦楽器
その両手が掻き鳴らす旋律は魔術的に美しく魅力的…
だが、幽かに吐き気がする程狂気的な何かを孕んでいる
そして仮面から僅かに見える緩んだ口元は、何故か寂しげに見えた。
ニーはその道化師が直感的に誰なのか判った。
「何やってるの、姉さん?」
何の気なしに発した一言に、仮面の道化師は何故か過剰に反応した。
『誰っ!?』
発せられたその一言は何時もの彼女からは想像も付かないほど、恐怖に満ちていた。まるで今までの悪い事全てが親にバレて、怯える子供の様だった。
だが、声の主が誰か認識した瞬間、何時もの彼女に戻った。
「仕事よ、洞穴の工房の叔父様に依頼されてね。"兄さん"こそ何で此処に?」イチが何時ものニヤケ顔でそう言うと、ニーはムッと顔をしかめた。
「兄さんって言うな!!私だって仕事です!!」
本当は少し違うのだが、ニーは無い胸を精一杯突き出してそう言った。
「どうせトラブルに巻き込まれて、成り行きで此処に来たんでしょ?」
『うっ!?』
アッサリと本当の事を言い当てられ、ギクッとするニーを見てイチはクスクスと笑う。
「単純ね兄さん♪」
再び兄さんと言われ、ニーも少々カチンと来た様だ。
「姉さんこそ何で、こんな所で、あんな"悪趣味"な演奏を、たった1人でしていたの?」
捲し立てる様にニーが言うと、イチは何時もの様にフフフと笑った。
「悪趣味ってのは失礼ね…芸は身を助けるのよ?だから日夜鍛練してるのよ。とりあえず集会所に戻りましょ。」
イチはそう言って軽くニーの会話を流した。
ニーは色々と腑に落ちなかったが、その足を集会所に向ける。
来た道を戻るニーの背中を、無数の黄色い目玉が舐める様に見つめていた。
「…今夜のパーティーは無しよ。」
道化師がそう言って一番太い弦を鳴らすと、無数の目玉達は密林の緑の中へ消えて言った。
「全く何で居るのよ…」
イチは妹の背中が密林に消えたのを確認してからそう呟いた。
仕事をしましょ
場所は戻って集会所…
ハル達が事の経緯を説明している内に、子供達の殆どは集会所から捌けていた。
そんな集会所のテーブルに未だに残っているのは、マミー達と赤髪親子達な訳だが…
赤髪親子は机に力無く倒れ込んでいた。
(竜頭とシモフリトマトを使ってるみたいなのに…あの人料理下手なの?)
ビィズが小声でそう言うと銀髪の三つ子が揃って苦笑いを浮かべる。
「ちょっとね…」
「あれは…」
「絶望的だな!!」
言葉を濁す弟達に対して、きっぱりと言い切る姉。そんな彼女の背後に音もなく人影が現れる。
「ハルちゃんも一緒に"あっちのテーブル"で食べましょう♪」
『ニ゙ャッ!?』
そのままハルは叫ぶ間も無くあっちのテーブルへと連れていかれた。
そして数秒後…
一口頬張った瞬間、木製のテーブルへと沈んだ。
「味覚音痴なのか?」
マミーが不思議そうに尋ねる。
「元はちょっと下手くらいだったんだけどさ…」
「健康嗜好に目覚めてああなった。」
そう言ってバルがあっちのテーブルの皿を指差した。皿の上には怪しげな虫の足やら、カラフルな野菜やらが見え隠れしていた。
「肉が多かったら食べると思うんだけどね。」
パルが苦笑いのままそう溢した。そんな時…
カランコロン…
集会所の扉が開き二色の青が入って来た。
「おはよう…でも何で正面口から?」
奥の部屋で寝ていた筈の2人を見てマミーが不思議そうに首を傾げる。
「散歩してたのよ。ね、兄さん♪」
楽しげに言うイチに対して終始仏頂面のニー。
イチがマミー達のテーブルに付くと、それから離れる様に"あっちのテーブル"へと歩いて行った。そしてルディに薦められるがままカラフルな食事を食べ、その場にぶっ倒れた。
「無様ね、兄さん…」
それを見てクスクスと笑うイチ。
「前から疑問だったんだが…仲悪いのか?」
「2人きりの姉妹なのよ?仲良しに決まってるじゃない♪」
そう言ってニヤリと笑うイチだったが、マミーにはその言葉が冗談なのか本気なのかいまいち解らなかった。
「そんな事より仕事はもう済んだの?」
その一言でこの村に来た理由を今更ながらに2人は思い出した。
「何しにこんな辺境まで来たのよ。」
二人の反応を見てイチが溜め息を吐く。
「彼処でのびてる両手が無い人が持ち主だからね?」「あぁ、わかってる。」
「なら良いけど…なるべく早くした方が良いわよ?」
イチは不適な笑みを残し、集会所の奥へと消えて行った。
最終更新:2013年02月26日 19:28